バレンタイン記念・特別短編小説
「バレンタイン・デーの一日」大神×あやめ編〜その2



「――実験の経過はどうなっているんだ?」

「はい。まず、セルシウス鋼の強化実験の件ですが――」


ふふっ、大神君も帝国華撃団・司令の肩書きがすっかり板についてきたようね。

花やしき支部の者達も大神司令に信頼を置いて、熱心に実験経過の報告をしたり、新しい実験装置の紹介をしているみたい。

「あやめさん、この実験成果、どう思われますか?」

「そうね…――」


大神君と私は今だけは夫婦ではなく、帝撃の司令と花やしき支部長として視察に力を入れる。

「それじゃあ、霊子水晶の伝播実験と並行してやってみてもらえるかな?」

「了解!」


私と大神君の指示に従って、花やしき支部の者達は実験に取りかかった。

「――ふふっ、すっかり頼もしくなったわね、大神司令見習い君!」

視察が無事に終わり、劇場に帰るまでの道のり。私と大神君は夕日に頬を赤く染められながら後部座席に乗って、今日の視察のまとめをしている。

「米田さんの仕事ぶりを近くでよく拝見していましたからね。それに倣っているだけですよ」

「ふふっ、それだって無能な人がやったら同じようにはできないわよ。優秀なうえに、ちゃんと努力もしてくれているお陰ね」

「ありがとうございます。あやめさんに褒められるのって、やっぱり嬉しいな」

「ふふっ、帰ったら、ご褒美のチョコレートをあげるから」

「ありがとうございます…!楽しみにしてますね」


そこへ、大神君のキネマトロンが鳴った。

「ん…?さくら君からか…。――どうしたんだい?」

『お疲れのところ申し訳ありません…!実は買い出しをちょっと頼みたくて――』


〜〜大神君が自分以外の女の子と喋っているのを目にすると、未だに嫉妬しちゃうのよね…。自分でも、大人げないとはわかってるんだけど…。

「――わかった。これを全部買ってくればいいんだね?」

『すみません、助かります…!では、よろしくお願しま〜す!』


大神君は通信を切って、びっしりメモした紙を見て、苦笑した。

「〜〜はは…、今から買い出しか…」

「ふふっ、司令になってもこき使われて大変ね。私も一緒に行きましょうか?」

「いえ、あやめさんもお疲れでしょうし…。大した量じゃありませんから、大丈夫ですよ」

「そう?もっと大神君と一緒にいたいのにな…」

「あやめさん…」


大神君は微笑むと、私の頬に軽くキスをした。

「子供達とチョコの続きを作るんでしょう?帰ってきたら食べさせて下さいね」

「ふふっ、了解!」


私は大神君にそのまま唇にキスされた。チョコレートよりもとろけるような甘いキス…。

かすみが恥ずかしそうにチラチラとバックミラー越しに見てきているけど…、ふふっ、私と大神君の愛はもう止まらないわ…!

「――あ…、そこで降ろしてもらえるかな?」

「あ…、はい…!」


ボーッとしていたかすみが慌てて車を止めると、大神君は降りた。

「帰りは歩いて帰るから、そのまま劇場に戻ってくれて構わないよ」

「わかりました」

「気をつけてね。暗くなると男の子でも危ないから…」

「ありがとうございます。お土産買って帰りますね」

「あん、待って、大神君…!」


私は窓から身を乗り出すと、もう一度大神君にキスしてあげた。

「あ、あやめさん…」

大神君は照れながらも、嬉しそうに笑いながら唇を押さえた。

「ふふっ、チョコレート、楽しみにしててね!」

私が大神君に手を振ると、かすみは再び車を走らせた。

ふふっ、早く帰って、チョコレートの仕上げに取りかからなくっちゃ!

「――あの…、副司令?」

「ん?どうかした?」

「その…、好きな人とずっと仲良くやっていくコツってあるんでしょうか?」

「ふふっ、加山君と喧嘩でもしたの?」

「〜〜は、はぁ…」

「そう…。だから今日は元気がなかったのね…」

「〜〜申し訳ありません。最近、不安になって、電話や手紙で束縛してしまうことが多くて…。私、今でもちゃんと加山さんに愛されてるのかなって…。〜〜由里の話だと加山さん、紐育に違う彼女がいるみたいですし…」

「あら、それってどんな娘?」

「金髪の日系人で、確か芸名はプチミントとかいう…」


ふふっ、なるほど。だから、余計に悩んでたのね…!

