大神一郎誕生日記念・特別短編小説2013
「愛の魔法」その8



『――ここが私の屋敷だ。借家なので少々狭いがな、自分の家だと思って好きに使うがよい』

俺はアモスに屋敷の中を案内する冬牙の目を通して、一緒に見て回る。

『我が隼人家は薩摩の出だが、今は京に拠点を移していてな。今はとある任務でこの武蔵国に来ているのだ』

大きさや装飾は違うが、各部屋の壁には十字架が掛けてある。どうやら冬牙はキリシタン大名だったようだ。

『…誰にでも人には言えぬ事情がある。私も無理に話せとは言わん。だが、今日から私とお前は主人と家臣である前に、同じ屋根の下で寝食を共にする仲間だ。何か困ったことがあったら、いつでも言ってくれ。仲間の頼みとあらば、喜んで力を貸そう』

『……』

『――あっ、冬牙様だ〜!』

『冬牙様〜、お帰りなさ〜い!』

『ははは、ただいま。私が留守の間、ちゃんと勉学に励んでおったか?』

『うんっ!』

『あのね、今日ね、字が上手ねって寺子屋の先生に褒められたの〜!』

『はは、それはよかったなぁ。文字には人の心の美しさが表れるという。大人になっても、その清らかな心を忘れんようにな?』

『はーい!』

『冬牙様〜、今日、僕もそろばんで褒められたんだよ〜!』

『おぉ、それはすごい!』


子供達に慕われて、懐かれている冬牙をアモスは黙って見つめている。

『――この子達は皆、戦で親を亡くした孤児なのだ…。武将が群雄割拠する世になってからというもの、戦が続いて孤児が増える一方でな…。近くの土地を買い取って、孤児院を作ったのだよ』

『冬牙様ぁ、このお兄ちゃん、だあれ?』

『わぁ、異人さんだぁ!』

『僕、初めて見た〜!』

『皆、素直で良い子ばかりだろう?よかったら、時々遊び相手になってやってくれ』

『……』


主人の命令にアモスは黙って頷いた。

『あ、そうだ!――あのね、五平のおじさんがお米の収穫を始めたんだってー!』

『ほぉ、もうそんな時期になるか。ここに来て、もうすぐ半年か…。…どれ、私も手伝ってくるとしよう。あのじいさん一人では骨が折れるだろうからな』

『冬牙様、いってらっしゃ〜い!』

『あぁ。すまぬが、私が戻るまで子供達の面倒を見てやってはくれぬか?』

『……こくっ』

『わ〜い、わ〜い!お兄ちゃん、遊ぼ〜!』

『外国の遊び、教えて〜!』

『ははは…、はしゃぎすぎて怪我をせんようにな?』

『はーい!』『はーい!』『はーい!』


アモスは元気の良い子供達に始めは戸惑っていたが、子供達の純粋な笑顔を見るうちに次第に顔をほころばせていった。

『――冬牙様はまた出かけたのか。あれでは大名というより万屋だな』

『はっはっは、まだ若いのに大したお方よ!様々な分野の学問に励み、武芸の腕も常に磨いている努力家なうえ、戦略家としても名高いんだからな』

『冬牙様がいる限り、隼人家は安泰だな。ひょっとすると、信長公より天下を統一する日も近いかもなぁ!』

『はっはっは!うちの当主様はそんな野望なんぞこれっぽっちも抱いちゃおらんよ。あの人は町民達の笑顔を見られればそれで満足だろうからな』


隼人家に仕える家臣達の噂話をアモスは子供達と遊びながら静かに聞いていた。

――冬牙って町民と家臣を大切にする立派な人だったんだな…。なのに、どうして悪霊なんかになってしまったんだろう…?



