サクラ大戦 奏組〜薫風のセレナーデ〜開催記念・特別短編小説
「私の夢」
その2



――コンコン!

「失礼しまーす…!」

総楽団長室のドアを開けると、今日も厳しい顔のシベリウスさんが威厳たっぷりに座っているのが見えた。

その後ろには御伽丸君と、月組副隊長さんの宍戸さんも立っている。

〜〜な…、何だか空気がいつになく重々しい…。シベリウスさんと御伽丸君はいつもだけど、今日は宍戸さんまで真面目な顔をしてるし…。

「お、おはようございます…」

「おはよ♪いやぁ〜、朝っぱらから集まってもらって申し訳ないねぇ〜」


宍戸さんがいるってことは、歌劇団じゃなくて華撃団の話なのかな…?

「あ、あのぉ…、何かあったんですか?」

「…昨晩、銀座界隈で奇妙な事件が多発してな。――宍戸、説明を」

「了解。――まずはこれを見てほしい。うちの隊員が撮った写真なんだが」


宍戸さんが言うと、御伽丸君はあらかじめ用意しておいた映写機で月組隊員さんが撮ったという写真をスクリーンに連続で映し出した。

「こ…っ、これは…!?」

「〜〜降魔…だよな…?」


写真に映っていた怪物は、確かに降魔だった…。

だけど、胴体からは降魔というより、人間の女性の体の一部と酷似したものが生えていた。

1枚目に映っている降魔は色が白っぽいくらいで、見た目は普通の降魔とそんなに変わらない。

けど、2枚目のは見た瞬間に違和感を感じた。短いはずの降魔の足がスラッと長くなっていて、程良く筋肉がついていて…。指の分かれ方とか鋭い爪とかはそのままなんだけど、明らかに人間の足に近づいているのが一目見てわかった。

続く3枚目に映っている降魔は2枚目に映っている降魔より、さらに人間に近づいていて、頭の横から人間の耳のような物体が2つ生えている。

そして、最後の4枚目は、その上に女性のような長いボサボサの黒髪が両耳を覆うように頭から生えていた…。

「〜〜うっげぇ〜、超キモいんですけど〜!?」

「〜〜これって…、4枚とも同じ降魔なんですか…!?」

「まるで、徐々に人間に近づいていってるような…」

「さすがは奏組さん♪俺がわざわざ説明するまでもなさそうだねぇ〜」

「人間に進化するって…!〜〜そんな降魔、聞いたことねぇぞ!?」

「俺もこんなタイプは初めて見たよ。おそらくこいつは何らかの突然変異が起こって現れた新種の降魔だ。そうだなぁ…、仮に『人魔』とでも呼ぶことにしよう」

「なるほど、『人魔』…か」

「…次の写真を」

「…了解」


シベリウスさんの命令で、御伽丸君は今度は『人魔』に襲われた被害者達の写真をスクリーンに映した。

「被害者は今のところ4人…。全員10代〜20代の若い女性だ」

「皆、この大帝国劇場の近辺で昨日の夕方〜夜にかけて襲われている。だが、傷や後遺症がそれぞれ違ってるのが妙でね…。第1被害者は第一高等学校に通う優等生のお嬢さん。友達と買い物しに銀座に来たところを襲われたらしい。傷は大したことなさそうなんだが、その後、痴呆症の老人みたくボーッと過ごすことが多くなったそうでね…、勉強が手につかないどころか言葉もろくに話せなくなってしまったそうだ」

「言葉が話せない…?傷を負っただけなのにか?」

「あぁ、妙だろう?」

「そして、第2被害者のこの女性は、全国の陸上競技大会に毎回選出されるほど足が速い名選手だったそうです。しかし、襲われた後は走るどころか直立歩行もおぼつかなくなり、立てなくなってしまったそうで…」

「足をもぎ取られたわけではないのに…ですか?」

「あぁ、リハビリをさせても全然だそうだ。歩くことができなくなったというより、歩き方を忘れてしまった…と言った方がいいのかもしれないな。まるで元から足なんて生えていなかったように、さすっても叩いても全く刺激を受けつけないらしい…」

「〜〜そんな…」

「…続く第3被害者のピアニストの女性も第2被害者同様、この人魔に襲われた後に耳がおかしくなって、音を全く聞き取れなくなってしまったらしい…。そして、第4被害者の場合は髪が全て抜け落ちてしまったそうだ。本人は化け物と出会ったショックだと思っているようだが、医者によると毛根が全て死滅しているそうでね…、このままでは新しい髪は二度と生えてはこないらしい。毎日馬の油を使って手入れするほど髪に気を遣うハイカラな女性だったそうだから…、これは相当ショックだろうな…」

