大神一郎誕生日記念・特別短編小説2013
「愛の魔法」その5



「――ぎゃああああ〜っ!!」

仮面から生じた闇の霊力とオーラはさらに濃度を増して雨宮子爵の霊力を奪い、負荷に耐えきれなくなったその体は黒い炎で焼かれていく…!

「きゃああ〜っ!!」

「〜〜パリシィの祟りだ〜っ!!」


警備員達と参加者達は仮面から伸びてきた触手に次々に捕まり、霊力を奪われていく…!優雅な新年会は一変して、地獄と化した。

逃げ惑う人波に俺は呑まれながら、雨宮子爵の焼死体から仮面を拾って己の顔につけた青年を見つめた。

「〜〜やめろ…!!君がアモスなんだろう!?どうしてこんなことをするんだ…!? この前は妻と娘達を助けてくれたじゃないか…!!」

『――パリシィは全人類の礎にして頂点に立つ種族…。下衆が気安く話しかけるな…!!』

「うわ…っ!?」


俺に飛びかかってきたアモスの鋭い爪をかえでさんが神剣白羽鳥で防いでくれた!

「こいつはアモスじゃないわ!子供達が慕っている精霊さんがこんなむごいことできると思う…!?」

「で…、ですが、姿も霊力の波長もそっくりですし…――!?」

「――そりゃそうよ、その子はアモスちゃんと同じ小精霊ですもの♪」


すると、アモスの隣に黒い蝶達が輪になって集まり、やがてボンテージを身にまとう派手な女性の姿を形作った。

「黒い蝶…!」

「ということは、あなたがヴァレリーね!?」

「ウフフッ、その正義感たっぷりのお顔、お姉さんにそっくりねぇ♪」


ヴァレリーは妖艶に己の唇を舐め回すと、ハイヒールでアモスもどきの頭をいきなり踏み倒した…!

「善良なパリシィの魂はね、死ぬとオーク巨樹の根っこに還るの。そして、一人前の精霊になって魂を転生させる為に小精霊としてオーク巨樹に仕え、霊力をオーク巨樹に捧げる代わりに精霊術を使う力を得るのよ」

ヴァレリーがアモスもどきをグニグニ踏みながら指を鳴らすと、コレクションとして保管されていた残り8個の仮面が黒いオーラを発しながら宙に浮かび、アモスと同じ格好をした8体の精身体となった。

「アモスが8人…!?」

「でも、よく見て!格好は同じだけど、全員、違う顔をしているわ…!」

「新たに転生するまで精身体は生前と同じ姿に形成されるのよ。そして、祭事の際に捧げられるオーク巨樹の仮面に魂を寄生させることで生前の記憶を消し、人の感情を失くして初めて精霊見習いになれるの。仮面を被ってしまえば見た目も他の奴らと差がなくなるから、アモスちゃんの分身と言っても間違いではないんでしょうけれど」

「だから、パリシィ墓場に堕ちたお前と違って、アモスには人の感情がないんだな?」

「そういうこと♪ウフフッ、誤解しないように言っておくけど、私は墓場に堕ちるほど負の感情にまみれてたわけじゃないのよ?精力たっぷりの男ならまだしも、でかいだけの樹の奴隷になるなんてまっぴらごめんだったから、怪人になる道を選んだだけ…♪」


ヴァレリーが黒い蝶達を集まらせて形作った鞭を打つと、仮面をつけた小精霊達は俺とかえでさんを素早く取り囲んだ…!

「〜〜小精霊達が…!?」

「〜〜どうして、こんなオカマに従ってるのよ…!?」

「ウフフッ!意思も感情も持たず、傀儡のように生まれ変わるまでただオーク巨樹を守るなんて鬼畜な拷問でしょ?だから、私は冬牙様とオーク巨樹の核を支配して、くだらない転生システムを終わらせてやったのよ!」

「冬牙…!?」

「お前が仕えているのは裏御三家の隼人冬牙なのか…!?」

「…あらん、口が滑っちゃった♪――フフッ、そうよ。冬牙様は悪霊として現代に甦ったの!そして、主従関係を超えた愛で結ばれている私の為に、オーク巨樹に宿る精霊を皆殺しにしてくれたのよ♪」

「〜〜自分のワガママで他のパリシィ達の魂を消したというの…!?」

「フン、パリシィじゃないあんた達にとやかく言われる筋合いはないわ!あんた達が呑気にクリスマスを過ごしている間にこっちは着々と準備を進めてきたんだから…♪――大神一郎、冬牙様の為にそのたくましい体、『器』として差し出してもらうわよ…!!」


ヴァレリーが床を鞭で叩いたのを合図に、小精霊達は一斉に俺とかえでさんに襲いかかってきた…!!

