「太正浪漫学園恋物語〜かえで先生編〜」その1



桜舞う季節の4月。

頬を心地良く撫でていく春風に桜の花びらが舞う並木道を通り、生徒達は校門を抜けていく。

東京は銀座にある私立・太正浪漫学園。有名大学への高い進学率を誇る男女共学の進学校である。文武両道をスローガンに勉強のみならず、スポーツや芸術分野の人材育成にも力を入れている。

有名デザイナーが考案した新しい制服になってからは、特に女子生徒から人気を得ている。『進学したい高校・全国版』のベスト10に男女共に毎年ランクインするほどだ。

そんな太正浪漫学園に憧れた俺・大神一郎も2年前に入学し、今年の4月から高校3年生になった。今は帝都大学の法学部を目指し、受験勉強に励む毎日だ。青春を捧げてきた剣道部も今年の夏で引退するが、大学へ行っても好きな剣道は続けようと思っている。

勉強に部活にバイトにと忙しいが、それなりに充実した高校生活を送れていると思う。

「――早く席に着けー!とっくにチャイムは鳴ってるぞー?」

担任の大河双葉が今日も木刀を手に入ってきたので、俺達・生徒は慌てて着席した。

「よ〜し、素直な生徒は大好きだぞ〜♪」

双葉姉さんは体育教師兼、俺の在籍する3年花組の担任で、実の姉貴でもある。

結婚&出産してから少しの間は育児に専念して休職していたが、息子の新次郎がこの学園の高等部に入学すると同時に教壇に帰ってきた。

双葉姉さんは剣道の全国大会で高校・大学・独身時代に10年連続で優勝した兵だ。あまりの強さに殿堂入りという名誉付きの出場停止を全日本剣道連盟から命じられてしまったほどだ。だから、今は現役を引退して、この学園の剣道部で生徒達に指導するのが生きがいになっている。

しかし、現役を退いたとはいえ、姉さんの腕が落ちたわけではない。この前も不良グループをざっと30名ほど木刀一本で成敗したって聞いたな…。どんなワルも姉さんにだけは逆らえず、更生せざるを得ない運命を辿るという。不良でさえそうなのだから、一般生徒の俺達など、とても姉さんに逆らうことなんてできやしない…。

だが、どんなに叱られたり、木刀で叩かれても不思議と生徒達の間で双葉姉さんの人気は高い。不条理なモンスターペアレンツからも訴えられたことは一度もないそうだ。

厳しく指導するだけでなく、道から外れることのない全うな大人になってもらいたいという姉さんの思いやりと人情が生徒や親達に自然と伝わっているんだと思う。

そう考えると、教師って職業は姉さんの天職かもしれないな。

「――は〜い、静かに!先週も話したように、今日から我がクラスに教育実習生が来ることになったぞ〜♪」

「きゃ〜!イケメンかな〜?」

「どこ大の人〜?」

「フフン、それは会ってからのお楽しみだ♪――おーい、入ってこーい!」

「――失礼します」


姉さんに言われて、スーツを着た女子大生が教室に入ってきた。それが誰なのかがわかると、俺は口をあんぐりさせた。

「――本日より、こちらのクラスで教育実習をさせて頂くことになりました、帝都大学・教育学部4年の藤枝かえでです。またこの学園に戻ってくることができて嬉しいです。2週間という短い間ですが、どうぞよろしくね!」

