大神一郎誕生日記念・特別短編小説2013
「愛の魔法」その11



サリュが現れると、辺りはいつの間にか洋風の墓石が並ぶ不気味な墓場に変わっていた。

手入れもお供えもされていなければ、見たこともない植物が墓石の周りに伸び放題…。どこまでも広がる空は、まるで黒のクレヨンで塗り潰されたように真っ暗だ。

「ここはオーク巨樹の根の深く…。罪深きパリシィ達の牢獄・パリシィ墓場だよ」

『ここが…パリシィ墓場…』

「君は消える寸前に精霊術にかけられて、ここへ避難してこられたのさ。運が良かったね。あのまま『死者の闇』に飲まれていたら、君という存在は完全に消えてただろうよ」

『…サリュ、君が助けてくれたのかい?』

「助けたのは僕じゃないよ。…礼なら彼に言うことだね」


サリュの呼びかけで、蛍のような青白い発光体がふわふわ漂いながら俺に近づいてきた。

『――ご無事でなによりです、大神殿』

『その声はアモスか!?』

『はい。霊体を壊され、このような魂だけの存在へと成り下がりましたが、サリュ様のお陰でなんとか生き永らえることができています』


アモスは人魂の炎の中に生前の己の姿を浮かび上がらせると、俺に敬意を表してひざまずいた。

「…その子の上司にオーク巨樹の核を支配されてからというもの、僕も善良なパリシィの御霊達もここに閉じ込められっぱなしでね…」

サリュの体にまとわりつき、弱々しく光っていたパリシィの魂達だが、こうしてサリュが説明している間も次々に消えていくので、パリシィ墓場からはどんどん光が消えていく。

……まるで世界が深淵の闇に飲まれていくみたいだ…。

「襲撃者の魔の手から逃げられても、墓場の瘴気に触れれば神聖な御霊は消えてしまう…。ここに閉じ込められている全ての魂が滅びるのも時間の問題だ…」

『〜〜すまない…。俺が奴の正体をもっと早く知っていれば…』

『…悪いのは僕です!〜〜僕があの時、ためらわずに返り討ちにしていれば…っ!』

『アモス…』

『――うううううぅ……うぅ…ううううぅぅ……』

『な、何だ…!?』


すすり泣くような…、うらめしく、か細い女の声が俺の鼓膜を震わせる。その度に悲しみや憎しみといった負の感情で俺の心が塞がっていく…。

「オーク巨樹が泣いている…。〜〜また奴がパリシィに手をかけたのか…!」

『これ以上、冬牙は何を企んでるんだ!?もう美貴さんは甦ったんだろう!?』

『冬牙様はパリシィの御霊を使い、美貴様の奪還に協力した褒美として、悪い魔法使いのピエールに様々な怪人の肉体と能力を授けているのです。巴里の街を壊すというピエールの野望を共に叶えようとしているとか…』

『〜〜冬牙…、これ以上まだ罪を重ねようというのか…。――アモス、サリュ、俺も力を貸すよ!今の俺達は呉越同舟。目的と敵は同じだろう?』

『えぇ、あなたが力を貸して下さるなら百人力です!』

「…勝手に話を進めないでよ。神の子であるパリシィがどうして異国の卑劣な種族と手を組まなくちゃならないのさ?」

『今はそんなことを言ってる場合じゃないだろう!?このままでは街もパリシィも…、下手したらオーク巨樹も救えなくなるかもしれないんだぞ!?』

「〜〜僕が守りたいのはオーク巨樹だけだ!!巴里の街なんてどうなろうが関係ないね…!!」

『サリュ様、無礼を承知の上で申し上げます!僕が彼をここへ呼び寄せたのはオーク巨樹を守る為!裏御三家とパリシィ、帝都と巴里を代表する双方の強力な霊力を合わせれば冬牙様を止められると思ったからです…!!』

