紐育星組ライブ2012〜誰かを忘れない世界で〜開催記念・特別短編小説
「愛の決闘」
その1



ここ紐育に今年も夏がやってきた。

紐育ライブに大河君の誕生日!どちらも今の私には欠かせない夏限定の恒例イベントだ。

今年も例年通り、忙しくなりそう♪今のうちから準備を始めなくちゃ!

「――来てくれると思ったよ、ラチェット〜。では、早速始めようか♪」

〜〜なのに、今夜はサニーと居残りレッスンなんて…。

今度のライブで一緒に歌うことになったから仕方ないとはいえ、家に帰ってやらなきゃならないことが山ほどあるのに…。

「…それで、プラムと杏里はどうしたの?カルテットなんだから4人で合わせないと無意味でしょう?」

「ハッハッハ、今日はどうしても譲れない用事があると断られちゃってね〜。いやぁ、あの娘達もシアターを一歩出れば普通の女の子なんだね〜♪」


〜〜サニーが左口角を上げてにくたらしく喋る時は、大抵嘘をついてる時なのよね…。どうせ私と二人きりになりたいが為に、さっさと帰しちゃったに決まってるわ…。

「今日はもう十分稽古したでしょ?無理しすぎると明日の業務に支障が出るわ。かえって効率が悪いと思うけど?」

「おやおや、随分ゴキゲンナナメだねぇ。さては他に用事でもあったのかな?――例えば、母性本能をくすぐってやまない星組隊長さんのバースデープランを練ったりとか…?」


〜〜んもう、サニーったら知っててわざと邪魔してくるんだからっ!

「〜〜ハァ…、…1時間だけよ?」

「もちろんさ!なんなら終わった後、露天風呂で混浴でも…♪」


――カカカカッ!!

「――半径10m以内に近づいたら殺すわよ?」

「〜〜それじゃ練習にならないじゃないか…」


私のナイフさばきに、さすがのサニーも恐れをなしたと見えて、真面目に稽古を始めたわ。フフ、護身用の飛び道具って便利よね♪

「〜〜ラチェット〜、そろそろ休憩にしようよ〜」

「まだ始めて10分でしょ?1時間で終わるんだから頑張りなさい!」

「Aha〜n、怒った顔も可愛いねぇ、ラチェットは♪」

「〜〜んもう、ふざけないで!もう一度最初からやるわよ!?」

「イエッサ〜♪」


……あーあ…、これで居残りレッスンの相手が大河君だったら張り切っちゃうんだけどな…。

〜〜誰もいなくなった職場に男と女が二人きりなんて…。知らない人に見られたら疑われちゃうじゃない…。

「――ぎ…っ!?〜〜あいたたた…!!」

「〜〜ちょっと…!サニー、大丈夫!?」


サニーは足首をひねったせいで、バランスを崩して変な姿勢を取ってしまい、腰まで痛めてしまったみたい…。

「いやぁ、参ったねぇ…。あまり認めたくないけど、僕も年ってことかな?」

「ふざけながら練習してるからよ?もう今日は終わりにして、明日病院で診てもらうといいわ」

「え〜?僕、医者怖〜い。ラチェットもついてきてよ〜♪」

「ダ〜メ!いい歳して甘えないのっ」

「…オーナー命令でも?」

「え…?――きゃ…っ!?」


サニーは私を押し倒すと、ズレた眼鏡を中指で直して、ニイッと笑った。

「ハハハッ、上司の命令は華撃団では絶対だからね〜?」

「〜〜ちょ…っ!?腰の痛みはどうしたのよ!?」

「あー、ラチェットの手当てがよかったんだね〜。もう治っちゃったよ♪」

「〜〜騙したわね…っ!?職権乱用で訴えるわよ!?」

「別に構わないよ?『副司令以下の者は司令の命令に必ず従うこと』…。君だって紐育華撃団入隊時の契約書にサインしただろう?」

「〜〜卑怯者…っ!!」


私がナイフでサニーの手の甲を引っ掻こうとしたその時だった…!

――ガタ…ッ!!

