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「藤枝姉妹とおとぎの国」

プロローグ「夢魔 in ネバーランド」その2



――夢は叶うと信じたり、願いを叶えたいと強く思うほど、それは現実のものとなる。

美しい夢を持ち、空想の友達と遊ぶ純粋な子供ほど、おとぎ話は現実味を増してくるのだ…。

「――ろ〜こめっきゃく〜!かいとうらんまぁぁ〜っ!!」

「〜〜うわああ〜ん!!痛いよ、ひまわり!枕でぶつのやめてったら〜!!」

「今は帝国華撃団ごっこしてるのよ!?私は花組隊長で、あんたは降魔なんだから、おとなしくやられなさいっ!!」

「〜〜僕も正義の味方やりたいよぉ…」


『プリティーマミー』が終わり、屋根裏部屋に戻ってきたなでしことひまわり。

草食系男子の誠一郎を圧倒する肉食系女子のひまわりとは反対に、なでしこはおとなしくピエロの本を読んでいる。

「――『ピエロが金色の粉をふりかけると、不思議なことが起こりました。なんと子供達は空を飛べるようになったのです』――」

「なでしこ、すごいね〜!その本、読めるんだ?」

「この前、お母さんにドイツ語を教わったの」

「すごいね〜!さっすが、なでしこ♪」

「〜〜ぷんっ!ここは日本なんだから、ドイツ語なんてできても意味ないっつーの…!ぶつぶつぶつ…」

「僕もこの本読めるようになりたいな〜」

「じゃあ、寝る前にお母さんとかえでおばさんに教えてもらいましょうよ」

「賛成〜!!この本を教科書にしようよ!」

「〜〜え〜!?寝る前にお勉強〜!?」

「ひまわりの場合、すぐ眠くなっていいと思うわよ?」

「〜〜な〜んかその言い方ムカつくんだけど〜?」

「えへへっ、母さんとあやめおばちゃん、早く帰ってこないかな〜♪」

「そうねぇ。今日はやけに遅いわね…?」

「もう夜だもんね?そろそろ夕飯の時間なのに〜…」


――ぐぅ〜…。

「〜〜お腹すいたわねぇ…」

「〜〜食堂で、つぼみお姉ちゃんにホットケーキ作ってもらおうよ」

「〜〜あうぅ…、アイスクリン〜…」

『――お腹がすくのは元気な証拠♪一緒にミルクとクッキーはいかがかな〜?』

「えっ?」

「だっ、誰…!?」

『――ここだよ、こ・こ♪』

「えっ!?」

『そっちじゃないよ〜。――ベッドの下を見てごらん?』

「え…?」


おどけた声に導かれ、子供達は恐る恐るベッドの下を覗き込んだ…。

『――こんにちは〜♪』

「〜〜きゃああ〜っ!!」「〜〜うきゃああ〜っ!!」「〜〜うわああ〜っ!!」


誠一郎のベッドの下に潜んでいたピエロに3人は悲鳴をあげ、急いでベッドから飛び降りた…!

「そんなに驚くなって〜♪僕だよ、ボ・ク♪」

「〜〜だっ、だあれ…?」

『忘れちゃったの〜、誠一郎君?僕とお友達になりたいって言ってくれたじゃないか♪』

「どうして僕の名前を…!?」

「ハ…ッ!――もしかして…!?」


ベッドの下から這い出てきたピエロに見覚えがあったなでしこは洋書を見直した。

顔中に白塗りを施し、大きな赤鼻に青い髪、大きなグリーンの蝶ネクタイを胸元にワンポイント添え、幸せの黄色い吊りズボンを履いているそのピエロは、ドイツ人の子供が書いた物語に登場する絵の中のピエロにそっくりだった…!

