★12−1★
深夜。大神の部屋。うなされるあやめ。夢。軍服のあやめが辺りを見る。
「――ここは…どこ…?」
暗闇を歩き、爆発音に振り返る。叉丹に倒される大神とさくら達。
「大神君!!皆!!」
大神を抱き起こすあやめ、気配がし、振り向く。叉丹が笑って立っている。
「〜〜もうやめて!!どうしてこんなひどいことができるの…!?」
黙って見下ろす叉丹。
「〜〜許さない…!!はあああっ!!」
叉丹に合気道で攻撃するあやめ。かわし、あやめに攻撃弾をぶつける。
「きゃあああっ!!〜〜かは…っ!」
倒れるあやめに剣を向ける叉丹。睨むあやめ。柄をあやめに向ける叉丹。
「とどめはお前が刺せ。可愛い部下達なのだろう?」
「何を言って――!?」
殺女が現れ、あやめと対峙。
「〜〜わ…たし…!?」
叉丹から剣を受け取り、仰向けの大神の胸に刃先を向ける殺女。
「〜〜や、やめて…!」
「――やれ…!」
剣を振り下ろす殺女。
「〜〜いやあああーっ!!」
飛び起きるあやめ。
「……ゆ…め…?」
「あやめさん…?」
隣で寝ていた大神も体を起こす。大神に抱きつくあやめ。
「〜〜大神君…っ!」
「怖い夢でも見たんですか?」
「あ…、私…、〜〜私が…あ…あぁ…」
あやめの手をぎゅっとする大神。
「儀式のことで気が立ってるんですよ。大丈夫、絶対成功しますから」
「大神君…。ごめんなさい、らしくないわね…」
安堵し、腕の中で目を閉じるあやめ。
(あなたはいつからこんなにたくましくなったのかしら…?もう私の腕では抱えきれないほどに大きく、優しく私を包んでくれる…)
★ ★
翌朝。帝都に降る雪。食堂で雑誌を見ているあやめ。
「鬼はー外!福はー内!」
「あ〜ん、私にもちょうだ〜い!」
走るアイリスとさくら。よけ、大道具を運ぶ大神。二人を追うかすみ。
「こら!まだ撒いちゃだめじゃないですか!」
「ははは、そうか、今日は節分だったな」
「あ、大神さん、そのセットは直接舞台に持ってっちゃって下さいね!」
「あぁ、わかったよ」
「大神さぁん、ブロマイドの整理も手伝って下さぁい!」
「わかった、わかった、すぐ行くよ」
微笑むあやめ。雑誌のバレンタイン記事を発見。
「バレンタインかぁ…!」
「えへへー!あ、あやめお姉ちゃんだ!やっほ〜!」
豆が入った袋を持って駆け寄ってくるさくらとアイリス。
「あら、二人とも節分の準備?」
「うんっ!あ、バレンタインの記事、読んでるの〜?」
「ばれんたいん…って何ですか?」
「女性が好きな人にチョコを渡して、愛の告白をする日のことなんです」
「そうそう!今、銀座で各店舗チョコ大売出し中なのよ!」
「義理は買ったのでいいけど、やっぱり本命は手作りだよね〜!」
「そうね。ふふっ、手作りかぁ…!」
雑誌に手作りチョコの作り方。渡された大神の笑顔を想像。赤くなるあやめ。劇場を見上げ、入ってきて受付の呼び鈴をしつこく押すかえで。
「――あ、はい、ただいま〜!」
慌てて受付席に移動する由里。
「失礼しました!ご用件をどうぞ」
「…米田中将閣下にお通し願える?」
「…え?」
「案内もしてくれないの?教育がなってないわね」
勝手に進んでいくかえで。
「〜〜あ、あの、お客様…!?」
「何か楽しそ〜!アイリスもチョコ作る!んで、お兄ちゃんにあげるの!」
「私も、私も!きゃ〜!大神さん、喜んでくれるかしら?」
「ふふっ、それじゃあ、誰が一番上手に作れるか勝負しましょうか!」
「わぁ!それ、大賛成です!」
「やろやろ!アイリス、絶対お兄ちゃんとラブラブになるんだから!」
「あやめさん、手加減しませんからね!」
「ふふっ、望むところよ!」
「で、では、思い切って私も…!」
「あ、かすみさんは加山さんにですもんね〜!」
「〜〜そ、そうですけど、義理ですってば…!!」
「きゃはは!照れない、照れない!」
かえでの足音。見つけ、ダンボールを持ってきょとんとする椿。
「あ、だったら、マリアさん達も誘いません?皆で作ったら、きっと楽しいですよ!」
「むぅ、そしたら、ライバル増えちゃうよ〜?お馬鹿さんだなぁ」
「あ、そっか…。アハハ…!」
