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「幽霊屋敷の悲劇」



夜も更けた銀座。街灯が照らす賑やかな中心部、そこから離れた外れを一組の若いカップルが歩いていた。

「壮一さん、今日はとっても楽しかったわ。誘って下さってどうもありがとう」

「い、いえ、僕の方こそ大変有意義な時間をありがとうございました…!」

「…今度はいつ会える?」

「ど、どうでしょう…?やっぱり、父様が出張に行く時じゃないと…」

「そうよねぇ…。ハァ…、お父様達はどうして私達の交際に反対するのかしら?御曹司のあなたと令嬢の私が結婚すれば、お互いの会社の利益ももっと増えると思わない?」

「そ、そうですね…。でも、僕達の家は老舗の製菓会社同士ですから…。祖父の代なんて、それはそれは仲が悪かったみたいですし…」

「〜〜ハァ…、ロミオとジュリエットの話って本当にあるのね…」

「〜〜すみません…。僕がもっとしっかりしていれば、父様達も結婚を認めて下さるのに…。そうすれば、千賀子さんも他の男と結婚することも…」

「壮一さん…。〜〜私、壮一さん以外の人と結婚するなんて嫌よ…!絶対に嫌なんだから…!――もし、そうなったら、死んでやるんだから…っ!!」

「ち…、千賀子さん…」

「……もう帰る時間ね…。まだ一緒にいたいけど…」

「ち、千賀子さん、そのぉ…」

「なぁに?」

「ず、図々しい願いとは承知の上ですが、もしよろしかったら、手を繋いで頂けませんか?い、家の傍まで送らせて頂きますっ!」

「まぁ…!うふふっ、本当!?」

「はい!もう少しだけ…あなたの傍にいさせて下さい」

「壮一さん…」

『――愛し合う若き男女…。その体、もらい受ける…!』

「え…?」


二人が振り返った直後、辺りに絶叫がこだました。

人通りが少ない場所だったので、目撃者もほとんどいなかった。中には二人を見かけた者もいたようだが、悲鳴が聞こえた直後に駆けつけると、すでにそこには誰もいなかったという。

こうしてこの晩、一組の若いカップルが忽然と姿を消してしまった。

それから数日後の深夜。私は大神君と部屋で一緒の時間を過ごしていた。

「――『若き白井製菓会社御曹司と黒田製菓会社令嬢、突如行方不明に。双方の両親と警察の必死の捜索も虚しく、未だに手掛かりつかめず。駆け落ちもしくは無理心中の可能性あり』か…」

「帝国華撃団の出番…と言いたいところだけど、霊的現象が関わっている可能性は低そうだし…。残念だけど、警察に任せた方が良さそうね」

「お互いの父親はライバル会社の社長同士で、二人の交際に猛反対していたみたいですね。う〜ん…、やっぱり駆け落ちかなぁ…?」

「それとも、何か事件に巻き込まれたのかしら?物騒な世の中ですしね…」

「闇の霊力を操る者達を倒して平和になったと言っても、一般市民が起こす事件が毎日のように起こってますからね…」

「負の感情を持った人間は魔を呼び寄せる…。その人間達が都市に集まって、都市もまた魔を呼び集める…。この負の連鎖が失くならない限り、私達の仕事も失くなりそうにないわね…」


私は言いながら、紅蘭が発明した『扇風機くん』に顔を近づけて涼んだ。今日は特に熱帯夜らしく、私達はなかなか寝つけないでいるのだ。

「はぁ〜…、涼し〜い。『冷房くん』が失敗したから、今度の発明品もどうなることかと思ったけど…」

「この『扇風機くん』、大した発明ですよね。乾電池でも動くから、節電にもなりますし」

「ふふっ、これで絶対爆発しないって保証があればいいんだけど」

「はは、そうですね」


私は笑いながら、氷を入れた麦茶を飲み干した。窓に吊るした風鈴の音が夜風でかすかに揺れて、涼し気な音を鳴らしている。

「もう夏も終わりね…」

「暦の上ではもう秋ですからね。――すいか、切ってきましょうか?昨日、カンナと朝市で買ってきたんですよ」

「あら、いいわねぇ。じゃあ、ついでにビールも持ってきて!」

「駄目です!お腹の子に良くありませんよ?」


そう、私は現在、念願だった大神君との赤ちゃんを妊娠中だ。今はまだ4ヶ月目なので、まだそんなにお腹も目立ってきていない。つわりもおさまって、最近では徐々に食欲も回復してきた。

月に一度、大神君に付き添われて定期健診に行くのだが、エコー検査で赤ちゃんに会う度に愛する大神君との赤ちゃんを授かった喜び、そして、もうすぐ母親になるんだという実感がわいてくる。

「ふふっ、ちょっとだけよ。ね?」

「ちょっとでも駄目です。今は大事な時期なんですから、我慢して下さい」

「…わかったわ。じゃあ、代わりにラーメン作ってきて!」

「いぃっ!?今から食べるんですか…?」

「私は妊婦よ?赤ちゃんの分と自分の分、二人分食べなくちゃいけないんだから!お酒飲むより何倍もマシでしょ?」

「はは…、はいはい」


妊娠してから、大神君は今まで以上に私を気遣ってくれるようになった。

赤ちゃんができたことがわかった時、大神君は迷惑な顔どころか、私と同じくらい、いや、それ以上に喜んでくれた。彼もまた父親になれる喜びを実感しているのだろう。そして、その後すぐに指輪をくれて、結婚しようってプロポーズしてくれた。今が人生で最高に幸せな時だと思う。

結婚式と入籍は私の誕生日の10月21日に両方行うことが決まった。

式は本当はお腹が大きくなる前にしておいた方がいいのだろうが、早急に日取りを決めてしまうと、都合が合わずに出席できない人達もいるかもしれない。やっぱり、せっかくやるからにはなるべくたくさんの人に集まってもらいたいものね。

そして、自分の誕生日に入籍するというのは私のこだわりでもあった。『藤枝かえで』として一つ歳を重ねると同時に、『大神かえで』という新しい私が誕生する記念日にしようと考えているからだ。私の希望を大神君は快くOKしてくれた。ふふっ、そろそろ『大神君』じゃなくて、『一郎君』って呼ぶようにしなくっちゃね!