「〜〜私なんかより、若くて可愛い娘で…。やっぱり男の人は遠くにいる彼女より、近くにいる娘と仲良くする方が楽しいに決まってますよね…」

「その娘、本当に加山君の彼女なの?本人に直接確かめてみたらいいじゃないの」

「〜〜もう確かめてみましたっ!けど、思いっきり動揺してたので、多分、本当なんだと思います…」


あらあら、かすみったら、完全に誤解しちゃってるみたいね…。

でも、簡単に誤解を解いてあげちゃったら、面白くないし…。ふふっ、ちょっと意地悪だけど、このまま黙っておこうかな…。どうせいずれわかることでしょうし、危機を乗り越えた時にこそ、愛って深まるものですものね!

…な〜んて思っちゃう私って、やっぱりSなのかしら?ふふっ♪

「――ねぇ、かすみ、本当に加山君を愛しているのなら、まずは彼のことを信じてあげないといけないんじゃない?」

「ですが、加山さんってプレイボーイっていうか…。私と付き合う前から色々な女の子に声をかけまくっていたみたいですし…、それに、帝撃にいた頃も花組さんや私達のお風呂をすぐ覗こうとしてましたし…。〜〜私とのことも、もしかしたら遊びなんじゃないかなって…」

「でも、そんな加山君があなたは好きなんでしょう?」

「え…?それは…そうですけど…」

「なら、好きな人のことをもっと理解してあげなくちゃ。加山君は確かにプレイボーイかもしれないけど、あれはあれであの子のキャラっていうか…。あの子はただのお友達感覚で女の子に声をかけているだけかもしれないし。何て言ったらいいのかな…?あなたといる時の彼、とってもピュアに見えるのよね」

「え…?」

「ふふっ、私から見たら、加山君があなたに取る態度と他の娘に取る態度が違って見えるのよね。本当はピュアで恥ずかしさを隠す為にわざと遊び人に見せかける子だっているんだから」

「加山さんがそのタイプだと…?」

「まぁ、あくまで私の勘だけどね。まずは信じてあげること。今は気持ちが浮ついていても、最後にはきっと自分の所へ帰ってきてくれるって…。若い男の子だから、遊びたい盛りなんじゃないかしら?その証拠に、あんなに真面目な大神君だって、私だけじゃ飽き足らずにかえでにまで手出しちゃったわけでしょ?」

「ふふふっ、確かにそうですね」

「ふふっ、でしょう?浮気を承諾しろとは言わないけど、逆に怒ってもっと束縛するようになったら、相手も自分も辛くなるだけですもの。加山君もあなたがいなくて、寂しい思いをしてるんじゃないかしら?これからは電話やキネマトロンがかかってくるのを待つだけじゃなくて、もっと積極的に行動してみたら?例えば、紐育に実際に行ってみるとか…!」

「〜〜で…、でも、そんなことしたら皆さんにご迷惑が…」

「ふふっ、確かにあなたが不在だと色々不便なこともあるでしょうけど、だからと言って、あなたをずっと束縛しておくのも心苦しいわ。それに、恋する乙女心は私達皆、わかるつもりですもの。私達皆、あなたを応援しているわ…!」

「副司令…」

「ふふっ、頑張ってね…!」

「ありがとうございます…!」


話しているうちに、かすみの頬に赤みが差してきたみたい。ふふっ、少しは力になってあげられたかな…?

「――ただいま〜。良い子にしてた〜?」

大帝国劇場に帰ると、私はすぐに食堂に向かった。

けれど、なでしことひまわりの姿が見当たらない。いつもならこの時間、ここでお夕飯を食べているはずなんだけど…。

「なでしこー?ひまわりー?」

なでしことひまわりが行きそうな屋根裏部屋や楽屋に行ってみるが、2人の姿はどこにもない…。〜〜一体、どこに行っちゃったのかしら…?

私は嫌な予感がして、事務室に行ってみた。由里と椿と一緒に遊んでくれてたらいいんだけど…。

「――なでしこちゃんとひまわりちゃん…ですか?」

「えぇ…。あなた達、見てない?」

「〜〜すみません…、私は…」

「〜〜私もぉ…。お力になれなくてすみませぇん…」

「ううん…、いいのよ…。〜〜困ったわねぇ…。目を離すと、すぐどこかに行っちゃうのよね…」

「事務室に来るよう放送してみましょうか?」

「えぇ、お願いできる?」


――ピーンポーンパーンポーン…!