笑うあやめとかすみ。通りがかったマリアが見つける。
「さくら、アイリス!それにかすみまで…!さぼってる暇はないのよ!?」
「〜〜あ、す、すみません…!」
「アイリス、隠すわよ!」
「〜〜りょーかい!」
不自然に壁を作るさくらとアイリス。
「…どうしたの?」
「いえ、別に〜」
「…怪しい。――えい!」
雑誌を取り上げ、目を通すマリア。慌てるさくらとアイリス。
「…バレンタイン?」
「〜〜あ、あのですね、バレンタインって西洋のなまはげなんですって!」
「〜〜そうそう!絶対女の子が好きな人に告白する日じゃないからね!?」
「…そう。それより早くいらっしゃい。立ち稽古始めるわよ」
雑誌を置き、立ち去るマリア。
「…ふぅ、何とかごまかせたわね!」
(――バレンタイン…。手作りチョコ…)
可愛いエプロンで作る自分と笑顔の大神を想像。
『君のそんな可愛い姿が見られるなんて、今日は得しちゃったな…!』
赤くなるマリア。無造作に開く支配人室のドア。驚く飲酒中の米田。
「あー、びっくらこいた。…ん?おぉ、もう来たのか」
「支配人、あの、知らない女の方が…!」
由里と椿、かえでを見て慌てて口を塞ぐ。睨むかえで。ビビる由里と椿。
★ ★
舞台。金槌で指を打つカンナ。
「〜〜いってぇ〜!!」
「あはは、あーあー、そないに力任せに打っちゃセットがかわいそうや」
「くっそぉ、上等じゃねぇか!そっちがその気なら、釘20本追加だぜ!」
「まったく…。力だけが取り柄なのですから、きちんと仕上げて下さいな」
椅子に座って扇子を仰ぐすみれ。
「んだとぉっ!?っつーか何でてめぇは休んでんだよ!?」
「失礼な。私は現場監督兼雰囲気係です」
「雰囲気係?」
「そう、華やかなスポットライトを浴びる女優と違って陰で支える裏方の拠点・舞台裏。普段はセットやら小道具やらでごちゃごちゃした空間がこの私がいるだけで、あっという間に南国リゾートに早変わりするのです!」
「けっ、冗談言ってる時点で南国ならぬ南極だっつーの」
「んまぁ!私が雰囲気を寒くしているとでもおっしゃりたいわけ!?」
「口より手を動かしやがれ、このKY女!!」
どつき合うカンナとすみれ。セットが倒れる。
「あ〜っ!!うちが徹夜して作ったセットがぁ〜っ!!」
「〜〜あ、あはは…。ちょいとばかしやりすぎたかな…?」
「〜〜私は悪くありませんわよ?大道具はカンナさんなのですから」
「んだとぉ!?あたい一人に責任押しつける気か!?」
「私は現場監督兼雰囲気係でしてよ!?」
「勝手に名乗ってるだけだろうがっ!!」
「〜〜だーもうっ!!いい加減にしなはれ、二人ともぉっ!!」
「――何の騒ぎなの?」
かえでが入ってくる。喧嘩をやめ、こそこそ話す三人。
「…誰だよ、あれ?」
「新しい私の女中でしょう?」
「あはは、んなわけあるかーい!」
「…どういうこと?全然セットが仕上がってないじゃない!」
「いや、さっきまでは何とか形になってたんですけどなぁ…」
「悪いのはこっち――」「悪いのはこいつ――」
同時に言い、睨み合うすみれとカンナ。
「呆れた…。これが帝都一の劇場がやること?」
「ちょいとあなた、黙って聞いてれば、先程から失礼ではありません?」
「珍しく意見一致だな。それにここは関係者以外立ち入り禁止なんだぜ?」
「ふっ、帝都を守る華撃団隊員といえども、所詮はただの小娘ね」
「――!!〜〜な…っ、なしてそれを…!?」
椿が顔を出す。
「あ、あのぉ…、支配人がお呼びです…」
「わかった、すぐ行くわ」
「あ、あの、皆さんもご一緒にいらして下さいだそうですぅ…!」
「ちょいと椿さん、この陰険で高慢ちきな女はどこのどいつですの!?」
「…おめぇには言われたくないだろうな」
カンナを睨むすみれ。
「〜〜そ、それは…」
「あーっ!セットが倒れてるぅ!」
入ってくる大神、さくら、アイリス、マリア。
「カンナ!すみれ!またあなた達ね!?」
「セットなんか今はどうでもええんよ!」
「えぇっ!?ど、どうしたんだい、紅蘭?君がそんなこと言うなんて…!?」
「…あなた達が残りの隊員ね?」
「ど、どちら様ですか?何かすごく怒ってらっしゃるみたいですけど…」
