藤枝かえで誕生日記念・特別短編小説2013
「君想ふ花」その2



「――『ねぇねぇ、おばあさん。どうしておばあさんのお耳はそんなに大きいの?』」

「『それはね赤ずきん、お前の可愛い声がよく聞こえるようにだよ』」

「『そうなんだ〜。じゃあじゃあ、どうしておばあさんのお口はそんなに大きいの?』

「『それはね赤ずきん…、――ちっこいお前を頭から食ってやる為さぁ〜っ!!』」

「『きゃあああ〜っ!!』」

「〜〜ひええっ!!」

「ふふふっ、カンナのオオカミ、迫力あるでしょ?」

「う、うん…。さすが2mあるだけはあるね!」


その頃、誠一郎はなでしこが教えてくれた通り、あやめ姉さんと客席に座って、アイリスが主役を務める冬公演『赤ずきん』の稽古を見学していた。

今は、赤ずきん役のアイリスがおばあさんに化けていたオオカミ役のカンナに一飲みにされてしまうシーン。

怖がりの誠一郎はハラハラドキドキしながらも、瞳をキラキラさせて、熱心に花組のお稽古を見守っている。

「誠一郎君はお芝居好き?」

「うんっ!大好き!!お芝居してる時の花組のお姉ちゃん達って、戦ってる時と同じくらい格好良いよね!」

「ふふっ、そうね。でも、お芝居ってね、舞台に立ってる役者さんだけじゃなくて、私やお父さんのような裏で支えているスタッフもいて成り立つものなのよ?ほら、あそこで照明を動かしてるおじさんもそうだし、舞台袖にいるあのお姉さんは、花組のお姉ちゃん達の綺麗な衣装をいつも作ってくれてるんだから」

「そっかぁ。いっぱいの人が力を合わせることで、初めて舞台は成功するんだね!それって、敵と戦う時も同じことが言えるよね?」

「えぇ、そうよ。私達・帝国華撃団は帝都で暮らす人達の生活と笑顔を守る為に組同士で協力し合っているの。その連携が上手くいくように指示を出したり、お手伝いして支えたりするのがお父さんとお母さんのお仕事なのよ?」

「『ていこくかげきだん』のお仕事って、大変だけど、とっても大事なものなんだね!僕も大きくなったら、ああいう舞台を作って、たくさんの人を感動させてみたいなぁ!」

「ふふっ、お父さんとお母さんが聞いたら喜ぶわよ〜?」

「えへへ、そうかな…♪」


――あっ、誠一郎ったらあんな所にいるわ!

「誠一郎!ハァ…、ここにいたのね?」

「あっ!おはよう、母さん。今、あやめおばちゃんとお稽古を見学してるんだけど、母さんも一緒に観ない?」

「そんな暇はないでしょ!?今日はかなで寮に行って、音子お姉ちゃんにピアノを教えてもらう日なんだから…、早く準備してらっしゃい!」

「え〜!?〜〜でも、8時半からウルトラライダーが…」

「紅蘭お姉ちゃんに頼んで、蒸気ビデオレコーダーに録画してもらいなさい!朝ご飯食べたら、時間までお部屋でそろばんの復習するお約束だったでしょ!?」

「〜〜はぁい…」


肩を落としながらトボトボと客席を後にしていく誠一郎をあやめ姉さんが気の毒そうな顔で見送った。

「…少し厳しくしすぎなんじゃない?」

「誠一郎は男の子なんだから、いずれは一郎君みたいに帝撃を継ぐことになるの!小さいうちから私達がお尻を叩いて教養を身に着けさせてあげなくちゃ!あの子は普通の子とは背負ってるものが違うんだから…」

「そうは言ってもまだ5歳なんだし、今のキツキツのスケジュールじゃ身が持たないわよ?学校へ上がるまでは、興味を持ったお稽古事だけやらせてみたらどうかしら?さっき話してみた感じだと、誠一郎君、舞台作りにとっても興味を示してたみたいよ?」

