「決着!?姉妹対決!!〜あやめ編〜」
「――大神君、次回公演の資金のことなんだけど…」
「あ、はい。そのことで今、伺おうと思ってたとこなんですよ」
「そう、丁度よかった…!」
私の妹・かえでは微笑み、資料を渡して大神君に近づいた。
かえでは自慢の胸を彼の腕にさりげなく押しつけている…。〜〜胸の谷間を強調するのに都合の良いワンピースなんか着ちゃって…。
私が着るのはいつも和服だし、そんな大胆な服は着たことがない。いや、殺女の時を除いての話ね。
大神君は案の定、頬を紅潮させながらチラチラとかえでの胸を意識しているようだ。私がムッとなりながら、様子を眺めているとも知らずに…。
「……大神君?」
「〜〜はっ、はいっ!?」
彼は、しまったという顔で振り返る。私の不機嫌そうな顔と声に動揺しているようだ。もちろん、かえでも邪魔された恨みでたいそう不機嫌そうである。
「午前中の訓練が終わったら、お食事する約束だったわよね?何がいい?やっぱり和食?それとも、煉瓦亭のオムライスがいいかしら?」
私はかえでにあてつけるように、わざとデートの話を持ち出した。
「そうですね…。じゃあ…」
「――煉瓦亭なら私、2割引きのお食事券持ってるわよ?」
もちろん、かえでの方も黙っていない。誰も誘ってないのに、ついてくる気満々じゃないの…。
「でも、2人分だから3人じゃ無理ね…。誰かに諦めてもらわないと…」
ちらっと私の方を向いて、図々しく催促してくる。
何で先にしていた約束を横取りされなきゃいけないのよ…っ!?
「……かえで、あなた、報告書書かなくちゃいけないんじゃなかった?」
「提出は来週よ?午後からやれば十分間に合うわ。姉さんの方こそ、賢人機関の会議があるんじゃなかった?」
「残念ね。今回は米田司令お一人でのご出席なの」
睨み合っている私達姉妹の殺気を感じたのか、大神君がおたおたと喋り始める。
「〜〜あ、あのぉ…、ここは仲良く3人で行きませんか…?あ、そうだ…!蕎麦にしませんか!?ほら、大晦日に6時間以上待ったおばあさんの所の」
「いいわねぇ。私、和食が大好きなのよ。あ、でも、かえでは洋食の方が好きなんだし、一人で煉瓦亭行ってくれば?ホホホ…!」
「〜〜私だって、お蕎麦大好きですもの!この前の金粉蕎麦、美味しかったわよね〜、大神君?…あ〜、そうか。姉さんは出張中で食べてないんだっけ?ホホホ…!」
〜〜いちいち腹の立つ妹だことっ!
姉妹関係のさらなる悪化に、大神君はますます頭を抱えてしまった…。
「――はいはい、お待たせしました〜…」
改心した息子さんが手伝っているだけあって、おばあさんは予想よりだいぶ早く持ってきてくれた。
こういう暑い日はざる蕎麦がよく合う。私は蕎麦が好き。健康食だし、江戸古来の伝統的な味がするしね。
「うまそ〜!では、頂きましょうか」
大神君が男っぽく、だが、行儀良く蕎麦をすする。
男の子が食べている様子を近くで見るのは好きだ。それが私の手作りだったらなお良いわね。よぉし、今度また腕をふるって、コロッケを作ってあげようっと!
「〜〜きゃっ!んもう…」
かえでの白いワンピースに蕎麦つゆが飛んだ。…ちょっといい気味だわ。
「大丈夫ですよ。後でシミ抜きすれば落ちますから」
「ふふっ、そうよね。ありがとう」
大神君がハンカチでかえでのワンピースについた蕎麦つゆを拭っている。…大神君は誰にでも優しい。男性・女性、好き・嫌い関係なく。
大神君は気づいてるわよね…?かえでがあなたに好意を寄せていること…。嫌がらないってことは、かえでのこと…好きなのかしら?それとも、傷つけちゃいけないと思って、断れないだけ?こんなことを思うと、いつも胸が苦しくなる…。
大神君が一時期、かえでと深い関係にあったのは知っている。それは仕方のないことだ。だって、記憶喪失という状態で、おばあ様にかえでの婿と嘘をつかれていたんだから…。
でも、その時から私が転生して帝撃に戻ってくるまでに、かえでとは随分仲良くなったようだ。かえでは昔は素直になれずに意地を張っていただけだったが、今ではすっかり私と同じように大神君にアプローチし続けている。今もかえでと深い関係が続いてるんだろうか…?
何だか、一人おいてけぼりをくらったような気がして、歯がゆい…。
「――あやめさん?どうしました?」
蕎麦を口にしない私を大神君が心配そうに覗き込んできた。
「〜〜う、ううん…。何でもないのよ…」
私は作り笑顔で蕎麦をすすった。
大神君は、最終的にどちらを選ぶんだろう…?
