「太正浪漫学園恋物語〜かえで先生編〜」その2
「――ありがとうございましたー」
俺はもやもやした気持ちのまま、今日も花屋でバイトする。
覇気がない俺を心配して、店長のコレットさんが話しかけてきた。
「どうかしたの?元気がないように見えるけど…」
「あ…、〜〜いえ、受験のこととかで色々…――!」
何気なく入口を見やると、かえで先生が丁度、店に入ってくるところだった。しかも、小さい男の子の手を引きながら…!?
「いらっしゃいませ〜!」
「か…っ、かえで先生…!」
「こんばんは…。やっぱり、伝えておくだけ伝えておこうと思って…。双葉先生に聞いたら、ここでバイトしてるって聞いたから…」
「そうですか…」
「あら、大神さんの学校の先生なの?」
「はい、俺のクラスで教育実習している藤枝かえで先生です」
「初めまして。この子は息子の誠一郎です。――お兄さんとお姉さんにこんばんはは?」
「こんばんは…。えへへっ♪」
誠一郎君はかえで先生の後ろに隠れて、恥ずかしそうに笑っている。
〜〜いや、冷静に観察してる場合じゃないだろう…!?
〜〜息子だって…!?彼氏がいないのにどうして子供がいるんだ…!?っていうか、いつの間に産んでたんだ…!?
「ふふっ、可愛いお坊ちゃんですね〜。何だか雰囲気が大神さんにそっくり♪」
「えっ?」
「あ、あの…、花瓶に飾るお花を適当に選んで頂きたいのですけど…」
「かしこまりました。今、見繕って参りますね」
コレットさんがその場を離れると、かえで先生は複雑そうな顔で俺を見つめて…、いや、怯えるように直視できないでいた。
――待てよ…。だんだん話が見えてきたぞ…。
「……もしかして、話したいことって誠一郎君のことですか…?」
「えぇ…。この子ね、今年で3歳になるの」
――3歳…。時期もピッタリで、計算が合うな…。
「もしかして、この子は俺の…!?」
「…そう、あなたの子よ」
――やっぱり…。
高校生…、いや、中学生の時から俺は父親になっていたなんて…!
〜〜俺の人生をどれだけもてあそべば気が済むんだ、神様…!?
「このお兄ちゃん、だあれ?」
「このお兄ちゃんはね、大神一郎君。お母さんの学校の生徒さんなのよ」
「僕、知ってる〜!母さんがいつも僕に話してくれるお兄ちゃんだ!」
「え?」
「〜〜せ、誠一郎…!」
そこへ、何も知らないコレットさんがニコニコ戻ってきた。
「――お待たせしました。こちらでよろしいでしょうか?」
「あ、えぇ…!ありがとうございます」
「ふふっ、よかった♪――大神さん、包んで差し上げて」
「は、はい…」
〜〜思いっきり動揺してるから、手がおぼつかなくなってしまってるぞ…。
〜〜平常心だ、平常心…!とにかく落ち着こう…!
「お、お待たせしました…」
「あ、ありがとう…」
「――あの…、もうすぐあがるので、待っててくれませんか?」
「わかったわ。続きは私のアパートで話しましょ」
バイトの帰り、俺は予備校で遅くなると家族に連絡して、かえで先生のアパートに行くことにした。
誠一郎君を真ん中に親子3人、手を繋いで歩く。
この子が俺の血を引いてるなんてまだ信じられないが…、確かに俺の子供の頃にそっくりだな…。
「…結婚はされてないんですよね?」
「えぇ、シングルマザーなの。今は小さなアパートでこの子と二人暮らし」
「そうですか…。じゃあ、出産もお一人で…?」
「えぇ、姉さんが付き添ってくれたけどね…。両親には中絶しろってずっと言われたけど、嫌だって言ったら勘当されちゃった…」
「〜〜そうですか…」
「――あのね〜、今日、保育園で新しいお歌、習ったんだ〜♪お兄ちゃんにも後で教えてあげるね!」
「あ…、あぁ、ありがとな」
誠一郎君の無邪気な笑顔が逆に心に突き刺さる…。
俺がパパだって知ったら、どう思うんだろうな…?