「子供のうちは色々な経験をさせて、色々な世界に触れさせといた方がいいのよ!どんな分野の知識も芝居を作る上では役立つってこと、姉さんだってわかってるでしょ?」

「そうかもしれないけど…。〜〜ハァ…、反抗期が早まっても知らないわよ?」

「ふふっ、やぁねぇ。誠一郎に限ってありえないわよ♪」

「――あ…!ここだったんですね、かえでさん」

「あら、一郎君!」

「おはよう」

「おはようございます、あやめさん。――かえでさん、奏組の音子君から電話ですよ。今日の課題曲はどれがいいか、意見を伺いたいそうです」

「そう、わかったわ。それじゃ、一郎君♪誠一郎のことは私に任せて、今日もお仕事頑張るのよ?ん〜チュッ♪」

「は、はぁ…?」

「ふふっ、じゃあ私、誠一郎と朝ご飯食べてくるから〜♪」


一郎君のネクタイを結び直してやりながら唇にキスし、意気揚揚と客席を出て行った私の背中を一郎君は目を丸くして見送った。

「〜〜かえでさん…、朝からパワフルですね…」

「…かえでも必死なのよ。長男を授かったことに少なからずプレッシャーを感じてるのかもしれないわね…」

「俺としては、なでしことひまわりと3人で帝撃を継いでもらうのが理想なんですけどね…」

「私もよ。でも、親が家の事情で子供達の未来の可能性を摘んじゃうのは良くないわよね…。誠一郎君だって大人になったら違う夢ができるかもしれないし、なでしことひまわりも婿を取らずに違う家へお嫁に行っちゃうかもしれないし…」

「〜〜かえでさん、誠一郎の習い事を勝手にどんどん増やしちゃうんですよね…。少しは旦那の俺に相談してくれてもいいのに…」

「ふふっ、あの子は昔から負けず嫌いなところがあるから…、他の家がさせてるって聞くと、自分の子にもさせたくなっちゃうんでしょうね。誠一郎君の為とは言いながら、結局は親の自己満足でやってるとしか私は思えないけど…。〜〜クロノスの一件が解決してないんだから気をつけろって言ってるのに…、あの調子じゃ、そこまで気が回りそうもないわね…」

「そういえば今朝、かえでさんがクロノスの夢を見たと言ってました。明後日はかえでさんの誕生日ですし、何も起こらないといいですが…」

「そうね。化け猫事件以来、向こうもこちらの出方を見てるのか不気味なくらい静かだけど…」

「相手は時空を操る神ですからね、警戒は怠らないようにしないと…!」

「えぇ。いい機会だから、今まででわかったことを整理してみましょうか?」

「了解です!――今の段階で分かっているのは、世界にはこことよく似た無数のパラレル・ワールドが空間を隔て、交わることなく存在していること。そして、俺達が暮らしているこの世界は本来ならばあやめさんとかえでさんはあの夏祭りの日に死亡し、藤枝家と同じ藤堂一族の末裔である藤倉家の梨子さんと桃花さん姉妹が生き延びる運命であったこと。そして、俺はその二人と結婚して子供を設けるはずだった…ですよね?」

「えぇ。私達・4人の運命を変えたのはミカエル…。かつて、私とかえでの母親として、この世界に生を受けていた人物よ。梨子さんによると、私とかえでの運命を知ったお母様は神に頼み込んで、事故の犠牲者をすり替えてしまったみたい…。でも、そのせいで世界に矛盾が生じてしまい、遠い未来でこの世界を含めたパラレル・ワールド全てが滅びの道を辿ることになってしまったらしいの。今、ミカエルを巡って天上界では争いが起きているみたいだけど…」

「だから、神は世界を滅亡から救う為に時空の神・クロノスに歴史の矛盾を失くしてくるように命じたんでしたね。本来ならば存在するはずのないあやめさんとかえでさんを消し、梨子さんと桃花さんをこの世界に生き返らせて、この世界の運命を正しい歴史軸上に戻そうとしていると…」

