「小梅さん、モテモテ奮闘記」その3
小梅さんは花組の予備の稽古着に着替えて、私のいる舞台にやってきた。
「――ハァハァ…、遅くなってすみません…!」
「ふふ、かすみの怒鳴り声が聞こえてきたわよ?色々大変だったみたいね」
「〜〜は、はぁ…、ははは…」
「ふふっ、それじゃあ、お稽古始めましょうか!」
本番まであまり時間がないので、私達は本読みに動きを付けながら練習した。
昼間の皆でのお稽古も大事だけど、この夜の自主練をやるかやらないかで舞台の仕上がりに支障が出てしまう。
私と大神君は、共に女優初心者。花組の何倍も努力しないと、彼女達の実力と肩を並べることなんてできないだろう。
「――『お願いよ、お姉様…!公彦さんを返して…!!』」
「『お前はあの卑しい男に騙されているのよ!いい加減、目を覚まして…!!あんな男などいなくとも、姉さんがずっとお前の傍にいてやるから…!』」
「『〜〜やめて…!!汚らわしい手で触らないでよ、人殺し…っ!!』」
「えっと…、ここで浮江が桃代に平手打ちね。――えいっ!」
――パァン…!!
「〜〜い…っ!?」
「あ…、〜〜ご、ごめんなさいね…!クリーンヒットしちゃった…」
「〜〜ハハ…、だ…、大丈夫です…」
「〜〜やだ、腫れちゃってるわ…!早く冷やさないと…!」
「へ、平気ですって。明日になれば治――」
「ダ〜メ!女優は顔が命なんですからね?」
「あ、ありがとうございます…」
私は氷で冷やした冷たいタオルを、赤々と私の手の痕が残る大神君の頬にあてた。
「痛くない?」
「はい、冷たくて気持ちいいです。汗かいてたので、丁度よかった」
「ふふっ、大神君、一生懸命頑張ってるから、汗びっしょりですものね。終わったら、ちゃんとシャワー浴びるのよ?」
「はい」
――しーん……。
誰もいない深夜の舞台に大神君と二人きり。しかも、こんなに顔を近づけて…。ちょっとドキドキしちゃうわ…。
「――あやめさん…」
大神君はこちらを見つめながら、私がタオルを当ててやっている右手の手首をパシッと掴んだ。
「お、大神君…?」
ど、どうしましょう…?もしかして、大神君…私を…!?
大神君は私をぎゅっと抱きしめてきた。
〜〜あぁん…!だ、ダメよ…、まだ心の準備が…。
けれど、大神君は私を抱きしめて、そのまま動こうとしない。私の背中に弱々しいため息を一つついただけだった。
「どうしたの…?」
「すみません。俺、ちゃんと小野小梅として舞台に立てるのかなって…?」
「私とじゃ不安…?」
「いえ、むしろ心強いです。けど、主役のプレッシャーに耐えるの…慣れていなくて…」
「ふふっ、大丈夫よ。もっと自信を持ちなさい。さっきのあなたの演技、よかったと思うけど?」
「でも、本番では何が起こるかわからないでしょう…!?〜〜もしかしたら、『声変わりくん』が外れてしまうかもしれませんし、カツラが脱げて…」
「ふふっ、大神君は本当に心配性ねぇ。そんなのいちいち心配していたらきりがないでしょう?」
「〜〜それに…不安なんです…。どこの誰かも知らないような新人を花組の一員としてお客様が受け入れてくれるかどうか…」
「こぉら、しっかりしなさい、大神君!」
と、私は小梅さんの体を離して、額を指で突いてやった。
「今日、おでかけしてみてわかったでしょう?皆、あなたの舞台を楽しみにしてるって言って下さったじゃないの」
「そ…、それは、あやめさんもいたからですよ」
「あら、じゃあ、加山君があなたに惚れちゃったのはどうしてかしら?」
「〜〜そ、それは…」
