★3−1★



深夜。銃の訓練所で撃つマリア。全て目標の心臓部分に命中。弾を補充しながら、あやめの部屋でのあやめとマリアの会話の回想をする。

『――それは…、降格ということですか?』

『悪い意味でじゃないわ。あなたには副隊長として、大神君の補佐をしてもらうことになったの』

『……彼は…、大神少尉は私より戦闘能力が優れているのですか?』

『いいえ。シミュレーション訓練の結果、霊力値も戦闘技術値もあなたの方が上だったわ』

『…では、状況判断に長けているのですか?』

『いいえ。実戦経験も前回だけよ』

『…なら、何故?』

『そうね…。どんなに完璧なあなたでも敵わない部分を持っている…と言ったらいいのかしら』

『……それは、具体的にどういった所を…?』

『ふふっ、私の理論上、女性だらけの花組をまとめるには、大神君のような純粋で真っすぐな異性の力が必要なのよ。――あなたもいずれ思う時が来るわ、彼を隊長に迎えてよかったってね』


回想終了。目を鋭くし、連射するマリアだが、全て心臓部分から離れて命中。イライラしながら、震える手で静かに銃を降ろす。

★            ★


翌日、大帝国劇場・舞台。『椿姫の夕』の上演中。『雲雀の歌』を歌うマリアとすみれ。袖から見守る大神とあやめ。

「うわぁ…、今日も超満員ですね、『椿姫の夕』」

「えぇ。なんてったって、トップスタァ同士の共演ですもの」

「『――あぁ、アルマン。薔薇色だった私の頬も、今ではすっかり青ざめてしまった…。けれど、生きている間にもう一度こうしてあなたに会えるなんて…!』」

「『不思議だ…。私は神に導かれるようにここに来たんだ。そして、再び君に出会うことができた。君との薔薇色の日々もきっと神の思し召しに違いない…!――おぉ、そうだ…!巴里を離れて、どこか田舎で暮らそう。それから――!』」


舞台袖にいる大神に気づき、台詞に詰まるマリア。ざわつく客席。顔を見合わせる大神とあやめ。

「マリア、どうしちゃったのかな…?」

舞台袖で心配に見守るメイド役のさくらとアイリス。眉を顰め、アドリブで芝居を続けるすみれ。

「……『――あぁ、嬉しい…。あなたという支えを失った今までの私は、抜け殻同然だった…。でも、今は違うわ。ねぇ、早く私を連れ去って…!』」

「『〜〜あ、あぁ。もう二度と離さないよ、マルグリット――』」


安堵する大神とあやめ。

「ハァ…、何とか切り抜けたみたいね…」

「どうしたんだろう、マリア…?今まで間違えたことなんてないのに…」

「ふふっ、マリアだって人間ですもの。ド忘れしちゃう時ぐらいあるわよ」

「はは…、そうですよね」

「あ、ほら、最後のシーンよ」


すみれを抱き起こし、手を強く握るマリア。

「『――さぁ、笑って、もう一度私だけの為に…。そんな寂しそうな顔より笑っているあなたの方が素敵だわ……』」

「『マルグリット…。〜〜マルグリットォォォォ…ッ!!』」


息を引き取ったマルグリット役のすみれを抱きしめるアルマン役のマリア。歓声と拍手の中、挨拶するマリア達。元気がない隣のマリアを心配に見るさくら。

★            ★


記者達に写真を撮られながら、インタビューを受けるすみれ。

「――『椿姫の夕』、帝劇観客動員数記録更新、おめでとうございます!」

「まぁ〜、ほほほ…!ありがとうございます」

「新聞各紙があなたを『帝劇のトップスタァ』と称賛しておりますが、率直な感想を一言!」

「まぁ!たまたま私の実力と美貌が他の皆さんより上なだけですわ、…そう、格段にね。良い機会ですから申し上げておきますけれど、名女優・佐伯ひなを母に持つ私と他のド素人の方々とでは生まれつき備わった才能が違うのです。ですから、相当な努力をしない限り、この私を抜いてトップスタァの座に就くのは難しいでしょうねぇ。気の毒ですけれど、それもまた神の思し召しなのですわ。ホホ…、劇中のアルマンの台詞と掛けてみましたの。いかがかしら?――あっ!そこのあなた、左側からの撮影はNGでしてよ!?」

「〜〜あ、すっ、すみません…!」


すみれの扇子に指され、慌てて撮影位置をずらすカメラマン。

「まったく…、私が最も美しく見えるのは右の横顔なのです!ちゃんと覚えておきなさいなっ!!」

「〜〜え…、え〜、『愛ゆえに』では、あらかじめ決まっていた主役をさくらさんにお譲りして、裏方に徹していたとお聞きしましたが、それは今回の『椿姫の夕』を主演作に選んだ理由と関係がおありなのでしょうか?」

