大神一郎誕生日記念・特別短編小説
「未来への絆〜21世紀の子供達へ〜」その1
『――ピピピピ〜!朝やで〜、朝やで〜!』
今日もいつものように紅蘭特製の目覚まし時計が俺の部屋に響いた。
この目覚ましは必ずといっていいほど、目が覚める。ありがたいが、こういう真冬は布団から出るのはおっくうだ…。
「――?〜〜うわああっ!?」
俺の隣には、あやめさんとかえでさんではなく、なでしことひまわりと誠一郎が眠っていた。
「あら、おはよう、大神君」
「あ…、あやめさん、かえでさん…!もう起きてたんですか?」
「ふふっ、寝ている最中に子供達に起こされてね…。この子達、大神君が起きるまで待ってるって言ってたんだけど…」
「ふふっ、お父さんにつられて、眠っちゃったみたいね」
あやめさんとかえでさんは眠っている子供達3人の頭を優しく撫でた。俺の子供達の寝顔は、いつ見ても可愛いものだ…。
「しばらく寝かせといてあげましょ。3人とも、昨日は遅くまで起きてたみたいだから」
「え?ひまわりと誠一郎はともかく、なでしこまで夜更かししてたなんて珍しいな…」
「ふふっ、やっぱり本人は気づいてないみたいよ?」
「えぇ。困ったお父さんね〜」
「い…っ!?ど、どういうことですか?」
「…今日は何月何日?」
「えっと、確か1月…――あ…っ!」
「やっと気づいた?今日・1月3日は大神君のお誕生日!だから、この子達はあなたの為に似顔絵の誕生日プレゼントを用意してたってわけ」
「そういうことだったのか…。3人とも、俺の為に…」
「ふふっ、大好きなお父さんの為ですもの。…プレゼントのこと、私達が教えたって言わないであげてね?この子達なりのサプライズなんだから」
「はは、わかりました」
「じゃあ、改めまして…。――お誕生日おめでとう、大神君!」
「おめでとう。後で花組の皆も入れて、お誕生日会しましょうね!」
「はい、ありがとうございます…!」
1月3日の今日、帝劇は毎年恒例の新春公演の初日だ。
普通の公演と違って、第一幕はカンナや紅蘭が考えた花組総出演の笑劇(コント)、第二幕は舞台で人気のあるナンバーやアカペラを歌うといった、歌中心のライブという構成だ。
おとそが抜けないあやめさんとかえでさんも飛び入り参加して、お客様の笑いを誘っている。大喜利や花組新春太鼓はもちろん、すみれとカンナの突発的な喧嘩や、織姫とレニの漫才など、普段とは違う一面を見せる花組にお客様も大満足だ。
まだまだ正月気分が抜けず、正月番組でも観ながらゴロゴロしていたいところだが、皆、頑張ってるんだ。支配人の俺がしっかり舞台を支えてやらないとな…!
「――すみません、大神さん。大道具部屋から金ダライ、持ってきていただけます?」
「金ダライ…?そんなもの、どこで使うんだい?」
「カンナさんがアドリブで使うからって…!ごめんなさい、私、次すぐ出番なので、大神さんにお願いしようと…!」
「わかった。カンナに持っていけばいいんだね?」
「はい、よろしくお願いします!――それじゃあ…!」
ハハ…、スーパースタァの花組も正月はお笑い軍団に早変わりか。俺はこちらの花組も結構好きだけどな。
「――え〜っと、金ダライ、金ダライ…、――おっ、あったぞ…!」
俺が金ダライを探しあてたとほぼ同時に、舞台衣装から普段の服に着替えたあやめさんとかえでさんが小道具部屋の前を通った。
「ふふっ、楽しかったわね〜。本音を言えば、もうちょっと出ていたかったけど…」
「そうね。でも、あとは花組に任せましょ?」
「それもそうね…。――あら…、大神君、そんな所で何をしてるの?」
「あ、お二人とも、いいところに…!カンナって今どこにいます?」
「あぁ、金ダライのことね。まだ舞台上にいるから、袖からこっそり渡してやればいいと思うわよ?」
「わかりました。すぐ行きま――!?」
その時、ピカッと激しい光と風が俺を包み込んだ。
「うわあ…っ!?」
「大神君…!?」
1秒、2秒、…3秒ぐらい経って、光が消えた。俺は金ダライを持ったまま、ゆっくり目を開けた。
そこは劇場ではなく、何故か外だった。
建ち並ぶ高層ビル。往来するたくさんの人、車…。皆、洒落た洋服にスーツを着ていて、和服を着た人はほとんど見かけない。
「ど、どこだ、ここは…!?」
「――ようこそ、21世紀の帝都東京へ」
「――!誰だ…!?」
俺の背後に立っていた女性二人。少し若いが、あやめさんとかえでさんによく似た人達だった。
「あやめさん、かえでさん…、いつの間にスーツに着がえたんです…?」
「ふふっ、いいえ、私達はあなたと彼女達のひ孫にあたる者ですわ」
「私は大神さつき、こちらは妹のゆずき。初めまして、ひいおじい様」
〜〜ひ、ひ孫だって…!?しかも21世紀だと…!?
