バレンタイン記念・特別短編小説
「バレンタイン・デーの一日」新次郎×ラチェット編〜その2



「――帝都に行きたいから、プライベート・ジェットを貸してほしいだって?」

「お願いします…!!一日…、いや、半日でいいんです…!!」

「ん〜、別に構わないよ?」

「ほ、本当ですか…!?」

「でもさ〜、君も彼女とイチャイチャしてると思うと、な〜んかムカつくんだよねぇ〜」

「〜〜そ…、そう言わずにお願いしますよ、サニーサイド司令〜…!!」

「――フム…。けど、プチミント君のことはもういいのかな?」

「え…?」

「残念だな〜。プチミント君、今日は君と過ごしたいから、おすすめのデートスポットを教えてくれって頼んできたところでさ〜。彼女の顔、あんなに輝いていたのに…」

「プ、プチミントさんが俺と…ですか…!?」

「ん〜、まぁ、君はどうせ本命に会いに日本に行っちゃうんだしね〜。君がどうしてもと言うなら、僕は止めないけど…」

「〜〜そ、それは…」

「まぁ、僕のジェット機なら数時間で日本に着くからね。ゆっくり自分の気持ちを整理してから、また来てくれたまえ」

「〜〜わかりました…。失礼します…」


複雑な顔で出ていく加山君を見て、サニーはしたり顔で笑った。

「フッフッフ…、僕だけアンハッピーなバレンタインを過ごすなんて嫌だからね〜」

「〜〜サニーサイド様、おいたもほどほどにしないといけませんぞ?」

「ハッハッハ!わかってますって、王先生!今のは軽いアメリカン・ジョークですよ」

「〜〜まったく…」

「フム、加山君は未だにプチミントの正体に気づいてないと…。フフッ、これは面白いことになりそうだぞ〜♪さ〜て、その隙に僕は星組からもらったチョコレートでも〜♪」

「…公演の準備の方はよろしいのですか?もうすぐ小鳥遊(たかなし)様がお見えになるお時間ですぞ?」

「おぉ、そうでした、そうでした…!」


――コンコン…。

そこへ、プラムと杏里がスーツを着たオールバックの日本人の中年男性を連れて入ってきた。

「サニーサイド様、小鳥遊様をお連れしました」

「お〜、ご苦労様」

「初めまして。『洋菓子店・タカナシ』のオーナー・小鳥遊伴次郎と申します」

「OH、お辞儀ですね!いやはや、何ともニッポン人らしい…!」

「この度は、公演中に我が店のチョコレートをリトルリップ・シアターの売店で特別に販売して下さるとか…!」

「いやいや、五番街にある『タカナシ』紐育店でその味を知ってから、あなたの作る菓子の虜になりましてね〜!さすが帝都・銀座で大評判の味だ…!この味をもっと多くのアメリカ人に知ってもらおうと思いましてね」

「ありがとうございます、オーナー!誠に光栄な話で…」

「ハッハッハ!期待してますよ〜、ミスター小鳥遊!」

「えぇ、最高のパティシエチームで作らせて頂きます!では、弟子達との下準備がありますので、私はこれで…」

「おぉ、そうですか。では、公演後にここでまた…。帝都から取り寄せた、とっておきの緑茶を用意してますからね〜♪」

「ハハハ、ありがとうございます」


小鳥遊さんは日本人らしく律儀にお辞儀して、支配人室を後にした。

「きゃっふ〜ん♪ミスター小鳥遊ってば、なかなかダンディーじゃな〜い♪」

「にゃっう〜ん♪日本のお店がアメリカ進出するなんて、すごいですよね〜!」

「まぁ、僕の目に狂いはなかったってことだね。――君達は、ミスター小鳥遊と『タカナシ・リトルリップシアター店』特設店舗開店の準備に取り掛かってくれたまえ!」

「イエッサー!」「イエッサー!」

「ふぉふぉふぉ、今宵のシアターもにぎやかになりそうですなぁ…!」

「そうですね〜。あとは、あの娘達が無事に公演を成功させてくれれば…――おっ、ラチェットからのチョコ発見…!」

「はっはっは!思い切り義理チョコですな」

「〜〜うぅ…、ぐすん…」


公演の準備でシアター内が賑やかになってきたので、秘書室で仮眠をとっていた私も目が覚めてしまった。

「う〜ん…、今何時…?」

「――もうお昼ですよ、ラチェットさん」


え…っ?そ、その声は…!?

