藤枝あやめ誕生日記念・特別短編小説2012
「花火の魔法」その2



しばらくして、ふと目が覚めた。

――まだ4時か…。喉渇いたな…。水でも飲んでくるか。

あやめさんを起こさないようにそ〜っとドアを閉めて…。

ふわああ…。外はもう明るいな…。さすがに夏は夜明けが早いや…。

――ずるずる…。何だかやけにズボンがブカブカするな…。

「――え…?」

何気なく洗面台の鏡に映った己を見て、眠気が吹き飛んだ…!

「〜〜こ…っ、子供になってる…っ!?」

顔つきも、体の大きさも、声すらも声変わり前の子供のものだった。

〜〜ど、どうなってるんだ…!?ひょっとしたら俺、まだ夢の中とか…!?

『――その仮面、被ると呪いがかかっちゃいますから』

〜〜まさか、エリカ君が言ってた呪いってこのことか…!?いや、でも、持ち主は失踪したって…。――ハッ、そうか…!もしかしたら歴代の持ち主は失踪したのではなく、俺みたいに子供になってしまって、別人として過ごすしかなくなったんじゃないのか…!?

〜〜って、冷静に分析してる場合じゃないだろ、俺〜!!これからどうするんだよ!?しかも、今日はあやめさんの誕生日なのに…!!

――とりあえず、誠一郎の服でも借りるとするか…。こんなブカブカのズボンじゃ動きづらいし、不自然だ…。考えるのはそれからにしよう。

子供部屋は屋根裏部屋だから…。よし、起こさないようにそっと…。

――3人とも、まだぐっすりだな…。誠一郎の服は…あのタンスの中か…。行くには誠一郎のベッドを通らないとな…。

「う…ん…」

〜〜頼むから起きないでくれよ…?そーっとそーっと…。

「――…?誰かいるの…?」

〜〜うわっ!誠一郎が目を覚ました…!!しかも顔が至近距離の時に…!!

「う…っ、うわああああ〜っ!?」

「〜〜バ…っ!!騒ぐな…!!」


誠一郎の大声に、同室のなでしことひまわりも飛び起きた…!

「どうしたの、誠一郎!?」

「〜〜は…っ、裸の男の子が僕のベッドに…!!」

「きゃああ〜っ!!何で〜!?」

「誠一郎から離れなさいよっ!!この変態〜っ!!」

「〜〜いててっ!!コラ!!物を投げるなっ!!」

「――どうしたの…!?」


子供達の悲鳴に、あやめさんもかえでさんも神剣白羽鳥を持って駆けつけた…!!

〜〜どうしよう…?最悪の状況だ…。

「〜〜お母さ〜ん!!裸の知らない男の子がいるの〜!!」

「誠一郎のベッドに入ろうとしたけど、ひまわりが止めたよ!」


〜〜子供のくせに変なこと言うなっ!!

「その子、誰なの?」

「誠一郎君のお友達?」

「ううん、知らない子…」

「……見たところ、悪の手先ってわけではなさそうだけど…」

「変ね…。子供が突破できるようなセキュリティーじゃないはずなんだけど…。――ボク、どこから入ってきたの?」

「〜〜えっ?えっと…」


〜〜これ以上、話がややこしくなっても困るな…。仮面の呪いのことは知ってるんだし、潔く本当のことを言ってしまうか…。

「あなた、お名前は?」

「えっ?」

「〜〜なでしこ、近づいたら危ないよ…!!」

「そんなこと言ったら失礼よ?裸でここにいるのも何か事情があるのかもしれないし…」

「もしかして、家出してきたのかな…?」

「いや…その…、舞台を観に来たら父さんと母さんとはぐれちゃって…」

「でも、何で裸なの〜!?」

「〜〜そ、それは…」

「人のことを根掘り葉掘り聞くものじゃないわ。ひまわりだって聞かれたくないことをしつこく聞かれたら嫌でしょう?」

「〜〜ぶ〜…」

「それじゃあ、あなたは迷子なのね?おうちの人が迎えに来るまで、うちにいたらどうかしら?」

「それがいいよ!僕、同世代のお友達が欲しかったんだ〜」

「ひまわりもそれでいいわよね?」

「しょうがないなー。寂しくないようにひまわりが一緒に遊んであげるよ」

「わ〜い!」


3人ともまだ学校に上がる前だもんな…。周りは大人だらけだから、いつも3人だけで遊んでるし…。

――ここはこの子達の為にも演技しておくか…!

