バレンタイン記念・特別短編小説
「バレンタイン・デーの一日」新次郎×ラチェット編〜その3



午後6時、バレンタイン特別公演の開演時刻となった。

お客様は満員御礼。バレンタインだからか、いつもよりカップルや夫婦が多いように思える。

「――いらっしゃいませ〜!ニッポンの名店『タカナシ』のチョコレート、今回特別に販売してま〜す!」

「『タカナシ』のチョコレートを使った特製チョコドリンクもあるわよ〜ん♪」


バレンタイン公演限定の特製チョコレートもお客様に大好評のようで、売店もドリンク・バーも大盛況!

ふふっ、日本のパティシエがたくさんのニューヨーカーに認められて、大河君も喜んでるみたいね!

『――只今より、『バレンタイン・スペシャル・レビュウショウ』の上演を開始致します』

第一幕は、古代ローマ帝国に実在したバレンタイン司祭の物語のお芝居だ。

故郷に愛する人を残していくと兵士の士気が下がるという理由から、兵士の結婚を禁止し、破る者は処刑していたローマ皇帝・クラウディウス二世(サジータ)。そんな兵士達を憂い、密かに教会で結婚させていたバレンタイン司祭(ダイアナ)だったが、そのことが皇帝の耳に入ってしまい、司祭は処刑されてしまう。自分達の愛の為に犠牲になったバレンタイン司祭の死を嘆いた兵士達(昴)とその妻(ジェミニ、リカ)達は、司祭が処刑された2月14日を恋人達の為のバレンタインデーと決めた。今では日本やフランス、アメリカをはじめとする世界各国で、バレンタインデーは恋人達の愛を確かめ合い、深める日として風習が定着した。

「――『さぁ、バレンタイン司祭の為に今夜は愛を誓い合おう…!』」

「『自由に恋愛ができる今の時代に感謝しながら』」

「『永久にこの愛が世界中に広がるよう、司祭に祈りを捧げよう…!』」


舞台も成功し、お客様も感動に包まれたところで、第二幕では世界各国を代表する代表的なラブソングを歌う。若さ溢れるカップルの楽しい歌、泣く泣く別れる悲恋の歌、苦難を乗り越えて結ばれた二人の感動的な歌…。

ラブソングという同じジャンル内でもこんなにたくさんの曲が今まで作られ続けてきた。そこには、それぞれの恋物語があって、時代を超えて私達を楽しませてくれる。そして、これからもラブソングの名曲はたくさん作られていくだろう。新しい愛が芽生えたり、消えたり、結ばれる度に…。

「――お次は、期待のニューフェイス・プチミントと、我がシアターが誇る永遠のトップスタァ・ラチェット・アルタイルの登場で〜す!」

「頑張りましょうね、ラチェットさん!」

「えぇ、今日はめいいっぱい楽しみましょ!」


私の歌に合わせ、大河君ことプチミントが華麗な舞を披露する。大河君と一緒にステージに立てるなんて、夢のようだわ…!

小鳥遊さんに憑いていた幽霊のことが少し引っかかるけど、今は大河君とのステージを楽しんで、成功させるのに専念しなくちゃ…!

私達が歌って踊る度に、お客様が拍手して、笑顔になってくれる。それだけで私達は幸せだもの…。

こうして、一夜限りの舞台は大成功に終わった。

私と大河君は打ち上げをこっそり抜け出し、予約していた一流ホテルの豪華ディナーを堪能することにした。

「――行きましょうか、ラチェットさん」

大河君はプチミントの衣装からタキシードの正装に着替えると、青いロングドレスを着た私をエスコートしてくれた。

大河君は、こういう場所は慣れていないようで、少し緊張しているみたい。ふふ、いつものように私がリードしてあげないといけないみたいね♪

「わぁ…!すごいご馳走ですねぇ…!!」

「ふふっ、バレンタイン限定のスペシャル・ディナーなんですって。冷めないうちに頂きましょ?」

「あ…、はい!――あの…、その前にこれを…」


大河君は恥ずかしそうに、赤い薔薇の花束を私にくれた。

「まぁ…!わざわざ私に?」

「はい。アメリカのバレンタインは、男性が女性に花をプレゼントするのが一般的だと聞いたもので…」

「ふふっ、ありがとう。とっても嬉しいわ…!」

「えへへ…。僕、憧れのラチェットさんと一緒の舞台に立てて、とても嬉しかったです…!」

「私もすごく楽しかったわ。また一緒にやりましょうね!」

「はい、是非…!」


念願だった大河君と二人きりの時間…♪双葉お義母様の邪魔が入らないのが逆に怖いけど、今はそんなことどうでもいいわ!とっても幸せ…!

