大神一郎誕生日記念・特別短編小説2013
「愛の魔法」その10
『――おおおおおおぉぉぉ…っ!!』
怒り震える冬牙は闇の霊力を蓄えた真刀を構え、サタンと対峙している。
『相手を呪い、殺す為に作られた黒魔術…か。やはり人間は愚かしい』
『〜〜やめろ、冬牙!!そんなものを使えば、お前の命まで…!!』
『それでも構わん!!それでこいつを殺せるなら…!!――うおおおおおおっ!!』
暗黒の光に輝く真刀で、冬牙は気体状のサタンの体を斬り裂いた!
『ぐおおおおっ!?〜〜ば…っ、馬鹿な…、刀が我の体に触れるとは…!?』
『貴様はこのおぞましく、強大な力で私の愛する者達を傷つけたのだ!我らの痛み、身を持って知るがいい…!!』
悪魔のように赤く光らせた瞳で睨んでくる冬牙に、サタンは臆するどころか高らかに笑い始めた。
『人間の分際で、これほど闇の霊力を使える奴がいたとはのぅ』
『〜〜冬牙…さ…ま…、私の為に…、おやめ下さいまし…っ』
『私はお前を守ると約束したはずだ。――その腹の子も一緒にな…!』
『冬牙様…。〜〜…っ!?うああああああっ!!』
『美貴…!?』
『フフ、始まったか。――残念だったな、隼人の若造。この女はじきに私の子を産むぞ?』
『〜〜何!?』
『うっ、お腹…が…。う…産まれ…るぅ!ハァハァ…、冬牙…さ…まぁ…』
『美貴…!〜〜美貴ぃ〜っ!!』
『ククク…、さぁ、いきめ!我の奴隷として悪魔の子を産み落とすのだ!!』
『〜〜貴様ぁ…っ!!』
『冬牙…さ…まぁ…っ!うあ…っふぁ…!あ…あああああああ――っ!!』
抱きしめてくれている冬牙の手を強く握り、いきんだ美貴さん…。
だが、サタンの予想は外れて、彼女の腹は光に輝いた。暗黒ではなく、神聖な神の光に…!
『ぐおおおおおっ!!〜〜こ、この光は…!?』
『ほんぎゃあ、ほんぎゃあ…!』『おぎゃあ、おぎゃあ…!』
忌まわしい黒い光を放つ赤ん坊ともう一人、まばゆく白い光を放つ赤ん坊…。光と闇…、正反対のオーラを纏う二人の赤ん坊が寄り添いながら元気な産声をあげ、同じ光の中から誕生したのである!
『双子…!?』
『光の赤子から隼人の霊力を感じるわ…!この子はまさか…!?』
『冬牙様と私の赤ちゃん…。あぁ…、無事に生まれてきてくれたのね…!』
『私と…美貴…の…』
『ご覧下さいまし、冬牙様。まだ私達の希望の光は消えてはおりませぬ…!』
可愛らしいつぶらな瞳で見てくる我が子の頬を冬牙はゆっくり撫でた。
『――あぁ、そうだな。お前に似て可愛らしく、賢そうな子だ…』
自分の赤ん坊を目にして落ち着きを取り戻したのか、冬牙の体から暴走しそうなほど放出されていた闇の霊力が、ふっと収まった。
霊力が光を取り戻した冬牙に美貴さんは安堵して微笑んだ。
『冬牙様…。よか…った…』
『美貴…!?〜〜おい、しっかりしろ!!』
『…悪魔が光の加護を受けた赤子など産むからだ。――くたばっている暇はないぞ、美貴!降魔となったその体で、これから永久に我がしもべを産んでもらうのだからな…!!』
光と闇の双子を胸に抱いて、ぐったりしている美貴さんにサタンが再びまとわりつこうとしたその時…!
『――ムンッ!!』
鷹見さんが十字を切ると、サタンが冬牙と美貴さんに気を取られている間に準備しておいた剣・鏡・珠の魔神器が共鳴し合い、サタンを光のデルタゾーンに閉じ込めた!