彼女を見てクラスメート、特に男子生徒がざわめいた。

「うおお〜っ!!すっげ〜美人じゃん!!」

「よろしくお願いします、お姉様〜!!」

「ふふっ、よろしくね」


学級委員の俺が言うのもなんだが、花組は素直で良い子達ばかりだ。だから、かえで先生は初日からクラスに溶け込んだ。

生徒達に囲まれて楽しそうに喋るかえで先生を俺は自分の席から眺めている。

――かえで先生の笑顔は、あの頃と変わらずにキラキラ輝いている…。

すると、かえで先生と目が合ってしまった。〜〜ま、まずい…。

俺は慌てて目をそらしたが、かえで先生はニコッと微笑むと、俺の席へ歩み寄ってきた。

「――久し振りね、大神君」

「ご…、ご無沙汰してます、かえで先輩」

「…今は『先生』でしょ?」


と、かえで先生は静かに笑った。



かえで先生はこの学園のOGで、女子剣道部の主将だった。

我が太正浪漫学園は中高一貫校なので、部活も高校生と中学生が一緒に活動する所が多い。

当時、中学2年の俺が剣道の基本を叩き込まれていた頃、高校3年だったかえで先生はすでに女子剣道部のエースだった。

うちの剣道部は道場は男女別だが、合同練習や大会、合宿で顔を合わせることが多い。

『――あなたには剣道のセンスがあるわ。その調子で頑張って!応援してるわ』

初めての大会で俺がボロ負けした時、かえで先輩がそう声をかけてきてくれた。

これが俺とかえで先輩の出会い。

他の先輩達に怒られる中、かえで先輩だけは優しい言葉をかけてくれた。

そのお陰で俺は剣道の稽古に熱が入るようになり、力もメキメキついていった。

憧れのかえで先輩が応援してくれてるんだ…!期待に応えたいと必死で頑張った。

どうやら俺は『好きな人に褒められて伸びるタイプ』らしい。

『――すごいじゃないの、大神君!都大会のジュニア部門で優勝したんですって?おめでとう…!』

かえで先輩は今も変わらぬあの笑顔をその時も見せてくれた。

スポーツマンのくせに邪かもしれないが、先輩に褒められる為に俺は努力してきたと言っていいだろう。

その後、かえで先輩も全国大会のベスト4に入賞し、有終の美を飾って剣道部を引退した。

その年の夏休み最終日、互いの好成績をお祝いしようと、かえで先輩は俺を自宅に招いてくれた。

『――いらっしゃい、大神君。今日はゆっくりしていってね!』

『お招き頂き、ありがとうございます。他の部員はいないんですか?』

『〜〜え、えぇ…。皆、忙しいみたいで…。――さぁ、あがって…!』

『はい、お邪魔しまーす!』


家にあがると、かえで先輩の家族も全員留守みたいだった。

えっ?――ってことは今、俺はかえで先輩と二人きりというわけか…!?

『――はい、どうぞ♪遠慮しないで、いっぱい食べてね』

と、かえで先輩は焼きたてのアップルパイを持ってきてくれた。

見た目は少し焦げが目立ったが、匂いはうまそうだ。

もしや、これはかえで先輩の手作りか…!?

『もしかして俺の為に…?』

『えぇ、お料理なんてあまりしたことなかったんだけど、今日はどうしても大神君に食べてもらいたかったから…。私も結構女らしいでしょ?』


か、感激だ…!もしかして、これって相思相愛ってやつか…!?

〜〜いや、まさか剣道部のマドンナが俺なんかにな…。でも、家族の留守中に俺を招いたってことは――。

『……どう?やっぱり焦げすぎたかしら…?』

『あ…、いえ!とっても美味いです…!』

『ふふっ、よかったぁ!それじゃあ、乾杯しましょうか!』

『そうですね』

『――改めまして、優勝おめでとう、大神君!』

『かえで先輩もベスト4入り、おめでとうございます!』


その時はかえで先輩も未成年だったので、二人ともオレンジジュースを注いだコップで乾杯した。

『ふふっ、来年も優勝できるといいわね』

『はい、かえで先輩のような強くて格好良い選手になれるように頑張ります…!』

『ふふ、大神君ったら!か〜わいいんだからぁ〜♪』

『か、かえで先輩…!?』


コップから酒臭い香りがしたので、ジュースの缶のラベルを見てみた。

〜〜これ、オレンジジュースじゃなくて、カクテルじゃないか…!!