「…君は誇り高きパリシィだろう?なのに、何でこいつの肩を持つんだ!?そいつは僕達をひどい目に遭わせた奴の生まれ変わりなんだぞ…っ!?」

『僕は家臣として、彼の魂に宿る強さと優しさを信じておりますから…!』

「…!」

『…大神殿、パリシィでないあなたなら、ここから抜け出せます。かつて、あなたが僕に隼人の力を授けて下さったように僕があなたにパリシィの力を与えれば、元の霊力を取り戻せるはずです…!』

『無茶をするな…!満身創痍の君から霊力を受け取れるわけないだろう!?』

『元より冬牙様に捧げしこの命…、あなた様のお役に立てて死ねるのなら本望でございます…!』

『アモス…』


その時、真っ暗な空に光の輪が現れ、そこからアモスの頭上に恵みの光が降り注いだ。

「これはオーク巨樹の力…!?」

きっと、主と仲間達を助けたいというアモスの純粋な心が大樹の心を突き動かしたんだろう…!

――あぁ、なんて温かい光なんだ…。これがパリシィの霊力なのか…!

『感謝します、我らが母よ…!』

「ありがとう、オーク巨樹。あなたの想い、決して無駄にはしない…!」

「〜〜どうしてさ、オーク巨樹…!?あなただって霊力を奪われてるのに――っ!?」


光の輪を仰ぎ見ながら下っ端の小精霊と外来民族に力を貸した大樹を罵ったサリュだったが、オーク巨樹の想いが心に流れ込んできたのか、一瞬歪めた顔を伏せると、拳を静かに震わせた。

「〜〜皆…、パリシィの誇りを忘れるなんて、どうかしてる…っ!」

『サリュ…!』


サリュは俺を睨みつけると、怒りを押し殺しながら姿を消した。

『…オーク巨樹が支配から解放されれば、サリュ様もわかって下さいます』

アモスはオーク巨樹の霊力で精身体を再構築すると、俺の精身体に掌を向けて、光を注いだ。

すると、光に包まれた俺の体は消えかかっていた弱々しいものから一転して、はっきりした輪郭と実体を得た人間の肉体に近いものに変わった。

「この体は…!」

『地上の瘴気に魂が侵食されないよう、かりそめの肉体を形成しておきました。これで外界にいる人間は皆、あなたの姿を見られるようになったはずです』

「ありがとう。これであやめさんを助けに行けるよ!」

『お気をつけ下さい、悪霊と化した冬牙様は正気を失っておいでです。反乱分子になりうる隼人の血を根絶やしにせんと行動に出るはず…』

「まさか、なでしこ達を…!?」

『…おそらく。あの子達は隼人と藤堂の血を引くばかりか、武道の心得がない幼子。真っ先に狙われてもおかしくないでしょう…。〜〜地下にオーク巨樹の根が張り巡らされている巴里市内であれば、今の僕でも保護できるかもしれませんが…』

「なら、子供達は父親の俺が巴里まで連れてくるよ!豊春を命がけで逃がしてくれた君になら安心して預けられそうだしな」

『大神殿…。――お任せ下さい。あなた様が出陣されている間はこのアモスが全力でお守り致します!』

「あぁ、頼むぞ!」

『それでは、こちらを…!』


アモスが精霊術を唱えると、俺の足元にパリシィの刻印が記された魔法陣が展開された。

『これであなたもパリシィの潜在能力を使えるようになったはずです。試しに、変身してみたいと思うものを想像して下さい』

「へ、変身したいもの…?うーん、そうだな…。子供達に会いに行くとしたら…――うわ…っ!?」


半信半疑で頭にイメージしてみると、いきなりまぶしい光に包まれた!

刹那、俺の体はさっき頭の中で想像してみた通りの姿…、去年のあやめさんの誕生日にアモスに姿を変えられた5歳児の大賀一太に変わった!

