★9−2★



陸軍士官学校。夕方。無人の教室。黒板に戦術の図を描く若きあやめ。

『だめだわ…。この作戦だと、どうしてもこの部隊が全滅してしまう…』

黒板に×を書くあやめ。もう一本のチョークが違う戦術を描く。

『――ここに弓術部隊を置くといい』

顔を上げるあやめ。微笑む山崎。

『君の戦術は一見完璧だが、周囲を囲まれると全滅の恐れがある。だから、離れた場所に火縄銃か弓術部隊を置くんだ。そうすれば、敵を殲滅できる』

敵の位置に×を書く山崎。

『ほ、本当だわ…!ありがとうございます、先輩!』

微笑む山崎。翌朝の教室。あやめと同級生の女子。

『――もしかして、その人、山崎少佐じゃない…!?』

『しょ、少佐…!?』

『流れるような銀髪に美しい顔立ち、さらに士官学校の歴史に残る優秀さを誇った山崎真之介。しかも今は陸軍少佐。女子の間じゃ伝説の人よ!』

『そ、そうなの…?』

『でも、戦闘訓練にはほとんど参加しないから、姿を見たって人はあまりいないみたいね』

『どうして?体が弱いとか…?』

『教官直々の命令ですって。彼、機械や蒸気機関に精通していて、優れた機械を次々発明してるって有名だから、そっちの研究に専念させてるみたい。でも、剣もかなりの腕らしいわよ。この間、長屋に来た取り立て屋をたった一人で成敗したって話ですもの』


尊敬するあやめ。山崎の部屋。光武の設計図を見る。

『――光武…?』

『あぁ、蒸気を原動力とした戦闘人型マシーンだ。これさえあれば戦闘も格段に楽になる。もう無駄な傷を負うこともなくなるんだ…!』


熱弁する山崎。微笑むあやめ。士官学校。任命書を渡す教官。

『――藤枝あやめ、本日付で貴殿を対降魔部隊隊員に任命する』

『はっ!粉骨砕身の覚悟で精進致します!』


敬礼するあやめ。拍手する同級生達。走るあやめ。山崎の部屋。

『聞いて下さい!私も対降魔部隊に――』

机の上の物を一気に落とす山崎。驚くあやめ。

『何がいけないんだ…!?〜〜何が足りない…!?』

『しょ、少佐…?』

『……君か…』


光武の設計図がぐしゃぐしゃ書き。

『どうも煮詰まってしまってな…。〜〜やはり無理なんだろうか、新しい兵器の開発など…?』

『少佐なら大丈夫です!今にきっと良いアイディアが――』


湯呑を割る山崎。目を見開くあやめ。

『〜〜お前に何がわかる!?設計だって金銭面だって、この光武は問題ばかりだ!素人の君に何がわかる!?〜〜私の苦しみなど誰にもわかるものか!!』

『〜〜ご、ごめんなさい…」

『……あ…、〜〜すまない…。君にあたっても仕方ないのにな…』


あやめを抱きしめる山崎。任命書を見つける。

『我が部隊に入れたのか…』

『私の力は微々たるものですが、少しでもあなたのお役に立てればと…』


微笑み、あやめにキスする山崎。赤くなるあやめ。

『不思議だな。君の傍にいるだけで、心が洗われていくようだ』

鳥が窓際に止まる。カーテンを開けるあやめ。青空が広がる。

『たまには息抜きも必要ですよ』

青空の下で寝転がるあやめと山崎。

『美しい…。同じ空の下に降魔がいるとは思えんな』

『えぇ。この青空を私達は守らねばならないのです。帝都の為、人々の為にも一刻も早く平和を取り戻さなければ…』

『そうだな…。その為にも頑張らねば…』


流れていく雲。

『…授業はいいのか?』

『ふふっ、少しくらい平気です』


微笑む山崎。手を握り合う。走って部屋に戻ってくる山崎。米田の認印を押された光武の設計図をあやめに見せる。

『おめでとうございます…!』

『君のおかげだ。ありがとう』


微笑む山崎。米田の机を叩く山崎。

『〜〜資金繰りが無理ですって…!?』

『上層部がうるさくてな。こんな金食い虫のマシーンなんか作れるかとさ』

『何故です!?材質も機能も予算に合わせて設計しました!!なのに――!!』

『…今回は諦めろ。いずれまた機会が来るさ』


拳を握る山崎。うつむくあやめ。警報。戦う米田、一馬、山崎、あやめ。

『〜〜多勢に無勢ですね…』

『〜〜くそ…!人間をなめるなよ!?』


肩で息するあやめと山崎。よけるあやめに尖った尾が襲う。かばい、手に尾が刺さる山崎。顔に血しぶきが飛ぶ。降魔を斬る山崎。

(〜〜くそ…!光武さえあれば、こんな無様な戦いなど…!!)