「まさかあなた…、本の中から抜け出してきたの…!?」

『そう!そのまさかさ!さっき、君は僕とお話したいって願ってくれただろう?だから、僕はこうして実体を得て、君とお話ができるようになったのさ♪子供達の喜ぶ顔を見るのが僕はだ〜い好きなんだ〜!』

「すごいや!本当にピエロさんとお友達になれるなんて思わなかったよ」

「誠一郎がピエロさん呼んでくれたの!?すっご〜い!見直しちゃった!!」

「えへへ、そんなことないよ〜♪」

「〜〜待って…!何だかおかしくない?敵の罠かもしれないわ…!」

「でもピエロさん、『こーま』には見えないよ?」

「〜〜わからないわよ…?悪の組織の幹部が化けてるのかも…」

「考えすぎだよ、なでしこ。ピエロさん、良い人じゃないか」

「〜〜んもう、誠一郎まで…」

『疑り深い子は嫌いだなぁ。夢がない子はネバーランドに行けないよ?』

「ネバーランドってピーターパンに出てくるあの…!?」

『そうとも!永久に子供のままで遊んで暮らせる夢の王国さ♪そこには僕を信じてくれる純粋な子供しか行けないんだよ?』

「ひまわり、ネバーランド行きた〜い!!ピエロさんのこと、信じる〜♪」

「〜〜ちょっと、ひまわり…!!」

『ひまわりちゃんはとっても良い子だね〜!君みたいに素直な子供は大歓迎さ♪僕についておいでよ!』

「わ〜い!」

「〜〜でも僕達、父さん達が帰ってくるまでお留守番してないと…」

『親の言いつけなんて守らなくていいんだよ!パパとママだって君達との約束を守らなかっただろう?活動写真が観られるのをあんなに楽しみにしてたのにさ〜』

「〜〜そ、それは…」

「〜〜お仕事だから仕方なかったのよ…」

『でも、嘘は良くないよね?破るつもりなら最初から約束しなきゃいいのに…。子供の純粋な心を踏みにじるなんて、ひどいと思わないか〜い?』

「うん!思うっ!!ひまわり達、楽しみにしてたのにさっ!アイスクリンも食べられなかったし…」

「でも、降魔が現れなければお父さん達は約束を守ってくれたと思うわ」

『果たしてそうかなぁ?なら、今日はどうして帰るのが遅いのかな〜?』

「ピエロさん、なんでか知ってるの?」

『もちろんさ!僕は君達のこと、な〜んでも知ってるからね♪――パパとママが今何をしているか見せてあげるよ…!』


と、ピエロは赤い唇をU字に歪ませて、子供達を亜空間に飛ばした…!

「きゃあっ!?何ここぉ…!?」

「〜〜うわああ〜ん!!真っ暗で怖いよぉ…!!」

「しっ!あれを見て…!」


なでしこが指差した先に、闇に浮かぶ大神とあやめとかえでがいた。

「あっ!パパ達だ〜♪」

「待って…!様子が変よ…?」

『――やっと戦いが終わったわ…。ハァ…、疲れちゃった…』

『これから子供達の面倒を見なきゃいけないかと思うと地獄よね…。今帰ったら活動写真に連れて行けって、絶対駄々こねるわよ?』

『あんなワガママな子達、放っとけばいいんですよ。もう自我が芽生えたんですし、俺達親がいなくても勝手に育ちますって』

『ふふっ、それもそうね♪』

「え…?」

「〜〜ひどい…。何でそんなこと言うの…?」

『フフフ…、よ〜く聞いておくんだよ?これがパパとママ達の本音さ…』

『――私、子供嫌いだから日頃からストレス溜まってるのよね〜。――大神く〜ん、今日は朝まで銀座の夜を楽しみましょ〜♪』

『あん、ズルいわ、かえで…!大神君は私と過ごすんだから♪』

『ははは、喧嘩しないで下さいよ。あやめさんもかえでさんも今夜は平等に相手してあげますから…♪』

『ふふっ、さすがは大神君ね。タフなあなたって、とっても魅力的よ♪』

『今度、子供ができたら堕ろしちゃおっと♪あんなうるさいのがこれ以上増えたら、たまらないものね…』

「…!!」

「〜〜お父さんもお母さんも…私達のこと、そんな風に思ってたなんて…」

「〜〜う…っ、ぐすっ、ひどいよぉ…」


パパと二人のママ達が寄り添いながら闇へ消えていくのを目の当たりにして、子供達はショックで泣き崩れてしまった…。

『――許せないだろう?パパとママ達は君達のいない所でいつもあんな話をしてるんだ。暇さえあればイチャイチャして、子供のことなんて、いつも後回し…』

「…言われてみればそうよね?お母さん達…、私達を寝かしつけたら、さっさとお父さんの部屋に戻っちゃうし…」

「…これ以上待ってても、今日は帰ってこないよ。〜〜ひまわり達のこと…嫌いなんだもん…」

「〜〜僕達がいなくなっても、どうせ悲しまないんだろうね…」

『あははっ!やっとわかってくれたんだね〜♪大人は皆そうなのさ!意地っ張りでウソつきで自分勝手…!!子供が抵抗できないとわかってるから、無理に従わせようと力でねじ伏せてくるんだ!自分達のエゴの為に子供をイジメたくてしょうがないのさ…!!』