しばらくして、俺達はかえで先生のアパートに到着した。
六畳一間の古いアパート。
お姉さんからの仕送りを定期的に受けているそうだが、家賃と学費を払うだけでなく、誠一郎君の世話もしなければいけないので、生活は大変そうだ…。
だが、写真立てにはそんな苦労を感じさせないほど幸せそうな誠一郎君とのツーショット写真がいっぱい飾られている。
――かえで先生、本当に誠一郎君を大切にしてるんだな…。
「――わぁ〜、アップルパイだぁ〜!」
「ふふっ、今朝、焼いておいたのよ。誠一郎、アップルパイ、好きなのよね」
「うんっ!――母さんのアップルパイね、すっごく美味しいんだよ!お兄ちゃんも食べてみてよ!」
「そ、そうだな…。――いただきます」
――かえで先生のアップルパイ…。見た目も味もあの頃より上達してる。けど、甘酸っぱい優しい味と匂いは変わらないな…。
「今、お夕飯にするから、食べ過ぎないようにね?」
「は〜い!」
「俺も手伝いますよ…!」
「いいのよ、温めるだけだから。遠慮しないで、ゆっくりしててね」
食費を浮かせる為に家で食べることが多いのか、料理の手つきも慣れたものだ。
かえで先生、もうすっかりお母さんって感じだな。
「――ね〜ね〜、お兄ちゃん!ウルトラライダーごっこやろ〜!」
「あぁ、いいよ。――ウルトラライダーか…。懐かしいな…!俺も昔、好きだったよ」
「本当!?なら、僕とおんなじだね!今度、一緒にショー観に行こうよ!」
「あぁ、いいぞ。――約束な」
「うんっ!」
誠一郎君の小さな指とゆびきりした。
かえで先生も頑張ってるんだ…!俺も父親として、息子の面倒はしっかり見ないとな!
「――ライダー光線!!シュピピピ…!!」
「うわああ〜!!やられたぁ〜!!」
「あははははっ!怪獣め、参ったか〜!?」
「うおおおっ!!まだまだぁ〜!!」
「わぁ〜!!あはははっ♪くらえ〜!!」
「またふすま破らないでね〜?」
「は〜い!――そうだ!お兄ちゃん、僕のパパになってよ!」
「え…?」
「せ、誠一郎…!」
「母さんとケッコンすれば、ず〜っと一緒にいられるもんね!」
「そ、そうだな…」
「こぉら!お兄ちゃんを困らせちゃ駄目でしょ?」
「ぶ〜。母さん、どうしてお兄ちゃんとケッコンしないの?お兄ちゃんのこと大好きだっていつも言ってるのにさ〜」
「〜〜せ、誠一郎…っ!」
「それ、本当か?」
「うんっ!母さんね、寝る前にいつもお兄ちゃんのお話してくれるんだよ。お兄ちゃんも母さんのこと、好き?」
「あぁ、もちろん大好きだよ。それに誠一郎君のこともな」
「やったぁ〜!えへへっ、僕もお兄ちゃんのこと、だ〜い好きだからねっ♪」
誠一郎君は夕飯とアップルパイを食べ終えると、遊び疲れたのか寝てしまった。そんな誠一郎君にかえで先生は毛布を掛けてやって、頭を優しく撫でてやる。
「誠一郎の寝顔、あなたにそっくりね…」
「そうですか…?」
「ふふっ、えぇ。人見知りだから、普段はあまり人になつかないんだけど…。やっぱり、お父さんってわかるのかしらね?」
「かもしれませんね…。本能でわかるんだと思います…」
『あなたの子よ』って言われた時は慌てふためいたが、今の俺は落ち着いている。むしろ、喜びと安堵感さえ込み上げてくるほどだ。
「――おっ、もうこんな時間か…」
「もう遅いし、今夜は泊まっていって?勉強を教えてるって私から双葉先生に連絡しておくから」
「すみません…。ありがとうございます」
「ふふっ、その方が誠一郎も喜ぶでしょうしね。――えっと、予備のお布団は…――!」
そこへ、かえで先生の携帯が鳴った。発信先を見ると、お姉さんのあやめさんかららしい。
