バレンタイン記念・特別短編小説
「バレンタイン・デーの一日」〜加山×かすみ編〜その1
『――行くなら今がチャンス!さぁ、行こう!自由の国・アメリカへ…!!』
仕事そっちのけで由里と椿が観賞している事務室のテレビからアメリカンチックな軽快な音楽が流れてきました。どうやら、アメリカツアーを企画した旅行会社のCMらしいですが…。
「いいなぁ〜。私もアメリカ行ってみたいですぅ〜」
「〜〜しーっ!あんた以上にそれを望んでる女がここにいるんだから」
「え?〜〜あ…、あははは〜…。すみません、かすみさぁん…」
私・藤井かすみに睨まれ、椿は慌ててチャンネルを回しました。
どうやら、私が紐育にいる加山さんを思い出してイライラしていると勘違いしたみたいです。〜〜私はただ、仕事中はテレビを切ってって言いたいだけなのに…。
……でも、今の私、そんなに怒ってるように見えるのかしら…?
「かすみ〜、せっかくのバレンタインなのに愛しの彼と会えなくて辛いのはわかるけどさぁ、私達に八つ当たりしないでくれる?」
「〜〜べ、別に八つ当たりなんか…」
「でも、さっきからかすみさん、こ〜んな顔して仕事してますよ?」
と、椿は狐のように指で自分の目を吊り上げてみせました。
加山さんが紐育華撃団に派遣されて、もう何年経ったことでしょう…?
毎月やり取りしている手紙。毎年贈り合う誕生日プレゼント。休日にキネマトロンとキャメラトロンで交わす会話…。そして、時々送られてくるアメリカの絵ハガキと、紐育華撃団の皆さんでの集合写真…。加山さんは、今ではすっかり紐育華撃団の一員として溶け込んでいるようです。
話題もいつも星組さんのことばかり…。行ったことのないアメリカの話を聞くのは私も楽しいです。加山さん自身も生き生きしていて、楽しいみたいですし…。〜〜けど、できることなら、加山さんと同じ経験を私も一緒に経験したいっていうのはワガママでしょうか…?
〜〜遠距離恋愛って思ってた以上に辛いものです…。会いに行きたいけど、私がここを離れれば、帝撃の皆さんにご迷惑がかかるでしょうし…。
〜〜ハァ…、こんな状態があと何年続くのでしょう…?私、あと何年かで30歳になっちゃうんですよ…?最近、両親も私にするのはお見合いの話ばかりだし…。
こんな私の気持ちなんて知らないで、今も加山さんは能天気に紐育ライフを満喫してるんでしょうけど…。
「――そういえばチョコ、もう用意したの?加山さんに送るんでしょ?」
「もう一か月前に要冷蔵で郵送しておいたわ」
「わぁお、さっすがかすみさん!やること早いですねぇ〜」
「船でアメリカに届くまで1ヶ月はかかっちゃうもんねぇ…」
「〜〜そう考えると遠いですよねぇ、アメリカって…」
「そうよね…。14時間も時差があるし、日本から見たら、ほぼ地球の裏側だし…」
「〜〜ほら〜、あんたのせいで余計かすみの機嫌が悪くなっちゃったでしょうが!」
「〜〜わ、私のせいなんですかぁ!?」
「〜〜う〜ん、仕事増やされる前に何とか対処する方法は…」
〜〜由里ったら…、それが本人を目の前にして言う言葉なのかしら…?