『〜〜何…!?ぐわあああああああ〜っ!!』
『美貴が神剣を使えぬ今、我らだけでサタンを消すのは不可能…!魔神器の力で、この地に封印するぞ!!』
『冬牙様、お早く!火の手が迫っていますわ!!』
『あ…、あぁ!』
冬牙は剣、美玖は鏡、鷹見は珠の前に立つと、各々の霊力をそれぞれの魔神器に捧げた。
『魔神器よ!我ら継承者に力を貸したまえ…!!』
『我らは破邪の血を継ぐ者なり!!闇に堕ちし魔の者をここに封印せん…!!』
『聖なる力を我らに…!!』
『ぎゃあああああああ…!!』
サタンの断末魔が響き渡ると、炎に包まれる屋敷からピンク、深緑、白色の裏御三家の光が放たれ、日本列島を駆け巡った!
『ぎゃあああああ〜っ!!』
日本の各都で闊歩していた降魔達はその波に呑まれ、消滅していく…!
降魔に憑かれ、アモスと戦っていた遊女達もまた光の波に呑まれ、皆、穏やかな顔つきに戻って気を失った。
『これは…!遂にサタンを倒されたか!』
戦っていたアモスは誇らしげに光の発信元を見上げると、急いで藤堂の屋敷へ向かうのだった。
『〜〜おのれ、裏御三家め…。人間どもが下界に蔓延り続ける限り、我は何度でも甦ってやる…!その時は、お前達の忌まわしい子孫もろとも…この世界…を…』
サタンが光の三角形の中に吸い込まれて封印されると、魔神器に霊力を送り込んでいた冬牙、美玖さん、鷹見さんは想像を絶する疲労感と倦怠感に襲われ、気を失うようにその場に倒れ込んだ。
『〜〜ハァハァハァ…、3人で負担を軽減し合ったお陰で、何とか持ち堪えられたか…』
『封印は二剣二刀の継承者でなければ解けません。私達の子孫に裏切り者でも出ない限り、サタンがこの世界に復活することはもうないでしょう…』
『フッ、悪魔め。我ら人間を見くびるからだ…』
傷だらけの体で息を切らしている冬牙達の近くに炎に包まれた天井が落ちてきた…!
『〜〜焼け落ちるのも時間の問題だな…。急いで避難するとしよう!』
『そうだな…。――さぁ、美貴…!』
『えぇ…!』
冬牙は双子の赤ん坊を抱く美貴さんに手を差し伸べた。そして、冬牙の手に美貴さんが触れたその時…!
『きゃあああああっ!?』
美貴さんの手が突然発火し、光の炎に包まれた!!
『美貴…!?』
『〜〜あ…ああぁ…』
美貴さんは真っ赤に焼け爛れた己の掌にショックを受けた。
封印を施して上がった冬牙の光の霊力は、最終降魔の美貴さんには毒でしかない…。おそらく、手には何千度という炎で焼かれた鉄を握ったような激痛が走ったことだろう。
だが、そんな体の痛みより心の痛みの方がダメージは大きい。昨日まで当たり前のように愛する人と触れ合えていたのに…。
美貴さんは泣き狂いたい衝動を必死に堪え、震えながら冬牙に微笑んだ。
『――二人を連れて行って下さい。私はここに残ります…』
『〜〜美貴…、何を言い出すのだ!?』
『今の私は降魔…。生きていれば、いずれサタンのように害をなす存在になりましょう…』
『〜〜お前を悪魔になどさせやしない!!人目が気になるなら、私の実家で暮らせばよい!人間に戻る方法を私が必ず突き止めてやる!!力が暴走しそうになったら、私が必ず止めてやる…!!〜〜だから――!!』
『う…っ、〜〜ああああぁ…っ!!』
突如、胸に焼けるような痛みが走ったので、美貴さんは視線を落とした。
冬牙との赤ん坊が放つ光のオーラが母親である自分を闇の存在と認識し、焼き殺そうとしている。その事実に冬牙も美貴さんも言葉を失った…。
『……私の体は汚れてしまいました。〜〜もう母として、この子を抱くことも…、あなたの腕に抱かれることも神はお許しにならないでしょう…』
『ならば、この子の面倒は私が見る!!〜〜だから、頼む!私の傍にいてくれ…っ!!』
美貴さんは静かに首を横に振ると、目に涙を浮かべながら冬牙に光の赤子を託した。
『お願いです、冬牙様…。どうか…私の最後のわがままを聞いて下さい…』
『美貴…。〜〜私が人だからか…?だから、共には暮らせぬと申すのか…!?』
『……当主である巫女が闇に堕ちたと知られれば、藤堂の家名に傷がつきます。どうか私のことはお忘れになって…。私の代わりに妹とこの子を…』
『〜〜美貴ぃっ!!』
光の赤子を抱きながら冬牙が美貴さんに手を伸ばそうとすると、炎に包まれた柱が倒れてきて、二人の間をむごく引き裂いた…!