「……人魔の進化具合と被害者の写真を見比べてみて、奴のおおよその能力はわかったな」

「頭脳、足、耳、髪…。〜〜まさか襲った人間の優れた一部を奪い取って、自分のものにしてるってことですか…!?」

「おそらくは…。ついでに霊力も奪おうとしているのか、被害者は今のところ女性ばかりですしね…」

「面倒くさいやり方〜。そもそも、そいつは何でそんなに人間になりたがってるのさ?」

「それは今、月組で調査中だよ」

「幸い、今のところ確認されている人魔は、この一体だけだそうです」

「これ以上進化したり、繁殖されたら厄介だ。人魔が未成熟のうちに根絶やしにしておきたいとのことで、米田司令から奏組に討伐命令が下った」

「米田司令から直々にお達しとは…」

「…それだけ相手は厄介なモンスターということさ。これ以上、銀座で被害が多発すれば、舞台の客入りにも支障をきたすだろうからな」

「そーんな得体の知れない敵と生身で戦えなんてさー、僕達が光武に乗れないこと忘れてんじゃないの、あのおっさん?」

「〜〜ちょ…!げ、源三郎君ってば言い過ぎだよ…っ!?」

「ははっ!まぁ討伐が成功したら特別報酬が出るそうだから、頑張って損はないと思うぜ〜?」

「おぅ、もちろんだ!!こんなわけのわからねぇ化け物を野放しにしとくわけにはいかないもんなっ!」

「うんっ、そうだよね!花組さんは秋公演のお稽古で忙しいんだし、私達が頑張らないと…!!」

「人魔の活動時間は日が沈んでから明け方にかけてと思われる。そこで、今晩から各自、夜の街に出て見回りをしてもらうことになった」


夜の見回り…!

おぉ〜っ!何だか隊長っぽいお仕事かも…!!

「月組も引き続き調査を継続中だ。もし人魔の仲間や巣を見つけたら、また報告しに来るよ」

「はいっ!よろしくお願いします、宍戸さん!」

「…総楽団長」

「何だ、ヒューゴ?」

「……今回の見回りにミヤビを同伴させる必要はないかと」

「え…?」

「隊長とはいえ、ミヤビは女です。狙われて集中攻撃されるようなことがあれば隊列は乱れ、任務遂行の妨げになりえます…」

「…確かに今までの被害者は全員女性だ。万が一ということもありうるな」

「そうですね…。音子さんは霊音(れのん)や魔音(デノン)を見ることはできますが、敵と戦う術を身につけてはおりません。女性が狙われるとわかっている以上、本部に近いこの寮にいる方が安全でしょうし…」

「で、でも…!〜〜私は隊長なのに…!!」

「…隊長だから下手に死なれたら困るんだ!!」

「…っ!?」

「…それは音子君のような力を持つ者がそうそういないから失くすと惜しい…ということか?」

「……そういうことだ」

「ヒューゴさん…」

「〜〜おい、ヒューゴ!!音子を戦いの道具みたいに言うんじゃねぇよっ!!」

「…やめときなよ、兄さん。今は内輪揉めしてる場合じゃないでしょ?」

「〜〜ぐぬぬぬ…っ!!離せ、源三郎っ!!この冷酷男に一発食らわしてやらぁっ!!」

「ハァ…。――雅も隊長なんだから、面倒くさい体力勝負は男の隊員に任せとけばいいんだよ。胸はなくても、あんたは一応女なんだしさ」

「〜〜むっ!胸は関係ないと思うけどな〜!?」

「…いかが致します、総楽団長?」

「…雅君がいれば囮になるのは確かだがな」

「〜〜おい!総楽団長まで何だよっ!?わざわざ音子を危険にさらせってーのか…!?」

「…私はあくまで、人魔をおびき出すのに効率の良い作戦を述べたまでだ。――雅君、君自身はどうしたいのだ?」

「わ…、私も行きたいですっ!囮作戦もやれと言うなら、やってみせます!!〜〜皆が頑張ってるのに隊長の私だけ待機するなんてできません…!!それに、魔音が見える私がいれば何か対抗策が見つかるかもしれませんし…!」

「音子さん…」

「〜〜お願いします、ルイスさん!私、皆さんの足を引っ張らないように頑張りますから…!!」


涙目で必死に懇願してくる私の頭をルイスさんはいつもの微笑みを浮かべながら優しく撫でてくれた。

「音子さんが足を引っ張るだなんて誰も思っていませんよ。ただ私達は皆、大切な隊長さんを失うのが怖いだけなのです…」

「ルイスさん…」

「…そうですよね、ヒューゴ?」

「……」

「…?ヒューゴさん…?」

「安心したまえ、音子君!君は私達が命に代えても守ってみせよう!!さぁ、共に出撃しようではないか!!」

「ジオさん…!ありがとうございますっ!!」

「俺だって音子を守ってやる!!だから、一緒に頑張ろうぜっ!な!?」

「うんっ!源二君もありがとう…!!」

「…ま、あんたがいれば戦いやすいのは事実だしねー」

「……」

「〜〜ヒューゴさん、あの…」

「……」


〜〜うぅ…、ヒューゴさんってばいつも以上にイライラしてる…。

私ってそんなに頼りない隊長なのかなぁ…?