「そうね…。他の世界との交わりが消えたことで一郎君と子供達の記憶が元に戻ったのはよかったけど、根本的な解決には至っていないのが現状よ」

「でも、あやめさんとかえでさんが生きているというだけで、どうして世界が破滅に向かうことになるんでしょう?」

「それに、ぼたんお母様が神をそそのかして私達の運命を無理矢理変えさせたというのも信じられないわ。〜〜いくらお腹を痛めて産んだ我が子を救いたいとはいえ…」

「大天使といえども、元は人間…だからでしょうか?」

「……そうなのかもしれないわね…。〜〜私もお母様と同じ立場だったら、なでしことひまわりを救う為に同じタブーを犯してしまうかもしれないもの…」

「あやめさん…」

「…ふふっ、ごめんなさい。副司令の私が感情に振り回されて冷静さを失ったらいけないわよね?ともかく、誠一郎君の今後について、一度かえでとゆっくり話してみたら?」

「はい、そうしてみます」

「それでも、あの娘がうるさいことを言ってきたら力を貸すわよ。私は誠一郎君の叔母ですもの、関係ないとは言わせないわ♪」

「はは、そうですね。ありがとうございます、あやめさん」

「ふふっ!じゃあ、私達も朝ご飯食べに行きましょうか?」

「了解です!相談に乗ってくれたお礼に俺がおごりますよ」

「あら、本当?じゃあ、そのお礼に朝風呂で背中流してあげようかな…♪かえでには内緒よ?」

「…ごくっ!で…、では大浴場に行きましょうか!朝風呂はやっぱり朝飯前に限りますよね…♪」

「ふふっ、一郎君ったら…♪」


一郎君があやめ姉さんの腰にいやらしく手を回しながら退場しようとしたその時…!

――カーンッ!!

「〜〜いってぇ〜…」

「〜〜だ…、大丈夫、一郎君!?」


舞台から飛んできた小道具の斧(多分、劇中で猟師役のマリアが使うものだろう)が一郎君の頭に見事クリーンヒット!

原因はすみれのようで、いつものように稽古を中断して、カンナに小道具を手当たり次第投げつけていた。

「〜〜何度言えばわかりますの、カンナさんっ!?あなたがデカブツなせいで私にスポットライトが全っ然当たらないではありませんかっ!!」

「うるっせぇなぁ!おめぇは赤ずきんのばあさんなんだから、脇役らしく脇に引っ込んでろよ!!」

「…フフン、なるほど〜。あなたは嫉妬してらっしゃいますのね?先日、トップスタァの私がア・メ〜リカのチュピルバーグ監督から新作の活動写真に出ないかとオファーを受けたことに!!」

「はぁ?…あぁ、そういえばこの前、あやめさんがそれらしいこと言ってたっけな。そのスピリチュアル監督ってそんなに有名なのか?」

「〜〜スピリチュアルじゃなくてチュピルバーグですわっ!!フフン、まぁ、英語を理解できないあなたにアメリカの活動写真を観ろというのも無理な話でしょうけど」

「ケッ、おめぇに言われたくねぇよ!」

「帝劇のトップスタァ・神崎すみれは、今や日本を代表するトップスタァですもの!海外メディアの目に留まってしまうのも無理ありませんわよねぇ。悔しくて当たりたいのなら好きなだけ当たるがいいですわ!それであなたの嫉妬の炎が消えるのなら♪おっほほほほほ…!!」

「へへーんだ!渡米する前にそのシワをどうにかしろよっ!あんましギャアギャア騒いでっと、今に本物のばあさんみたくしわくちゃになって、全米の笑い者になるぞ〜?」

「〜〜きぃ〜っ!!何ですってぇ〜っ!?」

「〜〜ハァ…、またすみれ君とカンナの喧嘩が始まったか…」

「ふふっ、ここは支配人見習い君の出番ね。お仕事ちゃんと終わらせてから戻ってらっしゃい?」

「〜〜はぁい…」




意気消沈の一郎君がすみれとカンナの仲裁に手こずっていた頃、かなで寮に到着した私は早速、誠一郎が音子さんにピアノのレッスンを受けるのを隣で見守ることにした。

「――それじゃあ、今のところもう一回やってみようか?」

「はい!――えっと…、ド…レ……」


――ピーンッ!!

