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「藤枝姉妹とおとぎの国」

プロローグ「夢魔 in ネバーランド」その1



人が空想したり、心を込めて作ったものには魂が宿ると言われている。

「――シャルロッテは本当にご本が好きだねぇ」

「うんっ!おばあちゃまが買ってくれたご本、とっても面白いんだもの」

「お前はおばあちゃまの誇りだよ。今日はどのお話を読んであげようかねぇ」


おばあちゃまが寝る前に読んでくれる物語がシャルロッテは大好きだった。

「おばあちゃま、いつかシャルロッテもお話を書いてみたいわ。できたら、おばあちゃまに一番に読ませてあげるわね!」

「ほっほっほ…、楽しみにしてるからねぇ、シャルロッテ」


――ほら見て…!メルヘン街道を歩けば、もうそこはおとぎの世界。

すれ違った赤ずきんちゃんが手を振って、ブレーメンの音楽隊が素敵な音楽を奏でているわ。

あっ、悪い魔女が来たわ…!逃げて!白雪姫…!!

まぁ、あそこの家の窓からラプンツェルが長い髪をたらしているわ…!

「――シャルロッテ、もう空想はおよしなさい。おばあちゃまは亡くなったの。今日から新しいおうちでパパとママと3人で暮らすのよ」

ママと暮らす新しいおうちは、シャルロッテにとって苦痛でしかなかった…。

「――オラァ!!酒を買ってこい!!今すぐにだ!!」

「〜〜うぅぅ…。あの人が酒癖が悪いって知ってたら、私…」

「こんな家はすぐに出た方がいい。僕と一緒に暮らさないか?」

「でも、シャルロッテが…」

「子供なんてまた作ればいいじゃないか。野蛮な男の血が入った娘なんて、どうせろくな大人になりゃしないよ」

「それもそうね…。――いいわ。私、あなたにどこまでもついていく…」


ママは新しい男と出ていき、パパは仕事もせずに酔っ払ってシャルロッテに暴力を振るった…。

お金のないシャルロッテは学校にも行けず、現実逃避をするように、ますますお話の世界に閉じこもるようになっていた…。

「――見て、おばあちゃま。私ね、お話を書き始めたのよ」

シャルロッテは街に捨てられていた足跡付きのポスターの裏に物語を書き留めた。

おばあちゃまから教わった単語を並べたら、お話がどんどん膨らんでいくわ!インクが足らなければ、自分の指を噛んで血で書き進めてみせるの。

「主人公は優しいピエロさんで、世界中の子供達を夢の世界に連れて行ってくれるの。夢の世界に行くとね、子供は一生子供のままでいられるのよ。ず〜っと大人にならずに永遠の命を与えられて、いつまでも仲良く遊んで暮らせるの。悲しいことも辛いことも一切ないのよ。素敵でしょう?」

いくら話しかけても誰も答えてくれない…。

挿絵に描いたピエロの落書きも笑っているだけで動くことはない…。

「……おばあちゃま、どうして人は年を取ると死んじゃうの…?おばあちゃまも子供のままでいられたら、今も生きていられたのにね…」

シャルロッテの涙でインクが滲み、ピエロの顔が黒くなっていく…。

「〜〜会いたいよ、おばあちゃまぁ…。どうしてシャルロッテを置いて死んじゃったの…?」

『――会わせてあげようか、おばあちゃまに…?』


その時、滲んだインクと血痕で描かれた落書きピエロが不気味に口角を上げた。

シャルロッテはその夜、ピエロと楽しそうにメルヘン街道を駆けていった。

それがシャルロッテが目撃された最後だった…。



――それから100年の歳月が流れた。

帝都東京は銀座にある大帝国劇場。帝都市民にとって、一番の娯楽として大人気の花組の舞台。

その脚本を手掛けるのは金田金四郎。代表作は『紅蜥蜴』。人気舞台を手掛ける脚本家として、今日も彼は自宅の仕事部屋で空想に耽っている。

「〜〜参ったなぁ…。今日は副支配人がチェックしに来るのに原稿用紙が真っ白でゲスよ…」

「――ごめん下さ〜い。金田金四郎先生はご在宅でしょうか〜?」

「〜〜ゲッ!!もう来たんでゲスか…っ!?」


お手伝いさんに案内され、あやめは金田の仕事部屋に通された。

「ごぶさたしております、金田先生。これ、つまらない物ですが…」

「おっ、竜也のどら焼きですな!いつもすまないでゲスなぁ。あははは…」

(〜〜この笑顔がいつまで続くものやら…)