「はははっ、愛されてるよねぇ、音子ちゃんって♪…僕らもヤキモチ妬けちゃうよねぇ〜、シベリウス総楽団長?」

「〜〜ゴホン!…弱点がわからない以上、むやみに深追いはするな。各自、警戒して任務にあたるように!」

「りょ、了解しましたっ!」

「音子さん、出撃命令をお願いします…!」

「はい!――事件は前奏曲(プレリュード)のうちに!」

「シー・マエストロ!!」「シー・マエストロ!!」「シー・マエストロ!!」「シー・マエストロ!!」

「〜〜……」


〜〜ヒューゴさん、まだ怒ってるみたい…。

で、でも!逆にこれはヒューゴさんに隊長として認めてもらえるチャンスだよね…!?

自分で言い出した以上は、皆さんに迷惑を掛けないように頑張らなくっちゃ…!!



こうして、奏組隊長である私は源二君&源三郎君兄弟とチームを組んで、夜の銀座の街に見回りに出かけることになった。

別の場所を単独で調査しているヒューゴさんとジオさんとルイスさんも何かあったらすぐキネマトロンで連絡してくれって言ってくれたし、心強いな…♪

「…ねぇ、どうして僕達だけ3人チームなのさ?」

「賑やかでいいじゃねぇか!なんだかんだ言って、シベリウスのおっさんも心配なんだろ、かよわい音子を一人で行動させたりしたら?」


〜〜そうだよね…。シベリウスさんもきっと私のこと…、隊長として頼りないって思ってるんだろうなぁ…。

一応フルートは持ってきてみたものの、私、霊音の出し方なんて知らないし…。

〜〜あうぅ…、こんなんじゃ本当に隊長失格だよねぇ…。

「ご、ごめんね、源三郎君。私、迷惑かけないように頑張るから…!」

「…別にいいけどさ。兄さんのお守りをしてくれる人が多いと、こっちも助かるし♪」

「〜〜んだとぉっ!?やいっ!もういっぺん言ってみろ、源三郎っ!!」

「〜〜あははは…。まぁまぁ、仲良くやろうよ、ね!?」


ハァ…。ついていくと自分から言い出したとはいえ…、やっぱり夜の街って怖いなぁ…。

〜〜同じ建物も昼間と夜見るのとでは全然違って見えるよぉ…。

「〜〜や…、やっぱり夜は怖いねぇ…。何だか人魔じゃないものまで出てきそう…」

「フン!だから、おとなしく残ればよかったのにぃー」

「だ、だってぇ〜…」

「俺達が一緒なんだから怖くないだろ?なんなら、俺の腕にしがみついててもいいんだぜ♪」

「えぇっ!?〜〜そっ、そそそそそそそれは…っ!!」

「出たー、兄さんの天然たらし〜♪」

「ん?俺、よだれ垂らしてたか?おっかしいなぁ〜、夜食を腹いっぱい食ってきたばっかなのに…」

「〜〜そのたらしじゃなくて…」

「何だよぉ?ぐだぐだ言ってねぇで、源三郎!お前も音子と手ぇ繋いでやれよなっ♪」

「えぇっ!?」

「んなぁっ!?〜〜い…、いいよ、僕はっ!!いざって時、弓を構えられないだろっ!?」

「そうなのか?」

「〜〜そうなのっ!!……まったくもう兄さんは…」


源二君って普段から平気で腕組んだり抱きしめたりしてくるんだもんね…。

〜〜変に意識しちゃう私の方が変なのかな…?うぅ…♪

「――ん…?あいつら、何やってるんだ…?」

源二君の視線の先を追ってみると、黒いスーツを着た怪し気な男の人達がスーツケースを持って何かの取引をしているみたいだった。

「どうせ麻薬取引か何かでしょ?」

「何ぃっ!?麻薬の所持は犯罪のはずだろ!?やめさせようぜ…!!」

「放っときなよ。…今の僕らの任務は人魔の発見と撃滅のはずだろ?」

「でも、正義の味方が犯罪を見過ごすなんざ――っ!」


その時、私達の気配に気づいたのか、スーツの男達がそそくさと逃げ出した…!

