★2−1★
『愛ゆえに』の看板を取りつける業者。興味深く見る街の人々。大帝国劇場。パンフレットとブロマイドを整理するかすみと椿。電話応対に追われる由里。ダンボールを運ぶ大神、舞台の前を通る。リハーサルする花組。
「――『行って下さいませ、オンドレ様…!あなたは軍人、私は花売りの娘…。所詮身分が違うのです…』」
「『何を言うんだ、クレモンティーヌ…!?私は…、私は君がいなければ…』」
「お、やってる、やってる」
入り、ダンボールを置いて見学する大神。
「『さようなら…!〜〜オンドレ様ぁ〜!!』」
見るすみれ、アイリス、紅蘭。カンナは団子を食べながら。拍手する大神。
「さくら君もマリアもすごく良くなったじゃないか!」
「えへ、そうですか?少しは――」
「〜〜全っ然駄目ですわ!!」
「へ…?」
「まったく、小川少尉の目は節穴でして?」
「〜〜だから、大神なんだけど…」
「そんなことはどうでもよくてよ!マリアさんはともかくさくらさん、あなた、クレモンティーヌという役を全然わかってらっしゃらないようね?」
「え?〜〜えぇと、確かクレモンティーヌは花売りの娘で、王妃の親衛隊長であるオンドレ様と恋仲で…」
「ちっちっち!そんな表面的なことは猿でもわかりますわ。私が申し上げたいのは心理面でのことです!」
「心理面…ですか?」
「…オンドレは貴族なのよ。身分も価値観も違うオンドレをクレモンティーヌは何を思い、愛したか…。それがわかってないってこと」
「う〜ん、ちょ〜っとさくらには難しいかもねぇ…」
「〜〜あうぅ、子供に言われちゃいましたぁ…」
「〜〜アイリス、子供じゃないもん!!」
「まぁまぁ、少し休憩しようぜ。何事もやりすぎは体に毒だ、な!」
「なら、皆でお茶にしないか?さっき買い物がてら羊羹買ってきたんだ」
「お、いいねぇ!羊羹、羊羹〜っと!」
「…あなたはお団子食べてますでしょ?」
席を立つすみれ。
「どこ行くんだ、すみれ君?」
「部屋に戻ります。休憩まであなた方とだなんて冗談じゃありませんわ」
「…私もそうさせてもらうわ」
「マリアさん…!」
「じゃあ、後で部屋に持っていくよ」
「…結構です」
大神を睨み、出ていくマリア。ビビる大神とさくら。
「〜〜す…、すみません…」「〜〜す…、すみません…」
★ ★
サロンでお茶する大神とさくら達。落ち込み、羊羹を見つめる大神。
「う〜ん、うめぇ〜!やっぱ疲れた体には甘い物だよな〜!」
「あはは、良い食いっぷりやなぁ、カンナはん。見ていて気持ちええわ」
「マリアとすみれも食べればよかったのに…。ねぇ、お兄ちゃん?」
「え…?あ、あぁ…」
「どうかしたんですか、大神さん?」
「いや…、〜〜なかなか難しいなってさ…」
テーブルに突っ伏す大神。
「隊長、食わねぇのか?なら、もらっちゃうぜ〜!」
「あ〜っ!駄目だよ、カンナぁ!!」
騒ぐカンナとアイリス。笑う紅蘭。
「気にすることありませんよ。そのうち心を開いてくれますって」
「そうかなぁ…?」
「そうですって!何事も前向きに考えた方がうまくいくものですよ!」
「そうだな…。時間が経てばわかってくれるよな。ありがとう、さくら君」
「えへっ、羊羹、おいしいですね!」
楽しく食べるさくら達を遠くから見て、つんとして行くすみれ。
★ ★
支配人室。米田とあやめの前に立つマリア。
「――それで、さくらを降ろせってか…?」
「…本番まであと二週間です。なのに芝居が全く形になっていません」
「うーん、しかしなぁ…」
「彼女にはまだ荷が重すぎます。すみれの怪我も良くなってきましたし、ここは当初の予定通り、彼女に…」
「でも、さくらもよく頑張ってると…、私は思うけど?」
「…大事なのは結果です」
「なら、お前さんの方でカバーできねぇか?」
「…何故私が?」
