藤枝かえで誕生日記念・特別短編小説2013
「君想ふ花」その4



「今から当『MoMo』プロダクションに所属するタレント達の勇姿をご覧頂きましょう!!」

自信満々に桃花さんが巨大モニターに向かって手を伸ばすと、画面に『蒸気甲冑』と呼ばれる桃花さんがつけているのと同じ装備を纏った、アイドルチックな5人組の女の子と6人組の男性グループが映し出された!

「うおお〜っ!!あれは超人気アイドル!終末ヒロイン『モモシロ』〜っ♪」

「きゃ〜っ!!『P−Boys』もいるわ〜っ♪」

「『ももたろう』の説明会にお越しの皆さ〜ん、こんにちは〜!P.A.S.S.第一部隊隊長のモモシロリーダー!ナナコ、16歳で〜っす♪」

「第二部隊隊長の城山優です。今日は僕達のもう一つのお仕事を説明会にいらしてくれた皆さんだけに特別にご覧に入れましょう」

「ま、まさかあの子達があの化け物と戦うってーのか!?」

「〜〜いや〜ん!すぐにやめさせて〜っ!!」

「フフ、ご安心を♪我々P.A.S.S.には秘密兵器がございましてよ!!」


桃花さんのキューでカメラが切り替わると…、

(あっ!あの子…!!)

白いワンピースを着た一人の少女…、さっき誠一郎がレコーディング室で出会った胡桃ちゃんが髪を風になびかせて、今私達のいるビルの屋上に出てくる姿がモニターに映った。

「ご紹介致します!この秋、我がプロダクションから歌手デビューが決まった天使の歌声を持つ少女!私の自慢の一人娘・KURUMIです!!」

「む、娘ですって…!?」


桃花さんが歌番組の司会者のように紹介すると、屋上にいる胡桃ちゃんは眼下に広がる降魔の群れを見渡し、天に祈るように手を組んで静かに息を吸い込むと、唇をゆっくり開いて声帯を震わせ始めた。

「――『風の怒り 月の祈り 雪の灯り 星の涙 夢見る花は愛を奏で…♪』」

「おぉ〜!なんて透き通った歌声なんだ…!!」

「お顔も桃花様に似て、なんと愛らしい…♪」

「――『壊れゆく世界に 天使は堕ち 神の子は天に 許しを請う…♪』」

「胡桃ちゃん…」


美しくもどこか悲哀を感じるアカペラの歌声に降魔達も気がつくと、屋上で歌っている胡桃ちゃんを見つけ、翼を広げて襲いかかってきた!!

「〜〜危ない…っ!!」

降魔の鋭い爪が胡桃ちゃんの小さな体に食い込もうとした瞬間、彼女の体の周りに不思議な光のバリアーができて、それに触れた降魔達は一瞬で塵と化した…!!

「おぉ〜っ!!」

「あれは霊力でしょうか…!?」

「しかも、アイリスに匹敵するクラスだわ…!」

「あの娘には生まれつき不思議な力がありますの。人間以外の動物と心を通わすことができる特殊能力がね…」

「――『聖なる闇 漆黒の光 その翼で あなたの愛で 私をここから連れ出して…♪』」


胡桃ちゃんが全身に纏っている光のキラキラオーラは、まるでステージで曲を披露するアイドルの演出のようだ。

胡桃ちゃんがそのまま歌いながら前へ進んでいくと、そこから見える大帝国劇場近辺にも彼女の美しい歌声が届いて、不思議と群れを成していた全ての降魔達の動きが鈍くなった。

「降魔がおとなしくなった…!?」

「なんて力なの…。〜〜あの子は一体…!?」

「――今よ!『P.A.S.S.』第一・第二部隊、出動っ!!」

『了解!!』『了解!!』


通信越しに桃花社長から命令を受けると、第一・第二部隊のアイドル達がつけている蒸気甲冑から蒸気が噴射されて霊力が満タンに充填され、隊員達は皆、人間離れした驚異的な戦闘能力で刀・弓・槍・銃など様々な武器を用いて、弱まった降魔達をあっという間に全滅させてしまった!