『〜〜せ、先輩!これ、お酒ですよ…!?』

『あらぁ〜?ひっく…、これ、姉さんのだわぁ〜。間違えちゃった〜。あはははっ♪』

『〜〜笑ってる場合じゃありませんって…!今、水持ってきますね…』

『いや〜ん、行かないでぇ〜』

『〜〜いや、キッチン行ってくるだけですから――あ…!』


俺の腕をぐいっと引っ張って、かえで先輩は突然キスをした。そして、そのまま俺をソファーに押し倒した。大好きなかえで先輩の美しい顔がすぐ近くにあり、俺の心臓の鼓動は高鳴った。

『ふふっ、どう?ファーストキスの感想は♪』

『レ、レモンみたいに甘酸っぱかったです…。〜〜じゃなくて…っ――!』


かえで先輩は完全に酔っ払っているらしく、俺の頭を撫でながらキスをし続ける。

かえで先輩の柔らかい唇と舌の生温かさ、少し酒臭い息が俺の理性を徐々に奪っていく…。

『――ねぇ、私のこと…好き?』

『え…?そ、それは…まぁ…』

『結婚したいくらい?』

『え…?〜〜そ、そんなのわかりませんよ…!俺、まだ14ですし…』

『ふふっ、赤くなっちゃって可愛い〜♪ねぇ、先輩とエッチしようか?』

『〜〜いぃっ!?だ、駄目ですって…!!俺、まだ中学生ですし、避妊具も持ってませんし――!』

『ふふふっ、先輩の命令には従うものよ、大神君♪』


かえで先輩は上機嫌で俺に馬乗りし、Yシャツのボタンを外し始めた。

『〜〜うわああ〜っ!!ちょ…っ、待って下さいって…!!』

『嫌よ!〜〜酔いがさめたら、こんなことする勇気…失くなっちゃうかもしれないもの…』


え…?じゃあ、もしかしてわざと酒を…?

『大会が終わったら、告白しようって決めてたの。――大好きよ、大神君。初めて会った時からずっと…』

『かえで先輩…』


酒の力を借りてまで俺に想いを伝えようと必死だったんだ…。

『――俺も初めて会った時から…、いや、その前からだな…。剣道部で活躍するあなたを知って、一目見た時から、ずっとかえで先輩が好きでした』

『大神君…』

『俺の全てを受け止めてくれますか…?』

『えぇ、もちろんよ。――優しくしてね…?』


俺はかえで先輩にキスしながらソファーに寝かせて、かえで先輩の美しい肌を愛撫していく。

『あ…っ』

かえで先輩は真っ赤になりながら、俺の指や舌が自分の体に這う様子を見つめている。

『そこ、もっと触ってぇ…』

『は、はい…!』


こんなことするのはもちろん初めての俺は、かえで先輩に指導を受けながら懸命に愛撫を続ける。

保健体育の授業やエロ本ぐらいの知識しかないが、かえで先輩の愛を素直にぶつければいいのだ…!

『――いきますよ、かえで先輩…!』

『〜〜い…っ!!』


それまでリードしてくれていたかえで先輩は俺に身を任せ、一つになった。

――血が出てる…。もしかして、かえで先輩も初めてだったのか…?

『〜〜やめましょうか…?』

『〜〜大丈夫だから、最後まで続けて…!お願い…!』


泣きそうなかえで先輩に少しでも気持ち良くなってもらおうと、俺は腰を動かしながら懸命に愛撫を続ける。

『――大神君、上手よ…!はああん、すっごく気持ちいいわ…っ!!』

『〜〜かえで先輩…っ!!』


避妊具をつけないまま、かえで先輩と最後までヤってしまった…。

〜〜もし、かえで先輩が妊娠したら、中学生の俺はどう責任を取ればいいんだ…?そうなったら、家族には何て言おう…?かえで先輩のご両親に何てお詫びすれば…!?

そんな俺の不安をかえで先輩の優しいキスが拭い去ってくれた。

『――ワガママに付き合ってくれてありがとう。学園生活で最高の思い出になったわ』

『かえで先輩…。――俺と付き合ってくれませんか…?』

『嬉しい…!――卒業してもずっと一緒よ…』


こうして、夏休み最終日に最高の思い出ができた。かえで先輩と二人だけの秘密の思い出…。

酒の力を借りて、ファーストキスと初体験を済ませてしまった俺はクラスの中でも早い方だと思う…。多分…。



その後、間もなくして、かえで先輩は帝都大学の教育学部に推薦が決まった。受験から解放されたかえで先輩は俺と毎日のように深く愛し合った。

デート先のトイレで、カップルのたまり場になる夜の公園で、学校の中庭や剣道場で…。

今考えれば随分、大胆なことをしていたものである…。二人とも若かったからだろうか?〜〜そう言う俺は今も高校生だが…。

『――愛してるわ、大神君…』

学校で、外で、家で…愛の言葉を囁き合い、互いを求め合う毎日…。現実離れした、夢のような日々だった。

ところが、ある日、かえで先輩と連絡が取れなくなった。携帯に電話しても、自宅を訪れても、教育学部のキャンパスに行っても会えない…。

――俺、嫌われたのか…?