「信じられないのも当然でしょうね…。ほら、この携帯型タイムマシーンであなたをお呼び出ししたのですよ」
と、さつきさんは紅蘭がよくつくる発明品のような小型装置を見せてくれた。
「銀座の街を見ればおわかりになるでしょう、ここが未来の世界だって?」
「こ、ここ…、銀座なのか…!?」
俺は改めて街を見渡してみた。
和光の時計台や三越はあるが、それ以外の建物は全て近代的に様変わりしていた。それに、紅蘭がかえでさんの誕生日の時につくってくれたタイムマシーンはもっと大型だったし、たった3ヶ月でこんな小型化されるわけがない…。
――信じられないが、どうやら、彼女達の話は本当のようだ…。
「――ハッ、俺、舞台の途中だったんだ…!〜〜この金ダライをカンナに届けないと…!!」
「あぁ、それはご安心を。用事が済んだら、元の時代の同じ時間に戻して差し上げますわ」
「用事…?」
「はい。真刀滅却の継承者であるあなたの力をどうしてもお借りしたくて…」
「え…?この時代に真刀の継承者はいないのかい?」
「〜〜まぁ…、候補者はいるのですが…」
「――待ちやがれぇ、このクソガキっ!!」
すると、突然、若い青年がスーツを着た強面の男二人に追われ、裏路地から飛び出してきた。その青年は顔も髪型も立ち姿も俺に瓜二つだった。
「え…っ!?〜〜お、俺…!?」
「んもう、敬一郎君ったら…!」
「〜〜はぁ…、またおいたしちゃったみたいねぇ…」
「その男を捕まえてくれ…!!そいつぁ、兄貴の彼女を寝取りやがった…!!」
「〜〜だから、お前の女が勝手にちょっかい出してきただけだっつーの!」
「〜〜何をっ!?純朴な俺のヒトミがそんなことするわけないだろうがっ!!」
赤いスーツを着た男が拳銃で青年に発砲してきたので、俺は流れ弾に当たらないよう、慌てて金ダライで防御した。
「ハァ…、――まったく、しょうがない子ねぇ…!」
さつきさんとゆずきさんは、赤いスーツを着た男と黒いシャツを着た男達の前に出ると、そのまま合気道の要領で背負い投げした。
すごい…!あの二人もあやめさんとかえでさんのように武道を心得ているみたいだな。
「へへっ、ざまぁみろ。天下のダンディ団が女に負けてどうすんだよ」
「ダンディ団…?」
「安心しなって、てめぇのヒトミちゃんにはもう手出さねぇよ。…金は持ってるけど、ブスだしな」
「〜〜貴様ぁっ!!」
「へへっ、じゃあな〜!」
「あ…、〜〜待ちなさい、敬一郎…!」
「……もしかして、彼は俺の…?」
「えぇ、大神敬一郎…。私達のいとこです」
「…てめぇは誰だ?敬一郎の兄弟か?」
「え…?〜〜いや…、俺はその…ひいおじいさんっていうか…」
「ひいじいさん〜?へっ、嘘つくんなら、もう少しマシな嘘つきな、兄ちゃん。銀座一帯に縄張りを張るダンディ団を敵に回すと、後で怖いぜぇ?」
へぇ、この時代にもダンディ団がいたなんてな…!けど、この二人の風貌…、どこかで見たような…?