そもそも、かえでを帝撃に入れたのは、私が葵叉丹に霊力を奪われたから。私の代わりに大神君達のサポートを頼んだのが最初なのよね。
でも、まさか、かえでまで大神君のことを好きになるなんて思わなかった…。山崎少佐を家に連れていった時に、『あんな優男のどこがいいの?』って言ってたから、てっきり男の趣味は違うと思ってたのに…。
思えば、昔からそう。私はお姉さんだから、妹の為に我慢しなければならないって散々お母様に言われたものだっけ。でも、それっていつまで?かえでもいい大人なんだし、もう私が気を遣ってやることもないでしょ?
でも、私もかえでも10代で結婚するのが当たり前の世の中から見れば、行き後れの部類に入るんでしょうね…。もしかして、しわしわのおばあちゃまになっても、この三角関係が続いてたりして…!?ゾッとしながら私は再び蕎麦をすする大神君を見つめた。
ねぇ、大神君、私が結婚したいって言ったら、してくれる…?子供が欲しいって言ったら、いいですよって笑ってくれる…?
「――あやめさん…?」
大神君はベッドの中、不思議そうに私の名を呼んだ。私は我に返り、自分と大神君が生まれたままの姿でいることに驚き、納得した。
そうだ…。お蕎麦を食べた後、出撃要請があって、すぐ帰還したんだっけ…。それが終わって、やっと2人きりになれたところだった(かえでは報告書で忙しいみたい)。
「ご、ごめんなさい…。少し疲れちゃったみたい…」
腕にぐっと力を入れられ、大神君の元へ抱き寄せられる。大神君は私を後ろから抱きしめ、首筋にキスをした。また私がどこかへ行ってしまわないように、繋ぎとめようとしているのだろうか。
「それじゃ、うんと癒してあげますよ」
「ふふっ、もう、大神君ったら」
大神君はベッドの中ではいつもオオカミになる。そのオオカミさんに私は身も心も委ねて、夢心地になる。
大神君が私だけを見ていてくれる、最高の時間。ふふっ、この時だけは、上官と部下の立場が逆転するのよね。
今だけは2人だけの時間。誰にも邪魔されない特別な時間…。
「――そこ、波長を揃えて!さくら、遅れてるわよ!皆に合わせなさい!!」
私はオオカミさんからもらったたっぷりの愛情をエネルギーに替え、午後の特訓に注ぎ込む。
「〜〜ふぃ〜…、相変わらず厳しいよなぁ、あやめさんは」
「せやけど、この訓練が光武にええ霊力を伝導させるようになるんやで」
「的確な判断と素晴らしい指示だわ。さすがは花組の副司令ね」
褒めてくれているマリアにはちょっと言いづらい。このエネルギーは大神君の愛が元なのよって…。まぁ、私と大神君が付き合っているのは周知の事実だから、おおよそわかるとは思うだろうけど…。
「――いっただきま〜す!」
夕方、食堂で皆でお夕飯を囲む。こうやってると、本当の家族みたいだ。
今日のメニューはハンバーグ。料理上手のかすみが作る料理は、いつも美味しい。
「うん、うまい!――かすみ君は本当に料理が上手なんだね」
「え?そ、そうですか…?」
大神君に褒められて、かすみは照れくさそうにうつむいた。もう、本当に大神君ってば誰にでもそういうこと言うんだから…。
だが、すかさず、加山君がかすみの隣に着席した。
「かすみっち〜、あ〜んして!」
「はぁ!?〜〜じ、自分で食べて下さいよ…っ!」
「いいじゃん、いいじゃん!俺っちのことを想って作ってくれたんだろ?」
「〜〜ち、違いますっ!……まったくもう…」
…ハマりすぎだわ、かすみと加山君の2人。今度、本当に前座で夫婦漫才やってもらおうかしら。
「アイリスもやる〜!――お兄ちゃん、あ〜んして!」
「え?」
「アイリス、ずる〜い!――私もやってあげますね〜。はい、あ〜ん!」
「〜〜はは…、参ったな…」
さくらとアイリスに迫られて、心なしか嬉しそうな大神君…。まったくもう…、彼女の前で他の女にデレデレしなくてもいいのに…。
不機嫌そうに私が顔をそむけると、視線の先に同じくらい不機嫌そうなかえでがいた。きっと、私と同じことを思っているに違いない。ふふっ、さすがは姉妹ね。
でも、私ってばいつからこんなに嫉妬深くなったのかしら?年のせい?
その日の夜、私はまたオオカミになった大神君と愛し合った。
私は隣のかえでの部屋と自分達の部屋とを仕切る壁に両手をつき、行為の激しさを伝える為に愛し合っている最中の私達の声とベッドがきしむ音をわざと隣の部屋まで響かせる。帝劇に戻ってきて以来、かえでにこうして私達の愛をあてつけるのも日課となった。そうすることで、愛しの大神君を独占できている優越感に浸れるからだ。
ふふっ、かえでったら今頃悔しがっているに違いないわ。大神君は私のものなのよ!これ以上ちょっかいを出さないで頂戴っ!!
