「2回目のファーストキス」



「――あ…、おはようございます、あやめさん」

「あら、おはよう、大神君」

「お、秋晴れだ…!今日も良い天気になりそうですね」


朝の日差しが差し込む廊下で、大神君は私に挨拶してきた。天気が話題のありふれた、何気ない会話。だけど、私にとっては心地良い時間…。

「そうだ…!活動写真の切符が手に入ったんですけど、よかったら一緒に行きませんか?」

「え…?私と?」

「はい。本当は昨日のうちにお誘いしようと思ってたんですが、出撃要請があったので、タイミングを逃してしまって…」

「ふふっ、そうなの。私なら大丈夫よ。一緒に行きましょ?」

「よかった…!じゃあ、1時に部屋まで迎えに行きますね」

「――大神さ〜ん!本読み付き合ってくれるって言ったじゃないですか〜っ!?」

「今、行くよー!――それじゃあ、また後ほど…!」


安堵した笑顔でさくらの元へ走っていく大神君を、私は手を振って見送った。ふふっ、爽やかで、少しはにかんだ笑顔を見せるところも可愛い。

劇場は今、次回作『シンデレラ』の準備に追われている。そういえば、この前、私の部屋でシンデレラをふざけて一緒に演じてみたんだっけ。

「『――何と美しい方でしょう。是非、私と踊って頂けませんか?』」

「『も、もちろんですわ、王子様…!』」


私が王子で、大神君がシンデレラ。あべこべだけど、手と手を取って楽しく踊る私達…。慣れない演技とダンスに悪戦苦闘する大神君に吹き出しそうになったんだった。

テレビや舞台で恋人役をやると俳優は感情移入して、プライベートでも仲良くなりやすくなるというのは本当らしい。演じたのは少しの間なのに、大神君をさらに愛しく想えるようになった気がするもの。

そんなことを思い出しながら、私は大神君がくれた活動写真の切符を見た。『ローマの祭日』…。どうやら、外国の恋愛映画らしい。

活動写真か…。そのワードから、私はあることを2つ思い出した。

一つは、ラチェットが出演した活動写真を花組皆で観に行ったこと。ちょっとラブシーンが濃くて、皆、大はしゃぎだったわね。ふふっ、隣で見ていた大神君もすごく照れていたっけ。

そしてもう一つは、アイリスが霊力の暴走で活動写真館を壊した時のこと…。アイリスが光武に乗って、初めて花組全員で出撃した日のことだ。

その日、私と大神君は柔道場でキスをした。だけど、それは事故。自分達の意思ではない。組み手をしていた最中、大神君が誤って私を押し倒す形になり、そして…。

由里が言うには、こういうキスは『事故チュー』と言うらしい。事故は事故だが、あの瞬間、大神君と私の唇が触れ合ったのは確かだ。浅草での出撃を終えた大神君は、目が合った私に照れくさそうに会釈していたっけ…。

もしかして、彼のファーストキスを奪ってしまったのだろうか…?なら、悪いことをした。私以外にも、花組には魅力的な娘達がたくさんいる。そして、その娘達は皆、大神君のことが好きだ。

彼だって、記念すべきファーストキスは自分の意思で選んだ娘と、自分のタイミングでしたかったに違いない。…でも、私と事故チューした時の彼の顔は、嫌そうには見えなかった。むしろ、嬉しそうに見えたのは、私の自惚れだろうか?

ただ、その瞬間から、私は大神君をだんだん異性として意識するようになったんだと思う。

彼がここにやってきた当初、私は彼を可愛い部下としか思っていなく、特別な感情は抱いていなかった。だが、花組隊長としての真面目で熱心な取り組み、誰にでも優しい紳士的な振る舞いにだんだん私は惹かれていった。おかしな話だ、私には何年も前から想い続けている人がいるというのに…。