「ふふっ、謙遜しなくていいのよ。それだけ小梅であるあなたは花組にも負けないくらい魅力に溢れてるってこと。それに、新人さんですもの。少しくらいお芝居が下手でも、ドジを踏んだとしても、お客様は笑って許して下さるわ。観に来て下さる方は皆、温かいお客様ばかりですもの」
「はは…、確かにさくら君達が失敗しても、皆さん、温かく見守って応援してくれますしね」
「ふふっ、でしょう?花組も米田支配人も、金田先生も江戸川先生も皆、あなたの芝居を楽しみにしているわ。何も恐がらなくていいの。堂々と胸を張って、あなたらしい『桃代』を舞台で表現してみなさい。それに、私だって女優としては新米ですもの。恥をかく時は一緒にかいちゃいましょ!」
「はは、そうですね。ありがとうございます…!あやめさんに励ましてもらったら、やる気がわいてきました」
「ふふっ、その意気よ!『百合姉妹』が成功するよう、一緒に頑張りましょう、大神君…!」
「はい…!」
大神君は迷いが吹っ切れたように、その後のお稽古も熱心にこなし、桃代という役を着実に自分の物にしていった。
「『――可愛い私の桃代…、さぁ、もっと姉さんの近くへいらっしゃい』」
「『はい、お姉様…』」
「――えっと…、ここで口づけを交わす二人…ですって」
「〜〜く…っ、口づけ…!?ほ…、本当にするんですか…!?」
「ふふっ、もちろんよ。すみれも言ってたでしょう?やるなら徹底的にやらないとね!」
「あやめさん、いつの間にかノリノリになってますね…」
「ふふっ、大神君だってそう見えるけど?」
「はは、そういえばそうですね…」
(――しかも、濡れ場のシーンまであるとは…!金田先生、ありがとう…!!)
「ほら、早く続きを練習しましょう」
「りょ、了解です!!〜〜えっと…、く…、口づけ…を――!」
濡れ場のシーンは浮江の方が攻めなので、私は積極的に大神君の唇を奪った。
「え…っ?あ、あやめさ…――!」
「ふふっ、演技に集中しなさい」
大神君は了解したのか、おとなしく目を閉じて、私の背中に手を回してキスを楽しんでいるみたい。
(あぁ、あやめさん…。公演の度にこんなキスができるなんて…!)
大神君の舌が私の舌に絡んできたので、私は驚いて彼を離した。
「〜〜ぷは…っ、はぁはぁ…、お、大神君…?」
「〜〜あ…、す、すみません…!禁断の愛なので、もっと激しくした方がいいかなと思ったんですが…」
ふふっ、大神君ったら理性を保つのに必死みたいね。その理性を崩壊させてあげたいなって思っちゃう私って、やっぱりSなのかしら?ふふっ!
「仕方ない子ねぇ。――いいわ。あなたがその気なら、お姉さんも本気出しちゃうから…!」
「え…?〜〜うわああっ!?」
私は大神君こと小梅さんを押し倒し、首筋に吸いついて責め始めた。
「〜〜こ…、こういうの…慣れてますね…?」
「ふふっ、だって妹によくしてたもの」
「〜〜いぃっ!?」
「ふふっ、姉さんが可愛がってあげるわね、桃代♪」
私に責められるうちに大神君はだんだん興奮してきたらしい。
ふふっ、そうよ、大神君…!小梅に…、そして桃代になりきって、私にその愛をぶつけて頂戴…!!
「すみません…。――俺、もう我慢できそうにありません…!!」
「あぁん…っ!!」
女装してるけど、男の子だから力が強い。私は逆に押し倒されて、和服の帯をスルスルと解かれてしまった。
「えっと、台本は…?――『姉の体に夢中で吸いつく桃代』か…」
大神君が私の肌に吸いつく度に、彼の唇に塗られた口紅が私の肌にキスマークとなってついていく。
「〜〜あぁっ!」
いいわよ、大神君…!その調子で私を…、浮江姉さんを思う存分愛して頂戴…!!
