★10−2★
大神の夢の中。ミカエルの呼ぶ声。
(――あなたは一体…?)
ベッドの上で目を覚ます大神。傍で顔を覗き込み、安堵するあやめ。
「よかった…!目を覚まさないから心配したわ」
「俺達…、助かったんですか…?」
「えぇ、何とか逃げ切れたみたいね…」
「あ、他の皆は…!?」
「マリア達は大丈夫よ。〜〜ただ、さくらが…」
翔鯨丸の医務室。医療ポッドで眠るさくらを覗き込む大神とあやめ。
「あの戦いの後、いっこうに目を覚まさないの…。どうやらトランス状態に陥っているみたいね…」
「それって、心と体のバランスが崩れて、分離されてしまうという…?」
「えぇ…。命に別条はないんだけど、一気に力を使ったせいで…ね」
「〜〜そんな…、俺が至らなかったばかりに…」
「あなただけのせいではないわ…。〜〜私も悪いのよ…」
「え…?」
やってくるマリア。
「お目覚めでしたか…」
「あぁ、心配掛けたね」
大神とあやめを見つめ、踵を返すマリア。
「…お邪魔なようですので、失礼します」
「あ、マリア…!?……どうしたんだ…?」
「…大神君、皆の所に行ってあげて」
「え?」
「皆、さっきの戦いで不安がっているわ。隊員の心のケアも隊長の仕事よ」
「そうですね…。では、行ってきます!」
敬礼し、出ていく大神。ため息をつき、さくらを見て苦笑するあやめ。
「…私もまだまだね。今は浮かれている場合じゃないのに」
★ ★
休憩室。エンフィールドの手入れをするマリア。仲良く喋る大神とあやめ、嫉妬するさくらを回想。追いつく大神。
「隊長…」
「さっきは何て言おうとしたんだ?あやめさんの前じゃ言えないようなことか?あ、もしかしてその逆――!」
「隊長、落ち着いて下さい」
「あ…、〜〜す、すまない…」
頭を掻き、隣に座る大神。
「…らしくありませんね?フワフワ浮足立ってますよ」
「うっ!〜〜そ、そう見えるかい…?」
「ふふっ、そんなのアイリスでもわかりますよ。――あやめさんと想いが通じ合ったんですね、おめでとうございます」
「あぁ、ありがとう…ってえぇっ!?〜〜な、何で知ってるんだ…!?」
「展望台でキスしてたじゃないですか。…隠してたおつもりでしたか?」
「う…、〜〜そ、そうか…」
困惑しながら、マリアの隣に座る大神。
「…何を落ち込んでるんです?」
「いや、今は浮かれている場合じゃないのにさ…。戦いが終わってから君達には話そうと思ってたんだが…、〜〜これじゃ本当に隊長失格だな」
「…ご自分で気づかれたのなら、△ですね」
「え?」
「私は隊長のおかげで人間の心を取り戻せました。さくらも自分に自信が持てて、真宮寺の当主になれました。私達だけじゃありません。すみれもカンナも花組皆が隊長のおかげでこの帝国華撃団が自分の居場所だって気づけたんです。私なんて自分が集団生活にこんなに溶け込めているなんて正直驚いてます。人の命なんて紙くず同然だと思っていたあの頃…、私はあやめさんに会いました。そして、日本に来た。その選択をして良かったって今は思ってます。隊長や花組の皆にこうして出会えたのですから」
「マリア…」
「私にとって隊長とあやめさんは恩人です。お二人が仲良くなさるのは私も嬉しいです。しかし、それで足元の大事な物を見失うのなら、…別です」
「わかってる…。さくら君…、あと、すみれ君だね…?」
「…お気づきでしたか?」
「あぁ、さっきの戦闘を見て大体わかったよ。すみれ君も複雑なのだろう」
「私達隊員は機械ではありません。人間だから、ちょっとした心の動揺もチームワークに影響してしまう…。ですが、反対に心を高揚させることもできるはずです。隊長、あなたがそれぞれの悩みを親身になって聞いて下されば、他の皆も安心して、素直に心を開いてくれるでしょう」
「あぁ、わかったよ。ありがとう、マリア。君のおかげで俺は今までどれだけ助けられてきたか…」
「ふふっ、――早く行ってあげて下さい。皆、待ってますよ?」
「あぁ、じゃあ行くよ。マリアも次の命令までゆっくり休んでおくといい」
笑顔で去る大神を見つめ、微笑むマリア。
★ ★
作戦指令室。ウエディングドレスの雑誌を見て座り、ため息つくあやめ。破ろうとするが、米田が覗き込む。
「――これなんて大神が喜びそうだな」
「司令…」
