大神一郎誕生日記念・特別短編小説2013
「愛の魔法」その9



そして、決戦の時は来た。

『――赤い月か…。なんとも不吉な夜よ…』

『真刀滅却、霊剣荒鷹、光刀無形、そして、神剣白羽鳥…。この二剣二刀があれば、魔王サタンを葬れるはずだ』

『あぁ!西洋の悪魔ごときに日本の侍は負けやしない!』

『我ら裏御三家の力、目に物見せてくれよう!』


真宮寺家の当主・鷹見さんは不気味な赤い月光に照らしていた霊剣荒鷹を腰の鞘に収めると、冬牙と手を組み合い、男同士の友情を確かめ合った。

『サタンに憑かれているという遊女は今宵もこの近辺にいるはずだ。私と冬牙で偵察してくるとしよう』

『美貴と美玖は念の為、町の反対側を見てきてほしい。万が一見つけたらすぐ我らに報告し、合流するまで待機していてくれ。よいな?』

『わかりましたわ』

『…町の空気がいつもより張りつめています。〜〜何だか…とても怖ろしいことが起こりそうな予感がして…』

『安心しろ。お前のことは私が守ると言っただろう?』

『冬牙様…♪――あの、実は…』

『ん…?何か問題でも?』

『ふふ、いいえ。――やっぱり、サタンを討伐した後にお話ししますわ…♪』

『ハハ、案ずるな。遊女などと浮気せぬよう、冬牙はこの私が見張っておく』

『〜〜おっ、おい!!美貴がいるのにそんな真似するはずないだろう!?』

『ハハハ、生真面目な芋侍をからかうのは実に面白い♪』

『フン!仙台の田舎侍が生意気言いおって…』

『ふふふっ、お二人ともお気をつけて…!』


と、美貴さんは冬牙を見送ると、照れくさそうにお腹をさすった。

『ふふっ、冬牙様、私が身ごもったって聞いたら喜んで下さるかしら?』

『もちろんよ。隼人と藤堂の血を継ぐ優秀な跡継ぎができたんですもの、祝福しない者なんて誰もいないわ』

『ふふ、そうよね。――この子が安心して大きくなれる世の中にする為にも今日は負けられないわ…!頑張りましょうね、美玖!』

『そうね。――では、参りましょうか、美貴姉様』


――ドス…ッ!!

「……っ…ぁ!?」

『――『サタン様の御座す地獄にねぇ…♪』


美玖さんは美貴さんの鳩尾を殴り、気絶させて不気味に口元を緩ませた。

『――美貴様ー!美玖様ー!』

『冬牙様が戻られるまで、我らが警護を――!?』


振り返り、赤い月光に妖しく照らされながら笑った美玖の体から溢れるすさまじい闇の霊力に冬牙の家臣達は皆、驚いた…!

『み、美玖様…!?』

『〜〜この闇の霊力はもしや…!?』

『ふふふっ、隼人冬牙に伝えなさい。あなたの妻になる女は婚礼の儀の支度をして藤堂の屋敷で待ってるとねぇ…!!』


美玖は家臣達に闇の衝撃波を食らわすと、美貴を抱えて瞬間移動した。

『〜〜く…っ、待てーっ!!』

『〜〜まさか美玖様にサタンが憑いていたとは思わなんだ…』

『アモス、早く冬牙様にご報告しろ!我らは奴を追いかける!!』

『は、はい!』




その頃、冬牙と鷹見さんはターゲットが毎晩客の呼び込みをしているという地点で、例の遊女を探していた。

『――そこのお侍さん方、遊んで行かないか〜い?』

『――色男は安くしておくよ〜♪』

『金の為に好いてもいない男と寝るなど…。女の考えることはわからんな』

『…こんな戦乱の世だ。男は侍として重宝されても、女はろくな職にありつけん。皆、食っていくのに必死なのだろう…』

『…そうだな。こんな堅苦しい甲冑など着けずともよい世に早くしたいものだ…。――ところで冬牙、例の薬は…?』

『あぁ、美貴から預かってきた』


と、冬牙は懐から薬紙に包まれた玉薬を出すと、鷹見さんに見せた。

『これは藤堂家に代々伝わる霊薬。魔に憑かれた者に飲ませれば、その者に憑く魔の者の闇の霊力を極限まで奪うことができると言われておる』

『この玉薬を媚薬と偽って飲ませられるか否かは、我々の演技次第というところだな』

『あぁ、そうだな』

『――は〜い♪そこのお兄さん、私をご指名か〜い?』


すると、探していた遊女が呼び込みしているのを見かけ、二人は素早く建物の陰に隠れた。

『間違いない、あの女だ…!』

『確かに今までにない邪悪な気配を感じるな…。――冬牙、巫女姉妹を呼んでこい!それまでに私がこの薬をあの女に飲ませておこう』

『頼んだぞ、鷹見!』

『『――おやおや、複数での絡みをご所望かい?お代は高くつくよ…♪』』

『――ハ…ッ!?』


いつの間にか冬牙と鷹見さんの周りを例の遊女と別の遊女達が同じ闇のオーラを出しながら取り囲んでいた…!!

