バレンタイン記念・特別短編小説
「バレンタイン・デーの一日」新次郎×ラチェット編〜その4



私達は墓地を後にして、五番街に戻ってきた。

『〜〜ね〜、まだ〜?足が棒になっちゃいそう…』

「〜〜浮いてるだけなのに、何で疲れるんですか…?」

『生きてる奴にはわかんないわよ〜!浮くだけだって、結構な霊力使うんですからね?』

「〜〜はいはい…」

「もうそろそろ見えてくるはずよ…。――あったわ。ここがそうよ」


『タカナシ』紐育店の中はまだ明かりがついていた。

覗いてみると、小鳥遊さんがいた。明日の仕込みをしているらしく、疲れているのに真剣な顔でケーキを作っていた。

「小鳥遊さん、打ち上げを早目に切り上げて、戻ってきたみたいですね」

『伴ちゃん…。あはは、年取ったな〜。けど、おんなじ顔だ…!ふふっ、伴ちゃんったら、ケーキ作る時、いっつも眉間にしわ寄せるんだよね〜』


ナンシーさんの顔は幸せそうだったけど、同時にとても悲しそうだった。

『ずっと見てたいなぁ…』

「これ以上留まり続けたら、天国に逝けなくなっちゃうわよ?そうなったら、小鳥遊さんが亡くなった後もずっと、一人ぼっちでこの世をさまよい続けることになるわ…」

『そんなこと、わかってるって…。〜〜うぅ…、やっぱり行かないとダメ?』

「ふふっ、ダ〜メ!自分でそう決めたんでしょ?」

『ふぅ…、そうね。――よ〜し…!』

「僕達はここから見てますからね」

「ファイトよ、ナンシー!」

『OK!行ってくる!』


ナンシーは気合十分で店のガラスをすり抜け、店内に入っていった。霊力のない小鳥遊さんにはその姿は見えないみたい…。

『伴ちゃん、私よ…!ナンシーよ〜!』

声ももちろん、小鳥遊さんには届かない…。あ〜、何だかもどかしい…!

『〜〜ど、どうすればいいかな…?』

「とりあえず、自分はここにいるよって伝えてあげた方が…!幽霊っぽく、そこの写真立てを落としてみるとか…」

『あ、そっか…!新ちゃん、ナイスアイディア!――よ〜し…!』


写真立てに飾られている写真を見て、ナンシーさんの顔色が変わった(と言っても幽霊だから、元々青白いけど…)。

見覚えのない綺麗な外国人の女性とハーフの子供2人、そして、その3人と寄り添い、幸せそうな笑顔を浮かべている小鳥遊さん…。

『伴ちゃん…』

「――パパ〜!」


そこへ、写真に写っていたハーフの可愛らしい男の子と女の子が奥から出てきて、小鳥遊さんに抱きついた。

「おぉ、来てくれたのか…!」

「家で待ってようって言って聞かせたんだけど、迎えに行きたいってきかなくて…」

「ハハハ、そうか。ありがとな、ジム、ジェシー」

『〜〜伴ちゃん…』

「〜〜小鳥遊さん、再婚されてたんですね…」

「えぇ。今の奥様は、アメリカに出店する際に資金を出してくれた恩人みたいよ」

「ラチェットさん、ご存知だったんですか…!?」

「えぇ…。〜〜ナンシーには酷なような気がして言い出せなかったんだけど…」

『〜〜嫌だな…。伴ちゃん、幸せそうでよかったって安心したのに…、どうしてこんな気持ちになるんだろ…?』

「〜〜いくら夫の幸せを願いたくても、本心ではずっと自分だけを愛しててほしいと思うもの…。それが女心ですもの…」

『〜〜伴ちゃん…、伴ちゃあああん…っ!!』


ナンシーさんの瞳から涙が溢れた直後、パァン…!!と店に置いてあったガラスのコップが割れた。ナンシーさんの感情が昂ぶったせいで、ポルターガイストの一種が発生したんでしょうね…。

