藤枝かえで誕生日記念・特別短編小説2012
「仲直りの魔法〜かえで編〜その6



一郎君の髪に潜んで偵察していた蝶はアンティークショップ『papillon』へ舞い戻り、ご主人様のヴァレリーの細く白い指に止まった。

「――ウフフッ、マーキング完了っと♪」

ヴァレリーは任務を終えた蝶を握り潰し、手の平についた鱗粉を見つめながら笑った。そして、店の地下へ続く階段を下り、木製の扉を開けた。

扉の向こうに広がっていたのは店の物置とは程遠い光景だった。暗闇の中で蠢くオーク巨樹…。その根に取り込まれ、霊力を吸収されて消えそうになっているアモスの精身体が眠っていた。

「よいザマねぇ、アモスちゃん♪おいたしたおしおきに奴隷となって『彼』に尽くしてもらうわよ」

棘のある薔薇のように豊満なボディから邪悪なオーラを放ち続けるヴァレリー。その霊力反応を『papillon』で感知したと花やしき支部の研究員から報告を受けた支部長のあやめ姉さんは、分析結果が出されたモニターを厳しい瞳で見つめていた。

「――やっぱり、あの店を拠点としてたのね…」

「支部長のご推察通り、商品の鏡からも同じ霊力反応を感知しました」

「引き続き、解析をお願いね。並行して、アモスの捜索も行ってくれる?」

「了解!」

「――副司令、訓練の準備が整いました」


そこへ、風組の訓練に参加する椿、由里、かすみ、つぼみが入ってきた。

「今行くわ。――今日は頑張ってね。訓練だからって気を抜かないように!」

「わかってますって!給料アップがかかってるんですから♪」

「銀座本部所属の帝劇三人娘、張り切っていきますよ〜っ!」

「先輩方の足を引っ張らないよう、スマイル、スマイルで頑張ります!」

「ふふっ、頼もしいわね。それじゃ行きましょうか」

「はい!」「はーい!」「は〜いっ!」「は〜い!」




花やしき支部で風組の訓練が開始されたのと同じ頃、私もかなで寮の訓練室で奏組の訓練の視察を始めていた。

「――今回は大神司令が視察される。各自、気を引き締めて取り組むように!」

「了解!」「了解!」「了解!」「了解!」「了解!」

「か…っ、奏組隊長の雅音子ですっ!本日はよろしくお願いしますっ!!」


ふふっ、戦闘服姿も初々しいわね。可愛い隊長さんのお手並み拝見といこうかしら♪

「――事件はプレリュードのうちに!」

「シー・マエストロ!!」


奏組の訓練室には室内を丸ごとバーチャル空間にできる、神崎重工開発の3D投影型訓練マシーンが導入されている。

訓練方法も花組とは違い、メンバー全員で3D映像の降魔と戦い、各々の戦闘能力と霊力の波長が他の隊員とどれだけシンクロしているかを点数化する。なので、敵の撃破数だけでなく、それぞれが音色をどれだけ美しくハモらせられたかもポイントになってくるのだ。

「…僕の足を引っ張ったら怒るからね?」

「へへっ、兄ちゃんに任しときなって!」


彼らは『霊音』という霊力が込もった音色を楽器で奏でて戦う。降魔から出る霊音の不協和音が形として目に見える音子さんは、隊員達に迅速に指示を出していく…!

「――ヒューゴさん、右です!!あっ、背後から増援!ルイスさん、ジオさん、お願いします!!――あ…!源三郎君、源二君とちゃんと合わせて…!!」

私とシベリウス総楽団長、御伽丸君は隣のモニタールームから彼らの奮闘ぶりを見守っている。

うん、音子さんの指揮もなかなかだわ。けど、訓練機の降魔の動きのパターンに慣れただけ…とも考えられるわね。

「――敵のパターンを変更してくれ。うんと意地悪な奴を頼むよ♪」

「…了解」


御伽丸君が機械を動かすと、3D映像の降魔の動きが変わり、戦わない音子さんに集中攻撃が始まった…!