「珍しいな、そんな雑誌見とるとは。戦いが終わったら式を挙げるのか?」
「いえ…、私、間違ってました…。私は軍人です。〜〜普通の女性としての夢なんて…、最初から望んではいけなかったんです…」
「なんでぇ?誰かに言われたのか?」
「いえ…。ただ、私と大神君のせいでさくら達の和が乱れたとしたら…」
「俺はなぁ、恋愛禁止令なんて出した覚えはねぇぞ?ただ時と場合をわきまえろってこった。お前さんと大神を中心に花組は一つによくまとまってくれた。ただ、戦闘時に恋人気分を引きずられちゃ困るってだけだ。普段は仲良くしてくれてぜ〜んぜん構わんぞ?」
「し、しかし…」
「やっと掴んだ幸せなんだ。お前さんだって一人の人間だ。好きな男といて何が悪い?文句言ってくる奴は、俺がその場で斬り捨ててやらぁ!」
「米田司令…」
「俺には見えるんだ、お前さんと大神が築いていく幸せな未来がな。だから、もっと胸を張れ!軍人だからって何でも犠牲にすることはねぇんだぞ」
「司令…。〜〜ありがとうございます…」
顔を両手で覆い、泣くあやめの肩を抱く米田。
「今までよく耐えてきたな…。これからはうんと幸せになれよぉ?」
「はい…。〜〜はい…!」
「――ぐすっ、いい話ですねぇ〜」
「究極の親子愛と呼んでもいいわぁ〜」
ドアから覗き見し、泣く風組。微笑み、頷くかすみ。
★ ★
アイリスの部屋。ぬいぐるみをふわふわ浮かせて遊ぶアイリス。戦闘を回想し、ジャンポールを強く抱きしめる。
「〜〜アイリス達…、本当に勝てるかな…?」
アイリスのベッドによじ登り、踊る『えんかいくん』。
『フレーフレー!アイリス、フレーフレー!』
笑って喜ぶアイリス。満足気に入ってくる紅蘭。
「やっと笑うてくれたな」
「紅蘭…!」
「アイリスには、そのキュートな笑顔が一番や!『笑う門には福来る』言うてな、よく笑う人のとこには自然と幸せが寄ってくるもんなんやで?」
「じゃあ、笑いながら戦えば、勝てるかなぁ?」
「あはは…!おもろいこと言うなぁ!さすがにそれは無理やけど、戦う前にいっぱい笑っとけば、きっと大丈夫や。――ほりゃっ!」
さらに踊る『えんかいくん』。笑うアイリス。
「あははは!どや?少しは緊張がほぐれてきたやろ?」
「きゃははは!うんっ!何だか嫌なこと、ぜ〜んぶ忘れられそう!…何でかな、さっきまであんなに不安だったのに?」
「それはな――」
「――アイリスがいっぱい笑ったからだよ」
入ってくる大神。
「お兄ちゃん…!」
「せや。笑いっちゅーんは、他人だけやのうて自分も元気にしてくれる魔法なんや。せやから、うちは発明品を作ってたくさんの人を元気にさせたい。そのたくさんの笑顔がまた、うちのパワーになるからなぁ!」
「戦いも舞台と同じだよ。幕が開く前、アイリスも緊張するだろう?緊張も大事だけど、それで本来の力を出せなかったらもったいないし、意味がない。そういう時はうまくいくことを考えるんだ。舞台が成功して、お客さん達が皆、笑顔で喜んでくれている…、その光景を頭に描くんだよ」
「じゃあ、戦いに勝った後のアイリス達を考えればいいの?」
「せやで!平和になった帝都で、アイリスは何しとるん?」
目を瞑り、想像するアイリス。
「んーとね…、――あ!お兄ちゃんとデートしてるよ!」
「ははは、そうか!」
「ねぇねぇ、この戦いに勝ったら、アイリスとデートしてくれる?」
「あぁ、いいよ。アイリスの好きな所に行こう!」
「きゃは!わ〜い、わ〜い!!アイリス、絶対ぜ〜ったい頑張るねっ!!」
「ほんなら、うちは大神はんに新しい発明品の実験台になってもらお!」
「〜〜いぃっ!?そ、それはちょっと…」
「駄目だよ、お兄ちゃん。平和になったら紅蘭は新しい発明品で皆をも〜っと笑顔にさせるんだから〜!」
「せやで、大神はん。逃げようったってそうはいかへんで〜!?」
「〜〜か、勘弁してくれぇ〜…」
はしゃいで笑う三人をドアの隙間から見て、黙って行くすみれ。
★ ★
廊下を歩き、医務室まで来るすみれ、医療ポッドで眠るさくらを覗くカンナを発見し、とっさに隠れる。無言で変顔するカンナ。無反応のさくら。
「…そう簡単には起きねぇか」
「…こんな時でもお馬鹿なことをやってらっしゃいますのねぇ」
入ってくるすみれ。
「何だよぉ!おめぇはさくらがこのままでもいいってのか!?」