「す、姿が変わった…!?〜〜うわ!しかも、声と服まで!?」

『今のあなたは肉体に極めて近い構造を持つ霊体の持ち主。今のように頭でイメージすれば、何にだって姿を変えることができるのです』

「なるほど、カルマールに仕えていた怪人達はこの力で人間に化けていたのか…!」


その時、パリシィ墓場が大きな地震に見舞われた!

「ど、どうしたんだ…!?」

『…僕らの動きに冬牙様が気づかれたようです。今からあなたを帝都までお送りします!ご武運を…!』


地面が揺れる中、アモスは俺を光の球で包むと、精霊術で宙高く飛ばした…!

「アモス…!!」

『――あやめ様をお救いできるのはあなただけです。僕の代わりに冬牙様をお願いします…!』


光が強まっていくにつれて、段々とアモスの声が遠のいていく…。

そうして意識が朦朧とし始めて、一秒…、二秒……。

「――う…ん……?」

――気がつくと、俺は大賀一太の姿のまま天雲神社の境内に立っていた。……夢じゃなかったんだな…。

〜〜はは…、まさかまた子供になるなんて…って感慨に耽ってる場合じゃないか。早くなでしこ達を探して、巴里にいるアモスにかくまってもらわないと…!



なでしこ達を探しに俺が天雲神社をうろつき始めた頃、かえでさん達は境内の屋敷でメル君とシー君から巴里で頻発している怪現象についての話を聞いていた。

「――ここのところ、巴里では毎日のように殺人事件が発生しています」

「ある日、巴里市民が何の前触れもなく姿を消すんです。その数時間後にミイラ化した死体が市内のあちこちで見つかるって事件なんですけどねぇ〜…」

「〜〜うわああ〜ん!!アイリス、怖い話ヤダぁ〜!!」

「フッフッフ、大事な話なんですから、ちゃ〜んと聞かなきゃ駄目ですよぉ〜♪」

「せやけど、人間が数時間でミイラになるやなんて科学的にはありえへんことやで?」

「まさしく『Xファイル』ね…」

「えぇ…。――こちらをご覧下さい。エビヤン警部に頼んで、特別に貸して頂いた事件現場の写真です」


と、メル君はかえでさん達のそれぞれのキネマトロンに、事件現場に映り込んだ白い影の静止画を転送した。

「これは…!」

「〜〜うわああ〜ん!!お化けだぁ〜!!」

「〜〜この心霊写真、本物デ〜ス!!ものの見事に全部の写真に映り込んでマ〜ス!!」

「事件現場で撮ると、決まってニッポンのお侍さんの幽霊が映っちゃうんですって!…でもこの幽霊、どこからどう見ても大神さんなんですよねぇ〜?」

「…確かに隊長にそっくりだ。見た目から推測すると、生霊ってわけじゃなさそうだね?」

「隼人冬牙の怨霊とみて間違いなさそうですわね…!」

「〜〜むごいことするよなぁ…。全身カラッカラになるまで霊力を絞り取るなんてよぉ…」

「巴里市警の協力を得て調査を進めたところ、被害者の皆さんにはある共通点があることがわかったんですぅ〜!」

