藤枝あやめ誕生日記念・特別短編小説2012
「花火の魔法」その3



「――暑くない?」

「は、はい…」


日が当たらないようにと子供の俺を優しく気遣ってくれるあやめさん。

いつもは腕を組んで歩く道も今は手を引っ張られてリードされている。美しい横顔も背伸びして、うんと見上げなければ見ることはできない…。

街行く人には俺とあやめさん、どう見えてるんだろう…?〜〜まず、夫婦には見られないだろうな…。

「この辺の街並みに見覚えある?」

「え?〜〜い、いえ…!僕、帝都よりずーっと遠くに住んでますから!!」

「じゃあ、列車に乗ってきたの?」

「えっ?えぇ、まぁ…。父さんと母さんが花組の舞台をどうしても見たいからって…」

「まぁ、それでわざわざ帝都まで?ふふっ、嬉しいわねぇ」

「〜〜あははは…」


〜〜これ以上、嘘をつくのも心苦しいな…。かえでさんと同じように、あやめさんにも俺の正体を伝えておくか…。

「あの、あやめさ――!」

「――あら〜、副支配人の奥様じゃありませんこと!」


〜〜ズルッ!何なんだ、この漫画のようなタイミングの悪さは…?

「まぁ、ごぶさたしております、中山の奥様。お買い物ですか?」

「えぇ、時間が空いたもので、銀ブラでもしようかと思いまして…。そちらは息子さん?」

「いいえ、迷子ですの。ご両親と連絡が取れるまで預かろうと思いまして…」

「あら、そうでしたの。ご主人に似てらっしゃるから、てっきり…」

「え…?」

「ふふ、似た顔の人間なんていくらでもいるものねぇ。――次回作も楽しみにしておりますわ」

「え…、えぇ、ご主人によろしくお伝え下さい」


常連客である中山の奥様に言われたことが気になるのか、あやめさんは手を繋ぎながらチラチラ俺の顔を見てくるようになった。

「あ、あの…?」

「あ、ごめんね…?あなた、私の主人にそっくりだから…」

「そ、そうなんですか…?」

「そうそう!そうやって照れると目をそらす仕草なんか本当そっくりなんだから」


あやめさん、俺の癖とかよく観察しててくれてるんだな…。なんか嬉しいな…♪

「――あら、珈琲味のアイスクリンが新入荷ですって。一太君はアイスクリン、好き?」

「は、はい…」

「よかった。ちょっと涼んでいきましょうか?…皆には内緒よ♪」


そのイタズラっぽい笑顔…。炎天下で見たらのぼせて、何も考えられなくなるじゃないか…。



「――お待たせ致しました。アイスクリン珈琲味でございま〜す」

「どう?ちょっと苦かったかしら…?」

「い、いえ…!とっても美味しいです」

「そう、よかったわ…!一太君って大人の味がわかるのねぇ。それに、ちゃんと敬語を使えるなんて偉いわ。うちのおてんば娘達も見習ってほしいものだけど…。ふふっ」


あやめさん、本当に子供が好きなんだな…。

『――今度は男の子が欲しいかな…。大神君にそっくりな男の子』

――これから先、あやめさんとの間に息子ができたら、今の俺…大賀一太に似た子が生まれてくるんだろうか…?そしたら、あやめさん喜ぶだろうな…。

「一太君みたいな息子が欲しいな…。思い切って、うちの子になっちゃわない?ふふ、な〜んてね♪」

俺の頭を優しく撫でてくれるあやめさん…。でも、その瞳は潤んでいた。

「どうしてかな…?見れば見るほど大神君に見えてくる…。――大神君、今頃どうしてるかな…?ちゃんとお昼、食べたかしら…?一度くらい連絡くれればいいのにね…」

誕生日なのにこんなに寂しい思いをさせてしまうなんて…。〜〜本当のこと、ますます言いづらくなってしまったな…。

俺達の席の壁に貼ってあった隅田川花火大会のポスターをあやめさんは虚ろな瞳で爪で軽く弾いたり、指でさすったりした。

「花火大会、今日なのにな…。……でも、お仕事なら仕方ないわよね…」

〜〜そうだよな…。せっかく浴衣も新調したのに…。

「――花火大会、僕も行きたいです…!」

「え…?」

「その…僕、あやめさ…お姉ちゃんと一緒に花火見たいから…」

「一太君…、ありがとう。〜〜駄目ね、私って…。こんな小さな子に心配かけちゃうなんて…」


――泣かないで下さい、あやめさん…。あなたの目の前にいる小さな子は俺なんです…。

今、大人の体なら、ぎゅっと抱きしめてやれるのに…。〜〜もどかしいな…。



