「必殺!女仕置人その2」
由美子さんと彼女のお父様が暮らす家は、なめくじ長屋という長屋にある。帝都にある長屋の中でも、貧しい者達が暮らすことで有名な場所だ。
「みすぼらしい所でお恥ずかしいですが、ゆっくりしていって下さいね」
「すみません。逆に気を遣わせてしまって…」
「――ゴホッゴホッゴホ…ッ、……由美子…、帰ったのかい…?」
「ただいま、お父さん。ほら、お薬買ってきたわよ。…具合はどう?」
「あぁ、今日は朝から調子が良いんだ。――そちらはお友達かい…?」
「大帝国劇場の藤枝副支配人と大神さんよ。昨日、お芝居を観に行った時にお母さんのかんざしを拾って頂いたの」
「そうかい…。よかったな、由美子。大好きな花組さんの舞台が観られて」
「えぇ、少しずつでも貯金してきた甲斐があったわ。うふふっ、とっても華やかで、素敵な舞台だったぁ〜!」
ふふっ、こんなに喜んでくれるなんて…。企画した側として、こんなに嬉しいことはないわね。
「どうも由美子がお世話になりました…。この子は小さい頃から、おっちょこちょいで、よく物を失くしてばかりでしてねぇ…」
「〜〜んもう、お父さん…!?」
「ははは…、おぉ、怖い。気が強い娘で、嫁の貰い手があるか心配ですよ」
「ふふふっ、もうお父さんったら…」
ふふっ、素敵な親子だわ。由美子さん、本当にお父様が大好きなのね…。
「それじゃあ、お薬煎じてくるわね」
「あぁ、いつもすまないな…」
「ふふっ、それは気にしない約束でしょ?――今、お茶、持ってきますね」
由美子さんはお父様の寝室の襖を閉め、台所で薬を土瓶で煎じ始めた。
「ひどい家でしょう?でも、雨風が凌げるだけまだマシなんです。父が働いていた頃は、もっとちゃんとした家があったんですが、父が同僚の借金の保証人になってしまった時に担保に取られてしまって…」
「〜〜そうだったの…」
「親友だったその同僚は未だに音信不通…。何であんな人の保証人になっちゃったんだか…。まぁ、父は虫一匹殺せないほどのお人好しですから、仕方ないんですけどね…。『どんなに馬鹿げたことだろうと、自分が正しいと思ったことをしろ』っていうのが父の昔からの口癖で…」
「ふふっ、素敵なお父様ね」
「うふふっ、そうですか?そう言って頂けると、父も喜ぶと思います」
「俺達も何か手伝うことはないかい?」
「え…?そ、そんな…、悪いですよ…!」
「顔色が悪いし、あなたも疲れてる気よ?お父様のご病気と借金のことで、気を張り詰めっぱなしなんでしょう?たまにはゆっくり休まなくっちゃ、ね?」
「すみません…。ふふっ、やっぱり世の中には良い人もいるんだなぁ…」
由美子さんは涙ぐみながら、可愛らしく微笑んだ。
お母様が亡くなり、お父様が借金を抱えてから、普通の同年代の子よりも、きっと不遇な人生を送ってきたのだろう…。〜〜可哀相に…。
「――けっ、いつ見てもぼろい家だなぁ、オイ」
突然、戸を蹴破って、借金の取り立て屋の男達が入ってきた。
「な、何だ、お前達は…!?」
「見かけねぇ顔がいるなぁ…。こいつの親戚か?」
「〜〜この方達は関係ありません…!お願いします…!お給金が出るまで、もう少し待って下さい…!!」
「はぁ?ハハッ、そんなに待てるか、ボケェ!!」
取り立て屋のリーダー格の男が棚を蹴ると、その衝撃で出てきた食器が割れて、破片が床に散らばった。すると、騒いでいるのが聞こえたのか、由美子さんのお父様が、はんてんを羽織って、台所に駆けつけた。
「ゆ、由美子…!!〜〜堪忍して下さい…!私らには30円なんて大金、すぐにはとても…」
「だったらジジイ、てめぇの臓器を売り飛ばすしかねぇなぁ。まぁ、てめぇのような病弱な奴のじゃ、大した金にはなんねぇか」
「そ、それでも構いません…!私の臓器でよかったら、いくつでも――」
「〜〜駄目よ、お父さん…!!何馬鹿なこと言ってるの…!?」
「へへ、美しい親子愛だねぇ。病気の親父さんを持つと、苦労するよなぁ」
「なら、娘のあんたが返すしかねぇんだよ。ちまちま働くより、一晩体売った方が手っ取り早いぜ?」
「俺達が良い売春宿を紹介してやるよ。――おら、こっち来い…!」
「〜〜いや…っ!放して…!!」
