大神一郎誕生日記念・特別短編小説2013
「愛の魔法」その6



なでしこ、ひまわり、誠一郎が新次郎とラチェットと天雲神社へ向かい出した頃、雨宮子爵邸で小精霊達と戦っている俺とかえでさんは…。

「――狼虎滅却・天狼転化!!」

「――藤枝流奥義・白鳥咲華斬!!」


〜〜斬られても斬られても、彼らは精霊術で傷を癒し、立ち向かってくる…。光武に乗っていない俺とかえでさんは人数と戦力の差に苦戦を強いられていた。

「〜〜ハァハァ…、二剣二刀でも傷を負わせにくいとは…」

「〜〜疲れ知らずで隙もない…。精霊というよりアンドロイドね…」

「あはははっ!もうちょっと骨太じゃないとつまんないだけど〜♪」


ヴァレリーはケラケラ笑いながら、従わせている小精霊達の拳を霊力で包ませると、衝撃波を叩きつけるように俺達を殴り飛ばした…!!

「うわあああああっ!!」「きゃあああああっ!!」

「あら〜ん、すっごい威力!さすが欲望渦巻く富裕層の霊力ねぇ。闇の霊力にしたら強いのなんのって♪」


ヴァレリーの命令で小精霊達は、かえでさんを集中攻撃し始めた!

「きゃあああああーっ!!」

「かえでさん…っ!!」


小精霊達が風を切るようなスピードで移動しながら攻撃している為、彼らの拳は物理原則に反して刃物のように鋭くなり、攻撃が当たったり、かすったりする度に、かえでさんのドレスはみるみる切り裂かれていく…!

「女はそのまま殺しちゃって構わないわ。男の方は傷が残らない程度に痛めつけておあげなさい♪」

『――了解…』

「〜〜く…っ!お前達の狙いは俺だろう!?かえでさんを傷つけるな…!!」

「一郎君…っ!?〜〜やめて!どきなさいっ!!」

「下がってて下さい、かえでさん!あなたは俺が命に代えても守ります…!!」

「〜〜馬鹿っ!!命がけで守ってもらっても、嬉しくも何ともないわよ…!!〜〜いくら生き残れても、あなたが死んじゃったら私…」

「かえでさん…」


かえでさんをかばって攻撃を受け続ける俺にヴァレリーは苦々しく顔を歪ませると、小精霊達に合図して攻撃をやめさせた。

「〜〜惚れた女の為に犠牲になるなんて…、やっぱり、あなたは『彼』にそっくりだわ…」

「え…?」

「フフッ、でも、邪魔なあの女はもう冬牙様の傍にいないもの…。――冬牙様と結ばれ、私は『レーヌ(女王)』になるのよ…!!」


ヴァレリーが床を鞭で叩いたのを合図に、ひざまずいた小精霊達は何かの儀式のように一斉に両手を挙げて天を仰ぐと、

――ズゴゴゴゴ…ッ!!

「うわあああああっ!?」

俺が立っている床に鮮血色の魔法陣が浮かび上がり、床下から『ジャックと豆の木』に出てきそうな巨大な緑色の蔦が伸びてきて、俺を捕えた!!

「一郎君…っ!!」

「ウフフッ、さすがはパリシィの霊力ね〜♪一部といえど、あのオーク巨樹を召喚できるなんて」


だが、蔦が現れた直後にヴァレリーに仕えていた小精霊達の体はだんだんと薄れていき、実体のある仮面だけを残して皆、消えてしまった。

「…あらん、もう霊力が尽きちゃったの?〜〜さては純の仕業ね…?アモスちゃんを殺すなってあれほど言ったのに…っ!」

「〜〜アモスを殺しただと…!?」

「…あら、聞こえちゃった?――フフ、まぁいいわ。あなたの体さえ手に入れてしまえば、あんな下っ端どもに用はないもの…♪」


ヴァレリーは俺の顎を押し上げて妖艶に微笑むと、黒い蝶を集め直して形成させたナイフで、蔦に拘束されている俺の上着を縦に引き裂いた…!

