★5−3★



「〜〜ハァ…。あんな状態で本当に調査なんてできるのか…?」

懐中電灯がつかなくなり、風で窓が震え、電気が点滅し、怯える大神。

(〜〜格好つけて言ってみたものの、本当はまだ怖いんだよなぁ…)

ビクビクしながら見回りを続ける大神、売店を閉め、話す椿と由里を発見。

「――ねぇ、聞いた?あれから月組や夢組にも被害者が多発したって…」

「ゲ〜、マジですかぁ!?〜〜私達にも何か起こったらどうしますぅ…?」

「…何の話だい?」

「〜〜うきゃあ!!……な、なんだ、大神さんかぁ…。あ〜、びっくりした」

「ご、ごめん。月組とか夢組とか知らない言葉が聞こえたからさ…。もしかして、司令達が出かけたことと関係があるのかい?」

「あ〜、そっか。大神さんにはまだ話してないんでしたっけ」

「月組と夢組は同じ帝国華撃団直属の部隊なんです。花組さんは直接戦闘に出る対降魔迎撃部隊で、私達・風組は霊子甲冑と資材の輸送や雑務を担当してますよね?月組さんは隠密諜報部隊、通称『忍者部隊』って言われてるんですけど、敵の情報や機密事項を探るのが仕事なんです」

「あくまでも影のお仕事ですから、正体がバレないよう、市民に紛れ込んで行動するんですぅ。私達だって隊長さん以外顔も知らないですしねぇ」

「最近できた夢組さんは、花組さんの次に霊力の高い女性達で構成された幻術部隊なんです。敵に狙われた地域を霊力の障壁を作って守ったり、花組さんの戦闘が有利になるよう霊子甲冑に霊力を送ることもできるみたいですよ。まぁ、まだ実験段階みたいですけどね〜」

「人数は多いみたいですけど、いっつも霊力使わなくちゃいけなくて、かなり大変みたいですよぉ?私、霊力低くて良かったぁ…」

「あと、できてるのは雪組さんですかね。究極の戦闘部隊って言われてるだけでまだ謎ですけど、私の情報網によれば、雪山とか海中とか、光武では行けない場所での戦闘を己の肉体だけで行う強靭部隊みたいですね」

「へぇ、それはすごいな。でも、そうか…、俺達花組以外にも部隊が…」

「そうですよぉ。それぞれ役割は違いますけど、皆、帝撃の一員として帝都の平和の為、日々、頑張ってるんです!」

「まぁ、私達もどんな人がいるかほとんど知らないんですけどね〜」

「――あぁっ!!由里さん、もうこんな時間ですよぉ!?」

「〜〜うわ、やっばい!!煉瓦亭、閉まっちゃうじゃない!!早く行かなきゃ!」

「これから夕食かい?」

「はい!かすみさんもまだなんで、これから迎えに行くんですよぉ!私達、三人揃って風組代表・帝劇三人娘ですから!」

「それじゃあ大神さん、見回り頑張ってね〜!」


明るく走っていく椿と由里を見送り、苦笑する大神。

(――帝撃の一員として…か…)

見回りを続ける大神、書庫でテーブルに突っ伏して眠るあやめを発見。

「あやめさん…?……寝てるのか…」

「う…ん……」


寝返りをうち、大神の方に寝顔を向けるあやめ。赤くなる大神、机の上に広がる呪術関係の資料と分厚い報告書が目に入り、手に取って目を通す。

(まさか…、帰ってきてからずっと仕上げてたのか…?)

『――月組や夢組にも被害者が多発したって…』

『――皆、帝撃の一員として帝都の平和の為、日々、頑張ってるんです!』

(――馬鹿だな、俺…。俺達だけが辛いんじゃない。皆、帝都を守る為に一生懸命頑張ってるんだ。幽霊だの呪いだのでビビっててどうする…!)