『…もうここも限界だ。行くぞ、冬牙!』
『〜〜逝かないでくれ…!!私はそなたが生きててくれれば、それで――っ!!』
『冬牙様…。〜〜どうかお元気で…』
『美貴ぃっ!!〜〜美貴ぃ〜…っ!!』
鷹見さんに無理矢理、屋敷の外へ連れ出されていった冬牙を見送ると、美玖さんは姉が抱く闇の赤子を見つめながら静かに口を開いた。
『…その子と心中するつもり?』
『……この子はサタンの子。普通の子と同じように生きていくのは無理だもの…』
『〜〜だけど、生まれてきたこの子に罪はないでしょう!?』
『あ…っ!?』
美玖さんは闇の赤子を美貴さんから奪うと、すやすや眠っている柔らかい頬に涙に濡れた自分の頬をくっつけた。
『この子は悪魔の子だけど、藤堂家の大事な跡取りよ?姉様の代わりに私が普通の子として育ててみせるわ…!』
『……もし、私のように闇の力が芽生えてしまったら…?』
『……その時は私が楽に死なせてあげる。それが破邪の力を持つ裏御三家の使命ですもの…』
『美玖…』
『ごめんなさい、美貴姉様…。これが私にできる精一杯の罪滅ぼしなの…』
『いいえ、罪滅ぼしなんて言わないで…。――ありがとう、美玖…』
美玖さんは炎に消えていく姉の最後の笑顔を見届けると、下唇を噛みながら闇の赤子を連れて屋敷を後にした。
『……冬牙様…』
炎に包まれ、身を焦がしていく家族と仲間達を見守る美貴さん…。
熱さを感じながら煙を吸って意識が朦朧とする中、冬牙からもらった髪飾りを頭から取り、優しいく目を細めて見つめた。
『――さようなら、最愛のあなた…。また来世で…愛の契りを……』
『〜〜美貴ぃぃぃ〜っ!!』
美貴さんの真珠のような大粒の涙が髪飾りに垂れるのと同時に冬牙は振り返り、婚約者の名を叫んだ。
そして、負の感情に囚われた故に自らが起こした炎で焼け崩れていく藤堂の屋敷に呆然と立ち尽くすことしかできなかった…。
そして、戦いを終えた若き3人の当主達は、それぞれの道を歩み出した。
『…冬牙に会っていかなくてよいのか?』
『……私が顔を見せては、余計に悲しませてしまいますもの…。しばらくは美貴姉様が教えてくれた舞でも舞って、旅芸人でもしますわ。それで藤堂家再興の資金でも集めようかと…』
『そうか…。――達者でな。困ったことがあれば、いつでも頼ってくるがよい』
『ありがとうございます。……ですが、私達が顔を合わせるということは、この世にまた危機が迫ったということ…。――もう二度と会わずに済むことを祈ってますわ…』
家族も住む家も失った美玖さんは、美貴さんの忘れ形見である闇の赤子を連れ、一人武蔵野国を発った。
その後、美玖さんが冬牙と鷹見さんと会うことは二度となかった…。彼女がどこで余生を過ごしたのか、闇の赤子がどうなったかはどの文献にも記されていない。
だが、藤堂の血を引く藤枝家が今もいて、『幸舞の儀』と称して美貴さんの舞が伝承されているところからすると、この闇の赤子が百年に一度悪魔の子が産まれるという言い伝えがある藤枝家の祖先にあたると考えるのが妥当だろう。
おそらく、美玖さんは赤子を守る為に『藤枝』と名字を変えて身分を隠し、姉に救ってもらった命を無駄にしないよう藤堂家の復興に生涯を捧げたんだと思う…。