『――そなた、名は何と申す?有事の際に名を呼べぬのは不便であろう?』

『……』

『…フム、答えたくない…か。では、主人の私がここでの名をつけてやろう。――ミハイル…、ヨハネ…?〜〜うーむ…、異国ではどんな名が流行っておるのだろうな?確か部屋に欧州から取り寄せた書物があったはずだ。そこから探ってみるとしよう』


冬牙は自分の興味のある分野はとことん追求したいタイプらしく、欧州についてフランス人が書いた書物を多数、自分の部屋から持ってきた。

『〜〜うぅむ…、私ももっと外国語を学ばねばならんな…。そのうえ、印刷技術が発展する前の書物故、かすれて読みにくいときたものだ…』

『――あ…もす…』

『ん…?』

『『…a Mos……、Moselle…?』――おそらく、フランスのモーゼル川についての記述かと…』

『そなた、日本語が話せるのか?』

『……少し…だけなら…』

『ははは、そうであったか。これは『もぉぜる』という川についての文献であったか!フム、興味が湧いたぞ。――『あもす』よ、明日からこの書物を教科書代わりに私にフランス語を教えてはくれまいか?』

『は…?』

『そなたの名は今日から『アモス』だ。お前の口から初めて聞けた言葉だからな』

『……そんな滑稽な名前、欧州人にはおりませぬ』

『そうなのか?お前が気に入らぬと言うなら、別の名にするが…』

『――冬牙様、そろそろ見回りのお時間でございます』

『あぁ、そのようだな。――アモス、お前も来るがいい』

『見回り…?……遊女屋にでございますか?』

『ははは…!そうしたいところだが、ただの市中見回りだ。――だが、退屈しのぎにはなるぞ、女よりさらに怖ろしい者に会えるからな?』

『…?』




冬牙と数人の家臣達に連れられ、アモスは夜の武蔵野国を歩いて回る。

『――数刻前に目撃されたのはこの辺りかと…』

『確かに邪悪な気配を感じる…。――まだ近くに潜んでいるはずだ。用心しておけ!』

『はい!』

『――きゃああーっ!!』

『〜〜物の怪が出たぞ〜!!』

『現れたか…!――行くぞーっ!!』

『おーっ!!』


町民達の悲鳴が聞こえてきた方を家臣が提灯で照らすと、毒々しい体色を闇に紛れさせ、聞いているだけで怖ろしい雄たけびをあげながら橋の上で人々を襲う降魔達の姿があった!

『〜〜っ!?』

『…醜いだろう?あれは降魔といってな、西洋より渡来した魔王・サタンに仕える物の怪なのだ』

『サタン…?』

『〜〜冬牙様、こちらに来ます!』


翼をはためかせ、鋭い爪で目の前に襲ってきた降魔を冬牙は真刀滅却を素早く鞘から抜いて、一刀両断した。

『怖れるな!降魔は人の負の感情から生まれ、それを餌に自身を強化する。我々が恐怖すれば奴らの思うつぼだ!!』

『は、はい…!――皆の者、冬牙様を助太刀しろー!!』

『おーっ!!』


家臣達は主人に捧げた命が燃え尽きるまで戦おうと一心不乱に魔の者どもを斬っていく!そして、主人である冬牙もまた、家臣達を危険な目に遭わすまいと果敢に降魔達に向かっていく!

隼人家の当主・冬牙と家臣達の霊力は不思議な光で共鳴していた…!

『〜〜…っ…ぁ…』

だが、異形の者を初めて目にしたアモスは腰が抜け、鞘にかけた手をぶるぶると震わせている…。

やがて、若者特有のハリと弾力のある肉体を晒し、動けないでいるアモスを降魔達は標的にし始めた!

『アモス…!!』

――ザシュッ!!

『冬牙様…っ!?』

アモスをかばい、冬牙は降魔に肩を爪で裂かれてしまった!

『〜〜ぐ…っ、だ…、大事ないか…?』

『〜〜あ…あ……』


目の前で血が飛び散った恐怖と衝撃…。だが、それ以上にアモスは知り合ったばかりの自分を体を張って守ってくれた冬牙の行動に驚いていた。

『冬牙様をお守りしろー!!』

『おーっ!!』


冬牙に傷を負わせた降魔が家臣によって斬られると、安堵して力が抜けた冬牙はアモスに寄りかかった。

『〜〜すまぬ…。いくら腕が立つといっても、そなたはまだ子供…。まだこの任務は早かったな…』

『……っ!』


アモスは冬牙を横にさせると、肩に手を当て、不思議な光を傷口に注いだ。

『これは…!』

すると、アモスの不思議な霊力はみるみるうちに冬牙の肩の傷を塞いでいった!