「脚本の進み具合はいかがですか?次回作のコンセプトは『新・宝島』を超える夢と希望の感動スペクタクルとお伺いしておりますが…?」

「〜〜いや〜そのぉ…、連日、帝都は猛暑に見舞われているでゲしょう?そのせいで少〜し…ほんの少しでゲスよ!?筆が遅れてしまってましてなぁ」

「ふふっ、やはりそうでしたか。そんなことだろうと思いまして、今日は新しい資料を持って参りましたの。少しは参考になるかと思いまして…」

「おぉ〜、そうだったんでゲスか!あたしゃてっきり怒りに来たのかと…」

「厳しく催促しても、何かと理由をつけてごまかすじゃありませんか。先生が遅筆なのは今回に限ったことではありませんもの」

「ははは、そう思って頂けていると思うと心が軽くなるでゲスよ♪」


すると、金田の机に珍しい洋書が置いてあることに、あやめは気づいた。

「まぁ、この本…!」

「あー、これでゲスか?一週間前、古本屋で買ったんでゲスよ。ドイツ人の子供が書き上げた物語らしいんですがね、なんでも50年経ってから発見されて、それが編集者の目に留まって出版に至ったそうなんでゲスが…」

「懐かしいわぁ…!この本、子供の頃、実家の書庫に置いてあったんですよ。ふふっ、まだ実家にあるかしら?」

「ははは、そうだったでゲスか。いやはや、夢のある話というのは大人になってから読んでもいいものでゲスよなぁ。しかも、子供でそれだけの話を作れなんて天才でゲスよ!作者は不明と表記してあるんでゲスが、今頃はベストセラー作家にでもなってるんでゲしょうなぁ」

「…先生もその子を見習いませんとね?」

「はっはっは、ごもっともでゲス!――どれ、気分が乗ってきたところで仕上げに取り掛かるとしますかなぁ」

「仕上げ…?〜〜私には序盤しかできていないように見えますが…?」

「書き留めずとも、ちゃ〜んと頭の中で整理しておいたでゲスよ!あと2時間もあれば仕上がりますから、麦茶でも飲んでくつろいでて下さいな♪」

「〜〜は…、はぁ…」


金田の無謀な宣言に洋書の挿絵のピエロは笑っている。

だが、見方によっては、ピエロのつぶらな瞳があやめをじっと見つめて離さないようにも見えた…。



夢が詰まったお芝居を上演する大帝国劇場。

舞台に立ち、夢を振りまく役者。観劇して夢の時間を過ごす観客。動員数が増えるほど夢は街中に広がっていく。

そうして大きくなった夢は形を得て、やがて現実世界に実在するようになる…。

「――ただいまー」

「お帰りなさい、あやめ姉さん。金田先生の調子はどうだった?」

「〜〜思った通りよ。1週間締め切りを延ばしてほしいって泣きつかれてね…」

「ふふっ、やっぱりね」

「次回作はすみれ君とカンナの名コンビが主演ですからね。『紅蜥蜴』よりいい物を作りたいという先生の気持ちもわかるな」

「でも、予定が狂っちゃうのよねぇ…。切符が5分で完売するほど、お客様が楽しみにしてくれているのに今さら延期なんて言えないし…。〜〜困ったわ…」


支配人室で仕事する両親を子供達は廊下から、こっそり覗いている。

「父さん達、今日も忙しそうだね…」

「〜〜むぅ〜。今日は『帝都タワーのテッタ君』の活動写真を観に行く日なのに〜…」

「でも、始まる時間までに終われば問題ないじゃないか」

「誠一郎の言う通りよ。それに私達がお手伝いすれば、もっと早く終わると思うわよ?」

「え〜!?もう少しで『魔法少女プリティーマミー』始まっちゃうんだよ〜!?」

「でも、活動写真観たいんでしょ?」

「〜〜やだ〜!!マミーも観たいも〜ん!!」

「…誰かおつかい行ってきてくれる人はいないかな〜?」

「…余ったお金でアイスクリン買ってもいいんだけどな〜?」


子供達の会話を聞いていたように、あやめとかえでがわざとふってきた。

「アイスクリン〜!?そのおつかい、ひまわりが行くよ〜!!」

「あっ!ズルいよ、ひまわり〜!!」

「んもぉ、ひまわりったらゲンキンなんだから…」

「はは…、さすが母親ですね」

「ふふっ、ああ見えて、ひまわりは一番扱いやすいのよね♪」

「それじゃあ、このメモに書いてあるものを商店街で買ってきてくれる?3人で仲良く行ってくるのよ?」

「は〜い!」

「父さん、お仕事終わったら、絶対『テッタ君』の活動写真、観に行こうね!?」

「あぁ、もちろんだ。前から約束してたもんな」

「やったぁ〜!!」

「早く行って、アイスクリン食べよ〜!!」

「車に気をつけてねー?」

「は〜い!」「は〜い!」「は〜い!」


子供達が支配人室を飛び出したのとほぼ同時に、劇場内に緊急事態発生の警報が鳴り響いた…!