「うおお〜っ!!ナナコ萌え〜っ♪」

「さっすが私の優君だわ〜っ♪」

『――社長、任務完了したよ!』

「ご苦労様。死体はこちらで処理しておくから、あなた達は帰投しなさい」

『了解!』

『それじゃ皆、まったね〜♪』


第一・第二部隊との通信を終えると、自動的にモニターの電源が切れて収納されていった。

暗室になっていたレッスン室が元の明るさに戻ると、興奮冷めやらぬという感じで騒いでいる父兄達が大勢目に入った。

「皆さ〜ん、P.A.S.S.の活躍、ご覧になって頂けました〜?」

「す、すごかったッス!!」

「さっすが桃花様だわぁ〜♪」

「ウフッ!実戦は今回が初めてだったのですけど、うまく機能してよかったわ♪」

「……か、かえでさん…」

「〜〜…っ」


まるで現実離れしたSFの活動写真でも観た後のように私と一郎君が放心状態でいると、再びさくらからキネマトロンに通信が入った。

『あの…、出撃命令は取り下げられました。何だかP.A.S.S.っていう特殊部隊が降魔を全部倒しちゃったみたいで…』

「……知ってるわ」

『え?あ…、かえでさ――!?』


――プツッ!

冷静にキネマトロンの通信を切った途端、怒りにも敗北感にも似た複雑な感情が込み上げて来て、私はキネマトロンを握っている拳をぷるぷると震わせた…。

「――藤倉社長がいたぞーっ!!」

そこへ、あらかじめ用意しておいたように新聞社や雑誌社の記者達と蒸気ビデオカメラを担いだ各局のカメラマン達がこぞって押しかけてきて、したり顔で胸を張っている桃花社長にたくさんのフラッシュを浴びせた!

「〜〜きゃ…っ!?なっ、何なの…!?」

「社長ーっ!P.A.S.S.の初戦、大勝利でしたね!!」

「あの子達は我がプロダクションに所属するタレントであり、帝都の平和を守る戦士でもあるわけですけれど、軍人のように特別な訓練を受けているわけではありませんの。金食い虫で知られる帝国華撃団の戦闘人型蒸気とは違い、我が社の特殊技術開発チームが造り出したこの蒸気甲冑をつければ、霊力などという特殊な力がなくても人型蒸気と同ランクの防御力を持つことができ、戦闘技術を修めていなくても降魔どもと互角に渡り合える戦闘能力を瞬時に体にインプットさせることができるのです!!」

「〜〜んなぁ…っ!?」

「おおおお〜っ!!」

「それは帝国華撃団にライバル宣言するということでよろしいですね!?」

「フフッ、そう取ってもらって構いませんわ。帝国華撃団というのはスポンサーから援助される資金だけでなく、私達・帝都市民の血税も使わなければ経営を回していけないだけでなく、たった8機の人型蒸気を現場に向かわせる為に陸軍や海軍と譲歩し合わなければならなくて逆に被害が拡大したりと、大人の事情が絡み合った非常に面倒くさいヒーロー組織です」

「な、何よ、それ!?」

「〜〜お言葉ですが、帝国華撃団は税金なんて一切…っ!!」

「…あら?そこのお二人さん、もしかして帝国華撃団の関係者の方?」

「おぉっ!?本当ですか!?」

「是非、お話を!!」

「あ…。〜〜いえ…、そういうわけではありませんが…、もう少し他に言い方があるのではないかと――!」

「――いいのよ、一郎君。…ここで議論をしても、無駄に記者に突っ込まれるだけだわ」

「…すみません」


一郎君が渋々着席すると、桃花さんは勝ち誇ったような笑みを浮かべながら話を続けた。

「その点、我が『P.A.S.S.』は独自のルートで多額の資金を調達できるだけでなく、敵が現れ次第、帝都の各所に点在する兄弟事務所から短時間で大量の兵士を投入することができるのです!!」

「おぉ〜っ!!」

「その独自の資金ルートというのは…!?」

「フフッ、それは企業秘密です♪」

「……何か…、思いっ切り悪者にされてますね、俺達…」

「…挑発に乗ったら駄目よ、一郎君?〜〜ああやってマスコミに名前を売って、あわよくば政府から援助金をもらおうとしてるだけなんだから、あの女は…っ!!」

「〜〜そう言う母さんが一番挑発に乗っちゃってる気がするんだけど…」


確かに運営費や光武なんかの維持費には莫大なお金がかかっちゃってるかもしれないけど、あれはどう見ても営業妨害よっ!!〜〜名誉棄損も甚だしいわ…っ!!