『…あなたと同じように僕にも不思議な力があるのです』

『力…だと?』

『……僕は宣教師などではありません。フランスの巴里で生を受けたものの、生まれつきこの妙ちくりんな力を持っていたせいで親に捨てられました…。それからは他の孤児達と路地裏でひっそりと暮らしておりました。しかし、誰かにこの力のことを密告され、魔女裁判にかけられたのです。魔女と疑われた者は必ず処刑されます…。僕は逃げ出す為、力を駆使して多くの人を殺めました。そして、新しい人生を歩もうと日本へ向かう船へ潜り込んだのです。〜〜けれど、またこの力を使ったら、誰かを傷つけてしまう…。力のことを知られたら、また化け物扱いされる…。だから、誰とも関わることなく、静かに生きて行こうと…』

『…ならば、何故その力を私に使った?』

『あなたは僕が初めて心から信頼できる人だから…。〜〜死んでほしくなかったのです…』

『…そうであったか。――すまなかったな、辛いことを話させてしまって』


冬牙はアモスの額に手をかざすと、掌から不思議な光を発して、霊力を注ぎ込んだ。

『…!今の力は…?』

『隼人の霊力だ。隼人家は他の裏御三家より破邪の力が弱い代わりに信頼の置ける家臣や動物に霊力を分けて力を与え、その者の潜在能力を伸ばすことに長けている。今、共に戦ってくれている家臣達もそうだ。皆、隼人の血を引いておらぬが、私が霊力を授けたことにより、隼人の力を使えるようになった。皆、家族。皆、仲間だ。たとえ血の繋がりがなく、国籍が違っていたとしてもな』

『家族…、仲間…』

『同じ霊力を共有するお前と私は一心同体だ。当主の私がついているのだ、これで臆することもあるまい?』

『冬牙様…。――はい!』


その後、冬牙とアモスは霊力をうまくリンクさせ、見事、全ての降魔の討伐に成功した!

『や、やった…!』

『あぁ…、助かりました、冬牙様!』

『異国のお兄さんもありがとう。お強いのねぇ』

『い、いえ、僕なんて…』

『はは、礼は素直に受け取っておくものだぞ。お前の力が民達の命を救ったのだからな』

『僕のこの忌まわしい力が…』

『何とも言えぬ充実感があろう?民の中には我々の力に怯え、心無い言葉の刃を向ける者もいる…。だが、この者達のように明るく感謝を述べてくれる民も大勢いるのだ。我ら裏御三家はこの笑顔が見たい故に、魔と戦っているようなものだ』

『そうですね…。確かに僕の力は危険なものかもしれない…。だけど、使い方によっては、こんなにたくさんの人を幸せにできるのですね…!』

『その通りだ。だから、もう自分を卑下するのはやめろ。これからは町民の笑顔と平和の為、その力を存分に使うがいい』

『はい。――このアモス、素晴らしい名と力を授けて下さった冬牙様に一生お仕え致します!』


昼は『万屋大名』として民達に尽力し、夜は破邪の力を持つ裏御三家として闇に潜む魔を狩る…。

そんな冬牙が最も信頼する家臣であるアモスも心から冬牙に忠誠を誓い、主人の近辺をお守りする異人の侍として隼人家に仕えることになった。

そして、師走・某日。

『――このところ、降魔の動きが活発化しております。おそらく、サタンの力が完全に甦りつつあるのではないかと…』

『地獄の王サタン、またの名を堕天使ルシファー…。十字軍の猛攻から日本に逃れ、眠っていたサタンの封印を役人が解いてしまった尻拭いをせよとの命を我々・裏御三家が幕府から受けて、もうすぐ一年か…。奴は一般市民の体に次々取り憑き、この武蔵野国に身を隠していると聞く。〜〜早く見つけねば、犠牲者が増える一方だ…』

『そのことでございますが、甲賀流の忍を派遣させましたところ、サタンが取り憑いているらしき人物を発見したとの情報が…』

『何…?それは真か!?』

『はい、報告によると武蔵野国で暮らす遊女に取り憑いているとのこと…。引き続き調査を進めておりますが、霊力反応から検討すると、ほぼ間違いないかと…』

『敵将のサタンを討つことができれば、もう新たな降魔が産まれることも民が傷つくこともなくなる…。また器を変えられては厄介だ。元日に討伐することにしよう。年内に浅草の藤堂姉妹と仙台の真宮寺を呼び寄せ、会合を開きたい』