「――やめろぉっ!!」
大神君が取り立て屋の一人を殴り飛ばした。
「〜〜てんめぇ、何しやがる…!?」
大神君に殴りかかってきた男を私は護身術の要領で投げ飛ばした。
「確かに借りた物は返さないといけないわね。でも、あなた達の取り立て方は明らかに違法よ?」
「面白ぇ…!俺達とやり合おうってぇのか…!?」
取り立て屋のリーダー格が大神君と私の周りに手下達を取り囲ませた刹那、リーダー格の顔色が変わった。
「――これ以上、私を怒らせないで…」
由美子さんがリーダー格の首に包丁を突きつけていたのだ。由美子さんの雰囲気が明らかに変わった。酔っ払いの男がかすみに絡んでいた時と同じように、どこにでもいる普通の女の子から、まるで獲物を狩るハンターのような目つきに変貌していたのだ。
「〜〜お前…、い…、いつの間に…!?」
「早く出て行きなさい。――でないと…!」
「〜〜わ、わかった…!わかったから、それを引っ込めろ…っ!!」
「〜〜な…、何かこいつ、ヤベぇよ、兄貴…!」
「〜〜仕方ねぇ…。今日のところは勘弁しといてやる。――その代わり、明日までに金を全額用意しろ。でねぇと、この家もろともお前らを売り飛ばしてやるからな…!!」
「覚悟しておけよ〜!」
取り立て屋の男達が出て行くと、由美子さんは気が抜けたのか、包丁を床に落として、その場に倒れるようにしゃがみ込んだ。
「〜〜由美子…」
「お父さんは心配しないで。あんな奴ら、また追い払えばいいんだから…。――そうだよね、お母さん…?」
由美子さんはお母様の形見のかんざしを見つめ、微笑んだ。元の可愛らしい笑顔の由美子さんだ。
けど、先程の鋭い目つき…。そして、気配を消しながら一瞬で背後に回り込む動き…。そして、形見のかんざし…。――彼女は、もしかして…。
「――乾杯〜っ!」
その日の晩、年末特別公演の千秋楽を終えた大帝国劇場の楽屋では、恒例の打ち上げが始まった。
「うっひょ〜っ、美味そ〜っ!!いっただっきま〜す!!」
「〜〜カンナさん、ちゃんと取り皿にお取りになってから召し上がりなさいな…!」
「紅蘭〜、後で『大恐竜島』の本読みしよ〜!」
「ええで〜!新春公演は、やっぱり笑劇に限るさかい!」
「マリアさぁ〜ん、明日の大晦日は赤白歌合戦見ながら、一緒にカウントダウンしましょうねぇ〜」
「〜〜そ、そうね、椿…。皆で…ね?」
「大神さんとあやめさん、元気ありませんね…。どうかされたんですか?」
「そ、そうかい…?……ちょっと…色々あってな…」
大神君も由美子さんのことを気にかけているみたいね…。〜〜あんな現場に遭遇すれば、当然かもしれないけど…。
「〜〜大変よ〜っ!また銀座に仕置人が現れたんですって…!!」
「えぇっ!?由里さん、本当ですかぁ…!?」
「私は本当の情報しか言わないわよ…っ!――とにかく、テレビつけて、テレビ!ニュースでやると思うから…!!」
「は、はい…!」
さくらがテレビの電源を入れると、丁度、夜のニュースが始まったところだった。
『――本日の午後4時頃、またもや銀座で殺人事件が発生しました。被害者は銀座8丁目に住む主婦の村山静子さん(48)と判明し、首を鋭利な刃物で刺され、即死した模様です』
「〜〜この女…!」
「被害者の方…、大神さんのお知り合いなんですか?」
「いや…、今日、買い出しに行った時にちょっと…な…」
『――今回の事件は一昨日、築地で殺害された小森作造さん(27)、昨日、同じく銀座で殺害された林田孝則さん(56)の被害者二人が殺された手口と酷似しており、警察は『仕置人』と呼ばれる連続殺人犯と同一犯である可能性が高いとして、現在、捜査を行っております』
「ほら、ニュースでもそう言ってるでしょ…!?」
「夕刊にも一面で載っていますね。被害者の村山は、色々な店に文句をつけては慰謝料を支払わせる悪徳クレーマーだったみたいです…」
「こりゃ、仕置人本人の犯行と見て、間違いないやろなぁ。急所を正確に、しかも、一回突いただけで殺すんは、模倣犯には無理やろうし…」
「ねぇねぇ、『しおきにん』って良い人?それとも、悪い人なの?」