「僕は大賀一太。5歳なんだ」

「5歳〜!?じゃ、ひまわり達とおんなじだね!」

「よろしくね、一太君」

「仲良くしようね〜!」

「うん、よろしくね」

「…子供達の意見はまとまったみたいよ?」

「こんな小さな子を放り出すのも気が引けるし、親と連絡がつくまで預かっておきましょうか」

「ありがとう、あやめおばちゃん、かえでおばちゃん!」

「〜〜おば…!?」「〜〜おば…!?」

「〜〜いや、お姉ちゃん達…」


――ひとまずはしのげたかな…?

でも、あやめさんとかえでさんには本当のことを言っておいた方がいいよな。二人の知恵を借りた方が元に戻る方法を見つけやすくなるだろうし…。



「――お誕生日おめでと〜!花火大会が終わったら、パーティーだね〜♪」

「でも、中尉さんが急な出張で出かけてしまって残念デ〜ス…」

「お兄ちゃん、今日は帰ってこられないみたいだね…。〜〜せっかく、あやめお姉ちゃんのお誕生日なのに…」

「仕方ないわ…。大神君は帝国華撃団の司令ですもの」

「で〜も、夫婦にとって誕生日は結婚記念日と同じくらい大切な日デ〜ス!仕事を優先するなんて、日本の男は最低デ〜ス!!」

「一太君、お兄ちゃんの代わりにお祝いしてあげてね?」

「う、うん…」


〜〜言うタイミングがなかなか掴めないな…。

「大神君、もう着いたかしら…?私は副司令なんだから一言言ってくれてもよかったのに…。ねぇ、一太君?」

あやめさんのあんな寂しそうな顔、初めて見た…。本当はすぐ近くにいるのに…。

〜〜あやめさん、すみません…!何とか今日中に元に戻れる方法を探し出します…!!

「あの、あやめさ――!」

「あやめさ〜ん、舞台装置の件で中嶋親方が呼んでま〜す!」

「今、行くわー!――ごめんなさいね。なでしこ達と遊んでてくれる?」


〜〜またタイミングを逃してしまった…。

…仕方ない。手っ取り早く、仮面の呪いについての詳しい話をエリカ君に聞いてみよう…!

「――花火大会に花火さんも連れてこようと思ったんですけど、丁重にお断りされちゃいました〜」

「花火さん、きっとお忙しかったんですよ」

「いえ、最初はノリノリだったんですけど、花火さんを打ち上げる大会があるって教えてあげたら怯えちゃいました〜♪」

「〜〜エリカさん、花火大会の花火は花火さんを打ち上げるお祭りではなくてですね…」

「…『feu d`artifice』を日本語で『花火』っていうんだよ」

「あ〜、そっちの花火だったんですね〜!シルク・ドーユーロから人間大砲を借りてこなくてよかった〜!あははは〜♪」


〜〜やっぱり、やめておこう…。事態が悪化しかねんからな…。

――そういえば、注文していたプレゼントを受け取りに行く時間だな。車を出してもらえるよう、かすみ君か由里君に頼んでみるか…。

「失礼しまーす…」

「きゃ〜!可愛い〜!!」

「うわ…っ!?」


事務室に入ると、由里君と椿ちゃんがいきなり抱きついてきた…!

「この子が噂の大賀一太君ね〜!めちゃキュ〜トじゃ〜ん♪」

「ご両親と連絡は取れないの?」

「〜〜残念ながら、まだ…」

「マリアさぁん、このまま私達の子供にしちゃいませんかぁ?」

「〜〜えっ!?」

「かすみも今から練習しておけば?加山さんとの将来の為に♪」

「〜〜な…っ!?ま、まだ早いわよ!まだ結婚もしてないのに、あ…あああ赤ちゃんなんて…!!」

「マリアさぁ〜ん、私、良い母親になれるよう頑張りますからぁ〜」

「〜〜そういう問題じゃなくてね、椿…――」


〜〜かえって時間がかかりそうだな…。

やっぱり、かえでさんに話して、協力してもらうとするか…。

「――えぇっ!?あなた、本当に大神君なの…!?」

「〜〜はい。仮面の呪いのせいで、こんな姿になってしまって…」

「おかしいと思ったのよね…。急に出張とか言っていなくなっちゃったと思ったら、入れ替わるように男の子が入り込んできて…。まさか本当に呪いがかかるとは思わなかったけど…」