「じゃあ、分けられるように小皿持ってきますね。――あ…っ、俺のいない間に激しい運動とかしないで下さいよ!?」

「ふふっ、馬鹿ねぇ。何で夜中にそんなことするのよ?」


こういう会話をしていると、何だか同棲中のカップルみたいだ。まぁ、一つ屋根の下で暮らしてるんだし、夜は一緒の部屋で寝泊まりしているから、もうすっかり半同棲って感じなんだけど。でも、これからは産まれてくる赤ちゃんと一緒に家族3人同じ部屋で生活できるようになるから、嬉しい…!

「ふふっ、何か面白いのやってないかな〜…?」

私は上機嫌で小型蒸気テレビジョンの電源を入れ、チャンネルをカチャカチャ回し始めた。今は午前2時をまわっているので、ゴールデンタイムのような面白い番組は少ないが、深夜番組は結構掘り出し物が多いから侮れない。

「『〜〜俺なんてどうせ死んだ方がいいんだ…。いや…、死んだ方が楽に決まってるか…』」

たまたま回した深夜ドラマの中で若い無名の俳優がブラウン管の中で嘆いていた。

どうして今の人ってすぐ『死にたい』とか言い出すんだろう…?飛び降り自殺する人も誰かに止めてほしくてわざと飛び下りずに時間稼ぎする人が多いらしい。結局、本気で死にたい人なんていないのだ。ただ、一時の気持ちの昂ぶりで自殺してしまう人も多いみたいだけど…。

私は姉を亡くしているから、死に関しては人より敏感な方だ。だから、『死にたい』とか『死ね』などと言う人に関しては、たとえ冗談で言っていたとしても許せそうにない。『死』という重いものを軽々しく考えているだけでも腹が立ってくるからだ。

……お腹の赤ちゃんが成人する頃には、もっと明るい世の中になっていてほしいものである…。

「……暗いドラマね…」

たまらず、私がチャンネルを回そうとした時だった。カチャ…!ギィ…。

「あら、早かったのね――」

ドアが自然に開いた。大神君が帰ってきたのだとばかり思っていたが…。風だろうか…?

私は大して気にせず、テレビの音が漏れないよう、ドアを閉めて再びチャンネルを回そうとした。だが、画面を見ると、何故か砂嵐になっていた。

「〜〜やだ…!んもう…、どうしちゃったのよ…?」

どうにかして直そうと、蒸気テレビジョンの上部をバンバン叩く。だが、どんなに叩いてもいっこうに直る気配がない。

「アンテナの調子が悪いのかしら?明日、紅蘭に直してもらわないと――」

その時だった。窓の方から奇妙な…、背筋がゾクッとなるような嫌な視線を感じた。私は恐る恐る振り返ってみたが、誰もいない。いや、いるはずがないのだ。ここは2階なのだから…。

「〜〜な、何なの…?」

こういう怪奇現象って幽霊が出る前触れでありがちなのよね…。現に霊力がある私は今まで幽霊を散々見てきてるので、今さら怖いも何もないけれど…。

「――お待たせしました」

「〜〜ひぃぃ…っ!!」


そこに、急に大神君が入ってきた。〜〜あぁ…、心臓が止まるかと思ったわ…。すいかとラーメンが乗ったお盆を持ってきた大神君は、仰け反って硬直している私を見て、きょとんとなっている。

「…?ど、どうかしたんですか…?」

「〜〜あ…、さ、さっき、そこの窓から妙な視線を感じて…」

「え…?――誰もいませんけど…?」

「そ、そう…よね…」


何を今日は怯えているんだろう…?自分でもわからなかった。気がつくと、テレビの砂嵐はすでに消えていた。やっぱり、気のせいか…?

だけど、幽霊であったとしても、さっきの殺気…というより、舐め回されるように見られているような気味の悪い感じは何だったのだろう…?

「大丈夫ですか?顔色悪いですけど…」

「ううん…。ごめんなさいね、心配かけちゃって…。――あ、『稲山淳三の怪談ナイト』ですって。丁度始まるみたいよ!」

「〜〜いぃ…っ!?ね、寝る前に見るものじゃありませんって…!」

「ふふっ、怖いの?男の子なのに情けないわねぇ」

「〜〜う…。お、俺、昔からそういうの、苦手で…」

「大丈夫よ、怖かったら抱きついてきていいんだから。ほら、電気消すわよ?」

「〜〜いぃっ!?な、何で消すんですかぁっ!?」

「ふふっ、その方が雰囲気出るじゃない!」


私は大神君の足の間に体育座りして入りこみ、大神君は私を後ろから抱きしめる格好で一緒に見る。大神君はよほど怖いのか、抱きしめる腕をぎゅっと強くして私を離そうとしない。私はそれが大神君に守られているみたいで心地良く、いつの間にか先程の変な現象のことも気に掛けなくなっていた。

同じ瞬間に驚いたり、ホッとしたり…。ちょっと怖いけど、こういう時間の共有も楽しいものだ。

「……おトイレ行きたくなっちゃった…。廊下で待っててくれる?」

「〜〜いぃっ!?」


翌日は朝から雨で、冴えない天気だった。窓から見える曇り空はどんより灰色で、気分が滅入ってしまう。

賢人機関の会議が終わり、司令見習いの大神君と副司令の私は、かすみの運転する車に乗って、帝劇へと帰る。周りの人に気を遣わせてしまうかもしれないが、臨月になるギリギリまでは仕事をしようと決めているのだ。

