藤枝かえで誕生日記念・特別短編小説2012
「仲直りの魔法〜大神編〜」その6
なでしこ、ひまわり、誠一郎が協力してくれたお陰で、誕生日会に出すご馳走を昼公演の開演時間までに作り終えることができた。
あとは焼き上がったケーキをトッピングしたら完成だ!かえでさんの驚く顔が今から楽しみだな…♪
「――いらっしゃいませ〜!」「――いらっしゃいませ〜!」
「――大帝国劇場へようこそ〜!」
今日は椿ちゃん達がいない為、子供達もスタッフ業務の手伝いをしてくれることになった。
「〜〜え〜っと、う〜んと…」
「「くすっ、はさみは切符のここに入れるのよ」」
「あ、そっか!――えっと…、こうだね!」
「「ふふっ、その調子よ、誠一郎!」」
「おっ!上手だねぇ、坊や」
「えへへ、母さんの教え方が上手いんだよ。でも、すごいな〜。母さんって、父さんみたいにもぎりさんもできるんだね!」
〜〜はは…、そりゃ本人だからな…。この業務ばかりは帝撃の誰にも負ける気はしないぞ!
「――カッチン、カッチン…♪もぎりのお仕事って面白いね〜!」
「おんや、可愛いもぎりさんだねぇ」
「お母さんのお手伝い?偉いわねぇ」
「「えぇ、息子の誠一郎です。――ほら、皆さんにご挨拶は?」」
「お…っ、大神誠一郎です!父さんみたいな立派なもぎりさんになれるよう、粉骨砕身の覚悟で頑張りますっ!」
「きゃ〜!可愛い〜♪」
「お姉さんの切符、もぎって〜♪」
「あ〜ん、私のもおねが〜い♪」
「〜〜わあっ!い…っ、いっぺんには無理だよぉ〜」
はは、誠一郎は母性本能をくすぐるタイプだから、女性受けするんだろうな。将来が楽しみだ!
「――花組のお姉ちゃん達のブロマイド、売店で売ってるよ〜!セットで買うとお得だよ〜!!」
「ほっほっほ、お嬢ちゃん、元気がいいねぇ。どれ、私もそのセットを頂こうか」
「売り子さんが可愛いから、私も買っちゃお〜っと!」
「嬢ちゃん、俺は扇子も全種類もらおうか!」
「わ〜い!毎度あり〜!!」
「――ブロマイド2種に団扇にパンフレットですね。合計で180銭になります」
「ひぇ〜、お嬢ちゃん、計算早いねぇ〜!」
「小さいのに、そろばんが打てるなんて大したもんだ!」
「才色兼備で将来が楽しみだねぇ」
「そ、そんなことないです…。ぽっ」
なでしこは売店の計算係、ひまわりは玄関と売店で呼び込み係、誠一郎は俺ともぎり。子供達のスタッフデビューは上々だし、今日はさらなる収益を期待できそうだぞ!次回公演から本格的に手伝わせてみようかな。
――すりすりすり…。
「「〜〜ひ…っ!?」」
「ぐへへへ…♪副支配人の姉さん、相変わらずええケツしとるのぅ…♪」
〜〜く…っ、不覚だ…。酔っ払いに尻を触られてしまうとは…。
「「〜〜ほほほほ…、困りますわ、お客様。お手をどけて頂けます?」」
「チッ、サービスの悪いスタッフだぜ。――おっ、可愛い坊ちゃんもいるじゃねぇか。へへへっ、なよっちくて女みてぇだな」
「〜〜か、母さぁん…」
〜〜この男…、かえでさんだけじゃなく、誠一郎まで…!
――ガシッ!
「〜〜いてててて…っ!!」
「「――お引き取り下さい、お客様。切符代は郵送でご返却致しますので」」
俺に手首を捻られ、酔っ払いの男は舌打ちして俺を突き飛ばした。
「〜〜チッ、副支配人だかなんだか知らねぇが、女の分際で調子こいてんじゃねぇぞ!てめぇらの猿芝居を観てるより、キャバレーで姉ちゃん達と遊んでる方がよっぽど楽しいってんだ…!ひっく…、がはははっ!てやんでぇ、馬鹿野郎っ!!」
――ガシャーン…!!
「〜〜きゃああっ!!」
「〜〜うわ〜ん!母さぁん…!!」
「「〜〜他のお客様のご迷惑になりますので、早急にお引き取り下さいっ!!」」
――ギリギリ…ッ!!
