バレンタイン記念・特別短編小説
「バレンタイン・デーの一日」大神×かえで編〜その2



私は食事を終えると、自分の部屋に戻り、惚れ薬についていた説明書を熟読することにした。

「使用方法っと…。――何々…?『まず、薬にあなたの体液を入れます。〜〜唾液・汗・涙、何でも構いませんが、愛液なら効果抜群!体液を入れてよく混ぜたら、薬の完成です。好きな相手に24時間以内に飲ませましょう』……」

〜〜何だかえらい物をもらっちゃったわ…。やっぱり、あの3人をあてにしたのがまずかったかしら…?

けど、他に方法もないし…、半信半疑だけど、やってみようかしら…?

私は廊下を見渡し、誰もいないことを確認してからベッドに上がると、自分で自分の体を慰め始めた。

「あ…っ!」

〜〜私…、昼間から何やってるのかしら…?でも、これもあやめ姉さんに勝つ為ですものね…!

「大神くぅん…」

目を瞑って、大神君にされていると想像しながら、自慰を続ける。大神君の声を想像し、指の動きを真似てみる…。

『――かえでさん、愛してます…。あやめさんより、ずっと…』

「あぁんっ!うふっ、嬉しいわ、大神君…。〜〜う…あっ…あああ〜んっ!!」


自分でも信じられないほど、すぐに達してしまった…。〜〜今朝、あやめ姉さんに邪魔されたから、結構たまってたみたいね…。

「〜〜ま、いいか。これだけあれば十分よね…」

私は苦笑いしながら、自分の愛液を小瓶の液体に混ぜた。

「ふふふっ、あとは大神君に飲ませれば…」

「――俺がどうかしましたか?」

「〜〜きゃあああっ!?」


いつの間にか大神君がドアを開けて、部屋を覗き込んでいた。

「〜〜お、大神君…っ!いつからそこに…!?」

「たった今ですけど…?かえでさんが元気がないから励ましてやってほしいって誠一郎から頼まれて…」


あぁ、誠一郎…。優しい息子を持てて、母さん、幸せだわ…!

「すみません。俺がはっきりしないせいで、嫌な思いをさせてしまって…」

「大神君…」


大神君は優しくキスすると、ぎゅっと抱きしめて、髪をなでてくれた。

「俺はかえでさんのことも愛してますからって言ったら、都合が良いように聞こえてしまうかもしれませんが…。〜〜でも俺、本気であなたを…!」

「ふふっ、ちゃんとわかってるわよ。ありがとう、大神君」


大神君、私のこと心配してわざわざ来てくれたのね。ふふ、嬉しいな♪

「ん…?その小瓶は…?」

「〜〜え…っ!?」


〜〜ま…、まずい…!惚れ薬だって知られたら大変だわ…!!

「〜〜は、花やしき支部が開発した筋肉増強剤ですって。試作品試飲のレポートを頼まれちゃって…」

「そうだったんですか。俺、これからあやめさんと花やしき支部を視察しに行くので、レポートを渡してきましょうか?」

「〜〜えっ!?そ、そんな悪いわ…。私の仕事ですもの。ほほほほ…」

「そうですか…?」


――ハッ、そうよ…!わざわざチョコにかけなくても、直接飲ませちゃえばいいんじゃない…!

「――ね…、ねぇ〜、よかったら、大神君も飲んでみない?試飲するのは人数多い方が良いでしょうし…」

「そうですね。じゃあ、1本頂けますか?」

「えぇ…!――はい、どうぞ」

「ありがとうございます。〜〜何だか飲み物にしては派手な色ですね…」


やったわ…!これで私が大神君の第一婦人の座に君臨することになるのね…!!ホホホ…!ざまぁみなさい、あやめ姉さんめ…!!

が、大神君が蓋を取って飲もうとしたその時…!

――コンコン…。

「失礼します…」

部屋をノックする音がしたと思ったら、運転手用の服を着たかすみが顔を出した。

「大神司令、ここにいらっしゃったんですね。花やしき支部視察のお時間です」

「あぁ、わかった。今、行くよ」


〜〜あともう少しだったのに…。まるで漫画やドラマのようなバッドタイミングだわ…。

「これ、車の中で頂きますね」

〜〜ハッ、待って…!私のいない前で飲ませるのは危険だわ。

ちゃんと飲んだか不安になるし、それにもし、変な副作用が起きても困るし…。それに、勘の良いあやめ姉さんがこの作戦に気づいて、捨ててしまうことだってありうるし…。

「〜〜これね、冷蔵庫から出してすぐ飲まないと効き目がなくなっちゃうみたいなのよ。冷やし直しておくから、帰ってきたら飲んでくれる?」

「わかりました。――それじゃあ、行ってきますね。誠一郎達のこと、よろしくお願いします」

「〜〜えぇ、いってらっしゃい…」


〜〜ハァ…、作戦失敗だわ…。やっぱり、チョコに混ぜて食べさせた方が確実みたいね…。『タカナシ』で高級チョコでも選んでこようかしら。そうと決まれば善は急げよ…!

