「太正浪漫学園恋物語〜あやめ先生編〜」その1
桜舞う季節の4月。
頬を心地良く撫でていく春風に桜の花びらが舞う並木道を通り、生徒達は校門を抜けていく。
東京は銀座にある私立・太正浪漫学園。有名大学への高い進学率を誇る男女共学の進学校である。文武両道をスローガンに勉強のみならず、スポーツや芸術分野の人材育成にも力を入れている。
有名デザイナーが考案した新しい制服になってからは、特に女子生徒から人気を得ている。『進学したい高校・全国版』のベスト10に男女共に毎年ランクインするほどだ。
そんな太正浪漫学園に憧れた俺・大神一郎も2年前に入学し、今年の4月から高校3年生になった。今は帝都大学の法学部を目指し、受験勉強に励む毎日だ。青春を捧げてきた剣道部も今年の夏で引退するが、大学へ行っても好きな剣道は続けようと思っている。
勉強に部活にバイトにと忙しいが、それなりに充実した高校生活を送れていると思う。
「――失礼します」
俺は職員室に寄り、朝のSHRで配るプリントを取りに来た。クラスの学級委員に選ばれてしまったので、こういった雑用は日常茶飯事だ。
「おはよう、大神君。朝からご苦労様」
「あ…、おはようございます、あやめ先生」
「ふふ、毎日遅刻しないで来てくれるから、先生、とっても助かるわ♪」
「はは…、――今日は先生のマンションから登校したから、遅刻の心配はいりませんでしたけどね」
「ふふふっ、時間差登校ってドキドキしちゃうわね…♪」
クラス名簿で口元を隠し、可愛らしく笑っている彼女は俺のクラス・3年花組担任の藤枝あやめ先生。
――実は俺の恋人でもある。
もちろん、学校の皆には内緒だ。生徒が教師と付き合っているなんてバレたら大騒ぎになって、受験どころではなくなってしまうだろうしな…。
「はい、SHRで使うプリントよ。教室に戻ったら配っておいてくれる?」
「わかりました」
「――今夜もマンションで待ってるわね、大神君♪」
あやめ先生は俺に囁くと、頬を赤らめて、はにかみながら微笑んだ。
あやめ先生と初めて会ったのは、1年の時に俺の担任になった時。全ては俺の一目惚れから始まった…。
中学まで男子校に通い、剣道一筋で女性とは無縁だった俺にとって、美貌と品位、知性、優しさ…、全てを兼ね揃えた美人教師は眩しすぎた。
初恋相手が年上の女性。しかも担任の先生…。さらに言うなれば、男子生徒や教師達から圧倒的な支持を誇る学園のマドンナ…。
そんな高嶺の花である人が俺なんかに振り向いてくれるわけがない…。期待するだけ無駄だと、当時は散々自分に言い聞かせたものだ。
だが、教壇に立つあやめ先生を毎日目にする度に俺の胸は高鳴り、憧れの気持ちはどんどん高まっていった…。
玉砕してもいい…。悔いのない高校生活を送る為にも、あやめ先生にどうしても自分の想いを伝えたくてうずうずしていた。
そんな俺を見かねたのか、神様が小さな奇跡を起こしてくれた。
母さんに夕飯の食材を買うように頼まれ、スーパーに寄った帰り道、喫茶店のオープンカフェで双葉姉さんと親しそうにお茶するあやめ先生を見かけたのだ。
『あ…!』
『ん…?――よぉ、一郎!今帰りか?』
『あ、あぁ…、まぁな』
『あら、大神君じゃないの…!』
『こ、こんばんは…、あやめ先生』
『な〜んだ。担任の藤枝先生って、あやめのことだったのか!早く言ってくれよ〜、水臭いじゃないか♪』
『私だって今、初めて知ったんですもの。まさか大神君が双葉の弟さんだったなんてね…!ふふっ、家庭訪問が楽しみだわ♪』
あやめ先生と双葉姉さんは高校時代のクラスメートらしい。卒業後も交流を続けていて、よくこうしてお茶しているそうだ。
この時、俺は『ただの教え子』から『友人の弟』にプチ昇格したわけである。
その後は面白いように俺とあやめ先生の仲は発展していった…。
『――こんにちは。突然、お邪魔しちゃってごめんなさいね?』
『い、いえ…』
1年の時の6月、梅雨時の真夏日にあやめ先生が家庭訪問以外で初めて家に遊びに来た。
だが、俺に会いに来たわけではない。友達の双葉姉さんに…だ。
『双葉に借りていたDVD、この前返しそびれちゃって…』
『そうなんですか…。すみません。今、姉は留守でして…』
『あら、そうなの…。なら、出直した方がよさそうね――』
『あっ、あの…!――よかったら、あがって待ってて下さい。買い物に行っただけなので、すぐ帰ってくると思いますから…』
『そう?じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかしら♪』
父さんは仕事、母さんと姉さんは買い物…。俺は今、家にあやめ先生と二人っきり…。喉から手が出るほど待ち望んでいたシチュエーションじゃないか…!!