「…別に構いやしませんわ、こんな田舎娘一人いなくなったぐらい」
「〜〜んだとぉ!?まだそんなこと言いやがるのか!?それにさくらは――!!」
「――大事な仲間…ですわ。花組にとってかけがえのない…ね」
「え…?」
「さくらさんは、これから女優としても戦士としても大いに成長するでしょう。いつかはこの私を超える程に…」
「すみれ…」
医療ポッドのガラスを思い切り叩くすみれ。
「〜〜それなのに、先程の戦いぶりは何ですの!?少々手を抜いても勝てたとでもお思いになって!?それとも私に対する同情ですのっ!?」
「お、おい…!」
すみれを止めるカンナ。ガラス越しのさくらの顔を涙ぐんで見るすみれ。
「…いつまで休まれているおつもり?せっかくこの私がライバルと認めて差し上げましたのに…、これからは、お互い切磋琢磨していかなければなりませんのに、何を呑気に寝ていらっしゃいますの!?〜〜さくらさんっ、いい加減私を無視するのはおよしなさいっ!!〜〜私は…私は…」
微笑み、すみれの頭を軽く叩くカンナ。
「馬鹿だなぁ。そういうのはちゃんと起きてる時に言ってやれよ」
「〜〜カっ、カンナさんはお黙りになってて!あなたなんか――」
「――あたいらは仲間だろ?」
カンナの手を振り払うすみれ、驚き、顔を上げる。
「あたいにとって、さくらもおめぇも大事な仲間だ。…あたいが小さい頃から空手の特訓ばかりしてたって話はしたろ?楽しく遊ぶ同年代の子を見ては、何であたいだけこんな辛いことしなきゃなんねーんだっていっつも思ってたんだ。けど、その親父の特訓のおかげでこうして帝劇に来られたわけだしさ、人生何が功を奏すかわかんねぇよなぁ?」
「…何がおっしゃりたいの?」
「だからよぉ、苦労はしたけど、結局は隊長やさくら達と出会えてよかったって話さ。――その…、お、お前…とも…な」
「カンナさん…。〜〜わ…、私も…その――」
突然医療ポッドの蓋が開き、起き上がるさくら。ビビるすみれとカンナ。
「〜〜さ…、さくら…!?」
「――あれぇ…?あ、すみれさんにカンナさん!おはようございます!」
「〜〜あ、あなた、狸寝入りしてらっしゃいましたのぉっ!?」
「ほへ?私、タヌキと一緒には寝てませんけど…?」
「〜〜いや、そういうことじゃなくてだなぁ…」
涙ぐみながら、さくらを抱きしめるすみれ。驚くさくら。
「まったく、あなたは毎回毎回心配かけて…。〜〜この私に余計なストレスをためさせないで下さいまし…っ!」
「あ…、ご、ごめんなさい…。私ったらまた皆さんにご迷惑を…?」
笑い、さくらの頭をなでるカンナ。
「迷惑なんかかけていいんだぜ?あたい達は仲間だ。心配をかけたり、かけさせたりする奴がいるっていうのは、とっても幸せなことなんだ。すみれも口ではこんなこと言ってるけど、本当はさくらのことすごく心配して、医務室を熊みたいにうろうろしてたんだぜ?」
「〜〜カッ、カンナさんっ!」
「本当ですか?」
「〜〜かっ、勘違いしないで下さいまし…!お気に入りのお紅茶のパックが見つからなかっただけですわ」
「へ〜え、給湯室は逆方向だけどなぁ?」
「〜〜う、うるさいですわっ!!カンナさんのくせに生意気です!!」
「へへっ、素直になれよ、いい加減さ〜!」
すみれとカンナの喧嘩を見て、笑うさくら。
「な、何を笑ってますの?これは見世物じゃなくてよ!?」
「うふふっ、いえ、すみれさんが元気になってくれて、私も嬉しいんです!」
「〜〜な…っ!?あ、あなたねぇ…」
「――そうだ!出撃前に手合わせしませんか?」
「おいおい、病み上がりなんだから、無理しない方がいいぜ?」
「平気です!医療ポッドで眠ったら、もう元気200%になりました!!」
「ふふん、望むところですわ。後で泣いても知りませんわよ?」
「そちらこそ、長刀が折れても弁償しませんからね?」
「ふふっ、言うようになったではありませんか!では、参りますわよ!」
「はいっ!」
元気に出ていくさくらとすみれ。頭を掻くカンナ。
「やれやれ、若いもんは元気だねぇ…って、こりゃ年寄りが言うセリフか、あははっ!――お〜い、あたいも混ぜろ〜っ!!」
元気に追いかけるカンナ。壁に隠れて微笑む大神。
(――どうやら、俺が出るまでもなさそうだな)
