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『愛ゆえに』の看板を取りつける業者。興味深く見る街の人々。大帝国劇場。パンフレットとブロマイドを整理するかすみと椿。電話応対に追われる由里。ダンボールを運ぶ大神、舞台の前を通る。リハーサルする花組。

「――『行って下さいませ、オンドレ様…!あなたは軍人、私は花売りの娘…。所詮身分が違うのです…』」

「『何を言うんだ、クレモンティーヌ…!?私は…、私は君がいなければ…』」

「お、やってる、やってる」


入り、ダンボールを置いて見学する大神。

「『さようなら…!〜〜オンドレ様ぁ〜!!』」

見るすみれ、アイリス、紅蘭。カンナは団子を食べながら。拍手する大神。

「さくら君もマリアもすごく良くなったじゃないか!」

「えへ、そうですか?少しは――」

「〜〜全っ然駄目ですわ!!」

「へ…?」

「まったく、小川少尉の目は節穴でして?」

「〜〜だから、大神なんだけど…」

「そんなことはどうでもよくてよ!マリアさんはともかくさくらさん、あなた、クレモンティーヌという役を全然わかってらっしゃらないようね?」

「え?〜〜えぇと、確かクレモンティーヌは花売りの娘で、王妃の親衛隊長であるオンドレ様と恋仲で…」

「ちっちっち!そんな表面的なことは猿でもわかりますわ。私が申し上げたいのは心理面でのことです!」

「心理面…ですか?」

「…オンドレは貴族なのよ。身分も価値観も違うオンドレをクレモンティーヌは何を思い、愛したか…。それがわかってないってこと」

「う〜ん、ちょ〜っとさくらには難しいかもねぇ…」

「〜〜あうぅ、子供に言われちゃいましたぁ…」

「〜〜アイリス、子供じゃないもん!!」

「まぁまぁ、少し休憩しようぜ。何事もやりすぎは体に毒だ、な!」

「なら、皆でお茶にしないか?さっき買い物がてら羊羹買ってきたんだ」

「お、いいねぇ!羊羹、羊羹〜っと!」

「…あなたはお団子食べてますでしょ?」


席を立つすみれ。

「どこ行くんだ、すみれ君?」

「部屋に戻ります。休憩まであなた方とだなんて冗談じゃありませんわ」

「…私もそうさせてもらうわ」

「マリアさん…!」

「じゃあ、後で部屋に持っていくよ」

「…結構です」


大神を睨み、出ていくマリア。ビビる大神とさくら。

「〜〜す…、すみません…」「〜〜す…、すみません…」

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サロンでお茶する大神とさくら達。落ち込み、羊羹を見つめる大神。