サタン討伐の任務を終えた冬牙は京に戻ると、美貴さんを生き返らせる為に西洋のありとあらゆる魔術書を読み漁った。他のことには目もくれず、人が変わったように一日中屋敷に閉じこもり、黒魔術の研究に明け暮れているのだ。
親玉のサタンが封印されてから降魔は地下に潜り、滅多に姿を見せなくなった。が、その代わりに横暴な武将や物盗りのせいで町の治安は悪いまま…。困っている人が訪れても動こうとせず、家臣達を皆、黒魔術の研究に携えさせた。
『万屋大名』と呼ばれていた頃では考えられないほど、冬牙は屋敷の外の世界との関係を一切絶つようになっていたのである…。
そんな彼の世話は家臣の中で唯一生き残ったアモスがしていた。
『――冬牙様、お食事を持って参りました』
『――魔女の集会・サバトで編み出された反魂の術…。それを使えば、美貴を黄泉の国から連れ戻せるかもしれぬ…!』
何かに取り憑かれたように、冬牙は魔法陣の上で休みなく黒魔術の魔術所をぶつぶつ読み、呪文を唱え続けている…。
『〜〜また失敗か…!一体何が足りぬ…!?どこが間違っているというのだっ!?』
ほとんど食事もとらず、睡眠時間も極限まで削って、ただ美貴さんを生き返らせる妄想に耽る日々…。少しでも行き詰まると、イライラをアモスや他の家臣達に容赦なくぶつけてくるのだ。
『〜〜少しお休み下さいませ…。当主のあなた様が倒れられては、この隼人家は…』
『…邪魔をするな!私は研究に忙しいのだ!!』
『しかし、反魂の術といえば禁忌の黒魔術…。もし、間違った方法で発動すれば、この世界が――っ!?』
――ガチャーンッ!!
頭に血が上った冬牙は食器をアモスに投げつけ、料理を畳にぶちまけた。
『この世界の平和が美貴の尊い犠牲の上に成り立ったことなど誰も知らぬ…。〜〜皆、我々の苦しみなど知らずにのうのうと暮らしておる!美貴がおらぬ世界など救う価値はない…!!』
『と…、冬牙様…』
『――ただ今戻りました』
冬牙の豹変ぶりに言葉を失っているアモスの隣に、情報収集を任されていた甲賀流の忍びが降り立った。
『…反魂の術の方法を記した例の石版は見つかったか?』
『……申し訳ございません…。手がかりは未だ…』
冬牙は顔をしかめると、忍びの首を真刀で容赦なくはねた!
『〜〜冬牙様…!!なんてことを!?』
『…私は主人だ。使えぬ家臣を斬り捨てて何が悪い?』
サタンとの戦い以来、別人のようになってしまった主人にアモスは複雑な思いで仕えていた…。
…だが、アモスは信じていた。冬牙が荒れているのは今だけ…。美貴の死を受け入れ、辛い現実を乗り越えたら、きっとまた元の優しい主人に戻ってくれると…。
『――あーうー』
『あっ、〜〜豊春様!』
『……豊春…。――おいで』
『あ〜♪』
美貴さんとの息子・豊春がはいはいして部屋に入ってきたのを目にすると、冬牙は表情を一変させ、優しく微笑みながら我が子を抱きかかえた。
『お前も母の乳を吸えずに寂しかろう?待っていろ、すぐに父様が母様と会わせてやるからな』
『あぶぅ…。きゃっきゃっ♪』
『冬牙様…』
豊春といる時だけは冬牙は元の穏やかな表情でいられたという…。…だが、
『〜〜う…っ!』
『冬牙様…!?』
この頃、冬牙は隼人と藤堂、両家の血を引く神聖な赤ん坊の体に触れるだけで、美貴さんのように火傷を負うようになっていた。