「あっ、そうだわ…!――ねぇ、かすみ、今から煉瓦亭にランチ行かない?」
「わぁお、いいですねぇ〜!私、ハンバーグステーキがいいな〜」
「椿はお留守番ね〜」
「〜〜えぇ〜っ!?何でですかぁ〜!?」
「馬鹿ね〜。私らのうち一人残ってないと、非常時に対応できないでしょうが」
「〜〜そんなぁ〜…」
「さーさー、お子ちゃまの椿なんか放っといて行きましょ!」
「〜〜ぶ〜、由里さんのイジワル〜!!」
煉瓦亭でランチか…。せっかくのお誘いを断るのも気が引けるし、私は少しおめかしすると、由里と一緒に煉瓦亭に向かいました。
「はぁ〜、いつ来ても混んでるわねぇ。さすが銀座一の洋食レストランね」
「ごめんね…?何だか気を遣わせちゃって…」
「気にしないでって!親友を心配するのは当たり前でしょ?」
「由里…。〜〜そう言う割には、さっき仕事が増やされるのなんだの言ってたみたいだけど…?」
「〜〜あっら〜?そんなひどいこと、誰が言ったのかしらね〜?ほほほほ」
「ふふっ、まったく由里ったら…」
「ふふっ、その代わり、割り勘にしてね〜?私、今月洋服買いまくっちゃってさ〜」
「ふふっ、はいはい」
「そうそう、その笑顔がかすみには一番似合うわよ!美味しい物を食べれば、嫌なことなんてす〜ぐ忘れられるから」
「食べ過ぎると、せっかく買った服が入らなくなるわよ?」
「〜〜う…っ、それを言うなって〜…」
「ふふふふっ…!」
これも由里なりの励まし方なんですよ。由里だけじゃなく、椿もいつも加山さんがいなくて寂しがる私を心配してくれています。その気持ちがとても嬉しいです。
でも、これ以上二人に心配をかけたくないという気持ちの方が勝ってしまいますが…。
「――じゃじゃ〜ん!加山さんの最新情報を記したメモ帳よ!」
「〜〜い、いつの間にそんな物を…!?」
「フッフッフ…、由里ちゃんに仕入れられない情報なんてないのよ!?月組隊員からのものだから、正確性は確かなはずよ…!」
〜〜由里ってば、本当に顔が広いんだから…。
「えっと、最近の情報はねぇ…。毎日定時にサニーさんに情報を報告。紐育の平和は保たれているっと…。一応、真面目に仕事してるみたいね〜」
「そうよ。加山さんはああ見えても真面目なんだから…!」
「はいはい、ご馳走様〜。――えっと、それから…、おっ、12日の日曜日、星組の皆さんと紐育観光ですって…!」
「男は加山さん一人…?」
「う〜ん、そうみたいねぇ…。――ほら、写真もあるわよ」
と、由里が見せてくれた写真には、金髪の可愛らしい日系人の女の子と親し気に話す加山さんの姿が写っていました。
「あ〜あ〜、デレデレしちゃって〜…。ま、確かに美少女だけどね〜」
「〜〜こ…、この娘は…?」
「えっとね、『プチミント』さんっていう星組の見習い女優さんみたいよ?」
「〜〜そ、そうなんだ…。女優さん…ね…」
「あはは…!だ〜い丈夫だって!ほら、加山さんって軽いじゃん?女子の友達も結構いるんじゃない?」
「〜〜でも、どの写真もプチミントさんと一緒のばっかりだけど…」
「あ…、〜〜そ、そう言われてみればそうね…。まぁ、親友ってこともありうるじゃない?男女間にもそういう絆って成立するものでしょ?」
由里は一生懸命励ましてくれてるけど、加山さんのこの笑顔は、私にしか見せてくれないものだったはずです…。なのに、その笑顔をこの娘の前でもしてるなんて…。〜〜くすん…。私の宝物だったのにな…。
「ま、まぁまぁ〜。この娘とデキてるって証拠はないんだからさ?」
「〜〜当然よっ!あってたまるものですか…!!加山さんの恋人はわ――!」
思わず熱くなって、テーブルを叩いて大声をあげながら立ち上がった私はハッとなりました。周りのお客さん達が不思議そうに見てくるので、私は恥ずかしくなって、小さくなりながら静かにまた座り直しました。
「〜〜私…なんだから…」
「かすみ…。〜〜ごめんね?こんな情報、聞かない方がよかったわよね…」
「ううん、私の為に一生懸命集めてくれたんですもの。ありがとう、由里」
「かすみ〜、ジ〜ン…。やっぱり持つべきものは親友よね〜!」