「う〜ん、うめぇ〜!やっぱ疲れた体には甘い物だよな〜!」

「あはは、良い食いっぷりやなぁ、カンナはん。見ていて気持ちええわ」

「マリアとすみれも食べればよかったのに…。ねぇ、お兄ちゃん?」

「え…?あ、あぁ…」

「どうかしたんですか、大神さん?」

「いや…、〜〜なかなか難しいなってさ…」


テーブルに突っ伏す大神。

「隊長、食わねぇのか?なら、もらっちゃうぜ〜!」

「あ〜っ!駄目だよ、カンナぁ!!」


騒ぐカンナとアイリス。笑う紅蘭。

「気にすることありませんよ。そのうち心を開いてくれますって」

「そうかなぁ…?」

「そうですって!何事も前向きに考えた方がうまくいくものですよ!」

「そうだな…。時間が経てばわかってくれるよな。ありがとう、さくら君」

「えへっ、羊羹、おいしいですね!」


楽しく食べるさくら達を遠くから見て、つんとして行くすみれ。

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支配人室。米田とあやめの前に立つマリア。

「――それで、さくらを降ろせってか…?」

「…本番まであと二週間です。なのに芝居が全く形になっていません」

「うーん、しかしなぁ…」

「彼女にはまだ荷が重すぎます。すみれの怪我も良くなってきましたし、ここは当初の予定通り、彼女に…」

「でも、さくらもよく頑張ってると…、私は思うけど?」

「…大事なのは結果です」

「なら、お前さんの方でカバーできねぇか?」

「…何故私が?」


眼光鋭いマリアにビビる米田。

「これは他の隊員の総意でもあります。申し上げたい事は以上です。では」

顔を見合わせ、困る米田とあやめ。廊下を歩くマリア。窓を見るすみれ。

「…支配人達にお話ししましたの?」

「…期待しない方がいいわよ。お二人とも乗り気じゃなかったわ」

「…何かおかしくありません?何故さくらさんをそんなに推したがるのでしょう?実力も美貌もこの私の方が格段に上ですのに…!」

「…さぁね?」


去っていくマリア。扇子を閉じ、考えるすみれ。

「――あの娘、何か絶対裏がありますわ…!」

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夜中。懐中電灯を持って見回りする大神、あくびする。

「ふわああ…。〜〜だめだ、だめだ!これも大事な仕事の一つだからな」

舞台に入る大神。さくらが一人で熱心に稽古。大神に気づかず。

「――『オンドレ様、私…、私はあなたのことをいつまでもお慕い申しております』…。えっと、『たとえ生まれも育ちも違い、周囲に反対されようとも』……何だっけ…?」

「熱心だね」

「あ、大神さん…!やだ、いらっしゃったんですか?えへへ…!」

「台詞合わせ、付き合うよ」

「え?よろしいんですか?」

「あぁ。一生懸命な君を見てたら、何だか放っとけなくなってね」

「ありがとうございます…!じゃあ、ここから…」

「よし、じゃあ行くぞ。――『クレモンティーヌ、君は何故に人を愛する?』」

「『私はあなたの為に、私自身の為に愛します――』〜〜えっと…」

「『何故なら』」

「あ、そうだ!『何故なら私は愛の為に生き、愛の為に死にたいからです』」


稽古するさくら。付き合う大神。大の字で休憩するさくら。隣に座る大神。

「ありがとうございました!おかげでとても充実した稽古ができました」

「はは…、それはよかった」

「――大神さん…、私…、クレモンティーヌに見えましたか?」

「え…?」

「今朝、すみれさんに言われて少しショックだったんです。私以外皆さん、お上手ですし、早く追いつこうと頑張っても、いつも空回りしちゃって…」

「さくら君…」

「〜〜やっぱり無理なんですよね、私…。まだ帝都にも慣れてませんし、戦闘訓練だって足引っ張ってばっかりだし…」

「君はよくやってると思うよ。これだけの努力、そう簡単にはできないしさ。それに弱音を吐くなんて、さくら君らしくないよ。君の笑顔はいつも周りを明るくするんだからさ。だから、君にはいつも笑ってて欲しいな」

「大神さん…。えへ、そうですか?なら私、明日も頑張って笑います!」

「その意気だ。真面目に頑張っていれば、いつかきっと良いことがあるよ」

「そうですか…。――そうですよね!」


起き上がり、元気に飛び降りるさくら。

「大神さんのおかげで私、まだまだ頑張れそうです!今日はどうもありがとうございました!」

「あぁ、だが、無理はするなよ?」

「はい!大神さんも見回り、頑張って下さいね!新米同士、頑張りましょ!!」


元気にウインクして親指を立てるさくら。

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「少しは役に立てたようだな。…さくら君も結構無理してるんだろうか」

さくらの寂しそうな顔を回想し、廊下を歩く大神。屋根裏部屋に明かり。

「誰だろう、こんな時間に…?」

覗く大神。写真を整理する和服のあやめ。山崎の写真を黙って見つめる。

「あやめさん…?まだ休まれてなかったんですか?」

「え…?――あら、大神君…!」


写真を隠すあやめ。?な大神。

「ここを整理してたらね、懐かしいアルバムが出てきて、つい…ね」

「そうでしたか。俺も手伝いますよ」

「本当?じゃあ、お願いしちゃおうかしら」


一緒に整理する大神とあやめ。アルバムから若いあやめの写真が落ちる。

「これは…?」

「あぁ、それは士官学校時代のよ。隣の子は友達。一番の仲良しだったの」

(〜〜めっ、めちゃくちゃ可愛い、あやめさん…!)