復讐の為に力を欲し、サタンの戦いで自身にかけた黒魔術の代償は想像以上に大きかった…。冬牙の体内に宿る光の霊力は徐々に闇の霊力に変わり、冬牙の体を着実に蝕んでいたのである…。
冬牙が正気でいられる時間は日毎に減っていった。少しでも楯突いた家臣を殺すのがやがて快感になっていき、サタンと同じ破壊を好む鬼へと変わっていく主人を見るのはアモスにはとても苦痛だった…。
遂に冬牙は屋敷の地下牢に繋がれ、愛する豊春と会うことも禁じられたのである…。
『――私を…殺してはくれまいか…?』
『冬牙様…』
『……このまま生き永らえていては、やがて心を魔に支配され、お前と豊春を手にかけてしまうことだろう…。私が授けた隼人の霊力で私を葬ってほしいのだ』
『〜〜いくら主人の命といえども、こればかりは聞けませぬ!今、家臣に呪いを解く方法を探させております!見つかるまで、どうかご辛抱を…!!』
『この溢れそうな闇を抑えていられるのも限界に近い…。〜〜頼む、アモス、私をこの生き地獄から解放してくれ…。こんなことを頼めるのは…、もうお前しかおらんのだ…』
『今の私があるのは冬牙様のお陰です!〜〜私にはあなた様が必要なのです!豊春様も父君のあなたにあんなに懐いているではありませぬか…!!』
『……いずれ大きくなれば、闇に堕ちた愚かな父をあの子も蔑むであろう。愛する者を亡くし、子供の頭も満足に撫でてやれぬ体となった今、生きていても仕方あるまい…』
『しかし――!』
『〜〜ぐぅ…っ!!』
『冬牙様…!?』
『〜〜またこの発作か…。段々と起きる間隔が短くなってきておる…。私の心に宿る光は間もなく闇に塗り潰されるであろう…。身も心も鬼となる日もそう遠くまい…』
『〜〜そんな…』
『誇り高き当主として生きてきた証に、この正義の光だけは何としても守りたいのだ…!…アモス、真刀滅却は持って参ったか?』
『は、はい、ここに!』
『…すまぬが、腕の拘束を解いてくれぬか?』
冬牙は手首を縛っていた縄を解いてもらうと、真刀の柄をぐっと握り、自身の心臓を一突きした…!!
『冬牙様…っ!?』
だが、左胸から溢れてきたのは血ではなく、キラキラと輝きながら天へ舞っていく美しい光だった。
『――私の光の魂は魔の届かぬ天上界へ送られた。これで心置きなく己の闇と向き合えるというもの…。〜〜ぐ…っ、おおおおお…っ!!』
『〜〜何をなさるのです!?光を失えば、あなたは完全に闇の者に…!!』
『〜〜その時こそ好機…!私が鬼と化したら、すぐにその真刀で首をはねよ!よいな…!?』
『で、ですが――!?』
『うぅっ!!〜〜うああああああ〜っ!!』
口から牙が生え、全身の筋肉が膨張し、冬牙は怒りに震える醜い鬼へと姿を変えていく…!!
『〜〜冬牙様ぁっ!!』
『――何事だ…!?』
駆けつけてきた屋敷の衛兵達は、どこから侵入したかわからぬ巨大な鬼に腰を抜かした。
『〜〜ひいいっ!!お、鬼だぁっ!!』
『〜〜化け物め…!火縄銃で仕留めてくれるわ…!!』
『〜〜なりませぬ!!この鬼は冬――!』
『――よいのだ、アモス…。早く真刀滅却で…私を…!』
『冬牙様…』
『これは主人からの最後の命だ…。私を美貴の元へ逝かせてくれ…!』
『〜〜…っ!』
『な…、何故、鬼の体から冬牙様の声が…!?』
『まさか、この鬼は――!?』
『〜〜御免…っ!!』
――ザンッ!!