私はチョコを買いに銀座の街に繰り出した。バレンタインということで、街はカップルで溢れ返っている。〜〜フン、見せつけてくれちゃって…。どうせならうんと良いチョコを買ってやるわ…!

「――いらっしゃいませ〜」

まぁ…!宝石みたいに綺麗なチョコレートの数々だわ…!

こんなすごい物を作ったって言ったら、あやめ姉さんのチョコも敵ではないかもしれないけど…。〜〜でも、私の手作りじゃないってすぐバレるだろうし…。第一、大神君に嘘をつくなんて心苦しいものね…。

〜〜やっぱり、薔薇組からもらった惚れ薬を使わない限り、私の勝ち目はなさそうだわ…。小細工をするなんて卑怯かもしれないけど、ためらっている場合ではないわ…!姉さんには悪いけど、大神君には私だけを愛してほしいもの…!!

「――これを頂けるかしら?」

「かしこまりました」


ふふっ、奮発して一番高級なのを買っちゃった♪円単位するチョコなんて普段は買わないけど、今日は特別ですもの…!

あとはこの惚れ薬をかければ…。あ、包装紙を一度取らなくちゃ…!

――ゴソゴソ…。ビリッ!

〜〜きゃああっ!!か、紙が破けちゃったわ…!!ど、どうしよう…!?なら、包み方を変えれば…〜〜やだ…!今度はリボンが絡まっちゃった…!!

〜〜あ〜あ…、惚れ薬をかけたとしても、きっと見栄えが悪くなっちゃうわ…。こんな物を渡したら、大神君、怒っちゃうかも…。

……何やってるんだろう、私…?馬鹿みたい…。こんなことしてまで姉さんに勝って、本当に満足なの…?

『――うふふふっ、バレンタインなのに孤独な女、発け〜ん♪』

「〜〜だ、誰…!?」


――ゾク…ッ!

突然、頭の中で響いてきた不気味な女の声と凍りつくような悪寒…。

〜〜何なの、この感じ…!?何か異質なものが体に入ってくるようだわ…!まるで、根来幻夜斎に取り憑かれた時のような…!?

『ふふふふ…、ちょ〜っと体貸してね〜』

〜〜い…、いや…!奇妙な感覚に体が拒絶して意識が遠のいていき、体の自由が奪われていく…。これはズルをしようとした天罰なの…!?

〜〜怖い…!助けて、大神君…!!

「――かえでさん…!?」

大神君の声と温もりに私はハッと我に返った。いつの間にか私は人気の少ない道の隅でうずくまっていた。

「大丈夫ですか…!?どこか体の具合でも…!?」

「あ…あぁ…、お…がみ…く…、〜〜うわああああ〜ん…っ!!」


それまで感じていた恐怖と後悔、大神君が来てくれたことに対する喜びと安心感がごちゃ混ぜになり、私は大神君に抱きついて泣き喚いた。

「か、かえでさん…?」

「ごめ…なさ…っ、〜〜ぐすっ、怖くて…寂しくて…涙が止まらないの…」

「ハハ、どうしたんですか?俺がいなくて寂しかったんですか?」

「ぐすん…、そうよ…。あなたがあやめ姉さんと一緒にいると、すごく不安になるんだから…。近くにいても時々、寂しくなるの…。本当はずっと私だけを見ててほしいのにって…」

「かえでさん…。すみません、寂しい思いをさせてしまってたんですね…」

「私のこと、愛してるって言ったわよね?なら、それを証明して…!」

「わかりました」


大神君は微笑むと、私を強く抱きしめてくれた。

「不安になった時は言って下さい。こうしていつでも抱きしめてあげますから」

「大神君…、くすん…、ふふふっ」


ぎゅっとしてくれた大神君が嬉しくて、私も抱きしめ返してみる。

――あったかい…。あなたはこんなに安らぎと温もりを与えてくれていたのに、私ったら一人で騒いで、悔しがって…。ふふっ、馬鹿みたいね…。

『な〜んだ、彼氏いるんじゃないの〜。つまんな〜い。他の人、探そっと』

不気味なのにどこか妙に明るい調子の女の声と気配は、いつの間にか私の中から消えていた。

「もう平気ですか?」

「ふふっ、えぇ、ありがとう。大神君が来てくれて、すごく嬉しかったわ」

「そうですか。よかった」

「でも、どうしてここに?姉さんと花やしき支部に行ったんじゃないの?」

「もう視察は終わりましたから。それで、さくら君達に頼まれた物を買いに行っていたら、街中で妙な気配を感じて…。駆けつけたら、かえでさんがうずくまっていたので、驚いて…」

