藤枝あやめ誕生日記念・特別短編小説2012
「花火の魔法」その1



「――どう、大神君?」

「よく似合ってますよ、あやめさん。柄も上品で素敵ですし」

「そう?じゃあ、これにしようかしら。うふふっ」


明日7月31日はあやめさんの誕生日であり、隅田川花火大会でもある。

夏一番の行事が重なった記念に浴衣を新調しようということで、俺とあやめさんは銀座の街に繰り出した。…などと大袈裟に言ってみたが、本当は子供達の浴衣を買いに来たついでなんだけどな。

「これ、その浴衣に合いそうですね」

「まぁ、素敵な髪留めねぇ」

「つけてみますか?」

「えぇ、お願いするわ」


深紅をベースに金色扇子の和柄があやめさんの髪に映え、同時に真紅の口紅と菖蒲色の浴衣にも華を添えている。

――あやめさん、なんて綺麗なんだろう…。

現実離れした美というか、まるで天から舞い降りてきた羽衣天女でも見つけたような…。そんな興奮が俺の胸の鼓動を速めていく。

色っぽ可愛い…?いや、大人可愛いの方が合ってるか…?

「ん?なぁに?」

「あ、いや…その…」


俺は照れ顔を隠すように口元に手を添え、目線をそらした。

「つまり、かなりクラッときたというか…」

「ふふふっ、オーバーねぇ、大神君ったら。――その目」

「え?」

「…またエッチなこと考えてるでしょ?」

「〜〜いぃっ!?そ、そんなことは…!……いや、否定はしませんけど…」

「ふふっ、でも、嬉しいわ。そう思ってくれてるってことは、本当にこの浴衣が似合ってるってことですものね」


あやめさんは色気たっぷりのうなじを見せつけ、誘うように流し目で見つめてきた。…いや、誘ったというのは俺の都合の良い解釈なんだろうが。

とにかく、あやめさんは和装させたら無敵ということだ!

「ふふっ、ボーッとしちゃって…。暑さにやられたの?」

「え?い、いや…、あははは…」

「大神君も新しい浴衣買ったら?」

「えっ?俺はいいですよ…!」

「遠慮しないで!いつも私達にばっかりお金使ってるんだから、たまには自分の為にも使いなさい。――これなんかお洒落じゃない?試着室で着てみたら?」


紺地の銘仙か…。さすが、あやめさんはハイセンスの物選んでくるよな。

「着付け、一人でできそう?手伝いましょうか?」

「え?〜〜あ、あやめさん…っ!?」


あやめさんは俺と一緒に試着室に入って、カーテンを閉めた。

一人用の試着室に二人は狭いな…。〜〜どうしても体が密着してしまう…。

「着付けって和服を着慣れてないと難しいのよ?ほら、早く服を脱いで…」

浴衣姿の魅力的すぎるあやめさんに服を脱がされていく…。

〜〜まずい…!理性が崩壊しそうだ…!!耐えろ!耐えるんだ、大神…!!ここは店の中だぞ…!?

「こういうのってドキドキしちゃうわね。イケナイことをしてるみたいで…」

「そ、そうですね…」


〜〜純情な男心をもてあそばれてしまっている…。俺って昔からあやめさんにからかわれてばかりだからな…。

――ここで反撃せねば男が廃る…っ!

「きゃ…っ!?」

俺はあやめさんの腕を掴むと、壁に押しつけた。

「あやめさん、綺麗ですよ…」

「大神君…」


あやめさんは驚いていたが、すぐに妖艶な笑みを浮かべた。まるで最初からこうされることを期待していたみたいに…。

なら、話は早い…!

「ふふふっ、くすぐったいわ…!大神君っ」

「しー…!外に聞こえますよ?」

「ん…っ、わかったわ」


あやめさんの吐息、温もり、香水、そして心臓の鼓動が俺の視覚、嗅覚、聴覚、触覚…、全てを刺激する。

暑くて狭い試着室の中で体と体を密着し合っている喜び、見つかってしまうんじゃないかという緊張、二つの相反する感情が入り乱れた興奮…。

こんなに近くで、しかも密室で…。あやめさんに熱視線で見つめられると、微熱が出たように頭がクラクラしてくる。

「あん…っ!そこはやめて…。こんな所で恥ずかしいわ…」

やばい…!照れてるあやめさんも可愛いすぎる…っ!!

いつもは年下の俺をリードしてくれるあやめさん。

そんな俺に強引に顎を押し上げられてキスされると、恥ずかしそうに涙を浮かべ、上目遣いで見つめてくる。

「…それは命令ですか?」

「そう、これは副司令命令よ」

「いくら副司令の命令でもきけませんね。今は俺に従って下さい。後で審議にかけるなりして下さって結構ですから」

「そんな…っ!?あぁんっ、大神君…っ」


見つめ合い、あやめさんの首筋と胸にキスマークを残していく。そして、キスと同時進行で胸元に手を入れ、ワイルドに攻めてみる。

「〜〜ダメ…っ!浴衣がしわになっちゃうわ…」

「なら、全部脱いじゃいましょう」

「〜〜やぁ…っ!見つかったら怒られるわよ…?」

「あやめさんさえ静かにしていてくれれば大丈夫ですから」

「んもう…」


なんだかんだ言っても、あやめさんは俺に手首を掴まれたまま大して抵抗せず、身を委ねている。

俺って、いつもはこんな大胆なことできるようなタイプじゃないんだが…。あやめさんの言う通り、暑さで頭をやられてしまったんだろうか…?