「え…っ!?〜〜きゃああ〜っ!!」

「〜〜音子君…!!」

「〜〜チッ、せこい手使ってくるんだから…」

「――作戦変更!全員、ミヤビの護衛に徹しろ!!」

「了解だぜ!」

「安心して下さいね。何があろうと隊長のあなたは私達で守りますから」

「〜〜ごめんね…、足引っ張っちゃって…」


――やっぱりね…。さっきまで完ぺきに近かった音色も戦局が変わった途端に崩壊してしまったわ…。

あの子達は光武に乗れないから余計に苦戦を強いられているのかもしれないけど、そんな理由は降魔には通用しない。――勝つか負けて命を落とすか…。戦場とはそれほど厳しい所ですもの…。

「フォーメーションがバラバラだ!そんな音色で正義の霊音を奏でられると思ってるのか!?」

「メロディーというのは一人がわずかにずれるだけでも不協和音となりうる…。今の実力では花組の足を引っ張るだけだろうな」

「〜〜く…っ」

「私…、怖いけど、頑張るよ!花組さんみたいに強くはないかもしれないけど、私だって帝都を…!皆と出会ったこの街を守りたいもの…!!」

「音子君…。――フフ、まったく…。君には敵わないな」

「へへっ、俺達って気が合うよな〜♪俺もお前とおんなじ気持ちだぜ!」

「僕達の実力を見せつけて、陰険な司令の鼻を明かしてやろうよ」

「花組さんのお手を煩わせないよう、共に頑張って参りましょう」

「皆…」

「…隊長のお前が出るまでもない。黙って俺達に守られていればいいんだ」

「ヒューゴさん…」

「――帝国華撃団・奏組、行くぞ!!」

「了解!!」「了解!!」「了解!!」「了解!!」


ふふっ、ようやくあの子達の本気に火がついたみたいね。

「…今季、最高点をマークしました」

「不屈の雑草魂か…。――さすがは大神司令だ。米田前司令が『最高の触媒』と称しただけはある」

「あの子達の中に眠る可能性を引き出したまでですよ。『鉄は熱いうちに打て』…。あの子達はまだまだこれから伸びていくでしょうからね…」


厳しいかもしれないけど、部下の成長の為なら私達・上層部は嫌な上司役を引き受けないとね!

「――大神司令、ご指導ありがとうございましたっ!」

「あぁ、これからも帝都の平和を守る為、一緒に頑張っていこう!」

「はい!」「はい!」「はい!」「はい!」「はい!」「はい!」


訓練が終わった後のあの子達の顔は自信と希望に満ちていた。

大切な隊長さんを守る奏組…か。頼りになる隊長さんを中心に戦う帝都花組と成長途中の隊長さんを支えながら戦う紐育星組とは少し違うけど、さっきの戦いには共感したわ。ふふっ、女っていうのは好きな男から守られたいものですものね。

奏組のこれからの成長を一郎君と一緒に見守っていきたいものだわ!



奏組の戦闘訓練を終え、私は大帝国劇場に帰ってきた。

あやめ姉さんはまだ戻ってきてないみたいね…。もうお昼だし、食堂で腹ごしらえしておこうかしら?

――ピーンポーンパーンポーン…。

「――あーあー…。ゴホン!え〜、ただ今より、『青い鳥』昼の部の上映を開始致しま〜す!」

あら、今日のアナウンスは江戸川先生なのね。冒頭から夜の女王で出るのに間に合うのかしら…?――ん…?夜の女王…?

〜〜ハ…ッ!なんか忘れてると思ったら、今日は中日サプライズの日じゃない…!!バタバタしてて、舞台のことなんてちっとも頭になかったわ!