「あやめさん、起きられますか?部屋で寝ないと風邪引きますよ?」


あやめの肩をゆすって起こそうとする大神だが、起きないあやめ。

「…よっぽど疲れてるんだな。――仕方ない、部屋まで運んでやるか」

あやめをお姫様抱っこし、歩きながら、あやめを見つめる大神。

(こんなに華奢な体で敵と戦ってるんだよな…。俺がもっと支えてやらないと、壊れてしまいそうだ…)

大神のシャツをぎゅっと掴むあやめ。

「ん…っ、お…がみ…く…。すぅすぅ…」

(〜〜も、もしかして俺の夢を…!?…そんなわけないか、あやめさんに限って。〜〜駄目だ、これ以上いるとどうにかなってしまう!早く行こう…!!)


真っ赤になりながら階段を上り、あやめの部屋の前に着く大神。

「はぁはぁ…、〜〜つ、着きましたよ、あやめさん」

「う…ん…、いやぁ…」


首に腕を回すあやめに真っ赤になる大神、隣の自分の部屋が目に入る。

(〜〜だ、駄目だ駄目だ駄目だああっ!!何を考えてるんだ、俺は!?そんな…あ…、あやめさんを俺のベッドで寝かせようなどとふしだらなこと…っ!!)

「〜〜へ…っ、部屋に入りますよ、いいですね!?」

「お…がみくぅ…ん……」

(〜〜だっ、だめだ!!耐えろ、大神!!あやめさんにそんな…そんな――)