「あやめさん…、いいですよね…?」
「いいわよ、大神君。――さぁ、姉さんの中に飛び込んでらっしゃい…!」
「お姉様…!〜〜く…っ!」
「あああああああっ…!!」
そして、私は大神君と一つになった。慣れないながらも懸命に腰を振る大神君の腰が離れないように、私は両足で挟んで固定してやった。
「あやめさん…、――浮江お姉様、愛してますわ…」
「桃代…、姉さん、あなたに想われてとても幸せよ…」
ねぇ、大神君。本当はあなたにずっと前からこうされたかったのよ…。ふふっ、初めてが女装している時だったのがちょっと残念だけど、美しく変身している大神君に抱かれるのも悪くないわね。
「あやめさん…、俺もう…」
「いいわよ…。私、大神君の全てを受け止めるから…」
「あやめさん…!〜〜くぅ…っ!!」
女の格好の大神君は私を強く抱きしめ、男の欲望を私の中に全てぶちまけた。息を荒くする大神君のカツラがセックス中に乱れた長い黒髪が私の肌をくすぐる。
「赤ん坊できたら責任取りますから…」
「ふふっ、それは心強いわね」
私は大神君こと小梅さんにもう一度お礼のキスをしてあげた。
「あ、あやめさん…、まだやるんですか?」
「ふふっ、当たり前でしょ?浮江と桃代が愛を確かめ合う大事なシーンなんだから」
「はは、仕方ないな…」
大神君が私にもう一度キスしようとしたその時、緊急警報が発令された。
『――浅草に脇侍が出現!至急、作戦指令室に集合して下さい!!』
「んもう、邪魔してくれちゃって…。――行きましょう、小梅さん!」
「〜〜いぃっ!?こ、この格好のままですか…!?」
「ふふっ、だって大神君は実家に帰省しているんでしょ?」
「〜〜そ、そんなぁ…」
副司令である私の命令に大神君は背けず、小梅さんのカツラとメイクをしたままダストシュートに飛び込み、戦闘服に着替えた。
「〜〜しょ、少尉…!?」
「あはははっ!まだ女装してたのかよ――」
「〜〜し〜っ!小野小梅が俺ってことは秘密にしててくれないか?」
「え〜?何で〜?」
「〜〜そ、それは…」
大神君は口ごもって、作戦指令室で三人娘と話す加山君をチラッと見た。
「ねぇねぇ、あの美少女、誰なの!?私の情報網にも乗ってないんだけど…!?」
「フフッ、可愛い娘だろ〜♪彼女は乙女組の小野小梅君。俺のか――」
かすみに睨まれて、加山君は蛇に睨まれた蛙のように固まってしまった。
「〜〜か…かすみっちもよくあの娘の面倒見てくれててさ…。はははは…」
「へぇ〜、そうなんですかぁ。かすみさん、優しいですね〜!」
「ライバルに親切にするなんて、余裕ね〜」
「〜〜フンッ」
「――おおが…〜〜じゃなかった…。小野小梅、光武搭乗完了しました!」
「あ…、――了解しました!」
「あぁ〜、小梅君…!凛々しい戦闘服も似合うなぁ〜♪」
「〜〜加山さん、邪魔です!どいて下さい!」
「〜〜OH!そんなに怒るなって、かすみっち〜♪」
三人娘と加山君のやり取りを、さくらと米田司令と私は翔鯨丸の操縦席から見守っていた。さくらは怪我の為、今回の戦闘はお休みすることになった。
「〜〜やれやれ…。帝都の一大事に何やってんだ、あいつらは?」
「うふふっ、でも加山さん、楽しそうですね!」
「ふふっ、――さぁ、小梅さん、花組隊長代理として出撃命令をお願いね!」
「了解しました!――帝国華撃団、出撃…!!」
「了解!」「了解!」「了解!」「了解!」「了解!」
小梅さんと私達を乗せた翔鯨丸は、浅草の仲見世にいる人達に応援されながら、帝都の夜空へと飛び立っていった。
同じ頃、黒之巣死天王のリーダー・葵叉丹は、脇侍達を率いて浅草の街を破壊し、人々を恐怖に陥れていた。
「ククク…、今日こそ帝都を死の都にしてやるぞ…!」
「――待て!!」
翔鯨丸から花組がパラシュートで、叉丹と脇侍達の前に降り立った。
「――帝国華撃団、参上!」
「ほぉ…、やはり来たか、帝国華撃団」
「葵叉丹、お前の悪事もここまでだ…!」
「ム…?聞き慣れぬ声だな…。白い光武に乗っているのは大神ではないのか?」
「〜〜あ…、えっと…、その…」
「フフ…、声から推測するに女らしいな。――どれ、顔を拝んでやるとしよう」
「〜〜あ…っ!」
叉丹が指を鳴らすと、小梅さんの白い光武のハッチが開いて、パイロットの小梅さんの姿が見えてしまった。
「〜〜おおが…じゃなくて、小梅はん…!!」
(〜〜く…っ、いくら何でも叉丹の目はごまかしきれないだろうな…。敵の幹部に隊長の俺が女装癖があると思われたら、正義の味方としてとても恥ずかしいことになるぞ…!)
