依頼書No.1「死神少女の初恋を応援せよ!」その1



――コンコン。

「失礼します。大神一郎、ただ今到着しました!」

大神が支配人室に入って敬礼すると、あやめとかえでが笑顔で出迎えてくれた。

「ご苦労様、大神君。遅刻しないでちゃんと来られたみたいね」

「これでメンバーが揃ったわね。それでは帝国華撃団・愛組、いよいよ発足よ!」

「遂にこの日がやってきたのね…!感慨深いわ」

「ふふっ、そうね。それじゃ大神君、初任務にあたる前に愛組隊長として、愛組の基本理念と任務にあたる際の心構えを述べてみて!」

「はい!我ら愛組は帝都に巣食う魔と戦う花組同様、帝都の人々の心に巣食う魔を鎮める為に結成された帝国華撃団の一組織です。花組みたいに光武に乗って戦うことはありませんが、依頼者一人一人のどんな些細な悩みにも親身になって相談に乗り、共に解決に励み、帝都市民達から負の感情を取り除いて、降魔の出現を最小限に食い止めるのが我らの任務です!」

「よろしい!帝都の真の平和を守るには、市民の皆さんの心の平穏を保つことがなによりですものね」

「見て!依頼がもうこんなに届いてるのよ。愛組副隊長の私が責任を持って依頼された順番と緊急度合いを考慮して、優先順にまとめてみたわ」

「さすがはあやめさん、几帳面ですね…!」

「でも、大丈夫なの?安易に顔を見せたりしたら、大帝国劇場の支配人と副支配人の私達が帝撃の一員だってことがバレちゃうんじゃない?」

「華撃団に派遣されてきたボランティアってごまかせば大丈夫よ」

「それに、万が一バレたとしても、アイリスが霊力で依頼主の記憶を操作してくれるって言ってましたから」

「〜〜随分な荒技だこと…。まー、他の組はそれぞれの任務で一日中忙しいんだし、比較的時間の融通が利く司令と副司令の私達で頑張らないといけないわよね!」

「そういうこと♪当面はこのメンバーで頑張っていきましょ!」

「そうですね。それで、愛組の記念すべき初任務は何なんですか?」

「銀座に住む女学生さんからの依頼よ。名前は小久保和美さん。クラスメートに好きな人がいるから、恋が実るように応援してほしいんですって」

「ふふ、可愛いわねぇ。学生時代の恋かぁ。青春まっただ中って感じね♪」

「では早速、本人に会いに行ってみましょうか。大神君、景気づけに出撃命令をお願いね!」

「了解しました!――帝国華撃団・愛組、出撃!!初任務、頑張りましょう!」

「了解!」「了解!」


★            ★


依頼書を頼りに大神とあやめとかえでは、銀座の中央通りにあるお洒落な喫茶店にやってきた。

「――う〜ん…。確かこの店だったと思うんだけど…」

「人が多いからでしょうね…。写真があるから、簡単に見つけられると思ったのに…」

「――あの…、帝国華撃団・愛組の方達ですか…?」


そこへ、幽霊のような青白い顔にか細い声、腰まで伸びた長い黒髪に眼鏡というルックスの根暗そうなセーラー服の女の子が話しかけてきた。

「…ん?今、何か言った?」

「…?いいえ?」

「おかしいわねぇ。登校前の7時半に待ち合わせってはずなんだけど…」

「〜〜あ…、あのぉ…?」


だが、少女の声の小ささと影の薄さと喫茶店の賑やかさがあだとなり、3人に存在をまったく気づいてもらえない…。

「表に制服着た娘はいなかったわよね?」

「〜〜もしもーし…?」

「私服で来ているのかもしれませんし、奥まで行ってみましょうか」

「そうね」

(〜〜あぁ…、今どきの女子学生ぶって、銀座のオープンカフェを待ち合わせ場所に選んだから罰が当たったんだわ…。やっぱり、こんな華やかな場所…、死神の私には不釣り合いなのね…。身の程知らずもいいところだわ…)


女学生がネガティブな独り言を呟いていると、彼女の後ろを通った女給さんが急に足を滑らせ、トレーで運んでいたティーカップが宙を舞って大神の頭に直撃し、その拍子に熱い紅茶も大神は頭からかぶってしまった…!!