『少佐、大丈夫ですか…!?』


恐ろしい形相で振り向く山崎。怯えるあやめ。

『無駄口を叩くな!!戦闘中だぞ!?』

『〜〜す、すみません…』


雄叫びをあげ、増え続ける降魔。

(〜〜何て化け物だ…!?こんな化け物が地下に巣くう帝都…。――こんな都、本当に守る価値があるのか…?)

山崎の部屋。ゆっくり入るあやめ。山崎はいない。

『少佐…?』

机に『大和』を沈めたという記事。ドアが開き、山崎が入ってくる。

『今日はごめんなさい…!お怪我の方は大丈夫ですか…!?』

微笑み、あやめにキスしながら、ベッドに押し倒す山崎。

『しょ、少佐…?〜〜あの…』

『こんな傷などすぐ治る。それより、君が無事でよかった…』

『少佐…』


あやめを抱き、不気味に笑う山崎。十字架が揺れる。朝。鳥が窓辺に来る。裸で目覚めるあやめ。ペンダントを出して渡そうとするが、山崎がいない。

(少佐…?)

軍服で廊下に出るあやめ。指令室で話す米田と一馬を見つける。

『――どこ行きやがったんだ、山崎の野郎…!?』

『駐屯所にも戻っていませんし…。〜〜まさか…!?』


目を見開くあやめ。

(――思えばあの時かもしれない、少佐の心が完全に闇に支配されたのは)

目を覚ますあやめ。あやめの部屋。大神が傍にいる。

「……大神君…?」

「よかった…!皆、心配してたんですよ」


天井を見つめ、涙を流して顔を覆うあやめ。

「どこか痛みますか…!?」

「ううん、違うの。ちょっと変な夢を見ちゃって…」


大神の腕の傷を見つけ、飛び起きるあやめ。

「大神君、怪我してるじゃない…!」

「あ…、平気ですよ、これぐらい」

「駄目よ!バイ菌が入ったらどうするの?」


救急箱を持ってきて手当てするあやめ。照れる大神。

(相変わらずいい香り…)

「どうかした?」

「〜〜あ、い、いえ…!」

「…今日は助けてくれてありがとね。格好良かったわよ」

「自分は当たり前のことをしたまでです。あなたがさらわれるなんて俺…!」


赤くなるあやめ。照れる大神。

「〜〜あ、す、すみません…」

「〜〜も、もうこんな時間なのね…。報告書、書かなくちゃ…!」

「それなら自分が書いておきました」


机に置いた報告書を見せる大神。見るあやめ。

「あやめさんみたいにうまくは書けませんでしたけどね…。ですから、今日はゆっくりお休みになって下さい」

「ふふっ、ありがとう。大神君って本当に良い子ね」


写真立てが飾られている。山崎とあやめのツーショット。手に取るあやめ。

「すみません、勝手に…。……米田支配人とかすみ君から聞きました。あなたと葵叉丹…、いえ、山崎少佐のことを…。〜〜山崎少佐が葵叉丹だなんて、正直、自分も信じられません…。しかし、俺は――!」

「――私のこと、好き…?」

「え…?」

「私ね、本当に山崎少佐が好きだった。行方不明になった彼をずっと探してた。もう見つからない、どこかで亡くなってるかも。司令は諦めろって言ったけど、私はずっと待ってた。でも、彼は現れなかった。帝国華撃団ができて、新しい気持ちで頑張ろうってやっと吹っ切れたと思ってたのに」