眼光鋭いマリアにビビる米田。
「これは他の隊員の総意でもあります。申し上げたい事は以上です。では」
顔を見合わせ、困る米田とあやめ。廊下を歩くマリア。窓を見るすみれ。
「…支配人達にお話ししましたの?」
「…期待しない方がいいわよ。お二人とも乗り気じゃなかったわ」
「…何かおかしくありません?何故さくらさんをそんなに推したがるのでしょう?実力も美貌もこの私の方が格段に上ですのに…!」
「…さぁね?」
去っていくマリア。扇子を閉じ、考えるすみれ。
「――あの娘、何か絶対裏がありますわ…!」
★ ★
夜中。懐中電灯を持って見回りする大神、あくびする。
「ふわああ…。〜〜だめだ、だめだ!これも大事な仕事の一つだからな」
舞台に入る大神。さくらが一人で熱心に稽古。大神に気づかず。
「――『オンドレ様、私…、私はあなたのことをいつまでもお慕い申しております』…。えっと、『たとえ生まれも育ちも違い、周囲に反対されようとも』……何だっけ…?」
「熱心だね」
「あ、大神さん…!やだ、いらっしゃったんですか?えへへ…!」
「台詞合わせ、付き合うよ」
「え?よろしいんですか?」
「あぁ。一生懸命な君を見てたら、何だか放っとけなくなってね」
「ありがとうございます…!じゃあ、ここから…」
「よし、じゃあ行くぞ。――『クレモンティーヌ、君は何故に人を愛する?』」
「『私はあなたの為に、私自身の為に愛します――』〜〜えっと…」
「『何故なら』」
「あ、そうだ!『何故なら私は愛の為に生き、愛の為に死にたいからです』」
稽古するさくら。付き合う大神。大の字で休憩するさくら。隣に座る大神。
「ありがとうございました!おかげでとても充実した稽古ができました」
「はは…、それはよかった」
「――大神さん…、私…、クレモンティーヌに見えましたか?」
「え…?」
「今朝、すみれさんに言われて少しショックだったんです。私以外皆さん、お上手ですし、早く追いつこうと頑張っても、いつも空回りしちゃって…」
「さくら君…」
「〜〜やっぱり無理なんですよね、私…。まだ帝都にも慣れてませんし、戦闘訓練だって足引っ張ってばっかりだし…」
「君はよくやってると思うよ。これだけの努力、そう簡単にはできないしさ。それに弱音を吐くなんて、さくら君らしくないよ。君の笑顔はいつも周りを明るくするんだからさ。だから、君にはいつも笑ってて欲しいな」
「大神さん…。えへ、そうですか?なら私、明日も頑張って笑います!」
「その意気だ。真面目に頑張っていれば、いつかきっと良いことがあるよ」
「そうですか…。――そうですよね!」
起き上がり、元気に飛び降りるさくら。
「大神さんのおかげで私、まだまだ頑張れそうです!今日はどうもありがとうございました!」
「あぁ、だが、無理はするなよ?」
「はい!大神さんも見回り、頑張って下さいね!新米同士、頑張りましょ!!」
元気にウインクして親指を立てるさくら。
★ ★
「少しは役に立てたようだな。…さくら君も結構無理してるんだろうか」
さくらの寂しそうな顔を回想し、廊下を歩く大神。屋根裏部屋に明かり。
「誰だろう、こんな時間に…?」
覗く大神。写真を整理する和服のあやめ。山崎の写真を黙って見つめる。
「あやめさん…?まだ休まれてなかったんですか?」
「え…?――あら、大神君…!」
写真を隠すあやめ。?な大神。
「ここを整理してたらね、懐かしいアルバムが出てきて、つい…ね」
「そうでしたか。俺も手伝いますよ」
「本当?じゃあ、お願いしちゃおうかしら」
一緒に整理する大神とあやめ。アルバムから若いあやめの写真が落ちる。
「これは…?」
「あぁ、それは士官学校時代のよ。隣の子は友達。一番の仲良しだったの」
(〜〜めっ、めちゃくちゃ可愛い、あやめさん…!)