「〜〜あっちぃ…っ!!」

「きゃああっ!?」

「大神君、大丈夫!?」

「〜〜あぁっ!申し訳ございません、お客様…!!」

「あ…」


女給が大急ぎで大神に冷たいおしぼりを持ってきた際に、存在感の薄い女学生は突き飛ばされ、床に崩れ落ち、大神の目の前で吐血した。

「――げほおおっ!!」

「〜〜うわああ〜っ!?店員さん、誰か倒れましたよ!?」

「〜〜いやああ〜っ!!何なの、この娘!?」

「〜〜誰かお医者様を〜っ!!」

「ぐふ…っ!だ…、大丈夫です…。はぁはぁ…これくらいの…吐血……」

「…!小久保さん…!?――あなた、小久保和美さんね…!?」

「はい…。私が…小久保です……」

「〜〜こ…、この娘が今回の依頼者なの…?」

「〜〜しょっぱなから、すごい市民に当たっちゃいましたね…」

「うふふふ…。やっと…気づいて…もらえ…た……がくっ…」

「〜〜うわああっ!!小久保さ〜ん!?」


転んだだけなのに、まるで車にひかれたかのように和美は血の海の中でピクピク痙攣しながら笑うのだった…。

★            ★


朝の喫茶店で目立ちまくった地味な女学生・和美は市民病院に運ばれた。

「――ぐふ…っ!ごほっごほっ!はぁはぁ…、ご親切に病院まで連れてきて頂いて、本当に申し訳ありません…。ぜぇぜぇ……」

「気にしないで。気づかなかった私達が悪いんだから」

「私、生まれつき体が弱くて、影が薄いもので…。ぐふ…っ!出席している授業でも欠席扱いされることがしばしばなんですよ…。……はぁはぁ…」

「〜〜そ…、それは大変ね…」

「〜〜大丈夫かい、とても苦しそうだけど…?」

「すみません…。はぁはぁ…私、初対面の人と話をすると…ぜぇ…はぁ…緊張のあまり…呼吸困難になるんです…。〜〜ぜぇぜぇ…ひゅーひゅー…」

「〜〜えぇっ!?」

「〜〜そんな健康状態で学校に通えているの…?」

「はい…。うちの学校は…ぜぇぜぇ…バリアフリーが整っているので…、車椅子でも…はぁはぁ…登校…できますから…ひゅーひゅー…」

「〜〜わかったから、もう喋らなくていいわ。とりあえず今はゆっくり休んで、ね?」

「すみません…。今朝はいつもより吐血の量が少なかったので、午後には退院できると思いますから…」

「〜〜あんな血の海になるほど吐いたのにかい…?」

「〜〜ここまで生命反応が薄い人、初めて見たわ…。今までよく生きてこられたわね…」

「し…っ!彼女から強い霊力を感じるわ…。声が聞こえてくる…!」

『――可哀想に…。やはり、和美にはまろがついててやらねばのぅ…』

「男の声…?」


声の主と思われる平安時代の貴族のような男の霊が和子のベッドの近くで扇子をあおぎながらフワフワと浮いていた。

「…彼、和美さんの守護霊でしょうか?」

「そのようね…。きっと、女給を転ばせて、私達に和美さんの存在を気づかせたのも彼の仕業よ」

「…?はぁはぁ……。どうか…されましたか…?」

「あ、いや…、何でもないよ」

「和美さんには見えてないみたいね…?高い霊力を持っているはずなのに…」

『おや、お前達、まろが見えるのかね?ホホ、珍しい人間もいたものじゃのぅ』

「この守護霊の霊力…、かなり強力だわ…!」

「もしかしたら、この守護霊が和美さんの霊力を過度に吸収しているせいで、和美さんの生命力と存在感に悪影響が及んでいるのかもしれませんね…」

「そうね…。守護者に依存すればするほど、守護霊の霊力は強力になっていくというし…」

『〜〜人聞きの悪いこと言うなっ!!まろは守護霊じゃぞ!?守護者を危険な目に遭わせたりなどするものかっ!!』

「〜〜自分で気づかないタイプが一番厄介なのよね…」

「彼をどうにかすれば、和美さんの体が少しは丈夫になるかもしれませんね…!」

「――はぁはぁ…。ふぅ……。呼吸が少し楽になってきました……。これならお昼休みには間に合いそうだわ…」

「そう、よかったわ。私達はこれから依頼に取り掛かろうと思うんだけど、その前に規則でね、今回の依頼内容と目的についての確認と作戦内容を私達と依頼主で話し合うことになってるのよ。具合の悪いところ申し訳ないんだけど、協力してもらえるかしら?」

「わかりました…。ぜぇぜぇ…えーっと……わ…私…の…依頼は……同じクラスに…はぁはぁ…て…て…」

『〜〜天王寺直人という同級生のやさ男に告白したいから、こやつらに手伝ってほしいなどという依頼など断ってしまえ!!あんなへなちょこ男一人おらんでも、まろが永久に守ってやるぞよ!!お前さんが生まれた時に、まろはそう誓ったのじゃ!!』

「〜〜代わりに説明ありがとう…。――それで、天王寺君について詳しく教えてくれるかしら?写真とかあったら助かるんだけど…」

「はい…。確か…はぁはぁ…生徒手帳に写真が…」

「この鞄?取ってあげるわね」

「あ…、その鞄は――!!」


かえでから鞄を取り返そうとした和美は急に体を起こしたせいでバランスを崩し、ぐしゃぐしゃっと奇妙な音を立てながらかえでの目の前でベッドから落ちた!!

