「桜の樹の下で」
上野公園に今年も桜が咲いた。彼と一緒に見る桜は2度目だ。真面目な彼は予想通り、早々席を取ってくれていた。
私はデートのつもりで張り切ってお洒落してきたのに、彼はいつものもぎり服…。そういうのに鈍感なのが良いか悪いかわからないが、それも彼の魅力だと思ってる。
「良い場所が取れてよかったです。気に入って頂けましたか?」
「えぇ。これでゆっくりお酒も楽しめそうだし」
「〜〜かえでさん…、ほどほどにして下さいね」
と、彼は困りつつも優しく微笑んでくれた。私は(春のうららかな気候か、お酒のせいかはわからないが)嬉しくなって彼に大胆に寄り添い、舞い散る桜の花びらを一緒に見た。
「綺麗ですね…」
「本当…。いつまでもこうしてたいな…」
「はは…、そろそろ皆来ちゃいますよ」
「…だったら、夜にもう一度来ない?」
「うーん…、でも、見回りがありますし…」
…本当にどこまで真面目なんだろう、この青年は?思わず私は吹き出しそうになった。そういう純粋なとこも好きになった理由の一つなんだけどね。
「んもう、その後のこと!抜け出してもわからないわよ、部屋、一緒なんだし――」
副司令らしからぬ言葉を私が言い終えようとした時、手を握る彼の力が弱まった。彼の視線はある一本の桜の樹に向いていた。あれは……。
『あやめ姉さんとの出会いの場所』…。彼の表情を見てすぐわかった。きっと、頭の中でその時のことを思い出しているに違いない。
『――どんなことがあっても、ずっと一緒よ』
彼は私と出会う前、私の姉と婚約していた。あやめ姉さんはよく彼のことを手紙に書いてくれていた。
『とても大事な人ができた。彼と結婚したい』…。正直、姉さんの言葉とは思えなかった。…だって、姉さんは自分の幸せを望んだりしない人だったから。いつも周りの人達を気にかけて、自分を犠牲にしてたから…。
『――私ね、この戦いが終わったら、結婚するの。子供はね、2人ぐらい欲しいかな』
去年のお正月、浅草の『アンヂェラス』でお茶した時に聞かされた。活き活きしてて、幸せいっぱいって感じだった。…正直羨ましかった。姉さんは私の持ってないものをすでに全て持ってたから。…何でいつも姉さんばっかりって。
でも、それが生きている姉さんを見た最後だった。あんなに幸せそうだったのに…。次に見た時の姉さんは体が冷たくて、傷だらけだった。その体を彼は抱きしめながら、大声で泣いていた。恥も外聞も捨てて、ただ狂ったように泣き叫んでいた…。
「……大神君」
「――あ…、すみません…。あまりにも温かいから、つい、うとうとと…」
「……私のこと…、好き?」
「え?どうしたんですか、いきなり?」
「〜〜答えて!…愛してる?」
「もちろん、愛してますよ。当たり前じゃないですか」
その微笑みにどこか憂いを感じたのは気のせいだろうか?
(――本当に私を愛してる?…あやめ姉さんより?)
肝心の部分が足せなかった。でも、きっと困らせてしまうに違いない。だって、彼の心の中にまだ姉はい続けているだろうから…。
その後、さくら達と合流して、花見をした。久々にハメを外せて、とても楽しかった。彼はいつも通り明るく、頼りがいがあった。ちゃんと花組隊長として皆をまとめてくれている。私と出会った時は、もう立派な隊長さんだったけどね。…けど、その前は?帝撃に来た頃のあなたは、どんな風だったの…?
『――大神君ってね、とっても真面目な子なの。時々イジワルしたくなっちゃうくらい』
彼の話をする時の姉さんは女の顔をしていた。私にはわかってた、姉がどんどん彼に惹かれていっていたことを…。そして、彼もますます姉を愛していっていたことを…。
その夜、いつものように私と彼はベッドの中で愛し合った。でも、今日は何かが違う。そう、彼が…、彼が「私」を見てくれていなかった。いつもの声で違う名前を呼んでいた。「かえで」じゃなく、「あやめ」って…。そのことに彼は気づいていただろうか…?それとも、単に嫉妬している私の聞き間違えだろうか…?