「…っ!?」

「ウフフッ、この均整がとれた筋肉とたくましい胸板なんて、本当そっくり♪さすが冬牙様と同じ魂を持つ者だわ」

「ど、どういうことだ…?」

「あら、初耳って顔ねぇ。まさか、私が怪人達の仇を取る為にあなたを狙ってるとでも思った?」

「違うと言うのか…?じゃあ、一体何故…?」

「ハ…ッ!?〜〜まさか、一郎君は冬牙の…!?」

「フフッ、正解〜♪大神一郎…、あなたは隼人冬牙様の生まれ変わりよ。だから、冬牙様の霊力とピッタリ適合する『器』はあなたしかいないの♪」

「そんなのおかしいだろう!?魂は一つしか存在しないはずだ!俺はこうしてこの世に生を受けているのに、何故、冬牙の亡霊が別に存在している…!?」

「それは冬牙様の魂が2つに分かれているからよ。あなたの体に収められている魂は冬牙様が地獄に堕ちる直前に解き放った『光』の心…。つまり、あなたの魂と冬牙様の魂を一つに戻すことで冬牙様の魂は真の姿を取り戻し、あなたの体の中で完全復活できるってわけ♪」

「〜〜じゃあ、魂が一つに戻ってしまったら…!?」

「それまでの記憶、人格、心…、大神一郎に関するデータは全て消えるわ。人間の言葉で言うと『死ぬ』ってことかしら♪」


ヴァレリーは妖しく笑いながら手下の蝶を握り潰すと、その蝶の鱗粉を俺の胸にふりかけた。

「うわああああーっ!?」

「一郎君っ!?」


〜〜な、何だ、これは…!?体の底から邪悪な力が湧いてくるような…!?

「フフッ、あなたとそこの女が入れ替わってる間に下準備をしといたの。強力な闇の霊力をお持ちの冬牙様の御霊が入っても壊れないような鋼の肉体にする為にねぇ♪」

『――許すものか…!美貴の仇を取れるならば、私は喜んで鬼となろう…!!』


体の底で己でもない、人でもない異質の存在が蠢いているのがわかる…。

――強い怒り、深い悲しみ、抑えられない憎しみ、全てが終わった後に押し寄せてくる後悔…。

オーク巨樹の幻覚を見た時と同じような負の感情と闇の霊力が血管を通じて全身を行き渡り、俺の心を蝕んでいく…!

「この鱗粉は闇の霊力の促進剤といったところかしら?今、あなたの体内では光の霊力がどんどん闇の霊力に変わってってるわよ〜♪」

「〜〜一郎君を離しなさいっ!!」


かえでさんは神剣白羽鳥でヴァレリーに斬りかかったが、ヴァレリーは鞭を形成していた黒蝶を今度は鎖鎌に変えると、防御後にすかさず反撃した!

「もう遅いわ。マーキングが完了した時点で、すでに冬牙様の御霊は大神の体に本体を移し始めてたのよ?完全に乗っ取られるのも時間の問題よ」

「〜〜一郎君をあなたなんかに渡さない…っ!世界征服の道具にさせてたまるものですか…っ!!」

「フフッ、悪あがきする女って醜いわ〜♪――いいわ。私とあなた、どちらの愛が強いのか、はっきりさせようじゃないの!」

「望むところよ…!!」


ヴァレリーと戦うかえでさんを俺はやっとの思いで重いまぶたを開け、虚ろな瞳で見守っている…。

「〜〜人間だった頃も怪人になりたての頃も…、誰だって私を変人扱いしたわ…!けど、冬牙様だけは違った!こんな私を必要として、愛してくれたのよ…!!――だから、冬牙様の夢は私が叶えてみせる!私達の愛を誰にも邪魔させやしない…っ!!」

「〜〜く…っ、あなたのその感情は愛じゃない!ただの依存よ!!本当に彼を愛しているなら、何故、間違いを指摘して、正しい道に導いてあげないの…!?冬牙に嫌われたくなくて、ご機嫌をうかがってるだけじゃないっ!!」

「…っ!!〜〜わかったような口をきくな!雌犬がぁっ!!」

「きゃああああああーっ!!」


逆鱗に触れられたヴァレリーはかえでさんを鎖に巻きつけると、ハンマー投げのように男の力で振り回し、投げ飛ばして、壁にめり込ませた…!!

「〜〜く…っ、うぅ…。――あなたは一人に戻りたくないだけなのよ…。誰でもいい…、嘘でもいいから、愛が欲しいだけなんでしょう…?」

「〜〜黙れぇっ!!あなたに私の何がわかるのよっ!?」

「んは…っ!?」


ヴァレリーは他の黒蝶達を縄の形に集めてかえでさんを縛ると、鎖鎌を形作っていた蝶達を鞭の形に戻させて、かえでさんを打ち始めた!

――ビシィ――ッ!!

「あはあああああ〜んっ!!」

「あはははっ!人間のくせに生意気な口をきくからだよ!この雌豚がっ!!」


――ビシィッ!!バシッ!!バシッ!!バシィーッ!!