楽しく喋りながら入ってくるあやめとかすみ。かえでを見て驚くあやめ。
「かえで…!来てくれたのね…!」
黙るかえで。驚く大神達。
★ ★
「はっはっは!いやー、あの欧州星組の司令、しかもあやめ君の妹が直々に来てくれるとはな」
「…あの人、あやめさんの妹だったのね」
「姉妹なのに性格違いすぎやで?」
「妹だろうが関係ありませんわ。それよりあの高飛車ぶりは何ですの?」
「…だからおめぇが言うことか?」
支配人室。小声で話す四人を腕組みして睨むかえで。ビビる四人。
「……はぁ…。…ま、いいや。かえで君、自己紹介を」
「…元欧州星組司令、藤枝かえで陸軍特務中尉です。本日付で帝国華撃団副司令代理を務めさせて頂きます。霊力を失ったあやめ姉さんの代わりに副司令としての業務を執り行うことになりましたので、どうぞよろしく」
「あ、真宮寺さくらと申します。よろしくお願いしまーす!」
「私、アイリスっていうの!この子はクマのジャンポールだよ!」
無視し、大神と握手して、色仕掛けするかえで。
「大神一郎少尉ね?ラチェットから色々伺っているわ。よろしくね」
「は、はい…!よろしくお願いします…!」
「もう!綺麗な人の前だとすーぐああなるんだから…」
ムッとなるあやめとさくら。得意気に見るかえで。間に割り込むあやめ。
「かえで、本当にありがとう。今日はゆっくり休んだらどう?私は大神君とお・な・じ部屋だから、隣の部屋を使ってくれる?」
「…あやめはんも、段々とさくらはん化してきとるな」
「えっ?〜〜やだぁ!私、あやめさんの憧れだったんですかぁ?」
「…いえ、そういう意味じゃなくて」
「フン、すっかり尻軽女になり下がったわね」
あやめの手を振り払い、出ていくかえで。
「な…っ!?実の姉さんにあの言い方はねーだろっ!」
「やれやれ…。噂通り、とんだじゃじゃ馬だな」
「……申し訳ありません。後で私の方からきつく…」
「なーに、あやめ君の儀式が終わるまでだ。それまで仕事をきちんとこなしてくれりゃ文句は言わねぇよ」
うつむくあやめを心配する大神。
★ ★
食堂で豆まきする大神とさくら達。鬼のカンナに集中攻撃。
「あいてて…!〜〜おい、鬼はあっちにもいるんだぞ!?」
「動かなくてつまんないんだもーん」
鬼のマリアが棍棒をもって仁王立ちのまま動かず。
「…何故、私?」
「仕方あらへんやろ。公平にじゃんけんでって話やったし」
「皆さーん、豆まきが終わったら、福茶ですよー」
「歳の数だけ福豆も食べましょうねぇ!」
「おっしゃあ!よーし、もう怒ったぞー!!」
「きゃははは!鬼さん、こちらー!」
「よーし、もう一息だ!攻撃再開〜っ!!」
楽しむさくら達を見守る米田とあやめ。
「いいなぁ、日本の風物詩という奴は」
「えぇ、皆あんな楽しそうに…」
食堂で豆を大量に食べるカンナ。豆まきロボに喜ぶアイリス。ロボが爆発し、笑ってごまかす紅蘭。笑う三人娘。
「――ん?かえで君はどうした?」
「あら…、すみれもいませんわね」
顔を見合わせる米田とあやめ。
★ ★
かえでの部屋。コーヒーを飲むかえで。忍び寄り、豆をぶつけるすみれ。
「おーっほほほ!!生意気な鬼上官にはこうですわっ!!」
トレーで防御するかえで。豆が絨毯に落ちる。
「〜〜ちっ、なかなかやりますわね!ですが、こんなこともあろうかと」
紅蘭の発明のロケットランチャーを構えるすみれ。
「おーっほほほ!!泣くまで許しませんことよっ!!」
豆を発射し続けるすみれ。華麗に防御し続けるかえで。
「ふふ、一人娘がこれじゃあ、神崎重工もお先真っ暗ね」
「〜〜なっ、何ですっ――!!」
「それより、いいのかしら?ここ、元々はあやめ姉さんの部屋でしょう?」
「フン!それが何か?」
「言っちゃっていいのかしら?姉さんって自分の部屋を汚されると…」
衝撃に発明品を落とすすみれ。さくらとマリアが来る。
「あ、ここだったんですか、すみれさん」
泣きながら豆を拾うすみれ。
「〜〜私…、もう生きてここから出られませんわぁ…」
「〜〜何があったの?」
盗み聞き、笑うかえで。
★ ★
舞台。稽古する花組。