…そんなことはどうでもいい。今、ここには俺とあやめさんしかいないんだ。時間の許す限り、幸せを感じ合おう…。

――シャッ!その時、試着室のカーテンが無造作に開いた。

「え…っ!?」

「母さ〜ん!父さんとあやめおばちゃん、いたよ〜!」

「〜〜せっ、誠一郎…!?」

「〜〜かえで…!!」

「よくやったわ、誠一郎!約束通り、アイスクリン買ってあげるわね♪」

「わ〜い!」

「誠一郎だけズル〜いっ!ひまわりもアイス食べた〜い!!」

「〜〜かえで、子供達をエサで釣ったわね…!?」

「ふふっ、子供達の面倒を私に押しつけて、そんな所にいつまでも籠ってるからよ」


〜〜うっ、それを言われるとぐうの音も出ないが…。

「さぁ、浴衣も買ったし、帰りましょうか」

「は〜い」

「かえでおばちゃ〜ん、ひまわりもアイスクリン〜!」

「僕、チョコがいいな〜!」

「はいはい。――大神君も早くいらっしゃ〜い♪」


かえでさんはしたり顔でなでしこ、ひまわり、誠一郎を連れて外に出た。

「んもう、かえでったら…」

〜〜ははは…、まぁ、仕方ないか…。



「――ただいま〜」

――ドタドタドタッ!!

――ドッカ〜ン!!

――ズシャッ!!どんがらがっしゃ〜ん…!!

「〜〜こんな猛暑日に何やってるのかしら…?少し動くだけでも汗が出るというのに…」

「ふふっ、今日も帝劇は賑やかねぇ」


物音から予想すると、すみれ君とカンナの喧嘩中、紅蘭の発明品が爆発して、驚いたさくら君が小道具を運んでいる最中に階段から転げ落ちた…とでもいったところかな。

「ちょいと、エリカさんっ!?私の部屋に飾っておいた貴重な李朝白磁を割ったのはあなたでして!?」

「おい、エリカっ!!よくもあたいの水饅頭を食いやがったなぁ!?」

「エリカはん!!『えんかいくん改』の配線を勝手にいじらんといてぇな…!!」

「エリカさん、どうしてくれるんです!?これは次回公演で使う大事な小道具なんですよ!?」

「〜〜あ〜ん、ごめんなさぁ〜い!!」


…ん?エリカだって?それに、この声は…!

「エリカ君じゃないか…!」

「あっ、大神さ〜ん!ボンジュ〜ル♪」

「一体何があったの?」

「〜〜うぅ…、エリカ、シスターとして皆さんのお役に立ちたかっただけなんです。すみれさんの大切な花瓶を磨いて、カンナさんの水饅頭のお毒見をして、紅蘭さんの作業を手伝って、さくらさんの準備をお手伝いして…。でも、皆さんの足を引っ張ってばかりで…。やっぱり、エリカは皆さんのお邪魔虫なんですねぇ〜…」