「帝都日報ですが、質問よろしいでしょうか?」

「えぇ、どうぞ」

「社長は何故、『戦う芸能プロダクション』をつくろうと思われたのですか?」

「私が『MoMo』プロダクションを設立したのは、帝都の平和を守りたい一心からです。設立から半年が経ってしまいましたが、今日ようやく準備が整い、こうして皆様に私達のもう一つの活動をお披露目することができました。普段は芸能活動で皆さんに夢を与えることによって人々の心に巣食う魔を鎮め、ひとたび帝都を脅かす魔の者が現れれば社員一丸となってこれを討ち、帝都で暮らす人々の暮らしを守る!それが我が社のもう一つの顔『P.A.S.S.』の存在意義なのですっ!!」

「おおおお〜っ!!」

「いいぞ〜!ピーッ、ピーッ♪」

「……帝撃のモットー、丸パクリですね…」

「〜〜秘密組織じゃなきゃ今頃、あの女をぎゃふんと言わせてやれるのに…っ!!」

「ねぇねぇ母ちゃーん、僕も入ったらウルトラライダーみたいになれるのー?」

「そ、そうねぇ…。でも、子供にそんな危険なことさせられないわ…」

「ご安心下さい。先程出撃した者達は、約5万人いる全社員のうちのほんの一握りに過ぎません。全ての社員は入社の際にそれぞれ役割が決められて、先程もお話しした特殊技術開発チームのように研究だけに専念する者やタレントという職業を生かして諜報活動に励む者など、戦場には立たず、我が社を陰から支援してくれている社員も大勢います。前線での戦いに自信がない方は契約の際にお申し出頂ければ、そちらの部署に優先的に配属させて頂きますわ。もちろん、普段の芸能活動は戦闘チームの皆さんと同じように全力でバックアップさせて頂きます!戦闘報酬は能力に応じてボーナスとして毎回支払うつもりですわ。もちろん、ギャラとは別でね♪」

「おぉ〜っ!!」

「ホ…ッ、それを聞いて安心したわ」


〜〜要するに、風組や月組のパクリってわけね…。

「審査に合格された皆さ〜ん、あなた方は選ばれた正義の味方なのです!是非、この『ももたろう』に入って芸を磨き、いずれは『MoMo』プロダクションの一員として、芸能界のスタァ達と帝都の明日を担っていこうではありませんか…!!」

「うおおおお〜っ!!ワンダホ〜ッ!!」

「是非、うちの子を入所させて頂戴〜っ!!」

「俺んとこの坊主も頼むよ、社長さん!!」

「ホホホホ…!入所願書はあちらにいる事務員にお願いしますね〜♪」


桃花社長に群がる父兄や子供達を記者達はパシャパシャと撮影している。

〜〜いつの間に説明会から記者会見になっちゃったのかしらね…?

「マスコミの前で自分達の正体をあんなに堂々とバラすとは…」

「…帰るわよ、二人ともっ!」

「えーっ!?」

「ごめんな、誠一郎?帰ったら、もっと良い養成所を探してやるから…」

「……そうだね…。わかったよ…」


ガッカリしている顔を私達に見せまいと誠一郎はうつむきながら、私と一郎君と手を繋いで、レッスン室を後にした…。

「まさか一企業の財力で、あそこまで帝国華撃団の真似事ができるとは思いませんでしたね…」

「そうね…。……あれでうちに宣戦布告さえしなかったら共闘も考えてあげたんだけど。フフフッ♪」

「〜〜あ…ははは…。しかし、いくらうちの帝国歌劇団がライバルにあたるとはいえ、あそこまでライバル心剥き出しで突っかかってくるのは何故なんでしょうか?それに何故、あんなに詳しく帝撃の秘密を…?」

「…そこが引っかかるのよね。帝撃の一員である私達が参加した説明会でタイミングを計ったように降魔の群れが現れ、P.A.S.S.は晴れてマスコミの前でお披露目となった…。…出来過ぎてると思わない?」

「…確かに。それに、あのKURUMIとかいう少女は一体…?」

「〜〜胡桃ちゃんは良い子だよ…っ!?」

「え?」

「誠一郎、あの娘と知り合いなのか?」

「うん。さっきね――!」

「――大神君!」

「…え?」


私達がビルから出ようとした時、桃花さんが息を切らして追いかけてきた。

「やっと追いついたわ…。フフッ、途中で帰っちゃうなんてひどいじゃな〜い♪」

「ふ、藤倉社長!?」

「ふふっ、水臭いわねぇ、大神君ったら。桃花でいいわよ、昔みたいにね?」

「え…?」

「さっきはゆっくり話せなくてごめんなさい…。でも、本当に久し振りよねぇ。大神君ったら、素敵なパパになっちゃって♪」

「〜〜一郎く〜ん?どういうことかしら〜!?」

「〜〜いぃっ!?か、かえでさん、誤解ですって!!俺と彼女は初対面なんですから…っ!!」

「ふ〜ん…。彼女の話を聞く限り、とてもそうは思えないけど…?」

「P.A.S.S.のデビューを大神君も見ていてくれたことが嬉しくて…!海軍士官学校に通ってた頃、よく一緒に話をしたわよね?いつかP.A.S.S.みたいなヒーロー組織を作って、二人で帝都の平和を守っていこうって…♪」

「え…?〜〜えぇ〜っ!?」

「ふふっ、やぁだ、忘れちゃったの〜?…もしかして奥さんと息子さんの前だから照れちゃってる?」


〜〜この女ぁ…っ、私の一郎君にベタベタしてくれちゃってぇ…っ!!