「体調の方はどうですか?」

「大丈夫よ。嫌な天気で少し憂鬱だけど…」

「そうですか。あまり無理しないで下さいね?」

「ふふっ、ありがとう、大神君」

「〜〜あ、あら…?どうしたのかしら…?」

「ん…?どうしたんだい、かすみ君?」

「あ…、す、すみません!何だか変な道に迷い込んでしまったみたいで…」

「え…?いつもの道、通らなかったの?」

「工事中で、迂回を余儀なくされてしまって…。〜〜申し訳ありません…!すぐ引き返します!」


私は何だか嫌な予感がした。ともかく、この時は一刻も早く帝劇に帰りたくて仕方なかったのだ。

かすみはUターンをして、知っている道に出るまで車を走らせ続けた。しかし、そんな私達を嘲け笑うかのように、車はどんどん山の中へと迷い込んでいく。

「あら…?ここ、さっきも通ったような気が…」

「〜〜駄目だ…、キネマトロンも繋がりません…。――とりあえず、大きな道路に出よう…」


ピカッ!!ゴロゴロゴロ…。外は私達の心の乱れを代弁するかのように、雷が鳴り出した。

「参ったな…。かすみ君が道に迷うことなんて、ほとんどないのに…」

三人娘の中で一番年上で、しっかりしているかすみ。彼女がいれば何事も無事に終わることが多い。なのに、今日はどうして…?

すると、そこへ木々の中にひっそり佇む屋敷が見えてきた。

「嵐になりそうですし、雨がやむまで寄らせてもらいましょうか?」

「え…っ?」

「そうですね…。〜〜本当にすみません…」


私達は車を降りると、門についていたインターホンを鳴らした。大きくて立派な門だが、所々錆びていて、手入れをされていないみたいだった。今は誰も住んでいないのだろうか…?それとも、お金持ちか華族の別荘なのだろうか?

「出ませんね…。留守でしょうか…?」

すると、大きな門がゆっくり開いた。長年放っておいたと思われる草や蔓が伸び放題の庭を私達は抜け、大きな扉をノックする。

「すみませーん!少しの間、雨宿りさせて頂けないでしょうか?」

ギィ…。大神君の声に反応したように、ゆっくりドアが開いた。

「〜〜お、お邪魔します…」

何とも不気味な雰囲気に私と大神君は恐る恐る中に入った。

「〜〜く…、暗くて何も見えないですね…」

その時、キィ…、バタン!かすみが入る前に突然扉が閉まってしまった。

「かすみ…!?」

「〜〜お二人とも、ご無事ですか!?」

「〜〜く…っ、開かない…!何でだ…?」


ピカッ!!ゴロゴロゴロ…。雷が激しさを増してきている。このままでは、かすみが危険だ…!

「危ないから、とにかく車に戻りなさい!それで、誰かと会えたら、道を聞いてきてもらえる?」

「わ、わかりました…!」


走り去る足音と共にかすみの気配も消えた。どうやら、無事に門の外へと出られたらしい。

「誰もいないのでしょうか…?なら、何故門と扉が勝手に…?」

「…とりあえず、屋敷を散策してみましょう。扉を開ける鍵が見つかるかもしれないわ」

「そうですね…」


私は大神君と一緒にゆっくり中央の大きな階段を上っていく。

「どなたかいらっしゃいませんかー…?」

古ぼけた外観とは反対に、屋敷の中は掃除が行き届いていて、塵一つ落ちていない程ピカピカだった。

だが、何だか少し妙な気配を感じる。注意して歩かなければ…。

ザァァァァ…!!ピカッ!!ゴロゴロゴロ…。雷と雨もさらに活発になってきたようだ。かすみは大丈夫だろうか…?

雷と懐中電灯の光を頼りに、私達は暗い屋敷内を注意深く歩いていく。

「本当に誰もいないみたいね…」

「…!!かえでさん、あれ…!」


大神君は驚き、中央に飾られた肖像画を懐中電灯で照らした。その肖像画に私も驚愕した。これは…、華族だろうか?上流階級で正装した大神君と私そっくりの夫婦と思われる男女がそれに描かれていたからだ。

「こ…っ、これは一体…!?」

「――亡くなられたこの屋敷の旦那様と奥様でございます」


雷が光る中、ぬうっと姿を現したのは、執事らしき老人と青白い顔の女給達だった。まるでお化け屋敷に出てくる人形のような不気味な雰囲気に、私は悲鳴を堪えるのに精一杯だった。

「〜〜か、勝手に入ってしまって、申し訳ありませんでした…。雷と雨がひどいものですから、少しの間、雨宿りをさせて頂けないかと思って…」

「ふぉふぉふぉ…、結構ですよ。こんな所でよろしければ、どうぞ心ゆくまでおくつろぎ下さいませ」

「助かります…!あの…、あなた方は…?」

「この屋敷の使用人でございます。こんな山奥までようお越し下さいました。今、夕食の支度をしておりますので、ご一緒にいかがですかな?」


食堂に運ばれていたのは、庶民では一生に一度口にできるかどうかの大層なごちそうだった。

最初は断るつもりだった。だが、不思議なことに私と大神君は何かに操られるかのように食堂に向かって歩き始めていた。まるで私達が来ることがわかっていたかのようなもてなしだ…。どうしてこんなごちそうを用意していたのか?そんな子供でもわかるような質問すらもできないでいた。

「さぁさ、どうぞ召し上がって下さいませ。外からお客様がいらっしゃるなんて何年ぶりでしょう」

料理はまるで五つ星レストランのシェフが作ったかのような素晴らしいものだった。美味しい料理に舌鼓を打つ私達に女給が芳醇な赤ワインを注いでくれる。だが、悲しいことに妊婦にお酒は禁物なのだ…。

「あら、お酒は飲まれませんの?」

「いいえ、大好きです〜!……ただ、今、私、妊娠中なもので…」

「まぁ、それはおめでとうございます…!では、お二人はご夫婦ですの?」

「えぇ。10月に挙式する予定なんです」

「そうでしたか。ですが、このワインはアルコール度数が低いので、召し上がられても大丈夫ですよ。奥様も妊娠中はよくこのワインを召し上がっていられましたから」

「そして、今みたいに旦那様と並んで食事されて、会話を楽しまれて…」

「こうしていると、本当に旦那様と奥様が帰ってこられたようでございます…。〜〜うっ、うぅ…」


そう言いながら、執事と女給達は涙ぐんだ。

「その…、よろしければ、お二人の話を聞かせて頂けませんか?」

「えぇ、もちろんですとも…!旦那様の倉之助様は、それはそれは立派なお医者様でございました。貧しく、医療機関が整っていない世界の貧しい国に行っては治療をまともに受けられない方々を無料で診療してやっていたのです。奥様の美和子様もそんな旦那様を心から尊敬し、一緒に世界を飛び回っていらっしゃいました」

