サクラ大戦 奏組〜薫風のセレナーデ〜開催記念・特別短編小説
「私の夢」
その1



――私の夢…。

それは、憧れの花組さんに会って、ファンですって伝えること!

そして、いつか花組さんみたいに大きな舞台でスポットライトを浴びること…。

「――ジオさーん、洗濯物干し終わりましたよー!」

「うむ。ティータイム5分前…、今日も完璧だな!」


汚れと色の落ち具合、洗濯物に対する太陽光の入射角度、取り込む時間を考えた湿り具合…。

ジオさんの細かいチェックを今日も無事に通過した私・雅音子は洗濯かごを抱えながらホッと一息ついて、汗を拭った。

よーし、今日のお洗濯は終わりっと!

秋になってきたとはいえ、まだまだ暑いなぁ…。

「ご苦労様でした、音子さん。お茶の時間にしましょうか」

「あ、ルイスさん!はーい!」

「今日はテ・コンミエルにしてみました。私の故郷・スペインで愛されているはちみつティーですよ」

「ほぅ、はちみつを入れたのに濁りがないとは不思議な紅茶だな」

「この直輸入の茶葉は特別なんです。さぁ、音子さんも召し上がれ」

「はい!いっただきまーす!」


う〜ん、甘くて美味しいから疲れが癒されるな〜!

ルイスさんの淹れた紅茶、だ〜い好き♪

「この生活にもだいぶ慣れてきたようだな」

「笙さんのお料理・お掃除のお手伝いに、寮生全員の洗濯まで…!雑用を隊長自らかってでるとは、見上げた心意気ですね」

「えへへ…♪かなで寮の皆がお仕事しやすいように環境を整えてあげるのも隊長のお仕事ですから!それに、帝都には蒸気洗濯機も蒸気掃除機もありますから、作業時間が短く済んで楽チンなので♪」

「それでも、毎日となると、なかなかの重労働だぞ?君のように素直に仕事を取り組むことはなかなかできることではない」

「ジオの言う通りです。日頃のあなたの頑張りに私達皆、感謝してるんですよ?」

「そ、そんな…♪隊長として当然のことをしてるまでですよ!えへへへ…」


ルイスさんとジオさんに褒められちゃった!

褒められる為にやってるわけじゃないけど、こういう風に面と向かって言われると、やっぱり嬉しいな…♪

よ〜し!この調子で夕方からのお仕事も、もっともっと頑張っちゃおっと!!

「――あ、そういえば先程、花組さんをロビーで見かけましたねぇ」

「えぇーっ!?ほ、本当ですかっ、ルイスさん!?」

「えぇ。劇場の前にバスが停まっていたので、もしかしたら皆さんでお出かけされるのかもしれませんね」

「わぁ〜、わぁ〜♪今から行けば、お見送りできますかね…?〜〜あぁ〜っ、考えてる時間が惜しいっ!――ちょっと行ってきま〜すっ!!」


お辞儀をして、騒々しくお茶会を後にする私にジオさんとルイスさんは顔を見合わせて、クスクスと笑い合った。

「やはり、音子君は音子君だな。少しは隊長として、どっしり構えるようになったと思ったが…」

「そこが彼女らしさであり、良い所ですから。ジオ、もう一杯いかがです?」

「うむ、頂こうか。このテ・コンミエルとやら、気に入ったぞ!」




〜〜あぁ〜、早く早くっ!急げっ!頑張れっ!私の足…っ!!

うまくすれば、今日こそ花組さんに会えるかも…♪

「――それでは、出発しまーす」

――プシュー…!

「〜〜あぁ〜っ!!待ってぇ〜っ!!」

私の叫びも虚しく、花組さんが乗っていると思われるバスは私が到着する寸前に発車してしまい、銀座の街へと繰り出していった…。

「〜〜あぁ〜…、間に合わなかったぁ…」

「――あれ、音子ちゃん…?そんな所に座り込んで何やってるのー?」


劇場前の大通りで座り込んで泣いている私に椿ちゃん、由里さん、かすみさんの帝劇三人娘さんが優しく声をかけて来てくれた。

「あっ、三人娘さぁん…!〜〜ルイスさんから花組さんがお出かけすることを知って、お見送りしに行こうと思ったら、丁度バスが出ちゃって…」

「まぁ、それは残念だったわねぇ…」

「なら、現地まで会いに行っちゃえば?今日は花組さん、鴬谷の尋常小学校で演劇会を行うことになってるのよ♪」

「えぇっ!?一小学校をスタァさん達が皆で訪問しに行くんですかぁっ!?」

「そこが花組さんのすごいところよ!どんなに人気があっても、おごり高ぶらず、お金がない人達や劇場まで足を運べない人達、郊外に住む帝都市民や地方に住んでらっしゃる皆さんに対して、ボランティアで定期的に演劇会や朗読会を小学校や養老院で行ってるんだから!」