〜〜だが、変に緊張してしまい、声がうわずってしまいそうだ…。
『〜〜こ…っ、紅茶とコーヒー…、どちらがいいですか…?』
『じゃあ、紅茶で。私が淹れるから、大神君は座ってて?』
『えっ?いえ…、あやめ先生の手を煩わせるわけには…!』
『ふふっ、いいのよ、ここは学校じゃないんだから。たまには先生にうんと甘えなさい?』
『は、はぁ…』
差してきた日傘もそうだが、あやめ先生って私服もエレガントなものを着るんだな…。紅茶を淹れるあやめ先生に俺はいつものようにボーッと見惚れてしまっていた。
――今なら誰にも邪魔されず、あやめ先生と親交を深められる…!
だが、母さんと姉さん以外の女性とあまり話をしたことのなかった俺は女性の喜びそうな話題など、まるで見当がつかなかった…。
『どうかしたの、大神君?』
『〜〜い、いえ…。……えっと…、どんなDVDを借りられたのかな〜と…』
『恋愛映画よ、日本でも大ヒットしたジョニー・デッパ主演の』
『あ、もしかして『シゾー・ハンズ』ですか?頭からうさぎの耳を生やして、ハサミを持ち歩いてる男が主役の…!』
『えぇ、そうよ…!大神君も観た?』
『はい、俺も姉さんに借りて見ましたから。ハサミが手放せないばかりに女性と触れ合うことができないんですよね…』
『そうなのよ…!切ないラブストーリーけど、名作よね!ふふっ、何だか私達、趣味が合いそう♪』
『そ、そうですね…』
『今日ね、遅くなったお詫びにデッパの最新作を貸してあげようと思って持ってきたの。よかったら一緒に見ない?』
『は、はい…!』
やったぞ…!俺はこの瞬間、心の中でガッツポーズした…!!これで『友達の弟』から『同じ趣味の仲間』にまた一段昇格したわけだ。
……だが、ここからが問題だ…。そこから先…、つまり恋愛対象として、あやめ先生は生徒である俺を見てくれるだろうか…?
『――やっぱり、デッパは海賊がハマリ役だと思わない?』
『そ、そう…ですね…』
〜〜隣に座ってるあやめ先生が気になって、映画に集中できん…。
〜〜だ…っ、だが、ここでポイントを稼いでおかないと――!
(――押し倒しちゃえよ…)
俺の中の悪魔が囁く…。〜〜いや、この場合は多感な男子高校生である俺の本音と言うべきだろうか…。
(――こんなチャンスはもうないかもしれないぞ…!?)
〜〜ええいっ!静まれ、俺の本能…っ!!そんなことをしたら軽蔑されるに決まってるじゃないか…!!
『――ふぅ…、何だか暑くなってきちゃったわね…』
俺の心の葛藤など予想だにしていないあやめ先生は俺の中の悪魔を助長させるかの如く、大胆に上着を脱いだ。
胸元と肩を露出したあやめ先生の雪のように白く、きめ細やかな美しい肌がすぐ隣にいる俺を誘惑する…!!
〜〜駄目だ…!耐えろ、俺…!!先生に手を出したとなれば退学だぞ…!?
『――はぁ〜、面白かったわね〜!何度見ても最高だわ♪』
……葛藤しているうちに映画が終わってしまったらしい…。
〜〜あぁ…、結局ポイント稼げなかった…。
『取り出しておくわね。えっと、リモコンは…』
『あ、俺がやりますよ。今、リモコン調子悪くて…――!』
DVDをしまおうと、俺とあやめ先生は同時にパッケージを取ろうとして、手が触れ合ってしまった。
『あ…、す、すみません…!』
『あ…、ううん…。じゃあ、お願いできるかしら?』
『は、はい…』
こういう物語みたいな出来事って現実に起こるものなんだな…。映画ならここから恋が始まるものなんだが…と期待しながら俺はデッキに近づき、後ろにいる先生をチラ見してみる。
あやめ先生は俺が触れた手をもう一歩の手で触れ、そわそわしている。心なしか頬も紅潮しているように見えるが…、もしかして俺のことを意識してくれたのかな…?はは、なーんてな――。
――バラバラバラ…!