「それはそれは仲の良いご夫婦でしたのよ…!」

「ふふっ、素敵な話ですね」

「えぇ…。しかし、結婚して数年が経った頃、お二人はアフリカ大陸を訪ねておられました。奥様のお腹に赤子ができて、屋敷の者全員が喜んでいた頃、あろうことか奥様は現地で伝染病に感染してしまったのです…。つきっきりで看病していた旦那様の頑張りも虚しく、奥様は亡くなられました…。そして、数週間後に旦那様も同じ病に感染して、帰らぬ人に…」

「〜〜うぅ…、お二人とも、念願だったお子様ができて、あんなに喜んでおられましたのに…」

「お気の毒に…。立派なご夫婦だったんですね」

「えぇ。当時は私達も後を追って命を断とうと思い悩みましたが、お二人の代わりにこの屋敷を守ることが何よりの務めと思いましたので…」


いつの間にか恐怖心は消えて、この執事達が気の毒に思えてくるようになっていた。旦那様と奥様が亡くなってからも、二人の為に、そして、この屋敷の為にこんなに尽くしているだなんて…。

「嵐は明日までやみそうにありませぬ。今夜はどうぞここにお泊まり下さいませ。旦那様と奥様にこんなにも似ていらっしゃるあなた方と出会えたのも何かの縁。精一杯おもてなしさせて頂きます」

「ありがとうございます」


食事を終えて、大神君と私はお風呂を頂くことにした。

「〜〜い、いいですって!自分でやりますから…!!」

「ふふふっ、遠慮なさらずに」


女給達にブラシで体や頭を洗われて、大神君は照れているようだ。まぁ、隣で嫉妬する私の機嫌の悪さにもヒヤヒヤしていたんでしょうけど…。

「――どうぞ。生前、奥様がお召しになっていたものでございます」

私は女給達に奥様の寝まきを着せてもらった。淡い紫が高級感を醸し出す、シルクで肌触りの良い高級なネグリジェだ。

「さぁ、こちらへ。おやすみ前のティータイムでございます」

楽団の人達の素晴らしい演奏を聞きながらの優雅なティータイム。本当にお金持ちにでもなった気分だ。ヴィオラやフルートの音色に心地良い眠りを誘われる…。

「お疲れでしょう。では、ごゆっくりお休み下さいませ」

寝室がやけに広い。活動写真に出てくる西洋の王族が使いそうなふわふわのダブルベッドだ。

「生前、旦那様と奥様が使われていた寝室でございます」

「私達は廊下で見張っておりますので、どうぞ安心してお休み下さい」

「いえ、俺達は大丈夫ですから、どうぞ皆さんもお休みになって下さい」

「とんでもございません!お客様に何かあっては、旦那様と奥様に申し訳が立ちませんもの…!何か不都合がございましたら、いつでも私達めにお申し付け下さいましね」

「〜〜は、はぁ…」


女給達は微笑んで会釈したまま、そこを動こうとしない。廊下で見張られていると思うと、ゆっくりは休めないのだが…。

「何だか…、ものすごい忠誠心ですよね…」

「えぇ…、ちょっと…異常と言ったら失礼かもしれないけど…」

「もし、すみれ君がこの場にいたら、こういうことも当たり前のこととして受け止めるんでしょうか…?」


ピカッ!!ゴロゴロゴロ…。雷も雨もいっこうにおさまらない…。山の天気は変わりやすいと言うが、今のところ、まるで変わる気配がない。

「……もう休みましょうか…?」

「そうね…。明日にはやんでいるでしょうし、ご迷惑になるから、早めに出発しましょう」

「そうですね。では、おやすみなさい」

「おやすみ、大神君」


私と大神君はおやすみのキスをして、仲良くダブルベッドに入った。ろうそくの明かりを消すと、雷光の明るさが一段と映える。外ではまだ雷が鳴っていて、真っ暗な外を明るく照らしている。

「かすみ、無事に帰れたかしら…?」

「かすみ君なら、きっと大丈夫ですよ」

「そうね…。でも、どうしてかすみだけ入れなかったのかしら…?」

「不思議ですよね…。まるで、この屋敷に俺達だけ招かれたような…」


その後、私達の間に沈黙が続いた。大神君はきっと寝てしまったのだろう。普段ならお楽しみのベッドタイムといきたいところだが、こんな嵐の夜に、しかも見知らぬ人様の家ではとてもそんな気分にはなれない。まぁ、母胎が安定するまでしばらく控えた方がいいんでしょうけど…。

……仕方ない、私も早く寝てしまおう…。私は目を瞑り、寝がえりを打った。最高級の寝具のはずなのに、やけに寝苦しい…。きっと、昨晩のポルターガイストや今日、道に迷ったことが気にかかっているのだろう。が、幸いなことに会議で疲れていたので、しばらくすれば眠れそうだ。

そして、私がようやく眠りに落ちかけたその時だった。突如、何者かに太ももを撫で回される感覚がした。

「ふふっ、もう…、大神君?今日はそんな気分じゃな――」

私は振り返ったが、当の大神君は背中を向けて寝ていた。気のせいか…?私は気にせず、また横になって目を瞑った。だが、またあの触られる感覚がした。今度は太ももから腰、そして、胸にまで至って…。

「ん…っ、お、大神君――!?」

再び振り返り、私は仰天した。肖像画に描かれていたまんまの服装をした、大神君そっくりのこの屋敷の旦那様が私に添い寝していたのだ。

「〜〜きゃ…っ――!?」

悲鳴をあげかけた私の口を塞ぎ、旦那様は私の上に馬乗りになった。体は透けているはずなのに、ものすごい力だ…。死んでも尚、強い意志と霊力が備わっているのだろう。旦那様は黙って私を見つめると、嬉しそうな顔で私のお腹をさすってきた。

『可愛い私の妻…。早く元気な子を産んでくれ…』

(な、何を言ってるの…?〜〜や…っ、やめて…!赤ちゃんには手を出さないで…!!)