「ふああっ!?――やあああっ!!――いやああっ!!――あああああ〜ん…!!」

「か…えで…さ……〜〜う…っ!」


〜〜かえでさんを助けたい…。だが、眼球を動かすだけでもやっとなのに…どうすれば…?

『――簡単なことだ。私のように憎しみに心を委ねればよい…』

「ハァハァ…、お前は…冬牙だな…?」

『――私と一つになれ、大神一郎。私の生まれ変わりである貴様なら、この強大な力を継承できよう…』

「うぅ…っ!?〜〜うわああああああ〜っ!!」

「――ハ…ッ!一郎君っ!?」

「〜〜ぐあ…あああああああ〜っ!!」


冬牙の声が大きくなるにつれて、体内で闇の霊力が増えていくのを感じた。そして、それを証明するように、俺の胸の中央に黒魔術の魔法陣が赤く浮かび上がった…!

「フフッ、そろそろかしらねぇ♪」

ヴァレリーは縛られているかえでさんを足蹴にすると、鞭に形成していた蝶を集め直して黒い十字架に変え、先端を俺の胸の魔法陣にあてがった。

「〜〜やめてぇ…っ!」

体を動かせないかえでさんは、俺の体を触るヴァレリーを涙目で睨み続ける…!そんな弱々しいかえでさんにあてつけるようにヴァレリーは満足気にニヤッと笑うと、俺の胸の魔法陣に一気に十字架を突き刺した…!!

「うわあああああああ――っ!!」

「〜〜一郎くぅんっ!!」

「オーッホホホホ…!!――さぁ、冬牙様!この男の器に降臨なさいませ…!!」


十字架を飲み込んでいる胸の魔法陣からとめどなく溢れ出るゲル状の闇が俺の体を包帯でくるむように包んでいく…!

「〜〜一郎君…っ!!一郎くぅぅぅん…っ!!」

涙を流すかえでさんが視界から消えていく…。俺の名を叫ぶかえでさんの声が聞こえなくなっていく…。

心臓の鼓動が速まっていくのとは反対に思考回路は停止していき、深淵の闇の世界へと俺は落ちていく…。

『――安らかに眠れ…。お前の代わりに美貴は私が幸せにしてやる』

――不思議だな…。暗闇なのに冬牙の姿がはっきり見える…。和服を着ているが、顔は俺にそっくりだ…。

「〜〜目を開けなさい、一郎君っ!!副司令の命令を無視するつもり…っ!?」

――かえでさん、すみません…。留学中の話をしてやれなくて…。

――あやめさん、すみません…。傍で儀式を見守ってやれなくて…。

二人の妻との約束を両方とも守ってやれないなんて…、最後まで駄目な夫だったな…、俺は…。

「〜〜いや…!寝ちゃ駄目っ!!消えちゃ駄目よ、一郎君…っ!!」

「ウフフッ、そろそろ魂が一つになった頃かしら♪」


ヴァレリーの言葉に目覚まし時計のように反応した俺の体は強力な闇のオーラを放ちながら、ゆっくりと上半身を起こし、体を縛っていたオーク巨樹の蔦を一瞬で塵にして吹き飛ばした…!

「成功だわ…!あはっ♪やりましたわ〜ん、冬牙様ぁ〜♪」

「そ…んなぁ…。〜〜う…っ、ひっく…、一郎…く…ん…っ」


縛られている為に芋虫のように這って俺の抜け殻に必死に呼びかけていたかえでさんだったが、俺の体から闇の霊力を感じると、体から力が抜けたように突っ伏し、静かに嗚咽を漏らした…。

「お待ちしておりましたわ、冬牙様♪ご気分はいかがですか?器の居心地はいかがです!?私、愛する冬牙様の為に今回の黒魔術も必死に習得――!」

――ドスッ!!

「……え?」

「『――耳元で騒ぐな。私は寝起きで機嫌が悪い』」

「〜〜か…はぁ…っ!?」


左胸を俺の腕に貫通され、ヴァレリーは血を吐きながらうずくまった。

「〜〜どういうつもりなの…!?ヴァレリーはあなたを復活させる為に命がけで――!?」

「『――家臣とは主人に命を捧げるもの…。…用済みになったら斬り捨てて何が悪い?』」


冬牙は俺の体でかえでさんの顎を押し上げると、不敵に笑った。

「『久しいな、美玖よ。まさか、お前もこの時代に転生していようとは…』」

「美玖…?…――っ!?」


その時、かえでさんの頭の中にあるヴィジョンが入ってきた。

かえでさんの前世・美玖は冬牙のことを慕っていたが、冬牙は姉の美貴と恋仲にあったこと…。そこから生まれた心の闇をサタンに突かれ、そそのかされて美貴を葬る協力をしてしまったこと…。そのせいで美貴はサタンにさらわれ、最終降魔となってしまったこと…。

「〜〜今のが…、私の…前…世…?」

「『…魂は記憶しているみたいだな。――思い出したか、美玖?過去にお前が私と美貴にどれだけの仕打ちをしたか…!?』」

「――あぐ…っ!?」


怒りに闇の霊力を抑えきれず、人間離れした力でかえでさんの首を絞める冬牙…!