『〜〜しまった…!』

『『ケケケッ、残念だったねぇ。この女の体にサタン様はいないよ〜♪』』

『何だと…!?』

『――冬牙様ー!』

『アモス…!何があった!?』

『〜〜美貴様がサタンにさらわれました!サタンが取り憑いていたのはその女ではなく、美玖様だったようです…!!』

『〜〜何…っ!?』

『『あはははっ!まんまと囮に引っかかるとは裏御三家も大したことないねぇ♪』』

『…!これは降魔の霊力か…!?』

『人の心の闇につけ入り、取り憑く新種の降魔が現れたと耳にしたことがある…。〜〜まさか、こいつがそうなのか…!?』

『『そのまさかさ。ご挨拶にほら、仲間もこ〜んなに連れて来てやったよ』』

『〜〜どういうことだ…!?我々の作戦が敵方に漏れていたというのか!?』

『『ウフフッ、そのたくましい体で私ら全員相手にしておくれよ…♪』』

『『――サタン様の邪魔はさせぬ…!』』

『『――裏御三家を殺せ…!』』

『『――殺せぇ…!!』』

『〜〜くそ…っ、無抵抗な町民に取り憑くなど卑怯な…っ!』

『〜〜このまま斬れば、器のこの者どもの命まで…』

『――ここは私が!』

『アモス!?』

『今、隼人の者達が美貴様の後を追い、藤堂の屋敷に向かっております!お二人もお早く…!!』

『〜〜すまぬ、アモス…。ここは任せた!――行くぞ、鷹見!』

『あぁ!』

『『フフ、一人でこれだけの降魔を相手にしようとは見上げた坊やだねぇ』』

『――フッ、どうやら、この忌まわしい力を存分に使う時が来たようだ!』


見たことのないパリシィの霊力を放出するアモスに遊女達は驚き、思わず後ずさった。

『『〜〜その霊力…。お前は何者だい…!?』』

『――私は隼人家に仕える家臣!冬牙様の恩に報いる為、ここは決して通さぬ…!!』




その頃、美玖さんが美貴さんをさらって監禁している藤堂の屋敷では…。

『――ぐわあああああ〜っ!!』

サタンにほぼ人格を乗っ取られている美玖さんは自分の家族である藤堂家の人間を皆殺しにしただけじゃ飽き足らず、美貴さんを追って屋敷に侵入した冬牙の家臣達も全員殺し、霊力を奪っていた…!

『〜〜み…、み…んな…』

『フフフ…、さすがは裏御三家の人間ども。どいつの霊力も一級品だ』

『〜〜もうやめて!!美玖の体でそんなひどいことしないで…っ!!』

『フッ、何を言うか。ここからがメインディッシュ。お前達・裏御三家の当主どもの極上の霊力を頂くまで、この女は使わせてもらうぞ』

『い…、いやぁ…』


サタンに取り憑かれた美玖さんが舌で唇を舐め回しながらご機嫌に美貴さんの顎を押し上げていると…、

『――美貴ーっ!!』

と、冬牙と鷹見さんが二人のいる居間に入ってきた。

『と…、冬牙…様…!』

『こ、これは…!!』


多くの死体が転がっている血の海の床…、飛散した血飛沫がこすられている跡から家臣達の最後の抵抗を思わせるひびだらけの壁…、無残に壊された高級調度品の数々…。

『〜〜皆…、なんということだ…』

主人の婚約者を守る為、己の命を顧みず、無残に散って横たわっている仲間達に冬牙は嗚咽を噛み殺しながら膝をついた…。

『〜〜冬牙…。――戦おう、皆の無念を晴らす為にも…!』

『〜〜く…っ、う…うううぅ…っ』

『ふふふっ、嬉しいわ、冬牙様。未来の妻である私に会いに来て下さったのね♪』

『〜〜悪魔め…。美玖の体から出て行け!!』

『我を呼び寄せたのは、このおなごだぞ?愛ゆえの醜い嫉妬に溺れ、心を闇で汚したおなごの体ほど居心地の良い器はないからなぁ…!』

『何…!?〜〜まさか、美玖は自ら望んでサタンを受け入れたと…――!?』


言いかけた鷹見にサタンの手下の降魔達が一斉に襲いかかった!