「〜〜しょ…さ…」


寝ながら涙を流すあやめに驚き、見つめる大神。

「――随分楽しそうですね」

ドキッとなり、壁に後ずさる大神。さくらが不機嫌に立って睨んでいる。

「〜〜や、やぁ…。こんな時間にどうしたんだい…?」

「…別に。喉が渇いたから、お水飲んできただけです」

「〜〜そ、そうか!夏は水分を取った方がいいからね…!あはははは…!」


あやめの部屋で急いで布団を敷き、あやめを寝かせて廊下に出る大神。

「…あやめさんをどうするつもりだったんですか?」

「〜〜いや、疲れてるみたいだったから、部屋で寝かせてやろうと――!」


怒りながら、悪霊退散のお札を大神に押しつけるさくら。

「こ、これは…?」

「〜〜おばあ様のお札が余ってただけですからっ!!」


自分の部屋に入り、乱暴にドアを閉めるさくら。ドア越しに呼ぶ大神。

「〜〜ごっ、誤解だよ…!あやめさんとはまだ――」

「まだ?じゃあ、私が邪魔しなきゃ晴れて結ばれてたんですね!?どうもお邪魔しましたっ!!」

「〜〜あっ!そ…、そういう意味じゃないんだ…。その…、自分でもよくわからないんだ…。あやめさんに対するこの気持ちが何なのか…」

「…私達に対する気持ちとは違いますか?」

「そうかもしれない。『恋』なのか『憧れ』なのか、よくわからないんだ」


黙ってうつむき、少しドアを開いて顔を出すさくら。

「……ごめんなさい。私、大神さんの恋人でも何でもないのに…」

「いや、君があの場にいてくれてよかったよ。そうでなかったら今頃…」

「…スケベ」

「〜〜う…っ!…ご、ごめんなさい」

「ふふっ、別にいいと思いますよ。大神さんって普段真面目すぎますし、たまには弾けたって。そういう季節ですよね、夏って!」

「そ、そうなのかな…?」

「そうですよ!…お札、持ち歩いて下さいね。悪霊対策にバッチリですよ」

「わかったよ。ありがとう、さくら君」

「えへへっ、それじゃあ、おやすみなさい!」


機嫌良くドアを閉めるさくら。あやめの部屋のドアを見つめる大神。

「たまには…か。でも、まだ俺はあやめさんにふさわしい男じゃないよな」

苦笑し、自分の部屋に入る大神。枕を涙で濡らしながら眠るあやめ。

「〜〜山崎…少佐…」

机の上のあやめと山崎の写真が入った写真立てが月光に照らされる。

★            ★


翌朝。訓練場で銃の訓練をし、終えるマリア、食堂で食べるカンナを発見。

「おはよう。昨日の残り?」

「あぁ、ちょっとアレンジして煮直してみたんだ。マリアも食うか?」

「そうね。頂こうかしら」

「よっしゃ、ちょっと待ってな!」


鼻歌交じりにカレーをよそるカンナを見つめるマリア。

「…すみれとは仲直りできた?」

「ヘン!あんな蛇女、知るもんか」

「ふふっ、意地張っちゃって。…本当は寂しかったんでしょう、手作りのカレーを食べてもらえなくて?」

「〜〜そっ、そんなことねぇよ!…あいつとあたいは家庭も考え方も違うんだ。仲間と同じ釜の飯を食うなんてのは通用しねぇお嬢様だからよっ!」

「最初に比べたらすみれも丸くなってきたと思うわよ、誰かさんのお陰で」

「…仲間とか協力とかは口で説明しても意味ねぇんだよ!ちゃんと言いたいこと言い合って、真正面からぶつからなきゃ心にも響かねぇだろうし」

「…なんだ、わかってるんじゃないの」

「〜〜でも、あたいは謝らねぇぞ!?どう考えたって悪いのはあいつだろ!?」

「くすっ、いつもみたいに話してみたら?すみれも喜ぶんじゃないかしら」

「え〜?何であたいが――」


懐で光るマリアの銃に怯えるカンナ。

「〜〜うっ!…わかったよ。――ほれ、カンナちゃん特製『沖縄・ウコンカレー』だ!あ、色が似てるからって間違えるなよ!?」

「〜〜カンナ!」

「あっはははは、冗談だよ!…サンキューな、マリア」

「ふふっ、古株同士の付き合いでしょ?」


笑い合い、一緒にカレーを食べるマリアとカンナ。

★            ★


深川。舟に乗って渡る大神、すみれ、カンナ。

「良い眺めだな…!」

「お〜、本当だな!…ゴホン!――あ〜、おい、君も見たまえよ」


つんとするすみれにムカつくカンナ。

「〜〜あ…、こ、こういう景色を見ながら食べる深川鍋は最高だろうな!」

「だよなぁ!終わったら、食ってこうぜ!あ、深川丼もいいな〜!」

「フン、深川は帝都でも一、二位を争う霊的地脈がある場所ですのよ?呑気に騒いでいられるのも今のうちですわ」

「けっ、おめぇなんか幽霊に襲われても助けてやんねぇよ〜だっ!」

「フン、それはこちらの台詞でしてよ、デカブツさん!」

(――よかった。ほんの少しだけど、いつもの二人に戻ってきたみたいだ)