アモスの涙と共に冬牙の血が飛び散った。
せめて最期だけは苦しまぬよう、アモスは骨が刃に引っかからないように計算し、一瞬で冬牙の鬼首をはねてやった。
『――さすがは私が見込んだ家臣だ…。豊春を…頼んだぞ…』
大好きだった主人が死に際にそう言ってくれたような気がして、アモスは冬牙の頭部を抱きしめながら、14歳の少年らしく声をあげて泣いた。
『〜〜名を頂いたご恩は決して忘れませぬ…!どうか美貴様と安らかにお眠り下さいませ…』
冬牙亡き後もアモスは隼人家に仕え、次期当主と大切に育てられている豊春を守る側近となった。
しかし、当時は戦国時代真っ只中…。天下統一を目指し、各地の大名を討ち取っていた織田信長は当主不在の隼人家を潰すなら今と目をつけ、幼い豊春を殺し、隼人一族を根絶やしにしたと伝えられている。
だが、俺がバーチャル体験で見た歴史の真実は違っていた。死んだと思われている豊春と共にアモスが下野国…、後に俺が生まれる栃木県まで逃げ延びていたのである。
『――ハァハァ…、さすがにこんな山奥までは信長の追手も来れまい…』
アモスは背中に大量の矢を浴び、とっくに体力の限界を迎えていた…。だが、隼人の血を絶やさぬ為…、そして、主の忘れ形見を守る為、まだ死ねないと必死に心身を奮い立たせていたのである。
『豊春様…、どうか私に構わず…、お逃げ下さいませ…』
『〜〜嫌だよ!アモスを置いて行けるわけないじゃないか…!!』
『あなたは隼人と藤堂の血を引く唯一のお方…。どうか…この真刀滅却で…父君と…母君の…無念…を……っ』
『〜〜死んじゃ嫌だよ、アモス…。僕を一人にしないでぇ…!』
『豊春様……』
目の前で泣きじゃくる豊春にアモスは口から血を流しながら笑みを浮かべ、真刀滅却を託した。
『どうか…最後に…笑ってみせて下さい…』
『〜〜最後なんて言わないでよ…!…これでいいの!?僕が笑えば、アモスは死ななくて済む…!?』
『フフ…、本当に…あなたの笑顔は…父君に…そ…っくり…だ……』
木漏れ日を浴びながら豊春の頭を優しく撫でていたアモスは豊春と冬牙の顔を重ね描きながら、眠るように息を引き取った…。
『アモス…?〜〜アモスぅっ!!うわあああ〜ん…!!起きてよぉ〜!!……ぐすっ、ひっく…、僕は…これからどうすればいいのさ…?』
『――誰かいるのかい?』
『〜〜あ…っ!?』
山菜取りの最中と思われた若い男は、幹に寄りかかって死んでいる異国の侍を見て驚いた!
『この方はアモス様…!?……ということは、この子は冬牙様の…?』
『…?お兄ちゃん、お父様を知ってるの?』
『あぁ、僕は君のお父様を恩人と慕う者だ。――豊春様は信長公に殺されたと聞いていたが、まさかこんな田舎に…。ひょっとすると、冬牙様はあの世で豊春様の身を案じられて、私に託す為に…』
『…お兄ちゃん?』
『……そうか。君も孤児になってしまったんだね…。――おいで、ここまで来ればもう大丈夫だ。今日からうちで一緒に暮らそう…』
孤児となった豊春を拾ったのは、隼人が武蔵野国に設立した孤児院出身の男だった。今は結婚し、奥さんの実家で農業に勤しんでいる。まだ子供はおらず、昔、冬牙に世話になった恩から豊春を育ててやることに決めたのだった。
こうして、豊春は隼人家とは無縁の百姓に拾われて身分を隠しながら成長し、やがて同じ農村で暮らす娘と結婚。たくさん子供をもうけて幸せな人生を歩んだという。彼らが大神家の祖先となった者達だろう。
やがて数百年という気が遠くなるほどの年月が過ぎ、冬牙の魂の一部である光の心は天上界でミカエルに守られながら転生を果たし、大神一郎として生を受けた。
一方で、地獄に堕ちた冬牙の闇の魂は…。
『〜〜離せぇっ!!私はいつまでもこんな所でくたばっているわけにはいかぬのだ…!!』
サタンへの憎しみ、裏切った美玖さんへの怒り、美貴さんを失った悲しみ、突発的に黒魔術を使って身を滅ぼした後悔…。生前の様々な負の感情が鎖となって冬牙の魂を地獄に繋ぎとめていた。
魂が光を失ったことで自我を失い、冬牙は醜い鬼の姿のまま闇の霊力を暴走させていた…!