「もしかして、西村ヤン太郎さんとベロムーチョ武田さん…のひ孫さんですか?」
「〜〜なっ、何でお前がひいじいちゃんの名前知ってるんだよ…!?うわ!超こえぇ!!何、お前!?占い師!?スピリチュアル的な何か!?」
「るせぇな、武田…!それぐらいで動揺するな、みっともねぇ!」
「〜〜ア痛っ!」
やっぱりな…。西村さんと武田さんの関係性までそっくり同じだ…。
「――どうした、お前ら?」
そこへ、聞き覚えのあるメロディーに乗って、白いスーツを着たダンディボスそっくりの男性が踊りながら近づいてきた。
「ダ、ダンディのボスさん…!?」
「〜〜すみません、ボス!!大神敬一郎をまたもや逃がしてしまいやした…」
「そんなのいつものことじゃねぇか。みっともねぇツラしてんじゃねぇ…って、目の前にまだいるじゃねぇかよ…!」
「いいえ、この方は敬一郎ではありませんわ。その…、大…、『大島一郎』さんです」
「〜〜いぃ…っ!?」
「すみません…。あなたが過去から来たことは私達以外、内密にしておきたいので…」
「わ、わかりました…」
「そうでしたか。――こいつは失礼しました、大島さん。おっと、名前を聞いた以上、こちらも名乗らねぇとな。歌って踊れるギャングこと、ダンディ団4代目ボス・団耕四朗とはあっしのこと!――ほら、お前らもちゃんとご挨拶しな」
「へい!――西村ヤン四郎と申します」
「ベロムーチョ武田4世で〜っす!」
〜〜お、同じだ…。最早、本人と言ってもそれまでだが…。
「大島さんよ、素人がこれ以上俺達の世界に首を突っ込むな。特に竜神会に目をつけられると、怪我だけでは済まされねぇぜ?」
「へぇ、竜神会もまだ健在なんですか…!」
「は…?」
「〜〜あ…、い、いえ…。それより、さっきの大神敬一郎って男は西村さんの恋人に手を出して、追われてたんですか?」
「そうなんスよ!やっとできた彼女なのに…。アイツ、ちょっとイケメンだからって、生意気っスよね〜?」
「〜〜大きなお世話だっ!」
「〜〜ア痛っ!」
「あいつのひいじいさんの大神一郎って方は、それはそれは人間的に優れた方だったと、よく曾祖父から聞かされたもんです。大帝国劇場の下っ端もぎりから支配人にまで出世して、あやめとかえでという綺麗な妻二人と共に劇場経営と花組さんを支えたとか…。〜〜それに比べて、あのひ孫ときたら…。ひいじいさんも天国でさぞ嘆き悲しんでいることでしょうに…」
――面と向かって褒められると、何だか照れるが…。
「あの…、大帝国劇場ってまだあるんですか?」
「もちろんですとも!でっかい建物ですから、4丁目に行けばすぐわかりやすぜ」
「っていうか、そこに副支配人見習い二人がいるじゃないっすか」
「え…?あなた方が?」
「えぇ、私達二人とも、副支配人のなでしこおばあ様の下で見習いをさせて頂いておりますの」
へぇ、この時代では、なでしこが副支配人なのか…!
「では、あっしらはこれで…。後でチケット買いに劇場へ寄らせて頂きますぜ。花組の皆さんへの差し入れもあるしねぇ」
「ボスは真宮寺さゆりさん命!ですからね〜」
「ふふっ、さゆりも喜びますわ。いつも応援、ありがとうございます…!」
「いえいえ。では、また後ほど…!――行くぞ、お前ら!」
「へい、ボス!」
あの音楽に乗せて、踊りながら去っていくのも同じなんだな…。
「私達も劇場に向かいましょうか」
「その前にブティックに寄っていかない?ひいおじい様に21世紀のファッションを教えてあげましょうよ」
「ぶてぃっく…?」
「ふふっ、そうね。きっと似合うわ」
わからないまま、さつきさんとゆずきさんに連れられ、俺は銀座のブティックとやらへ足を運んだ。ブティックとは、洋服屋のことだったらしい。
「――こっちのベストの方がいいんじゃない?向井イサムみたいに…」
「それもいいわねぇ。――あ、福山雅俊っぽく、このジャケットもいいんじゃないかしら?」
「あら、この帽子も素敵ねぇ…!SWAPのキムタカがCMで被っているのに似てると思わない?」
「あ〜、似てる、似てる!」
〜〜聞き慣れない男の名前が次々出てくるな…。しかも、俺より彼女達の方が何だか盛り上がっているような…。
「――じゃあ、このカードで。一括でお願いね」
「かしこまりました」
「え…?この時代は、金では払わないのかい?」
「もちろんお金も使えますよ。でも、私達は現金はあまり持ち歩かないんです」
「キャッシュより、カードの方が便利ですものね?」
「キャ、キャッシュ…?」
「ふふっ、ですから、現金のことですよ」
〜〜さすがに100年も経つと、服の仕様も支払いの仕組みも変わるもんだな…。
俺は流行ファッションに身を包んだ自分を鏡で見てみる。自分で言うのも何だが、結構イケてないか?
