★17−2★
夜空に浮かぶ赤い満月を自分の部屋でウォッカを飲みながら睨むマリア。ノックし、顔を出す大神。
「調子はどうだい?」
「さすがに寝つけませんね、仲間が敵になった瞬間を見せつけられては…」
「あやめさん…。俺が早く記憶を取り戻せていれば、こんなことには…」
「……仮に隊長がかえでさんに騙されていなかったとして、果たしてあやめさんを守ることができたでしょうか…?」
「もちろんさ…!俺が傍にいて守ってやれていれば、きっと…」
「残念ながら、それは無理でしょうね。加山隊長の話から推測すると、悪魔の種を2つ口にしていたあやめさんは、すでに手遅れの状態だったはずです。あなたが傍にいて精神的に安らいでいた状態だったとしても、3つ目の種を飲まされてしまえば、結果は同じだったはずです…」
「……それはそうかもしれないが…、けど、最後まで何かできたはずだ」
「かえでさんに騙されなかったら、先巫女に嘘を吹きこまれなかったら…。起こってしまったことを今さら誰かのせいにして悔んでも、意味がありませんよ?」
「〜〜そうだな…。今はあやめさん奪還とサタン封印に全力を注がないと…!――さすがはマリアだな、こんな時でも冷静でいられるなんて…」
「すみません、生意気を言ってしまって…。フフ、これでもかなり焦ってるんですよ?あやめさんは私達花組の大きな戦力であったと同時に、精神的にも心強い支えでした。彼女が抜けた穴は大きいです。しかも、敵側に回ったとあれば…、〜〜とても落ち着いてなどいられません…」
「マリア…」
「そういう時、私はこうしてウォッカを飲むんです、少しでも気持ちが和らぐように…。物事に常に冷静でいられるのはいいことなのかもしれません。ですが、人間というのは時には感情的になるものでしょう?泣きたい時には泣けばいいんです。落ち込みたい時は、一人で部屋に閉じこもればいいんです。私だって人間ですから、弱さを曝け出したい時だってあります。――隊長も一杯いかがですか?こういう非常時に隊員達を叱咤激励して回るのがあなたの務めかもしれませんが、気を張り続けていては、疲れてしまいますよ…。時には副隊長の私に愚痴をこぼしたっていいんです。たまには嫌なことを忘れて、きれいさっぱりリセットするのも必要なのではないでしょうか。また明日から頑張ればいいんですから…」
「はは、何だか君の言葉とは思えないな」
「昔、あやめさんが私に言ってくれた言葉なんです。あなたが来る前、花組隊長を務めていた私の相談にあやめさんはよく乗ってくれました。『もっと肩の力を抜いて。じゃないと疲れちゃうわよ』って、こうしてお酒を薦められて…。あの頃は馬鹿にして聞き流すだけでしたが、今になるとわかるんです。私や隊長のような堅い人間は深刻に物事を考えすぎて、悪い方にばかり考えがいってしまう…。でも、お酒を交えると、不思議と何とかなってしまうような気がして、後で冷静に物事を考えられるようになるんです。フフ、あやめさん自身もそうだったんでしょうか…?」
「はは、そうかもしれないな…」
「――どうぞ…。思い切り泣くなり、叫ぶなりして結構です。見なかったことにしますから」
「ハハ…、そうかい?じゃあ、頂こうかな」
ウォッカを飲み干し、むせる大神。
「〜〜さ…、さすがにウォッカはきついな…」
「ふふふ…、ロシアは極寒の地ですからね。こういうアルコールの高い酒が好まれるんです」
「はぁ…、本当だな…。不思議と心が落ち着いてきた…」
「ふふ、そうでしょう?何とかなるって思えば、意外と何とかなってしまうものなんです。…少し頬に赤みが差しましたね。さっきまで真っ青でしたから…」
「そうか…?すまない、心配かけて…」
「落ち込んでいる時に励まし合うのが仲間ですからね。他の皆の様子も見に行ってあげて下さい。私も隊長と話せて、少し安心しましたから」
「あぁ、わかったよ」
「あまり思い詰めないで下さいね。私達がついてますから」
「ありがとう、マリア」
マリアの部屋を出て、廊下に出る大神。パジャマを着たアイリスが廊下でジャンポールを抱き、うずくまっている。