「あいてててて…っ!!〜〜えぇい、くそ…っ!暴力女が取り仕切る劇場なんか二度と来るかってんだ…!へへへへっ」
酔っ払いの男は俺が女だから阻止できまいと思い込み、壁を蹴ったりテーブルを蹴り倒して暴れたが、俺に手を後ろに回されてつまみ出されると、不満そうにつばを吐いて、千鳥足で劇場を後にしていった…。
「〜〜やだねぇ。昼間っから酒飲んで…」
「世の中には馬鹿者がたくさんいるもんさ…。あんたも大変だねぇ…」
「「ふふっ、いいえ。お騒がせして申し訳ございませんでした。さぁ、入場時間ですので、お入り下さいませ」」
「格好良かったぞ〜!副支配人!!」
「ピーピー♪」
「「ほほほほ…」」
〜〜ハァ…、まったく、迷惑な客もいるもんだな…。
俺達は切符を買ってくれるお客様なら、どんな人であろうと迎え入れなければならない。お客様を選ぶことなんてできないからな…。
「母さん、大丈夫…?」
「「えぇ、もう大丈夫よ。怖かったわね…?」」
「〜〜僕、早く大きくなって、父さんみたいに母さんを守るからね!女の子を守るのが男の務めだって、よく父さんが言ってるもん!」
「「誠一郎…。…えぇ、期待しているわ」」
――女の分際で…か…。太正時代になって女性の社会進出が盛んになってきたとはいえ、世間から男尊女卑の考えが根絶したとは言えないからな…。
かえでさんの体に入っているので、いつものような男の力は出せなかった…。〜〜こういうトラブルがあった時、かえでさんは他のお客様のことも考えて笑顔を作って対応するんだろうが、いくら護身術の達人とはいえ、苦労してるんだろうな…。
「――副支配人、何やってるんですか…!?もう舞台、始まりますよ!?」
そこへ、演出の江戸川先生が慌てて俺に駆け寄ってきた…!
「「どうかされたんですか、江戸川先生?」」
「中日サプライズですよ〜!今日の夜の女王役、私の代わりに副支配人がやるって話だったじゃないですか〜」
〜〜しまった!朝からドタバタしてたから、すっかり忘れてた…!!
「「〜〜いや、でも俺…じゃなくて私――!」」
「いやぁ、前回の副支配人の夜の女王、大変評判が良かったんですよ!子育てでお忙しいとはいえ、ファンの皆さんはあなたを待ってますよ!さぁ、勿体つけてないで早く舞台へ参りましょう!ねぇ♪」
「「えぇっ!?〜〜ちょ、ちょっと〜!?」」
「母さん、あとは僕達に任せて、お芝居頑張ってきてね!」
「かえでおばさん、頑張って〜!」「かえでおばちゃん、頑張れ〜!」
「いやぁ、良いお子さんをお持ちで羨ましいですなぁ〜♪」
〜〜そ、そういう問題じゃないんだってばぁ〜!
「――うむ、さすが黒のドレスがお似合いですぞ〜♪今日の舞台、期待してますからなぁ。はっはっは〜!」
江戸川先生に舞台袖まで連れてこられてしまったので、仕方なく衣装に着替えたはいいが…。〜〜参ったな…。
「申し訳ありません…。私達の説明不足のせいで…」
「「いや、俺とかえでさんが入れ替わってることは他のスタッフには秘密にしといた方がいい。敵がどこにスパイを送り込んでいるかわからないからね…。――それより、台本を見せてくれないかい?」」
「台本ならここにありますけど…、〜〜今から覚えるなんて無茶ですよ!」
「「――内容は前回とほとんど変わらないな…。なら、台詞と動きは大丈夫そうだ。前回のかえでさんの演技を毎回見てたから、頭に入ってるよ」」
「ヒュ〜!愛の力でピンチを乗り切ろうってか♪」
「「はは、そうとも言うな。今日のかえでさんの演技を楽しみにいらしてくれたお客様だって、たくさんいるはずだ。その方達をガッカリさせたくないからね」」
「大神さん…」
「アイリスも協力するよ!皆でお兄ちゃんを助けてあげよう!」
「そうね。『夜のロンド・光のソナタ』は光の妖精である私が歌でサポート致します」
「私は出番が遅いですから、舞台袖からカンニングペーパーを出しておきますね!」
「〜〜私は反対ですわよ!?練習不足の方が入ったら、せっかくのお芝居が台無しになってしまうではありませんか!」
「いいじゃねぇか!あたい達がチームワークでカバーしてやればよ」
「世の中には脚本家の気まぐれで直前になって台詞や内容を変えられる舞台も存在しマ〜ス。それに比べたら甘っちょろいものデ〜ス♪」
「誰が止めても、隊長はやると決めたら最後までやり抜く人だ。なら、そうできるように仲間の僕達でサポートしてやらないとね」
「……まぁ、無責任に穴を空けられるよりマシですけれど…。ですが、トップスタァの私の足を引っ張ったら承知致しませんわよ!?よろしいですわね、大尉!?」
「〜〜ったく、プレッシャーかけんなってーの!」
「「はは、望むところだよ、すみれ君。皆もありがとな!」」
「フフ、お手並み拝見といきますわ」
「――お〜い!『とれるんですくん』を持ってきたで〜!今回の『青い鳥』再演のゲネプロを収めてあるさかい。出番までよーく見ときや!」
「「あぁ、助かるよ、紅蘭!」」
――ビーッ!