食事が終わった後は、ホテルのスイートルームへ…。

「――さぁ、入って」

「うわぁ…!昴さんの部屋よりすごいや…!」

「ふふっ、でしょ?今日は奮発しちゃったんだから」

「〜〜すみません…。僕にもっと財力があれば…」

「いいのよ。もっと大人になったら、期待してるからね♪」

「ラチェットさん…。僕、一緒にいて恥じる男にならないよう、頑張りますから…!!」

「ふふっ、はいはい。先にシャワー浴びてくるから、適当にくつろいでてね」

「あ…、はい…」


ふふっ、こういう一生懸命なところもちょっと子供っぽくって可愛いわよね♪

――シャアアア…!

はぁ…、シャワーが気持ちいい…。ふふっ、この日の為にエステにも通ったんだから…!大河君、今頃そわそわしてるんだろうな…。ふふっ♪

その時、バスルームの窓に不気味な女の影が…!

「――ふははは…!これ以上、二人きりにさせてたまるかぁぁっ!!」

「〜〜きゃあああ〜っ!?」


私の悲鳴に、大河君は急いでバスルームに駆けつけてくれた。

「どうしたんですか…!?」

「〜〜ま、窓の外に化け物が…!!」

「〜〜化け物ではないわっ!!私だ、わ・た・しっ!!」


〜〜だから、悲鳴をあげちゃったんだってば…。

「か、母さん…!〜〜何してるんですか!?ここ、最上階ですよ…!?」

「だから、どうした!?この母は、新君の為なら、たとえ火の中水の中!地獄の果てまでもついてってやるぞ〜!ははははっ!!」


〜〜んもう…、サニーといい、双葉お義母様といい…、すぐ私達の邪魔をしてくるんだから…。

双葉お義母様は窓からバスルームに飛び降りると、そのままスイートルームのソファーに乱暴に座った。

「お前達のせいで、母は打ち上げのごちそうを食べ損ねてしまったぞ〜。――ラチェット、何か作れ」

「〜〜はぁ!?」

「フフン、どうした?料理もろくにできぬような女を新君の嫁にはさせられんな〜?」


〜〜く…っ、鬼姑め…!

「〜〜あ〜ら、なら、同じく料理ができないかえでさんを何故、大神隊長の奥様として、お認めになったのかしら?」

「一郎はもう大人だ。私が意見せずとも、自分の嫁さんは自分で決められる。――だが、新君は違う!まだ未成年だからな!!」

「でも、彼も来年は20歳に――」

「だ・が、今はまだ19歳だっ!!ほほほ…!悔しかったら、すんごいのを作ってみろ〜♪」

「〜〜母さん、やめて下さいよぉ…」

「新君〜、できるまで一緒に風呂でも入ろうではないか〜♪」

「〜〜んなぁっ!?何言ってるんですかぁっ!?」

「照れることはないだろう?昔はよく一緒に入ったではないか〜。――お〜い、ラチェット、早く風呂わかせ〜」


〜〜くぅっ、これが俗に言う、日本の嫁姑問題というものなのね…!

けど、負けないわ…!大河君との夜をこれ以上邪魔されてなるものですか…っ!!

「――お義母様〜、美味しいワインがありますのよ。一杯いかがです?」

「お〜!お前にしては気が利くではないか〜」


フフッ、10歳で博士号を取った頭脳をナメてもらっては困るわね…!

「か〜っ、美味い!こんな美味いワインは初めて飲んだぞ〜!お前、金だけはあるからな〜!あはははっ!!」

「くすっ、もう一本開けます?お義母様の為なら何本でも注文しちゃいますわ♪」

「だ〜か〜ら、お義母様って呼ぶなぁ〜!〜〜ひっく、うぃ〜…」


お酒が大好きな双葉お義姉様は上機嫌のまま、酔い潰れてソファーで眠ってしまった。ふふっ、計画通りだわ…!

「〜〜母さんったら…。恥ずかしいなぁ、もう…」

「ふふっ、でも、これでやっと二人きりになれたわね」

「はは、そうですね…。ハァ…、何だかあっという間の一日だったな…」

「あ、そうだわ…!忘れないうちに…――はい、これ…」

「あっ、チョコレートだ…!もしかして、ラチェットさんの手作りですか?」

「えぇ、やっぱり、こういうのは手作りの方がいいかなって…」


〜〜実はステージやデートプランを考える時間より、チョコを作っていた時間がかかって徹夜になってしまったなんて…、とても言えないけど…。

「ありがとうございます…!僕、すっごく嬉しいです!」

「ふふっ、食べさせてあげるわね。はい、あ〜ん…」

「あ〜ん…。――うん…、ちょっと苦いけど、ラチェットさんの愛が込もっていて、とっても美味しいです…!」

「ふふっ、よかった〜!大河君が喜んでくれて、私もすっごく幸せよ」

「ラチェットさん…」


大河君は私を抱きしめてキスしたまま、ベッドルームのドアを開けて、私をベッドの上に押し倒した。

ふふっ、あやめとかえでも今頃、大神隊長にこうして抱かれてるかしら?