一郎君、大丈夫かしら…?ちょっと覗いてみましょっと…。

「『――ここは漆黒の闇に包まれた夜の国…。この先に青い鳥はいるわ』」

いたいた…!ふふっ、シックな衣装が似合ってるわ。さすが私ね♪

でも、自分が立っている舞台を観るなんて変な感じ…。仕事が重なって、子育ても大変な時期だから今回は断念したけど、本当はまた夜の女王やりたかったのよね…♪

「『けれど、足を踏み入れた者には死が訪れる…。…それでも、あなたは青い鳥を探しに行くつもり?』」

「『青い鳥を見つけるには死の恐怖を乗り越えないといけないんだね?』」

「『〜〜ひぃぃっ!そこまでして青い鳥を探して何になるのさ…!?』」

「『〜〜そうよ!私も死ぬのはごめんだわ…!!』」

「『――皆はここで待ってて!』」

「『ミチル…?』」

「『青い鳥はミチルとチルチルお兄ちゃんの希望…。――だから、私は怖れないわ…っ!!』」

「『あっ、待って…!』」

「『〜〜ミチル〜ッ!!』」

「『オーッホホホ…!聞こえてくるわ、ゆっくりと忍び寄る死の足音が…』」


すごいわ!一郎君ったら台詞の言い回しも動きのくせも完ぺきに私の演技をコピーしてる…!

――もしかして…前回の『青い鳥』で夜の女王を演じた私のこと…毎公演、観ててくれたのかしら…?ふふっ♪

「――あっ!見て、なでしこ、ひまわり!父さんがいるよ!」

「本当だ…!――お〜いっ!」

「〜〜しーっ!今は本番中なんだから…!」

「えへへ…。…だね♪」

「でも、お父さんは優しいわね。お仕事で忙しいはずなのに、ちゃんとかえでおばさんの晴れ舞台を見に来るなんて」

「当然だよ!父さんと母さんは仲良しこよしだもんっ♪」


通路に座って観ていたなでしことひまわりと誠一郎が噂しているのに気づかないほど、私は舞台の上の一郎君に夢中になってたみたい…♪

「――『兄さんを置いて死なないでくれ、ミチル…!僕にとって君は、かけがえのない存在なんだ…!!』」

「『――この命の水を…。祈りを込めて飲ませれば、きっとミチルも息を吹き返すわ』」

「『ありがとう、水の精さん。――頼む…!生き返ってくれ、ミチル…!!』」

「『ミチル…!!』」「『ミチル…!!』」「『ミチル…!!』」「『ミチル…!!』」

「『――……?チルチルお兄ちゃん…?』」

「『ミチル…!!』」

「『わ〜い!ミチルが生き返ったぞ〜!!』」

「『見て、夜の国の闇が晴れていくわ…!なんて美しい光なのかしら…?』」

「『この光は光の精だ…!――見ろ!あそこに青い鳥もいるぞ…!!』」

「『光の…精…?』」

「『――チルチル、ミチル…』」

「『え…っ?母…様…?』」

「『母様…、〜〜母様ぁぁぁっ!!』」

「『フフフ…、二人ともすっかり大きくなって…。母様はこの世界からいつもあなた達を見守っていたのよ』」

「『ぐすん…、えへへっ!――チルチルお兄ちゃん、青い鳥は私達のすぐ傍にいたんだね』」

「『あぁ。僕にとっての希望はミチル、君だったんだ…!』」


『夜のロンド・光のソナタ』を歌う一郎君をサポートするように、チルチル役のレニ、ミチル役のアイリス、犬役のカンナ、猫役の織姫、水の精役のすみれ、パンの精役の紅蘭、光の精役のマリア、そして青い鳥役のさくらが即興でハーモニーをつけてくれている。ふふっ、さすがは花組、チームワーク抜群ね!

「――支配人、そろそろお時間です」

あん、これからフィナーレなのに…。ふふっ、舞台を観ていると、あっという間に時間が過ぎるわね。最後まで見届けてあげられないのが残念…。

でも、花組のお陰で帝劇の舞台の素晴らしさを再確認することができたわ。今後も景気良く運営を続けていく為に今日の会議を頑張らなくちゃ!

――代役ありがとね、一郎君。その調子で夜公演も頑張って!