「え…っ?」

稽古場の入口で人の気配を感じたので、私とサニーは同時に振り返った。

「〜〜た…っ、大河君…!?」

「あ…、マンションにいらっしゃらなかったので、シアターかなと思って来てみたんですが…、〜〜お邪魔だったみたいですね…」

「〜〜待って…!違うのよ、大河君…!!これはサニーが一方的に――!!」

「――失礼します…っ!」


大河君の声色がいつもと違うことはすぐわかった。

あどけなさが残る彼の横顔は明らかに悲しみと嫉妬に満ちていた…。

「ほぉ〜、予想外の来客だったね〜。まぁ〜、大河君には明日説明するとして、今は続きを――♪」

――キラ…ッ!

「――離れなさい。今すぐに…!!」

「〜〜イエッサー…」


私の懐手鋭く光ったナイフに怯えたサニーを放って、私は急いで大河君を追いかける…!

――いたわ…!エレベーターに乗るところみたいね!

「――待って!大河君…!!」

ドアの隙間に手を入れた私に気づいて、大河君は『オープン』のボタンを押してくれた。

「〜〜誤解しないで…!!サニーとはただ稽古してただけよ…!」

「…本当ですか?」

「私が大河君に嘘つくはずないでしょう!?信じてくれるわよね…!?」

「…じゃあ、その服の乱れとキスマークは何なんですか?」

「え…?〜〜っ!?」


〜〜やだ…!サニーったら、いつの間に首筋にキスマークなんか…!?いつも女の取り巻きを連れているだけあって、手が早いんだから…!

「〜〜違うのよ!これはサニーが無理矢理――!!」

「無理矢理でもなんでも…してたのに違いはないじゃないですか…!」

「〜〜だから誤解よ…っ!!触られたのは胸だけだし――!」

「〜〜もう聞きたくありませんっ!!……ラチェットさんって、そんな軽い人だったんですね…。〜〜ショックです…」

「…!!〜〜大河君…っ!」


大河君は今にも泣きそうな顔で『クローズ』ボタンを押して、エレベーターで降りていってしまった…。

――最悪だわ…。もうすぐ大河君の誕生日なのに…。〜〜どうしてこんなことになっちゃったんだろう…?



翌朝になっても大河君は私を避けて、目も合わせようとしなかった…。

〜〜何よ…。少しくらい私の話を聞いてくれてもいいのに…。……ふんだ!そっちがその気なら私だって…!!

「――珍しいわね〜ん。あなたとタイガーが喧嘩なんて…」

「〜〜プリティーなジャパニーズボーイは嫉妬深いサムライだったってだけよ。今まで喧嘩がなかったのが不思議なくらいだわ」

「大河さんって、ほんっと頑固ですよね〜?ちょっと気に入らないことがあると、すぐプリプリ怒り出しちゃって〜」

「あら〜ん、さっすが杏里はタイガーの性格をよく知ってるわね〜ん♪」

「〜〜ま…っ、毎日顔合わせてれば、それくらいわかるでしょっ!?」

「はいはい、そういうことにしといてあげるわねん♪――でも、このまま喧嘩したままじゃ、ステージに影響しちゃうんじゃないかしらん?表面だけ取り繕っていても、お客様はわかるものよん?」

「〜〜そうね…。プライベートの恋愛事情を仕事に持ち込むなんて、プロとして失格だわ…。…でも、私のせいじゃないもの!意地を張って聞いてくれない大河君が悪いのよ!!――あなた達もそう思わないっ!?」

「そ、そうですね…。――ラチェットさん、相当頭にきてるね…?」

「フフン、ラチェットもタイガーも結局は似た者同士ってことよん♪」




本当なら私から先に謝るべきかもしれないけど、それもしゃくだわ…。

でも、そのせいでステージの仕上がりが悪くなるのは納得いかないし…。やっぱり素直に謝るべきかしら…?〜〜ハァ…。

――困った時は、副司令の先輩に聞くのが一番ね!

えっと…今、帝都は夜だけど、まだ起きてるわよね…?キャメラトロンで、かえでに通信してみようっと…!