「あやめさん…?」
隣で寝転がっている大神君が私を不思議そうに見つめてきた。
「ふふっ、別に。そろそろ、子供が欲しいかなって思っただけよ」
「え…っ!?そ、そうなんですか…?」
「重い話でごめんなさい…。でも私、大神君との赤ちゃんがどうしても欲しいの。入籍もしないうちから子供がいるなんて恥ずかしいことかもしれないけど、私はそうは思わない。だって、愛する人との愛の証ですもの」
「あやめさん…」
「…それに、かえでにうんと差をつけられるしね」
「ん?何か言いましたか?」
「う、ううん、別に…!――ふふっ、早く神様が授けて下さらないかしら」
愛しそうに下腹部をさする私の手に自分の手を重ね、大神君も私の下腹部をさすってくれる。
「女の子ができたら、花組に入れられますね」
「そうね。その子が大きくなるまで、頑張って帝撃を支えなくっちゃ!」
「はは、そうですね」
「…ねぇ、大神君」
「はい?」
「――もし、本当に赤ちゃんができたら、私と結婚してくれる?」
「え?もちろんですよ!あやめさんもその子も俺が一生守りますから!」
「ふふっ、約束よ?ゆびきりげんまん!」
私は大神君とゆびきりをし、自らの勝利を確信した。
ごめんなさいね、かえで。姉さん、あなたの分まで大神君と幸せになる!
その晩だけで何度互いを求め合い、深く愛し合っただろう。その度に体中が大神君の愛で満たされていくようで、私は最高に幸せだった。
そして、運命の日は突然やってきた。
体調がすぐれなくて、陸軍病院に行ったら、何と妊娠3ヶ月と医師から言われたの!遂に神様が私に宝物を授けて下さったんだわ…!!
私はいてもたってもいられず、すぐに大神君の元へ飛んでいった。
「大神君、やったわ!遂に赤ちゃんができたのよ…!!」
ところが、そこにはすでにかえでもいた。今日は少し出遅れてしまったみたい。不覚だわ…。でも、すぐに逆転するんだから!なんてったって、こっちには大神君との赤ちゃんという切り札が――。
「〜〜いぃっ!?あ、あやめさんも…ですか…?」
…「も」って何?〜〜まさか…!!
「う、嘘でしょ…?もしかして、姉さんも3ヶ月…?」
「か、かえで…、あなたもなの…!?」
悪い予感が的中してしまった…。まさか、妹と同じタイミングで同じ人の子供を妊娠するなんて…。〜〜どれだけ似てるのかしら、私達って…?
でも、負けない…!!大神君と幸せになるのは、私の方よ…!!
「フフン、まだまだ勝負はこれからよ…!」
「勝負は7ヶ月後ね!絶対、私の赤ちゃんの方が可愛いんだから!!」
「フン、私の子の方がおりこうになるに決まってるでしょ!?」
「〜〜言ったわねぇっ!?」
大神君は青ざめた顔であたふたと私達の喧嘩を止めようとしている。
「――俺、お腹の子を含めた4人とも必ず幸せにしますから…!!ですから、もう姉妹喧嘩なんてやめて下さい…!!」
大神君…。あぁ、胸がキュンとなるわ…!たとえあなたとかえでの浮気が続いていたのがわかっても、もうそんなのどうでもよくなっちゃった。
「ふふっ、ありがとう、大神君。あ、これからは一郎君って呼んだ方がいいわよね?それとも、お父さんがいいかしら?」
「行きましょう、あ・な・た!これから三越でベビー用品を買いに行かなくっちゃ!」
「ふふっ、これから忙しくなるわよ〜!元気な子を産んであげるわね!」
私とかえでは一郎君の両頬にそれぞれキスすると、両腕に抱きついて、三越まで引っ張っていった。
ということで、今回の勝負は引き分け。まだまだこの姉妹喧嘩は終わりそうにないわね…。
でも、一つ夢が叶ったし、とりあえず良しとしようかしら。ね、あ・な・た!
終わり
あとがき
あやめ姉さんVSかえでさんのあやめ姉さんサイドです。
とにかく、大神君を奪い合う藤枝姉妹を描きたかったんですよ!
そして、ちょっぴりセクシーシーンが他の短編より濃い目です(笑)
さすがに妊娠ネタはまずいかなと思ってたんですが、意外にも皆様に大好評でして、よかったです!
『ぜひシリーズ化を!』という意見が多数なので、続編の「出産編」・「育児編」をただ今構想中です。
そして、あやめさんとかえでさんの子供の名前・設定等を急遽、募集します!
皆様、どしどしリクエスト下さいませ!
できるなら、お受験編とかまで続けたいですね!
太正時代にお受験とかあったのかは、よくわかりませんが…(笑)
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