「――そう。じゃあ、舞台は成功したのね」

「えぇ。一郎君の夜の女王、姉さんにも見せてあげたかったわ」


かすみの運転する蒸気自動車の後部座席で、私はあやめ姉さんに報告した。

今、腹ごしらえに食べているこのおにぎりも一郎君と子供達が作ってくれたもの。梅干しに昆布に鮭におかか…。シンプルだけど、どれも愛情が込もっていて、とっても美味しいわ!ふふっ、一郎君ってば気配り上手なんだから。私より主婦業が向いてるかもね♪

『――年々、女性の進学率と社会進出は増加傾向にありますが、男性の場合と比べると依然として低いのは統計からも明らかです!』

…あら、山本文部大臣だわ。お昼のラジヲ番組に出ているみたいね。

「音量上げてもらえる?」

「あ、はい…!」

『――女性が社長を務めていると知っただけで取引を辞める企業があったり、入学・入社試験では男性より良い点を取らないと合格にならなかったり…。女学校の授業も花嫁修業に関するものばかりで、社会人になる為のマナー講習は導入されておりません!社会を変えようと思い立ったとしても、選挙権が20歳以上の全ての男性に与えられているのに対し、女性は25歳以上の者しか政治に意見を反映させられないのです!私は今の日本にはびこる女性差別を失くす為、女性に男性と同等の教育を施し、男性と同じように社会に貢献できる知識と役割を与える為に文部大臣となったまででございます!!』

『確かに太正時代になってから女性の活躍が目立ちますものねぇ。女流作家の与謝野晶子だったり、帝国歌劇団・花組だったり…』

『〜〜んまぁ!帝国歌劇団ですって!?あんなのは女性を鬼畜に扱う見世物小屋です!一見、女性による文化振興を推進しているように見えますが、観客の男達は皆、若い娘が足を上げて踊るのを見に行っているのでしょう!?そんな破廉恥なショウは男女差別を加速しかねません!!そんなこともわからなくて、よくトークショウの司会者が務まってますわね!?』

『えっ!?』

『だから、こんな低俗の番組に出るのは嫌だったのよ…。――ちょっとスタッフ!司会者を替えて下さらない!?』

『〜〜いや…、それはちょっと…。一応、僕の冠番組ですので…』

『こんなボンクラでも務まるなんて、やはり今の社会は男に甘すぎるわ!』

『〜〜ガ〜ン…!!ボ…、ボンクラって…』

『――いいですか、女性の皆さん!?女性は国の宝です!!出産の苦痛に耐えられる女性は男性よりタフなのです!!差別を怖れないで!私・山本美恵子がついています!共にこれからの日本を変え、女性の力で支えて参りましょう…!!』


〜〜相手が人気司会者だろうとお構いなしに毒を吐きまくるのね…。

「……帝国歌劇団は女性の見世物小屋…ねぇ」

「〜〜この調子じゃ今日の会議でもいちゃもんつけてくるでしょうね…。一郎君じゃないけど、胃が痛くなってくるわ…」

「山本大臣は厳しいけど、誠実な方よ?理由もなく相手を咎めたりしないわよ。私達は信念を貫いて報告と発表をするまでだわ」

「そうね…。〜〜ここまできたら、なるようになれだわ!」

「――そろそろ例のアンティークショップに到着します。ご準備を…」

「わかったわ。車、停められそう?」

「はい、こちらに専用駐車場が…――え…っ!?」


かすみが目にした光景に私と姉さんも驚いた!

ついこの間まで銀座中央通りに異色文化の華を添えていた西洋風のお洒落な店構えが跡形もなく消え、ガランとした空き地になっていたのだ!