「〜〜大人って汚いよ…!ひまわり、大人になんてなりたくない…!!ずっと子供のままでいたい…!!」

『ネバーランドに行けば、ず〜っと子供のままでいられるよ?世界中の子達とお友達になれるし、パパやママに気兼ねしないで、好きなことを好きなだけ楽しめるんだ!』

「わぁ〜!本当に夢の国だね…!!」

『フフフ…、夢の国に行ってみたいだろ〜?』

「うんっ!行きたい、行きた〜い!!」

「ネバーランドへは、どうやったら行けるんですか?」

「カ〜ンタンさ♪」


ピエロは、なでしことひまわりと誠一郎に金色の粉を振りかけた。すると、不思議なことに3人の体は無重力のようにフワフワ浮かび上がった。

「わぁ〜!浮いた浮いた〜!!」

「本の物語と同じだわ!」

「きゃははっ!面白〜い♪」

『ネバーランドに住む妖精さんの粉なんだ。――さぁ、ついておいで!ネバーランドに出発だ〜!!』

「お〜っ!」「お〜っ!」「お〜っ!」


蛇模様の横笛を吹くピエロに導かれ、3人は亜空間を飛んでいった。

不気味にほくそ笑むピエロの横顔に気づきもせずに…。



「――ただいま〜!良い子にしてた〜?」

「遅くなっちゃってごめんなさいね〜!?」

「活動写真に連れて行けなかったお詫びにおもちゃを買ってきたぞ〜!『テッタ君』は明日――!……あれ?」


出撃を終えて、劇場に帰ってきた大神とあやめとかえでは屋根裏の子供部屋に直行したが、3人とも不在だった。

「電気つけっぱなしでどこに行っちゃったのかしら…?」

「〜〜部屋で待っててって言ったのに、あの子達ったら…」

「きっと食堂ですよ。お腹がすいて、つぼみちゃんの料理でも食べてるんじゃないですか?」

「…だといいけど」

「――あら…?この本…!」


なでしこのベッドに置いてあった本に気づいて、あやめは拾い上げた。

「これ、金田先生の本だわ…!どうして子供部屋にあるのかしら…?」

「懐かしい〜!この本、うちにもあったわよね?」

「えぇ、確かおばあ様が――」


あやめとかえでが本に触れると、挿絵のピエロがニタリと笑った。

「え…っ?きゃあっ――!?」

次の瞬間、本のページが風に吹かれるように捲れると、パラパラ漫画のようにピエロが動いて本からぬっと顔を出し、あやめとかえでの首を掴んで、本の中に引きずり込んだ…!!

「〜〜しま…っ!?――きゃああああああっ!!」

「大神…く…、た…すけ…――っ!!」

「〜〜あやめさん、かえでさん…!!」


二人に手を伸ばそうとした大神にも般若の如く変貌したピエロの牙が襲いかろうとしたその時だった…!

「――喝っ!!」

凛とした声が部屋に響き、霊力波で部屋が浄化されると、ピエロは大神を引きずり込むことなく、苦しみながら本の中に戻った。

「〜〜間に合わなかったか…」

「先巫女様…!?」


あやめとかえでの祖母・先巫女は数珠を握り、難しい顔で洋書を拾った。

「夢魔の気配がしたので、急いで来てみたのじゃが…」

「夢魔…!?」

「人間の夢から夢を渡り歩く悪魔じゃよ。本来の夢魔なら人が寝ている時に悪夢を見せてから霊力を奪うのじゃが、この作品に取り憑いている夢魔は階級が高く、白昼夢を見せられるのじゃ…。この洋書は昔から呪いの本として有名でな…。編集者は謎の死を遂げ、出版した出版社は倒産し、買った者の家にいた子供は次々に謎の失踪を遂げておる。その噂は広まり、欧州では二版目で絶版となって、残っていた本も焼却されたと聞いておったが、〜〜まだ日本に残っていたとはのぅ…」