「――お待たせ致しました。元祖オムライスでございます」
「おっ、来た来た〜!今は嫌なことなんて忘れて、ゆっくり味わいましょうよ!また新情報入ったら教えてあげるからさ!」
「〜〜そうね…」
「大丈夫よ!加山さんと過ごしたラブラブな日々、忘れちゃったの?」
〜〜でも、どんなにラブラブでも、別れてしまうカップルなんてたくさんいるもの…。遠距離恋愛していて、ゴールインできるカップルなんて余計いないでしょうし…。
由里の言う通り、加山さんとプチミントさんがまだ付き合ってるって確証はないですけど…。でも、もしかしたらって疑うだけで、胸がこんなに苦しいなんて…。
〜〜ハァ…、せっかくの煉瓦亭の料理も、なかなか喉を通っていかないわ…。
「椿には可哀想なことしちゃったわね…。後でお土産でも買っていってあげましょうか?」
「そうね。後ですねられても厄介だし〜」
「ふふっ、――あ、そうだわ!私達だけだと悪いから、花組の皆さんにも買っていってあげましょうよ!それから、大神支配人と副支配人と代理と、それから、中嶋親方と掃除人の広井さんと…――」
「〜〜ストーップ!そんなに気遣わなくったって大丈夫だって!」
「でも、公平にしないと悪いでしょ?」
「〜〜あんたってどこまで気にしいなのよ…?いっつも他人のことばっかり考えててさ〜」
「い、いけないかな…?」
「くすっ、まぁ、そこがあんたの良い所でもあるけどね〜。たまには自分のことも最優先に考えてみたら?美容院行ったり、新しい服買ってみたり…。女子力アップさせれば、加山さんも絶対、惚れ直すよ〜?」
女子力アップ…か。そんなこと、今まで特にしたことなかったけど…。
言われてみると、今まで私は、自分より人の為にお金や労力を使うことの方が多かった気もします…。けど、急に女子力アップさせろとか言われても、どんな風に磨けばいいのか、よくわかりませんし…。
〜〜ハァ…、こんなことを考えている間にも、椿一人でちゃんとやれているかとか、劇場の仕事のことが気になって仕方ありません…。
〜〜私って異常なくらい神経質なのかしら…?だから、加山さんも私のことを重いと感じるようになって…。
「――ただいま〜」
私と由里は、椿へのお土産に洋菓子店『タカナシ』でシュークリームを買って、劇場に帰りました。
「あっ、お二人とも、お帰りなさ〜い!」
「はい、留守番しててくれたお礼にね」
「わぁい!ありがとうございます〜!!このシュークリーム、すぐ売り切れちゃって、なかなか買えないんですよねぇ〜!」
「留守中、何か変わったことはなかった?」
「あっ、そういえば副司令が由里さんを探してましたよ」
「副司令が?何の用かしら…?」
「くっくっく…、日頃の悪行が耳に入ったんじゃないですか?」
「〜〜何ですってぇっ!?私がいつ悪行を働いたって言うのよ!?」
――ポカッ!!
「〜〜あいたっ!!あ〜ん、こういうことですよぉ〜」
あ、そういえば、そろそろ大神司令と藤枝副司令を花やしき支部までお連れする時間です。嫌な気分を紛らわす為にも、送迎のお仕事、頑張らなくちゃ…!
私は運転手用の服に着替えて、支配人室に行ってみました。
――コンコン…!
「失礼します…」
けど、大神司令はいないみたいです…。どこに行かれたのかしら…?
「――あっ、かすみさん!どうしたんですか?」
そこへ、食堂に向かうところなのか、女給姿のつぼみちゃんが話しかけてきた。
「あら、つぼみちゃん。大神支配人、見なかった?」
「ん〜、あっ!そういえば、中庭で誠一郎君とキャッチボールしてたみたいですよ?」
「本当?ありがとう。助かったわ」
「いえいえー。かすみさん、少し顔色が悪いですね…。お仕事頑張りすぎなんじゃありませんか?」
「〜〜そ、そう…?」
「疲れたら、食堂にいらして下さいね!つぼみ特製のハーブティーを淹れて差し上げますから!」
「くすっ、ありがとう、つぼみちゃん」
「えへへっ!スマイル、スマイルで頑張って下さいね!」
明るいつぼみちゃんと話したら、私も元気をもらえたみたいです。ふふっ、つぼみちゃんの笑顔は皆を明るくしますよね…!