「アイリス…?――どうしたんだい?お腹でも痛いのか?」
「〜〜ひっく…、あのね…、アイリス、怖い夢、見たの…」
「夢…?」
「〜〜うん…。皆いなくなっちゃうの…。あやめお姉ちゃんみたいに…、さくらもマリアも米田のおじちゃんも、お兄ちゃんも…、皆…、〜〜皆…、真っ暗な中に歩いていっちゃうの…。〜〜アイリスが行かないでって言っても、駄目なの…!皆…、アイリスを置いて消えちゃうの…」
「大丈夫だよ。俺達は消えたりしない。ずっとアイリスの傍にいるよ」
「……でも、あやめお姉ちゃんはいなくなっちゃった…」
「〜〜それは…」
「あやめお姉ちゃんね、アイリスが怖い夢見た時、いつもぎゅって抱きしめてくれたの。でも、さっき、お部屋に行っても誰もいなかった…。〜〜お姉ちゃん…、いなくなっちゃった…」
「アイリス…」
アイリスを抱きしめる大神。
「大丈夫だよ、あやめさんは絶対に帰ってくる。アイリスを置いて遠くへ行っちゃうものか」
「本当…?本当にあやめお姉ちゃん、帰ってきてくる?」
「もちろんだ。だから、安心しておやすみ」
「お兄ちゃん、嘘ついてない…。えへへっ、あやめお姉ちゃんみたいにあったかいな…。……ねぇ、アイリスが眠るまで傍にいてくれる?」
「あぁ、いいよ。ほら、こうやっていれば怖くないだろ?」
アイリスを抱っこし、手を握る大神。嬉しくなるアイリス。
「えへへっ、アイリスとお兄ちゃん、仲良しさんだもんね〜!」
アイリスの部屋。大神と手を繋いだままベッドに横になるアイリス。
「あやめお姉ちゃん、いつ帰ってくる?」
「アイリスが良い子にしていれば、すぐに帰ってくるよ」
「えへへっ、じゃあアイリス、良い子にしてる…!かすみお姉ちゃんのお料理もちゃんと手伝うよ!お兄ちゃんとのお掃除も頑張る!お勉強ももっともっと頑張る…!!だって、あやめお姉ちゃんがいなかったら…、アイリス、寂しくて死んじゃうもん…」
「そうだな…。俺もあやめさんがいないと寂しいよ…」
「そうだよね…。――不思議だな〜…。さっきまで目を瞑ったら、嫌なことばっかり考えちゃってたのに、今は楽しいことばっかり浮かぶよ!あやめお姉ちゃんとチョコレート作ったこととか、ここに来たばっかりのこととか!あやめお姉ちゃんね、アイリスに同じ力を持ったお友達がたくさんできるって言ってくれたんだよ!お姉ちゃんの言ってたこと、本当だった!アイリス、さくら達とお友達になれて、とっても幸せ!えへへっ、お姉ちゃんが帰ってきたらね、アイリスにお友達を作ってくれてありがとうって言ってあげるんだ!あやめお姉ちゃん、今頃アイリス達と一緒じゃなくて寂しがってるよ?早く会いたいよ〜って泣いてるかもしれないね?」
「そうだね。なら、早く迎えに行ってあげなくちゃな」
「うんっ!それまでにう〜んと大人になって、お姉ちゃんを驚かせるんだ!」
「ハハハ…、あやめさん、きっとびっくりするぞ?」
「うん!えへへっ、――お兄ちゃん…、電気、点けといてね?アイリス、真っ暗は嫌だから…」
「あぁ、わかった。アイリスが眠るまでずっといるから、安心してお休み」
「えへへっ、ありがとう。お兄ちゃん、だ〜い好き…!」
あくびをして、徐々に眠りにつくアイリスの頭をなでる大神。
「寝ちゃったかな…」
静かに廊下に出て、ドアを閉める大神。
(アイリス、目が真っ赤だった…。〜〜かわいそうに…、ずっと泣いてたんだろうな…)
サロンを通り、紅茶を飲むすみれを発見する大神。
「すみれ君…」
「あら、少尉…。何かご用かしら?」
「いや、あんなことがあったばかりだからね…。気を落としているんじゃないかと思って…」
「ホホホ、まさか。私がそんなことぐらいで動揺するとでも思って?」
「〜〜そんなことって…、仲間がさらわれて、洗脳されてるんだぞ…!?」
「フン、これでは敵の思うツボですわ。副司令だけでなく、代理まで醜い嫉妬に踊らされて…。その上、少尉は副司令と代理の間をふらふらと…。帝撃の上に立つ立場の人間がこれでは、情けないったらありゃしませんわ」