「あっ!逃げちゃう…!!」

「待ちやがれぇぇぇっ!!」


急いで追いかけたけど、複雑に入り組んだ路地裏に逃げ込まれ、うまく撒かれてしまった…。

「〜〜くっそぉ〜、逃げられたかぁ…」

「夜の暗い路地裏を熟知してるってことは、日頃からああいう裏取引を堂々とやってるってことだろうね、この帝都の中心地で」

「……そうなんだろうね…」

「…持ち物からして、おおかた外国から違法薬物を輸入して、港から調達してきたばっかりってところかな。それで闇医者に高値で売りさばく…と」

「〜〜いっ、違法薬物…!?闇医者…っ!?」

「何驚いてんのさ?華やかな都の裏で犯罪が横行してるのは日本も例外じゃないんだよ?」

「〜〜だ、だけど…、あんな取引を見たのは初めてだから怖くなっちゃって…」

「麻薬だけじゃないよ。殺人、強盗、詐欺、強姦…。暗がりを利用して暗躍してるのは、なにも降魔やデノン・マンサーだけじゃないからね」

「……負の感情を抱え込んでる人間も降魔と似たり寄ったりってことか」

「そういうこと!そういう奴らの負の感情が毎日嫌ってほど集まるんだもん。降魔の異種が現れても、別におかしくないんじゃないのー?」

「……うん…、そうなのかもしれないね…」


何らかの原因で遺伝子が突然変異したとはいえ、おっかない降魔をつくり出してるのは結局、帝都に住むたくさんの人達の欲望や汚れた心なんだもんね…。

〜〜おじい…、お父さん…、やっぱり帝都はおっかない所ですぅ…。

「――あれ…?君達も見回りかい?」

「えっ?あ…!」


私達に声をかけてきたのは、もぎり服を着た大神さんと、今日もお洒落な私服を着ている副支配人のあやめさんとかえでさん姉妹だった!

「こっ、こんばんは!昨日はどうも…」

「ふふふっ、こんばんは」

「大神君から聞いたわよ?音子さん、秋公演の前座をやることになったんですってね。おめでとう」

「はい、ありがとうございます!」


憧れの美人副司令姉妹・あやめさんとかえでさんに同時に会えるなんて…♪

夜の見回りを頑張って志願した甲斐があったよ〜!

「もぎりと副支配人がこんな時間にこんな所で何やってんだ?」

「あぁ、…ちょっと米田支配人にお使いを頼まれてね」

「ふーん…。男女3人で夜の銀座になんて繰り出してるから、てっきり休憩処にでも行くのかと思ったけど?」

「〜〜いぃっ!?」

「〜〜コ…、コラッ!上司をからかうんじゃありませんっ!!」

「〜〜そ、そうだよっ!源三郎君ったらもぉ〜っ!!」

「えー?僕はただお使いの後に休憩するのか聞いただけだし?別にラブホに行くかまでは――」

「〜〜うわわわわっ!!し…っ、失礼だよ、源三郎君っ!?」

「〜〜ほっ、本当にそういう目的でお出かけしてるんじゃないのよ!?た、確かに…、時間があったら、ちょっと寄って行こうかな〜とも思ってるけど…♪」

「あ、あやめさん…♪そ、そうですね、劇場だと花組の邪魔が入ることもありますし…♪」

「〜〜んもう!姉さんも大神君も、こんな子供に正直に言わなくったっていいのよっ!!」

「〜〜ご、ごめんなさい…」「〜〜ご、ごめんなさい…」

「…ムッ!?子供って誰のことさー?」

「…?なぁ、何で休憩しにわざわざ外に出るんだ?」

「〜〜げ、源二君…」

「17歳のくせにそんなことも知らないわけー?」

「そんなことってどんなことだよ?はっきり言ってくれなきゃ、わかんねぇだろっ!?」

「〜〜ま、まぁ、そういうことだから…。俺達はこれで失礼するよ――」


大神さんが真っ赤な顔で照れくさそうに、藤枝副司令姉妹さんを連れて立ち去ろうとしたその時だった…!

「――!」「――!」「――!」

あれは魔音…!?あっちから流れてくるってことは、向こうに降魔がいるってことだよね…!?

同じ魔音をあやめさんとかえでさんは妖気として感じ取ったようで、私達・女子3人は真剣に顔を見合わせた。

「どうしたんだ、音子!?」

「不吉な魔音が流れてくるの…。〜〜こんな魔音、見たことない…っ!」

「あやめさんとかえでさんも妖気を感じるんですね?」

「えぇ…。普通の降魔とは違う怖ろしい妖力だわ…!」

「向こうからよ!行ってみましょう…!!」

「はいっ!」「はいっ!」


あやめさん・かえでさん姉妹に連れられて急ぐ大神さんに続いて、私と源二君・源三郎君兄弟も夜の銀座を駆け抜けていった…!


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