私が身の危険を感じた直後、旦那様は冷たい手で私の首筋をすっと撫でてきた。

「ひあああああ…っ!!」

ぞくぞくぞくっと氷のように冷たい感覚が首筋に走った。旦那様は私の反応に満足したのか、ネグリジェをめくり上げて私の肌を同じように触り、吸いついてきた。

『やっと会えたね…。もうどこにも行かないでおくれ…』

「ひぃぃぃっ!!いやああっ!!いやあああああっ!!」

「――くすっ、始まったみたいですわね」

「やっとご自分と奥様そっくりの方々を見つけられたのですもの」

「これでようやく、器となる者達が決まったのですわね」

「うふふっ、めでたしめでたし、ですわね」


廊下から女給達が高らかに笑い合うのが聞こえてくる。

まさか、最初から全て仕組まれていたことだったというの…!?

『私がいなくて寂しかっただろう?安心しておくれ。これからはずっと君の傍にいるから…』

旦那様は愛しそうに私の頬を撫で、体を責め立ててくる。抵抗したくても動けない。金縛りだ。私は必死に抵抗するも、快感と不快が混じり合った不思議な感覚に囚われ、白目を剥いた。顔は大神君と瓜二つなのに、女性の愛し方はまるで違っていた。

「〜〜お、大神…君…、助…け…てぇ…」

隣で寝ている大神君に私は声にならない声で必死に呼びかける。大神君は私とは反対に、まるで薬でも飲まされたかのように深い眠りに落ちていて、なかなか起きてくれない。

『――何故…、私を拒む…?』

まっすぐ自分を見てこない私に疑問を感じたのか、旦那様が悲しそうな目で見つめてきた。旦那様が何のためらいもなく、こんなことをしてくる理由はわかっていた。おそらく、私を奥様と間違っているのだろう。

「はぁはぁ…、わ…、私…は…、あなたの奥様ではありません…」

か細い声でようやく否定の言葉を述べることができた。

『何だと…!?』

「す…、姿は似ているかもしれませんが、私は…全くの別人…〜〜あああああぁぁ…っ!?」

突如、私は全身を痙攣させた。何者かが必死にご主人に訴えようとしている。その何者かがいきなり私の体と心に入ってきたのだ。

「『――く…、倉之助…さん…』」

『美和子…!あぁ…!やはり、お前は美和子なんだな…!?』

(〜〜違う…!私はかえでよ…!?)


私は消えかける意識を必死に呼び覚まし、自分の中にいる奥様を追い払おうとするが、何か強力な術がかかっているかのように私の体にぴったりくっついて離れようとしない。

「『あぁ、嬉しい。またこうしてあなたにお会いできる日が来るなんて…』」

私の意思とは反して、体に乗り移っている奥様の美和子さんが喋り出す。

「――旦那様、その者があなた様の新しい器でございます」

いつの間に入ってきたのか、執事が枕元に立って、大神君を旦那様に紹介していた。

「さぁ、早くその者の中へ…。さすれば、あなた様は再び肉体を取り戻し、この世に再び生を受けることができるでしょう…!」

(〜〜や、やめて…!!大神君に近づかないで…っ!!)


美和子奥様に体と精神を支配されている今の私には止めることができず、旦那様が大神君の体に乗り移るのを黙って見ていることしかできなかった…。

しばらくして、大神君はゆっくり目を覚ますと、むくっと起き上がって、まっすぐ私を見つめてきた。

「『――美和子…』」

(お、大神君…!?――!)


大神君は私にキスしながら馬乗りになり、私の…正確に言うと亡くなった奥様の寝まきをめくり上げた。

大神君の肌の感触と体温の心地良さ…。だが、いつもの優しい愛し方とは違い、無理矢理支配するかのように乱暴に私を抱いていく。旦那様が大神君の体を支配して、自分のやり方で私を抱いている証拠だった。

「『はぁはぁ…、倉之助さぁん…』」

私は奥様に操られるままに両手を広げ、大神君を…正確に言うと旦那様を招き入れる。ろうそくの灯りが一つになって深く愛し合う私達を照らす。

「『く…、倉之助さぁん…!』」

「『美和子ぉ…っ!』」


目の前にいるのは大神君であって、大神君じゃなかった。そして、私自身もかえでであって、かえでじゃなかった。この屋敷のご主人・倉之助と妻の美和子として深く愛し合っていた。

〜〜体が自由に動かない…。声に出して抵抗したくても、できない…!

「美しき哉…。遂に旦那様と奥様がこの屋敷に戻ってこられる日がやって来たのだ…!」

終わったと思うと、また愛し合いを始める。人間とは違い、疲れを知らない幽霊の体…。気を失いそうになると、美和子さんによって強制的に起こされてしまう。ほんの少しの休息も許されないのだ…。

このまま永遠に幽霊に憑かれた大神君に抱かれ続けるのか…?

(〜〜もうやめて…!このままじゃ赤ちゃんが――!)

「――か…えで…さん……っ」


私が絶望して諦めかけていた時だった。旦那様に操られているはずの目の前の大神君が一瞬、大神君に戻ったような気がした。

(大神…く…ん…?)

直後に大神君の声が私の頭の中に響いてきたので、すかさず私も念じ返してみる。

『大神君…!聞こえる、大神君…!?』

『かえで…さん…?』


どうやら一つに繋がっている間だけ互いの声が聞きとれるらしい。

『〜〜すみません…。俺、司令なんて肩書きばかりで、いざという時に何にもできなくて…』

『〜〜諦めちゃ駄目よ…!絶対に反撃のチャンスが来るはずだわ…』

『かえでさん…』


大神君を励ましているのと同時に、自分自身も励ましていた。

こんな所で人生の終わりを迎えたくなかった。大神君と結婚できなかったあやめ姉さんの為にも、私は大神君と幸せな人生を歩んでいきたい。その想いが私を強く前へと突き動かしてくれる…!