でも、最近はあの人のことを忘れている時が多い。大神君と目と目が合った時…、そして、隊長任務やもぎりの仕事を頑張る彼を遠くで見守っている時…。直接言葉を交わさなくても、それだけで心地良く、幸せに思える時がある。他にも、もぎりとして小さな子供やお年寄りのお客様に親切に対応しているのを褒めてあげたり、机に伏して寝ているのを見かけて、毛布をかけてあげたり…。こういう小さな幸せが今ではすごく愛しい。これからも続いていけばいいのに、っていつも思う。

だから、大神君といる時は、素直にあの人のことを忘れられる。行方不明になり、今では敵対する立場となってしまったあの人…。そんな悲しい気持ちを大神君は癒してくれるから…。

もっと大神君のことを知りたい、もっと大神君と仲良くなりたい。初恋に舞い上がる少女のような気持ちがまだ自分にも残っていたなんて驚きだけど…。

でもね、時々、大神君は上官である私に遠慮していると思える時があるの。彼もさくら達とは気楽に接していられるのだろうし、同年代で親しくなりやすいのだと思う。花組の娘達も大神君を隊長というより、仲の良いお兄さんという感じで頼っている。互いに必要とし、支え合う理想の形…。

だけど、私は彼にとって、上官だ。嫌われていないのはわかる。もしかしたら、憧れとか尊敬とかいう気持ちを持ってくれているのかもしれない。でも、果たして恋愛対象として見てくれているんだろうか…?

こうなったら一度、「私のこと、好き?」などと聞いてはっきりさせたいものだが、そんなことを聞けば驚かれるだろうし、引かれてしまうだろう。下手したら、嫌われてしまうかもしれない…。

……こんな時、どうすればいいのだろう?私だって、花組の娘達と同じ女子なのだ。任務も大事だけど、恋だってしたい。でも、歳は取っているけど、恋愛経験はそんなに豊富ではない…。今までだって、一人の男性としか恋愛してこなかったし…。

……こんならしくないことを思うようになったのも、事故チューのせいなのかしら…?

「――こうやって2人で出かけるの、会議以外では初めてですよね?」

約束の時間になり、私と大神君は活動写真を観に、一緒に浅草の街を歩いていた。

「そういえば、その和服、新しく買ったんですか?」

「えぇ、そうなの。この前、すみれと一緒に三越行った時にね」

「そうなんですか。よく似合ってますよ…!あと、ブローチも」

「そう?ふふっ、ありがと…」


私は少し頬を紅潮させた。大神君は女性が言われて嬉しい、だけど恥ずかしいことを真顔で言ってくる…。これで計算なしなんだから、すごいわよね…。

「そういえば、あやめさんっていつも和服ですよね?洋服はお嫌いなんですか?」

「嫌いではないけど…、どちらかというと銘仙とか紬とか、和服の方が好きなのよね。日本女性らしい感じがするでしょ?」

「確かにそうですね、大和撫子って感じで…。――でも、ああいうの着ても似合うと思うけどな…」


と、大神君はショーウィンドゥを指差した。マネキンが着ているのは、モダンガールが好みそうな黒地に水玉模様の現代風のワンピースだ。

「ふふっ、私には似合わないわよ。それに、こういうのはもっと若い娘が着るものだわ」

「そんなことありませんよ。あやめさんだってまだお若いんですし、それにお綺麗なんですから、何を着ても似合うと思いますよ?」


〜〜本当にこういうことを平気で言ってくるんだから…。自分で言ってて照れないのかしら…?

「……大神君は、洋服を着た娘の方が好きなの?」

「え?」

「〜〜あ…、た、ただね…、そういうモダンガールの方が男の子は親しみを持ちやすいのかなって…」

「う〜ん、洋服とか和服とか、そんなのは関係ないと思います。どんな服を着てても、その人はその人に変わりはないんですし…。それに、服装より中身の方が大事じゃないですか」


ふふっ、なんとも彼らしい答えだ。それを聞いて、ちょっと安心したわ。

「――あ…、もうそろそろ時間ですね。行きましょうか――!」

大神君はとっさに私の手を握ろうとしたが、ハッと気づくと、その手を途端に離した。

「〜〜す、すみません…!俺ったら図々しく…」

「ふふっ、何で謝るの?ほら…」


私が握ってほしいと軽く振ってアプローチした手を大神君は照れくさそうに握ってくれた。

「で、でも、こういうのって普通、恋人同士でするものなんじゃ…?」

「あら、私達はそうじゃなかった?」

「ハハ…、まさか。俺なんて男、あやめさんとは釣り合いませんよ」


大神君は当然のように笑って返してきた。

…どうしてそんな風に決めつけるのかしら?恐れ多くて、私とはこれ以上親しくなれないと思ってるの?