「エリカさん…」

「気にすることないわ。あなたは良かれと思ってやってくれたんでしょう?普通の人なら、やってあげようと思ってもそこまで実行できないわよ。素晴らしい行動力だと思うわ」

「あ〜ん、あやめさんはエリカの天使様です〜!!」

「ふふっ、よしよし。泣かないの」

「〜〜まったく…、これでは私達の方が加害者みたいではありませんか…」

「まぁ、あやめさんの言うようにエリカなりに手伝おうとしてくれたんだしな…」

「せやね。可愛い後輩やさかい、失敗は先輩のうちらが尻拭いしてやらんと」

「私達も怒鳴ったりしてごめんなさいね…?」

「皆さん…!やっぱり、人のお役に立てるって気持ちがいいものですねぇ〜!エリカ、この調子でますますお手伝い、張り切っちゃいますよ〜♪」

「〜〜いぃっ!?」

「〜〜頑張りすぎると疲れちゃうでしょうから、ほどほどにね?」

「ご心配には及びません!エリカの体調はいつでもバッチグーですから〜!」

「〜〜あぁ、そう…」

「ところで、どうしてエリカ君がここにいるんだい?」

「8月8日の上野公園のステージにエリカさんもゲスト出演して頂くことになったんですよ」

「そうだったの。頑張ってね。私達も観に行くわ」

「はい〜!!ありがとうございま〜す!!」

「エリカはん、アレ、渡さんでええのん?」

「あっ、すっかり忘れてました〜!エリカ、フランスのお土産買ってきたんですよ〜」

「へぇ、それは楽しみだな」

「目の肥えてらっしゃる皆さんにも気に入って頂けると思いますよ〜」


と、エリカ君がリアカーで引いてきたのは、フランス…というより、アフリカで売られていそうな原住民の仮面らしきものだった。

「おぉ〜!!シーサーみたいな魔除けになりそうだな!」

「〜〜確かに魔除けにはなりそうだけど…」

「〜〜これ…、本当にフランス製かい…?」

「フランス製ですよ〜?エリカ、早起きしてマルシェで買ってきました〜」


〜〜マルシェでこんなの売ってるの、見かけたことなかったが…。

ま、いいか。せっかくのお土産をあまり邪険にするのも気が引けるし…。

「面白いお面ね〜!」

「父さん、かぶってみてよ!」

「あぁ、いいとも。――うおお〜!!悪い子は食ってやる〜!!」

「きゃはははっ!逃げろ〜!!」

「鬼ごっこだ〜!!」

「おっ、あたいも混ぜろ〜!!」

「うお〜!!待ぁ〜てぇ〜!!」

「気をつけて下さいね〜。その仮面、被ると呪いがかかっちゃいますから」

「〜〜えっ!?」

「でも、大したことありませんよ?歴代の持ち主が全員、謎の失踪を遂げているだけですから〜♪」

「〜〜大したことありすぎるだろっ!!何でもっと早く言わないんだよ!?」

「言う前に大神さんがかぶっちゃったんじゃないですか〜。エリカは悪くありませ〜ん」

「そうカッカするなや。ただの迷信やて」

「ご安心下さいまし。万が一中尉がいなくなっても、この私が花組隊長を襲名致しますわ♪おっほほほほ…!」


〜〜皆、絶対面白がってるよな…。

まぁ、仮面からは邪悪な霊気は感じられないし、そんなに心配しなくても大丈夫か…。



エリカ君の歓迎会も終わり、夜も更けてきた。

もうすぐ0時。あやめさんの誕生日までもう少しだ。

「――何も起こらないわねぇ…」

「〜〜あやめさん…、何を期待してるんですか?」

「ふふ、ごめんなさい。仮面を被ったらどんなことが起きるのか、ちょっと興味があって…」

「〜〜うぅ…、あやめさんがそんな人だったなんて…」

「あ〜、ごめんね、大神君…!?冗談よ…!」

「…拗ねてやるっ」


いじけた俺をあやめさんは諭すように背中から抱きしめた。

「んもう、子供じゃないんだから…。ほっぺた、つねっちゃうわよ?」

「…俺がいなくなったら寂しいですか?」

「そんなの当たり前じゃないの。お父さんがいなくなったら、子供達はどうなるの?それに私とかえでは…?〜〜大神君が消えちゃったら、寂しくて…辛すぎて…生きていけなくなっちゃう…」

「あやめさん…」


――ゴーン、ゴーン…。あやめさんの温もりを背中で感じながら、時計が12時を告げるのを耳にした。

俺は正面を向き直すと、あやめさんをぎゅっと抱きしめた。

「…お誕生日おめでとうございます。大人げなくて、すみませんでした」

「私の方こそ、ごめんなさい。そんなに気にしてるって知らなくて…。〜〜悪い冗談だったわね…」

「いえ、呪いなんて非科学的な物を信じてた俺も幼稚でしたから…」

「…でも、この世には非科学的な魔界も幽霊も実在するけどね?」

「〜〜俺を慰めたいんですか?けなしたいんですか…?」

「ふふっ、だって、大神君ほどからかい甲斐のある男の子っていないもの」

「…俺を甘く見てると、後悔しますよ?」

「なら、そうさせて頂戴…♪」


俺は囁きながら、あやめさんを壁に押しつけるように情熱的なキスをお見舞いする。

昨日、試着室で感じたドキドキと興奮、途中で終わってしまったリベンジを果たすべく、俺はあやめさんをお姫様抱っこで抱えながらベッドに寝かせ、激しく愛し合う。

暗闇の熱帯夜に光る玉の汗。媚薬効果を生み出すような甘い香水と雌の匂い。あやめさんの色っぽくて生々しい嬌声…。

「――来て、大神君…!」

天使のように深い愛で包んでくれるあやめさん。悪魔のように激しく、貪欲に俺を求めてくるあやめさん…。

あやめさんの全てが愛しい。今だけはあやめさんの全てが俺のもの…。

「――今度は男の子が欲しいかな…。大神君にそっくりな男の子」

ベッドの中で、あやめさんは隣にいる俺にキスしながら甘えてきた。

「あなたって母性本能をくすぐるタイプよね。だから、息子にしたら可愛いなって」

「はは、確かに男の方が育てやすいかもしれませんね」

「でしょ?それから、昼ドラっぽく息子のお嫁さんをイビってみたり…♪」

「あやめさんにそんなことできますかね?」

「ふふ、私の性格じゃ、お嫁さんにもお節介焼いちゃうかもしれないわね。――ねぇ、なでしことひまわりが大きくなって、好きな子を連れてきたらどうする…?」


いつの間にか眠ってしまっていた俺に、あやめさんはくすっと笑うと、布団をかけ直してくれた。

「――明日の花火大会、楽しみね。おやすみなさい、大神君…」

母のようなあやめさんの愛に包まれながら、俺はゆっくりと深い眠りに落ちていった…。


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