「まぁ!とってもお似合いですよ、ひいおじいさん」
「ふふっ、さすがは私達のご先祖様ね」
「〜〜すまない…。その、ひいおじいさんって呼び方、やめてもらえるかな…?確かにそうなんだろうけどさ…」
「あ…、ふふっ、それもそうですよね」
「では、一郎さんってお呼びしてもよろしいかしら?」
い、一郎さん、か…。あやめさんとかえでさんにそっくりなひ孫に言われて、思わずときめいてしまった…。
店を出て、21世紀の銀座の街を歩いてみる。高級宝石店にお洒落な喫茶店、美味そうなレストラン…。店の並びも随分変わったが、雰囲気は似たような感じだな。
「へぇ、煉瓦亭ってまだあるんだな。――お、あれは三越か…!あ、それに和光の時計台も…!」
「ふふっ、一郎さんったら、はしゃぎすぎですわ」
スカートの丈が短いセーラー服を着た女の子が小型の機械をいじっている。その子だけではない、若者や子供、さらにはお年寄りまで、通りにいるほとんどの人間がその機械を使っていた。
「あの機械…、皆、持ってるみたいだけど、何なんだい…?」
「あれは携帯電話といって、電話したり、メールしたりできるんですよ。あとは、アプリをインストールしてゲームしたり…、写真を撮って、ブログにアップしたり…」
「は、はぁ…?」
カタカナばっかりでよくわからないが、きっと日常生活に欠かせない便利なものなんだろうな…。〜〜ハァ…、まさかこの歳でジェネレーションギャップを痛感することになるとはな…。
「ワンセグでテレビも見られるんですよ。――ほら」
と、ゆずきさんが携帯の画面で小型テレビジョンを見せてくれた。せっかくだから、21世紀の番組を見てみよう。
『――新年明けましておめでとうございま〜す!今年は2012年!平盛24年の辰年で〜す!』
「『平盛』かぁ…。もう太正時代じゃないんだな…」
「えぇ、その間に照和という時代もあったんですよ」
「画面に映っているこの子達は何だい?『AKS49』っていう…」
「あぁ、赤坂を拠点とした、今一番人気のあるアイドルグループですよ。『会いに行けるアイドル』をウリにしているそうです」
「へぇ…。――おっ、この『イヴニング娘。』の久住小秋ちゃんって可愛いなぁ…」
「ふふっ、英雄と称される一郎さんも、アイドルには目がないんですのね」
「〜〜あ…、ははは…」
「ふふっ、あと今流行っているのはK―POPですね。『美少女時代』とか『西方神記』とか『KIRA』とか…」
「それから、芦谷奈菜ちゃんとか、子供の役者さんも人気なんですよ」
「へぇ、芸能人のジャンルが随分広がったんだなぁ…!」
「えぇ。でも、我が大帝国劇場も負けてませんよ!ホームページもありますし、ツイッターとフェイスブックにだって登録したんですから」
「〜〜ほ、ほーむぺーじ…?ついったぁ…?」
「パソコンや携帯でインターネット上で情報を世界中に公開したり、やり取りできるんですよ」
と、ゆずきさんは今度はタブレットという携帯より少し大きな画面の機械で、そのホームページとやらを見せてくれた。
指でタッチすると、次々に画面が変わっていく。支配人や副支配人の紹介、花組の顔写真と挨拶、公演日や座席、劇場までのアクセスなどが載っていた。紅蘭にもこの機械達を見せてやりたいな。きっと喜ぶだろうに…。
「随分、便利な世の中になったんだなぁ…」
「えぇ、でも、逆に人は孤独になりました…。誰かと常に繋がっていたくて、ネットを利用する人も増えているみたいですから…」
「繋がりたいのなら、ちゃんと顔を合わせて、話をすればいいのに…」
「それも今の時代、難しいんですよ…。今は家庭でも学校でも職場でも人と人とのつながりが希薄になってしまいましたからね…。不景気故の就職難、政治不信、凶悪事件の増加、イジメによる不登校、自殺者の増加…、現代人の心は今、とても荒んでいます…。だからこそ、私達・帝劇は彼らに夢の世界を見せてあげたいんです。ほんの一時でも嫌なことを忘れて、温かい気持ちになれるように…」
「そうか…。それは太正時代でも同じだったよ。人々の心に潜む魔を鎮める為に俺達は芝居を続けてきたからね」
「ふふっ、そうでしたか。ご安心下さい、あなた方の姿勢はちゃんと私達に受け継がれていますから」
さつきさんとゆずきさんの言う通り、街はどことなく暗く感じる。往来している人々の数は俺達の時代より多いはずなのに、皆、携帯をいじったり、音楽を聞いたりして、自分の世界に閉じこもって…。
俺達の時代は、店の主人も街で会う人達も皆、顔馴染みで、街のいたる所から元気な挨拶や明るい会話が聞こえてきたものだが…。〜〜時代が変わってしまったのだろう…。
「そろそろ劇場が見えてきますよ。ご案内しますね」
さつきさんとゆずきさんに連れられ、俺は21世紀の大帝国劇場を目指した。
「未来への絆〜21世紀の子供達へ〜」その2へ
作戦指令室へ