「もちろん、良い人に決まってますわ。警察や司法機関が裁き切れない悪人を代わりに成敗して下さっているんですもの。罪を犯した者が罰を受けるのは当然のことでしょうからねぇ」
「〜〜けどよぉ、何も殺さなくてもいいんじゃねぇか?」
「私もそう思います…!悪い人だって、ちゃんと説得すれば、改心してくれるかもしれませんし…」
「甘いですわ!この世の中、善人より悪人の方が多いと言っても過言ではありませんのよ?ですから、都市に人が集まると同時に魔が集まって、そこから生まれる降魔を私達が倒しているのではありませんか」
「けど、根っからの悪人なんていませんよ…!人間なら、誰にだって良心というものがあるでしょうし…」
「〜〜う〜ん…。結局、良い人、悪い人、どっちなの…?」
「正義か悪か…。仕置人のしていることは一概には判断できないってことよ」
「う〜ん…。〜〜アイリス、よくわかんないよぉ〜…」
「――夜分遅くにすみませ〜ん。築地署の者ですが〜」
「ん…?こんな時間に警察かいな…?」
「はーい…?」
閉めていた玄関の鍵を開けると、中年刑事と若い刑事の二人が立っていた。
「築地署・刑事課の山田です。あ〜、劇場の支配人はおいでですかな?」
「あいにく、支配人の米田は出張中でして…。副支配人の藤枝は私ですが、どのようなご用件でしょうか…?」
「なるほど、あなたが副支配人ねぇ…。……ここに大神一郎さんはいらっしゃいますかな?」
「大神は自分ですが…?」
「フム…、あなたが大神さんですな?連続殺人事件の重要参考人として、ご同行を願います」
「〜〜いぃっ!?な、何で俺が…!?」
「貴様、林田さんと村山さんが殺される数時間前、彼らと口論になっていたそうだな!?なら、殺害する動機は十分にある…!!つまり、お前が『仕置人』ということだ!!そうだろう!?早く認めてしまえぃっ!!」
「…川岡!まだクロと決まったわけじゃねぇんだ。冷静に対応しろ」
「〜〜す、すみません、山田警部…」
「〜〜ちょ、ちょっと待って下さい…!大神さんは人を殺したりなんてできる方じゃありません…!!そりゃ…時々、私達のお風呂を覗いたりしますけど…、けど、人一倍正義感の強い、良い人なんですから…っ!!」
「ほぉ、覗きの余罪もあり…か。しかも、正義感が強い…ねぇ」
「仕置人の性格と合致しますね…!」
「〜〜さくらはん、フォローになってへんて…!」
「〜〜あぁ〜…、ご、ごめんなさ〜いっ!!」
「…証拠はあるんですか?」
「それを調べる為に、取り調べを受けて頂くんです。村山静子さんの死亡推定時刻は今日の午後4時頃…。――大神さん、あなたはその時間、何をしてました?」
「しょ、食堂で軽く食べて…、夜の部の公演準備を…」
「その時間、あたいも食堂にいたんだ!隊長は確かにいたぜ!」
「ほぉ、そうですか。しかし、村山さんが殺されたのは銀座の4丁目…。この大帝国劇場のすぐ近くだ。なら、殺害現場との往復は短時間で可能だ。しかも、準備中だったなら、皆さんはバラバラにそれぞれ準備されていたのでしょう?なら、劇場の外に出ても誰にも怪しまれることはない…」
「〜〜何だとぉっ!?あたいの証言が信じられねぇって言うのか!?」
「いえ、ただ、その証言は彼の無実を完全には証明できないということですよ。林田さんの死亡推定時刻も同じ午後4時頃でしたかなぁ。昨日のその時間も今日と同じことを?」
「はい、2回公演の日は大体いつも同じスケジュールですから」
「隊長は昨日もちゃんと食堂にいたぜ!」
「私もカンナさんと一緒にお食事してたので、間違いありません…!」
「そうですか…。――川岡、もう一人の被害者・小森作造さんの死亡推定時刻は?」
「はい!昨日の午前2時頃ですね…!」
「…その時間帯の大神さんのアリバイを立証できる方はいらっしゃいますか?」
「アイリス、もうとっくに寝てたよ〜?遅くまで起きてちゃ怒られちゃうも〜ん」
「私達もお稽古で疲れてましたし…」
「夜更かしはお肌の天敵ですものねぇ」
「うちは起きてたで。いつものように地下で光武の整備を――」
「…?こうぶ…?」
「〜〜あ…、いや〜、舞台装置の名前やよ!その整備と点検を、うちはそのくらいの時間までしてたで?」