「〜〜すみれ君…っ!」
拳を震わせ、静かに下ろす大神。
「……そうだな…。君は間違ったことを言ってない…。それが事実だ…」
「…『だが、その言い方は何だ?』とでもおっしゃりたいのでしょう?」
「いや、むしろ感謝したいぐらいだよ。他の皆は慰めてくれるけど、君は自分の思ったことをまっすぐぶつけて、疑問点を指摘してくれた。はは、そうだな。俺達がもっとしっかりしないと、君達に示しがつかないもんな」
「……今回は悪い偶然がドミノのように重なってしまいました…。そこを敵につけこまれたのも原因の一つだと思いますわ…」
「…君だってショックなんだろう、あやめさんがあんなことになって?」
「……副司令にはそれなりに感謝してますからね。彼女の紹介で私は帝撃に入隊することができました。実家にいた頃は、厳しい父の下で随分窮屈な思いをしていましたから、これで晴れて自由の身と喜んだものですわ。ふふっ、それに、お芝居という生き甲斐も見つけることができましたしね」
「はは、今日は珍しく素直だね」
「フン、普段のあなた方が馬鹿がつくほど素直すぎるんですのよ。…副司令が誘って下さったおかげで、自分らしく輝いていられる場所を見つけられたような気がします。〜〜ですから、もし、副司令が元に戻らないようであれば、この私の手で楽にして差し上げますわ…。それが副司令に対する恩返しというものでしょうから…」
「すみれ君…」
「ふふっ、心配しないで下さいまし。それは最後の手段ですわ。副司令には何が何でも戻ってきて頂かないと…!そうでなければ、帝国華撃団は成立しませんわ。そうでしょう、少尉?」
「あぁ、その通りだ…!絶対にあやめさんを連れて帰ってこよう!」
「フフ、まったく…、夜中でも暑苦しい殿方ですこと」
「はは…、君だって同じ気持ちのくせに」
「フッ、あなたほどではありませんわ。――お紅茶も終わってしまいましたし、私もそろそろ休むことにしますわ。少尉もあまりご無理をされてはいけませんわよ?」
「ありがとう。おやすみ、すみれ君」
すみれと別れ、見回りを続ける大神、鍛練室の電気が点いているのに気づく。サンドバッグを殴り続けるカンナを発見。
「まだ休んでなかったのかい?」
「あぁ、隊長か。ハハ、何だか無性に体を動かしたくなってさ。〜〜だけど、いくらやっても拳に力が入らねぇんだ…。こんなことは初めてだよ…」
「カンナ…」
「〜〜あたい、怖いんだ…。へへ、柄にもなくさ…。けど、黒之巣会にじゃねぇ、あやめさんがこのままずっといなくなったままだったらって思うと、震えが止まらなくなるんだよ…」
「カンナ…」
「〜〜ちくしょう…!!何が琉球空手継承者だ…っ!!そんな肩書があったって、あの時、ちっとも役に立ちゃしなかったじゃねぇか…!」
サンドバッグを殴ってもたれ、悔し涙を流すカンナ。
「〜〜くそっ、あやめさぁん…!あたい達が絶対助けに行くからなーっ!!」
「カンナ…」
「こうなりゃ、首根っこ掴んででも連れ戻してやる…!な、隊長!?」
「あぁ、俺も絶対諦めないぞ…!必ず最後は正義が勝つんだ!」
「へへっ、いいこと言うじゃねぇか!そうと決まれば早速、訓練開始だ!組手、付き合ってくれるよな?」
「あぁ、今日はとことんまで付き合うぞ!」
柔術着で組手をする大神とカンナ。カンナの上段蹴りをしゃがんでかわし、足を狙う大神。後ろに飛んでよけ、反撃するカンナ。防御する大神。大の字に横になり、休憩する大神とカンナ。
「はぁ〜…、いい汗かいたぁ〜。へへっ、隊長も腕上げたな!」
「カンナこそ、初めて会った時よりさらに強くなったよ」