「〜〜残念ですけどっ!!私達は帝国華撃団を家族ぐるみで応援しておりますもので、ライバルの養成所に入れさせるつもりはございませんの!わざわざご挨拶頂き、ありがとうございました〜。どうぞ説明会にお戻り下さ〜い♪」

「……そうよね。大神君、結婚したんですもの…。〜〜元カノの私と今さら再会を果たしても迷惑なだけよね…?」

「〜〜も…っ、元カノ!?」

「〜〜い・ち・ろ・う・く〜んっ!?」

「〜〜いででででっ!!かえでさん、ハイヒールが靴に食い込んでますって〜!!」

「〜〜男らしく認めたらどうなのっ!?相手の社長さんにも失礼でしょ!?」

「本当に俺は知らないんですって…!!――失礼ですが、誰かと勘違いされてるんじゃありませんか?確かに自分の名は大神で、海軍士官学校にも通ってましたが、あなたと机を並べて学んだ記憶は…」

「フフッ、明日にはすっかり私のことを思い出してるはずよ?――あなたは私とかえでさんのどちらを本当は愛しているのかもね…♪」

「な…!?〜〜うぅ…っ!」

「一郎君…っ!?」


頭を抱えてうずくまってしまった一郎君を抱きしめながら、私はキッと桃花さんを睨みつけた!

「…彼に何をしたの!?」

「フフ、何も?私はただ取締役として、同業者の帝国華撃団の司令さんと副司令さんにご挨拶に伺っただけですわ」

「どうして帝国華撃団の機密を知ってるの!?あなたは一体…!?」

「フフッ、あなたもすぐ帝国華撃団と同じように消えることになるわ。…クロノス様によってね♪」

「〜〜ク…ッ、クロノス…だと…!?」

「ウフフッ!大神く〜ん、帝国華撃団なんて辞めて、私の会社で副社長として働かない?私ならかえでさんより、あなたの才能をもっともっと引き出してあげられるわ♪そうすれば、誠一郎君をうちの養成所の特待生として迎えてあげてもいいんだけど…?」

「はぁはぁ…っ、…お断りします!俺は総司令として帝国華撃団に骨を埋める覚悟で日々の任務にあたっています!副司令のあやめさんとかえでさんの夫として、愛する家族と帝都を生涯守っていくと決めましたから…!!」

「一郎君…♪」

「…フフッ、大神君らしい答えだこと。昔とちっとも変わってないわ…」

「――社長、記者会見の準備が整いました」

「…わかったわ。――またね、大神君。奥さんに愛想を尽かしたら、いつでもいらっしゃい♪」

「〜〜んな…っ!?」


桃花さんはかき回すだけかき回して、秘書らしき男性と帰っていった…。

〜〜一体何だったの…?……でも、丸っきり嘘をついてるようには見えなかったわ…。

一郎君と士官学校で一緒だったって言ってたけど、本当に昔から彼を知ってるような口ぶりだったし…。

「…立てる?頭はもう平気?」

「もう大丈夫です…。ありがとうございます、かえでさん」

「お礼を言うのは私の方だわ。さっきの一郎君の言葉…♪」

「あ…♪」

「ふふっ、ありがとう。格好良かったわよー、一郎君!惚れ直しちゃった♪」


チュッと唇にキスしてあげると、一郎君は照れくさそうに笑いながら立ち上がった。

「ははは…♪――あれ?誠一郎は…?」

「…え?」



「――はぁはぁはぁはぁ…!」


その頃、誠一郎はどこにいたのかというと、私達が話している間にこっそり抜け出したようで、息を切らしながら屋上へ向かう階段を上っていた。

一方、霊力を使いながら歌っていた胡桃ちゃんはまだ一人で屋上に残っていた。

P.A.S.S.の社員達が降魔の死体を回収するのを見つめながら、スケッチブックにクレヨンで絵を描いているらしい。

虹がかかった青空を天使が飛んでいる…、子供らしいが、見ていると心が温まってくる綺麗な絵だ…。

「――はぁはぁ…、胡桃ちゃーん!」

「…!?せ、誠一郎君…!」


誠一郎が来て、胡桃ちゃんは見られないようにスケッチブックを慌てて後ろ手に隠した…!