「遺体を解剖して霊力を分析した結果、皆さんが高い霊力をお持ちだったことがわかりました。しかも、霊力にいたってはエリカさん達と同じ…」

「つまり、被害者は全員、パリシィの生まれ変わりだったんですよぉ〜!」

「…ヴァレリーを殺したのと同じように、この世に転生したパリシィを殺して魂をオーク巨樹へ還し、支配者である自分の力を高めていたわけね?」

「ご推察の通りです。〜〜こうしている間も被害者は増える一方で…」

「〜〜霊力反応を追って、私とメルで帝都まで偵察に来たんですが、私達だけじゃ手に負えなさそうでぇ…」

「お願いします!帝国華撃団の皆さんの力を貸しては頂けないでしょうか?」

「もちろんです!巴里へ行って、巴里華撃団の皆さんと合流しましょう!!」

「ありがとうございます!」

「でも、どうやって?一ヶ月も呑気に船旅してる暇はありませんわよ?」

「それならご心配なくぅ♪――三人娘さ〜ん、準備はできましたぁ〜?」

「は〜い!」「は〜い!」「は〜い!」


と、かすみ君、由里君、椿ちゃんは風組の制服を着て居間に入ってくると、メル君とシー君に向かって凛々しく敬礼した。

「お久し振りです、メルさん、シーさん!」

「ご苦労様です。例の効果はいかがですか?」

「ジャンさんが開発した蒸気空気清浄装置ですね?お陰様で聖路に充満していた瘴気は人体に害のない程度にまで緩和されました!」

「蒸気空気清浄装置やて…!?お〜っ♪何や、それ!?見せて〜な♪」

「あの…、聖路って裏御三家の三聖神社である荒鷹神社と天雲神社と隼人神社を結ぶ地下通路のことですよね?」

「瘴気が発生したってどういうことなの!?」

「隼人冬牙と藤堂美貴が復活してすぐ、三つの聖路が交わる地点にひずみができちゃいまして…、そこから魔界のものと思われる瘴気が溢れてきてるんですよ!」

「〜〜何ですって…!?」

「おそらく、怪人ピエールの黒魔術で次元が歪んでしまったことが原因かと…。瘴気を浴びたせいで、聖路に巣食う降魔も狂暴になっていて…」

「今は装置で緩和されていますが、瘴気の流出が止まったわけではありません。装置でまかなえなくなれば、三聖神社が瘴気に侵されるのは時間の問題でしょう…」

「蒸気演算機によると、6時間後には帝都・京都・仙台が、24時間後には日本列島全体が瘴気に覆われる計算と算出されました…!」

「〜〜ちょ…ちょっと待てよ!6時間で帝都に瘴気が充満するってーのに、巴里に行ってる時間なんかあるのか!?」

「でぇ〜すぅ〜かぁ〜らぁ〜、その聖路のひずみを使うんですよぉ!」

「はぁ?」

「どういうことデスカ〜?」

「三聖神社の中間地点に発生しているひずみは、瘴気の発生源である魔界だけでなく、冬牙が霊力を補給しているオーク巨樹がある巴里とも繋がっていることがわかったんです!」