「〜〜あ…が…っ!!かは…っ!や…めて……、い…ちろ…く…ん…っ」

かえでさんは息も絶え絶えに涙と涎を垂らし、白目を剥きながらも、俺を傷つけまいと抵抗はせず、俺の手首を震える手で握ってくるだけだ…。

〜〜だが、今の俺に五感の感覚はなく、首を絞めている実感も罪悪感も湧いてこない…。

「はが…っ!?〜〜あ…あああぁ…っ」

「『クククッ、堕ちろ、堕ちろ…!』

「〜〜いやああ…!ああぁ…っ!!」


かえでさんの苦しみ悶える表情を笑いながら見ていた冬牙だったが、足に何かがすり寄ってきた感覚がして、うっとうしそうに足元を見やった。

「と…、冬牙…様…?〜〜これは…どう…い…う…?」

「『……まだ生きておったか。楽に死なせてやれなくてすまんな…。まだ、こやつの肉体を使いこなせぬみたいだ…!』」

「〜〜ぎゃあああああっ!?」


冬牙はかえでさんを放すと、足にしがみついているヴァレリーの背中を真刀滅却で突き刺したのだ…!!

「『…ほぉ、これでもまだ死なぬか?フフ…、やはり、人と怪人では生命力が違うらしいな』」

「〜〜な…ぜ…?約束…してくれたでは…ありませんか…、…巴里の街を…共に…支配し…て…っ、生きて…い…こう…と……?」

「『はて…?私はそんな世迷言を口にした覚えはないが?』」

「〜〜そ…んな…!?」

「『…どうせ言葉尻を捉え、己の都合の良いように解釈していただけだろう?私は糞尿まみれの異国の都市などいらぬ。――そして、妄想の恋にうつつを抜かす家臣もな…!』」

「〜〜あ…、あんまりです…!私…は…と…うが…さ…まの…為…に…」

「『今までよく忠義を尽くしてくれたな、ヴァレリー。主人としての最後の命令だ。――我が最愛の妻・藤堂美貴を甦らせる為、その命を捧げよ…!!』」

「い…やぁ…!〜〜冬牙様ぁぁぁ…――っ!!」


――ザシュッ!!

冬牙が俺の真刀滅却で…、俺の体でヴァレリーの首をはねる瞬間をかえでさんは直視できず、ただ喉を押さえて咳き込むことしかできなかった…。

「『死んだ怪人の魂はオーク巨樹へ還り、支配者である私の糧となる…。――もう少しだ、美貴…。あと少しでお前をこの腕に抱ける…!』」

ヴァレリーが死んだことで体を縛っていた黒蝶の縄は消えたので、かえでさんは好機とばかりに神剣白羽鳥を握ろうとしたが、その前に冬牙に真刀滅却を素早く首に突きつけられてしまった…!

「『貴様なんぞに後れはとらぬ…。二度と私と美貴の仲を邪魔できぬよう、その首もはねてくれようぞ…!』」

「〜〜一郎君があなたの生まれ変わり…?――冗談じゃないわ!!彼はあなたと違って、自分に好意を持っている人を邪険にしたりしない!目的を果たす為に騙したりしないもの…!!」


冬牙は眉間にしわを寄せると、かえでさんの頬を思い切り叩いた…!

「『…口を慎め!裏切り者の分際で、私に物を申すか?』」

「〜〜確かに前世の私は、あなたと美貴さんにひどいことをしていたかもしれない…。けど、今の時代を生きる私達には関係のないことだわ!前世で何があろうと、私と姉さんと一郎君は今まで幸せにやってきたもの…っ!!」

「『…転生して、随分口が達者になったな?だが、お前の愛する大神一郎はもう消えた。この体は完全な姿を取り戻した私のものとなったのだ!』」

「〜〜一郎君が消えたりするものですか…っ!――返して…。私の…、〜〜私達の一郎君を返してぇっ!!」

「『…聞き分けのないおなごだ。――ならば、無理にでも聞かせるまで!』」

「〜〜んむ…っ!?んぅっ、んんん…っ!」


冬牙はかえでさんの唇を無理矢理奪うと、胸を揉みながら慣れた手つきで服を脱がせ始めた。

「『いかにあばずれでも、女は女。肉奴隷に堕ちれば文句も言えまい。――おとなしく股を開け。今までこの男に散々抱かれてきたのだろう?』」

(――この唇と肌の感触…。耳元で囁く声…。〜〜どれも一郎君のままなのに…っ)


――ガリッ!!