「大河君ったら、すっかり上手になったわね」

「ラ、ラチェットさんの教え方がうまいんですよ…」

「ふふっ、こんなにシャイなのに、ベッドの中だと本能むき出しになるんだから…。そういうとこは、大神隊長にそっくりね」

「〜〜そ、それって、かえで叔母から聞いたんですか?」

「ふふっ、そうよ。ガールズトークを侮っちゃいけないんだから――」

『――うぅ〜らぁ〜めぇ〜しぃ〜やぁ〜…』

「……ん…?今、何か聞こえなかった…?」

「た、確かに…」

『〜〜う〜ら〜め〜し〜やぁっ!!』


その時、金髪碧眼のアメリカ人女性の幽霊が鬼の形相で、いきなり天井からベッドの上にいる私達に向かって降りてきた。

「きゃあああっ!?」

「〜〜わひゃあ!!ま…、まさか『川底ナンシー』!?」

『あっはははは!知っているなら、話が早いわ!〜〜私の命日にそんなにイチャイチャしてるなんて、許せな〜い…!殺してやる〜!!』

「〜〜危ない…っ!」


大河君が私を抱きしめてベッドからダイブすると、ナンシーはにっこり微笑んだ。

『…と、都市伝説通りにいきたいとこだけど、今の私はダーリンに会いに行けるので、とってもゴキゲンなのよね〜♪』

「〜〜ダ、ダーリン…?」

『そ!『洋菓子店・タカナシ』の創設者兼オーナーの小鳥遊伴次郎よ。あなた達、昼間、伴ちゃんと話してたでしょ?』

「えぇ〜っ!?『川底ナンシー』の旦那さんって小鳥遊さんだったんですか!?」

「じゃあ、あの白い影はあなただったのね?」

『あ、バレちゃってた?ん〜、一応、気配は消したつもりなんだけどな〜』

「〜〜ひ、昼間からいたんですか…!?」

「えぇ、小鳥遊さんの隣にずっとね…。――それで、私達に何か用なの?さっさとダーリンの所へ行ったらどう?」

『ん〜、まぁ、そうしたいのは山々なんだけど〜、ちょ〜っと不安なのよね〜。なんせ、実際にアメリカまで来たのは今年が初めてなもので〜、伴ちゃんが変な女と結婚してないかとか、小汚いおじさんになってないかとか、色々心の準備が…』

「〜〜幽霊なのに、心の準備とかいるんですか…?」

『あら、幽霊だって生きてる人間と同じ感情を持ってるのよ?幽霊が怒ったり、取り乱したりすると、よく物や電気器具が壊れるって言うでしょ?』

「た、確かに…。〜〜って、感心している場合じゃなくてですね…!それで、僕達にどうしろと…?」

『一人じゃ心細いから、一緒に彼の所まで来てくれればいいの。難しいことじゃないでしょ?』

「…でも、彼にあなたの姿は見えないと思うけど?」

『……それでもいいんだ…。この指輪を返せればそれで…』


と、ナンシーが取り出したのは、ガラス玉がはめ込まれた、おもちゃの指輪だった。

『この指輪はね、伴ちゃんが下積み時代に買ってくれた指輪なの。いつか店が持てて、繁盛したら、でっかいダイヤの指輪を買ってやるって張り切っちゃってさ…。へへ…、結局、その前に私は死んじゃったんだけどね…』

「それって、確か異国の者だからって嫌われて殺されたんですよね…?」

『何それ?私はただ酔っぱらって、隅田川に落ちただけだけど?』

「〜〜えぇっ!?だ、だって日露戦争中だったから疎んじられてたって…」

『ん〜、確かにそういう世の中だったかもしれないけど、伴ちゃんのパパとママも近所のおじさん達も優しかったよ?〜〜あぁ…、あの後すぐに伴ちゃんが駆けつけてくれたけど、すでに私は溺死してて…。伴ちゃん、すごく泣いてたわ…。普段、滅多に人前では涙を見せない人なのに…。〜〜うぅ〜…、あの時、居酒屋でどぶろくなんて追加しなければよかった〜!!およよよよ〜…』

「〜〜そこは伝説と違うんだ…。聞いて安心したような、ガッカリしたような…」

『伴ちゃん、今までよく頑張ってきたよ。私の為にアメリカに店出すんだって張り切っちゃってさ…。アメリカに行っちゃった後のことはよく知らないけど、今日見たら伴ちゃん、ちっとも変わってなかった。だからさ、これからは自分の幸せの為に生きていってほしいんだ…。けじめをつけさせる為にも、この指輪をあげようと思ってさ…』