「私とメルはそこを抜けて帝都まで来たんですよぉ〜♪所要時間はものの5分!これなら、あっという間でしょ?」

「でも、私達が行った後、ひずみはどうするの?封じでもしなきゃ、瘴気は漏れっぱなしになっちゃうんでしょ?」

「次元の歪みを塞ぐには歪ませた本人を倒さねばならん。それまでは瘴気が漏れ出んように真宮寺・藤堂・隼人の代表者がそれぞれの神社に結界を張ればよかろう」

「なら、私とかえでさんで結界を張れば――!」

「――『それはわしら老いぼれの仕事じゃよ』…と、おばあ様はおっしゃっております」


そう言いながら地下からの階段を上がってきたのは、さくら君のおばあ様の桂さんと母親の若菜さんだった。

「おばあ様、お母様…!聖路を通っていらしたんですか!?」

「『瘴気が緩和されておる今しか往来はできなさそうじゃからのぅ。さくら、元気そうで何よりじゃ』…と、おばあ様はおっしゃっております」

「はい!おばあ様もお元気そうで何よりです!」

「…あのおばあさん、どうして喋んないんだろぉね?」

「〜〜さぁ…?」

「…待ちくたびれたぞい、桂ばあさん。また腹話術の真似事で嫁さんをいびっとるのかい?それとも、入れ歯がガタガタで本当に喋れんのかのぅ♪」

「…フン、悪友のしわがどれだけ増えたか、顔を拝みに来てやったんじゃ。わしの声が聞こえんのは、お前さんの耳が遠くなったからじゃろうて」

「〜〜何じゃと!?お前さん、飯島大尉がわしを選んだこと、ま〜だ根に持っとるんじゃろう!?」

「へっ、あんなちんけな男を寝取ったぐらいで威張りなさんな!結局、お前さんも最後は浮気されて捨てられたじゃろうに!!」

「ケッ、大尉を忘れる為に、だっさい田舎侍と結婚したあんたよりはマシさ!!」

「〜〜お、おばあ様…?」

「〜〜んもう…、昔話に花を咲かせるのは後にして頂戴っ!」

「フフ、威勢の良いばあさんどもと一緒なら心強い。その結界張りとやら、隼人を代表して私が行こうじゃないか!」

「双葉お義姉様…!」

「でしたら、僕も!霊力は僕の方が高いですし、何か力になれるかも――」

「あぁ〜、新君!親思いの息子を持って、母は感激だぞ〜っ♪」


――むぎゅ〜っ♪

「わひゃあ!?」

「だが、成人前の息子に心配されるほど母はヤワではないぞ!日頃から霊力を持て余しておるものでなぁ、丁度暴れたいと思ってたところなのだ♪」

「母さん…」

「大河君、お義母様なら大丈夫よ。逆に相手にされる降魔の方が心配だわ♪」

「〜〜それはアメリカン・ジョークだよな、ラチェット?ユーモラスなジョークととっていいんだよなぁ〜…!?」

「ホホホ…、嫌ですわ、お義母様ったら。嫁のお茶目なジョークを本気になさるなんて♪」

「〜〜どこがお茶目だっ!?しかも、お前はまだ嫁じゃないだろ!!えぇ!?」

「はいはい、皆さ〜ん!人数多いんですから、はぐれないようにして下さいよぉ〜!?」

「これから巴里へ向かいます!早急に準備の方をお願い致します!」




戦いに向けて皆がそれぞれ準備を進める中、かえでさんは小さい頃使っていた部屋に一人でいる。

『――思い出したか、美玖?過去にお前が私と美貴にどれだけの仕打ちをしたか…!?』

冬牙に絞められた首に俺の手形がくっきり残っていて、三面鏡に痛々しく映っている…。

「〜〜一郎君…っ」

かえでさんが首のあざを触って静かに涙を流していると、ラチェットがそっと部屋を覗いてきた。

「…あざ、まだ痛む?」

「ラチェット…」

「姿が見えないから心配したわ。…彼と戦うのが辛かったら残ってもいいのよ?」

「…いいえ、私は最後まで戦うわ!〜〜それで前世の罪を水に流せるわけではないけれど…」

「前世とか罪滅ぼしとか…、そんな風に難しく考える必要ないんじゃない?『大神隊長とあやめを助けたい!』…動機はそれで十分でしょ?」

「ふふっ、そうね」


かえでさんは左手の薬指にはめている結婚指輪に口づけすると、それを右掌で優しく包んだ。

「一郎君とあやめ姉さんは、きっと生きてるわ…!私が二人を必ず助け出してみせる…!!」

「フフ、さすが私の先輩ね。――聖なる愛の魔法の前では邪悪な黒魔術は敵わないもの。きっと奇跡は起こるわ…!」

「えぇ、そうね。ありがとう、ラチェット…!」


ラチェットに励まされるかえでさんを、俺は一太の姿で庭の茂みに隠れながら見守っている。

こういう女同士の友情って、いいものだな――。

「――!?誰…!?」

〜〜っ!?まずい!気づかれたみたいだ…!!

「そこね!?」

――カカカカッ!!

〜〜うわっ!!危ねぇっ!!

とっさに機敏な犬に姿を変えて茂みから逃げたので、なんとかラチェットのナイフをよけることができた…。……ホッ。

「――きゃ〜っ!可愛い〜♪」

…え?うわあっ!?

犬が好きなかえでさんは、可愛い物に目がない女子学生のように瞳を輝かせて犬の俺を抱き上げると、ハイテンションでぎゅ〜っと抱きしめた!