『――あら、どうしたの、ラチェット?』

「夜分遅くにごめんなさいね。ちょっと相談したいことがあって…」

『ふふ、あなたがわざわざ通信してくるなんて、よっぽどの緊急事態ね』


かえでは親身になって、私の話に耳を傾けてくれた。



『――それで、まんまとサニーさんの策略にはまってしまったわけね?』

「でも、恋人の言うことを信じようとしない大河君も大河君ですわ!〜〜付き合い始めの頃は喧嘩なんて一生無縁だと思ってたのに…」

『最初はどんなカップルもそう思うものよ。私と一郎君も付き合い始めの頃は所構わずラブラブしてたけど、結婚してからは喧嘩が絶えなくてね…』

「えっ!?『帝都のバカップル』の異名を持つあなた方が…!?」

『〜〜『紐育のバカップル』の片割れさんに言われたくないんだけど…?』

『――かえでさん、夜の見回り終わりました』

『あら、一郎君。ご苦労様!』

『誠一郎も寝たことですし、夫婦水入らずの時間を楽しみましょうか…♪』


そこへ、ベッドに寝そべっているかえでを大神隊長がキスしながら抱きしめる姿がキャメラトロンの画面に映り込んできた。

『ふふっ、一郎君ったら♪ラチェットが見てるわよ?』

『〜〜いぃっ!?あ…はは…、キネマトロンで通信中だったんですね』

『ふふ、一郎君ったら可愛いでしょ〜?二人きりの時はいつも甘えてくるのよね〜♪』

『〜〜か、かえでさん…っ!』


ふふっ、百戦錬磨と名を馳せる帝国華撃団司令の大神隊長も、奥さんのかえでの前ではただの男の子なのね♪

「いつも仲が良ろしくて羨ましいですわ。喧嘩が絶えないなんて、とても見えませんけど…?」

『あら、私達だって喧嘩ぐらいするわよ。戦闘時の作戦や子供のしつけ方とか色々とね』

『…先に折れるのはいつも俺だけどね』

『…ムッ!?それは自分が間違いだったって気づいたからでしょ?』

『…母親がピリピリしてると誠一郎が怯えるからですよ』

『〜〜何ですって!?それじゃあまるで私が鬼みたいじゃないっ!!』

「〜〜お…、お二人とも!喧嘩はそれくらいにされた方が…」

『――あら、喧嘩なんてしてないわよ?ねぇ、一郎君?』

『はい』

「えっ?でも今…」

『ははは、この程度の言い争いなんてしょっちゅうだからね。お互い腹に思っていることをきれいさっぱり吐き合えば、すぐ仲直りできるものさ』

『喧嘩するのを怖がってたら、とても夫婦なんてやっていけないわ。相手のことを想うなら、自分の気持ちを正直に言ってあげることも必要よ。――それに、喧嘩して仲直りする度に絆って深まるものでしょう?』

『仲直りした夜って最高に燃えますからね…♪』

『んふふっ、一郎君のエッチ♪』


――喧嘩して仲直りする度に…か。

ふふっ、なるほどね。大神隊長とかえでがどうしてそこまで仲が良いか、わかったような気がするわ。

『落ち着いて真実を伝えれば、新次郎ならわかってくれるさ。恋人の君が信じてあげなくてどうするんだ?』

『あっ、忠告しておくけど、上から押さえつけるような言い方はNGよ?男の子って単純なくせにプライドだけは高いんだから』

『〜〜そ、そうですか…?』

『ふふっ、特にあなたと大河君は扱い方が似てるみたいですしね。叔父と甥っこだけあって♪』

『〜〜要するに、俺と新次郎は単純だから扱いやすいと…?』

『あら、自分でよくわかってるじゃないの。言い換えるなら、クールで知的な私とラチェットとは相性ピッタリってこ・と♪ふふふっ』


夫婦という強い絆で結びつき、お互いを最高のパートナーとして信頼し合う大神隊長とかえでの柔らかい雰囲気が画面を通して伝わってくる…。

まるで二人で一人の人間のような、二人でいるのが当たり前みたいな…。

『――勇気を出して!あなた達の仲はそんな簡単に壊れるものではないはずよ?』

『頑張れよ!何かあったら連絡してきてくれよな』

「ありがとうございます…!」


やはり、大神隊長とかえでは私が最も理想とするカップルだ。

あの二人の指揮下で動く帝国華撃団がどれほど優秀で偉大な組織かを改めて思い知らされたような気がする…。

「――ラチェット〜、そろそろ稽古再開するみたいよ〜ん?」

「今行くわー!」


私もいつかお二人みたいに、大河君と素敵な夫婦になれたらいいな…♪


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