「〜〜そんな…!?昨日まで確かにここに…!」

「――あの怪人と同じ霊力を地脈から感じるわ…。霊力反応があった場所もここと合致したし、間違いないと思うんだけど…」

「私達に悟られたと勘づいて逃げ出したのかしら…?それとも霊力を蓄える為に休業してるとか…?」

「かもしれないわね…。〜〜それにしても建物を消す魔術が使えるなんてね…。まるで手品みたい…」

「――あんたら、こんな所に何用じゃ?」


そこへ、杖を突いたおじいさんが訝し気に私達に話しかけてきた。

「あなた、ここの地主さんですか?」

「そうじゃが…、…お前さんら、地上げ屋かね?」

「いえ…!『papillon』というアンティークショップがどうして閉店したか、ご存知かと思いまして…」

「あんてーくしょっぷだぁ?」

「えぇ、昨日までここに建っていたはずなのですが…?」

「ハッハッハ…、そ〜んな西洋かぶれの店なんぞにわしゃ大事な土地を貸しやせんよ。ここは漬物屋が潰れた2ヶ月前からず〜っと空き地じゃったんじゃ。お前さんらが場所を間違えておるんじゃろうて」

「えっ!?で、でも…」

「最近は蒸気自動車も普及してきよったし、来年あたり駐車場にしようと思うてなぁ。国内初の蒸気コインパーキングじゃ!どうじゃ?なかなか儲かりそうじゃろ!?」

「〜〜え、えぇ…」

「ふぉふぉふぉ…、銀座は一等地じゃからのぅ!これで残りの人生も安泰じゃわい♪」


〜〜がめついじいさんだこと…。でも、嘘をついてるようには見えなかったわね…。

「――店が突然失くなったのに通行人も誰も驚いてないわね…。私達以外の人間は記憶を操作されてるのかもしれないわ…」

「敵の正体を掴まない限り、先手を打つのは難しそうね…」

「一般の方で被害に遭われた方はいないのでしょうか?私達以外にも商品を購入された方がいらっしゃるでしょうし…」

「そうね…。被害報告はまだ入ってきていないけど、早急に回収した方がよさそうだわ」

「夢組に地脈の霊力を調査するよう伝えてくれる?そこから彼らの本拠地を洗い出せるかどうか…」

「了解しました!」

「…いつまでもここにいても仕方ないわね。ちょっと早いけど、会議場へ向かいましょうか?」

「そうね…」


銀座・中央通りに構える店なんて、皆一流ですもの。よほど変な物を売らない限り、怪しまれないものね…。日常生活に潜む魔というのは怖ろしいものだわ…。

ヴァレリーとかいうオカマの怪人もこのままおとなしく引き下がるとは思えないし、アモスも行方不明だし…、今後も油断できないわね…。



紐育に本部がある賢人機関は、世界各国の主要都市を防衛する為につくられた秘密組織で、世界中の有力な経済人が自分の国の都市防衛機関に出資している。

私達・帝国華撃団も日本支部に所属する民間都市防衛組織として、日本の財政界を担う経済人の方々から投資を受け、運営が成り立っているのだ。

「――おや、大神君」

「――今日は期待しているぞー、帝撃のホープ♪」

「〜〜あ…はははは…」


〜〜そんな有力者の皆さんと男子トイレで用を足すなんてできないわよ…。

『――朝の二の舞になるから、あなたはあっちね♪』

〜〜もう…、あやめ姉さんったら他人事だと思ってぇ…。

「どうした、大神君?早く来たまえ」

「私の隣、空いてるぞー?」

「〜〜す、すみません…!朝からどうも腹の具合が…。はははは…」


お腹を押さえながら大慌てで個室に閉じ込もった私に経済人の皆さんはきょとんとしていたが、すぐに明るく笑い飛ばした。

「はっはっは…!緊張してトイレに閉じこもる癖は司令になっても変わらんなぁ」

「はは、まったくですなぁ」


〜〜ハァ…、おトイレにもおちおち行けないなんて…。このままずっと元の体に戻らなかったら、どうすればいいのよ…?

――ドン…ッ!

「――きゃっ!?」

ハンカチーフで手を拭きながらトイレから出ると、廊下でスーツを着た女性と肩がぶつかってしまった。

「す、すみません…――!」

〜〜ゲッ、山本大臣…!?まずいわ…!うるさいこと言われたら逃げちゃおうかしら…!?