「そうだったの。おそらく、浮幽霊が私に取り憑こうとしていたみたいね」

「そうみたいですね…。心配ですし、俺と一緒に帰りましょう。〜〜かえでさんにもしものことがあったら、俺…」

「大神君…」


真顔で見つめられるの、私、弱いのよね…。恥ずかしいけど、嬉しいな。

「ふふっ、そうならないよう、あなたがしっかり守ってくれるものね?」

「もちろんです…!もう少しで終わるので、買い物、付き合ってくれませんか?」

「えぇ、喜んで…!」


そういえば、さっきの浮幽霊…、ラチェットとキネマトロンで話していた時に聞こえた幽霊の声とよく似てた気がするけど、何者なのかしら…?

「――ん…?その箱は…」

「〜〜あ…、こ、これは…」


惚れ薬をかけようとして、包装紙がぐしゃぐしゃになって蓋が開いたままのチョコレートのことをすっかり忘れていた私は、それを慌てて隠した。

「もしかして、俺にくれるチョコレートですか?」

「〜〜ご、ごめんなさい、こんなはずじゃ…。ちゃんとしたのをもう1個買ってくるから――!」


大神君は5個あったハート形のチョコレートを一つつまみ、口に入れた。

「美味い…!これ、『タカナシ』のチョコレートですか?」

「え…、えぇ。〜〜姉さんみたいな手作りじゃなくてごめんなさい…」

「どんなチョコレートでも嬉しいですよ。かえでさん、俺の為に一生懸命選んでくれたんでしょう?」

「大神君…」


〜〜違うの…。私、あなたが思っているような女じゃない…。なのに、私にこんなに優しくしてくれて…、私の為に微笑んでくれて…。

〜〜私…、最低だわ…。あやめ姉さんに勝つことだけを考えて、大神君の気持ちを踏みにじろうとしていたなんて…。

「ごめんね、大神君…。〜〜本当にごめんなさい…」

「ど…、どうしたんですか…?まさか、また浮幽霊に…!?」

「ふふっ、ううん。――大好きよ、大神君。愛してるわ…!」


私にキスされて、大神君は照れくさそうに笑った。

「俺も愛してますよ、かえでさん」

そして、大神君も私に甘くてとろけるようなチョコ味のキスをしてくれた。

私ったら、何をそんなに追いつめられていたのかしら…?惚れ薬なんか使わなくても、大神君は私をこんなにも愛してくれているじゃないの…!

それに、私はあやめ姉さんと張り合う為にチョコをあげたんじゃない。大神君の喜ぶ顔が見たかったからなのに…!私の愛が伝われば、それで十分なのに…!

ふふっ、見た目がボロボロのチョコレートになってしまったけど、大神君、喜んでくれたみたいでよかった!惚れ薬なんかに頼らなくても、自分の力だけで大神君を喜ばせてあげることができたことが自信に繋がった。

来年はもっと、あやめ姉さんみたいに気合を入れて頑張らないと…!ふふっ、勝負はそれから!正々堂々しないとね…!

「それじゃあ、商店街の方に戻りましょうか」

「えぇ」


私は大神君と仲むつまじく寄り添い、腕を組んで歩き出す。

ふふっ、この惚れ薬、もう必要ないわね。後で処分しておきましょっと。私は惚れ薬を白いジャケットのポケットにしまった。

二人っきりの会話を楽しみながらしばらく歩いて行くと、私と大神君は商店街のメイン通りに戻ってきた。

「――あとはアイリスに頼まれたリンツのビスケットを買いに輸入菓子専門店に行くだけですから」

「ねぇ、せっかくだから、花組の娘達にもチョコを買っていってあげましょうか?」

「そうですね。皆、稽古で疲れているでしょうし、甘い物が食べたいはずですよね」

「えぇ、それに、女の子同士であげる『友チョコ』っていうのも今、流行ってるらしいわよ?」

「へぇ、そうなんだ…!さすが、かえでさんは流行にも詳しいんですね」

「ふふっ、由里から聞いただけよ」


ふふっ、これでもう少しデートを延長できそうね…!