「あの頃は本当に楽しかったわ。まだ学生で好きなことできたしね」
「…今は楽しくないですか?」
「もちろん、今も楽しいわよ。皆良い子達だし、大神君も頼りになるしね」
「あ、そ、そうですか…」
「ふふっ、最初から見てみる?当分見られないと思うから」
「え…?よろしいんですか?」
「えぇ。――あ、これはね、入学式の時のよ」
接近して説明するあやめにドキドキする大神。
「――大神君?」
「〜〜あ、いえ…。何でも…」
ページを捲り、顔色が変わるあやめ。青空の下で楽しく笑うあやめの写真。
「良い写真ですね…!これも士官学校時代のですか?」
「…それはね、対降魔部隊に入った頃の写真よ」
「対降魔部隊って…、確か帝国華撃団の前身になったという…?」
「えぇ…。あの頃は今以上に毎日死と隣り合わせだったけど…、それなりに楽しかったな…」
「そうなんですか。何だかすごく笑顔が輝いてますしね」
急に暗くなるあやめ。
「あやめさん…?」
「…ふふっ、これでおしまい。……終わっちゃった、最後の一冊…」
アルバムを段ボールに入れ、奥にしまうあやめ。
「…俺、何か気に障るようなこと、言いましたか?」
「ううん、違うの…。――手伝ってくれてありがとね。助かったわ」
「はぁ…。では、俺はこれで…」
「えぇ、おやすみなさい。大神君も早く休んでね」
「はい…。……おやすみなさい…」
出ていく際に後ろを見る大神。壁に寄りかかり、窓から夜空を見るあやめ。
(あやめさん、どうしたんだろう…?――いつか俺を必要としてくれる時が来たら、話してくれるだろうか…?)
★ ★
黒之巣会・本拠地。歩く天海にひれ伏す脇侍達。玉座に座る天海。
「天海様、楔の準備が整いました」
ひざまずく死天王。叉丹が指を鳴らし、現れる楔。
「わらわと刹那の妖術、それに羅刹と叉丹の霊力を注ぎ込みました故、威力は当時と大差なく――いえ、それ以上かと」
「ほほぉ、よくやった、死天王!褒めてつかわそう」
「ははっ、ありがたき幸せ…」
頭を下げる羅刹の肩に飛び乗る刹那。
「ね、まずは僕にやらせてよ。帝都を壊す楔なんて、超面白そうじゃん!」
「でしゃばるな、刹那。これはおもちゃじゃないぞえ?」
「けっ、天海様の前だとすーぐ良い子ぶりっ子すんだからな、ミロクは」
「な…っ!?〜〜子供が生意気に――!!」
「天海様の前だぞ。子供じみた喧嘩は後にしろ」
ムッとなって黙る刹那とミロク。
「ふふふ、今回はわし自ら赴こう。奴ら…、帝国華撃団と言ったか?この目で実際に拝んでみたいわ」
「前回の戦闘、あれは傑作でしたなぁ、天海様!」
「フフ…、今度はわしがじっくり可愛がってやるわい。――のう、叉丹?」
「はい…」
不気味に笑う叉丹。
★ ★
大帝国劇場・舞台。リハーサルするさくら達。客席から見学する大神。
「――『それ故に私は』…〜〜えっとぉ…」
「〜〜さくらぁ、まだ台詞覚えてないのぉ?」
「〜〜あうぅ…、昨日完璧に覚えたつもりだったんだけどなぁ…」
「おいおい、しっかりしろよぉ?本番まであと二週間ないんだからな?」
「〜〜す、すみません…っ!!」
台本を見るさくら。あくびするアイリス。セットを運ぶカンナ。扇子を仰ぐすみれ。イライラ待つマリア。機械をいじる紅蘭。花組を見つめる大神。
★ ★
「――稽古指導だとぉ?」
支配人室。米田とあやめの前に立つ大神。
「はい。さくら君達の稽古を見て思ったんです。隊長である俺を中心に目標に向けて取り組む…。稽古も戦闘も同じです。舞台での協力やチームワークの大切さをわかってもらえれば、自然と戦闘に反映されるかと…!」