「おはようございます。お疲れみたいですね…」

「た、大河君…!?」


ソファーに横たわる私の顔を大河君が覗き込んできたので、慌てて飛び起きた。

〜〜やだ…、化粧崩れとかしてないかしら?髪も乱れてるでしょうし…。

「あ、まだゆっくり休んでて下さい…!ラチェットさんのお陰で、スムーズに準備は進んでますから」

「大河君…」


私が頑張れたのはね、公演が成功して、あなたと気持ち良くバレンタインデートをできるようにする為よって言ったら、喜んでくれるかしら…?

フフッ、ダメだわ…。キャリアウーマンの私も大河君の前では、ただの恋する乙女になってしまうみたい…。

「プラムさん達から聞きましたよ。銀座の洋菓子店が出店するんですってね。楽しみだな〜!後で一緒に覗いてみませんか?」

「わ、私と…?」

「はい…。あ…、すみません。お忙しいですよね…?」

「ううん、大丈夫よ…!ふふっ、大河君と一緒にいられるなんて嬉しいな」

「ラチェットさん…」


ふふっ、大河君の笑顔を見てたら、疲れなんか一気に吹き飛んじゃった…!デートの前にまずは公演を成功させないとね!

「あっ、そうだわ!その前に…、これに着替えてくれる?」

「え?〜〜これってまさかプチミントの…!?」

「そう!スペシャルゲストでステージに立つことになってるから、そのつもりでね♪」

「〜〜そ…、そんなぁ〜…」


その頃、双葉お義母様は、星組の稽古をステージ裏で見学していた。

「ふふっ、新君もプチミントとして出演するそうではないか〜♪あぁ〜、母は鼻が高いぞ!――ハッ!あまりの可愛さにこれ以上悪い虫でもついたら大変だ!!〜〜う〜む、スタァの母というのも苦労するものだなぁ…」

「――双葉お姉様〜…!」


そこへ、加山君が息を切らしながら、双葉お義母様に駆け寄ってきた。

「おぉ、加山君ではないか…!ふふ〜ん、愛しのプチミントに会いに来たのか?」

「えぇ、プチミントさん、今夜のステージに出演されるんですよね!?その前にどうしてもお会いしたくて…!」

「おぉ〜!何だ、何だ!?公演後のバレンタイン・デートにでも誘うつもりか?男の君なら大歓迎だぞ〜♪」

「へ…?男のって…?」

「〜〜あ〜、こちらの話だ!――それで、用件は何だ?」

「〜〜お、お姉様にお伝えしないといけないんですか…?」

「当たり前だろう!言わぬと、ここを通さんぞ!?」

「〜〜わかりましたよ…。――自分の中で、きちんとけじめをつけたくて…。このままダラダラ関係を続けていたら、プチミントさんの気持ちを弄んで、彼女を傷つけてしまうことになってしまいますし…、〜〜かすみっちにも申し訳が立たなくて…」