『うわああああーっ!!』

『鷹見…!!』

『うふふっ、冬牙様は殺しちゃ駄目よ。美貴姉様を殺したら、私のお婿さんにするんですもの♪』

『〜〜な、何を言ってるの、美玖…?』

『クククッ、愚か者め。妹の心が何故、負の感情にまみれたか…、まだわからぬのか?』

『え…?』

『わからぬのなら教えてやろう…』――あんたが私から冬牙様を奪ったからよ…っ!!』

『きゃああああ――っ!!』


すると、人に取り憑く能力を持つ降魔が美貴さんと美玖さんの父親に取り憑き、死体を操って、縄で両手首を拘束されている美貴さんの服を乱暴に破り、犯し始めた。

『いやああああっ!!〜〜やめて下さい、お父様!!あぁっ!いやあああ〜っ!!』

『美貴ぃっ――…!!』


美貴を助けに行こうとした冬牙の前に同じく降魔に憑かれて操られている死体達が立ち塞がった!

『姉様は私の欲しい物を全て奪っていく…。だから、今度は私が奪ってやるの!あんたさえいなくなれば、私は冬牙様と幸せになれるのよっ!!』

『お願い、やめさせて!このままじゃ赤ちゃんが…!〜〜冬牙様の赤ちゃんが死んじゃうぅっ!!』

『…!!赤ん坊…だと?』

『…そうよ、美貴姉様は冬牙様の赤子を身ごもってるの。嫁入り前のくせにはしたないったらないわ…っ!!』

『〜〜んはああああああ〜っ!!』


美玖の怒りが強まるのと比例して、美貴を犯す父親の死体の腰の動きも加速していく…!!

『〜〜やめろ…!!やめるんだ、美貴!!』

『く…っ!――これを使え!!』


と、降魔達と戦っている鷹見さんが投げ渡したのは、先程冬牙が渡した、魔の者の闇の霊力を低下させる玉薬だった。

『そうか、これさえあれば…!――うわあっ!?』

――パァン…!!

『ふふふっ、無断で藤堂の秘薬は使わせませんわよ♪』

衝撃波で冬牙の手から玉薬を紙ごと離させ、美玖さんはニヤッと笑った。

『いやああああああ〜っ!!冬牙様、見ないで下さいまし…!!悪魔に汚されていく…私…を…〜〜きゃあああああああ〜っ!!』

『くそ…っ、〜〜美貴ぃーっ!!』

『あはははっ!もっとよ!もっと汚してやりなさい!!冬牙様との愛の結晶は、この私が壊してやるっ!!――『今日で裏御三家の血を根絶やしにしてくれるわ…!!』

『ひぃっ!!〜〜いやあああああああああ〜っ!!』


美貴さんが絶叫すると同時に彼女の胎内に悪魔の精子が注ぎ込まれた。

『〜〜美貴ぃぃぃ――っ!!』

『あ…あぁ…、赤ちゃんが…。私と…冬牙様の…光が…消えて…い…く…』

『クククッ、悪魔の種子を植えつけられても朽ち果てぬとは、さすがは藤堂の巫女だ』

『〜〜美玖めぇっ!裏切り者はこの手で粛清してくれる!!』

『ククッ、いつもいつも愛だの友情だのくだらんことを抜かしている貴様に、仲間を殺すなどできやしな――!?』


――ザシュ…ッ!!

冬牙は真刀滅却で美玖の左肩を壁ごと刺し貫いた…!!

『〜〜かはぁ…っ!?と…、冬牙…さ…ま…?』

『――裏御三家ともあろう者が悪魔に心を奪われるなど生き恥に過ぎん…。サタンごと闇に葬ってくれる…!!』

『〜〜そ…んなぁ…、私は…ただあなた様をお慕いして――…っ!!』


冬牙は玉薬を口に含むと、美玖の喉にキス越しに押し込んだ。

『ん…っ、んむぅ…ん』

『…惚れた男とくちづけできて、さぞ嬉かろう?――だが、残念だったな。私が愛しているのは美貴だけだ…!!』


――グググ…ッ!!

『〜〜ぎゃあああああああ〜っ!!』

喉を焼いて闇の霊力が飛散する苦しみと、冬牙に左肩の傷口を広げられる痛みに美玖さんは悲鳴をあげた。

『と、冬牙…』

『おやめ下さい、冬牙様!!〜〜全て私が悪いのです…!私が美玖の気持ちに気づけていたら、こんなことには…』

『み、美貴…姉…様…。――『使い物にならん器だ…。我としたことが取り憑く相手を見誤ったようだな』

『〜〜逃がすか…っ!!』

『お願いします!どうか美玖を殺さないで…!!』

『一度サタンに憑かれた者は助からん!諦めろ!!』

『――いいえ、私は諦めません…!!』


美貴さんは霊力を込めて自分を拘束していた縄を切ると、愛でいっぱいに包みながら美玖さんを抱きしめた。

『美貴…!?』

『美貴…姉…さ…ま?』

『〜〜ごめんね、美玖…。あなたにばかり辛い思いをさせてしまって…。――今、姉様が助けるわ…!』


美貴さんは温かい光の霊力で美玖さんを優しく包むと、闇の霊力を浄化させていく…!