「――た〜まや〜!」

その夜、夏の伝統行事である隅田川花火大会を一目見ようと、帝都内外からたくさんの見物客が押し寄せた。

毎年見ている俺達は帝都市民しか知らない穴場を知っている。隅田公園もいいが、打ち上げ場所から近い桜橋から見る花火は別格なのだ。

「綺麗ねぇ…!」

夜空に咲く色とりどりの大輪の花を見上げ、団扇をあおぎながら、この前買った浴衣を着ているあやめさん…。

俺が元の姿なら、さりげなく肩でも組めるんだけどな…。

「花火って華やかな分、終わっちゃうと寂しくなるわよね…。それが綺麗なら綺麗なだけ余計に…ね」

花火が打ち上がった時に見えるあやめさんの涙を見ると、とても辛い…。

「大神君も花火見てるかしら…?」

俺はここにいますよ…。今、あなたが見ているのと同じ花火を見てますよ。新しい浴衣を着たあなたの隣で、ちゃんと…。

――もうすぐ、あやめさんの誕生日が終わろうとしている…。

〜〜このまま何もできないのか…?一生、元の姿に戻れなかったら、どうするんだ…!?

「大神君…、どうして連絡くれないの…?〜〜何かあったのかしら…?」

――いや、今の俺でもあやめさんにしてやれることがあるはずだ…!

――ぎゅ…っ!

「――僕が…俺が傍にいるよ、あやめさん」

「…!――大神…君…?」


一太である今の俺が大神に重なって見えたのか、あやめさんは少し目を見開いて見つめてきた。だが、すぐに笑うと、手を握り返してくれた。

「ふふっ、私ったら何言ってるのかしらね…?きっと暑さのせいだわ…。――人がいっぱいで見づらいでしょ?ほぉら、これでどう?」

あやめさんは子供の俺を抱っこしてくれた。〜〜大きくて柔らかい胸が顔に当たって、少し恥ずかしいが…。

「大神君、早く帰ってこないかな…。そしたら、君にも紹介してあげるわね。私の一番大切な、大好きな人なんだ…」

あやめさんは強く、美しい人だ。だが、根は寂しがり屋なのだ…。どんなに気丈に振る舞っても俺にはわかる。ずっと傍で見守ってきたから…。

「――あやめさん…」

「…!」


俺とあやめさんの唇が触れ合った瞬間、一際大きくて美しい花火が打ち上がり、俺達二人を照らし出した。

――ボンッ!!

「きゃあっ!?」

その直後、玉手箱から出た煙のようなものに包まれた俺は、あやめさんを押し倒す形で馬乗りになった。

「〜〜あいたた…。大丈夫ですか、あやめさん…?」

「お、大神君…!?」

「え…?」


声変わりした大人の声、大きな手の平、体が大きくなったことを証明するTシャツの縮み…。

「やった…!元に戻ったんだ…!!」

「えっ?大神君…!?〜〜えぇっ!?」

「――ヒューヒュー!見せつけてくれるねぇ、ご両人」

「やるんなら人気のないところでなぁ〜?ハッハッハ…!」


〜〜ハッ!?そうだ…!俺、あやめさんを押し倒したままだったんだ…!!

「す、すみません…!立てますか?」

「えぇ、私は大丈夫だけど…。〜〜もしかして大賀一太君って…?」

「エリカ君が買ってきた仮面の呪いで子供になった俺です…。〜〜すみません…!もっと早く打ち明けられればよかったんですが…」

「そうだったの…。どおりで似てたはずね…」


〜〜あやめさん、やっぱり怒ってるよな…?結果的に騙すような真似をしてしまったんだから…。

「――あっ、パパだ〜!」

「お帰りなさ〜い!!」


そこへ、浴衣姿のなでしこ、ひまわり、誠一郎が元気に駆け寄ってきた。

「〜〜きゃあっ!?その服、どうしたの!?」

「え?〜〜うわ…っ!?ハハハ…、あ、暑かったからさ…。おまわりさんに捕まらないうちに着がえてくるよ…」


と、立ち上がろうとした半裸の俺に、同じく浴衣姿のかえでさんがあやめさんがあの時選んでくれた浴衣を羽織らせてくれた。

「こんなこともあろうかと、持ってきておいて正解だったわ」

「ありがとうございます、かえでさん…!」

「〜〜残念だわ…。ちび大神君、まだ味見してなかったのに…」


〜〜かえでさん…、まだそんなことを…。

「かえでには相談してたのに、どうして私には言ってくれなかったの?」

「そ、それは…」

「――あれ〜?お父さん、一太君は?」

「えっ!?えっと…」


〜〜参ったな…。何て言い訳をすれば――!