「…何嬉しそうな顔してますの?」

「いや、何でもないよ。――あ…、見えてきたぞ!」


蔓に巻かれ、カラスが飛ぶ屋敷が見えてくる。妖気に眉を顰めるすみれ。

「黒之巣会がいるかもしれないから、静かに行こう」

「言われなくともわかってますわ。ま、所詮あなた方は私のお供。怖かったら待ってなさいな」


舟から降り、一人で入っていくすみれを追いかける大神とカンナ。

「おい…!一人だと危な――」

「〜〜どわああっ!!」


玄関の腐った床が抜け、足がはまって大神のシャツを引っ張るカンナ。

「だ、大丈夫か…!?」

「〜〜悪ぃ…。うぅ…、どうも不吉だぜ…」


足を抜くカンナを手伝うが、背後を少女の霊が通り過ぎ、青ざめる大神。

「〜〜い、今の…って…」

大きな地震が起き、屋敷の家具が倒れ、窓が割れる。

「うわああっ!!〜〜や、やべぇよ、隊長…!!」

「〜〜く…っ、すみれ君を一人にしといたらまずい!早く合流――!!」


風に飛ばされ、閉じ込められる大神。開けようとするカンナだが、開かず。

「マジかよ…!?〜〜おい、隊長っ!!大丈夫かぁ〜っ!?」

殺気がし、振り返る大神。怒った少女の霊がオーラを出し、大神に攻撃。

「うわああああっ!!」

「どうした!?隊長、返事しろぉっ!!〜〜ちっくしょう…!どりゃあああ!!」


空手でドアを破ろうとするが、霊力で弾かれるカンナ。

「〜〜くそぉ…っ!おい、幽霊!!隠れてねぇで姿見せろ!!卑怯じゃねぇか!!」

「カ、カン…ナ…」

「隊長…!?無事か!?生きてるか!?」

「お…、俺は大丈夫だ…。早く…すみれ君の所へ…」

「で、でもよぉ…」

「すみれ君は…ああ見えて、結構カンナを頼りにしてるからな…」

「隊長…。ハハ、こんな時でも他人のことを考えられるなんてさすがだぜ」

「それはカンナも同じだろ?」

「はは、そっか。――必ず戻る…!絶対死ぬなよ…!?」


走っていくカンナ。息を荒げ、壁に掴まって立つ大神。吠えてくる犬の霊。

「犬…!?ここで飼われてたのか…?」

大神に飛びかかり、噛みつこうとする犬の霊。よけ続ける大神。

「〜〜待ってくれ…!俺達は君の屋敷を荒らしに来たんじゃないんだ!!」

金縛りに遭い、動けなくなる大神。吠えて大神をよく見ていたが、普通の顔に戻ってなつき、大神の顔をなめる犬の霊。金縛りが解ける大神。

「ははは…、くすぐったいよ」

顔を上げ、少女の霊の元へ走っていく犬の霊。

『……あいつらの仲間じゃないの?』

「黒之巣会のことだね?奴らは君達の屋敷を壊そうとしてる。俺達は奴らを倒して君達とこの屋敷を守りたいんだ。だから、協力してくれないか?」

『〜〜嘘よ…!そうやって油断させて、この屋敷を売り払う気でしょう!?』

「そんなことしないよ!頼む、信じてくれ…!」


犬を抱え、無言で消える少女の霊。ドアが開く。