つぼみちゃんから聞いて、中庭を覗いてみましたが、犬のフントと遊ぶ誠一郎君しかいませんでした。
「あっ、かすみお姉ちゃん!こんにちは〜!」
「こんにちは。ねぇ、お父さん、どこにいるか知ってる?」
「多分、母さんと一緒だと思うよ。母さん、あやめおばちゃんと喧嘩しちゃったからね、父さんが慰めに行ってるんだ〜」
「あら、そうなの…」
〜〜ハァ…、どこのカップルも大変そうですね…。
「わかったわ。ありがとう、誠一郎君」
「えへへ〜、どういたしまして!」
私が頭をなでてやると、誠一郎君は嬉しそうにニコニコしました。
ふふっ、純粋な子供って可愛いですよね。私もいっそのこと子供に戻れたらどれだけ楽か…。〜〜駄目駄目!現実から逃げていては駄目よ、かすみ…!!今は自分の仕事を全うしないと…!
えっと、大神さんと代理がいそうな場所といえば…。
――コンコン…。
「――失礼します…」
代理の部屋に入ると、案の定、大神司令がいらっしゃいました。よかったわ、すぐに見つかって…!
「大神司令、ここにいらっしゃったんですね。花やしき支部視察のお時間です」
「あぁ、わかった。今、行くよ」
〜〜ど、どうしてかしら、代理が私を睨んできているような…?せっかく良い雰囲気だったのに、私がお邪魔したってことなのでしょうか…?
「これ、車の中で頂きますね」
「〜〜これね、冷蔵庫から出してすぐ飲まないと効き目がなくなっちゃうみたいなのよ。冷やし直しておくから、帰ってきたら飲んでくれる?」
「わかりました」
代理が持ってるアレ、何かしら?ふふっ、まさか惚れ薬だったりして!
「それじゃあ、行ってきますね。誠一郎達のこと、よろしくお願いします」
「〜〜えぇ、いってらっしゃい…」
「失礼しました…」
私は代理に会釈するとドアを閉め、大神司令と廊下に出た。
「すまなかったね、かすみ君。色々探し回っちゃっただろう?」
「いえ、野々村さんと誠一郎君が教えてくれましたから」
「そうか。じゃあ、俺は支度して、玄関にいるから」
「わかりました。では、副司令を連れて参りますね」
「あぁ、頼んだよ」
えっと、副司令は確かなでしこちゃんとひまわりちゃんとチョコを作るっておっしゃってたから、厨房かしら…?
食堂に行ってみると、副司令は薔薇組さんとの話を丁度終えられたところのようでした。一体、何を話されてたのかしら…?
「――副司令、そろそろ花やしき支部の視察のお時間です」
「あら、もうそんな時間なのね…!」
「はい、大神司令は玄関でお待ちですよ」
ハァ…、お二人とも無事に見つかってよかったです。
私は軍服に着替えた副司令と共に大神司令の待つ玄関に向かいました。
「ごめんなさいね、お待たせしちゃって…!」
「いえ、俺も今来たところですから」
「ふふっ、そうなの。よかった…!」
ハァ…、大神司令と副司令、いつも仲が良くて羨ましいです…。でも、大神司令って代理とも夫婦なんですよね…。誠一郎君が副司令と代理が喧嘩してたって言ってましたし、三角関係も遠距離恋愛に負けず劣らず大変そうですね…。
〜〜って…、私ったらまた加山さんのことを…!考えないようにする為にお仕事頑張ってるのに…。
「――では、行きましょうか」
「えぇ、そうね」
副司令の荷物を大神司令がさりげなく持ってやる。こういうさりげない優しさも加山さんにあってほしいものだけど…って、〜〜だから、私ったら何ですぐそっちに考えがいくの…っ!?
「かすみ君、どうかしたのかい?」
「〜〜い、いえ…!今、お車を用意しますね」
〜〜ハァ…、私ったら、思った以上に重症かもしれません…。
私は蒸気自動車を運転して、大神司令と副司令を花やしき支部へとお連れしました。
「バレンタイン・デーの一日」〜加山×かすみ編〜その2へ
作戦指令室へ