涙を流すあやめ。

「あやめさん…」

「苦しいの…!どうして愛する人と戦わなくちゃいけないの…!?〜〜どうしてこんなことに…」


あやめを抱きしめる大神。

「俺じゃ駄目ですか…?俺では山崎少佐の代わりになれませんか…!?」

「大神君…」

「俺はどこにも行きません!この身が滅びるまで、ずっとあなたを傍で守ります!あなたを愛してるから…」

「私だってあなたが好きよ…!〜〜でも――」


あやめにキスする大神。目を見開き、大神の頬を叩くあやめ。

「〜〜ごめんなさい…。一人にしてくれる…?」

「あやめさん…!」

「出てって!!〜〜これ以上私を混乱させないで…!!」


うつむき、出ていく大神。机に伏せて泣くあやめ。畳を歩く式神。外は雨。ぐちゃぐちゃになった部屋のベッドで体育座りするすみれ。

★               ★


サロン。テーブルで『えんかいくん』が踊る。

「オメデトー!サクラ、オメデトー!」

「ありがとう!『えんかいくん』〜!!」


『えんかいくん』を抱きしめるさくら。

「シンデレラ決定、おめでとー、さくらはん!」

「やったじゃねぇか!きっと可愛いシンデレラになるぜ!」

「えへへ…!私、粉骨砕身の覚悟で頑張ります!」

「ぶ〜、アイリスもやりたかったなぁ…」

「うらみっこなしってわけやったやろ?また今度な、…マリアはんも」


フリフリドレスを鏡の前であて、ハッと赤くなるマリア。

「〜〜わ、私は別に…!!」

「ハハハ…!んじゃ早速稽古を…とと、ありゃ?すみれはどこ行った?」

「部屋にいたよ。さっき見えたもん」

「そうか…。何か最近、よう部屋に閉じこもっとるなぁ…?」

「どうしちゃったんでしょう…?」


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廊下でダンボールを運ぶ大神。

『――どうして愛する人と戦わなくちゃいけないの…!?』

『〜〜これ以上私を混乱させないで…!!』


ため息つく大神。軍服のあやめが歩いてくる。気まずくなる二人。

「……おはようございます」

「……おはよう」


通り過ぎようとするあやめを呼び止める大神。

「〜〜あの…!」

「……ごめんなさい。急いでるの」


足早に立ち去るあやめ。うつむく大神。

「――少尉」

振り向く大神。すみれが怒って立っている。

★               ★


食堂。台本をテーブルに叩きつけるすみれ。

「〜〜どういうことですの!?何故主役がさくらさんなのです!?」

「い、いや、色々考えてみたんだけど、やっぱりさくら君が適役かなと…」

「私の話を聞いてませんでしたの!?今回はおじい様達もお見えになるんです!!私を選ぶのが道理というものでしょう!?」

「確かに君の会社のおかげで色々助かってるよ。でも、それはそれだ。俺は全隊員を平等に見て、選んだつもりだよ」

「平等!?〜〜この私があの方達と同じレベルだとおっしゃりたいの!?」

「え…?」

「私は佐伯ひなの娘でしてよ!?遺伝子的にも女優として格段に優れています!!あんな田舎娘なんかより何倍も実力がありますわ!!」

「実力があれば主役を得られるとは限らないだろう?一体どうしたんだ?普段ならそんなことで怒ったりしないだろう?」

「〜〜そんなこと…?ふっ、所詮あなたにはその程度ですわよね」

「すみれ君…?」

「〜〜もう結構です!!失礼致します…!!」


出ていくすみれ。

「お、おい、すみれく――!!」

「ど〜いたどいた〜!」


蕎麦屋姿の加山が廊下を走っていく。

「〜〜か、加山…!?……また転職したのか…?」

★               ★

支配人室。雨が降る窓。報告書を渡すあやめ。

「今月の報告書です。大神少尉が代筆してくれました」

「そうか…」


元気がないあやめをちら見しながら、目を通す米田。

「…よし、いいだろう。俺から提出しておく」

「お願い致します…。では…」


帰ろうとするあやめ。

「あー、あやめ君、今日はもう休め。まだその、傷が癒えてねぇんだろう?」

うつむくあやめ。加山が明るく入ってくる。

「ちわーっ!蕎麦屋『若大将』で〜す!!」