「ごめんなさいね。ちょっといいかしら?」
「はい」
「――もしもし、姉さん?――えぇ、誠一郎はもう寝たわ。――ううん、気にしないで。仕事なんだから仕方ないわよ…」
両親とは絶縁状態だが、お姉さんとは連絡を取り合ってるみたいだな。かえで先生も安心した様子で喋っている。
「――ありがとう、姉さん。――うん、じゃあね…」
電話を切ったかえで先生の瞳は涙で溢れていた。この3年間、甘えられる人がお姉さんしかいなくて辛かったのだろう…。
「姉さんね、明日、保育園のお迎えに行ってくれるって」
「そうですか。よかったですね」
「えぇ、やっぱり姉妹ってありがたいわね…。前は父と母と一緒になって出産に反対してたから喧嘩ばっかりだったけど、いざ家を出てからはずっと面倒を見てくれてるの…。誠一郎のことも可愛がってくれてるしね」
かえで先輩は高等部に進学する俺を気遣って、父親が誰なのかは誰にも言わなかったらしい。
『どこの馬の骨かも知らぬ男の子供なんか産むな』『大学に通いながらの子育ては無理』と家族は大反対だったみたいだが、かえで先輩はずっとこのアパートで頑張ってきた。そんな健気な妹をお姉さんもだんだん応援してあげたくなったんだと思う。
……今日、ようやく失踪の真相を知ることができた…。
〜〜なのに、俺ときたら何もしてやれないどころか、かえで先生が違う男と逃げたなんて勘違いして…。〜〜情けないったらありゃしない…。
「〜〜どうして一言、相談してくれなかったんですか…?あの時は中学生だったから頼りなかったかもしれませんけど、それでも俺なりに責任を取る覚悟で関係を持ったんです…!これからは俺に何でも相談して下さい…!かえで先生と誠一郎の役に立ちたいんです…!!」
「そんな…、受験生なのに悪いわよ…」
「〜〜どうしてそんな寂しいこと言うんですか…?誠一郎は俺の子でもあるんですよ?〜〜それに、誠一郎のことだって始めから知ってたら、俺は…」
「あなたが人一倍責任感の強い子で、逃げたりしないっていうのはわかってたわ。でも、そんなあなただからこそ、高等部へは進まずに働くとか言い出しかねなかったもの…」
「それでも俺は構いませんでした…!かえで先生の傍にいられるなら…」
「大神君…。〜〜でも、私のせいであなたの人生がめちゃめちゃになるのが怖かったの…。私ね、誠一郎を産んでよかったって思ってる。大変なことも多いけど、その分、とっても幸せなの…。だから、償いだなんて思ってほしくない…」
「〜〜償いだなんて思ってませんよ…!むしろ感謝してるくらいです!こんなに可愛い子がいて迷惑だなんて思うわけないじゃないですか…」
「大神君…」
「〜〜今まで何もしてやれなかったのが悔しくて…。かえで先生に苦労をかけるばかりか、誠一郎の存在すら知らなかったのが情けなくて…。本当は夫として、父親として、愛する家族を守ってやらなければならないのに…っ」
「…私達のこと、家族だって思ってくれるの?」
「当たり前じゃないですか。俺が18になったら籍を入れて、ちゃんとした家族になりましょう。今でも俺はかえで先生を愛してます…!だから、夫の俺をもっと頼って下さいよ!これからはお姉さんだけじゃない、俺も家族になりますから…」
「大神君…」
かえで先生はそれまで我慢してきた想いを一気に爆発させるように、泣きじゃくりながら俺に抱きついてきた。
「ありがとう、大神君…!本当は私もずっとあなたが恋しかったの…!あなたがそう言ってくれる日をずっと夢見てたんだから…」
「これからはずっと一緒ですよ、かえで先生」
「えぇ、もう二度と離れたりしない…!――愛してるわ、大神君…」