『――なでしこちゃん、ひまわりちゃん、お母様がお探しです。事務室まで来て下さ〜い』

由里の放送を聞いて、来てくれるといいんだけど…。

――コチコチコチ…。

時計の秒針が進む音がやけに響く…。

放送してから結構経ったけど、なでしことひまわりは未だに現れない…。

「〜〜来ませんね…。一体どうしちゃったのかしら…?」

「あっ、花組の皆さんに聞いてみてはいかがです?昼間、皆さんとお喋りしているところを見かけたんですよぉ!」

「そうなの?」

「〜〜あんた、そういうことはもっと早く言いなさいよ…っ!!」

「〜〜え〜ん、だって、放送したらすぐに来ると思ったんですも〜ん…」

「ふふっ、ありがとう、椿。それじゃあ、さくら達に聞いてみるわね」

「は〜い!」


私は花組が稽古している舞台に行ってみた。

さくら達もさっきの放送を聞いていたようで、お稽古を中断して、心配して話しかけてきてくれた。

「なでしこちゃんとひまわりちゃん、見つかったんですか?」

「〜〜いいえ、まだよ…。昼間にあなた達と話してたって椿から聞いたんだけど、どこに行ったか知らない?」

「質屋ではないでしょうか?何かいらない物はないかと聞かれたので…」

「大きな段ボール箱を小ちゃい手で抱えてなぁ」

「〜〜じゃあ、2人だけで街へ…!?」

「〜〜多分、そうでしょうね…」

「迷子になっちゃってるのかなぁ…?」

「それとも、何者かに誘拐されたか…」

「〜〜ひ…っ!」

「〜〜ダメだよ、すみれぇ〜!あやめお姉ちゃんが心配しちゃうでしょ!?」

「あくまで、可能性としてですわよ」

「でも、こんな遅くに外を出歩くなんて、とんだ不良シスターズデ〜ス!」

「ひまわりはともかく、なでしこもいるのにね…?」

「〜〜何だか胸騒ぎがしますね…」

「〜〜あぁ、心配だな…。――あたい達も一緒に探すよ…!」

「そんな…、悪いわよ。お稽古中なのに…」

「な〜に水臭いこと言ってんだよ!なでしことひまわりはもう帝劇の立派な一員だろ?仲間が行方不明だってーのに、平気でいられるわけねぇじゃねぇか!」

「それに、こんなもやもやした気分ではお稽古も身が入りませんものねぇ」

「アイリス達はなでしこちゃん達より年上だもん!お姉ちゃんは年下の子の面倒を見てあげなくちゃいけないんだから!」

「ふふっ、アイリスったら、すっかりお姉さん気取りね」

「えっへん!」

「皆…、ふふっ、ありがとう!それじゃあ、お願いするわね」

「了解!」


こうして、さくら達も一緒になでしことひまわりの捜索に協力してくれることになった。

「そういえば、大神さんもまだ帰ってきてませんね…?」

「そうね…。かえでと誠一郎君の姿も見当たらないし…」

「子供達を連れて、煉瓦亭にでも行ってるんじゃねぇのか?」

「え〜っ!?あやめお姉ちゃんだけ置いていくわけないじゃ〜ん!!」


〜〜いえ、かえでなら考えそうなことだわ…。私だけ除け者にしようっていう…。それが薔薇組の言っていた作戦なのかしら…?

「けど、それなら連絡くらいよこしてもいいんじゃない?」

「それもそうだよな…」

「〜〜う〜ん…、どこに行っちゃったんでしょう…?」

「――副支配人〜!」


そこへ、由里と椿が慌てて駆け寄ってきた。

「〜〜大変です…!なでしこちゃんとひまわりちゃんを誘拐したって犯人から電話が…!!」

「〜〜何ですって…!?」

「〜〜あやめさん…!」


ショックで意識を失いかけた私をマリアが抱きとめてくれた。

〜〜怖れていたことが現実となってしまった…。

けど、倒れている場合ではないわ…!大神君が不在の今、副支配人の私が気をしっかり持って、犯人と話さないと…!

私は花組を連れて事務室に向かい、受話器を恐る恐る取った。私は恐怖心を平常心を保つことで何とか隠し、毅然とした態度でゆっくり口を開く。

「――もしもし…?」

『お前が大帝国劇場の副支配人だな?ガキどもは預かった。深夜0時に10万円用意して、築地の港に持ってこい。サツに言えばガキ達がどうなるか…わかってるよなぁ?』


〜〜く…っ、言い返して罵声を浴びせたいのは山々だったが、下手に犯人を刺激させては、なでしことひまわりに危害が及んでしまう…!