『〜〜まだ終われぬ…!!美貴を…我が妻を甦えらせるまではあああっ!!』
悪人の魂がひしめく地獄にいるうちに、冬牙の負の感情は生前より速いペースで風船のようにどんどん膨らんでいく…!
『この私をいとも簡単に殺せたアモスの霊力…。――あの不思議な力の源を手に入れれば、美貴はきっと…!!』
美貴さんをもう一度生き返らせられるなら、誰が犠牲になろうと構わない…。正気を失った冬牙にもうかつての優しい面影はなかった…。
冬牙は美貴さんを想う気持ちをバネに闇の霊力を増幅させ、執念で地獄から抜け出し、悪霊として現代に甦った。
そして、心に闇を抱えている者同士、引き寄せられるように出会った純の体を仮住まいとして提供してもらう代わりに、黒魔術の知識と黒魔術がたくさん使えるほどの闇の霊力を授けた。さらに、オーク巨樹の居所を知るはぐれ怪人のヴァレリーも配下に置き、オーク巨樹に攻め入った。
『冬牙様…!?』
『久しいな、アモス。また家臣として、一働きしてもらうぞ…!』
アモスは死後、小精霊になってオーク巨樹に仕えていたが、オーク巨樹の核を狙って攻めてきた冬牙の亡霊を見て、生前の記憶が甦った。
かつての主人とパリシィ一族、どちらにつくべきか板挟みになってアモスは悩んだが、愚かな主人は自分の手で止めようと、アモスはオーク巨樹を守ろうとした。
だが、闇の霊力と黒魔術を使う冬牙達の力に圧倒され、アモスは謀反を起こした罪で霊力を奪われ、仮面に精身体を閉じ込められてしまう。
そうして、アモスは仮面に閉じ込められたまま巴里中を巡り、ガラクタとしてマルシェで売られているところをたまたま見つけたエリカ君が仮面を気に入って購入し、運命的にも帝都にいる俺の元へ渡ってきたというわけだ。
『――面白いお面ね〜!』
『父さん、かぶってみてよ!』
『あぁ、いいぞ。――うおお〜!!悪い子は食ってやる〜!!』
『きゃはははっ!逃げろ〜!!』
『鬼ごっこだ〜!!』
『気をつけて下さいね〜。その仮面、被ると呪いがかかっちゃいますから』
『〜〜えっ!?』
(――これは隼人の霊力…?もしや、この方は冬牙様が放たれた、光の魂の生まれ変わりなのでは…!?)
隼人の血を引く俺に被られ、数百年ぶりに隼人の霊力に触れたことで、アモスの魂に封じられていた隼人の霊力が再び芽生えたのだった。
――その後のことは俺も知っている通り…というわけか。
『――私の記憶を覗き見たところで、今のお前に何もできはしまい…』
その時、冬牙の恨めしい声が聞こえてきたと思ったら、突然周りの景色がぐにゃっと曲がり、俺は過去の世界から暗闇へ飛ばされた…!!
『――私は諦めぬ…!たとえこの世界が滅びようとも、美貴との幸せをもう一度手に入れてみせる…!!』
〜〜冬牙の闇の霊力が暴走している…!?
早く止めないと…!〜〜だが、思うように力を出せない…。……俺はもう消えてしまったからか…?
何が帝国華撃団の司令だ…?何が帝都を救ってきた英雄だ…!? 〜〜こんな大事な時に…何もできやしないなんて……。
「――君はまだ死んでなんかいないよ」
『え…?』
闇の底へと深く深く堕ちていく俺の目の前に光が差したと思った瞬間、ピエロの格好をした見覚えのある少年が光に包まれながら姿を現した。
「久し振りだね。まさか、こんな所で再会できるとは思わなかったよ」
『お前はサリュ…!?』
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