「おー、来たか。ほれ、お前さんもそこに座れ」

「え…?あ…」


あやめをソファーに座らせ、前にもりそばを置く加山。

「へい、お待ち!旦那は大盛りですねぇ?」

米田の前にもりそばを置き、真面目な顔になる加山。

「――黒之巣会の目的、わかりました。『六破星降魔陣』です」

「やはりな…。あやめ君、風組に指示を頼む」

「…了解しました」

「今、天海が各所の楔に妖力を注いでいます。全ての楔が目覚め、六破星降魔陣が完成すれば、帝都崩壊はほぼ確実です。即刻、叩くべきかと」

「そうだな」


帽子を被り直し、あやめに微笑む加山。

「花組隊長殿をしっかり支えてやって下さいね。愛の力で世界を救うのだ〜!では、毎度どうも〜!」

おかもちをもって出ていく加山。うつむくあやめ。そばを食べる米田。

「お!あいつ、結構器用だな」

「…ご心配おかけして、申し訳ありませんでした。私ならもう大丈夫です」

「…大神と喧嘩でもしたか?」

「――!」

「あいつも同じ状態だったよ、アホ面で掃除しててさ。あいつがあそこまで落ち込むのは戦闘に負けたか、お前さんと何かあったかのどっちかだ。…俺は、正直ホッとしてたんだ。ようやく山崎を忘れられたんだなってな」

「〜〜私は…」

「確かに気持ちはわかる。だがなぁ、あいつはもう山崎じゃねぇ。敵だ。帝都に仇なす奴は成敗しなきゃならねぇ」

「何故決めつけるんです!?操られているだけかもしれないではありませんか!!〜〜帝都防衛にあれだけ必死だった少佐がこんなことするはず…!!」

「あやめ君…!」

「急に行方をくらませたのだって、奴らにさらわれたからかもしれません!!私達を攻撃したのだって、本当は天海を欺く為に――!!」

「〜〜あやめ君っ!!」


あやめの両肩を掴む米田。

「本当は見たんだろう…!?あいつが…、山崎が天海の封石を斬ったのを…」

ハッとなり、回想するあやめ。

「あいつはさらわれてもいなければ操られてもいない…!自分の意思で帝都を滅ぼそうとしているんだ…!!」

『――君の傍にいるだけで心が洗われていくようだ』

『――君のおかげだ。ありがとう』

「〜〜そんな…こと…」


手で顔を覆い、泣くあやめ。

「あいつは変わっちまった。もう俺達の知っている山崎はいねぇんだよ…」

★               ★


黒之巣会・本拠地。気配を察し、顔を上げる叉丹。

「――いよいよか…」

カメラを光らす天照。深川。楔に妖力を送る天海。

「残るは一つ…!もう少しだ…、もう少しで我が野望が…〜〜ぐぅ…っ!!〜〜まだ力尽きるわけにはいかんのだ、新しい太正を支配するまでは…!!」

ふらつきながら、妖力を送る天海。楔が黒く光り、力を放つ。

★               ★


作戦司令室。ハッとなるあやめ。調査する風組。

(この妖気の流れ…。〜〜また楔が…!?)

「副司令、日比谷に楔の反応を確認しました!」

「やはり、我々の予想通りです」

「よし、データを合成して!」

「了解!」


データを合わせる。六破星降魔陣の形に。

「やっぱり…。〜〜どうして早く気づかなかったのかしら…?」

「いかが致しますか?」

「至急、夢組に連絡して!日比谷に霊的バリアを張るのよ!」

「了解しましたぁ!」


モニターの砂嵐が次第に横殴りの雨に。窓を見つめるあやめ。

(……空が…真っ暗…)

「――あやめさん」


振り向くあやめ。大神がいる。

「あの…、やっぱり謝っておこうと思って…。……昨晩は失礼しました…」

「……もう忘れましょ」

「でも、俺の気持ちは変わりません!ずっと待ってますから…」


立ち去る大神の背中を見つめるあやめ。高鳴る心臓。

(こんなに好きなのに、どこかで拒む私がいる。私の何かが拒んでる…)

★               ★


支配人室。酒を飲み、写真の山崎を見る米田。

「山崎、お前のおかげだな…」

格納庫。光武を整備する紅蘭。訓練に励む大神とさくら達。

「皮肉なもんだな。敵となったお前の機械で帝都が守られてるなんてよ…」


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