私は少し不機嫌になり、握っている手をぎゅっと強く握り返した。

「…!……あやめさん…?」

大神君が不思議そうに覗き込んできた。子供のようにふくれている私が意外だったのだろう。でも、私だってふてくされたい時がある。いくら帝撃の副司令という肩書があっても、普通の女子となんら変わりはないのだから…。

「――ポップコーン、塩とバターどっちがいいですか?あ、あんみつも食べますよね…?」

大神君は私の機嫌を直そうと、必死だ。上官を怒らせてしまったことを恐れているのか、それとも単にデート中の女性を怒らせて気まずいだけなのか…。……これ以上困らせると、かわいそうかも…。

「ふふっ、ごめんなさい。ちょっと考え事してただけよ」

大神君は安堵した顔で微笑んだ。こういう真面目な子は本当にからかいがいがあるわよね。

私と大神君はポップコーンとジュースを持って、スクリーンから少し離れた真ん中の観やすい席に座った。

ラチェットの映画を観た時はさくら達も一緒だったけど、今は2人っきり…。暗くなって活動写真が始まると、大神君はちらちらと隣の私の方を向いてきた。――ひょっとして、私を意識してる…?

今日観ている活動写真は、『ローマの祭日』という外国の活動写真。ローマの王族のお姫様が城を抜け出し、街で一般市民の男性と恋に落ちるラブストーリーだ。主演女優が相手役の俳優とローマの街をデートするシーンは何とも楽しそうだ。

いつか、私と大神君もこんな風にお出かけできたらいいのにな…。なんて思っていた時である。隣にいる大神君が私の手を握ってきたのだ。暗くてよくわからないが、心なしか顔が赤いように見える…。手も火照っていて熱い。もしかして、活動写真の中の女優と私を重ね合わせて、意識しているのかしら…?

私は恥ずかしくなって彼から目をそらし、活動写真に再び集中し始める。大神君は手を握るだけで、何もしてこない。ただ、私の手を強く、優しく包みこむように握ってくれているだけ。

私は、ほんの少し大神君の肩に寄り添ってみた。活動写真の中で幸せそうにはしゃぐ男女に少しでも近づきたくて…。

そして、お決まりのキスシーンがやってきた。やはり、日本より外国の物の方がラブシーンが濃い。平気な振りはしてるけど、実はこれでも結構照れてるのよ…?

大神君の様子を見てみると、やはり緊張してうろたえていた。握ってくる手も少し汗ばんできたようだ。ふふっ、普段は花組隊長としてしっかりしていても、こういうウブなところがあるから、母性本能をくすぐられるのよね。

「『――愛してる…』」

活動写真の中で、主演の男女が口づけの合間に愛の言葉を囁き合う。私も一生こんな風に人を愛し、愛されたら、どれだけ幸せだろうか。

「――あやめさん…」

「え…?――!」


大神君は今観ている主演俳優と同じように私の耳元で囁くと、私の唇にそっと自分の唇を重ねてきた。私の頭に手を回し、夢中で私の唇に吸いついてくる。

「お、大神君…?――!」

私に言葉を吐く隙も与えず、私の唇を奪い続ける。

一方的なキスなのに、私は嫌じゃなかった。むしろ、こうなることを心のどこかで期待していたのかもしれない。瞳を閉じ、大神君にされるがまま唇を貪られ続ける。周りの人に気づかれてしまうかもしれないという恥じらいと焦りも、不思議と次第に薄らいでいく。

「『――離さない、永遠に…!』」

活動写真の台詞に合わせるかのように、2人の熱くて甘い吐息が混じり合う。言葉なんかいらない。ただ、この幸せの時を互いに感じ合えれば、それだけで『愛してる』の代わりになる。