「〜〜娘達は無事なの…!?お願い、声を聞かせて…!!」

『あぁ、いいぜ?――ほ〜ら、ママだぞ〜』

『〜〜ひっく…、うぅ…、お母さ〜ん…!』

『ママぁ、助けて〜!!』

「〜〜大丈夫よ。すぐにお父さんとお母さんが助けに行くからね…!」

『〜〜うわああ〜ん!!ママ〜、怖いよぉ〜!!』

『チッ、るせぇんだよ!ガキが…!!』


――バシッ!

『〜〜うわああ〜ん!!』

『〜〜ひまわり…!!』

「〜〜やめて…!!お願い…!子供達にひどいことしないで…!!」

「なら、さっさと用意するんだなぁ。できなかったらガキどもを殺すからな…!?」

『〜〜うわああ〜ん…!!』

『〜〜お母さぁ〜ん…!!』


〜〜いや…!これ以上、あの娘達の悲痛な叫びを聞きたくない…!

そう思った直後に、犯人からの電話が切れた。

「〜〜なでしこ…、ひまわり…。あ…ああぁぁぁ…」

私は受話器を持ったまま、机に突っ伏して、泣き崩れた。

「あやめさん、大丈夫ですよ。私達がついているじゃありませんか…!」

「こういう時こそ帝国華撃団の出番です…!」

「皆…。〜〜そうね…、こういう時こそ、上官の私が気丈でいないと…」

「それで、犯人の要求は?」

「深夜0時に築地の港に10万円持ってこいって…」

「お金のことなら心配いりませんわ。私がおじい様に頼んで――」

「そんな面倒くせぇことしねぇで、あいつらブッ飛ばせばいいだけだろ!?」

「けど、下手に刺激したら、なでしことひまわりの命が危ない。欺かせる為にも、空のアタッシュケースぐらいは用意した方がいいと思うよ」

「築地か…。〜〜金持ち出したら、船で外国に逃げる気やな…!」

「〜〜犯人の拠点がわかれば、救出に向かえるんですけどね…」

「それにしても、この非常時に中尉と代理はどこほっつき歩いてますの!?」


そこへ、マリアのキネマトロンに連絡が入った。

「大神司令見習いからだわ…!」

「〜〜大神さん、大変なんですよ!なでしこちゃんとひまわりちゃんが…!!」

『あぁ、誠一郎から聞いたよ。なでしことひまわりがキネマトロンで誠一郎に連絡したみたいなんだ。受信データから2人の居場所を特定できたから、今からそっちに送信するよ』

「そうでしたか。助かります…!」

『私達もこれから築地に向かうわ。現場で合流しましょう…!』

「了解!」


大神君のキネマトロンから聞こえてきたかえでの声に私の耳はピクッと反応した。〜〜ふ〜ん、そういうこと…。2人は今まで一緒にいたってわけね…。

私は机に突っ伏していた上半身を怒りからむくっと起き上がらせた。

「〜〜うおっ!復活したで…!?」

〜〜かえでったら…、2回も抜け駆けするなんて許せないわ…!!

「――皆、行きましょう…!」

「はい!」

「あやめお姉ちゃん、メラメラ燃えてるね〜!」

「なでしこちゃんとひまわりちゃんが誘拐されたんですもの。怒るのは当然よ…!」

「別の意味でも怒ってるような気ぃもするけどな〜♪」


なでしこ、ひまわり…、お母さん達が着くまでどうか無事でいて…!

「――翔鯨丸、発進!!」

私は全速力で翔鯨丸を操縦し、築地に花組を降ろした後、自分も降りた。

「データだと、ここら辺のはずだけど…」

「〜〜同じような建物がいっぱいですから、見つけるの大変デ〜ス…!」

「諦めるな!それでも探すんだよ…!」


私達は手分けして倉庫を探し始めた。

〜〜なでしこ、ひまわり、どこにいるの…!?焦ってしまうけど、落ち着けばきっと見つかるはずだわ…!

「――あっ、あそこを見て下さい…!」

さくらが指差した南方の奥の倉庫を見てみると…、

「あら〜ん、イイ男じゃないの〜♪」

「やっぱり、襲うならイイ男よね〜ん♪」

「〜〜うわあああ!?」


〜〜2人組のオカマが大神君を今にも押し倒そうとしていた…。

「〜〜な…、何だ、ありゃ…?」

「〜〜話が全く見えませんわね…」


あっ、あそこにかえでとなでしことひまわりもいるわ。〜〜ってことは、あのオカマ達が誘拐犯で間違いなさそうね…。〜〜電話で話した時は全然オカマには思えなかったけど…。

――まぁいいわ。大神君のピンチに変わりはないもの!私の大神君に指一本触れさせるものですか…!!


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