「〜〜なっ、何…!?」

『――上野に降魔の大群が発生!至急、作戦指令室に集合して下さい…!!』

「敵襲だわ…!急ぎましょう!!」

「了解です!」

「おつかいは後でいいから、私達が帰るまでお部屋にいるのよ!?」

「え〜っ!?活動写真は〜!?アイスクリンは〜!?」

「終わったら連れて行ってやるから…!」

「良い子で待ってるのよ…!?」


大神とあやめとかえでは支配人室を飛び出すと、急いで階段を下りて、地下へ行ってしまった…。

「……行っちゃったわね…」

「〜〜『しゅつげき』したら2時間は帰ってこないよ?絶対『テッタ君』間に合わないじゃ〜ん…」

「〜〜しょうがないよ…。お仕事だもん…」


帝都の平和を守る為とはいえ、楽しみにしていただけに子供達の落胆は大きかった…。

「――ん…?この本、何だろう…?」

すると、誠一郎があやめの風呂敷の隙間から見えた、ある本を見つけた。

それは金田の机に置いてあった洋書。ピエロの挿絵が描いてあり、ドイツ人の子供が書いたという本だった。

「字が大きくて見やすいね!」

「あははっ、変なピエロ〜」

「勝手に触ったら怒られるわよ?」

「へ〜き、へ〜き!こっそり戻しておけばバレないって♪」

「〜〜んもう…。お部屋でおとなしく待ってましょうよ…」

「え〜?ここの方が『冷房君』効いてて涼しいよ〜」

「――あっ!ウルトラライダーの時間だ…!!」


誠一郎は支配人室の蒸気テレビジョンの電源を入れて、特撮ヒーロー『ウルトラライダー』のチャンネルに回した。

『――ウルトラライダー、変身!ジュワッ!!』

「格好良い〜!!いっけ〜!ウルトラライダ〜!!」


誠一郎がソファーに座って鑑賞を始めると、ひまわりは勝手にチャンネルを『魔法少女プリティーマミー』に変えてしまった。

『――魔法少女プリティーマミー!どんな事件もマミーにおまかせっ♪』

「〜〜あぁ〜!!何すんだよ〜!?」

「チャンネル権は年上に譲るもんよ!?」

「〜〜僕が先に観てたのにぃ…」

「ひまわりったら…。またお母さんにお尻ペンペンされるわよ?」

「ふんだ!約束守らないのはママも一緒だも〜ん」

「〜〜もういいよ…。僕、部屋に戻ってるからね?」

「〜〜んもう…。ひまわりも誠一郎も仲良くしなきゃダメ〜っ!!」


居場所を失った誠一郎は洋書を片手に屋根裏部屋の自分のベッドに腰掛けた。

「――今日はツイてないなぁ…。……やっぱり、事務室でウルトラライダー観てこようかな…?〜〜でも、あそこに一人でいるのも怖いしな…。由里お姉ちゃんの話だと、夜にお化けが出るって話だし…」

ページをペラペラめくる音がやけに大きく聞こえ、なんだか寂しい…。

「〜〜しかもこの本、日本語じゃないから読めないし…。うぅ…」

だが、挿絵のピエロを見ているうちに誠一郎はだんだん楽しくなってきた。言葉はわからなくても、ピエロだけは愛らしいキャラだとわかるのだ。

「――君とお話しできたらいいのにな…。ピエロさんとなら、一緒にいて楽しそうだもんね…!」

誠一郎は孤独に耐えきれず、絵の中のピエロに話しかけてみる。

「――ねぇ、ピエロさん…。一人ぼっちってつまんないね…。父さん達、早く帰ってこないかな…?」

話しかけても、絵が答えてくれるはずがない。

一方的な会話が終わり、また部屋がしーんとなった…。

「〜〜皆で活動写真…行きたかったな…」

深くため息をついて、天井を見上げた誠一郎を本の中のピエロは笑いながら静かに見つめていた…。


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