「〜〜な…、何…?」

ナンシーさんの気配を感じたのか、小鳥遊さんがハッと振り返った。

「ナンシー…なのか…?」

シンクの上に置いてあったガラス玉の指輪に気づき、小鳥遊さんは手に取った。

「これは…!」

『――覚えてる…?私にプロポーズしてくれた時、その指輪をくれたよね…』


ナンシーさんは涙を流して微笑みながら、小鳥遊さんの背中を抱きしめた。

『まだ下積みで、そんなおもちゃの指輪しか買えないくらいだったけど、私、それでもすごく嬉しかったんだよ…?幽霊になった今でも、私の宝物なんだから…』

「ナンシー…?そこにいるのか…?」

「えぇ、ナンシーさんはあなたのすぐ近くにいますわ」


私が大河君と一緒に店に入ると、ナンシーさんは安堵したように笑った。

「あなた方は、リトルリップシアターの…!」

「すみません。突然、お邪魔して…」

「一緒についてきてほしいとナンシーさんの霊に頼まれて…。彼女、あなたに会う為に日本から来てくれたんですよ」

「ナ、ナンシーが…?まさか…そんなことが…」

『本当だよ、伴ちゃん。私はここにいるよ…』

「あぁ…、だが、信じられない…。ナンシーの懐かしい温もりが背中に伝わってくる…」

「どうしたの、パパ〜?」

「すまないが、この方達と大事な話があるんだ…。外で待っててくれないか?」

「わかったわ」


今の奥様と子供達が出ていくと、小鳥遊さんはもう一度ガラス玉の指輪を見つめた。その左手の薬指にはもっと高価な結婚指輪がはめられている。

『伴ちゃん、再婚してたんだね…。ホッとしたよ』

「あなたが再婚していて、安心したって言ってますよ」

「〜〜すまない…。あのプロポーズの時、生涯君を愛すと誓ったのに…」

「あなたがナンシーさんを愛しているのは、今も変わらないではありませんか。ナンシーさん、日本にいてもずっと感じてたんですよ。命日の2月14日に毎年、あなたがお墓に薔薇の花を供えてくれる温かさを…。バレンタインらしくて、とても素敵な演出だって言ってました」

「はは、そうですか…。――ナンシー、今でも君を愛してるよ。……だが、僕は君と違って弱い人間だ…。〜〜君からの愛を失ったあの頃の僕は、誰かの愛にすがらなくては、とても生きていくことなんてできなかった…!」

『バカねぇ。再婚したこと、別に怒ってないよ?それに私、死んでからもずっと伴ちゃんを愛し続けてる…。私からの愛を失ったなんて、そんな悲しいこと思わないで…』

「ナンシー…。――温かい…。君の愛が伝わってくるよ…」

『〜〜伴ちゃん…』


小鳥遊さんは、ナンシーさんの温もりを感じ、ぎゅっと抱きしめた。

『私と同じように、これからも奥さんとお子さんを愛してあげてね?』

「自分と同じように、奥さんとお子さんを愛してあげてほしいと…」

「あぁ、約束する…!死んだら、天国で僕を一番に迎えてくれよな…?」

『もちろんよ…。それまでずっと待ってるからね…!』

「向こうでずっと待ってますって…」

「あぁ、ナンシー、ありがとう…!」

『――もう行かないと…。その指輪、私だと思って大切にしてね…?』

「あっ、ナンシー…!?」


ナンシーさんは光に包まれ、天国へと導かれていった。

ナンシーさんの気配が消えたことが小鳥遊さんにもわかったらしく、彼は指輪を握って、静かに涙を流した。

「逝って…しまったんですね…」

「えぇ…。とても安らかな顔で…。その指輪を自分だと思って大切にしてほしいと…」

「あぁ、もちろんだとも…!――本当にありがとうございました…。ずっと胸につかえていたものがとれたような気がします」

「これからもご家族とお幸せに…」

「はい…!」


すると、外で待っていた子供達が再び店に顔を出した。

「――パパ〜、早く行こうよ〜!」

「お外、寒いよぉ〜!」

「あぁ、ごめんな…!じゃあ、行こうか」

「僕、ハンバーグがいいな〜!」

「私、オムライス〜!」

「ハハハ…!よ〜し、何でも好きな物、注文していいからな」

「ふふっ、あなたったら」

「パパ〜、その指輪、綺麗ね〜!」

「あぁ、そうだろう?パパの宝物なんだ…」


小鳥遊さんは左手の小指にナンシーさんの指輪をはめ、店を戸締りすると、私と大河君に会釈して、新しい家族と一緒に店を後にしていった。

「ナンシーさん…、ちょっと可哀想でしたね…」

「仕方ないわ…。10年という歳月は幽霊にはあっという間でも、生きている人間にとっては長いもの…。時代が移り変わると同様に人の心も少しずつ変わっていくものよ…」

「僕なら、ずっとラチェットさん一人を愛し続けるけどな…。もし、ラチェットさんが先に亡くなって、どんなに素敵な人が現れたとしても…」

「ふふっ、ありがとう、大河君。けど、愛の形って人それぞれじゃない?大神隊長のようにあやめとかえでの二人に愛を注ぐ者もいれば、加山君とかすみさんのように遠距離恋愛で辛い思いをしながらでも愛を貫く者もいる…。小鳥遊さんとナンシーさんは二人なりにこれからもお互いを想って、愛し続けていくと思うわよ」

「なるほど、幸せと愛の感じ方は、十人十色ってことですね…!」

「ふふっ、そういうこと!私の場合は、大河君に愛されてるって実感できていればそれで幸せかな」

「ラチェットさん…」

「ふふっ、これからもずっと私の傍にいてね、私の隊長さん♪」

「はっ、はい、もちろんです!」


大河君は赤くなりながら笑って、私の手を握った。

「――帰りましょうか」

「そうね。さっきは途中で終わっちゃったし…。ふふっ、もう一度…ね♪」

「はは、そうですね」


私と大河君はホテルに戻り、そのまま朝まで深く愛し合った。

大河君からの愛を感じながら、頭の中で色々思い巡らせてみる。

かえでは、あやめに負けずに大神隊長と素敵なバレンタインを過ごせたかしら?

