藤枝かえで誕生日記念・特別短編小説2012
「仲直りの魔法〜かえで編〜その2



「――風邪ですね。咳止めと解熱剤を1週間分出しておきますから、来週また来て下さい」

「ありがとうございます、先生…!」

「10月になって冷え込んできましたからね。部屋を温かくして、ゆっくり休ませれば大丈夫でしょう」


診療時間が終わる前に診てもらえて、よかった…。

私は誠一郎をおぶり、なでしことひまわりを連れて大帝国劇場に帰ると、先生に言われたように子供部屋である屋根裏部屋に蒸気ストーブを置き、温かいパジャマを着させた誠一郎に毛布と掛け布団をかけてやった。

「〜〜ごほっ、ごほ…っ!」

「〜〜大丈夫…!?――ほら、お水よ。風邪の時は水分をいっぱい取らないと…」

「うん、ありがとう…。咳はまだだけど、寒いのはいくらか平気になってきたよ」

「そう、よかった…。お薬を飲んで、あったかく寝ていれば、すぐ良くなるわよ?」

「うん…。〜〜ごめんね、母さん…。お仕事忙しいのに…」

「そんなの、子供のあなたが気にしなくていいの!子供が具合悪い時に平気で仕事できる親がどこにいるの?」

「母さん…。えへへ、風邪って苦しいけど、たまに引くのも悪くないね…」


誠一郎…。〜〜ごめんね…、いつもかまってやれなくて…。

咳をしていたのは朝から気づいてたはずなのに…、私ったら誕生日だからって舞い上がって、無理に買い物に付き合わせたりして…。〜〜本当…、悪いお母さんでごめんね…?

「…ねぇ、父さんとあやめおばちゃん、もう帰ってきた?」

「ううん、まだよ。お父さん達はね、明日、大きな会議に出るから忙しいの…」

「明日?母さんの誕生日なのに…?」

「…大事なお仕事ですもの。お父さんが出ないわけにはいかないわ。だから、我慢しないと…ね?」

「〜〜そっか…。……そう…だよね…。父さん、僕達の為にお仕事頑張ってくれてるんだもんね…」


……親の私が言うのもなんだけど、誠一郎はよくできた子だ。だから、どんなに親と一緒にいられる時間が少なくても文句を言ったことがない…。〜〜けど、まだ5歳なんですもの。本当は寂しいに決まってるわよね…。普通の家族みたいに両親に甘えていたいわよね…。

「大丈夫よ。帰ってきたら、お父さん、きっと飛んであなたのお見舞いに駆けつけてくれるわ」

「えへへ、だといいな♪ねぇ、父さんは母さんの誕生日プレゼント、今年はどんな物を選んだかな?」

「ふふっ、さぁ、どんなプレゼントかしらねぇ?明日が楽しみだわ」


〜〜ハァ…、そういえば会議の追加資料、作らないといけなかったんだ…。帰ってから仕上げれば間に合うと思ってたけど、誠一郎がこんな状態では取り掛かれそうもないわね…。それから、今年度の報告書をまとめるのも私の担当だったっけ…。あやめ姉さんに事情を話せば、代わりにやってくれるだろうけど、姉さんだって疲れて帰ってくるだろうし、押しつけてしまっては申し訳ないわ…。

本当は副司令として、子供の看病より仕事を優先しなければならない…。それはわかってるわ…。〜〜けど、子供が風邪の時ぐらい、母親の仕事を全うしたいと思うのは、私のワガママなの…?

――コンコン!