「よかった〜、まだここにいたんだね?さっきの戦い見たよ!いっぱい霊力使ってたけど、大丈夫?」

「〜〜だ、大丈夫だから…、放っといて…」

「ご、ごめん…。でも僕、心配で…。霊力を使った後は、すっごく疲れちゃうって聞いたことあるからさ…」

「……」

「あ、あのね!さっきの歌、すっごく上手だったよ!!さっき一生懸命練習してたもんね?」

「……」

「〜〜えーっと…。でっ、でも、すごいなー!あんなに有名な女優さんがお母さんなんて羨ましいよ!」

「…誠一郎君のお母さんだって、綺麗な人じゃない」

「そ、そうかな?あはは…!母さんが聞いたら喜ぶよ、きっと!」

「……」

「……。〜〜えっとぉ…」


人見知りの誠一郎は普段は自分から積極的に話すことなど滅多にしないし、なでしことひまわり以外の同世代の女の子と話すのも今日が初めてなので、こういう時、どういう話をすれば彼女は喜んでくれるのか、まるで見当がつかないでいる…。

と、その時、微妙な二人の空気を見かねたのか、まるで天使がイタズラしたみたいに強い風が吹いてきて…!

「わ…っ!?」

「――っ!あぁ…っ!?」


そのせいで天使と青空の描きかけの絵がスケッチブックから飛んでしまい、ヒラリと誠一郎の足元に落ちた。

「…?これは…」

「〜〜あぁ…!」


拾って、じっと自分の絵を見つめている誠一郎に胡桃ちゃんは恥ずかしさのあまり半ベソになりながら顔を両手で覆い、指の隙間から誠一郎の反応を伺っている…。

「〜〜そ、そんなに見ないでぇ…」

「…これ、胡桃ちゃんが描いたの?」

「……う、うん…」

「すごいや!胡桃ちゃんって歌だけじゃなくて、絵も上手なんだねー!」

「え…?」

「これはここから見た景色?」

「う、うん。ここはあんまり人が来ないから、絵に集中できるんだ…」

「そうなんだー。すっごく素敵な絵だと思うよ!」

「あ…、……ありがと…」


誠一郎のお父さん譲りの天然たらし調口説き台詞に、胡桃ちゃんの顔が赤くなった。

「他の絵も見てみたいなー!今ある?」

「えぇ。絵なら全部このスケッチブックに――」

「――誠一郎!」

「あ…、父さん、母さん!」


私と一郎君が屋上へやって来たのがわかると、胡桃ちゃんはハッと笑顔が固くなって、誠一郎の後ろに隠れた。

「んもう…、こんな所で何やってるの!?」

「黙っていなくなるから心配したんだぞ?」

「ご、ごめんなさい…。帰る前にどうしても胡桃ちゃんに会いたくて…」

「ん…?――あぁ、君が胡桃ちゃんか。こんにちは」

「…っ!〜〜こ…っ、こ…んにち…は…」

「…誠一郎に近づくよう、ママから頼まれたのかしら?」

「〜〜…っ!!」

「か、かえでさん…!」

「一郎君は黙ってて!…私はこの娘に聞いてるんだから」

「〜〜あ…、あの…私……」


私が睨んでいるせいで、胡桃ちゃんはひどく怯えているようだ…。

「ち、違うよ、母さん!僕が勝手に胡桃ちゃんに会いに来ただけなんだ…!!」

「…いい、誠一郎!?これからは一切、この娘に近づいちゃ駄目よ!?ここにも来ちゃ駄目!!」

「え…!?ど、どうして!?」

「5歳のお前にどう説明すればいいのか悩むが…、…とにかく、ここの事務所とあの社長さんは謎が多くて危険なんだよ!」

「父さんと母さんの言うこと聞けるわよね?返事は!?」

「……はぁい…」


誠一郎はしばらく悲しそうに胡桃ちゃんを見つめると、渋々首を縦に振った。

「…良い子ね。さぁ、帰るわよ?」

「今日はよく頑張ったから、ミルクホールに寄って帰ろうか?」

「……うん…」

「あ…!」


胡桃ちゃんは私達に気づかれないように、スケッチブックの端を破ったメモをこっそり誠一郎に握らせた。

「…え?」

「――それ、私の蒸気携帯電話のアドレス…。…よかったらメールして?」

「胡桃ちゃん…。…うん!」

「何してるんだー、誠一郎?」

「置いてっちゃうわよー?」

「今行くー!――じゃあ、今夜…♪」

「うん…♪」


私達と手を繋ぎながら誠一郎がウィンクすると、胡桃ちゃんも嬉しそうに目を細めて手を振り返すのだった…。


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