「ハハ、これもあやめさんのおかげさ。あやめさんはあたいに仲間を守る強さを教えてくれた。あたいん家が空手の道場だって話はしたろ?だから、昔から同じ釜の飯を食う仲間っていうのに囲まれててさ、親父と弟子達との共同生活にも慣れてたんだ。だから、ここでの生活も全然苦にならなかった。でも、楽しんでたのは最初の頃はあたいぐらいでさ…。体育会系のノリが通じる奴がいなくて、苦労したよ。本当にこのままこいつらとやっていけるのか、正直不安だった。でも、あやめさんにな、『あなたはそのままでいい。その大きな体で皆を守ってやってくれ。守りたいと思えるようになるまで、馬鹿みたいにあの娘達を信頼してやれ』って言われてさ…。最初は皆、衝突してばっかで、仲間意識っていうのは強くなかったけど、さくらが来て、あんたが来て、あたいも皆も少しずつ変わっていった…。今では花組の皆は道場の仲間と同じくらい…、いや、それ以上にあたいの大切な仲間さ!あやめさんの言う通り、皆を信頼し続けてきてよかったよ。やっぱり、仲間っていいもんだよな〜!」
「ハハ、そうだな」
「個性が強すぎて反発し合うだけだったあたい達をあやめさんもずっと信頼してきてくれたんだよな。悪魔だろうが降魔だろうが、あやめさんはあやめさんだ。心の底ではあたい達が叉丹をぶっとばすのを楽しみにしてるに違いねぇよ…!」
「そうだな…!今まで培ってきた俺達の団結力、見せてやろう!」
「あぁ!――か〜っ、これでやっと眠れそうだ〜。ひとっ風呂浴びて、あたいもそろそろ寝るとするかな。隊長も一緒にどうだい?」
「〜〜いぃっ!?お、俺は後ででいいよ…」
「ハハハ、そうかい?んじゃ、お先に失礼するよ。また明日なー!」
元気に手を振り、走って鍛練室を後にするカンナ。
「カンナにいつもの笑顔が戻って、よかった。さて、次の場所に向かうか」
見回りに戻る大神。格納庫で神武を整備する紅蘭を発見。
「おー、大神はん。まだ見回りしてたんでっか?」
「まぁね。紅蘭こそご苦労様。この整備も毎日やってくれてるんだもんな」
「あはは、ええんですって!うちが好きにやらせてもらっとるんやから」
山崎の設計図を見つけ、気まずくなる大神。
「……気にせんといて。うち、もう大丈夫やから…」
「その…、何て言ったらいいかよくわからないけど…、人って良くも悪くも変わるものだからさ…」
「……せやね…。おおきに、大神はん…。これでも、マリアはん達のおかげで少し気が楽になったんやで?うちが好きなんは機械や。どんなお人やったとしても、山崎はんが光武っちゅー素晴らしい機械をつくったことに変わりはない。せやから、今でも山崎先生はうちのいっちゃん尊敬しとるお方や。それは一生変わらへんと思う」
「紅蘭…」
「なぁ大神はん、うちな、時には相手を許すことも必要やと思うんよ」
「許す…?敵をか?」
「せや。非道なことをして人々を苦しめる…、とても許されることやない。せやけど、なして間違った道を歩んでしまったのか、それを知って、情けをかけてやるんも必要やと思うねんよ。山崎はんのやり方は間違っとるかもしれへん。せやけど、負の感情を持つようになってしまうまでの過程が哀れで、うちには仕方ないんや…。〜〜悲しい人や…。もし、山崎はんがここに…、帝撃におったら、一人で抱え込まずにうちらを頼ってくれたかもしれへん。そしたら、こんなことにはならんかったかもしれへんのに…」
「……確かにそうかもしれない…。でも、どんな理由があるにせよ、山崎少佐を…、葵叉丹を俺は許せそうにない…!あやめさんをあんな辛い目に遭わせた挙句、苦しませながら降魔へと転化させたんだ。〜〜許すだなんて、俺にはとても…」
「大神はん…」
「……すまない。俺のこういった感情も負なんだろうな…。もし、俺が山崎少佐の立場だったら、同じことをしていたかもしれない…」
「せやね…。人間やったら皆、そうかもしれへん…。山崎先生かていくら天才でも人間なんや。間違うてしまうこともある。それをうちらが正してやらな…!」
「そうだな。はは、紅蘭は頼もしいな」
「あはは、今のは大神はんの真似やで?人情に厚くて、頼もしくうちらを引っ張ってってくれる、それがあんさんや!うち、信じてるで、あやめはんと山崎はんを救ってくれるて…!」
「あぁ、わかったよ。ここからが花組隊長の見せ場だな…!」
「ハハハ…、その調子や!やっぱり大神はんはそないな風に熱血漢やないと…!せやけど、たまには隊員に頼ってもええんやで?なんてったって、うちらはあやめはんが世界中から集めてきた精鋭達やさかい!」