「ほぉ、事務の藤井かすみとかいう女のことだな。まぁ、彼女との将来を考えれば、当然の判断だろうな」

「えぇ、まぁ…そういうことです…。〜〜かすみっち、俺とプチミントさんのことを知って、すごく怒ってましたから…」

「そうか…。〜〜う〜む…、せっかく大和撫子としての修業の場だったのだが、仕方あるまい…」

「修業…?」

「ハハハ、こちらの話だと言ってるだろう?――ところで、そのプチミントなんだが、実は私も探してるところなんだ」

「そうなんですか?〜〜だったら、始めから言ってくれれば…。話して損した…」

「…何か言ったか?」

「〜〜い、いえ…!ステージで練習しているかと思ったのですが、いらっしゃらないみたいですね…」

「フッ、おおかた、ラチェットと一緒なんだろうさ…。すまんが、君のキャメラトロンで連絡してみてくれないか?」

「OH!そうか、それで連絡すれば…!」

「〜〜おいおい、今まで気づかなかったのか…?」

「ハッハッハ〜!いやぁ、お恥ずかしいことに取り乱しておりまして…」


加山君がキャメラトロンでプチミントに連絡すると、秘書室にいる大河君のプチミント用のキャメラトロンが鳴り出した。

「あれ?プチミントの方のだ…。〜〜わひゃあ!しかも、加山さん…!?ど、どうしよう…!?まだ着替え中なのに…」

「ふふっ、仕方ないわね。私が時間稼ぎしておくから、ウィッグつけて、メイクしちゃいなさい」

「〜〜す、すみません…!恩に着ます…!!」

『――あっ、プチミントさんですか?俺です!加山――あれ…?あぁ、副司令でしたか…。失礼しました…』

「ごめんなさいね。彼女、緊張してお腹の調子が悪いみたいで、今はバスルームに…」

『あぁ、それはお気の毒に…!プチミントさん、かよわそうだもんなぁ〜』

『〜〜こら、ラチェット!そんなこと言って、本当は貴様が隠しているだけじゃないだろうなぁ!?』

「あら、お義母様。そんな人聞きの悪い…。女で、ただの部下のプチミントさんに私がそんなことするわけないではありませんか♪」

『〜〜貴様、よくもまぁいけしゃあしゃあと…!!』


ホホホ…!だって、加山君の夢を壊しちゃいけないものね♪

「――おっ、お待たせしました…!」

「あら、戻ってきたみたいですよ。今、代わりますわね」

「あ…、――えぇと…、こんにちは、加山さん…」

『こ、こんにちは、プチミントさん…。〜〜実は俺、あなたに大事なお話がありまして…』

「ま、まぁ〜、何かしら…?」

『俺…、実は日本に付き合っている彼女がいまして…』

「あー、かすみさんのことですね!」

『ごっ、ご存知でしたか…!実は彼女にあなたとのことを問い詰められてしまって…。〜〜俺はなんて男だ…!?同時に二人の女性を愛してしまったなんてぇぇ…!!』

『んー、まぁ一郎も藤枝姉妹を独占してるわけだし、あんま気にすんな』

『〜〜大神はいいんですよ、主人公なんですから…っ!!――プチミントさん、こんな俺を罵って頂けて結構です!そして、きっちりけじめをつけさせて下さい…!〜〜プチミントさん、俺と別れて下さい…!!』

「〜〜あ、あのぉ…、私達、お付き合いしてましたっけ…?」

『〜〜あぁ…、現実を認めたくないお気持ちはよ〜く分かります…!俺も断腸の思いなんです…!!――けど、あなたのような素敵な方なら、俺なんかよりもっと素敵な男と必ず巡り会えます…!〜〜ですから、俺のことはもう過去のこととして…』

「は、はぁ…」

『〜〜加山君っ!本当にそれでいいのか!?見ろ、プチミントの顔を…!!可哀想に…、涙でぐしょぐしょになって…』

「〜〜いや、別にぼ…わ、私は泣いては…」

『〜〜あぁ、そんなプチミントさんを俺はどうして見られましょうかっ!?』


〜〜お義母様ったら、完璧に面白がってるわね…。

『〜〜さようなら、プチミントさん…っ!! 今まで良い夢を見させてくれて、ありがとうございました…!これで心置きなく、かすみっちの元に向かえます…!どうかお元気で…!!』