『しっかりしなさい、大神君!もうすぐパパになるんでしょ?』

私の言葉を聞いた直後、私の体を抱く大神君の腕の力が強くなったような気がした。

『〜〜すみませんでした…。俺、弱気になってました…。父親がこんなんじゃ、産まれてくる子に笑われてしまいますよね…』

『大神君…』

『負けるものか…!かえでさんとお腹の子は、俺が絶対に守りますから!!』


その言葉が嬉しかった。できることなら、ちゃんと彼の口から聞きたかった。もう一度その言葉をちゃんと彼の口から、私の耳で聞きたい…!

『いい?1、2の3で全ての霊力を解放して!チャンスは一度よ!?』

『わかりました…!――1、2の…』

「――うおおおおおおっ!!」

「――はああああああっ!!」


大神君と私はありったけの霊力を解放し、互いの体から旦那様と奥様の魂を追い払うことに成功した。留まる場所を失った倉之助さんと美和子さんの霊魂が浮遊する中、私と大神君は抱きしめ合い、もたれながら、荒くなった息を整えた。

「〜〜な…っ、何と…!?」

「あなた方の望みは旦那様と奥様を甦らせることだったんですね…?」

「だから、新しい肉体となる器を探していた…。そこで、二人にそっくりな私達を見つけ、この屋敷に誘い込んだ…。そういうことね?」

「その通りだ!旦那様と奥様のような慈悲深い方が何故死ななければならぬ…!?世の中には生きる価値などない無能で心の貧しい者達が平然と生きておるではないか!〜〜そんなの不公平だろう!?世の為にもならん…!!」


倉之助さんと美和子さんの魂が苦しみながら飛び、クローゼットにぶつかった。その拍子にクローゼットの中から2体の若い男女の死体が飛び出してきた。

「〜〜ひ…っ!?」

「まさか…、新聞に載っていた行方不明のカップルか…!?」

「ククク…、あの者どもは失敗作だった…。旦那様と奥様の器として、肉体面でも精神面でもふさわしくなかったのだよ」

「〜〜だったら、ちゃんと帰してあげればよかったじゃないの…!どうして殺したりなんてしたの…!?」

「殺したなどと人聞きの悪い。乗り移られた負担に耐えられなくて、勝手に死んでいっただけだ。旦那様と奥様を生き返らせるには、多少の犠牲はつきものなのだよ」

「〜〜だからと言って、他人の命を奪うなんて間違っている…!この二人は何も関係ないじゃないか…!!」

「我々に説教する気か?フフフ…、命乞いしたい気持ちはわかる。だが、これも志半ばで亡くなられた旦那様と奥様の為なのだ…!」


執事だけでなく、女給達もいつの間にか部屋に入ってきていて、ベッドを囲むように私達を冷たい表情で見つめていた。

ピカ…ッ!!雷光が彼らを照らし出した直後、私達は驚愕した。執事と女給達が全員、一瞬にして腐った肉と骨をむき出しにした生ける屍へと変わっていたのだ…!

「きゃあああああ〜っ!!」

私は絶叫し、恐怖のあまり失禁してしまった。

『くくくっ、いけませんなぁ。旦那様と奥様の神聖な場所を汚すとは、何たる無礼…!』

執事が肉が腐り落ちてむき出しになった歯をカタカタ言わせて笑うと、ベッドの下の床に描かれていた不気味な魔法陣が黒く光った。本で見たことがあった。これは死者の魂をあの世から呼び戻す禁忌の術のものだ…!

「逃げましょう、かえでさん…!」

大神君もそれがわかったのか、私の腕を引っ張り、部屋を飛び出した。

『逃がしはせぬ…!やっと見つけた最高の器…!!』

私達は階段を急いで降りたが、案の定玄関の鍵は閉まったままだった。

「〜〜くそ…っ!」

『――助けてぇ…』

『――苦…しい…』

「〜〜いやあああっ!!」


他人の魂が体に入ろうとしてくる奇妙な感覚に私は気が狂いそうになって、大神君に抱きついた。私達の体に乗り移ろうと寄ってくる倉之助さんと美和子さんの魂を大神君が必死に追い払ってくれる。

「隠れてて下さい…!何があっても、俺が絶対守りますから…!」

「大神君…」


眉を顰めながらも、凛々しく前方を睨む大神君の横顔を私は見つめた。

本当は幽霊が苦手なはずなのに、懸命に私を守ろうとしてくれている。私も副司令として、そして、妻になる者として、大神君をサポートしなくては…!

『――戻ってきて下さいまし、旦那様、奥様…』

執事と女給達のゾンビがゆっくりと階段を降りてきた。

「〜〜俺達は倉之助さんと美和子さんにはなれません!ちゃんと現実を見て下さい…!あなた方の旦那様と奥様、そして、あなた方自身はもう亡くなっているんですよ…!?」

「お二人の死を不憫に思う気持ちはわかるわ…!あなた達が倉之助さんと美和子さんをどれだけ慕って、忠誠を誓っていたのかもわかる…!でも、美和子さんの魂が入ってきた時、私の中に彼女の声が伝わってきたの。お二人はこんなこと望んでない、やめさせてくれって訴えてきたのよ…!」

「俺の中に入ってきた倉之助さんも同じ気持ちでした…!自分達の魂を呼び戻す術を使った呪いで、屋敷に仕えていた全員が生ける屍となってしまった…。それを申し訳なく思っていると…。そして、静かに共に天国へ旅立とうと…」

『〜〜でたらめを言うなぁっ!!ようやく後継ぎを授かって、幸せ絶頂であった旦那様と奥様が突然死ななくてはならなくなった…。〜〜それがどれほど無念だったか、想像ができぬだろう…!?』