「うーむ…。けどよぉ…、お前さん、芝居の経験ねぇんだろ…?」
「〜〜うっ!そ、それはそうなんですが…。でも、今の花組はとても見ていられません。てんでバラバラなんです…!演出とまではいきません。ただ、俺も一緒に稽古に参加させてほしいんです!お願いします…!!」
「確かに良い考えかもしれませんね。前回の戦闘を考えると、やはり…」
「それじゃあ…!」
「あぁ、しかしなぁ、お前さんの劇場での役割はもう決めちまったんだよ」
「え…?」
「――大神さぁ〜ん!」
入ってくる三人娘。
「はい、劇場開設記念ペンダントと懐中時計とはさみですよぉ〜!」
「あぁ、ありがとう、椿ちゃん。でも、はさみって…?」
「嫌ですねぇ、それは大神さんの商売道具ですよ?」
「大神、おめぇには劇場のもぎりをやってもらうことになった。公演中、一人遊ばせとくわけにもいかねぇしな」
「〜〜も、もぎり…ですかぁ!?」
「あら、もぎりも大事なお仕事よ。お客様を劇場へと誘う案内人…、素晴らしいと思わない?」
「は、はぁ…」
「安心しろ。お前の希望通り、あいつらの指導にふさわしい演出家を用意しとく。おめぇははさみの練習でもして、もぎりに没頭しろ、いいな?」
「〜〜りょ、了解ぃ…」
★ ★
「はぁ…。士官学校首席でもぎりとは…。姉さんに示しがつかないよ…」
廊下を歩く大神。向こうから機嫌悪くすみれが歩いてくる。
「――あ、まだ皆、舞台かい?」
無視して通り過ぎるすみれ。
「〜〜俺の立場って一体…」
★ ★
あやめの部屋のドアを叩くすみれ。
「〜〜副司令!私、もう我慢の限界ですわ!!一刻も早くあの田舎娘を降ろしませんと、おじい様に援助を断ち切ってもらいますわよ!?――副司令!?ちょいと聞いておりまして!?」
ドアを開けるすみれ。鍵はかかっていない。
「あら、案外不用心ですのね…。――失礼〜?」
部屋に入るすみれ。あやめは不在。
「もう何ですか、この私に無駄な労力を使わせて!いらっしゃらないなら、いらっしゃらないと最初からおっしゃればよろしいのに――」
机の写真立てを見つけ、取るすみれ。米田、あやめ、一馬、山崎の写真。
「これは…、司令と副司令…?あとは…」
一馬の胸元のお守りがさくらが持っていたものと同じ。写真を出し、後ろを見るすみれ。『1915年、米田中将、真宮寺大佐、山崎少佐と』の文字。
「真宮寺…大佐…?――ふぅん…」
★ ★
事務室。チケットをもぎる大神の練習に付き合う三人娘。
「こ、こうか…?」
「あーん、そうじゃないってば!もっとこう…リズムをきかせて!」
「そんなんじゃお客さんに怒られちゃいますよぉ?」
「〜〜うぅ…、もぎりって結構難しいんだな…」
「大丈夫です。大神さんならすぐに慣れますよ」
「あ、かすみってば優し〜い!」
「さっすが大神さんに一目惚れしたってだけは…むぐっ!!」
椿の口を慌てて押さえるかすみ。
「〜〜つっ、椿っ!!それは秘密だって…!!」
「え〜?そうだったっけ〜」
「俺がどうかしたのかい?」
「あ、実はですねぇ、かすみってば大神さんのこと――」
「〜〜由里っ!!〜〜い、いえっ!何でもないんです…!!」
入ってくるすみれ。
「あら、若い女に囲まれて楽しそうですわねぇ、小山少尉」
「〜〜だから、大神だってば…」
「あなたの名前など何でもよくてよ。それより、舞台にいらして下さる?」
「え?また何かもめてるのかい…!?」
「ふふっ、それはいらしてからのお楽しみですわ」
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