大神君、やっぱり私、あなたのことが好――。

「――以上で、活動写真『ローマの祭日』14時の部の上演を終了致します」

アナウンスが流れて照明が明るくなると、大神君は我に返って私を離し、自分の唇を拭った。

「〜〜す、すみません…。つい…」

「い、いいのよ。――あなたの気持ち、嬉しかったから…」

「え…?」


大神君は私の告白を聞いて、耳まで真っ赤になった。

私達の2回目のファーストキス。事故チューじゃない、今度はちゃんと自分の意思で私にキスしてくれた、その気持ちがとても嬉しかった。

帰り道、私と大神君は目を合わせづらくて、少し距離を置いて歩いていた。

「……どうして、あんなことしたの?」

「本当にすみませんでした…。ただ、自分でもよくわからないんです…。でも、ラブシーンの勢いでとかそういうんじゃないんです…!活動写真を観ていて、いつか俺とあやめさんもああいう風になれたらいいなって…」

「大神君…」

「俺、あやめさんのこと、愛してますから…!だから、真剣にあなたとキスがしたいって思ったら…、つい…」


大神君の言葉が、気持ちが嬉しかった。まさか私と同じ気持ちであの活動写真を観ていてくれたなんて…。

私は浅草の街の人通りの多い中、たまらず大神君に抱きついた。

「ふふっ、わかってるわ。私もあなたと同じ気持ちだから」

「あやめさん…」


大神君は私を抱きしめると、再びキスをした。

街を歩く人達が私達を見て驚き、恥ずかしそうに笑い、ご両人と囃し立てる。不思議と人目なんか気にならなかったわ。だって、私にとってそこはもう、大神君との2人だけの世界だったから。

その活動写真デートから六破星降魔陣を発動した天海を倒すまで色々なことがあったけど、私と大神君は無事に生きて戻ってくることができた。

そして、今日は待ちに待ったデートの日。私達が黒之巣会を滅ぼして平和を取り戻した翌日のことだ。

私はいつもの和服じゃなく、思い切って、水玉模様のワンピースを着てみた。前に大神君が私に似合いそうと言っていたあのワンピースだ。それを着て、少しドキドキしながら彼の前に立ってみた。

「どう?やっぱり和服の方がよかったかしら…?」

「いえ、思った通り、とても似合ってますよ。でも、どんな服を着ても、俺の愛するあやめさんに変わりはありませんけどね」


大神君はそう言うと、私を抱きしめ、お姫様だっこしてふざけて回し始めた。私はスカートを押さえながら、少女のようにきゃあきゃあはしゃぐ。

ふふっ、悪い?あなたより年上で、上官である私だって、はしゃぎたい時ははしゃぎたいんですもの!

「ねぇ、これからどこへ連れて行ってくれるの?」

「行ってからのお楽しみです。今日は俺に任せて下さい!」

「ふふっ、頼もしいわね、隊長さん!」


大神君は微笑みながら、手を差し出してくる。私は微笑み返し、その手を握る。

これから先、どんなことがあっても私達なら大丈夫。喧嘩しても、離れ離れになっても、また口づけから続きを始めよう。

事故チューから始まったこの素敵な恋物語を。

終わり


あとがき

とにかく、大神さんとあやめさんのキスシーンを描きたかった…!!

それも、大神さんが積極的にあやめさんの唇を奪っているのが(笑)

それと、事故チューから始まる恋というのも描いてみたかったんです。

事故チューなんて経験は私にはありませんが、普段意識していなかった人と事故でしてしまったら、多少は気になりますよね?

それで、自分の本当の気持ちがわかって、2回目に本当のファーストキスをすると!

この場合は、大神さんに無理矢理って感じですが(笑)、あやめさんも徐々にそのキスの虜になっていくわけですよ!

あのあやめ姉さんを堕とすほどのテクニックを持っているだなんて、さすがは大神さん…!!(笑)

今度は2人のもっと本格的なラブシーンも書いてみたいな♪


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