『かしこまりました、すぐに使いの者を…!』

『――それから、宴の用意だ』

『…は?』

『見回りが終わったら、屋敷に皆を集めよ。今宵は派手にやろうぞ!』




サタンとの決戦を控えた冬牙は、アモスを始めとする隼人家に仕える部下達の士気を上げ、より絆を深め合う為に宴を開いた。

『酒は腐るほど用意した!今宵は無礼講だ。盛大に楽しむがよい!』

『おーっ!』

『〜〜大事な戦前だというのに、こんなに騒いでいてよいのでしょうか?』

『…侍とて人間だ。たまには死の恐怖を忘れるほどハメを外しても罰は当たるまい』

『死に臆するなど…。私共はあなた様の為なら、この命など惜しくありませぬ!』

『フッ、お前のような忠義者を家臣に持てて、私は果報者だな。――だからこそ怖いのだ…、サタンとの戦でお前達を失うかもしれぬと思うとな…』

『冬牙様…』

『…ここにいる者全員が生きて帰るのはまず不可能。皆が顔を合わせられる機会は、おそらくこれが最後になろう。だからこそ、私はお前達との忘れられぬ思い出が欲しいのだ。この中の誰か一人でも生き残ることができれば、我らはその者の中で永遠に生き続けることができるだろうからな…』

『…私共は死にませぬ。サタンの首を討ち取るまで必ず皆であなた様をお守り致します…!』

『アモス…。フッ、根拠のない自信だが、聞いていて清々しいわ。その調子で頼んだぞ』

『…はい!』


兄のように慕う冬牙に頭を撫でられ、アモスは恥ずかしそうに笑った。

『――失礼致しますー』

『おっ、芸者が到着したようですぞ!』

『芸者?そんなもの、私は呼んだ覚えは――』


踊り場まで移動し、扇子で隠していた顔を曝け出した真ん中の芸者を見て、冬牙は薩摩の芋焼酎を吹き出しになった。

『〜〜ぶ…っ!!みっ、美貴!?』

『うふふっ!冬牙様、今宵も私の舞に酔いしれて下さいまし…♪』

『よっ、待ってました〜!』


今朝の夢に出てきた、あやめさんにそっくりな女性が本物の芸者達を引き連れ、冬牙達に舞を披露している。この舞、あやめさんが『幸舞の儀』で舞っていたのと同じ舞だ…!