「おっしゃる通り、『愛ゆえに』のクレモンティーヌも実は最初、私が演じる予定でしたの。ですが、いくら私が飛び抜けて優れた女優とはいえ、私ばかりが主役を演じていては不公平でございましょう?他の皆さんにも華を持たせて差し上げないと気の毒というものですわ。ですから、心優しいこの私は新人でド素人のさくらさんにクレモンティーヌ役を譲って差し上げたのです。まぁ、トップスタァとして当然の配慮というものですわ。お〜っほほほほ…!!」


インタビュー中のすみれを部屋の外から覗くさくら、アイリス、カンナ。

「…な〜にが『譲って差し上げたのです』だ。稽古中、あんなにさくらに嫌がらせしてたくせによ」

「でも、すみれさんのお陰でお客様の数が増えたのは本当ですし…」

「けど、あたいはさくらの演技も良かったと思うぜ?さくらのクレモンティーヌが気に入ったから、帝劇の常連になってくれたお客さんも結構いると思うんだけどな」

「アイリスもそう思うよ!…それにな〜んか、すみれだけチヤホヤされるの、ムカつくしぃ〜」

「だよな〜?ったく、記者の奴らもトップスタァだの何だの言って持ち上げすぎだぜ。余計にあのサボテンがつけ上がるだけじゃねぇか」

「でも、すみれさん、舞台に立ったら本当にお綺麗なんですもの。はぁ…、私も早くああいう風にお客様を感動させたいなぁ…」

「〜〜うぅ〜…、ほんっっとに良い子だねぇ、さくらはぁ〜!!」


カンナに頭をわしゃわしゃなでられるさくら。走って来る紅蘭。

「あぁ、ここにおったんかいな…!」

「どうしたの、そんなに慌てて?」

「もう、皆、忘れとるやろ?――遂に今日から始まるんやで、蒸気テレビジョン放送!!」

「あっ、そっか〜!」


顔を見合わせ、喜ぶさくら、アイリス、カンナ。

★            ★


事務室。蒸気テレビジョンのアンテナを調整する紅蘭。テレビの前で緊張して待つさくら、アイリス、カンナ、椿、由里。

「いよいよだね〜っ!」

「う〜、ワクワクするぜ〜!」

「私、8時からのドロドロ愛憎劇場が観たいですぅ〜っ!」

「しっ!いよいよ始まるでぇ、5,4,3,2,1――!」


蒸気テレビジョンに帝都タワーの映像が映り、はしゃぐさくら達。

「わ〜い!映ったぁ〜!!」

「すごいですねぇ〜、本当に箱の中に人が入ってますよ!」

「ハハハ…、さくらはん、これは映像や。このアンテナで帝都タワーから発信されとる電波を受信して、映像として画面に映しとるんやで」

「へぇ〜、何だかよくわかりませんけど、すごい時代になったものですね」

「あはは、もう、さくらちゃん、言うこと年寄り臭いって。でも、これでますます世の中の最新情報が私の目と耳に入ってくるわけね!」

「〜〜あ〜、由里さぁんっ!勝手にチャンネル変えないで下さ〜いっ!!」


カチャカチャ回してチャンネル争いする椿と由里。

「あ〜、そないに乱暴にせんといて!見逃しても、番組数増えるまでは再放送何度もやるさかい」

「はぁい…」「はぁい…」

「うふふっ、私達が初めて力を合わせて守った帝都タワー…。きっと日本中の皆さんがテレビの前でこうやって楽しんでるんだろうなぁ…!」

「そうだな。でも、これで新しい娯楽が増えちまったわけだ。よし、今から蒸気テレビジョンを帝劇のライバルと認めよう!」

「だね!お客さんが減らないように、も〜っとお稽古、頑張らなくちゃ!」


事務室前の廊下を通るマリアを見つけるさくら。

「あ、マリアさんも一緒に観ませんか?箱に色々なものがい〜っぱい映ってるんですよ!」

「…私はいいわ」

「え〜?一緒に見ましょうよぉ〜!私の隣、空いてますからぁ、ね!」


椿に腕を引っ張られるマリア。

「…じゃあ、少しだけ――!」

「――あ、始まったんだね、テレビジョン放送」


向こうから来る大神に不機嫌になるマリア。大神に飛びつくアイリス。

「わ〜い、お兄ちゃ〜ん!ね〜ね〜、一緒に見よ〜!」

「あぁ…。でも、これから賢人会議に同行しないといけないから…」

「ちょっとだけなら大丈夫やて!」

「この後の番組は…、あ、帝都タワーのマスコットキャラクター『テッタくんとゆかいななかまたち』っていうアニメーションらしいですよ。ふふっ、ほら、可愛い〜!」

「どれどれ…?お、本当だ」