安堵し、歩いていく大神。反対の部屋から出てきて、歩いてくるあやめ。互いの姿を認め、気まずくなるさくらとあやめ。察するすみれ。
「お、あやめさんじゃねぇか!見てくれよ、さくらの奴ピンピン――」
「…カンナさん、参りますわよ」
「え?な、何で?」
「〜〜いいからっ!…さくらさん、早くいらっしゃいね?」
「あ…、はい…!」
カンナを無理矢理連れ出すすみれ。無言のまま立ち尽くすさくらとあやめ。
「……目が覚めたのね…。調子は…どう?」
「〜〜は…っ、はい、もうすっかり…!寿命が200年延びたみたいです!」
「〜〜そ、そう…。それはよかったわ…」
再び無言になり、目が合わせづらくなる二人。
「――大神さんと…」
「え?」
「〜〜その…、て…展望台で……」
「あ…、……えぇ…」
「〜〜あはは…、参ったな…。やっぱり男の人って皆、あやめさんみたいな人が好きなんでしょうねぇ…」
「さくら…。〜〜ごめんなさい、私――」
「〜〜同情なんかいりませんっ!!」
触れようとしたあやめの手を振り払うさくら。
「私にだってプライドくらいあります…!!〜〜もう…いいですから…」
「さくら…。〜〜でも――!」
「〜〜また…、そうやって私の大事なもの…奪ってくんですね……」
「え…?――あ、さくら…!?」
涙を見せないように走っていくさくら。回想。仙台の駅で列車に乗る一馬を桂と若菜と見送る幼いさくら。列車が離れていき、追いかけて泣くさくら。回想終了。自分のキャビンに駆け込み、ドアを閉めて泣くさくら。
★ ★
作戦指令室。敬礼して並ぶ大神、花組、あやめ。
「藤枝副司令及び大神隊長以下花組、全員集合しました!」
「うむ、皆、良い顔になって――」
花組を見渡すが、暗い顔のさくらとあやめが目に入る米田。
「……ねぇみてぇだな」
「どうしたの、さくらぁ?」
「まだ具合悪いか?」
「あ…、〜〜い…っ、いいえ…!」
「あやめはんも疲れてるんちゃいます?ごっつ顔色悪いで?」
「え…?〜〜そ…、そうかしら…?」
「なんだなんだ、らしくねぇじゃんか?よぉし、ここは、あたいが――」
カンナの耳を引っ張り、連れてきて小声で注意するすみれ。
「〜〜カンナさんは、少し黙ってらっしゃい!」
「んだとぉっ!?ま〜たのこのことおめぇは――!」
「〜〜いいからっ!……これはお二人の問題ですから…」
?なカンナ。気まずい二人。目で合図するマリア。困惑して前に出る大神。
「…風組が黒之巣会の真の本拠地を暴いてくれた。しかし、門の前には大勢の脇侍が待ち構えている。そこで、本拠地に潜入する壱班と、入口で待機して脇侍を撃破する弐班の二つに部隊を分けようと思うんだ」
「それ位相手も格上でなくてはねぇ。私の敵として認めないとこでしたわ」
「それでそれで?もちろん、アイリスはお兄ちゃんと同じ班だよね〜?」
「入口で脇侍を撃破する弐班はマリア、すみれ君、紅蘭、カンナ。潜入する壱班は、俺とアイリス…、――そして、さくら君とあやめさんだ」
驚き、顔を見合わせる花組と風組。あやめも同様。一人喜ぶアイリス。
「〜〜おいおい、不調の二人を入れて大丈夫かよ?」
「私も同意見ですわ。これは最終決戦です!失敗は許されなくてよ!?」
「隊長の指示に従いましょう。これまで私達には色々なことがあった…。けど、いつも隊長を中心に乗り越えてきたじゃない。今回だって大丈夫よ」
「〜〜せ、せやけど…」
「荒鷹の継承者・さくらを中心に、桁外れの霊力を持つ隊長の大神と副司令のあやめ君、そして回復のアイリスで固めた最強メンバーだ。互いの霊力がうまく同調し合えば、必ずうまくいく…!」
うつむくさくら。決心し、顔を上げるあやめ。
「やりましょう…!帝都の未来は私達にかかってるのよ!?」
「あやめさん…!」
笑顔になる大神とマリア達。さくらの手を優しく握るあやめ。
「…帝都がなくなれば、恋もできなくなっちゃうわよ?」
驚き、あやめを見つめるさくら。警報音。
「大変です!こちらの動きに気づいて、脇侍の大群が近づいてきました!」
「ほれ、ぼやぼやしてると先手を打たれるぞ!?」
「――行こう、皆!帝都は俺達の手で守るんだ!!」
10−3へ
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