「でも、それを見たら、あなたのことを思い出して、余計悲しくなっちゃうんじゃない?」

『でも、これを持ったままじゃ天国に行けないもん…。〜〜だからと言って、捨てるのは絶対嫌だし…!』

「そうですよね…」

「ふふっ、わかったわ。話を聞いた以上、同じ女性として応援しないわけにはいかないものね!バレンタイン司祭に代わって、私達が協力するわ」

「僕もお手伝いします…!」

『ありがと〜!帝都といい、紐育といい、今年は良い人ばっかりに会えて、ツイてるわ〜♪』

「ふふっ、その代わり、小鳥遊さんに会って指輪を返したら、ちゃんと成仏してくれるわね?」

『OK!もちのろんよっ!』


私と大河君は、双葉お義母様を起こさないようにそっとスイートルームを出ると、『洋菓子店・タカナシ』紐育店のある五番街に向かった。

バレンタインの夜だからか、ネオンもいつもより甘い色合いで、多くのカップルが出歩いている。

『ふ〜んだ、見せつけてくれちゃってさ。全員、呪い殺しちゃおっかな〜?』

「〜〜ひいいっ!!や、やめて下さいよぉ〜!!」

『あはははっ!冗談だって〜♪』

「〜〜うぅ…、そんな明るいトーンで怖い冗談言わないで下さいよぉ…」


大河君は怯えつつも、私の前で格好悪いところを見せないように必死に取り繕っている。ふふっ、無理しちゃって♪

そういえば、大神隊長もお化けが苦手だって、かえでが言ってたわね。

〜〜まぁ、双葉お義母様の場合は、怖いものなんてこの地球上に存在しないんでしょうけど…。

『――あっ、ちょっと待って!その前に私のお墓に寄ってってもいい?』

「えぇっ!?〜〜こ、こんな夜にですか…?」

『あ、もしかして幽霊が怖いとか?大丈夫!墓地でおとなしくしてる幽霊って、大概良い霊だし♪』

「〜〜ひいいっ!!そういう問題じゃなくて〜…!!」

「お墓に何の用があるの?」

『別に…。ちょっと確かめたいだけよ。――ほら、早く!レッツゴー♪』

「〜〜ひいい〜っ!!お、置いていかないで下さいよぉ〜…!」


私と大河君はナンシーさんに連れられ、彼女の眠る墓地に到着した。

「〜〜うわぁ…、案の定、幽霊がうじゃうじゃと…」

『――あらボク、私達のことが見えるの?』

『人間のくせに珍しいねぇ。お姉さんと遊んでいかないか〜い?』

「〜〜ひいっ!!」

「残念ですけど、この子は私のダーリンですから♪」

『ちぇっ、先約かい…』

『よぉ、『川底ナンシー』!今年のターゲットはそのカップルかい?』

『失礼ね〜!悪霊じゃないんだから、人を殺したことなんてないわよ!』

『ハハハ…!ジョークだよ、ジョーク』

「え?バレンタインにカップルが失踪したり殺されたりするのって、ナンシーさんの仕業じゃなかったんですか?」

『当たり前でしょ?そのくっだらない都市伝説を利用して、私に罪を被せようとしてる輩の仕業よ。まったく、人の命日に罰当たりなんだから…。幽霊より、生きてる人間の方がよっぽど悪い奴が多いわよ…!』

「そうだったんですか…。〜〜すみません…。僕、誤解してたみたいで…」

『いいのよ。どうせ『川底ナンシー』の真相を知る奴なんて、あんた達以外いないんでしょうし…』


人間は噂が大好きな生き物。噂が広がる度に尾ひれ背びれがついていき、いつの間にか全く違う話になっていることもある。噂に興味を持つのは勝手だけど、それを脚色して面白がるのは感心しないわね。

『――ナンシー・キャデラック…。ここが私のお墓みたいね』

「みたいねって…、自分のお墓に来たことなかったの?」

『言ったでしょ?幽霊になってから今までアメリカに来たことなんてなかったの!落とした指輪を私の代わりに拾ってくれる人がいなくて、日本でずっと困ってたんだから…』

「この薔薇は…?」


ナンシーさんのお墓の前に一輪、赤い薔薇が供えてあった。

『伴ちゃんの温もりだ…。毎年、命日に感じてたあったかい温もりって、このことだったんだ…!』

「きっと、小鳥遊さんがナンシーさんの命日に、毎年、供えてるのね」

『ふふっ、さすがは伴ちゃん!バレンタインらしい素敵な演出よね〜♪――嬉しいな。伴ちゃん、死んだ私をずっと愛してくれてたんだ…』

「えへへ、よかったですね、ナンシーさん!」

「さぁ、その旦那様の所へ早く行きましょ!」

『お〜っ!』


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