「――失礼しま〜す」

軽快なノックの後に屋根裏部屋に入ってきたのは、花組の皆だった。

「皆…!明日の公演準備はもう終わったの?」

「それは大丈夫。明日の朝やれば間に合うから」

「今日は1回公演の日でよかったです。スケジュールの都合がどうにかつきました」

「今は舞台より、誠一郎君の看病の方が大事ですものね!」

「でも、まだ公演期間は半分近く残ってるのよ?〜〜あなた達に風邪がうつったりしたら…」

「そうなったら、うちが発明した『熱冷ましくん』をおでこに貼って、千秋楽まで乗り切るさかい!」

「だいいち、風邪の菌ごときに負けているようでは、帝都の平和なんて守れませんもの」

「誠一郎もただ寝てるより、あたい達とくっちゃべってながらの方が楽しいよな〜?」

「うんっ!僕、花組のお姉ちゃん達がお見舞いに来てくれて、すっごく嬉しいよ!」

「疲れない程度に楽しい気分でいれば、病気とはあ〜っという間におさらばデ〜ス!」

「『病は気からと申します〜♪』ってね♪アイリスがちちんのぷいで治してあげる!」

「ほほほ…、では、私はお熱が下がるようビシソワーズでも…」

「〜〜ゲ〜ッ!!すみれさんの料理を食べたら、風邪より胃痛に悩まされることになりマ〜ス!!」

「〜〜何ですってぇ!?」

「〜〜あなた達!病人の前で騒がないのっ!!」

「……風邪の時は胃腸の機能が低下している。作るなら、冷たい物より温かくて消化に良い物の方がいいよ」

「んじゃ、あたいの出番だな。カンナ姉ちゃんが特製粥を作ってきてやっからよ!」

「あ、私もお手伝いしま〜す!」

「ほんなら、うちは紅蘭印の特製栄養剤を注射してやるさかい♪」

「〜〜え〜っ!?何、その怪し気なお薬〜!?」

「ふっふっふ、ただのビタミン剤やて。――人間に使うんは初めてやけどな…♪」

「〜〜うわ〜ん!!誠ちゃんを実験台にしないでよぉ〜!!」

「〜〜紅蘭ったら…、病人を不安にさせてどうするの…?」

「あはははっ!」


ふふっ、誠一郎ったら、あんなに楽しそうに…。

「誠一郎君は私達に任せて、かえでさんは大神さんのお仕事を手伝ってあげて下さい」

「まだ会議の準備が残っているのでしょう?」

「えぇ、そうさせてもらうわ。ありがとう、皆…」

「へへ、水臭いぜ、かえでさん!困った時は、いつでもあたい達に言いな!」

「ふふ、そうさせてもらうわ。――それじゃあ、花組のお姉ちゃん達の言うことを聞いて、おとなしくしてるのよ?」

「うん…。母さんもお仕事、頑張ってね」




誠一郎は花組に囲まれていたものの、どこか寂しそうだった…。やっぱり、母親の私にもついていて欲しかったんでしょうね…。

〜〜ごめんね、誠一郎…。終わったら、また様子を見に行くから…。あと、野菜がたくさん入ったスープも一緒に持って行って――。

「――副司令ー?…副司令ってば〜?」

「お〜い、聞いてますか〜?」

「――え?」


事務室で三人娘に話しかけられ、私はとっさに我に返った。

「〜〜あ…、ご、ごめんなさいね、ボーッとしちゃって…」

「いえ、こちらこそお忙しい時に申し訳ありません…」

「ふふ、気にしないで。それより、話っていうのは…?」

「明日は私達、花やしき支部で行われる風組合同訓練に参加しなきゃならないので、帝劇には来られませ〜ん」

「私も大神司令と副司令を会議場までお送りした後、すぐ向かわないといけないんです。ですので、今日のうちにお誕生日プレゼントをお渡ししておこうと思いまして…」