「気持ちはわかるわ。今、私のお腹にも美和子さんと同じように赤ちゃんがいるから…。だから、子供ができた喜びもわかるし、その子を産んであげられなかったことがどれだけ悔しかったかも想像できるわ…。〜〜だからこそ、お二人ができなかったことを私達は生きて成し遂げたいのよ…!」

『〜〜ごちゃごちゃとうるさい奴らめ…!お前達はおとなしく器として、肉体を捧げれば――!』


その時だった。行方不明になっていたカップルの壮一さんと千賀子さんの死体が部屋からはいずり出てきて、女給達を襲い始めたのだ。禁忌の術の効果が彼らにも効き始めたのだろう。

『〜〜悔しい…!』

『〜〜幸せを奪った奴ら…、絶対に許せない…!』

『〜〜な…っ、何をするのだ!?この出来そこないの器風情が…!!』

「……彼らもまた志半ばで死んでいった者達よ。倉之助さんと美和子さんと同じように…」

「あなた方は旦那様と奥様を生き返らせる為、ささやかな犠牲と称して若い二人の未来を奪った…!倉之助さんと美和子さんが味わった苦痛をこの二人にも味あわせてしまったんだ…!」

「……旦那様と奥様、そして、この者達を静かに眠らせてやって?それがあなた達のせめてもの罪滅ぼしよ」

『〜〜今さら何を言う…!?自分の肉体まで犠牲にして…、我々はただ旦那様と奥様に幸せになって頂きたいだけなのだ…!〜〜お二人が幸せそうに笑っていらっしゃったあの日々を取り戻したくて…っ!』


すると、正気を取り戻した倉之助さんと美和子さんの幽霊が生前の姿を取り戻して再び現れた。

『ありがとう、山岡。そこまで私達を想ってくれて…』

『奥様…!』

『僕達だって、できるものなら生き返りたい。だけど、代わりに誰かを犠牲にすることでしか実現できないのなら、死んだままで構わないんだ…』


倉之助さんと美和子さんは泣いている壮一さんと千賀子さんを哀れに見つめ、頭を下げた。

『〜〜申し訳ない…。我々のせいで若いあなた方の未来を奪ってしまった…。一体どうやって償うべきか…』

『〜〜どうやったってもう遅いんだ…!死んだらもうおしまいなんだよ!!』

『〜〜本当に申し訳ない…!この通りだ…!!』


土下座をする倉之助さんを壮一さんと千賀子さんは驚いたように見た。

『旦那様…』

『あなた達だってそうよ。私達のせいでそんな体になってしまって…。さぁ、一緒に天国に参りましょう。そして、またあの頃のように皆で楽しい生活を始めるの』

『〜〜奥様…。うっうっ、申し訳ございませんでした…!』

『〜〜私は嫌よ…!天国になんて行きたくないわ…!!壮一さんと一緒にこれから幸せになるはずだったのに…!〜〜お父様達に私達の仲を認めさせて、結婚して、会社を継いで…っ!!』

『千賀子さん…』


両手で顔を覆って泣いている千賀子さんを壮一さんは包み込むように抱きしめた。

『ちっ、千賀子さん、そんなに泣かないで下さい…!僕、あなたとなら、どこにいたって幸せです!その…、僕じゃ頼りないかもしれませんけど…』

『壮一さん…』


千賀子さんは涙を流しながら、壮一さんときつく抱き合った。

『〜〜本当にすまぬことをした…』

頭を下げる執事達を壮一さんは黙って見つめた。

『……あなた方のこと、許せる自信はありません…。けど、死んだ後もこうして千賀子さんと一緒にいさせてくれたことは感謝しています。これからは誰にも反対されずに、永遠に千賀子さんの傍にいられるんですね…』

壮一さんと千賀子さんの微笑みは悲しそうだったけど、少しだけ幸せそうだった。周囲の反対から解放されて、ようやく一緒になれることへの喜びもあるのだろう。

『……魔法陣を消してくれるか…?それを消せば、私達の魂は皆、天へと召されるであろう…』

「わかりました…!」


大神君と私は寝室に戻り、魔法陣が描かれている床を鉄パイプで叩き割った。その直後、魔法陣から無数のうめき声が聞こえてきた。同時に、そこから闇のゲルが出てきて、私と大神君を攻撃し始めた。きっと、この山中で亡くなった人々の魂が変化したものなのだろう。

早く魔法陣を消さないと、成仏できずに苦しむ魂がさらに集まってきてしまう…!

「〜〜かえでさん、サポートお願いします…!」

「わかったわ!」


私は目を瞑って、呼吸を整えながら霊力を放出し、大神君の握る鉄パイプに手を添えた。一つでも多くの魂が苦しまずに成仏できるよう、祈りながら…。

『〜〜ヤメロォォォォ…!!』

魂達の断末魔の叫びと共に闇のゲルが最後の抵抗とばかりに私達の体に巻きついてきた。不気味で気色悪い物体が体をはいずり回ったり、締めつけてくる度、激しいめまいや吐き気に襲われる。

「うわあっ…!〜〜く…っうぅ…」

「は…っ、あぁん…っ、も、もう少しよ…、頑張って、大神君…!」

「は、はい…!――うおおおおおおっ!!」


大神君と私の霊力の光がゲルを吹き飛ばし、遂に魔法陣を消し去った。

『――頑張って生きてみせてね、私達の分まで…』

薄れ行く意識の中、倉之助さんと美和子さん、そして、壮一さんと千賀子さんが私達に微笑むのが見えた。刹那、屋敷の中が強い光に包まれ、私と大神君はそのまま気を失った。

「――令…!副司令…!」

目が覚めると、私と大神君は大帝国劇場の医務室のベッドに横になっていた。見ると、かすみが安堵した表情でこちらを見ていた。

私達が屋敷に入った後、かすみは不思議と迷うことなく帝劇に帰ることができたらしい。やはり、あの時、道に迷ったのも私達を呼び寄せる為に屋敷の者達が仕組んだものだったのだろう…。