なでしこちゃんとひまわりちゃんと誠一郎君、元気にしてるかしら?

加山君、ちゃんとかすみさんと会えて、仲直りできたかしら?

ナンシーさん、天国で小鳥遊さんを見守ってるかしら…?

「どうしたんですか?顔がにやけてますよ?」

「ふふっ、今、私、とっても幸せだなって」

「それは僕もですよ。今日は休みですし、昼までゆっくり寝ましょうか」

「そうね…。ハァ…、昨日は大変だったけど、楽しかったな…」


私達が眠りにつこうとすると、突然、プチミントのキャメラトロンが鳴り出した。

「〜〜わひゃあ!?か、加山さんからだ…!」

「〜〜まったく、こんな朝から…。また時間稼ぎしとくわね」

「〜〜お、お願いします…!」


――ピッ!

「…今、何時だと思ってるの?プチミントならまだ寝てるわよ?」

『〜〜あっ、す、すみません、副司令…!昨日の発言、撤回したくて…』

「え?」

プチミントへの変身にも慣れてきた大河君は、素早くプチミントの衣装とメイクを整えると、私に代わって応答した。

「お、おはようございます、加山さん。もう日本からお戻りになったんですか?」

『Oh!グッモ〜ニン、ミス・プチミント♪いやぁ〜、愛の力ですよ!実は、かすみっち…あ、俺の婚約者がですね、紐育でガールフレンドを作ってもいいって言ってくれたんですよ〜!いやぁ〜、心の広いフィアンセがいて、俺は幸せだなぁ〜♪これで気兼ねなくまたあなたのファンでいることができますよ〜!というわけで、これからもよろしく!マイ・スィート・ハニ〜♪』

「〜〜そ、そうなんですか…。おほほほ…」


ふふっ、どうやらかすみさん、プチミントの正体を誰かから聞いたみたいね。

『――Oh!今度は小梅さんから通信が…!!いやぁ〜、モテる男は辛いなぁ〜♪ハッハッハ〜!では、またシアターで〜♪」

と、加山君は昨日とは一変して、上機嫌で通信を切った。

「〜〜小梅さんって、確か一郎叔父が女装した時の芸名ですよね…?」

「ふふふっ、小梅とプチミントの正体を知ったら、加山君、卒倒しちゃうでしょうね?」


すると、今度はあやめとかえでから私のキネマトロンに連絡が入った。

『ハ〜イ、ラチェット、久し振りね!』

『その様子だと、昨日は随分とお楽しみだったみたいね?』

「ふふっ、お陰様で♪あなた達からも幸せオーラが画面を通して伝わってきますわよ?」

『やだぁ、ふふっ、わかる〜?』

『バレンタインの夜は、大神君と3人で過ごしちゃったのよね〜♪』

『ママ〜、ひまわりも新ちゃんとお話ししたい〜!!』

『母さん、僕も僕も〜!』

『私も〜!』

『こぉら!喧嘩しないの!』

『ふふっ、はいはい、順番にね?』

「ふふっ、子供達にも大人気ね〜、新次郎叔父さん?」

「ははは…」


愛する人との愛を信じ、時には疑い、最後には深めたそれぞれのバレンタイン。ふふっ、結果的に皆、ハッピーみたいで、よかったわね!

ホワイトデー、期待してるわよ、男子諸君♪

新次郎×ラチェット編、終わり


あとがき

ホワイトデーが過ぎてしまいましたが(笑)、遂にバレンタイン特別短編小説最終話の第5弾!「新次郎×ラチェット」編が完成しました!!

3月初めに古くなったパソコンが壊れるというトラブルがあり、アップするのが遅くなってしまいました…!大変お待たせしてしまい、申し訳ございません!!

楽しみに待っていると励まして下さった方がたくさんいらっしゃって、本当にありがたかったです!どうもありがとうございました!!

さて、最終話の今回は、ラチェットさんが主役ということで、紐育編です☆

大河君とラチェットさんのラブラブっぷりと、幽霊のナンシーの秘密がメインとなっております!

前の4編にちょくちょく出てきた『洋菓子店・タカナシ』が今回のキーポイントとなってます!「『タカナシ』って何のお店だろう?」と思われていた方も、これで謎が解けたのではないのでしょうか♪(ちなみに、『洋菓子店・タカナシ』は私が考えた架空のお店で、銀座に実在するお店ではありませんので、お間違えのないよう…!!)

紐育の皆さんをこんなに書いたのは初めてなので、慣れていなくて、キャラ崩壊しているキャラもいるかもしれませんが、ご了承下さいませ…(汗)

そして、ラストは前の4編も合わせての総まとめにしてみました!

ここまでちょっと時間がかかってしまいましたが、たくさんの皆様に楽しんで頂けたみたいで、私も嬉しいです!

次回は、サイト来場者数1000人突破記念の懐かし(笑)のあの長編小説「ダブル・ハネムーン」の続きがもう少しで完成するので、そちらをアップしたいと思います!

また、「楽屋」の方に頂いた皆様からの作品も整理して、徐々にアップしていきますので、お楽しみに!


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