「――本日は大帝国劇場にご来場頂きまして、誠にありがとうございます。間もなく『青い鳥』昼公演の上演を――」
「あっ、もう始まっちゃう…!」
「行こう、アイリス!」
「うんっ!――お兄ちゃん、頑張ろうね〜!」
「「あぁ!」」
戦闘で花組を支えている俺は、舞台の上ではいつも支えられてばかりだ。そんなことすらも支配人業務が当たり前になった最近は忘れがちだった…。頼もしい仲間に囲まれて、俺は幸せだな…。
よーし!支配人…、いや、副支配人兼女優として、かえでさんの代わりに今日の舞台、必ず成功させてみせるぞ…!!
「「――はぁ…、やっと昼公演が終わった…」」
カーテンコールが終わり、フラフラになって舞台上に崩れ落ちた俺を花組が拍手しながら囲んでくれた。
「お疲れ様でした、大神さん!」
「いやぁ、大したもんや!短時間であそこまで役を作り上げるとはなぁ」
「お兄ちゃんの夜の女王、すっごく綺麗だったよ〜!」
「さっすが、あたい達の隊長だな!」
「「はは…、皆のサポートがあったからだよ」」
「完ぺきとまではいきませんが、大尉の『女優魂』を見させてもらいましたわ」
「ちょっち危ないところもありましたケド〜、私のナイスなサポートで回避できマシタ〜しね♪」
「夜公演もこの調子でお願い致します」
「それまで休息を十分に取っておくといい」
「「あぁ、そうさせてもらうよ…」」
ハァ…、疲れたが、なんとかかえでさんの顔に泥を塗らずに済んだな。舞台というのは達成感があって気持ちいいものだ。
「――あっ、かえでおばさんよ!」
「母さん、お疲れ様〜!」
シャワーを浴び、私服に着替え終わった俺を更衣室に入ってきた子供達が抱きついて迎えてくれた。
「僕達も舞台、ずっと観てたんだ〜!」
「かえでおばさんの演技、素晴らしかったですよ!」
「「ふふ、ありがとう」」
「ねーねー、気づいた?パパも観てたんだよ!」
「「え?かえでさ…じゃなくてお父さんが?」」
「うん!途中で会議に行く時間になって行っちゃったけどね…」
――そうか…。芝居をするのに必死で客席を気にする余裕なんてなかったが、かえでさん、観ててくれたのか…。頑張ってよかったな…♪
「ね〜ね〜、お芝居も終わったし、ひまわり達と遊ぼうよ〜!」
「駄目よ、ひまわり!かえでおばさんは疲れてるんだから…」
「そうだよ。母さん、朝から働き詰めだしさ…。休ませてあげようよ」
「〜〜え〜!?」
「「ふふっ、いいわよ。気分良いから付き合っちゃう♪」」
「本当〜!?」
「大丈夫ですか?まだ夜公演が残ってるのに…」
「「平気平気!お手伝いを頑張ってくれたご褒美よ♪」」
「わ〜い!母さんと遊べるなら、僕、毎日だってお手伝いしちゃうよ!」
「私も〜!」「ひまわりも〜!」
「「ふふっ、おりこうさんね。さぁ、何して遊びましょうか?」」
「じゃあねじゃあね〜、鬼ごっこ〜!」
「「〜〜お、鬼ごっこ…!?」」
「私、おままごとがいいです!」
「僕、キャッチボール!」
〜〜ハァ…、こりゃ紅蘭からもう一本栄養ドリンクをもらわないとな…。
「――きゃはははっ!こっちこっち〜!!」
「わあっ!母さん、速いよ〜!!」
「「はははっ、つかまえた〜!」」
「きゃ〜!あはははっ!!」
紅葉が色づく中庭で、子供達と鬼ごっこをして過ごす夕暮れ時…。秋の空ってこんなに澄んで、綺麗だったんだな…。
花組隊長として帝国華撃団に派遣されたばかりの頃は、帝都の街・人・物、全てが珍しくて、毎日のように心を躍らせていたっけ…。だが、司令という責任ある立場となり、帝都での暮らしにすっかり慣れてしまった今では、そんな当たり前のことにいちいち感動しなくなってしまっていた…。
どこまでも広がる空と比べたら、俺の悩みやプライドなんて、ちっぽけに思えてくるな…。
「――ん…?何か焦げ臭くないですか…?」
「「〜〜ハッ!しまった…!!」」
急いで厨房に行くと、蒸気オーブンから黒い煙がもくもく出ていた…!