「応援してくれている全てのファンの方へ感謝の気持ちを届けたいって、うわべだけ言っている女優さんは多いけど、花組さん達は初心を忘れることなく、本当に実行しちゃうんですもん!すごいですよねぇ〜!!」

「すごいですねぇ!さっすが花組さ〜ん!!」

「入場は無料だし、時間が空いてるようなら、顔を出してみたら?間近で花組さんのショウを見られるチャンスよ?」

「そうしてみます!今日は練習、5時からちょこっとあるだけですし――♪」

「――いいえ、3時からに変更になりました」

「え…?〜〜うわあああっ!?おっ、御伽丸君…!いつの間に…っ!?」


〜〜いきなり後ろから声が聞こえたからビックリしたぁ…。

いつものことだけど、そうやって御伽丸君に背後に立たれると、寿命が縮むんだよなぁ…。

「お聞になった通り、花組さんの留守で劇場の舞台が空いています。せっかくですので、奏組が練習で使わせてもらうことになりました」

「〜〜えぇ〜!?そんなぁ…」

「文句なら僕ではなく、シベリウス総楽団長におっしゃって下さい。…それでは、確かに伝えましたので」

「〜〜はぁい…。……ハァ…、せっかくのチャンスだったのになぁ…」

「〜〜音子ちゃんってば、本当にツイてないわよねぇ…」

「ま、まぁ…、またチャンスがあるわよ!ねっ?」

「そうそう!花組さんの秘蔵ブロマイド、またあげるから!元気出しなって〜♪」

「ありがとう、椿ちゃん…」


そうだよね、三人娘さんの言う通りだわ!

帝劇にいれば、花組さんに会えるチャンスなんて、またいくらでも巡ってくるだろうし…!!

私、くじけないもんっ!真面目に頑張っていれば、きっといつか良いことがあるよね…!?



――どんがらがっしゃ〜んっ!!

「〜〜ひえええっ!?ご、ごめんなさ〜いっ!!」

「大丈夫でっか、音子ちゃん…!?」

「〜〜あぁ〜っ!!俺のヴィオラがぁ〜!!」

「ハ…ッ!?〜〜ご…っ、ごめんなさい、昌平さん!!私ったら、大切なヴィオラを思い切り落としちゃって…」

「〜〜ハ…ハハハ…、いいんだぜ、音子ちゃん…。ちょいと弦が4本中、3本いかれちまったが…、江戸っ子は…、こ…っ、細かいことは気にしねぇんでぃ…!」


〜〜うわ〜ん!絶対、地球が滅亡したレベルのショックを受けてる顔だよ、あれ〜!!

「音子ちゃんが気にすることやあらしまへん。うちらの手伝いをしようと一生懸命だったやさかいな?」

「〜〜おうおうおう、世海っ!どさくさに紛れて音子ちゃんにベタベタ触るなってんだ!!」

「愛読書が『帝都ロマネスク』の君と一緒にしないでくれますー?」

「〜〜んだとぉっ!?」


……ストリングス隊の昌平さんは気を遣って、ああ言ってくれたけど…、大事な商売道具を壊されたら、絶対嫌だよね…。

〜〜あ〜あ…。嫌なことを忘れようと思って、もっと頑張ろうとした途端にこれだもんなぁ…。

「――おっとっと…!音子ちゃん、ちょっといいかーい?」

「あ…!す、すみません!今どきま…〜〜う…っわあああっ!?」


――ぐらぁ…っ!!

「…え?」

セットをバラして運んでいる中嶋親方達・大道具さんの邪魔にならないよう、よけたまではよかったんだけど…、

「〜〜うわああああっ!?ぶ、舞台のセットがぁ…っ!!」

〜〜何ととっさに手をついた先が仮組みしてあった大きなセットで、私が体重をかけたことでバランスを崩して、グラついてしまったの…!!

「〜〜た、倒れるぞーっ!逃げろーっ!!」

「〜〜うわああああ〜っ!!」


――ドッシィィィ――ン…ッ!!

……案の定、仮組みしてあったセットは倒れ、バラバラになってしまった…。

〜〜怪我人がいなかっただけでも幸い…って言うべきなのかな…?