『――いかがでした、私の新しい舞は?冬牙様に喜んで頂こうと寝る間も惜しんで練習致しましたのよ』

大きな拍手と歓声を受けて美貴さんは舞い終えると、冬牙にお酌をし始めた。

『た、大変美しい舞ではあったが…。…そなたはもう当主になった身だろう?こんな時間に出歩いていると、また叱られるぞ?』

『あら、堅物なお方。京都のお方は京遊びがお好きと伺いましたのに』

『〜〜お前は芸者じゃなくて巫女だろう!?裏御三家の当主ともあろう者がそんな…は、破廉恥な着物を着ていいと思っておるのか?』

『ふふっ、この前のお泊りでは喜んで下さったではありませんか♪』

『〜〜いぃっ!?お、おい!皆の前でその話は…っ!!』

『お〜!何々〜?その話、初耳ですけど〜♪』

『美貴様、詳しく教えて下さいよ〜♪』

『〜〜コラ!お前らには関係ないだろう!?』

『はっはっは!まぁまぁ、せっかくの宴なのに男ばかりではむさ苦しいじゃないですか』

『遊女を呼ぼうにも、うちの当主は特定のおなごしか相手にできぬ生真面目な男ですからなぁ』

『…お前らか、脱走を手助けしたのは!?まったく、どいつもこいつも当主をからかいおって…』

『ははは、素直に喜んで下さいよ〜!見張りの厳しい藤堂の屋敷から連れ出すの大変だったんですからね?』

『本当は会えて嬉しいって顔に書いてありますよ♪』

『お互い当主になってからというもの、忙しくて会える時間が減っちゃいましたもんね〜♪』

『いや、その…、嬉しくないと言えば嘘になってしまうが…。〜〜ええい!藤堂家との関係が悪化したら、お前らのせいだからな!?』

『あははは!冬牙様、赤くなってる〜♪』

『布団は二組隣の部屋に敷いておきましたので、いつでもご利用下さいね〜♪』

『〜〜だから、当主をからかうなと言っとるだろう!?』

『はははは…!』

『ふふっ、皆さん仲が良ろしくて羨ましいわ。まるで本当のご兄弟みたい』


冬牙のお猪口に酒を注いでやる美貴さん…。ほんのり甘くて良い香りがする美貴さんの艶っぽい微笑みを見やると、冬牙は赤くなった顔を酒でごまかすように一気飲みした。

『まぁ、良い飲みっぷりですこと!惚れ直しちゃったわ♪』

『〜〜ゴホン!……酔いが回った。夜風にあたってくる』

『では、私もお供しますわ』

『ごゆっくり〜♪』


冬牙はからかってくる仲間達を睨むと、美貴さんと二人、まだ肌寒く感じる夜の庭を並んで歩き出した。

『まぁ、綺麗なお月様ですこと』

『今宵は満月か。――魔の者共の霊力が最も高まる日だな…』

『…だから今、私が神社を離れているのは危険だと?』

『サタンは霊力の高いおなごを狙い、凌辱の限りを尽くして降魔を産み出している…。奴の一番の狙いはお前なのだぞ?』

『…私は女である前に藤堂家の当主ですわ』

『〜〜だが、そなたにもしものことがあれば私は――っ!』


美貴さんは言いかけた冬牙の唇に人差し指を当てると、唇を重ねた。

『そして、当主である前にあなたの婚約者です。あなたに捧げたこの体…、そう易々と他の者に触れさせやしませんわ』

『美貴…』


冬牙は凛とした美貴さんの顔を見つめると、彼女の細い体を抱きしめた。

『少々歳が上だからとおちょくるな…!女はおとなしく惚れた男に守られていればよいのだ』

『冬牙様…』

『――今夜は私の傍にいろ。夜が明けるまで離しはしない…』

『はい…』


屋敷から漏れる灯とほの暗い月光に照らされながら、冬牙と美貴さんは愛を囁いて確かめ合うように口づけを交わした。

美貴さんを抱きしめる冬牙の腕に力が込もっていく…。そして、その愛情がどれだけ深いものか俺の魂にも伝わってくる…。

俺があやめさんを愛してるのと同じくらい、冬牙も本当に美貴さんを愛してるんだな…。

『――やっぱりここだったのね、美貴姉様』

『…!み、美玖!?』


すると、かえでさんにそっくりな妹の美玖さんが藤堂の神官達を連れて来たので、二人は慌ててキスをやめた。

『残念だけど、姉様が屋敷を抜け出すところ、見張りが見ていたみたいなの…。お父様達が騒ぎ出す前に今日は素直に帰ってきたら?』

『そうね…。〜〜ごめんなさい、冬牙様…』

『いや、その方がお前も安全だろうからな。――代わりにこれを…』


と、冬牙は美しい西洋陶器の菖蒲色の髪飾りを美貴さんに渡した。

『まぁ、なんて可愛らしい…!』

『アモスの見よう見まねで作ってみたのだ。いつも素晴らしい舞を見せてくれる礼だと思って、受け取ってほしい』

『ありがとうございます、冬牙様!一生の宝物にしますわ…♪』

『……』


帰り道、籠の中で冬牙からもらった髪飾りを嬉しそうに見つめている美貴さんを妹の美玖さんは隣で黙って見つめていた。

『…よかったわね。贈り物もらうの初めて?』

『ふふっ、えぇ♪――帰ったらね、お父様とお母様に冬牙様とお付き合いしてること、お話してみようと思うの。同じ裏御三家の当主なら、きっと結婚を承諾して下さると思うから…』