DVDデッキが設置してあるビデオラックを開けた瞬間、家族にわからないように平積みしていた俺のHなDVDコレクションが雪崩のように床に崩れ落ちてきた…!
『え…?』
〜〜しまったぁ〜っ!!よりによって一番見られたくない人に見られてしまうとはぁ…っ!
普段ならこんなドジを踏まないのに…!〜〜意識しすぎてるのは俺の方じゃないか…!!
『〜〜えっと…、これは…です…ね……』
『父のです』と嘘をついても空気が重くなるだけだしな…。〜〜とっさのことだったから、うまい言い訳なんて思いつくはずもない…。
〜〜あぁ〜、最悪だぁ…!!これで一気に『Hなことしか頭にない煩悩男』までランクが下がってしまったことだろう…。
『――『女教師の放課後』『僕だけの淫らなセンセイ』『ハレンチ先生とドSな僕』……』
〜〜頼むからタイトルを読み上げないでくれ〜!羞恥心が増すだけだって…!!
『――大神君って、こういう人が好きなの?その…、私みたいな先生に…』
『え…?は、はい…』
俺のコレクションは、どれも女教師と男子生徒の禁断の愛をテーマにしたもの。それがわかると、あやめ先生の表情が変わった。
嫌そうにではない。頬を赤らめ、目を細めたデレ顔で俺を見つめてきた。
『そ、そうなんだ…。――じゃあ、もしかして私のことも…』
こ、これってもしかして…、俗に言う『フラグが立った』って奴か…!?
そうであることを願い、俺は思い切って、あやめ先生を抱きしめた…!
『お、大神君…?』
『――俺がそんな趣味になったのは、あやめ先生のせいですからね…?出てくる女優をいつもあやめ先生に置き換えて見てるんですから…』
『え…?そ、それって…――!』
気がつくと、俺はあやめ先生にキスしていた。
後で思い返してみれば、随分大胆な行動に出たものだと我ながら感服する。その時は女性の口説き方なんか知らなかったので、行動で想いをぶつけようと必死だったのだろう。
『――あやめ先生…、俺のこと、どう思ってるんですか…?』
『ど、どうって…。優秀で真面目な良い子だなって…』
『…それだけですか?』
『それから、双葉の弟さんだし…』
『…それだけ?』
『あ、あとは…――きゃ…っ!』
俺はあやめ先生をソファーに押し倒して、夢中でキスを続けた。
『〜〜だ、駄目よ、大神君…!私はあなたの先生なのよ…!?』
服を脱がされる度に、あやめ先生の口から可愛い悲鳴が漏れる。
教師としての面子を保つ為か、口では否定しているが、暴れて抵抗はしてこない。
それってOKってことか…?生徒の俺に抱かれてもいいってことなのか…!?
『――先生だろうと関係ない…!俺は初めて会った時からあなたが好きでした。先生ではない、女としての本当の気持ちを聞かせて下さい…!』
『大神君…』
妖艶な瞳で見つめ、唇を重ねて舌を絡ませてきたあやめ先生の瞳は、もう何の迷いもためらいも感じ取れなかった。
教室では見ることができない、あやめ先生の女の顔。――今だけは俺だけの先生でいてくれるんですね…。
憧れのあやめ先生と一つになれた喜び。男として最後まで受け入れてもらえた幸せ…。
俺も欲望を…想いを…愛を、今思うこと全てをあやめ先生にぶつけた。
『――今ね、自分でもびっくりするくらい喜びを噛み締めてるの。本当はあなたにこうして抱かれるのを心の片隅で待ち望んでたのかもしれないわね…』
『あやめ先生…』
『許されることじゃないってわかってる…。でも、自分の本当の気持ちを知ってしまった以上、もうただの先生でいたくないの…。ふふっ、責任取ってくれるわよね、大神君?』
その日から俺とあやめ先生は交際をスタートさせ、現在に至っている。
クビを承知で俺のことを愛してくれるあやめ先生。昼間は先生の顔、放課後は恋人の顔。二つの顔を使い分けて尽くしてくれる俺の彼女。
もう前のようなただの先生と生徒の関係には戻れそうにない…。戻りたくない…!
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