帝都日報のテレビ欄を大神に見せるさくら。

「よっし、何か食う物持ってくるか!やっぱ皆で見た方が何倍も楽しいよな〜!なぁ、マリア?」

「…やっぱり遠慮しておくわ」


椿の手を払い、立ち去るマリア。

「あ、マリアさぁん…。〜〜あ〜ん、行っちゃったぁ…」

「どうしましょう…。テッタくん、そんなにお嫌いだったんでしょうか?」


しょげるさくら。頭をかき、困惑する大神。

★            ★


廊下を不機嫌に歩くマリアを見つける段ボールを運ぶかすみ。

「あ、マリアさん。ほら、こんなにファンの方からお手紙頂きましたよ。お部屋でお読みになったらいかがですか?」

「…それを読ませろって上層部から命令を預かっているの?」

「え?」

「命令なら従うわ。訓練までの1時間でいいのかしら?」

「〜〜あ…、いえ、別に命令では…」

「だったら、どうして読めと…?」

「あの…その…、見れば元気になるかな…と…」

「…私が元気がないように見えた?」

「〜〜あ…、決してそういう意味では…!お疲れでしたら、千秋楽が終わった後にまとめて――」

「返事を書いてサービスしろと…?それ、本気で言ってるの?歌劇団は帝都を守る任務を知られない為の隠れ蓑でしょう?余計なことに力を入れすぎては、本職の方がおろそかになるわ。それでもいいの?」

「い…、いえ…。〜〜あの…、でも――!」

「…何?」


厳しく睨んでくるマリアに涙目でビビるかすみ。

「〜〜な…、何でもありません…」

★            ★


賢人会議。モニターでスラスラ説明するあやめ。緊張して資料を握る大神。

「――以上で、4月分の劇場機関及び経費の報告を終了致します。続けて、花組隊長の大神一郎少尉より戦闘報告をさせて頂きます」

「〜〜は…っ、はい!しょ、紹介に預かりました、大神一郎です…!!」


起立した大神の方を一斉に向く総理と大臣達。ビビる大神。

「〜〜ぜっ、前回の芝公園での戦闘報告をさせて頂きます…!お手元の資料をご覧下さい――」

懸命に説明する大神を優しく見守るあやめ。

★            ★


バス停。のびをする大神。

「――う〜ん…っ!はぁ…、やっと終わりましたね…」

「お疲れ様。初めての会議はどうだった?」

「とても貴重な体験をさせて頂きました。ただ、ちょっと緊張して…」

「ふふっ、声がうわずってたものね」

「〜〜う…!す、すみません…」

「気にすることないわ。私もそうだったもの。米田司令に初めて連れてこられた時ね、すごく緊張して、足が震えて止まらなかったのよ?」

「そうなんですか?あやめさんはいつも完璧なイメージがあるのに…」

「最初から何でもできる人間なんていないわよ。時と経験を重ねるにしたがって、人って成長していくものでしょ?あなたもそう。今から色々経験しておかないとね、いつかこの帝国華撃団を背負って立つ時の為に…」

「え?お、俺が…ですか!?」

「そうよ。司令と私がいなくなった後は大神君、あなたが華撃団の責任者になるんだから。――だから、今のうちにしっかり勉強しときなさいね!」


微笑み、大神の額を小突くあやめ。照れて額を押さえ、うつむく大神。

「……司令とあやめさんがいなくなった後…か…」

「え…?ふふっ、やだ、あんまり考えすぎないで?まだ先の話じゃない」

「俺は…!〜〜できるなら、ずっとこのままがいいです…。花組や風組や、米田司令やあやめさん…。永遠にこの帝国華撃団のまま、皆一緒に…」

「大神君…。……永遠には無理よ…。人間は必ず歳をとる。それにつれて、私達の霊力も弱くなる…。どんなことでも終わりって必ず来るものなのよ」

「〜〜そう…ですよね。すみません…、俺、何言ってるんだろ」

「――私は…」

「え?」

「しわしわのおばあちゃんになって死ぬまで、ずっと帝劇にいるつもりよ。だって、やっと自分が自分でいられる場所を見つけられたんですもの…」


見つめてくるあやめに赤くなる大神。

「ずっと私が支えてあげる。あなたが立派に華撃団を率いていけるように、ずっとずっと傍で見守っててあげる。だから、心配しないで…、ね?」

大神に寄り添い、上目遣いで微笑むあやめ。真っ赤になる大神。

(〜〜こ…、これは最早…、逆プロポーズともとれる言い方…だよな?)