「わかってくれたのかな…?とにかく、早く二人と合流しなくては…!」

走っていく大神を犬と一緒に見つめる少女の霊。

★            ★


「ふぅん、さすがは華族、なかなかのお屋敷ですわね」

廊下を歩き、部屋を見て回るすみれ、主賓室の大時計を見つける。

「…怪しい。いかにも仕掛けがありそうですわ」

長針を回していくすみれ。2時50分で針が止まり、カチッと音が鳴る。天井からマスターキーが吊るされて降りてくる。

「仕掛けをこうも簡単に解いてしまうとは、やはり私は天才ですわねぇ」

マスターキーを取ろうとしたすみれのいた床が抜け、落ちていくすみれ。

「〜〜あぁ〜れぇ〜…!!」

遅れて駆けつけ、部屋を覗くカンナ。

「……今、すみれの声がしたような…。…気のせいか。――ん?」

出ようとしたカンナだが、マスターキーを見つけ、取る。

「これって鍵じゃねぇか!いやっほ〜、ラッキー!」

部屋を出るカンナ、隠れる。お札を貼って歩く複数の脇侍を発見。

「へっ、やっとお出ましか…。――しゃあねぇ、いっちょやるか…!」

拳に包帯を巻き、ハチマキをしめ直して脇侍達の前に現れるカンナ。

「桐島流奥技・一百林牌!!」

拳から出た炎で脇侍達を倒していくカンナ。騒ぎに駆けつける脇侍達。

「〜〜ゲッ!こんなにいたのかよ…!?」

背後から来た脇侍に気づき、身構えるカンナ。刀で拳を防ぎ、斬る大神。

「隊長…!」

「遅れてすまない!すみれ君は!?」

「すまねぇ、まだ見つからねぇんだ…」


集まってくる脇侍達に囲まれ、背中合わせに構える大神とカンナ。

「その前に、まずはこいつらを何とかしねぇとな…!」

「あぁ、行くぞ、カンナ!!」


刀と空手で脇侍達を倒していく大神とカンナ。カンナの拳から血がにじむ。

「大丈夫か…!?」

「〜〜へへっ、さすがに光武なしだときついな…!」


新たに来る脇侍達。息を切らし、倒し続ける大神とカンナ。

「〜〜くそ…っ、これじゃきりが――!」

光が部屋中を満たし、機能停止していく脇侍達。

「な、何が起こったんだ…!?」

「まさか…、君なのかい…?」


姿を見せるも眉を顰め、再び消える少女と犬の霊。

「ほ、本物だ…。〜〜うぉ〜、初めて見たぜ…!」

「とにかく、すみれ君と合流しないと…。固まって行動しないと危険だ」

「そうだな…。――なぁ、この鍵何かな?」

「マスターキーみたいだな!これがあれば、どんな部屋でも開けられるぞ」

「本当か!?よっしゃあ!早いとこすみれを見つけようぜ!」

「くすっ、やっぱり心配かい?」

「〜〜なっ、何言ってんだよ!あいつが暴れて屋敷が壊れたら、幽霊が可哀相だからな!…それにあいつ、ああ見えて寂しがり屋だからさ、今頃一人で泣いてるんじゃねぇかなって哀れになってさ。あっはははは…!」