「〜〜く…っ、お前達の思い通りになってたまるか…!」

「行くわよ、一郎君!背中は預けたわ…!!」

「了解です!!」




一方、アンティークショップ『papillon』の地下では…。

「――きゃあああ〜っ!!」

俺の体を手に入れるまで一時的に冬牙に体を貸している純は見返りに膨大な魔力を得て、黒魔術で怨念漂う中世騎士の鎧をまとっている。そして、黒魔術と剣術でなでしこ、ひまわり、誠一郎の子供達をいたぶりながら徐々に追い詰めていた…!

「フフッ、おとなしくうちにいればよかったのに…。お約束を破るから、そういう目に遭うんだよ?」

「〜〜うわ〜ん!だから神社にいようって言ったじゃないか〜!!」

「〜〜ひまわりのせいじゃないもんっ!なでしこがこんなお店見つけるからだも〜ん!!」

「〜〜何よぉ!?一番最初に入ったのは、ひまわりでしょ〜っ!?」

「〜〜い、今は喧嘩はしてる場合じゃないだろ!?――僕達にはお父さんとお母さんの血が流れてるんだ!正義の味方は最後まで絶対諦めないんだよ…!?」

「誠一郎…」「誠一郎…」

「……お父さんとお母さんの血…か。――そうだよねぇ?君達は育った環境もその体に流れる血も、…僕なんかよりず〜っと恵まれてるんだもん」

「え…?」

「フフ、サラブレッドは努力なんてしなくても雑種には余裕で勝てるって言いたいんだろう?――だったら見せてあげるよ、雑種の底力をさぁ…!!」


それまでヘラヘラ笑うだけだった純の目つきが急に鋭くなったと思ったら、彼が手にしていたアンティークの剣から闇のオーラが溢れ出し、それが魔法弾の形に凝縮されて、子供達に向かって放たれた!

「きゃあああっ!!」「きゃあああっ!!」「うわあああっ!!」

両親から授かった反射神経の良さで3人はなんとかよけられたものの、さっきまで自分達が立っていた壁が粉々に破壊されているのを見てゾッとした…。

「その身のこなし…、子供とは思えない身体能力だよ。――ますます嫉妬しちゃうねぇ…っ!!」

「〜〜うわああ〜っ!!」

「誠一郎、こっちよ!」


子供相手に本気で魔法弾をどんどんぶつけてくる純の攻撃から逃れる為、誠一郎達は置いてあったキャビネットの陰に慌てて隠れた…!

「〜〜て…、店長さん、どうしちゃったのかな…?」

「わからないけど、誠一郎の言葉を聞いてから様子がおかしいわよね…?」

「ガキんちょのくせに偉そうに説教したからじゃないのー?」

「そうねぇ。しかも、言ったのが誠一郎ってところも気に入らなかったんじゃないかしら?」

「〜〜それは2人の意見だろっ!?さっきはちょっと感動してたくせにひどいよ〜!!」


――ドオオオンッ!!

「きゃああ〜っ!!」「きゃああ〜っ!!」「うわああ〜っ!!」

「――誠一郎君は悪くないよ。悪いのは人の上に人を造った神だからさ…」


キャビネットを壊されて盾を失った子供達に純はニヤニヤしながら歩み寄っていく…。

その剣は黒魔術で真っ黒に染まっており、最初はレイピアほど細身だった刀身も今は大剣に見間違うほど幅広で立派なものになっていた。

「これから一緒に地獄に堕ちるっていうのに喧嘩は良くないなぁ。仲良く励まし合わないと閻魔様の拷問には耐えられないよ?」

「〜〜地獄に堕ちるのはあなたの方よ!」

「そうだ、そうだー!」

「子供にこんな乱暴なことしていいと思ってるのー!?」

「君達は普通の子供とは違うからねぇ。――恨むんなら、その身に流れる血を恨むといい…!!」

「〜〜きゃ…っ!!」「〜〜ひぇ…っ!!」「〜〜うわ…っ!!」


闇の大剣を振り上げた純に身を寄せ合って身構える子供達…!