「――うえ〜ん、父さ〜ん、母さ〜ん…!!」

「え…?」


メイン通りの隅で泣いている男の子を見て、大神君と私は思わず立ち止まった。

誠一郎が老紳士の隣でわぁわぁ泣き喚いていたのだ。何事かと通りを歩く人達も誠一郎達を不思議そうに見ていた。

「〜〜困ったな…。せめてお名前だけでも教えてもらえないかな?」

「〜〜そんなこと言って、僕を誘拐する気だろう!?騙されないぞ…!!」

「〜〜参ったな…」

「誠一郎…!?」

「こんな所で何やってるの…!?」

「父さん、母さん…!〜〜うわ〜ん…!!」


誠一郎は泣きながら、私に抱きついてきた。どうやら、迷子になっていたらしく、両親である私達をずっと探していたらしい。

「〜〜すみません…。うちの息子がご迷惑をおかけして…」

「ハハ…、いやいや。こんな時間に一人でいたので、迷子かと思ってね…。――坊や、ご両親が見つかってよかったね」


頭を撫でてくれた男性に誠一郎は怯え、私にぎゅっとしがみついた。

「…『さようなら』は?」

「〜〜さようなら」

「ハハ…、さようなら。――では、私はこれで…」


老紳士はシルクハットを取ってお辞儀すると、ニコニコしながら去っていった。

「駄目だろう?あんな優しいおじいさんに失礼な態度を取ったら…」

「〜〜それに、こんな時間に一人で出かけるなんて…。悪い人に連れていかれでもしたら、どうするの!?」

「〜〜うぅ…、だって僕…なでしことひまわりを助けたくて…」

「なでしことひまわりがどうかしたのか?」

「ぐすん…、あのね、なでしことひまわりが悪い人にさらわれたんだ…」

「〜〜何ですって…!?それ、本当なの…!?」

「うん…。僕のキネマトロンに連絡してきたから…」

「どこに連れて行かれたか言ってたか…!?」

「えっとね…、確かなでしこが『つきじ』って…」

「築地か…。〜〜一口に言っても、広いからな…」

「ねぇ、誠一郎のキネマトロンの受信データを逆探知してみたら、どうかしら…!?」

「そうですね…!――誠一郎、キネマトロン、貸してくれるか?」

「うん…!」


私は誠一郎のキネマトロンの受信データを自分のキネマトロンに転送して、解析を始めた。

「うわ〜、母さん、すっご〜い!」

「さすがかえでさんですね…!」

「ふふっ、これくらい任せなさいって」


なでしことひまわりのキネマトロンに搭載されている追跡機能の解析が終了すると、画面上の築地の地図に赤い印が2つ点滅し始めた。

「南の方にある第二倉庫みたいね…」

「あやめさん達にも転送して、知らせておきましょうか…!」

「それがいいわね…!」

「ぼ、僕も助けに行くよ…!」

「駄目だ。お前にはまだ危険すぎる。怖い奴らに殺されるかもしれないんだぞ?」

「〜〜で、でも…」

「駄目よ。良い子だから、かすみお姉ちゃん達とおとなしく待ってなさい」

「〜〜それは…、僕が子供だからってこと…?」

「そういうこと。子供は子供らしく、大人に守られていればいいの。今、椿お姉ちゃんに迎えに来てもらうよう頼むから――」

「〜〜そんなことしなくても、一人で帰れるもん…っ!!」

「あっ、誠一郎…!」


〜〜誠一郎が泣きながら走っていってしまったわ…。

「〜〜初めてだわ…。あの子があんなに反抗したの…」

「それだけ自我が芽生えてきたってことですよ。大切な人を守りたいってあいつの気持ち、俺もよくわかりますから…」

「大神君…」

「誠一郎もいつの間にか成長していたんですね…。誠一郎の好きなようにさせてあげたいところですが、無力な子供を守ってやるのも親の務めですからね…。守るだけじゃなくて、たまには冒険させてやるのも立派な男にさせる秘訣なんでしょうけど…」

「すっかり一人前のお父さんね」

「かえでさんだって、もう立派な母親じゃないですか」

「ふふっ、そうね。――あ…、早く皆に連絡しないと…!」

「あ…っ、そうですね…!」


大神君がキネマトロンで副隊長のマリアに連絡すると、さくらが身を乗り出して応答した。

『〜〜大神さん、大変なんですよ!なでしこちゃんとひまわりちゃんが…!!』

「あぁ、誠一郎から聞いたよ。なでしことひまわりがキネマトロンで誠一郎に連絡したみたいなんだ。受信データから2人の居場所を特定できたから、今からそっちに送信するよ」

『そうでしたか。助かります…!』

「私達もこれから築地に向かうわ。現場で合流しましょう…!」

『了解!』

「――これでよしっと…。俺達もすぐに向かいましょう…!」

「了解よ!」


〜〜なでしこ、ひまわり、どうか無事でいて…!


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