「はい、これ私達からです!どうぞ〜!」

「ふふっ、ありがとう、あなた達」


椿が渡してくれた箱のリボンを解いて開けると、パルテノン神殿の柱のような美しい装飾が施された、西洋風のお洒落な手鏡が入っていた。

「まぁ…!素敵な手鏡ねぇ」

「今年はスタンドタイプより持ち運べるサイズが流行なんですよ♪」

「4丁目のアンティークショップで買ってきました〜!」

「アンティークショップ?あぁ、確か8月にオープンした『papillon』とかいう…?」

「そうっ!そこの店長さん、フランスと日本のハーフの方なんですけど、もう超〜格好良くって〜♪」

「本当はもっと安いのにしたかったんですけど、店長さんにオススメされて断れなかったんですよね〜♪」

「〜〜あぁ、そうなの…」

「〜〜もっ、申し訳ございません…!本当は1個ずつ用意したかったのですが、アンティークなもので、お値段が…」

「そうそう!私達の安月給じゃ、一つ買うのにやっとだったんですよねぇ〜?」

「…ですから副司令〜?来月分から、ちょびっとだけお給金上げてくれると助かるかな〜な〜んて♪」

「…なるほど。それが言いたかったわけね?」

「えへへへ〜♪」

「特にかすみは加山さんとの結婚資金を貯めてるから大変なのよね〜♪」

「えっ?〜〜ちょ…っ!?それじゃ私が言い出したみたいじゃない…!」

「ふふふっ、そうねぇ。1年目と比べたら、興行収入もグッズの売り上げも随分伸びたし、考えておくわ」

「ほ、本当ですか…!?」

「きゃ〜!さっすが大天使を姉に持つ巫女様〜♪」

「太っ腹ですねぇ〜♪」

「ふふっ、あなた達もよく頑張ってくれてるものね。――さ、これで明日の訓練を心置きなく頑張れるわよね?」

「もっちろんですよ!」

「もう張り切っちゃいますよ〜!ね〜、かすみさん♪」

「えぇ、本当にありがとうございます。それでは、私達は準備がありますので、これで…」

「えぇ、おやすみなさい」


ふふっ、女って何かとお金がかかる生き物ですものね。あの娘達にもたまには普通の女の子らしく、恋やお買い物を楽しんでもらいたいものだわ。



「――ふぅ、やっと終わったわ…」

これで追加資料の作成は終わりっと…!支配人室に行って、一郎君に渡してこないとね。

〜〜あ〜、たくさん書いたら肩凝っちゃったわ…。あとで一郎君とマッサージのし合いっこしよっと♪うふふっ!

「――うわああっ!!よせ!ひまわり…!!キュロットを下げるなぁっ!!」

「〜〜女の子がむやみに下着見せたらいけないのよ!?」


中から聞こえてきた騒がしい声に、支配人室に入ろうとした私は思わず廊下で立ち止まった。

「――じゃあ、大人になったらパパに『しょーぶしたぎ』見せていいの?」

「〜〜そういうのって普通、父親より好きな人に見せるものだけどな…」

「〜〜ぶ〜、ひまわりだってパパのこと、大好きなのにな〜…」


一郎君とあやめ姉さん、そして、娘達のなでしことひまわりの楽しそうな笑い声が響いてくる…。〜〜んもう…!一郎君ったら、誠一郎が風邪なのに何でそんな呑気に笑ってられるのよ…?

……でも、そうよね…。一郎君の奥さんと子供は私と誠一郎だけじゃないんだもの。仕事終わりの時ぐらい、家族団欒の時間を過ごしたいわよね…。

怒ったら、余計疲れるし…、暗い顔して、一郎君に心配かけたくないし…。〜〜っていうか、怒りたくても疲れてて、ほとんど気力が残ってないって言った方が早いかもしれないけど…。