「トイ・プードルだわ…!珍しいわねぇ、ニッポンでは滅多に見かけないのに…」

「首輪をしてないってことは捨てられたのかしら…?ふふっ、うちで飼っちゃおうかな♪」

「ふふっ、かえでったら」

「わふぅん…♪」


かえでさんの抱っこか…♪たまにはこういうハグもいいな…♪――せっかくだから、かえでさんの巨乳を堪能しておこう…♪

「ワウ〜ン!ハッハッハッハッ…♪」

「あん…っ♪ふふっ、こぉら!」

「そんな所に顔をうずめたら、窒息しちゃうわよ?」

「ふふ、エッチなワンちゃんねぇ。まるで一郎君みたい…♪」

「ワンッ!」


そうですよ、かえでさん!今、俺はあなたの好きな犬の姿で傍に――!

――ちゅっ♪

「…!」

かえでさんはトイ・プードルの俺に頬ずりすると、キスしてくれた。

「こうしてると、本当に一郎君といるみたい…♪――ありがとね。あなたのお陰で気分が落ち着いたわ」

……人間の言葉を話せないって、こんなにもどかしいものなんだな…。

でも、今はかえでさんが元気になってくれれば、それでいっか…♪

「そろそろ行きましょうか」

「そうね。――出かけてくるから、良い子でね?」

「クゥン…」


俺の毛並を撫でてラチェットと廊下に出たかえでさんは、なでしことひまわりと誠一郎がいるのに気づいて歩みを止めた。

「あなた達…」

「…母さん、僕達も行くよ!!」

「何言ってるの…!?〜〜戦場に子供を連れて行く親がどこにいますか!!」

「〜〜ひまわり達だって、パパとママを助けたいんだもんっ!!」

「〜〜今度は、ちゃんとお約束を守りますから――!!」

「今はお父さんもあやめママもいないのよ!?〜〜お願いだから言うことを聞いて頂戴…っ!」

「〜〜…っ」「〜〜…っ」「〜〜…っ」

「…行きましょう、ラチェット」

「…私達が帰ってくるまで、おとなしく待ってるのよ?」


ラチェットは子供達の頭を撫でると、聖路へ続く階段をかえでさんに続いて降りていった。

「お父さん…、お母さぁん…。〜〜ぐすっ…、ひっく…」

俺は静かに大賀一太の姿に戻ると、泣く子供達をふすまに隠れて覗いた。

「……僕達のせい…?僕達が…お約束を守らなかったからぁ…?」

「えぐ…っ、ぐすん…。神様ぁ…、ひまわりのお年玉全部あげる…!だから、パパとママを返してぇ…!!」

「〜〜これで、母さんまでいなくなったらどうしよう…?」

「〜〜うわああああ〜ん…!!そんなのやだぁ〜っ!!」

「泣かないでよ、二人ともぉ…。〜〜ぐす…っ、うええええ〜ん…!!」

「〜〜うわあああ〜ん…!!パパぁ〜、ママぁ〜…!!」

「〜〜もう会えないなんて嫌だよぉ〜…!!」


なでしこ、ひまわり、誠一郎…。〜〜こんなに小さい子供達を遺して、まだ逝けるものか…っ!!

――まだ生きたい!この子達を守りたい…!!

そんな意思が俺の中に強く込み上がってきて、霊力が高まる感じがした。

その血の潮流を同じ血を引く子供達も本能的に感じ取ったようで、ハッと顔を上げて辺りを見回した。

「お父…さん…?」

「父さんの気配がする…!」

「ここだー!!」


――バンッ!!

「〜〜うわ…っ!?」

ひまわりが持ち前の行動力で勢いよくふすまを開けると、なでしこと誠一郎がふすまの向こう側に隠れていた俺を見つけ出した!

「一太君…!?」

「どうしてここに…!?おうちに帰ったんじゃなかったの!?」

「もしかして、ひまわり達に会いに来てくれたの〜!?」

「え…?え〜っと…」


〜〜参ったな。会えたのはいいが、予定より早く見つかってしまった…。

作戦を練り直している時間はないし、なるようになれだ!このまま一太のキャラを押し通そう…!!


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