「『〜〜つ…っ!?』」

「ハァハァ…、今度はその舌を噛み切ってやるわよ…?」


噛まれたことで、自分の唇から滴る血を目にした冬牙はカッとなると、霊力を全開にして、雨宮子爵の屋敷を一瞬で吹き飛ばしてしまった…!!

「『……嬲ってから殺してやろうと思ったが、あっけないものよ。新しい器に慣れていないせいとはいえ、私としたことが霊力の制御もままならんとは…』」

『――復活おめでとう、冬牙』


背後で笑みを浮かべている純の気配に気づき、冬牙は振り返らずに口元を緩ませた。

「『…もう肉体を捨てたか。フフ、気の早い奴め』」

『…ちょっとドジを踏んじゃってね。いいから、早く新しい体を提供してよ〜』

「『フフ、よかろう。今の私はオーク巨樹を統べる覇者…。貴様の願いなど容易に叶えてくれる…!』」


冬牙は召喚したオーク巨樹の蔦で純の精身体を包んで繭を作ると、その繭に自らの闇の霊力を注ぎ込んだ…!

「『――目覚めよ、百獣の怪人・ピエール…!』

蔦の繭がゆっくり開くと、美しかった青い瞳は間が離れ、自分の体より長い舌を口内に収めた爬虫類の怪人へと変わった純が飛び出してきた。

「これがパリシィの力か…!あはははっ!思ってた通り、素晴らしいよ!!」

「『…お前は変わっているな?金でも権力でもなく、わざわざ醜い怪人になりたいと願うとは…』」

「だって、これで巴里の街を好きなだけ破壊できるでしょ〜♪僕は神に近づけたんだ!僕を馬鹿にした奴らはみ〜んな殺してやる…!!あはははっ!」

「『仮住まいを提供してくれた礼だ。私も奇襲に力を貸そう』」

「さっすが冬牙!その男気にどこまでもついてくよ〜、良き家臣・良き相棒としてね…♪」


冬牙と純が魔術で瞬間移動するのを瓦礫に隠れて見ていたのは、死んだと思われているかえでさん…、そして、何故か双葉姉さんまでいた!

「…行ったみたいだね」

「えぇ…。――ありがとうございました、双葉お義姉様」

「王先生の霊力探知用羅針盤を頼りにお前らを探した甲斐があったよ!爆発の直前に義理の妹を颯爽と助ける小姑…!イカしてただろ〜♪」

「ふふっ、えぇ。お陰で命拾いしましたわ」

「…ゆっくり再会の余韻に浸っていたいところだが、後にするか。一郎もいないことだしな…」

「〜〜そうですね…。――でも、一つ手間が省けてよかったです…」


冬牙が起こした霊力爆発によって粉々になった雨宮子爵の柱時計の欠片をかえでさんは屈んで手に取ろうとしたが…、

「〜〜う…っ!」

動かした際に腕の傷が痛んで、うずくまってしまった…!

「あんまり無茶するんじゃないぞ?お前に何かあったら、私が一郎に怒られるんだからな?」

「〜〜はい…」


双葉姉さんにハンカチで応急手当てを受けながら、かえでさんは悔し涙を浮かべてうつむいた。

「〜〜申し訳ありません、お義姉様…っ!一郎さんを…助けられなくて…」

「…責任を感じてるなら、さっさと天雲神社に行くぞー?泣き言と愚痴は一郎とあやめを助けてから、いくらでも聞いてやる」

「双葉お義姉様…。あの、どうして日本へ…?それにその口ぶり…、何かご存知なんですね!?」

「……1ヶ月半前、巴里で異常な数値の霊力反応が感知されたって、グラン・マから紐育華撃団に連絡が入ってね…。帝撃にも何度か連絡を入れたんだが、通信障害が起きてて一向に通じないから、心配になって来てみたのさ。新君とラチェットと新年の挨拶がてらな」

「そうでしたか…。〜〜実は銀座の中央通りでも、去年から不気味な霊力反応が感知されておりまして…」

「やはりな…。――時間が惜しい。話は移動しながらにしようじゃないか」

「そうですわね…!では、天雲神社に参りましょう!」

「あぁ、急ごう!」


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