数日後、あの幽霊屋敷から執事と女給達、そして、壮一さんと千賀子さんの白骨化した遺体が発見された。当初、誘拐事件とみていた警察だったが、事件は交際を周囲に反対されたことに対する無理心中として片づけられた。

そして、ほぼ同時期に倉之助さんと美和子さんの屋敷が取り壊されることが決定した。警察が言うには、外観だけでなく、屋敷の内部も相当腐敗していて、今にも潰れそうなほどボロボロだったという。私達が見た屋敷の中は、おそらく倉之助さん夫妻が暮らしていた当時の幻だったのだろう。

私は大神君と一緒に倉之助さんと美和子さん、そして、屋敷の者達のお墓参りにやってきた。隣には壮一さんと千賀子さんのお墓もあった。彼らの墓前で私達は静かに合掌した。

「彼らは…、天国で幸せに暮らせているでしょうか…?」

「きっと大丈夫よ。今頃、ミカエルが彼らの魂を導いてくれているはずだわ。……彼らの分まで一日一日を一生懸命生きていかなきゃね…」

「そうですね…」

「〜〜お父さぁん、どうして死んじゃったのよぉ…?」


少し離れたお墓の前で、泣いている娘さんとその母親らしき女性が墓石にすがりついて泣いていた。

「〜〜自殺なんてすることなかったのに…。もう一度家族皆で立ち上がることだってできたはずなのに…、どうしてぇ…?」

彼女達を暗く見守る男性の霊が傍に立っていた。きっと自殺してしまった父親なのだろう…。

私達が導かれるように迷い込んだ山には、毎年多くの自殺願望者が訪れ、自殺を遂げると言われている。せっかくある命を無駄に捨てるなんて、何て愚かな行為だろう…。世の中には生きたくても生きられない人達がたくさんいるのだ。そして、その死を悲しむ人達も大勢いる。

私自身も姉を亡くしているから、残された者の悲しみは理解しているつもりだ。だから、軽々しく『死にたい』なんて言ったり、自殺を図ったりしてはいけないのだ。その人達を悲しませないように…。そして、自らが死んでから後悔しないように…。

人の生と死とは不思議なものだ。今、この瞬間にもこの世に生を受ける者がいれば、この世に別れを告げる者もいる。人の輪廻というものは、そうやって巡り巡っていくはずだ。だから、自らその輪廻を狂わせてはいけないのだ。たとえ死ぬほど辛いことがあったとしても、そのまま生きていれば必ず良いことだって起こるのだから…。

「ここの墓参りが終わったら、あやめさんのお墓にも顔を出しましょうか」

「そうね。結婚と赤ちゃんのことも報告しておきたいし…」


それを聞いて、大神君は優しく微笑んで、私のお腹を撫でてくれた。幸いなことに、私達の赤ちゃんは今もお腹の中で順調に育っている。

大神君と結婚して、大神家と藤枝家の血を継いだ子供が産まれてくる…。それを聞いたら、あやめ姉さん、どう思うかしら?きっと姉さんのことだから、『私ができなかったことを叶えてくれて、ありがとう』って喜んでくれるに違いないわね。

「ねぇ、結婚するんだから、そろそろ名前で呼んでもいいわよね?一郎君!ふふっ」

「あ…はは…、何だか照れくさいな…」

「ねぇ、私のことももう呼び捨てで呼んでいいのよ?」

「え…?そ、それじゃあ…、――かえで」

「ぷ…っ、うふふふふっ、やっぱりちょっとおかしな感じね」

「〜〜かっ、かえでさんが呼べって言ったんじゃないですか…っ!」


もうすぐお盆が終わる。生前住んでいた家に来ていた死者がお墓へと帰っていく時期だ。帰るところがある霊魂はまだいい。銀座の街には、今日もこの世への未練や恨みで成仏できない魂がさまよっているからだ…。

その街の中を私と大神君は寄り添い、手を繋いで歩いていく。このお腹に新しい命を宿して、今日を精一杯、いつ死んでも悔いのないように生きていく。

たとえこの先の人生でどんなに辛いことが待ち受けていたとしても、あやめ姉さんや倉之助さん夫妻の分まで懸命に生きていこうって決めたから…。

終わり


あとがき

「な〜つ〜が来〜た、来〜た、来〜た〜♪」ということで、8月は藤枝三姉妹様よりリクエストを頂きました「ホラー物」で書かせて頂きました!藤枝三姉妹様、リクエストどうもありがとうございました!そして、いつも励ましのメール、どうもありがとうございます!

私事ではありますが、お盆の間、久し振りに実家に帰省してきました。今回の内容はその時思いついて、一気にまとめました。

本当はもっと軽めな内容だったはずなんですが、「あれも入れよう」「これも入れよう」とやっている間にちょっとした大作になってしまいました…(笑)短編じゃなくて中編ですね、今回は…。

私自身、霊感はない方なので、幸い(?)なことに幽霊を見てしまったという経験がまだありません。

なので、テレビでやってる芸能人の恐怖体験や心霊動画を見たり聞いたりしても、いまひとつ信じられないところもあるんですが…。けど、全く存在を信じていないというわけではありません。皆さんはいかがですか?

こういうご時世なので、年々自殺者が増えてきているということなので、この小説を見た人が少しでも自殺を思いとどまってくれたらいいなという願いも込めています。

まぁ、こんな小さな小説サイトでは効力はたかが知れているかもしれませんが、それでも少しでも苦しんでいる人達に呼びかけたくて…。

昨日の24時間テレビのドラマみたいに『生きてるだけでなんくるないさ〜』って思えればそれでいいんですよ。

生きていれば何だってできるんですから!人間、死んだらおしまいですからね…。

さて、今回は少し重いテーマになってしまいましたが…、来年の夏はもっと明るめの話を書きたいと思っています!

「かえでさんの人気ナンバー『夏が来た』をテーマに書いてほしい」というリクエストも頂いていますので、来年期待していて下さいね!

次の短編は武道館ライブ記念の特別編を予定しておりますので、そちらもご期待下さい!では、次回更新時にまたお会いしましょう!


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