ニコニコする大神。赤くなり、咳払いするカンナ。

「〜〜どうだっていいじゃねぇか!ほら、片っぱしから開けてくぞ」

どんどん部屋の鍵を開けていくカンナ。主賓室の机の上に宝石箱。

「何だ、これ…?」

「宝石みたいだな…」


写真立てが見え、手に取る大神。生前の幽霊の女の子と犬と両親の写真。

「さっきの女の子だな…。〜〜幸せそうな顔してるぜ…」

「〜〜あぁ〜れぇ〜…!!」

「――!!〜〜今の…すみれの声だよな…!?」

「あぁ…!だが、どこから――!」


壁が回転し、大神の姿が消え、地下の部屋に投げ出される大神。

「〜〜イタタタ…。今度はどこだ…?」

「〜〜少尉〜!!ここですわぁ〜っ!!」


指を這う蜘蛛に喚いているすみれ、蜘蛛に噛まれ、さらに喚く。

「〜〜きゃあああ〜っ!!いっ、今、蜘蛛が噛みましたわああ〜っ!!」

「だ、大丈夫だよ。その蜘蛛は――」

「〜〜も…、もう駄目ですわぁ〜…」


倒れるすみれ。蜘蛛を追い払い、抱き起こす大神。

「少尉、最期のお願いですわ…。私が死んだら、カンナさんを頼みます…」

「すみれ君…」

「カンナさんは…心の優しい方ですから…、きっと私の死で深く悲しませてしまうに…違いありませんもの…」

「…大丈夫だよ、さっきの蜘蛛は毒ないから」

「…え?」

「よくいる種だし、害はないよ。ほら、意識もはっきりしてるだろ?」


座り直すすみれ。

「…確かに。〜〜ゴホン!私としたことが早とちりしてしまいましたわ」

「ハハハ…、何だかんだ言ってもカンナのことが心配みたいだね」

「〜〜なっ、何をおっしゃるやら…!?今のは…その――!」


すみれの指の傷の毒を口で吸って吐き、包帯を巻く大神。赤くなるすみれ。

「ほら、これで安心だろ?」

「あ…、ありがとうございます…」

「ん…?何か言ったかい?」

「…何でもありませんわよ!それより、このような物を見つけましたの」


古びた長い鍵を大神に見せるすみれ。

「どこの鍵だろう?マスターキーじゃ開けられない場所があるのかな」

『――それを返して…!!』


衝撃波が大神とすみれの間をすり抜ける。怒った少女の霊が睨んでいる。

「〜〜ほっ、ほほほほほ本物ですの…っ!?」

『〜〜返せえええええっ!!』

「すみれ君…!!〜〜うわあああっ!!」


すみれをかばい、衝撃波を受ける大神。驚く少女の霊。

「〜〜少尉…っ!!しっかりして下さいまし!!〜〜少尉ぃっ!!」

ドアを蹴破り、部屋に入ってくるカンナ。

「大丈夫か、隊長!?」

「〜〜な…、何とかな…。これのお陰だ…」


さくらのお守りが大神を守って破れ、消えていく。

『〜〜どうしてかばったの…?自分が死んじゃうかもしれないのに…』

「それは、すみれ君…この人が俺の大事な仲間だからさ」


驚き、顔を上げるすみれ。

「君だって、大切なハチが危ない目に遭ってたら、助けたいだろう?」

『〜〜そ、それは…――!!』


屋敷内に貼られたお札が光り、うずくまる少女の霊。屋敷の外で脇侍達を従え、妖しく笑うミロク。

「フフン、ようやくおとなしくなったようだねぇ」

『〜〜もう嫌!!どうして皆、放っといてくれないの!?〜〜うわあああん…!!』


泣きながら消える少女の霊。

「き、消えた…」

「大丈夫かい、すみれ君?怪我は…ないようだね。よかった…!」


安堵する大神に赤くなるすみれ、お腹が鳴り、さらに赤くなる。

「ありゃあ?今の音は何かなぁ、すみれちゃん」

「〜〜いっ、今のは…その…」


微笑み、リュックからタッパに入ったカレーを出すカンナ。

「非常食用に持ってきといたんだ。腹が減ってはいいクソはできぬって言うしな!」

「〜〜まったく、お下品なんですから…。それに、今は食事している気分ではありませんわ!おまけにそんな不味い物――」

「いいから食え!」


スプーンをすみれの口に押し込むカンナ。味わい、驚くすみれ。

「…今、美味しいって思ったろ?」

「〜〜くっ、空腹だからですわ!!普段ならこんな庶民の食べ物など…」


たくさん食べるすみれ。

「…素直じゃねぇなぁ。ま、あたい達が作ったんだ。美味くて当然だよな!」

「あぁ。料理初心者の俺達でも、集まって作ったらこんなに美味しいカレーができた。仲間で協力し合えば、どんなこともうまくいくってことさ」


カレーを黙って見つめるすみれ。すみれの指の包帯を見つけ、驚くカンナ。

「〜〜おい、お前、怪我したのか…!?」

「…蜘蛛に噛まれただけですわ。少尉が手当てしてくれたので、平気――」