「〜〜あ、あれ…?」

「んもう、違うでしょっ!?次はミのシャープ!!ここよ、ここ!!黒い鍵盤!!」

「あ…、そっか」

「指はこうっ!!流れるように動かすのよ!!バレエでも習ったでしょう!?」

「〜〜いたたっ!痛いよ、母さん…!!」

「だ、大丈夫ですよ、かえでさん!5歳で楽譜読めるってだけでも、すっごいことですし…!!」

「ハァ…、ごめんなさいね?あなただって練習があるのに付き合わせちゃったりして…」

「そ、そそそそんな…!私の方こそ、人に教えるなんて初めてで上手くできてないかもしれませんけど…」

「そんなことないよ!音子お姉ちゃんの教え方、すっごくわかりやすいよ!?」

「ほ、本当!?」

「うんっ!お陰で僕、ピアノが楽しくなってきちゃった!〜〜才能の方はからっきしだけどね…」

「そこは努力でカバーするのよ!大帝国劇場の支配人になったら、奏組が演奏する音楽のことも、しっかり勉強しないといけないんですからねっ!?」

「〜〜はぁい…。でも、音子お姉ちゃんみたいに上手く弾けるようになるかなぁ…?」

「あっ、あのね、始めから上手にやろうと思わなくていいんだよ!?まずは音楽をもっと好きになることから始めたらどうかな?せっかくの演奏もつまらなそうに弾いてたら聞いてる人の心には響かないでしょ?」

「心に響かせる…か。それって花組のお姉ちゃん達のお芝居と同じだね!」

「ふふ、そういうこと♪ピアノに慣れないうちは楽譜の通りにやろうとしなくていいから、自分の好きなように音を楽しんでごらん?」

「うんっ!僕、やってみるよ、音子先生!」

「せ、先生…」

「あ…、先生って呼ぶの…変だったかな?」

「じ〜ん…♪ううん、すっごく感動〜!それじゃ、もう一回頭からやってみようか!間違えてもいいから、最後まで通してみよ?」

「はいっ、音子先生!」


ふふっ、人見知りな誠一郎だけど、音子さんにはすっかり懐いてるわね。

「――素直な子は上達が早いですわね」

「あら、寮母さん。朝早くから押しかけちゃってすみません…」

「フフ、とんでもない。副支配人がいらして下さるなんて光栄ですわ。レッスンが終わるまでお茶でもいかがです?丁度、洋梨のタルトが焼けたところですの」

「まぁ、ありがとうございます!」


寮母の清流院笙さん手作りの美味しいタルトをごちそうになって、ホッと一息♪

ハァ…、後に引かない程良い甘みが体と頭の疲れを取ってくれるわ。最近、誠一郎のことでカリカリしてばっかりだったものね…。

「将来が楽しみですわね、誠一郎君」

「あの子は長男ですからね、いずれは大学で経営学を学ばせようと思ってまして」

「まぁ、そうですか。可愛いお顔をされてるから、支配人業だけじゃ勿体ないと思いますけどねぇ。上手くすれば、将来は帝劇の看板俳優になれるかも?」

「ふふっ、そんな大袈裟ですわ。でも、近いうちに演技の勉強もさせようと思ってますの。帝撃には乙女組のような子役を養成する機関がまだありませんから、主人と姉と作ろうかどうか相談しているところなのですけど…」

「子役…ねぇ。そういえば今朝、こんなものが新聞の折り込みに入っていたのですけれど…」


と、笙さんが見せてくれたのは、銀座に新しくできたばかりの子役養成所のチラシだった。

「子役養成所『ももたろう』…?」

「『MoMo』という大手芸能プロダクションの社長が経営しているそうですわ。丁度明日、適性試験を兼ねた入所説明会があるそうですし、同年代の子供達がどれくらいのレベルなのかを知る良い機会だと思いますよ?」


『MoMo』…か。横文字の社名ってところが欧米文化の急速的な浸透を物語ってるわね…。笙さんが言うには有名な事務所らしいけど、初耳だわ。

…でも、同年代の子達と切磋琢磨し合って演技力を磨かせるのも悪くないわね。

「ありがとうございます。主人と検討してみますわ」

うまくすれば誠一郎の人見知りも治るかもしれないし、事務所と仲良くしておけば帝劇の仕事の幅も増えるだろうしね!