誠一郎を起こさないように、俺とかえで先生は濃厚なキスを続けながら、声を漏らさないように深く愛し合う。
汗が光るなめらかな肌、艶やかな嬌声を発する色っぽい唇、快楽に溺れる色っぽい表情…。
かえで先生はあの頃とちっとも変わってない、いや昔以上に美しい…。
「――夢みたい…。こうしてまたあなたの腕の中にいられるなんて…」
「愛してます、かえで先生…」
もう避妊具を付けなくても気にしない。
これからは、かえで先生との愛の結晶を気兼ねなく作っていける…。
「――そろそろ、この子にも弟か妹を作ってあげたいわね。甘えん坊だけど、優しいお兄ちゃんになってくれそう」
「はは、そうですね。金なら心配いりませんよ。大学入ったら、バイトの数を増やせますし」
「ふふっ、頼もしくなってくれて嬉しいわ。でも、あまり無理しないでね?」
「かえで先生の方こそ、もう一人で抱え込むのはやめて下さいね…?俺も誠一郎も力になりますから…」
「大神君…。――ありがとう…!」
今さら俺に父親を名乗る資格があるかと罵られても構わない。
他人からどう思われようと、俺はかえで先生と誠一郎を一生守り続けると心に誓った…。
教育実習期間である2週間はあっという間に過ぎた。
クラスメート達は別れを惜しみ、双葉姉さんもよくやってくれたと、かえで先生を褒めていた。あの滅多に人を褒めない双葉姉さんが…だ。
「――聞いて、大神君!米田学園長がね、卒業後に日本史講師として正式採用したいって言って下さったのよ」
「本当ですか?おめでとうございます…!」
「ふふっ、これであなたが合格すれば万々歳ね!受験まで私がマンツーマンで指導してあげる♪」
「はは…、お手柔らかにお願いします、かえで先生」
「…二人っきりの時は『先生』じゃないでしょ?」
「あ…、そうだったな。――頼むよ、かえで」
「ふふっ、よろしい♪」
翌年の1月3日に誕生日を迎えた俺はかえで先生と入籍し、第一希望の帝都大学にも入学できた。
この春から俺は大学生、かえで先生は太正浪漫学園の教師としての新生活がそれぞれ始まる。一緒に過ごせる時間は少なくなってしまうだろうが、もう離れ離れになんてならない。
「――父さ〜ん、母さ〜ん、早く早く〜!ウルトラライダーショー、始まっちゃうよ〜!」
「ふふっ、はいはい」
「よ〜し、入口まで競争だ!」
「〜〜あぁ〜っ!待ってよ、父さ〜ん…!!」
「うふふふっ!」
3人とも帰ってくるのは同じ場所。大切な家族がいるこの六畳一間のボロアパート。
俺が卒業して就職したら、かえでと誠一郎の為に大きなマイホームを買うのが夢だ。
それまでは、このアパートで家族3人、仲良く幸せに暮らしていこう。
終わり
あとがき
「1年花組 藤枝先生」の元ネタになった小説のかえで先生ヒロインバージョンです!
前回のあやめ先生編もお陰様で好評を頂いておりまして、嬉しい限りです!どうもありがとうございます!!
このかえで先生編は、最初はあやめ先生編と同じような内容だったのですが、それではつまらないなと思ったので、設定を少し変更させて頂きました!
元カノが教育実習生としてやって来て、しかも自分の子供を産んでいたなんて、普通の高校生活ではありえないと思いますが(笑)、深く考えずに単純に萌えて楽しんで頂けたら幸いです♪
誠一郎は読者様の間で人気が高いようですので、今回もまた出してみました!喜んで頂けたら嬉しいです!
みちうらライブまでもう少しですね〜♪参加される方、当日は一緒に楽しみましょう!!
次回は「舞台」第18話の続きをアップしたいと思いますので、どうぞお楽しみに!
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