「〜〜お願いします!俺の代わりにあやめさんの誕生日プレゼントを受け取ってきてもらえませんか…!?この注文票を見せるだけでいいので…」

「……フェラガモの靴ねぇ。私の時は海外ブランドじゃなかったのに…」

「〜〜そうでしたっけ?じゃあ、今度の誕生日にグッチのバッグをプレゼントしますから…!」

「あら、本当?悪いわね〜♪」


〜〜ぐ…っ、非常時だし、仕方ないよな…。

「――そ・れ・か・ら…♪」

「え?うわああ…っ!?」


かえでさんは子供の俺を軽々抱き上げると、作戦指令室のテーブルに押し倒した。

「〜〜かっ、かえでさん、何を…!?」

「ふふっ、ちょっと興味があるのよね〜。子供になってもアッチは機能するのかなって♪」

「〜〜いぃっ!?やめて下さいって…!!知らない人が見たら犯罪ですよっ!?」

「あら、中身は大人ですもの。大丈夫よ♪」

「〜〜どこがですかっ!?――うわあああ!?半ズボン下げないで下さいよ!!」

「……やっぱり子供サイズね…。でも、私の上級テクニックで――♪」

「〜〜うわああ〜!!かえでさ〜ん…!!」


――ウィーン…!

「――母さ〜ん、一太君、知らな〜い?」

「あっ、一太君、見〜っけ!」


誠一郎達だ…!――ホッ、助かった…。

「コラ!!地下は危ないから来ちゃいけないって言ってるでしょ!?」

「〜〜ご、ごめんなさぁい…」

「でも、一太君はいるじゃ〜ん」

「彼は大――!」

「〜〜うわああ〜!!」

「な、何よ…?」

「…俺が大神一郎だってこと、子供達には秘密にしといてくれませんか?」

「どうして?」

「一太君、探してたのよ。一緒に遊びましょう!」

「野球しようよ〜!僕のグローブ貸してあげるね!」

「――3人とも、同世代の友達ができて、あんなに喜んでるんですよ…?」

「ふふ、なるほどね…。わかったわ。――後で私とも遊んでくれるなら黙っててあげる♪」

「〜〜大人に戻ってからでもいいじゃないですか…」

「だって、いつ戻れるかわからないでしょ?」

「一太君、早く行こ〜!」

「あ…、うんっ!」

「あっ!〜〜逃げられたか…。ふふっ、でも、子供になった大神君も可愛い〜!戻る前に味見しておこっと♪」


出ていく際に舌なめずりしたかえでさんに、背中がゾクッとなった。

拒絶ではなく、興奮…かもしれない。よくよく考えれば、かえでさんになすがままにされるのは悪くないよな…。

勿体ないことしたかな…?〜〜いや、今の俺は子供だし…。倫理的にやっぱり、まずいだろ…。



「――グラウンドのヒロイン・大神ひまわり選手、得意のY字投法です!大きく振りかぶって、魔球を投げました〜!!」

「――見えた…!!」


――カキーン!!

「わぁ〜!飛んだ、飛んだ〜!!ホ〜ムラ〜ン!!」

「〜〜あ〜ん、ひまわりの魔球が打たれたぁ〜…」

「一太君って何でもできるのね〜!尊敬しちゃう!」

「まるで父さんみたいだよね!打法もそっくりだったし」

「〜〜そ、そうかい…?あははは…」

「〜〜ぶ〜、野球飽きた〜。おままごとしよ〜!」

「いいよ〜」

「じゃあ、私とひまわりがお母さんで、一太君がお父さんね」

「2人でお母さんやるの?」

「だって、うちはそうだもんね?」

「はーれむっていうのよ。一太君家にもお母さん、2人いるんでしょ?」


〜〜ハーレムなんて言葉、いつどこで覚えたんだろう…?

「ねーねー、僕はー?」

「あんたは一太君となでしこの子供ね。でも、なでしこが浮気してたから本当に一太君の子かどうかはわかんないの」

「〜〜えぇっ!?」

「あっ、それ知ってる〜!椿お姉ちゃんと由里お姉ちゃんが見てるお昼のドラマでやってるよね〜」

「そうよ。それでね、私のお腹には今、一太君の子がいるの♪なでしこと違って、正真正銘、一太君の子だけどね〜!きゃ♪」

「〜〜失礼ねぇ!誠一郎と一太君だってちゃんと血が繋がってるんだから〜!!」


〜〜なんて複雑な設定のおままごとなんだ…。この子達、本当に5歳か…?