「〜〜あぁぁ…、徹夜でこしらえた骨組みがぁ…」

「〜〜ほ…っ、本当にごめんなさい…!!私…」

「あーははは、いいんだよ。丁度、補強しながら組み直そうと思ってたところだからな。それより、奏組さんに怪我がなくてよかったよ」

「親方…」

「〜〜えぇ〜っ!?また一から組み直しですかぁ〜!?」

「あったりめぇだろ!?こんなグラグラのセットで本番中に花組さんが怪我したらどうする!?文句を言う前に手を動かせ、手を!!」

「〜〜へぇい…」


……あ〜あ…、またやっちゃった…。

「――罰として、今晩の舞台の掃除を命ずる!」

「〜〜はぁい…」


〜〜ハァ…、覚悟はしてたけど、やっぱり、シベリウスさんから怒られちゃった…。

ツイてない時って、とことんツイてないよねぇ…。今日は途中まで調子良かったはずなのに…。

昌平さんや親方は優しいから、ああ言ってくれたけど…、それって私がまだ入りたての小娘だから、失敗しても仕方ないって思ってるのかな…?

早く皆から『さすが!』って言われるような隊長さんになりたいけど…、〜〜道のりは厳しそう…。

……私って、やっぱり…奏組のお仕事、向いてないのかも…。

――ガタ…ッ!

「〜〜ひいいっ!?」

〜〜な、何っ、今の音…!?

ネズミかな…?ネズミだよね…!?〜〜っていうか、ネズミだと言ってぇ〜っ!!

〜〜あうぅ…、夜中に一人でこんな広い所の掃除は怖いよぉ〜…。

さっさと終わらせて寮に戻ろう!うん…!!

「――あれ…?」

ピアノの上に楽譜が置きっぱなしだ…。誰かの忘れ物かな…?

あっ、この楽譜『花咲く乙女』だ…!うわぁ、しかも、アレンジバージョン♪

これって、次の秋公演で花組さんが歌うのかな?楽しみ〜、えへへっ♪

……誰もいないし…、ちょこっとだけ歌ってみちゃおうかな…?

私、この歌大好きなんだよね〜♪

「――『花〜咲く〜 乙女〜達〜 昨日は〜 捨て〜た〜けど〜♪』」

――誰もいない客席、スポットライトも照明も当たらない舞台…。

だけど、やっぱり舞台の上で歌うって気持ちいい〜!

こんなに大きな舞台の上で歌って踊って、お客さんに拍手されたら気持ちいいだろうな〜♪

「はぁ〜、ちょっとスッキリしたっ♪」

嫌なことがあっても、花組さんの歌を歌えば暗い気持ちなんて吹っ飛んじゃうもの!

私ってば本当に歌を歌うことが好きなんだなぁ…。

――パチパチパチ…!

「えっ?」

「――結構やるじゃねぇか。見直したぜ」


いつの間にか、一階の客席の出入り口に知らないおじさんが立っていて、舞台にいる私に歩み寄ってきていた。

「あ、ありがとうございます…」

誰だろう…?

何だか前に、ちょこっとだけ劇場の廊下で見かけたような気がするんだけど――!

「あーっ!思い出したっ!!あの時のお客さんだー!!」

「…はぁ?」

「そうだ!赤い顔してフラフラしてたお客様ですよねっ!?あれから具合の方はいかがですか!?〜〜まだ顔が赤いみたいですけど、お熱…まだ下がらないんですか…!?」


私の言うことにおじさんは驚いていたけど、すぐに明るく笑い飛ばした。

「はっはっは!あぁ、どこかで見た顔だと思ったが、あの時の嬢ちゃんだったか。いやいや、俺のことなら気にすんな。それよりお前さん、随分伸び伸び歌っていたが、舞台に立った経験があるのか?」

「あっ、はい!これでも、上京する前は田舎の小劇団で女優をしておりましたっ!」

「ほぉ、そうか、そうか。いやはや、なかなか良い物を持ってると思うぜ。磨けば光るかもなぁ?」

「は、はぁ…」


何だかこのおじさん、舞台に詳しいみたいだけど…、何者なんだろう?

こんな時間に劇場にいるってことは、劇場の関係者かな…?

「――あ…!探しましたよ、米田支配人」

「ここにいらっしゃったんですね」


あれ?もぎりの大神さんと副支配人のあやめさんだ…!

――えっ?ちょっと待って…!今、確か支配人って…!?

「探しましたよ。晩酌に誘ったのは支配人の方じゃないですか」

「ハッハッハ、すまなかったなぁ。舞台の前を通ったら、面白いものが観れてよぉ」


や、やっぱり聞き違いじゃない…!?

〜〜ってことは、このおじさんが大帝国劇場の…!?

「〜〜し…っ、支配人〜っ!?」

「…あら?まぁ、音子さんじゃないの!久し振りねぇ」

「こんな時間まで掃除かい?ご苦労様」

「お…っおおお…、お久し振りです!〜〜あ…っ、あの…!もしかして、そちらの方って…!?」

「あら、お会いするのは初めて?こちらは米田一基中将。大帝国劇場・支配人であり、帝国華撃団の総司令でもあるお方よ」


〜〜えぇ〜っ!?こっ、このお酒臭いおじさんが、あの米田司令…っ!?