「あぁ、頼りにしてるよ。あやめさんの期待に応える為にも頑張ろう!」
「お〜っ!」
発明品の時計のアラームが鳴る。
「お、そろそろワックス塗っておかんとな…。もう後は仕上げだけやから、ここは大丈夫やで」
「そうか。俺ももう少し見回りを続けるとするよ」
「大神はんは真面目やなぁ。頑張りぃや〜、隊長はん!」
「あぁ、紅蘭もな…!」
見回りを続ける大神、テラスで夜景を眺めているさくらを発見。
「中に入らないと、風邪引くぞ?」
「あぁ、大神さん…。……そうですね…。少し…冷えてきました…」
ボーッと夜景を見つめ続けるさくら。
「さくら君…?」
「銀座の夜景…、とっても綺麗ですよね…。今はそのことがよくわかります。帝都に来たばかりの頃は、とてもそんなことを感じていられる余裕なんてなくて…。うまく皆さんとなじめなくて、悩んでいた私にあやめさんがここから見える夜景を教えてくれたんです。『あなたもいつかあの灯りのように、帝都を導く希望の光になりなさい』って言ってくれたんです…」
涙を流し、嗚咽を漏らすさくら。
「〜〜あやめさんは、小さい頃から私の憧れのお姉さんで…、よく可愛がってもらってました…。大神さんのことで嫉妬したこともあったけど、今では私にとってかけがえのない人ですから…」
「さくら君…」
腰に付けた一馬のお守りを触り、見つめるさくら。
「覚えてますか?帝都に来たばかりの頃、私、お財布を盗まれて…」
「あぁ…、そんなこともあったね」
「そういう悪い人達もこの帝都にはたくさんいます…。人が集まれば、必ず負の感情を持った人も集まって、次第に魔も集まります…。それは仕方のないことだけど、ここに暮らす全ての人の生活を奪う権利なんて誰にもありません。お父様が命をかけて守り抜いた帝都、私も絶対守ってみせます…!そして、お父様の荒鷹も必ず取り返します…!絶対、サタンを封印しましょうね、もちろん、あやめさんも一緒に…!」
「あぁ、もちろんだとも!――強くなったね、君も…」
「えへへっ、大神さん達のおかげですよ!花組皆で色々乗り越えてきたから、こんなに強くなれたんです。だから、今度のことも大丈夫です。また皆で乗り越えていけばいいだけですから…!」
「そうだね。一緒に頑張ろう…!」
「はいっ!〜〜はっくしょん…!!えへへ…、少し冷えちゃいました…。そろそろ私も休みます」
「しっかり休んでおけよ。明日からまた厳しい戦いが待ってるからな」
「はい、頑張ります!私達の気持ち、あやめさんに通じるといいですね!」
「きっと通じるさ。俺達が勝利を…、この帝都の未来を信じる限りな…!」
微笑み、大神に敬礼して、元気に走っていくさくら。
「一通り皆と話せたかな…。支配人室に戻ろう」
支配人室のドアをノックし、入る大神。
「失礼します」
「おう、…どうだ、さくら達の様子は?」
「やはり、花組の皆は頼もしいです。激励するつもりが、逆に自分の方が励まされてしまいました…」
「ハハ、いざって時、度胸が据わるのは女の方と言うからな。あの娘達もたくましくなってくれたってことか。今まで支えてくれたお前への恩返しのつもりなんだろう」
「そんな…。礼を言いたいのは自分の方ですよ。皆がいてくれたからこそ、ここまで俺は頑張ってこられたんですから」
「はは、謙遜しなさんなって。上野での初戦闘を見た時はどうなることかと思ったが、結果としてお前を花組隊長に任命して正解だったよ。ほれ、この俺が褒めてるんだぞ?もっと自信を持て!」
「米田司令…。ありがとうございます…!」
折れた真刀滅却を見つめる大神。
「剣の道は一日にしてならず…。父が戦友から教わったことだと言っていました。その戦友がまさか米田司令だったとは…」
「俺もお前さんが三十郎の息子と知って、驚いたよ…。俺がお前を花組の隊長として選んだのも必然…、神の思し召しだったのかもしれん」
「あの時…、霊力値測定検査で加山が鮫に襲われた時、はっきり光武の声が聞こえたんです、自分に乗って助けてやってくれって…」