「この本が実家にあったと、かえでさんが言ってたんですが…?」

「確かに第二版本がうちにあったんじゃよ。お祓いしてほしいと依頼されて、書庫に保管してあったものを子供じゃったあやめとかえでがこっそり読んでのぅ…。藤堂の血を引く高い霊力を嗅ぎつかれて、夢魔に取り込まれそうになったが、間一髪でわしが焼き払ったんじゃよ。あやめもかえでも当時は幼く、状況を理解できていなかったみたいじゃがな…」

「では、その夢魔はまたあやめさんとかえでさんの霊力をまた狙って…?」

「そのようじゃな…。あやめとかえでの霊力を探知して、帝都まで来たんじゃろう。しかも人質として、わしの可愛いなでしことひまわりと誠一郎も捕まってしまったようじゃ…」

「〜〜なでしこ達も夢魔に…!?」

「本の中に気配を感じるでのぅ。隼人と藤堂、双方の裏御三家の血を引く極上の霊力の持ち主じゃからな。魔の者にとっては恰好の獲物じゃろう…。〜〜可哀想に…。今頃、ひ孫達はたいそう怯えていることじゃろうに…」

「〜〜すぐ助けに行かないと…!本の中へはどうすれば入れるんですか!?」

「すぐには無理じゃよ。厄介なことにこれは初版本。第二版本より魔力が強い。その上、あやめとかえでと子供達の霊力を取り込んで、強力な魔の結界を張ってしもうた…。まずは、それを解除する方法を見つけんとな…」

「〜〜何か方法はないんですか…!?俺にできることなら何だってします!!」

「今の状態では外界から干渉するのは不可能じゃ。お前さんを取り込むのに失敗して、魔力を強化できなかったのがせめてもの救いじゃったな…」

「〜〜くっ、どうすればいいんだ…!?」

「あやめとかえでが結界を無効化できれば、外界からの接触は可能になるじゃろう。〜〜それまで、おとなしく待つしかなさそうじゃ…」

「〜〜そんな…」




――おとぎの世界は夢の世界。子供しか入れない楽しい世界。

『大変だ〜!!大人が侵入したぞ〜!!』

『子供達を避難させろ〜!!』

『ひるむな、兄弟!!力を合わせて、大人を倒そうじゃないか!!』

『シャルロッテ様のご命令だ!大人を倒して、霊力を奪え〜!!』

『大人を倒せ〜!!大人は子供の敵だ〜!!』

『大人を倒せ〜!!倒せ〜っ!!』


――子供を甚振る大人を排除せよ…!排除せよ…!!



「――う…ん……」

しばらくして、あやめは眩しい光の刺激を感じて、目を覚ました。

窓の外では、おとぎ話にしか出てこないような青い小鳥がくちばしで窓を突ついている。

「ここは…?」

あやめは、みずぼらしい服にほうきを持って、欧米の活動写真に出てきそうなお屋敷にありそうな暖炉の前に立っていた。

「確か私…、かえでと一緒にピエロにさらわれて…。〜〜なのに、どうしてここで…、こんな格好でお掃除しているの…?これじゃあ、まるで――」

「――シンデレラ!まだお掃除は終わらないの?」

「そう、シンデレラみたい…。――えっ!?」


振り返ると、高級なドレスを身に纏ったすみれと織姫とグリシーヌが意地悪に笑いながら、あやめの元へやって来た。

「あなた達、そんな格好で何してるの?それにグリシーヌまで…」

「んまぁ!母と姉に向かって、なんて口のきき方をするの、シンデレラ!?」

「シンデレラ…!?〜〜って、もしかして私のこと…?」

「あはははっ!自分の名前も忘れちゃったんデ〜スカ!?さすがは灰かぶり!おかしすぎてお腹がよじれそうデ〜ス!!」

「いいから、さっさと掃除を終わらせんか!!貴殿のせいで舞踏会に遅れたら、その首をはねてくれるぞ!?」

「〜〜な…、何がどうなってるの…?」


いきなり放り出された世界の状況を理解できず、あやめはただ困惑して立ち尽くすしかできなかった…。

1冊目に続く


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