だが、その時!3人の前に出現した光の壁がバリアーとなり、闇の剣を弾き返した…!!

『〜〜ぐああ…っ!?』

「……?」

「〜〜何〜?何が起こったのー?目瞑ってるから見えなーい」

「〜〜ぼ、僕も…。……とりあえず、まだ生きてるみたいだね…?」

『――大丈夫かい…?』

「は…っ!その声はアモスね…!?」

「え…っ?」「え…っ?」


なでしこの言葉にひまわりと誠一郎は恐る恐る目を開けると、オーク巨樹の根に雁字がらめにされているアモスの精身体が3人を包んでいるバリアーと同じ光で光っていた。

「アモス…!!」

「わ〜い!アモスが助けてくれたんだ〜♪」

『〜〜長くはもたない…。僕の霊力が尽きる前に早く――っ!?』


しかし、アモスの精身体は伝え終わる前にオーク巨樹の根に押し潰されてしまった…!!

「〜〜きゃあああっ!!」「〜〜アモス〜ッ!!」

「…おっと、力を入れ過ぎて、つい♪5歳児には刺激が強すぎたかな?」

「〜〜ア、アモスが…」

「アモスが…、〜〜死んじゃったぁ…」


飛び散った肉片が青白い炎となって燃え尽きるのをなでしこ達は呆然と見つめることしかできなかった…。

「冬牙に霊力を奪われても、まだあんな精霊術が使えたとはねぇ…。――けど、これで邪魔者はいなくなったね。霊力の源がなくなったのは、こちらとしても残念だけどさ♪」

「〜〜許さない…っ!!」

「フフッ、サラブレッドの雑草魂というのも見てみたいねぇ。けど、あいにく僕はあまり子供が好きじゃないんだ。――だから、そろそろ鬼ごっこはおしまいだよ、金の卵さん達…♪」


と、純は狂気じみた笑顔で闇のオーラを大量に放出している大剣を子供達に振り下ろそうとしたが…!

「――暴虎氷河!!」

地下倉庫にまだあどけない青年の声が響いた瞬間、純の大剣が粉々に砕け散った…!!

「〜〜な…、何――っ!?」

間髪入れずに純の鎧にまんべんなくナイフが突き刺さると、鎧に開いた穴から闇の霊力がシュウシュウと煙のように漏れ出て、剣と同様に中世騎士の立派な鎧は粉々に砕け散った…!!

「こ、このナイフは…!」

「――危ないところだったわね」


聞き覚えのある声がして、顔を上げた子供達の表情が明るくなった!

「新次郎お兄ちゃん、ラチェットお姉ちゃん…!!」

「間に合ってよかった…!皆、無事だね?」

「うんっ!助けてくれてありがとう!」

「でも、どうしてここに?紐育にいるんじゃ…?」

「説明は後よ。――今はこの厄介な魔法使いを黙らせるのが先だわ…!」


和服を着た新次郎とスーツ姿のラチェットは、なでしこ達をかばう壁のように前に立つと、刀とナイフを構えて純と対峙した。

霊力を失った純は錆びた模造刀を地面に刺し、ボロボロになった服を着た体をやっと支えている状態にも関わらず、相変わらずニヤニヤしている。

「…ふーん、そこの君も隼人の血を継いでるみたいだねぇ。当主の大神ほど強い霊力は持っていないみたいだけど」

「確かに僕は一郎叔父より強くないかもしれない…。――だけど、今は代わりに僕がこの子達を守ってみせる!」

「きゃ〜っ♪」「新ちゃん、格好良い〜っ♪」「やっちゃえ〜っ!」

「まったく、次から次へと…。…本当…大事にされてて羨ましいよ、君達は」

「…?店長さん…?」

「せっかく来てもらったのに申し訳ないけど、あいにく雑魚に構っていられるほど時間もなくてね――!」


純は瞬間移動用の魔法陣を床に出現させたが、ラチェットが魔法陣にナイフを落として方陣が途中で切れたことにより、魔術は無効化された。

さらに、ラチェットはそのナイフ達で新たに方陣を描き、結界を出現させて純を拘束した!