「――気をつけなさい…?」

え…?さっきのラジヲみたいに金切り声をあげられると思ったから拍子抜けしちゃったわ…。……こんなこと言ったら失礼だけど、罵りに歯切れがなかったというか…。様子が変だったわね…。

人目のつかない非常階段に降りていったけど、どこへ行くつもりかしら?――ちょっと尾行しちゃおうかな…?

「――それで、今回で最後にしてほしいと…?」

「〜〜来年、娘が高等学校を受験するの…。これは立派な恐喝よ…!?私が警察に訴えれば、あなただって――!」

「…あのことが世間に知られれば大臣の座を追われるのは確実でしょうねぇ。娘さんの内申にも響くんじゃないんですか?」

「〜〜そ、それは…」


非常階段の陰で山本大臣は誰と話してるのかしら?声からして、男みたいだけど…?もっと近くで聞いてみましょっと…。

「――あなたが威張りくさっていられるのは私のお陰ですよ?新政府発足のこの時期に大臣の座を失脚したりしたら、あなたの政治家生命も日本の女性の未来もお先真っ暗になってしまうでしょうねぇ」

あれは川島貿易会社の川島会長だわ…!〜〜あの会長、お金に汚くて有名なのよね…。この前も法に触れるギリギリのやり方でライバル会社の子会社の株を買い占めたって話だし…。

「〜〜わかったわ…」

と、山本大臣は仕方なく川島会長に茶封筒に入った札束を渡した。

〜〜平和を願う賢人機関の会議場で金の裏取引が行われてるなんて皮肉なものね…。まぁ…、ああいう欲望を抱く人達がいるから降魔が現れ続けて、私達の存在意義も出てくるんでしょうけど…。

「――確かに五千円頂戴しました。また来月もお願いしますよ?」

「……もう時間です。戻りましょう」


〜〜まずい、こっちに来たわ…!どこかに隠れないと…!!

――ドンッ!

「きゃ…!?」

急いで非常階段を下りると、入口であやめ姉さんとぶつかってしまった。

「かえで…!姿が見当たらないから心配したのよ?こんな所で何やってたの?」

「〜〜あ…、それは…」

「――これはこれは大神大尉…!」


……ハッ、川島会長と山本大臣だわ…!

「奥様と同伴出勤ですか。相変わらず仲が良ろしくて羨ましい」

「…私は大神の妻で、副司令ですから」

「おや、藤枝少佐はまだ副司令をお続けで?てっきり、お子さんを産まれて引退されたのかと…。普通、子供が生まれたら母親は育児に専念しますからねぇ」

「ほほほ…、私が付きっきりでいなくても手のかからない子供達でして…」


〜〜ああいう顔であやめ姉さんがニコニコしてる時って、絶対ムカついてる時なのよね…。

……姉さんが嫌がるのもわかるわ。女性の分際で会議に出席するなとでも言わんばかりに私と姉さんにいつも嫌味言ってくるんですもの…。

「ほぉ、そうですか…。いやー、さすがは若くして出世された大神大尉のお子さんだ。今年も帝撃は大活躍だったそうじゃないですか。来年も期待してますよー?今日の発表次第では出資額を上げようと思ってましてねぇ」

……一郎君が司令になる前は散々馬鹿にしてたくせに…。〜〜調子がいいこと。

「では、また後ほど。――行きましょうか、山本大臣」

「……えぇ」


嫌味ったらしく胸を張った川島会長とは反対に山本大臣は伏せ目がちに私達の前を通っていった。

「山本大臣、顔色が優れなかったわね…?どうされたのかしら…?」

「……私達も行きましょう。遅刻しちゃうわ」


……覗き見してたのが男尊女卑思想の成金男にバレなかったのはよかったけど…、なーんか後味悪いわね…。

〜〜ハァ…。今日の会議、無事に終わればいいけど…。


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