――空元気にならない程度に私も笑顔でいきましょっと…!明日はきっと私と誠一郎だけの一郎君でいてくれるはずだから…♪

――ガチャ…。

「――あら、あやめ姉さん達も来てたの?丁度よかったわ。会議の追加資料を作ったから、目を通してくれる?」

う〜ん、ちょっとわざとらしかったかしら…?けど、自然に会話に入ることはできたわよね。

「……」「……」

「〜〜な、何よ、その目は…!?私の顔に何かついてる?」

「…かえで、ひまわりに変なこと吹き込んだでしょう?」

「変なこと?」

「〜〜うあ〜ん!パパに『しょーぶしたぎ』見せるって言ったら怒られた〜」

「〜〜えぇっ!?あれ、本当に買ったの!?」

「うん!〜〜今月分のお小遣い全部使っちゃったけどね…。うぅ…」

「だから、やめときなさいって言ったのに…。ひまわりったら計画しないで欲しい物はすぐ買っちゃうんだから…」

「〜〜ぶ〜…。だって、リボンいっぱいで可愛かったんだも〜ん…」

「ふふっ、下着は実用品なんだし、何枚あってもいいじゃない♪」

「…かえで!あなたも反省なさい?」

「あら、大人になればどうせ知ることよ?私はただ、見えない所にもお洒落に気を遣いなさいって女のたしなみを教えたまでよ♪」

「〜〜ああ言えばこう言う…。資料はありがたく受け取っておくから、あなたももう休みなさい!」

「どうしてよ?会議に参加しないとはいえ、私も姉さんと同じ副司令ですもの。司令見習い君の会議の準備をサポートしてやるのも仕事の内よ?」

「あはははっ!パパ、まだ見習いなんだって〜」

「ね〜!うふふふっ」

「〜〜か、かえでさん…!子供達の前で見習い呼ばわりはやめて下さいって…」

「ふふっ、他にも手伝えることがあったら言ってね?大神司令見習い君♪」


ふふっ、私とあやめ姉さんがからかうと、一郎君ってば時々、子供みたいにむくれるのよね。んもう、可愛いんだから♪

「お父さんとお話できてよかったわねぇ。もう遅いから、おやすみなさいして、お部屋に戻りましょ?」

「え〜?ひまわり、まだ眠くないよ〜!?」

「ダ〜メ。夜更かししてる悪〜い子は、お化けに食べられちゃうわよ〜?」

「〜〜うわ〜ん!!やぁだ〜!!ひまわり、もう寝る〜!!」


ふふ、ひまわりったら、あやめ姉さんの足に半泣きでしがみついてるわ。一郎君に似て、幽霊やお化けが苦手ですものね。

「ふふっ、せっかくだから、お父さんにおやすみのキスしてあげたら?」

「わ〜い!おやすみ〜、パパ〜!」

「おやすみなさい、お父さん!」

「チュッ♪」「チュッ♪」

「ははは…。おやすみ、なでしこ、ひまわり」


娘って今ぐらいが『パパ、パパ〜!』『大きくなったら、お父さんと結婚する〜!』とか言って、可愛い時期なのよね。でも、学校に上がって、友達や彼氏と出かけるようになれば、父親に甘えるなんて、まずなくなるものねぇ…。

ふふ、男にしてみたら、女って都合の良い時だけ良い顔する残酷な生き物よね♪

「ふふっ、それじゃあ寝かしつけてくるわね」

「お願いします、あやめさん」

「お父さん、かえでおばさん、また明日〜!」

「明日は絶対遊ぼうね〜!約束だよ〜♪」

「あぁ、おやすみ…」




――明日は絶対…ね。約束を守ってやれそうになくて、一郎君、複雑そうだわ…。

誠一郎と同じように、なでしことひまわりもお父さんのことが大好きですもの。学校に上がる前の子が親と一緒にいて甘えていたいっていうのは自然なことですものね…。〜〜ううん、本当なら親はそうしてあげなくちゃいけないのに…。

「そういえば、誠一郎はどうしたんだろう…?もう寝ちゃったんですか?」

「〜〜その…誠一郎なんだけどね…、今日、熱が出ちゃって…」

「え…っ!?病院には連れて行ったんですか…!?」

「えぇ。解熱剤のお陰で下がってきてはいるんだけど、まだ油断できなくて…」

「そうですか…。それで、医者は何て?」

「ただの風邪だから大丈夫だろうっておっしゃってるけど、まだ子供ですもの。悪化して肺炎にでもなったら大変でしょう?」

「でも、医者が大丈夫って言ってるんですから大丈夫じゃないですか?俺達は医学に関して素人なんですし、あまり気に病まない方が…――」

「〜〜大丈夫…!?そんなこと、どうして言い切れるのよ…!?」

「え…?」

「……あ…ごめんなさい…。あなただって疲れてるんですものね…」


〜〜怒っちゃ駄目よ…。一郎君だって悪気があって言ったわけじゃないだから…。……でも、『俺も様子を見に行きますよ』とか『次に病院行く時は俺も一緒に…』とか少しは言ってくれてもいいのにな…。

〜〜あ〜駄目だわ…!頭では疲れるだけってわかってても、どうしてもイライラしてきちゃう…!!

――ピー!ガシャガシャガシャ…!!

「蒸気ファックスか…。こんな時間に誰からだ…?」

「会議の議長からみたいね…?」


一郎君が受けとった蒸気ファックスの紙を私も隣で覗き込んだ。

「〜〜うわぁ…、明日の会議、山本文部大臣も出席するのか…」

「へぇ、あの初の女性大臣のねぇ。議員時代から女性差別撤廃運動を掲げて女性達の支持を集めていたけど、大臣にまでなるなんてすごいわよね!」

「〜〜俺、あの人苦手なんだよなぁ…。歯に衣着せぬ物言いといい、眼鏡越しにきかせる睨みと凄みといい…」

「確かに気難しい方で有名ですものね。ふふ、若造だからってナメられないようにしないとね?」

「ですね…。〜〜ハァ…、帝撃新兵器開発プロジェクト、もう一度見直した方がいいかもな。明日はなるべく突っ込まれないような報告をしないと…」

「今から?早めに起きてやればいいじゃない」

「ですが、明日は朝から舞台の準備もありますし…」

「花組もいるんだし、それくらい私達でやっておくわよ。昨日もろくに寝てないんでしょ?会議当日に倒れたら、元も子もないわよ?」

「〜〜しかし、この書類も午前中までに送らないと…――あ…!」


椅子に座ろうとした一郎君の肘がコーヒーカップにぶつかり、こぼれたコーヒーが机の上に広がっていた書類を黒く染めてしまった…!