『ぐう…っ!〜〜グワアアアアア〜ッ!!』

光の霊力の輝きに耐えきれなくなり、サタンは美玖さんの体から飛び出してきたが、美玖さんの体は朽ちなかった。

きっと、妹さんを思いやる美貴さんの愛の光が奇跡を起こしたんだろう…!

『〜〜う…うぅ…、ごめんなさい、美貴姉様ぁ…』

『いいのよ、もう。今は何も考えずにお休みなさい…』

『〜〜おのれぇ…っ!!』


サタンはおどろおどろしい声をあげながら、気体状の体で美貴さんにまとわりついた!!

『きゃあああああっ!!』

『〜〜姉様…!!』

『美貴ーっ!!』


――ドクン…ッ!!

『美貴…!?〜〜どうした!?しっかりしろ…!!』

『あ…っ、あ…あぁ…』


サタンを追い払い、美貴さんを必死に守ろうとする冬牙に抱きしめられながら、美貴さんは下腹部を押さえてうずくまってしまった…!

『〜〜おのれ、サタン!!美貴に何をした!?』

『光の霊力を妹に分け与えたことで、先程植えつけた悪魔の種子が発芽の速度を速めたのだろう。――この女は最早、人間ではない!悪魔だ…!!』

『〜〜いやあああああああああ〜っ!!』


大きく仰け反り、天井を仰ぎ見た美貴さんの瞳が血のように赤くなり、背中から漆黒の翼が生えてきた…!

『み…、美貴…!?』

『〜〜その姿は…』

『クククッ、これで母胎は完成だ!!』

『はぁ…はぁ…っ!?〜〜はあああああああ〜っ!!』


サタンにまとわりつかれると、美貴さんは大きく目を見開き、下腹部を押さえて絶叫した!!

『〜〜美貴姉様ぁっ!!』

『――こうして我の子種を注ぐことで、直に悪魔の子が生まれる。藤堂の女当主よ、これからは私の慰めものとして、永久に降魔を産み続けてもらうぞ…!!』


美貴さんはまるでサタンに犯されているように喘ぎ苦しみながら、黒い光を帯びていく自身の子宮を押さえて痙攣している!

『あはぁっ、お…おおおぉ…!!こ、壊れるぅ!た、助けて…、冬牙…さ…まぁ…』

『美貴…!!〜〜やめろぉぉぉっ!!』

『無駄だ、どんなに剣を振るおうとも霊体の我には傷一つつけられぬ。…人はなんとも弱い創造物だ。裏御三家と崇められる貴様らですら、己の野望の為に平気で仲間を裏切ったではないか』

『〜〜…っ!!』

『ククッ、神の失敗作の貴様らなんぞに我を消すことなどできはしまい!』

『……ならば私も…、――貴様と同じ力を使ってやる…!!』


冬牙が真刀で己の腕を切って血を床に垂らすと、彼の立っている床に赤黒い魔法陣が浮かび上がった…!

『冬牙…!?〜〜何をするつもりだ!?』

『興味本位で黒魔術の文献を読み漁っていたのが、こんなところで役に立つとはな…。――サタンを葬るには同じくらい強力な霊力…、つまり光の霊力より殺傷能力が高い強い闇の霊力が必要だ。そして、魔の者と化した美貴と生きていくには私も闇の世界の住人になればよい。――私がこの身に闇の霊力を宿せば、全てうまくいくのだ…!!』

『〜〜おやめ下さい!!そんなことをしたら、あなたも人に戻れなくなるわ!!』

『我らも助太刀する!裏御三家の力を合わせれば、西洋の悪魔ごとき…!!』

『――仲間など必要ない!!憎きサタンを殺すのはこの私だ…っ!!邪魔をするというなら、お前らも斬り伏せるぞ!?』

『…っ!!』『…っ!!』


闇のオーラを発し、まるで鬼のように血走った怖ろしい赤い瞳で睨んできた冬牙に美玖さんと鷹見さんは言葉を失った…。

『奴と同じこのおぞましい力さえあれば、悪魔を葬るなど造作もないこと…!――美貴の仇を取れるならば、私は喜んで鬼となろう…!!』

冬牙が体内の光の霊力を闇の霊力に変え、サタンの力とぶつかったことで爆発を起こし、藤堂の屋敷にすさまじい炎が上がった…!!


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