「…一太君はね、親御さんが迎えに来たから、おうちへ帰っちゃったの」

あやめさん…。

「え〜っ!?」

「〜〜ひまわり達に内緒で帰っちゃうなんて、ひどいよぉ…」

「列車の時間に間に合わないからって、急いでたみたいよ。挨拶できなくてごめんなさいって…」

「そっかぁ…。仕方ないよね…」

「でも、お父さんとお母さんに会えて、よかったわね!」

「そうね。その代わり、お手紙をくれるって言ってたわよ。また一緒に遊びましょうって。――ね?」

「えっ?あ、あぁ…!近いうちに届くんじゃないかな…?」

「本当?やったぁ!」

「僕達も字習ってるから、お返事書けるね!」

「初めてできたお友達ですもの!ずっと仲良しでいましょうね…!」


あやめさんがウインクしてきたので、俺も親指を立てて微笑み返した。

すると、ハッピーエンドを祝うかのように大きくて華やかな花火が連続して上がった。

「きれ〜い…!」

「た〜まや〜!!」

「いらっしゃい。こっちの方が見えるわよ」

「わ〜いっ!」

「――子供達は私に任せて、楽しんでらっしゃい」


かえでさんは微笑むと、子供達を連れて見学場所を移動していった。

なんだかんだ言っても、お姉さんの誕生日だからと気を遣ってくれたみたいだな。

「ふふっ、かえでったら」

「フォロー、ありがとうございました」

「いいのよ。どうして黙ってたのか、子供達の様子を見てたら大体わかったわ。…でも、どうして私にも黙ってたの?」

「昨日、息子が欲しいって言ってたでしょう?一太のこと、本当の息子みたいに可愛がってましたから…」

「ふふっ、確かに一太君は可愛かったわね。一太君に似た息子が欲しいのも否定しないわ。でも、代わりにあなたがいなくなっちゃうのは嫌だもの…。今日はとっても寂しかったんだから…」

「〜〜すみませんでした…。早く言い出せばよかったですね…」

「ううん、私の為を思って、やってくれたことですもの。それに一太君と過ごせて楽しかったわ。ふふっ、ますます息子が欲しくなっちゃった♪」

「あやめさん…。――帰ったら、一太に似た息子…作りましょうか?」

「ふふっ、大神君ったら」


あやめさんは俺に抱きつくと、潤んだ瞳で見上げてきた。今まで我慢していた感情が爆発しそうになったんだろう…。

俺は微笑むと、あやめさんの背中にそっと手を回し、強く抱きしめた。

「愛してるわ、大神君。もう黙ってどこかに行ったりしないでね…?」

「はい、今夜はずっと傍にいますから…」


内なる情熱を秘めて見つめ合い、俺とあやめさんはキスをした。すると、その愛を象徴するようにハート形の花火が夜空に美しく咲き誇った。

どうして元の姿に戻れたのか…?真相は謎のままだが、きっと俺とあやめさんの愛の魔法が呪いの邪悪な力に打ち勝ったに違いないよな。

――ハッピーバースデー、あやめさん!来年の誕生日はずっと一緒にいましょう…♪

終わり


あとがき

あやめさんの誕生日記念小説2012年度版です!

今月は引っ越しやら手続きやらで忙しく、小説に割く時間があまり取れなかったので、大変でした…(汗)

でも、奏組にも新しい展開があるそうですし、サクラ大戦がまだまだ激熱なので、来月からまたサイトとブログ更新の方を頑張って、サクラ大戦を応援していきたいなと思っております!

今回は、藤枝姉妹は俺の嫁様からの「大神が子供になる」というリクエストを基に書かせて頂きました!藤枝姉妹は俺の嫁様、リクエストと素敵な応援メール、どうもありがとうございました!!

あやめさんの切ない気持ちと一途な想いを一太君の姿で感じ、支えてやりたくてもどかしい大神さん。

隅田川花火大会の美しい情景を思い浮かべながら、大神×あやめに萌えて頂けたら嬉しいです!

また、上野公園ライブを記念して、巴里のエリカも初登場させてみました。

エリカって一番書くのが難しいです…(苦笑)並みのボケじゃつまらないし、破天荒さを文章で表現するって大変ですね…!良い修行になりました(笑)

では、上野公園ライブに参加される方は、当日一緒に楽しみましょう!

次回の小説更新は、大変お待たせしております…!サクラクエストか愛組をアップする予定ですので、どうぞお楽しみに!


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