私の姉への嫉妬は今に始まったことではない。姉はいつも私の先を行き、私はいつも姉の背中を追いかけて走り続けてきた。いつまで経っても追いつけなくて、努力しても敵わなくて…。結局、追いつけないまま姉は逝ってしまった。…勝ち逃げなんてズルい。
「――大神君」
私は呼びかけながら、隣で眠る彼に触れた。しかし、彼は起きるどころか寝返りを打って向こうを向いてしまった。だから、仕方なく、彼の背中に寄り添って眠ることにした。
「――あやめさん…」
私は思わず目を開いた。やっぱり、彼はまだ…。次の瞬間、彼は体を震わせ、小さく嗚咽を漏らし始めた。
「大神君…?」
寝返りを打った彼の目から涙が溢れていたので、私は指で拭ってやった。
(…私は『かえで』よ?)
姉と似た容姿に生まれ、士官学校の同級生にからかわれたこともあった。けど、そんなの大して気にならなかった。私は私だ、姉とは違う…。そりゃ、早い出世の姉に嫉妬しなかったことはなかったけど…。
『――大神君はね、とっても優秀な良い子なのよ。今度、かえでにも紹介するわね!』
いつも姉は自慢気に彼のことを話していた。
別に私もモテないわけじゃなかった。でも、周りにろくな男がいなかったから、姉の自慢の男の子に会ってみたい気もした。
…けど、姉は最初から私の見合い相手として彼を紹介する気なんてなかったのよ。姉の恋人として、夫になる人として、…私の義理の兄になる人として紹介しようとしてたんだ。
『――私ね、女の幸せって人それぞれだと思うの。でも、私の場合はやっぱり好きな人と一緒にいることかしら。結婚して、子供を産んで、一緒に温かい家庭を築いていくこと…。時代遅れな考えかもしれないけど、私はそう思うわ』
ねぇ大神君、もし、私が最初から帝撃の副司令だったら、私に一目惚れしてくれた?
もし、あやめ姉さんより私と最初に出会っていたら、私の方を大事に思ってくれた…?
私を姉さんと重ねることなく、私自身を愛してくれていた…?
『――かえで、おめでとうって言ってくれる?』
私はいつまで姉さんと比べられなきゃならないの?
いつまで姉さんの影でい続けなきゃならないの?
『――式はちょうど桜が咲く頃になるかな。今、色々と準備してるところなの』
姉さんの幸せそうな笑顔、姉さんの嬉しそうな声、姉さんの指で光る指輪…。
あの時の全てが今も目に焼きついてる。
『――幸せになるから…』
それが私が聞いた姉さんの最後の言葉だった。あんな戦いがなければ、姉さんは幸せになれたのに…。ずっと夢だった「女の幸せ」を得られたはずなのに…。
姉の訃報を聞いた時、私は悪い冗談かと思った。だって、そんなことってありえる?幸せ絶頂って時に帝都を守る為に犠牲になったなんて…。自分の幸せより帝都の皆の幸せを守ったなんて…。……最後の最後まで姉さんらしいというか…。
…もうそろそろ夜が明けるみたい。また新しい朝が来る。姉さんのお陰でやってきた平和。でも、市民は皆知らない。やっと掴んだ自分の幸せを捨てた姉さんの犠牲を…。
『君、死にたもうことなかれ』…。約束通り、黒鬼会との戦いで彼らは全員生きて帰ってきてくれた。…あの時とは違う、ちゃんと全員で。
そんなことを考えていると、彼が目を覚ました。ちょうど目が合ってしまい、私は照れくさくなって、ふとんで顔を半分隠してしまった。
「起きてたんですか…?」
「えぇ…。少し考え事してて…ね」
すると、彼は何を思い立ったか裸のまま起き、窓を開けた。まだ暗く、日は昇ってない。
「……夢を見たんです…。一緒に来てもらえませんか?」
彼に連れられて、私は上野公園にやってきた。まだ夜明け前で、人の気配はあまりない。老人が犬を連れて散歩してるぐらいだ。彼は暗い中を懸命に走り、ある樹に駆け寄った。それは、もしかして……。
「…俺とあやめさんが初めて出会った場所です」
「…やっぱり姉さんを忘れられない?」
恐る恐る聞いてみた。そんなのわかりきってること。もしかして私、捨てられる…?