〜〜舞台に必死で、ケーキを焼いたままなの、すっかり忘れてたよ…。
「〜〜あ〜あ…、メインのケーキが黒コゲだね…」
「「〜〜ハァ…、せっかく他の料理はうまくいったのにな…」」
「大丈夫!クリーム塗っちゃえばわからないって♪」
「〜〜そういう問題なの…?」
「そういう問題なの!――ね〜、かえでおばちゃん?」
「「ふふ、どうせ本物のかえでさんも同じ失敗をするだろうしな…」」
「本物って?」
「「〜〜あ…。おほほほ…!な、何でもないのよ。手を洗って、飾りつけしちゃいましょうか!」」
「お〜っ!」「お〜っ!」「お〜っ!」
コゲたのがわからないように生クリームを塗りたくって、子供達と一緒にかえでさんの好きな苺をケーキの上にたくさんトッピングしていく。
「「――よし、できた…!」」
少々、形はいびつだが、俺達・家族の愛情はたっぷり入ってるぞ!
疲れて帰ってくるかえでさんを少しでも癒せるといいな…♪
「わぁ、美味しそ〜♪」
「「コラ!つまみ食いは駄目よ?」」
「〜〜ちぇ〜」
「――大神さ…じゃなくて、かえでさ〜ん!そろそろ夜公演の準備、お願いしま〜す!」
「「え…っ!?もうそんな時間か…。急いで楽屋に入らないと…!」」
「私達もまたお手伝いしてきましょうよ!」
「うんっ!――その前に…♪」
「〜〜あっ!ひまわりったら、つまみ食いしちゃ駄目だよぉ〜!!」
〜〜ハァ…、なんとか夜公演も無事に終えることができたぞ…。
かえでさんは公演の度に今日のようなスケジュールを毎日こなしてるんだよな…。男の体力でも舞台の準備と子育てを両方こなすのは厳しそうなのに…。
毎晩、晩酌したくなる気持ちもわかる気がするな…。――酒は苦手だが、今夜からは積極的に付き合ってあげるとするか…♪
「「――たっだいま〜♪」」
「あっ、お父さんとお母さんが帰ってきたわ!」
「わ〜い!お帰り〜!!」
「早くお誕生日会やろう!」
「「んふふっ、今日は楽しい楽しいお誕生日会〜♪さぁ、じゃんっじゃん飲むわよ〜!」」
「「〜〜すでにできあがってるみたいですね…」」
「「んふふっ、一郎きゅ〜ん、良い子でお留守番ちてまちたかぁ〜♪ん〜チュッ♪」」
「「〜〜かえでさん、それは柱!俺はこっちですって…」」
「「あらぁ〜?」」
「ふふっ、今日の会議は大変だったけど、かえでのお陰で大成功だったのよ!…だから、大目に見てやってね?」
「「はは…、そうなんですか。大きな仕事から解放されたら、誰だって飲みたくなりますからね」」
「〜〜ん〜、というより…、仕事中に飲んだと言った方がいいのかしら…?」
「「〜〜え…?」」
「あのねあのね、母さんも今日、すっごく頑張ったんだよ!」
「今日は一日かえでおばちゃんといられて、すっごく楽しかった〜!」
「今日のご馳走、かえでおばさんと私達で作ったのよ!いっぱい食べてね」
「まぁ、それは楽しみだわ!――それじゃあ、かえでおばさんのお誕生日パーティー、始めましょうか!」
「わ〜い!」「わ〜い!」「わ〜い!」
長かった一日が終わり、楽しい宴が始まった。
「――かえでさん、お誕生日おめでとうございま〜す!」
「「いや〜ん!ありがとう、皆〜!!」」
「あはははっ!父さんがお返事してどうするのさ?」
「「〜〜かえでさん、俺と入れ替わってること、すっかり忘れてますね…」」
「ふふっ、まぁいいじゃないの。今夜は無礼講で楽しみましょ!」
俺と子供達が作ったご馳走をかえでさんは感激して食べてくれたし(飲み過ぎで途中吐かれたが…)、帝劇の皆からも祝福されて嬉しそうだった。
会議も舞台もうまくいったし、とりあえずはめでたしめでたし…かな?
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