「――すー…くー…」

そろばん教室から帰ってきた時には、もう夜の8時を過ぎていた。

今日も一日頑張った誠一郎はパジャマに着替えるなり屋根裏部屋のベッドに倒れ込み、そのまま熟睡してしまった。

「……誠一郎、もう寝ちゃってる…」

「仕方ないわよ。――今日も一日ご苦労様♪」

「よくやるよね〜、誠一郎も。あんなスケジュール、ひまわりなら一日でばたんきゅ〜だよ」

「ふふ、そうね。……でも誠一郎ってば可哀想…。一家の長男って大変なのね…」

「イヤならイヤって、はっきり言っちゃえばいいのに…。〜〜誠一郎がいないと遊んでてもつまんないよぉ…」

「なんだかんだ言っても、ひまわりは誠一郎のことだ〜い好きだものね?」

「〜〜そ…っ、そんなんじゃないもんっ!!ただ、からかう相手がいないとつまんないってゆーか…!!」

「ふふっ、はいはい♪さ、私達も寝ましょ?」

「はぁーい」


なでしこが枕元にある電気スタンドの電気を消すと、ひまわりも素直にベッドに潜った。

そして、隣で熟睡している誠一郎の寝顔をじっと見つめた。

(――誠一郎、明日は一緒に遊べるといいな…)



「――ああああ〜ん、一郎くぅ〜んっ♪」


その頃、母親の私はというと…、隊長室で一郎君と今朝の続きをたっぷり楽しんでいた♪

「ふふっ、今夜も最高だったわ、一郎君♪ん〜っ、ストレス解消〜!」

「〜〜ぜぇぜぇ…。かえでさん、疲れないんですか…?今日だって一日中動きっぱなしだったじゃないですか…」

「ん〜…、これのお陰かしら?紅蘭印の『特製マムシ&スッポンドリンク』!2週間飲んで感想を聞かせてくれって頼まれたんだけど、一郎君もどう?」

「の…、飲んではみたいですけど…、〜〜紅蘭の発明品というのが…」

「ふふっ、大丈夫よ。私なんて1週間飲み続けてるんだから♪はい、どうぞ」

「〜〜あ、ありがとうございます…」


と、私はブラジャーを着けながら一郎君の隣に座ると、紅蘭特製の栄養ドリンクを開けてやって、一緒に飲み干した。

「ん〜っ、効っくぅ〜!」

「〜〜うっぷ…!?な、なかなかの血生臭さですね…」

「……ハァ…、今日、誠一郎ったらね、そろばん塾のテストでひどい点取ったらしくて…。私も一郎君も算術は得意なはずなのに…、何でかしらね?」

「習い始めたばかりなんですから、すぐに成果なんて出ませんよ」

「そうよね…。――でも、誠一郎はよくやってると思うわ。私もね、小さい頃は姉さんと一緒に巫女の修行に明け暮れる毎日だったから、よくわかるの…。でも、あの時の苦労があったからこそ、私も姉さんも今があると思うのよ!一番大変なのは誠一郎ですもの!母親の私がこれくらいでへばってたら駄目よね!?」

「はは、そうですね。でも、お互い少しは息抜きしないとバテると思いますよ?誠一郎の為に一生懸命なのはわかりますけど…」

「ああん、私は一郎君の愛とこのドリンクがあれば大丈夫よ♪明日はね、新しくできた『Momo』って芸能プロダクションの養成所の入所説明会に行ってみようと思うの!――ほら見て!かなで寮の寮母さんが教えてくれたんだけど…」