彼は微笑むと、私の左手を掬い、薬指に指輪をはめた。私は驚いた。だって、あまりに突然で、意外な展開だったから…。
「〜〜私…、あやめ姉さんじゃないのよ?姿や声は一緒でも、私は…」
「俺は、かえでさんを愛してるんです。……だから、今日はあやめさんにちゃんとお別れを言おうと思って…。ちゃんとけじめつけなきゃ悪いですし…」
彼は樹の幹をそっとなでた。とても愛しそうに、まるで姉さんの頬をなでるように…。
「かえでさんに初めて会った時は正直、あやめさんが戻ってきてくれたんだって舞い上がるだけでした。あなたの面影で初恋の人を俺はずっと見つめ続けていたんです…」
やっぱり…。思えばさくら達もそうだった。皆、私とは初対面のはずなのに、妙に親し気に話しかけてきてくれて…。……嬉しかったけど、やっぱり複雑だった…。
「私は『あやめ』姉さんの代わり…?」
「いいえ。『かえで』さんであるあなた自身を俺は愛してます。姿や声は似ていても、かえでさんはあやめさんとは違う人ですから…。昨日は、俺も色々思い出しちゃいました。あやめさんと初めて会った時のこと、あやめさんにプロポーズした時のこと…。でも、思ったんです、もしあやめさんが本当に俺を愛してくれているなら、天国で俺のこれからの幸せを願ってくれてるんじゃないかって…」
「大神君…。――!」
私は目を疑った。姉さんが…、あやめ姉さんが彼の隣にいるのだ…!
霊力が高い彼も気づいたようだ。姉さんは微笑むと、彼の頬にキスして消えていった。
『――幸せになってね…』
唇は確かにそう呟いていた。どこか寂し気な…、だが、姉さんらしい優しい微笑だった。
姉さん、許してくれるの?私…、代わりに幸せになってもいいの?
私の目から涙が溢れた。溢れて、溢れて、止まらない。顔を覆って、うずくまって、私は子供のように泣いた。
彼も涙ぐみながら、ぎゅっと私を抱きしめてくれた。
「――かえでさん、俺と結婚して下さい」
私は泣きながら、何度も頷いた。声にならない声で何度も肯定した。
私が今できること、それは憧れのあやめ姉さんの遺志を継いで、この帝都を守ること。
『――子供は2人ぐらい欲しいかな。彼と一緒に温かい家庭を築いていきたいの』
そして、姉さんが叶えられなかった夢を実現すること。
もうすぐ夜が明ける。姉さんが命をかけて守り抜いた帝都の新しい朝がまた始まる…。
終わり
あとがき
全編シリアスという最も苦手な(笑)分野にチャレンジしてみました…。
大神君を『彼』という三人称で表現してみたりして、ちょっと気取ってみました。
私は基本、シリアスよりラブコメチックに書く方が得意だとよく言われるんですが、いかがでしたでしょうか?
ちょっと、あやめさんが可哀相だったかも…。
私も自分で書きながらボロボロ泣いてしまいました…(苦笑)
はたから見たら、ただの情緒不安定な人間ですが…(笑)
でも、大神君がかえでさんにプロポーズしているのを想像するだけで萌えますな〜!
ゲーム本編にもこんなシーンがあればいいのに…。
機会があったら、またシリアス物にチャレンジしてみたいと思います!
次の短編へ
かえでの部屋へ