目の前に蜘蛛が降りてきて、青ざめて震えるすみれ。

「〜〜いやあああ〜っ!!蜘蛛!!蜘蛛ですわ〜っ!!」

喚くすみれに驚き、逃げていく蜘蛛。

「あはははっ!お前、蜘蛛が苦手だったのか。良いこと知っちゃったな〜!」

「あ…、カンナ、足元…」


靴を這う蛇に驚き、足を振って蛇を振り落とすカンナ。

「〜〜どわああああ〜っ!!蛇ぃっ!!蛇だああああ〜っ!!」

「お、落ち着け!それは毒のない――」

「〜〜うわああああっ!!あっち行けえええっ!!」


シャンデリアに上り、喚くカンナ。蛇を追い払う大神。

「大丈夫。蛇は行ったよ」

「ほ、本当か…?嘘だったら、上段回し蹴りだぞ!?」

「〜〜嘘ついてどうするんだよ…。――ほら…」


腕を広げ、カンナを抱えて降ろしてやる大神。赤くなるカンナ。

「な?蛇はもう逃げてったよ」

「あ…、あぁ…!〜〜すまねぇな、大騒ぎしちまって…」

「ホホホ…、そんなに蛇がお嫌いでしたとは…。良いこと知っちゃいましたわ!」

「〜〜るせー!…あたいだって人間だぜ?苦手な物ぐらいあるさ」

「…なるほど。似てるってそういうことか」

「〜〜ハァ!?」

「〜〜でも、何でそんなに嫌いなんだ?尋常じゃない嫌がり方だったけど」

「あたいは物心ついた時、既に親父から空手の修行を受けてたんだ。毎日毎日特訓特訓って親父の口から出るのはそれしかなかった。同世代の子は皆遊んでるっていうのに、何てうちに生まれたんだろうって恨んだりもしたよ。ある日、『こんなやり方についてけるか!!』って家を飛び出した時があってさ、あたいはもう強い、一人でも生きてけるって山で一人で修行してたんだ。そしたら突然蛇に噛まれてさ、でも、いくら泣いても誰も来てくれない。このまま死んじまうんだって思った時、親父が探しに来てくれたんだ。それ以来、蛇は苦手になったけど、親父が来てくれた時はすげぇ嬉しかったな。普段は厳しいけど、本当はあたいのこと、大事に思っててくれてたんだなってさ。同時にこうも思った、『もっと強くなって親父を超えたい。その為にもっと親父の下で修行しよう』って。もう親父はいねぇけど、今でもあたいにとって最高の師匠であり、世界一の父親なんだ」

「…フン、良い父親で幸せですわね」

「お前んちは社長だろ?羨ましいよ、金持ちとして育ってきたお前がさ」

「〜〜何もわかってませんわ…!!私は、すごく孤独でした。幼い頃から父は社長として働き、母は女優業で忙しく、遊び相手はいつもメイド…。…娘の誕生日でさえ休みを取らない最低な両親でした。〜〜豪華なプレゼントなんて欲しくなかった…。ただお父様とお母様が傍にいてくれれば、何も要りませんでした!悲しくて、寂しくて…、私は庭に駆け込み、蜘蛛の巣に絡まってしまいました。泣いても来てくれたのはメイドだけ…。カンナさんのように、私は父に本気で愛されてなどいないのです…っ!!」

「すみれ…」

「……それ以来、私は蜘蛛が苦手になりました、その時の辛い気持ちがよみがえってきてしまうから…」

「でも、すみれ君のお父様だってちゃんと君を愛してると思うよ?娘が可愛いから懸命に仕事して、君を何不自由なく育ててくれたんじゃないかな」

「〜〜あなたねぇ、お金があれば幸せと思ったら大間違いですわよ!?」

「俺が言いたいのは、父親によって愛情表現は違うってことさ。カンナのお父様はカンナを厳しく育てて優しく、まっすぐな女の子に育てた。すみれ君のお父様はすみれ君に有り余るほどの富を与え、気品と才能溢れる女の子に育てた。それぞれのお父様がいたから、今では二人とも素敵な女性になれたんだと思うけどな…?」


赤くなるすみれとカンナ。

「〜〜よ…っ、よくそんなこと、真顔で言えるよなぁ…?」

「〜〜今回ばかりは同意しますわ…」

「え?俺、変なこと言ったかな…?」

「〜〜何でもありませんわっ!――でも…、確かにそうですわね…」


半だごてで火傷したすみれを手当てする重樹と蛇にかまれたカンナを手当てするタクマを思い出し、微笑むすみれとカンナ。

「あの幽霊もあたい達と同じだな。父ちゃんと母ちゃんが大好きで、思い出の詰まった屋敷を必死に守ろうと…。全然悪霊なんかじゃねぇよ!」

「先程の様子からして、黒之巣会が何か仕掛けてるのは間違いなさそうだ」

「そうだな…。――なぁ、あたい達でこの屋敷を守ってやろうぜ!」

「…フン、まぁいいでしょう。一時休戦ですわね」


顔を見合わせ、凛々しく微笑み合うすみれとカンナ。


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