「そんなことしなくても、帝劇の舞台でデビューさせればいいじゃないですか。江戸川先生に言って、次回作の『赤ずきん』で村の子供役を作ってもらえば…」

「駄目よ!技術がないうちから立たせたら、笑われるのは親の私達なのよ!?」

「まだ子供なんですから、顔見せだけで十分ですって。歌舞伎界でもよくやってるじゃないですか」

「〜〜そういう問題じゃないのよっ!!活動写真や蒸気テレビドラマに出る最近の子役は大人顔負けの演技をする子がいっぱいいるんだから、誠一郎にもちゃんと先生をつけて、しっかり指導してあげないと…!!うちの舞台に立たせるのはそれからよ、それからっ!!」

「〜〜は、はぁ…」

「いずれは帝国華撃団にも子役養成機関を設けないとね!一郎君も支配人だからって高を括らずに、演技の勉強を忘れないようにね!?息子は父親の背中を見て育つんだからっ!!」

「〜〜りょ、了解です…」


マムシとスッポンの相乗効果でゲキを飛ばす私に、一郎君は苦笑しながら寮母の笙さんがくれたチラシに視線を落とした。

「へぇー、この『MoMo』って事務所の社長、あの藤倉桃花なんですね」

「フジクラモモカ…?」

「知らないんですか?蒸気テレビジョンドラマの視聴率女王と呼ばれてて、有名企業のCMにも何本も出演している人気女優ですよ。綺麗なだけじゃなくて頭も切れるみたいで、彼女のせいで人生を狂わされた男は数知れずとも…」

「…ふーん、やけに詳しいのねぇ?」

「〜〜いや、その…、由里君が愛読しているゴシップ誌を読んだんですよ!別に隠れファンというわけでは…っ!!」

「……ふぅん」


チラシに載っている顔写真を見てみたけど、私はこんな女優、初めて見たわ。

雰囲気が私とあやめ姉さんに似ているから一郎君が注目しちゃうのもわかるけど…、変ね…?一郎君の言う通り、そんな有名な女優なら一度や二度目にしててもいいはずなのに…。私も劇場の副支配人という職業柄上、ライバルである蒸気テレビジョンや活動写真をチェックしているつもりなんだけど…。

――それに『藤倉桃花』って……。

…ふふっ、やぁね、私ったら。桃花さんは私が子供の頃、事故で亡くなったはずですもの。同姓同名に決まってるじゃない!

……でも、どうしてかしら?胸騒ぎがするのは、今朝見た夢のせい…?

「…?かえでさん?」

「あ…、何でもないわ。それで?明日は一郎君も来てくれるのよね?」

「〜〜いぃっ!?お、俺も行くんですか!?」

「…何よ?息子の輝かしい未来を応援したくないのっ!?」

「〜〜いや、そういうわけじゃ…」

「じゃあ、決まりね!劇場は明日、あやめ姉さんに任せちゃいましょ…♪」

「〜〜い、いいのかな…?……うっぷ!な、何か急にクラクラ…、…いや、ムラムラしてきたような…」

「ふふっ、紅蘭の特製ドリンクが効いてきたかしら?我慢しなくていいのよ、一郎君。ほぉら、こっちへいらっしゃい♪」

「か、体は熱いのに、やけにフワフワ軽くて…。〜〜目…、目が回る…。他に何を入れたんだ、紅蘭…っ!?」

「フフフッ、そのうち体が慣れてくるわ。ほぉら一郎君、一緒にスッキリして、明日は誠一郎の応援に集中しましょ?」

「くううぅ…っ!!ハァハァハァ…!!――うおおおお〜っ!!かえでさあああああ〜んっ!!」

「ああああああああ〜ん!!一郎君ってば効きすぎよぉ〜っ♪」


この後、一郎君ったら朝まで寝かせてくれなくて大変だったわ。ふふふっ、お陰で元気百倍よ♪

さぁ、今日は養成所の適性検査!

桃花さんと同じ名前の女優が社長っていうのが気になるけど、頑張って誠一郎を合格させないとね…!!


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