「…ふーん。君も魔術に長けてるんだ?」

「日本に着くまで船の中で文献に目を通しておいたのよ」

「それだけでもう使いこなせるなんて、さすがラチェットさんですね!」

「フフッ!――あいにく、あなたも私達からしたら雑魚の一人よ。雑魚は一匹ずつ仕留める…。単純だけど、勝利に近づくには最も効率の良いやり方だわ」

「…フッ、困ったねぇ。お姉さんの拷問おっかなそうだしなぁ」

「あら、あなたみたいな小者に用はないわ」

「僕達が話をしたいのは隼人冬牙だ!早く彼を出せ!!お前の中にいるんだろう!?」

「おや、よく知ってるねぇ、少年?…けど、一足遅かったね。『彼』はもう僕の体にはいないよ」

「〜〜何だと…!?」

「だーかーらー、僕を捕まえても意味ないってこと♪わかったら、さっさと解放してくんない?」

「…はったりかしら?」

「ですが、奴の言う通り、体から隼人の霊力は感じませんし…」

「〜〜逃がしちゃダメーっ!!」

「そうだよ!放っといたらこいつ、絶対また悪いことするよ!?」

「それに、人質として手元に置いておいた方が後々、都合が良いと思いますし…」

「ふふっ、あなた達の言う通りね。――というわけで、窮屈でしょうけど、しばらくそのままでいてもらうわよ?」

「チッ、交渉失敗か。――仕方ない。切り札を出すとするか…!」


純は結界の中で己の体に宿る全ての魔力を解放すると、幽体離脱の如く肉体から精身体を浮かび上がらせて、2つの体を繋いでいる生命線を自らの手で切り離した…!!

「〜〜な…っ!?」

「〜〜自分が何をしたかわかってるの…!?生命線を切ってしまえば、魂は肉体に戻れなくなるのよ!?」

『僕が傍にいないと、『彼』が禁忌の黒魔術を発動できないんでね。遅かれ早かれ、こうするつもりだったから構いやしないよ♪』


精身体と魂との繋がりが消えた純の肉体は急速に痩せ衰え、カラカラに枯れたミイラと化した。

『あんな呪われた体とはもうおさらばさ…。どうせすぐ新しい体が手に入るんだ。人の力を超越した最も神に近い種族に僕は生まれ変わるんだ…!!』

半透明の精身体の状態となった純はほくそ笑むと、憑き物が落ちたように自由に宙を舞って、勢いそのままに倉庫を飛び出していった…!

「あっ!待て…!!」

「〜〜作戦失敗ね…。これじゃ、双葉お義母様に顔向けできないわ…」

「……でも、命を捨ててまで主人に仕えるなんて…、まるで蘭丸ですね…」

「…彼の場合、心から信長を慕っていた蘭丸と違って、野望を果たす為に仕方なく従っている…って感じだけど」

「そうですね…。人間で…、しかも男でこんな高度な黒魔術を使えるなんて…。隼人冬牙の悪霊に体を乗っ取られた時から、すでに彼の体は人間じゃなくなってたのかもしれませんね…」

「――あぁ〜っ!!」

「〜〜ビクッ!!い、いきなり大声あげてどうしたのさ、なでしこ…?」

「〜〜早く神社に戻らないと、お母さんの儀式が終わっちゃうわ…!!」

「〜〜あ〜っ!すっかり忘れてた〜っ!!」

「〜〜抜け出したのバレたら、かえでおばちゃんにお尻ペンペンされちゃうよ〜!!」

「天雲神社に行くんだね?なら、僕達も一緒に行っていいかな?」

「急がないと大神隊長とあやめが危険だわ…!」

「〜〜お父さんとお母さんが…!?」

「詳しい説明は後でするよ。早く行こう!」

「はいっ!」「うんっ!」「りょーかい!」


「愛の魔法」その6へ

作戦指令室へ