「あの頃は本当に楽しかったわ。まだ学生で好きなことできたしね」

「…今は楽しくないですか?」

「もちろん、今も楽しいわよ。皆良い子達だし、大神君も頼りになるしね」

「あ、そ、そうですか…」

「ふふっ、最初から見てみる?当分見られないと思うから」

「え…?よろしいんですか?」

「えぇ。――あ、これはね、入学式の時のよ」


接近して説明するあやめにドキドキする大神。

「――大神君?」

「〜〜あ、いえ…。何でも…」


ページを捲り、顔色が変わるあやめ。青空の下で楽しく笑うあやめの写真。

「良い写真ですね…!これも士官学校時代のですか?」

「…それはね、対降魔部隊に入った頃の写真よ」

「対降魔部隊って…、確か帝国華撃団の前身になったという…?」

「えぇ…。あの頃は今以上に毎日死と隣り合わせだったけど…、それなりに楽しかったな…」

「そうなんですか。何だかすごく笑顔が輝いてますしね」


急に暗くなるあやめ。

「あやめさん…?」

「…ふふっ、これでおしまい。……終わっちゃった、最後の一冊…」


アルバムを段ボールに入れ、奥にしまうあやめ。

「…俺、何か気に障るようなこと、言いましたか?」

「ううん、違うの…。――手伝ってくれてありがとね。助かったわ」

「はぁ…。では、俺はこれで…」

「えぇ、おやすみなさい。大神君も早く休んでね」

「はい…。……おやすみなさい…」


出ていく際に後ろを見る大神。壁に寄りかかり、窓から夜空を見るあやめ。

(あやめさん、どうしたんだろう…?――いつか俺を必要としてくれる時が来たら、話してくれるだろうか…?)

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黒之巣会・本拠地。歩く天海にひれ伏す脇侍達。玉座に座る天海。

「天海様、楔の準備が整いました」

ひざまずく死天王。叉丹が指を鳴らし、現れる楔。

「わらわと刹那の妖術、それに羅刹と叉丹の霊力を注ぎ込みました故、威力は当時と大差なく――いえ、それ以上かと」

「ほほぉ、よくやった、死天王!褒めてつかわそう」

「ははっ、ありがたき幸せ…」


頭を下げる羅刹の肩に飛び乗る刹那。

「ね、まずは僕にやらせてよ。帝都を壊す楔なんて、超面白そうじゃん!」

「でしゃばるな、刹那。これはおもちゃじゃないぞえ?」

「けっ、天海様の前だとすーぐ良い子ぶりっ子すんだからな、ミロクは」

「な…っ!?〜〜子供が生意気に――!!」

「天海様の前だぞ。子供じみた喧嘩は後にしろ」


ムッとなって黙る刹那とミロク。

「ふふふ、今回はわし自ら赴こう。奴ら…、帝国華撃団と言ったか?この目で実際に拝んでみたいわ」

「前回の戦闘、あれは傑作でしたなぁ、天海様!」

「フフ…、今度はわしがじっくり可愛がってやるわい。――のう、叉丹?」

「はい…」


不気味に笑う叉丹。

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大帝国劇場・舞台。リハーサルするさくら達。客席から見学する大神。

「――『それ故に私は』…〜〜えっとぉ…」

「〜〜さくらぁ、まだ台詞覚えてないのぉ?」

「〜〜あうぅ…、昨日完璧に覚えたつもりだったんだけどなぁ…」

「おいおい、しっかりしろよぉ?本番まであと二週間ないんだからな?」

「〜〜す、すみません…っ!!」


台本を見るさくら。あくびするアイリス。セットを運ぶカンナ。扇子を仰ぐすみれ。イライラ待つマリア。機械をいじる紅蘭。花組を見つめる大神。

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「――稽古指導だとぉ?」

支配人室。米田とあやめの前に立つ大神。

「はい。さくら君達の稽古を見て思ったんです。隊長である俺を中心に目標に向けて取り組む…。稽古も戦闘も同じです。舞台での協力やチームワークの大切さをわかってもらえれば、自然と戦闘に反映されるかと…!」