『…そうね、逃すのは勿体ないわ。――あんな素敵な殿方、そうそういないもの…』

『…美玖?』

『…ふふっ、何でもないわ。それにしても、当主になってすぐに名家のご子息と婚約とはねぇ!姉様は本当、親孝行者ですこと♪』

『ふふ、本当に親孝行者なら、こんな夜中に抜け出したりしないわよ――!』


美貴さんが何気なく髪飾りの裏側を上に向けると、小さく折り畳まれ、貼りつけられていた手紙が目に留まった。

『これは何かしら…?』

手紙を広げてみると、冬牙の字で『明日の晩、寅の刻にいつもの場所で』という逢瀬の約束が書かれていた。

『まぁ、冬牙様ったら…♪』

『あらあら、冬牙様も持て余してるわねぇ♪』

『あ…、〜〜美玖、このことは…』

『ふふっ、わかってるわよ。お母様達には内緒にしておくわ』

『ありがとう…!お礼は竜屋の信玄餅でいい?』

『なんなら、栗羊羹も一緒にね♪』

『んもう、調子がいいんだから。ふふふっ♪』

『ふふふふ…っ!』


姉の幸せを応援する妹を演じて、こうして笑うのは何度目だろう…?

愛する男からもらった手紙と髪飾りを抱きしめる美貴を見つめる美玖さんの瞳は冷たかった。心の中で燃え上がる嫉妬の炎とは反対に…。

(――冬牙様はちっとも私の愛に応えて下さらない…。姉様と同じ顔をしてるのに…、同じ藤堂の血を引く人間なのに…。〜〜私はこんなにもあなたをお慕いしているのに…!)



そして、約束の晩。冬牙はいつものように美貴さんの寝所に忍び込んだ。

『――今日は驚いたぞ。裏門から入ろうとしたら神官が来たので逃げようとしたんだがな、親切にもお前の部屋まで案内してくれたのだ』

『お父様とお母様が私達の交際を認めて下さったのよ。これからは婚礼の儀に向け、堂々と好きな時に互いの屋敷を行き来してもよいと』

『おぉ、それはありがたい!私も京にいる両親にそなたを紹介したいと思っていたところなのだ』

『あ、そう…ですよね…。〜〜冬牙様は任務が終わったら、京にお帰りに…』

『…いや、京へはお前を連れて参ろうと思っている』

『え?』

『以前からお前のことを手紙で話していてな、両親が是非会いたいと申しておる。せっかくお前のご両親も認めて下さったのだ。サタンとの戦が終わったら、盛大に婚礼の儀をあげようではないか!』

『冬牙様…!』

『私もお前も無事に当主になれたのだ。そろそろ身を固める頃だろう』

『えぇ!――私、幸せです。幸せすぎて…時々怖くなるくらい…』

『私もお前と出会えた幸せを神に感謝せねばなるまいな。――お前は私が守る。だから、必ず二人とも生きて帰ろう!』

『冬牙様…、約束、守って下さいましね…?』

『あぁ。――約束だ、美貴。この髪飾りに誓ってな』


あげた髪飾りを撫で、幸せそうに姉を抱く冬牙を美玖さんは廊下から静かに見つめながら、内なる心に嫉妬の黒い炎を激しく燃えたぎらせていた…。

(――私は今まで姉様以上に冬牙様を愛し、神に仕えてきた…。なのに何故、神は私に光を授けて下さらないの!?〜〜私も冬牙様から愛されたい…!!美貴姉様さえいなくなれば、冬牙様も当主の座も…、私の欲しいものは全て手に入るのに…っ!!)

『――そうだ、あの女は悪魔に魅入られし存在…。奴さえいなくなれば、お前は幸せになれるのだ…』

『…っ!?〜〜あなたは…!?』

『かつて闇が光から生まれたように、我も人と同じく、神から創られし存在…。闇を怖れるな、光の子よ。お前の兄弟の力、受け取るがいい…!!』


――ドクン…ッ!!

『――はぁう…っ!?』

『堕天使である我は知っている。神の愛は全ての創造物に平等には行き渡らぬことを…』

『あ…、ああぁ…!サ…タン…さ…まぁ…!!』


美玖さんはサタンに心臓を鷲掴みにされながら笑っていた。

自分に唯一対抗できる二剣二刀を扱える裏御三家。その名家の人間が醜い嫉妬に駆られ、負の感情を膨らませているのにサタンが目をつけないはずがなかった…。

『――藤堂の妹巫女よ、我こそがお前の真の救世主なり!我のしもべとなり、憎き姉に裁きを与えようではないか…!!』

次に目を覚ました時には、もう美玖さんは美玖さんではなくなっていた。

そして、あの悪夢の晩に向かって、運命の歯車は少しずつ回り始めたのである…。


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