「なるほど、お前の霊力と光武が共鳴したってわけか…」
「はい。もし、あの時ためらっていたら、加山も亡くし、ここにも来ることはできなかったでしょう…」
「そして、裏御三家の末裔が顔を揃えることもなかった…か。はは、やっぱり偶然とは言い難いな。ま、世の中、不思議なことはいくらでもある。なんせ、悪魔や魔界が存在するんだからな」
「はは、そうですね…。もし、裏御三家が揃うのが神の思し召しで、帝都を救う唯一の方法なら、帝都は…この世界はきっと救われるって信じてます。ですから俺、隼人の儀式を受けます…!」
「へへっ、や〜っとその気になったか」
「はい。俺も隼人の末裔として、そして帝国華撃団・花組隊長として、全力でサタン封印にあたります!」
「そう言うと思って、列車の切符は手配しておいたぜ。隼人一族の拠点は西国だ。京都に到着次第、西國神社に向かえ」
「了解しました!」
ノックし、支配人室に入ってくるかえで。気まずくなる大神とかえで。
「……心細いだろうと思って、付き添いを用意しておいた…と言いたいところだが、かえで君がどうしても同行したいと聞かなくてな…」
「……こんなことでは罪滅ぼしにならないってわかってる…。だけど、今は姉さんの代わりに力になりたいから…」
「かえでさん…」
気まずく見つめ合う大神とかえで。重いため息をつく米田。
「〜〜やれやれ…」
★ ★
中庭。赤い満月が浮かぶ夜空を真剣な顔で見上げる加山。
「――よぉ、加山君。これから仕事かい?」
「あぁ、双葉さん。えぇ、まぁ――!?」
枕を抱き、熟睡しているラチェットの足を引っ張って、微笑んでいる双葉。
「あぁ、こいつか。性懲りもなく、また新君の部屋に忍び込んでいたんでな、引きずり出してきた」
「うふふ…、いや〜ん、大河君、そこはダメよ〜!」
「〜〜くぅ〜っ、夢の中にまで新君を登場させているとは…っ!!」
庭にラチェットを放置する双葉。青ざめる加山。
「〜〜ハァ…、どこをどう突っ込んでいいものやら…」
「しっ、隠れろ…!」
支配人室を出る大神とかえでをしゃがんで隠れて見る双葉と加山。
「〜〜大神、だいぶやつれてますね…」
「安心しろ、京都へは私も同行する。あの2人だけじゃどうも不安だ」
「はは、そうですね。――大神のこと、よろしくお願いします…!」
「フフ、この姉に任せとけって!やれやれ、心配の種は尽きんがな…。今日はゆっくり休むとしよう」
「あ、だったら、部屋までお送りしますよ――」
加山に木刀を向ける双葉。
「ほぉ、この夜中に私の部屋に入ろうとはいい度胸だなぁ…?」
「〜〜ご、誤解です…!俺にはかすみっちという将来を誓った相手が…!!」
「あはははっ、冗談だよ。お前と一郎は本当にからかいがいがあるなぁ」
「〜〜双葉さんのは冗談に聞こえないんですよ…」
「フフ、面白い奴め。よし、今夜は特別に私の部屋に入ることを許可してやる。酒でも一緒に飲もうじゃないか」
「え…っ!?こ、これから任務なんですけど…」
「そんなの少し遅れたって大丈夫さ。ほら、行くぞ」
「〜〜ちょ…っ、まずいですって…!隊長の俺が遅れたら――」
「――いいじゃないですか、なんなら朝まで一緒にいれば」
加山の視線の先に怒って睨んでいるかすみ。慌てて双葉から離れる加山。
「〜〜か…っ、かすみっち…!?」
「加山さん、双葉さんのこと好きだったって言ってましたもんね…。〜〜お邪魔してどうもすみませんでしたっ!!」
「〜〜ちっ、違うって…!俺と双葉さんはそういう関係じゃ――」
「そうだぞ。そんなにこいつと飲みたいのなら、お前も招待してやろう」
「〜〜結構です…っ!!」
つんとし、怒って歩いていくかすみを追いかける加山。
「〜〜かっ、かすみっちぃ〜…!!本当に誤解なんだってばぁ〜…!!」
「お〜い、酒はどうすんだ〜?」
「〜〜結構ですっ!!――かすみっち〜、待てってば〜…っ!!」
「……むぅ…、何を怒ってるんだ、あいつらは…?」
首を傾げる双葉。
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