「〜〜きゃああああ〜っ!?」

「だ…っ、大丈夫、和美さん!?関節がありえない方向に曲がってるけど…」

「はい…。私、体柔らかいので…」

「〜〜内臓がつぶれるような音もしたけど…?」

「いつものことですから…」


和美は乱れた黒髪をそのままに、ポキポキ…と骨を鳴らしながら床を這いつくばって、かえでの持つ鞄に手をかけた。

「〜〜ひいいっ!?」

「中身…整理してないから、見られると恥ずかしいです…。私の鞄…返して下さぁ〜〜い…」

「〜〜いやあああ〜っ!!――まろっ!守護霊なら和美さんが怪我しないように守ってやりなさいよっ!!」

『フフフ、貴様はドジっ娘萌えというやつをわかっておらんようじゃな♪』

「〜〜どう見ても、ドジっ娘ってレベルじゃないでしょうがっ!!」

「〜〜そ…それで、写真はあるかな…?」

「はい…。はぁはぁはぁ…えっと…、――こ…、この殿方なんですけど…」


流血する顔面の下で頬を真っ赤に染めた和美が見せてくれた写真には、真面目そうな好青年が映っていた。

「まぁ、素敵な子ね。爽やかで女子ウケしそうなタイプだわ」

「そ、そうですか…?……ぽっ」

『フン、どこがじゃ!まろ眉で引目で鉤鼻で丸顔な美青年ならまだしも、こんなやせっぽっちの不細工男のどこがよいのじゃ!?』

「〜〜はは…、平安時代と今の美意識はだいぶ違うからな…」

「天王寺君は格好良いだけじゃなくて、お勉強も得意なんですよ。それに、と〜っても優しいんです。私が長距離走中に肺炎を患って入院した時も、わざわざお見舞いに来てくれて…」

「ふふっ、それがきっかけで好きになったのね?」

「はい。友達のいない私を気にかけてくれた方は彼が初めてでしたから…。あの時、花束をくれた彼の笑顔を思い出すだけで私の胸は…――ぐはああっ!!」

「〜〜きゃああああっ!!一瞬でベッドカバーが真っ赤に…!!」

「〜〜大神君っ!早く看護師さん呼んできて!!」

「〜〜はっ、はい!!」

「はぁはぁはぁ…、大丈夫ですぅ…。私、興奮すると鼻と胃から血が逆流する体質らしくて…」

「〜〜想いを伝える前に失血死しないか不安だな…」

『人間の力など借りずとも、まろさえいればお前の幸せは保証されてるも同然じゃ!帝都大学進学者が多い第一高等学校に入学できたのだって、まろが霊力を駆使して、お前に答えをテレパシーしてやったからじゃしのぅ!ほっほっほ♪』

「〜〜あなたって、サポートする範疇がズレてるわよね…」

「助けてやりたい気持ちはわかるけど、和美さんを思うなら、時には我慢して見守ってやるのも愛情じゃないかな?」

『フン、人間風情が偉そうに…!使える力を使って何が悪いのじゃ?この娘は普通のおなごよりドジっ娘で病弱なのじゃ!守護霊のまろが守ってやらなくて誰が守ってくれるというのじゃっ!?』

「だから、それが結果的に和美さんの霊力を奪うことになってるのよ…!」

「あの…?皆さん…、さっきから、どなたとお話を…?」

「あ…、〜〜ご…、ごめんなさいね?ちょっと3人で話し合ってたのよ」

「〜〜やっぱり、私の依頼は無理そうですか…?」

「やぁねぇ。そんなことあるわけないでしょ?」

「〜〜いいんです…。私みたいな死神女が天王寺君みたいな王子様と釣り合うはずありませんものね…」

「そうやって自分を卑下するのはよくないな。自分が気づいてないだけで、誰にも負けない君だけの魅力がたくさんあるんだぞ?天王寺君もその魅力に気づいて、君ともっと親しくなりたいと思ったから、わざわざ見舞いに来てくれたんだと思うけどな」