「うーむ…。けどよぉ…、お前さん、芝居の経験ねぇんだろ…?」

「〜〜うっ!そ、それはそうなんですが…。でも、今の花組はとても見ていられません。てんでバラバラなんです…!演出とまではいきません。ただ、俺も一緒に稽古に参加させてほしいんです!お願いします…!!」

「確かに良い考えかもしれませんね。前回の戦闘を考えると、やはり…」

「それじゃあ…!」

「あぁ、しかしなぁ、お前さんの劇場での役割はもう決めちまったんだよ」

「え…?」

「――大神さぁ〜ん!」


入ってくる三人娘。

「はい、劇場開設記念ペンダントと懐中時計とはさみですよぉ〜!」

「あぁ、ありがとう、椿ちゃん。でも、はさみって…?」

「嫌ですねぇ、それは大神さんの商売道具ですよ?」

「大神、おめぇには劇場のもぎりをやってもらうことになった。公演中、一人遊ばせとくわけにもいかねぇしな」

「〜〜も、もぎり…ですかぁ!?」

「あら、もぎりも大事なお仕事よ。お客様を劇場へと誘う案内人…、素晴らしいと思わない?」

「は、はぁ…」

「安心しろ。お前の希望通り、あいつらの指導にふさわしい演出家を用意しとく。おめぇははさみの練習でもして、もぎりに没頭しろ、いいな?」

「〜〜りょ、了解ぃ…」


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「はぁ…。士官学校首席でもぎりとは…。姉さんに示しがつかないよ…」

廊下を歩く大神。向こうから機嫌悪くすみれが歩いてくる。

「――あ、まだ皆、舞台かい?」

無視して通り過ぎるすみれ。

「〜〜俺の立場って一体…」

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あやめの部屋のドアを叩くすみれ。

「〜〜副司令!私、もう我慢の限界ですわ!!一刻も早くあの田舎娘を降ろしませんと、おじい様に援助を断ち切ってもらいますわよ!?――副司令!?ちょいと聞いておりまして!?」

ドアを開けるすみれ。鍵はかかっていない。

「あら、案外不用心ですのね…。――失礼〜?」

部屋に入るすみれ。あやめは不在。

「もう何ですか、この私に無駄な労力を使わせて!いらっしゃらないなら、いらっしゃらないと最初からおっしゃればよろしいのに――」

机の写真立てを見つけ、取るすみれ。米田、あやめ、一馬、山崎の写真。

「これは…、司令と副司令…?あとは…」

一馬の胸元のお守りがさくらが持っていたものと同じ。写真を出し、後ろを見るすみれ。『1915年、米田中将、真宮寺大佐、山崎少佐と』の文字。

「真宮寺…大佐…?――ふぅん…」

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事務室。チケットをもぎる大神の練習に付き合う三人娘。

「こ、こうか…?」

「あーん、そうじゃないってば!もっとこう…リズムをきかせて!」

「そんなんじゃお客さんに怒られちゃいますよぉ?」

「〜〜うぅ…、もぎりって結構難しいんだな…」

「大丈夫です。大神さんならすぐに慣れますよ」

「あ、かすみってば優し〜い!」

「さっすが大神さんに一目惚れしたってだけは…むぐっ!!」


椿の口を慌てて押さえるかすみ。

「〜〜つっ、椿っ!!それは秘密だって…!!」

「え〜?そうだったっけ〜」

「俺がどうかしたのかい?」

「あ、実はですねぇ、かすみってば大神さんのこと――」

「〜〜由里っ!!〜〜い、いえっ!何でもないんです…!!」


入ってくるすみれ。

「あら、若い女に囲まれて楽しそうですわねぇ、小山少尉」

「〜〜だから、大神だってば…」

「あなたの名前など何でもよくてよ。それより、舞台にいらして下さる?」

「え?また何かもめてるのかい…!?」

「ふふっ、それはいらしてからのお楽しみですわ」


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