「〜〜あやめさん、あの――!」


バスが到着。

「…残念、来ちゃったわね。――乗りましょ!」

手を差し伸べるあやめ。赤くなって手を握り、一緒にバスに乗る大神。

(――あやめさん、気づいてますか?俺はあなたの傍にいられて、幸せなんです。永遠になんて言いません。でも、許される限りずっとこのまま…)

隣であやめの肩に寄り添い、眠る大神。微笑み、上着をかけてやるあやめ。目を覚ます大神、あやめのアップに驚いて赤くなり、慌てて離れる。

「え…!?〜〜す…、すみません!俺、いつの間に…」

「ううん。慣れない会議で疲れたでしょう?遠慮しなくていいのよ」

「〜〜す、すみません…。お恥ずかしいところを…」

「いいんだってば。ふふっ、――寝顔、とっても可愛かったし…」

「え?」

「あ…、ううん…。私も疲れちゃった。着くまで、こうしてて…いい?」


大神の手を握り、寄り添うあやめ。緊張する大神に微笑むあやめだが、窓の外に山崎を見つけ、身を乗り出す。もういない。

「あやめさん…?」

「〜〜今、あの人が…!」

「あの人…って?」

「あ…、〜〜ごめんなさい、何でもないわ…」

(……見間違いに決まってるもの…)


うつむき、再び寄り添うあやめを心配に見る大神。バスに乗るあやめを見つめ、笑う叉丹。歩いていくと、背景がだんだん闇に染まり、黒之巣会の本拠地に変わる。通る叉丹にひざまずく脇侍達。

★            ★


黒之巣会・本拠地。テレビジョン放送が始まって賑う帝都を掌の上の黒い炎に映し、悔しく握り潰す天海。

「〜〜忌々しい小娘どもめ…!あいつらの邪魔さえ入らねば、今頃帝都は我の物だったはずじゃ…!!」

「あはははっ!天海様でもヘマやるんだぁ〜」

「〜〜何じゃと…!?」


刹那を中心に歩いてくる死天王。

「天照を復活させてないのに、力なんて出るわけないじゃん。そんなの僕でもわかるって」

「〜〜あ、兄者…!」

「〜〜お前…っ、天海様に向かってなんて口のききかたを…!!」

「なんだよ〜。本当のこと言っただけじゃんか」

「〜〜ええい、黙れっ!!――叉丹、天照の封印はまだ解けぬのか!?」

「申し訳ございません。天海様が復活されて間もない故、闇の霊力が充填し切れてなく…」

「〜〜フン、ポンコツめが…!」

「じゃあさ、次は僕にやらせてよ!この前の戦い見てたらね、面白いおもちゃ見つけたんだ〜!」

「おもちゃだぁ?ハン、どうせまた子供じみたことだろ?」

「ミロクになんか教えないよ〜だ!――見てろよ?子供だってナメてたら、後で死ぬほど後悔するんだからな…!」


マリアのブロマイドを見て、笑う刹那。ブロマイドが刹那の持つ端から燃えていく。

★            ★


マリアの夢。ロシア革命。押され気味で後退するマリアとユーリー達。

『〜〜く…っ、隊長、この先は我等の拠点です!』

『本拠を占拠されたら、我々の敗北は必至…!もう後がありません…!』


不安にうつむくマリアの手を握るユーリー。

『安心しろ。お前達は必ず私が守る…!』

『ユーリー隊長…!』

『ここは何としてでも盛り返す!全員、狙撃位置に着け!射撃、用意!!』


銃を構えるマリア達だが、手瑠弾が投げ込まれ、爆発して吹き飛ぶ仲間達。同時に防御壁が崩れ、後ろから襲いかかってくる敵軍の兵士達。

『〜〜な、何故本拠地から敵軍が…!?』

『〜〜少佐だ…!バレンチーノフ少佐が裏切ったんだ…!!』

『〜〜そんな…!?』

『…俺が囮になる。お前達は森へ退却しろ…!!』

『〜〜な…っ、何を言ってるんです!?』

『フフッ、仲間の命も救えないような奴に、革命軍の隊長を名乗る資格はないからな…!!』


マリアの手を払い、腰に巻いたダイナマイトに火を点けて飛び出し、手瑠弾を投げるユーリー。吹き飛ぶ兵士達。

『今のうちに早く…!!』

『〜〜隊長…っ!!いけません、戻って下さい…!!』

『〜〜マリア、早く…!!』


マリアの手を引っ張って逃げる仲間達。兵士達の銃弾を浴びながら突進していくユーリー。

『――マリア…、俺の大事なパートナーよ…。――後は…頼むっ!!』

ユーリーの爆発に巻き込まれる大勢の兵士達。目を見開くマリア。

『〜〜隊長ぉぉぉ――っ!!』

飛び起き、息を荒げるマリア。

(〜〜また…あの夢……)

首に掛けたロケットペンダントに触ろうとしたが、ないことに気づく。


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