「そ、そうでしょうか…?」

「大神君の言う通りよ。やってみなくちゃ結果なんてわからないでしょ?今しか味わえない青春を後悔のないように謳歌しないとね!」

「私達に任せて!帝国華撃団・愛組は、あなたの恋が成就するよう、全力でサポートさせて頂きます!」

「ありがとうございます…。私も頑張ります…!〜〜ふぐ…っ!き…、気合いを入れたら、また血が…。とりあえず、2時限目の数学に間に合うよう養生してます…」

「〜〜それがいいわね…」

「〜〜その前に、看護師さんにシーツとベッドカバーを取り換えてもらおうか…」

『…フン。ちょっと霊力が強いからって和美を助けられると思ったら大間違いじゃ』


幸せそうにベッドに横になる和美を守護霊の貴族はふてくされながら見つめていた…。

★            ★


任務1日目。第一高等学校・保健室。

「早速、任務開始よ。まずは学校に潜入しないとね」

「潜入って…。そこまでする必要あるの?」

「あら、和美さんも天王寺君も一日の大半を同じ学び舎で過ごすんだから、その方が効率的でしょ?」

「〜〜だからって、何で私がセーラー服着なくちゃいけないのよっ!?」

「だって、『セーラー服を着たかえでが見たい』って読者様からリクエストを頂いたんですもの♪アクセルゼロ研修生さん、どうもありがと〜!後で『楽屋』にイラストもアップするわね♪」

「〜〜誰に向かって話してるのよっ!?んもう…、あやめ姉さんは教師なのに何で私は生徒なのよ?」

「ふふっ、『太正浪漫学園恋物語』で私の先生、読者様に好評だったみたいだし♪」

「…だから、その読者様って何なのよっ!?」

「――あの…、こんな感じでいいでしょうか?」


学ランに着替え終わった大神は、詰襟と眼鏡を気にして照れながら姿を見せた。

「まぁ…!素敵よ、大神君!優等生の学級委員って感じね♪」

「はは、ありがとうございます…!あやめさんもそのスーツ、お似合いですよ。学園のマドンナって感じで♪」

「ふふっ、ありがとう。大神君に褒められると嬉しいな♪」

「かえでさんもセーラー服、よくお似合いですよ。その…、現役女子高生には出せない大人の色気が漂っていて…♪」

「ふふっ、大神君ったら♪うん!こうして見ると、私もまだ学生でイケるわよね〜♪」

「う〜ん…。ちょっとタイトスカートが短すぎるかしら…?」


大神に褒められて上機嫌のあやめとかえでが鏡の前で自分の姿をチェックしていると、鏡の中に和美の守護霊の貴族が姿を見せた。

『ほっほっほ…!二人とも妖しい店のコスプレ店員みたいじゃのぉ♪』

「〜〜ムッ!?」

「〜〜出たわね、まろ…!?」

「――ぜぇぜぇ…。遅くなってすみません……」

「和美さん…!起き上がって大丈夫なの?」

「はい…。ひゅーひゅー…、寝ながら天王寺君のことを考えていたら、いてもたってもいられなくなってしまい、病院を抜け出してきました…」

「休んでても大丈夫なのに…。今日のところは俺達でなんとかするからさ」

「いえ…。ぜぇぜぇ…。今日、天王寺君に会えないと月曜日まで会えなくなってしまいますから…。はぁはぁ…そんなの辛くて耐えられません…。一分一秒でも彼の笑顔を拝んでいたいのに…」

「和美さん…」

「ふふっ、その気持ちわかるわ♪好きな人がいると、学校に行くのが楽しくなるものね」

「その熱意を天王寺君に伝える為にも、私達と一緒に頑張りましょう!」

「はい…!よろしくお願いします」

『〜〜フンッ!下々の者どもが偉そうに…』

「校長先生から潜入許可も頂いたことですし、早速任務を開始しましょう!」

「そうね。確か私と大神君は和美さんと天王寺君のクラスの転校生で、あやめ姉さんは臨時の担任って設定だったわよね?」

「えぇ。担任の山田先生には臨時休暇を取って頂いているから、気兼ねなく任務に没頭できるわよ」

「あの…、私はどうすれば…?」

「和美さんは普段通りに過ごしてもらって構わないわ」

「ただ、ちょびっとだけ積極的に天王寺君と仲良くするよう心掛けてもらえると、任務の遂行がしやすくなるかもしれないわね♪」

「わ、わかりました…!吐血しない程度に頑張ってみます…」


――キーンコーンカーンコーン…。

「チャイムですね。教室に向かいましょうか」

「そうね。放課後にまた保健室に集合よ。何かあったらキネマトロンで連絡すること。いいわね?」

「了解!」「了解!」

(〜〜おのれぇ…!まろの和美を人間の男に渡してなるものか…!!まろの命令に逆らった報いは物の怪より怖ろしいぞよ…!?ほっほっほ…♪)


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