「お、お前は…!」
――ドキーン…!!
叉丹は小梅さんを見た瞬間、加山君と同じように二、三歩後ずさりして、頬を赤らめた。
(――な、何と美しい娘だ…!汚れを知らぬ純粋無垢な瞳…、天に向かってまっすぐ伸びる長いまつげ…、愛らしいさくらんぼ色の唇…!まさに我が理想の女性像を絵に描いたような娘ではないか…っ!!)
叉丹は小梅さんを見つめたまま、しばらく沈黙を保った。
(〜〜くっ、頼むから何か言ってくれ…!そして、罵りたければ罵るがいいさ…!!)
「――お前…、名を何という…?」
「え…?」
(も、もしかして、俺の正体に気づいてないのか…?ラ、ラッキー…!)
「て…、帝国華撃団・乙女組の小野小梅よ…!」
「小梅か…。フフッ、良き名だ」
「え…?〜〜うわあああああ…!!」
叉丹は小梅さんの周りに黒い竜巻を起こした。
「〜〜いや〜ん!何にも見えないよ〜!!」
「〜〜く…っ、大丈夫か、隊長〜っ!?」
竜巻がやむと、叉丹と小梅さんの姿は消えていた。
「ど、どこに行ったんですの…!?」
「――ここだ」
見上げると、雷門の上に小梅さんを羽交い締めにして抱きしめている叉丹の姿があった。
「フフフ…、悪いが、この娘は頂いていくぞ。――私の奴隷にしてやる」
「〜〜ひ…っ!?」
叉丹に耳を甘噛みされて首筋を舐められた小梅さんに、小梅さんの正体を知っている花組は全員青ざめた。
「――ム…?何を固まっている、貴様ら?」
「〜〜い…、いえ、別に…」
笑いを必死に堪えているすみれとカンナに、ニヤニヤしている紅蘭、そして、完全に引き気味のマリアとアイリス…。花組の様子に叉丹もおかしいと思ったのだろう。
(――フッ、きっと私達の仲を嫉妬しているのだな…。なんだかんだいって、この小娘達も敵の私に惚れていたのか♪)
「では、小梅を頂いていくとしよう…!」
「〜〜いぃっ!?ちょ…っ、何で黙って見てるんだよ、皆ぁ〜…!?」
叉丹に連れ去られ、小梅さんこと大神君の悲痛な叫びは空しく夜空に響き渡るばかりだった…。
「〜〜ど、どうしましょう…!?小梅さんがさらわれてしまいました…!」
「ん〜…、まぁ…、あの様子じゃ命を奪われることはねぇだろうな…」
「〜〜米田司令!何を呑気なこと言ってるんですか〜!?」
「〜〜く…っ、よくも俺の小梅さんを…!!」
「あっ、加山さん…!?」
加山君は急いで作戦指令室を飛び出した。全ては愛する小梅さんを救う為に…!
(――待っててくれ、小梅君…!俺がすぐに助けに行くからな〜…!!)
「〜〜お兄ちゃん、大丈夫かな…?」
「〜〜無事に帰ってくるのは無理やろうなぁ…」
「〜〜違う意味で…ですわね」
「とにかく、私達も助けに行きましょう」
「別にいいんじゃね〜の、一晩くらい?」
「…あの二人の様子、覗きに行くって言ったら?」
「おっ、それなら乗った〜♪」
「フフフ…、マリアはんも人が悪いですなぁ〜♪」
「フフフ…、さぁ行きましょう」
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