そこで、キャメラトロンは切れてしまった。

「〜〜えっと…、こんな返しでよかった…んでしょうか?」

「まぁ、いいんじゃない?ふふっ、本当はちょっと寂しいんでしょ?」

「〜〜そ、そんなことありませんって…!」

「ふふっ、大河君ったら意外にアブノーマルなところもあるわよね♪――さて、準備もできたし、お稽古に向かいましょうか!」

「〜〜はは…、イエッサー…」


舞台に行くと、すでに星組が衣装を着て、リハーサルを行っていた。

「――あっ、新次郎〜!ラチェットさ〜ん!こっち、こっち〜!!」

「ハァハァ…、ごめん、遅くなっちゃって…!」

「まぁ、プチミントさんですね。とっても可愛らしいですよ、大河さん」

「そ、そうですか…?〜〜って、何で喜んでるんだろう、僕は…?」

「新次郎、プチミントになるのが楽しいって素直に認めちゃいなよ〜!」

「そ〜だぞ、しんじろ〜!正直になれなれ〜!!」

「〜〜だ、だから違うんだってば〜!!」

「フフ、ラチェットもようやくお目覚めか」

「ったく、ゲストの二人がいなきゃ稽古になんないだろ!?」

「えっ?二人って…」

「ふふっ、実はね、今日のステージ、私も出ることになったの。あなたには当日までサプライズにしておこうって皆が…」

「えぇっ!?そ、そうだったんですかぁ!?」

「皆で稽古〜♪リカ、うっれし〜♪くるくるくる〜♪」

「ラチェットさんの歌とプチミントさんのダンスは二幕の見せ場なんですよ」

「頑張ってね、新次郎!」

「ぼ、僕がラチェットさんと…!――わかりました!大河新次郎、粉骨砕身の覚悟で――!」

「ふふっ、ほらほら、時間ないんだから、音、合わせるわよー!」

「は〜い!」


星組の皆とやる久し振りの芝居。そして、大河君と二人で作り上げる愛のステージ。

やっぱり私、舞台に立つのがこんなに好きなんだって改めて実感したわ…!引退を表明したけど、たまにこうして出演してみてもいいかな♪

「〜〜はぁはぁ…、ちょ…、ちょっと休憩しましょうよ〜」

「だらしないぞ〜、しんじろー!リカ、もっとも〜っと踊れるぞ〜!!」

「ハァ…、子供は元気だねぇ…」

「ん…?ところで、プラムさんと杏里君は…?」

「お二人なら、叔父様のプライベート・ジェットで、加山さんを日本に送り届けてくるとか…」

「え〜?加山さん、日本に帰っちゃうの?」

「恋人に会いに行くだけだよ。心配しなくても、彼ならすぐ帰ってくるさ」

「そうですよね!加山さんも僕達・紐育華撃団の仲間ですもんね!」

「しんじろーもジェミニもサジータもダイアナも昴もラチェットも加山も、み〜んなリカの仲間!!いしししし〜っ!」

「ふふっ、そうね、リカ」


――仲間。人の繋がりなど馬鹿らしいと思っていた私に、大神隊長やかえで、さくらさん達花組が教えてくれた温かい絆…。欧州星組にいた頃ではわからなかったその大切さを今、新しい星組の子達と共にじっくり噛みしめている。その幸せに感謝しながら…。

「――お疲れ様です。さぁ、どうぞ皆さんで。疲れた時には甘いものが一番ですからね」

そこへ、小鳥遊さんがチョコレートを持ってきてくれた。

「わぁ〜、ありがとうございます!」

「わ〜い!チョコチョコ〜!!リカも食う〜!!」

「〜〜コラ、リカ!皆にもちゃんと分けなきゃダメだろ!?」

「〜〜は〜い…」

「ふふっ、いいですよ、リカ。好きなのを選んで下さい」

「おぉ〜!ありがとな、ダイアナ!じゃあじゃあ、このでっかいのがいいぞ〜!!」

「〜〜あぁ〜っ!!それ、ボクも狙ってたのに〜…」

「ハハハ…、まだまだありますから、遠慮せずに召し上がって下さいね」

「すみません…。お恥ずかしいところを…」

「はは…、いえいえ」

「あっま〜い♪幸せ〜♪ほっぺが落っこっちゃうぞ〜♪」

「本当に美味しいですね…!」

「う〜ん、この味だ〜!『タカナシ』のお菓子、よく一郎叔父とかえで叔母が送ってきてくれるんですよ」

「日本の小さな菓子屋が今や五番街にまで出店するとはねぇ。まさにアメリカンドリームだね!」

「異国の地で挑戦しようだなんて、とても勇気のいることだろうね」

「小鳥遊さん、アメリカで成功するには、どうすればいいんですか?」

「僕はまだ成功したわけじゃないよ。まだその過程さ。現状に満足せず、常に向上心を持って、努力し続けることが大事なんじゃないかな」

「なるほど…!タカナシさんはそうやって頑張ってきたんですね!」

「いや、そういう風に思えるようになったのは、ごく最近さ。以前の僕には希望の光なんてほとんど見えなかった…。妻を亡くした悲しみを癒す為にひたすら仕事に打ち込んできただけなんだよ…」

「〜〜そうだったんですか…」

「あぁ…。留学中に知り合ったアメリカ人の娘だったんだけどね、結婚して日本に移り住んだ時に不慮の事故に遭って…。彼女の故郷のアメリカに出店できるほどブランドを大きくしたら、天国で喜んでくれるかなって思いながら、この10年頑張ってきたよ…」

「小鳥遊さん…」

「ん…?それと似たような話、どこかで聞いたような…?」


大河君がポツリと呟いたその時、小鳥遊さんの肩に白い影がぼんやり見えた。あれは一体…?

「ラチェットさん…?」

「ねぇ、小鳥遊さんの近くに…」

「近くに…どうしたんですか?」


ジェミニ達には見えないのかしら…?変ね…?私より霊力のある彼女達なら、あれぐらい普通に気づくはずなのに…。

〜〜もしかして、私にしか見えていないとか…!?大河君にも聞いてみようかしら?どうせ、ただの背後霊だと思うけど…。

私が大河君に話しかけようとしたその時、小鳥遊さんの弟子が師匠を呼びに来た。

「――オーナー、そろそろ…」

「あぁ、今行くよ。――では、私はこれで失礼します。本番、楽しみにしていますね」

「はい、ありがとうございます!」

「はぁ〜、小鳥遊さん、格好良いなぁ〜!ボクの師匠にそっくりだよ〜!」

「美味しいチョコを食べたら、とっても元気が出ましたね!」

「さぁ、この調子で本番も頑張りましょう!」

「おーっ!」


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