どんな失礼をしてしまったのか、考えても思い当たるふしは見当たらない。だが、かえで先輩が故意に俺を避けてるのは事実だろう…。

多分、大学で素敵な彼氏でもできたんだろう…。

〜〜だが、かえで先輩のいない日々がこんなに苦痛だったなんて…。昔の生活に戻っただけだというのに、胸にぽっかり穴が開いたような気分だ。

俺は失恋から立ち直る為、ひたすら剣道にのめり込んだ。

その甲斐あってか、俺は男子剣道部の主将になり、エースとして活躍できるまでに成長した。憧れだったかえで先輩と同じ地位に立てたのだ。

――だが、そのことを一番に報告したい相手はもういない…。

人間は新しい環境に適応する生き物。かえで先輩のいない生活にも高校3年となった今では慣れてしまい、徐々に彼女のことを忘れかけていた頃だった。

〜〜なのに、そのかえで先輩が今度は教育実習生として俺の前に現れるなんて…。

これは、かえで先輩は俺の運命の人という神からの啓示か…?

それとも、神は俺の運命をもてあそんでいるだけなのか…?



「――へぇ〜、大神君が剣道部の主将ねぇ…!すごいじゃないの」

「これもかえで先パ……先生のお陰ですよ…」

かえで先生は歩道を並んで歩きながら俺の方を見て、にこっと微笑んだ。

かえで先生は剣道部の練習風景を見学した後、俺と一緒に帰ることになった。双葉姉さんが『学級委員として責任持って、かえで先生を送ってやれ』と言ってうるさいのだ。

これは後で聞いた話だが、『女性の夜道は危険だからボディーガードしろ』ということと、『剣道部時代の積もる話でもして、先生を楽しませてやれ』という意味合いが込められていたらしい。

当時、俺とかえで先生が親しくしていたことを知ってるからかな。……さすがの姉さんも俺達が付き合ってたとまでは思ってないんだろうが…。

「背も高くなったわねぇ。ふふっ、それにますます格好良くなっちゃって…!」

「そんなことありませんよ。その…、かえで先生こそ、ますます綺麗になられて…」


化粧しているかえで先生を見るのは初めてで、何だか照れるな…。

大人の女性になった先輩の横顔は夕日のせいもあるだろうが、眩しくて直視できない…。

「ふふっ、そういうこと、いつも女の子に言ってるの?」

「〜〜いぃっ!?言ってませんよ…!」

「本当?好きな娘とかいないの?」

「〜〜いるわけないじゃないですか…!――かえで先生のこと、今までずっと忘れられなかったんですから…」

「大神君…。〜〜そうよね…。突然いなくなったりして、本当にごめんなさい…」

「……俺、何度も連絡したんですよ?それなのにあんまりですよ…」

「〜〜ごめんなさい、色々と忙しくて…。私もね、今でもあなたが忘れられなくて…。だから、未だにずっとフリーなの…」

「え…?新しい男ができたから、俺を振ったんじゃないんですか?」

「えっ?違うわよ…!〜〜やだ…!そんな風に思ってたの…?」


だって、普通ならそう考えるだろう…!?

……でも、かえで先生の瞳は嘘をついているようには見えないしな…。

「――なら、どうして…?」

「…大神君、今年、18歳になるのよね?」

「はい、来年の1月で…」

「そう…。――なら、そろそろ話しても良い頃ね…」

「話すって…、何をですか?」

「〜〜それは…ね……」


かえで先生は下唇をキュッと噛んで、目を伏せた。言おうか言わないでおくべきか迷ってるみたいだな…。

「…いいわ。やっぱり、明日話す!――ここでいいわ。送ってくれてありがとね」

「はぁ…」


話って何だったんだろう…?〜〜気になって仕方ないじゃないか…っ!!


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