「『――あぁ、何と恐ろしい所でしょう。早く地上に帰りたい…』」
「『どこへ行かれるのです?公子がお待ちですぞ』」
「『私は…、〜〜私はもうここには住めません…!!』」
かえでが舞台に入ってきて、様子を見る。
「『あぁ、せめてこの世が真っ暗なら私の姿は水中に隠れてしまうのに…』」
「うーん、いいよぉ、さくら君!んで、アイリスと紅蘭の女官達が登場だ」
「は〜い!」
スタンバイするアイリスと紅蘭。
「ここで女官達の舞を披露。で、さくら君はこの場所で――」
「カーット!」
驚き、振り返る花組と夢声。
「…呆れた。想像以上の猿芝居ぶりね」
「いえ、これはお猿さんじゃなくて、お魚さんのお話なんですよ」
「そういう意味とちゃう〜!」
楽しくツッコむ紅蘭。すみれを指さすかえで。
「特にあんた、脇役のくせに目立とうとしすぎ」
「〜〜な、何ですって!?この私はトップスタァ・佐伯ひなの娘でしてよ!?」
「だから?」
「〜〜で、ですから、私は母の血を受け継いで…!」
「ふっ、残念だけど、私にはそうは見えないわ。――他の皆もそうよ。芝居はお遊びじゃないの。戦闘同様、死ぬ気で打ち込みなさい!」
「ぶー、アイリス、ちゃんとやってるもん!」
「舞台を心配して下さる気持ちは感謝します。ですが、今ははっきり言って稽古の邪魔です」
「そうですわ!ましてやあなたは芝居に関してド素人!口出す権利はこれっぽっちもありませんわ!」
「偉そうな口叩くんなら、お手本見せろよな!」
笑みを浮かべ、さくらに近づく。
「台本、貸してくれる?」
「あ、は、はい…!」
台本に目を通し、後ろに投げてさくらに返す。慌てて台本をキャッチするさくら。舞台の中央に移動し、動き付きで演技するかえで。
「――『あぁ、何と恐ろしいところでしょう。早く地上に帰りたい…。私は…、〜〜私はもうここには住めません…!!』」
「〜〜う、うまい…!!」
「セリフが生き生きしている…。かえでさんが本当の姫に見えるわ…!」
「マ、マジかよ?あんな短い間でもうあれだけの台詞、覚えちまったのか!?」
「それだけやないで?動きも全部アドリブや!いやぁ、大したもんやで!」
「わぁ、本当に涙流してる…。感情移入って奴だね!」
「本当にすごいですねぇ!お芝居、やってらしたんでしょうか?」
イライラするすみれ。
「――『せめてこの世が真っ暗なら私の姿は水中で隠れてしまうのに…。公子、私はたまらなく怖いの。海に住むあなたが私を――』」
「〜〜もう結構ですわっ!!」
「どう?ド素人にしては頑張った方かしら?」
ハンカチを噛むすみれ。
「〜〜キ〜ッ!!悔し〜いっ!!」
「皆もプロなんでしょう?軍人なんかに負けたりして、悔しくないの?」
顔を見合わせるさくら達。
「で、でも、昨日、台本が仕上がったばかりなんですよ?今日はまだ練習が浅いだけで、本番には皆ちゃんと素晴らしい演技をして…あいた!」
夢声をデコピンするかえで。
「あんた、クビね」
「え…?〜〜ちょ、ちょっと、いきなり何なんですかぁっ!?」
「こんな効率の悪い演出じゃ舞台の仕上がりに支障をきたすわ。一日でも早く仕上げて、より完璧な舞台を作る…。それがあなたの仕事でしょう?」
「あの、でも、いきなりクビはないんじゃないでしょうか。江戸川先生、路頭に迷ってしまいますし…」
「さ、さくら君…!」
感動し、涙ぐむ夢声。
「それに帝国歌劇団設立から演出は全て彼に任せています。これで私達のチームワークは保たれているんです」
「現在の責任者は私です。よって、本日限りで江戸川夢声をクビにします」
「〜〜そ、そんなぁ、あんまりですぅ〜!」
「ひっど〜い!!かわいそ〜っ!!」
「せやせや!それに新しい演出家は誰にするんや?もう日にちも少ないし、そんな余裕あらへんで?」
泣きついてくる夢声を振り払うかえで。
「私がやります」
「え…?」
「私は副司令代理。決定権は上官の私にあるわけだけど、何か文句ある?」
黙り、顔を見合わせる花組。荷物を持って出ていく夢声を窓から見る。
「江戸川先生…」
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