「〜〜ごっ、ご挨拶が遅れて申し訳ありません、米田司令っ!あっ、あの!私…、か、かかか…っ、奏組隊長を務めております!雅音子と申しますっ!!あの…っ、本日はお日柄も良く…っ!!」

「はっはっは!まぁ、そう肩肘を張りなさんなって。お前さんがあの奏組隊長の嬢ちゃんだったとはなぁ」


――この方が米田さんかぁ。

名前は聞いたことあったんだよね、ルイスさんが日露戦争で活躍したすごい人だって、お茶会で教えてくれたから…。

まさか、こんな気さくなおじさんとは思わなかったなぁ…。

「まぁ、ここは軍隊じゃねぇんだ、固い話は抜きにして…だ。ところでお前さん…、秋公演の前座に出てみる気はねぇか?」

「えっ?わ、私が花組さんの前座に…!?」

「おうよ。時間は大体10分ってとこだな。演目はお前さんに任せる。歌うなり踊るなり芸をするなり、好きにしてくれて構わんよ」

「ほっ、本当ですか!?ありがとうございます…!!」

「ふふっ、支配人ったら、お酒が入るとすぐ勝手に決めちゃうんですから」

「ハッハッハ、いいじゃねぇか!言っておくが、支配人の俺の目は確かだぜ?せいぜい気取らず、身の丈に合った演目をやるこったな」

「はいっ!雅音子、粉骨砕身の覚悟で頑張りますっ!!失礼しますっ!!」

「おいおい!バケツがまだ残ってるぞー!?…ははは、行っちまったか」

「よほど嬉しかったんでしょうね。彼女、花組に憧れて女優を志すことにしたそうですから」

「ほぉ、そうだったのか。千里の道も一歩から…。上手いことやってくれたら、冬公演でさくら達と共演させてやるとするか!」

「ふふっ、そうですね」

「ところで支配人、かえでさんは晩酌に誘わなくてもよろしいんですか?」

「〜〜考えてもみろ?かえでがいたら、酒を全部飲まれちまうだろうが…」

「〜〜あ…。た、確かに…」

「…だろ?くれぐれも、今日の宴のことは内緒にしておけよ?わかったな、大神!?」

「りょ、了解です!」

「ふふふっ、それが賢明ですわね♪」

「〜〜はははは…」

(――仕方ないよな…。かえでさん…、いじけると可哀想だから、後でビールを差し入れに部屋に寄っていってやるとするか…♪)




――えへへっ、やった、やったぁ!

やっぱり人間、めげずに頑張ってれば良いこともあるんだよね〜!

うまくすれば、そのうち花組さんと舞台で共演なんて…♪

きゃあ〜っ!どうしよ、どうしよ〜っ♪うふふっ!

「――あっ!もうこんな時間…!?早く帰って、お稽古、お稽古〜っと!」

今夜はもう遅いから、明日、皆に報告しようっと!



「――花組の前座!?すっげぇじゃねぇかよ〜!しかも、米田支配人直々のオファーだぁ!?」

「えへへ〜♪私もまさか米田支配人とは思わなくて、ビックリしちゃって!」


ということで!私は次の日早速、朝食の団欒の場で前座のことを奏組の皆に報告してみた!

「おめでとうございます、音子さん。頑張って下さいね」

「うむ、めでたい!帝劇の舞台に立つのは音子君の夢だったものなぁ」

「ま、せいぜい恥かかないように頑張りなよー?」

「うんっ!皆、ありがとう!」

「音子ちゃん、日頃から頑張ってたものねぇ。きっと神様がご褒美をくれたのよ」

「えへへ、そうですかね〜?」

「はい、どうぞ。私からのお祝い、召し上がれ♪」

「わぁ〜、フルーツサンドウィッチだ!ありがとうございます、笙さん〜!!」

「うっひょ〜っ♪うっまそ〜!」

「駄目よ、源二君!これは音子ちゃんのなんだから、めっ!」

「〜〜ちぇ〜、一切れくらいいいじゃんかよぉ…」

「あははは…!」


よーし、今日から前座の練習も頑張るぞ〜!メラメラメラ…!!

……昨日はあんなに落ち込んでたのに、私って単純かな?あははは…。

「……」

「あ、ヒューゴさん!おはようございまーす!」

「聞いてくれよ、ヒューゴ!音子ったら、すげぇ〜んだぜっ!?」

「……皆、朝食が終わったら、総楽団長室に来てくれ。シベリウス総楽団長がお呼びだ」

「えっ?シベリウスさんが…?」


こんな朝から何のお話かな…?

気になるけど、せっかく笙さんが腕によりをかけて作ってくれたんだもん!

よく味わってから行くとしようっと♪


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