「あなた〜、今日は私がお背中を流してあげるわね♪」

「あ、ありがとう…」

「あなた〜、今夜は私とひまわりの部屋、どちらで寝るつもりかしら?」

「もちろん、妹のひまわりとよね〜♪」

「〜〜え…?あ、あの…」

「迷った時は『3人で』って、うちの父さんはよく言ってるよ」

「コラ!子供が口出しすることではありませんよ!!」

「は〜い」


〜〜子供は親が言ったり、やったりすることをよく見ていると言うが、本当らしい…。この子達の前で下手なことはできないな…。

「じ〜…」

「…?どうしたの、ひまわり…ちゃん?」

「一太君って、よく見ると格好良いよね〜♪」

「そ、そうかな…?」

「決めた!ひまわり、一太君と結婚する〜!!」

「〜〜いぃっ!?」

「そうしなよ、ひまわり!そしたら、一太君もうちに住めるもんね〜」

「披露宴にはう〜んとおっきいケーキ用意するからね!それまで浮気しちゃダ・メ・よ?」


つんっ!と、ひまわりはお母さんがやるのと同じように俺の額を小突いた。

「〜〜ダッ、ダメ〜!!一太君のお嫁さんは私がなるんだもん!!」

〜〜いぃっ!?なでしこまで…!?

「何よぉ!?なでしこの真似しんぼ〜!!」

「だいたい、男は顔だけで選んじゃいけないって、お母さんがいつも言ってるじゃない!!」

「なでしこは良い子ちゃんだもんね〜。なら、ママの言うこときいて諦めればいいじゃ〜ん」

「〜〜む〜っ!!――誠一郎は私とひまわりのどっちを応援するの!?」

「誠一郎!ひまわりを応援してくれなきゃ絶交だからねっ!?」

「えぇっ!?〜〜僕は…その…」


〜〜まるで、俺を奪い合うあやめさんとかえでさんを見ているようだ…。さすが血は争えん…。

「こら!誠一郎が困ってるだろ?双子の姉妹なんだから、仲良くしなきゃ駄目じゃないか…!」

「〜〜だってぇ…」

「だってじゃない!これから先、二人の好きな子はそれぞれ変わっていくだろうけど、お前達の姉妹の絆は一生変わらないんだぞ?」

「一太君…。――そうね…。そんなことでひまわりと仲が悪くなっちゃったら嫌だもの…」

「ひまわりもなでしこと喧嘩したままなんてヤだな…。――ごめんね、なでしこ…」

「ううん。私こそごめんね、ひまわり」

「偉いぞ、2人とも。ほら、仲直りの握手だ」

「えへへっ」

「仲直りね!」

「一太君ってすごいね〜!僕じゃ怖くてとても入っていけないよ…」

「はは、そんなことないよ」


〜〜単にこういう仲裁に慣れてるだけだからな…。

「一太君って優しいのね。ますます惚れ直しちゃったわ!」

「ひまわりも〜!きっとパパに似てるからだねっ」

「言われてみればそうだね!一太君って、うちの父さんにそっくりだよ!」

「〜〜はははは…」


〜〜そりゃ本人だからな…。

「――あらあら、随分、楽しそうねぇ」

あっ、あやめさんだ…!

「皆で何をしてるの?」

「おままごとだよ〜!ひまわりね、一太君と結婚するの〜♪」

「〜〜違うわ!!ひまわりのこと真に受けちゃ駄目よ、お母さん!!」

「あらあら、モテモテねぇ。あまり女の子を泣かせるようなことしたら駄目よ?」


と、あやめさんはいつものように、つんっ!と俺の額を小突いた。

――結婚してからもこれをされると、ドキドキするんだよな…。ハートを鷲掴みされるというか…。

「一太君、これから一緒にお出かけしない?」

「え?は、はい…!」

「ひまわりも行く〜!」

「駄目よ。かえでおばさんと読み書きの練習する時間でしょ?」

「そうだね。母さん、遅刻するとおっかないしさ…。早く行こ!」

「〜〜ぶ〜…、一太君とデートしたかったのに〜」

「かえでおばさんの言うこと、ちゃんと聞くのよー?」

「はーい!」「はーい!」「はーい!」

「ふふっ、ちょっと元気がありすぎるけど、良い子達でしょ?」

「は、はい…」


なでしこ達を見送ると、あやめさんはハンカチーフで俺の汗を拭ってくれた。外で遊んでたから、いつの間にか汗をたくさんかいてたみたいだ。

「一緒に遊んでくれてありがとね。3人とも、とっても喜んでるわ」

「い、いえ…」


あやめさんに屈まれると、不思議な気分だな…。いつも俺の額に触る時は背伸びしながらなのに…。

「それじゃ、私達も行きましょうか」

なでしこ達が生まれてから、二人でお出かけなんてあまりできなくなったからな…。こんな姿じゃなきゃ、もっと素直に喜べるのに…。


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