「だが、大神さんの姿は見てないと…?」
「〜〜う…、それはそうなんやけど…」
「フッ、でしょうなぁ。他の皆さんは全員お休みになられてたというわけですな?――では大神さん、あなたは何をしていました?」
「お、俺はその…、〜〜確かに起きてはいましたが…」
「ほほぉ、草木も眠る丑三つ時にまだ起きてらしたと…?」
「〜〜で、ですが、ちゃんと自分の部屋にいましたよ…!」
「で、それを証明できる方は?」
さくら達は困ったように顔を見合わせ、首を横に振り合った。
「はい、証人がいないので、アリバイはなしっと…!犯人、決定だぁっ!!」
「〜〜そ、そんな…!」
「――アリバイならあります…!その時間、私は彼と一緒の部屋にいましたから」
「えぇっ!?あやめさんが大神さんのお部屋に…!?」
「そんな夜中に何をしてたんだ!?まさか貴様も共犯じゃないだろうな…!?」
「…川岡、ご婦人を疑っては失礼だぞ?――で、彼の部屋で一体何を?」
「その…、――男女の…夜の営みを…」
「えぇ〜っ!?」
「〜〜ほ、本当なんですか、大神さん…っ!?」
「あ、あぁ…」
「…だから、言うのをためらってらしたのですね?私達に知られると後でうるさいから」
「〜〜いや、その…、……はい…」
「〜〜ぬおおおおぅっ!!なんと破廉恥な…!!夜の劇場で秘密のロマンスがこっそり上演されていたわけですねぇっ!?」
「〜〜静かにしていて下さいません、川岡刑事…!?これは私達の大事な話なのですから、部外者は黙ってて下さるっ!?」
「〜〜す、すみません…」
「お二人はん、いつの間にそんな関係になってはったんです〜?いややわ〜、早くから教えてくれればええのに〜!」
「やっぱり、あの噂は本当だったのね…!これは大ニュースだわ…!!来年の帝劇日報のトップ記事にしなくっちゃ…!」
「〜〜み、皆さん…!今はそんなことで揉めている場合では…」
「なるほど。では、昨日のその時間帯、確かに大神さんはあなたと部屋にいたと…。ですが、証人はあなただけなんですよなぁ、藤枝副支配人?」
「〜〜そ、それは…」
「はっきりとした証拠がない以上、その証言だけでは大神さんの無実を証明するのは難しいでしょうな。あなたが恋人である彼をかばっているという可能性も十分にありうる」
「〜〜そんな…!彼は本当に――」
「〜〜違うよ、おじちゃん!お兄ちゃんの恋人はアイリスだも〜んっ!!」
「…アイリス、今はおとなしくしてなさい」
「〜〜え〜?何でぇ〜!?」
「…ゴホン!あ〜、とりあえず、大神さん、署までご同行願いましょうか。シロかクロかをはっきりさせる為にも、事情聴取を行いますので」
「ほら、とっとと歩けぇっ!」
「隊長に何すんだよぉっ!?」
「〜〜ぐほおおおっ!?」
カンナが軽く突き飛ばしただけで、細身の川岡刑事は吹き飛んでしまった。
「〜〜カンナ!少しは手加減しなさい…!!」
「〜〜そ、そうだ、そうだ〜!公務執行妨害で貴様も逮捕するぞっ!?」
「チッ、胸クソ悪い奴らだぜ…。――隊長、こんな奴らについていくことねぇよ…!」
「心配しなくても、すぐに罪は晴れるさ。それに、ここで拒んだら、逆に怪しまれるだろ?」
「〜〜けどよぉ…」
「――すぐ帰ってきますから。さくら君達のこと、よろしくお願いします」
大神君は私に微笑むと、山田警部と川岡刑事におとなしく連行されていった。
「〜〜大神さん…」
「…大丈夫よ。取り調べを受けたら、すぐに戻ってくるわ」
「〜〜けど、アイリス、心配だよぉ…」
「〜〜納得いきませんわ、私達の少尉を人殺し扱いするなんて…っ」
……皆、やっぱり不安そうだ…。
〜〜大神君を守れなかった…。副支配人の私が女だからナメられたということもあるだろう。もし、この場に米田支配人がいて下さったらと思うと、自分が情けない…。
『――まぁ、あやめ君がいれば問題ねぇだろうがな』
……期待を裏切ってしまった上に、帝劇の名を汚してしまった…。
――とにかく、支配人不在の今、副支配人の私がしっかりしないと…!
副隊長のマリアに劇場を任せ、私は大神君の様子をうかがいに、着替えと差し入れを持って、築地署に向かった。
「必殺!女仕置人」その3へ
あやめの部屋へ