「〜〜うわ…!!花やしき支部の書類が…!!」

「〜〜あ〜何やってるのよ…!?雑巾持ってくるから動かさないでね!?」

「〜〜いいですよ!俺がやりますから…!!」

「何怒ってるのよ?こぼしたのは自分でしょ!?」

「かえでさんが傍に来なければ、こぼれませんでしたよ!!」

「〜〜な…っ!?何よ、その言い方!?大変だと思うから手伝ってあげようとしたんでしょう!?」

「会議に出るのは俺とあやめさんです!!恩着せがましく手伝ってもらわなくて結構ですよ!!」

「――!!」


……何よ、人が下手に出てるのをいいことに…!〜〜もう、あったまきたっ!!

「〜〜恩着せがましくって何よ…!?私が嫌々この仕事をやってると思ってるの!?」

「だ…、だって、かえでさん、疲れてるみたいですから…」

「〜〜そりゃ疲れてるわよっ!!今日だって、あなたと姉さんが出かけている間、ずっと子供達の面倒見てたんだから…!!」

「そ、それは感謝してますって…!」

「〜〜私だって、あやめ姉さんと同じ副司令なのよ!?あなたの妻なのよ!?夫の体調を心配して何が悪いのよ!?」

「けど、時には無理をしてでもやらねばならないこともあるんです…!夫として、父として家族を守っていかなければならない男の気持ちなんて、かえでさんにはわからないでしょう!?」

「あっ、そう!なら言わせてもらいますけど、仕事中毒の夫のせいで子育てを押しつけられてる妻の気持ちなんて、一郎君にはわからないでしょう!?」

「えぇ、わかりませんよ!!今の俺は司令なんですよ!?家族を養っていく為に仕事を頑張るのは当たり前じゃないですか!!」

「まぁ〜随分、ご立派になったものねぇ!!前は副司令の私にへいこらしてたくせにっ!!」

「それは、かえでさんが上官だったからですよ!その時だって、俺はかえでさんのすることにとやかく言わなかったじゃないですか!!」

「部下の意見に耳を傾けるのも上司の仕事でしょう!?司令だから何だって言うのよ!?それがそんなに偉いことなのっ!?」

「えぇ、少なくともかえでさんよりはね!仕事のスケジュールはあやめさんが管理してくれてるんです!!これ以上、余計な口出ししないで下さい!これは司令命令ですよ!?」

「〜〜何よ、偉そうに!仕事より家族を大事にしたらどうなの!? 〜〜誠一郎がどんな症状かも知らないくせに大丈夫なんて…、よくそんな無責任なこと言えるわね!?あなた、あの子の父親でしょう!?息子が心配じゃないの!?子供が病気の時くらい、傍にいてやったらどうなのよ!?」

「できることなら、俺もそうしたいですよ…!でも、司令がいないと帝撃の仕事は回っていかないんです…!!かえでさんは明日会議に出ないんですから、傍にいてやればいいじゃないですか…!!」

「私だって副支配人業務があるのよ!?」

「劇場にいるんですから、面倒を見られるでしょう!?」

「〜〜何よ、それ…!?子供の世話の方が仕事より楽とでも言いたいの!?」

「べ、別にそうとは言ってないじゃないですか…!」

「そういう意味でしょう!?子供は人形じゃないの!!可愛がってるだけじゃ育たないのよ!?〜〜子育ては夫婦で分担しようって結婚した時に決めたじゃない!!何で守ってくれないのっ!?」

「〜〜俺だって手伝える時間がある時は手伝ってるでしょう!?――とにかく、話は会議が終わってから、ゆっくり聞きますから――!」

「何よ、会議会議って…!?〜〜その調子なら、どうせ明日が何の日かも覚えてないんでしょうね…?」

「え…?」


私に言われ、一郎君は思い出したように壁掛けカレンダーを見た。

「10月の…――21日!?」

「……やっぱり忘れてたのね…。〜〜もういいわよっ!」

「あ、かえでさん…!」


私は悔し涙を見られないように、顔を伏せながら支配人室を飛び出した…!

米田さんの後を継いで、立派に使命を果たしたい一郎君の気持ちもわかるわ…。〜〜でも、いくら司令としては優秀でも、妻の誕生日を忘れるなんて…夫としては最低よ……。

『――今日はかえでさんの誕生日ですよね?おめでとうございます…!』

去年まで、どんなに忙しくても忘れることなく、私の誕生日を毎年祝ってくれていた一郎君…。

〜〜今年のあやめ姉さんの誕生日の時、私にグッチのバッグを買ってくれるって言ってたわよね…。けど、プレゼントのランクなんて本当はどうでもいいの…。

一郎君、あなたが『おめでとう』って優しく抱きしめてくれれば…、『愛してる』って囁いてくれれば…私はそれだけで幸せなのに……。


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