「娘はあやめ姉さん!?」その2



翌日、かえでは陸軍病院を退院して、夫の大神と娘のあやめと一緒に大帝国劇場に帰ってきた。

「お帰りなさい、かえでさん」

「この子があやめちゃんですか?うわぁ〜、可愛いですね〜♪」

「私の幼少期には劣りますが、なかなかの器量良しですわね」

「チャオ〜♪帝劇へようこそデ〜ス!」

「アイリスにも抱っこさせて〜!あやめちゃんのお世話、い〜っぱいしてあげるんだっ♪」

「あたいの特製離乳食を食えば、すぐにデカくなるぜ!」

「うちも今日の為に赤子用のおもちゃをつくっといたんや!あやめちゃんにあげるさかいなぁ♪」

「…今のうちから爆発に慣れておけば、丈夫な子に育つしね」

「ふふっ、皆、ありがとう」


あやめを抱く大神とかえでを囲み、花組も皆、あやめを歓迎してくれた。

今日からこの子も帝国華撃団の立派な一員だ。



「――あやめ〜、早く大きくなるんだよ〜♪」

息子の誠一郎も妹ができたことが嬉しいらしく、小さい体で一生懸命お世話してくれる。

ミルクを飲ませるのを手伝ってあげたり、ベビーベッドに寄り添って子守唄を歌ってあげたり…。

……そのうち、疲れて自分も眠ってしまったようだ。

ぐっすり眠るあやめの傍で寝てしまった誠一郎を大神は抱きかかえて布団に寝かせ、そっとブランケットを掛けてやった。

「ふふっ、誠一郎、あやめが生まれてくるの楽しみにしてたものね」

「あやめもよく眠ってるな。俺達に見守られて、安心してるのかな」

「きっとそうよ。赤ちゃんは寝るのと泣くのがお仕事ですもの」

「はは、寝る子は育つっていうからな。――あやめ、お前は皆から可愛がられて幸せ者だな」


また一人、大切な家族が増えた。

あやめの頭を撫でていたかえでを大神は肩を組んで抱き寄せた。

「――子供達も眠ったことだし、いいだろ…♪」

「ふふっ、起きちゃうわよ?」

「いいじゃないか。入院している間、寝ている隣にかえでがいなくて、ずっと寂しかったんだぞ…?」

「もう、一郎君ったら…。ふふっ、まだ本調子じゃないんだから優しく…ね♪」

「フフ、了解…♪」

「――ふぇ…、ほんぎゃあああ…!おぎゃあああ…!!」


大神とかえでが抱き合ってキスを始めた途端、眠っていたはずのあやめが急に泣き出してしまった…!

「〜〜いぃっ!?」

「あらあら、どうしたの?は〜い、良い子ね〜♪」

「おしめかな?さっき替えたばかりだと思うんだが…」

「う〜ん…、触った感じ、そうでもなさそうよ…?おっぱい飲ませた方がいいかしら?」

「ほんぎゃあ!ほんぎゃあ…!!」


あやめは大神パパの指を小さな両手で掴んで離そうとしない。

…もしかしてと思い、かえでは少し大神から離れて立ってみた。

「びえええ…!ぐすっ、あぶぅ…。ぐす…っ、あう……。――あ〜いっ♪きゃっきゃっ…!」

すると、思った通り、あやめはすぐに泣き止んだ。

天使の笑顔で大神に笑いかけ、ぎゅっと指を握っている。

「よかった…、泣き止んだぞ!」

「きゃっきゃっ!あぁう〜♪」

「ははは、よしよし。パパがついてるから安心して眠れよ…?」


ゴキゲンに愛想を振りまく娘に大神がデレデレなのに、かえでは少しムッとなった。

(〜〜んもう、あやめ姉さんったら嫉妬深いのは転生前と変わらないのね…!そりゃ、この子が本当に姉さんの生まれ変わりかどうかはわからないけど…、もし本当にあやめ姉さんが転生してきたんだとしたら、きっと私をライバル視してくるに違いないわ…!!)

「――見ろよ、この可愛い顔!写真に撮っておこうかな♪」

「〜〜フン、親馬鹿っ!」

「いぃっ!?〜〜な、何怒ってるんだよ…?」

「…なんでもないわよっ!」


今度はかえでがゴキゲンナナメになってしまったので、大神はなだめるように後ろから抱きしめて、かえでの頬にキスしてやった。

「あやめが寝るまでの辛抱だから…な?それまで我慢してくれよ…♪」

「ふふっ、もう…っ!いやあん、うふふっ!くすぐったいわ、一郎君…♪」

「――おぎゃああああ〜っ!!」

「あっ、またあやめが…!!〜〜どうしたんだよ…?怖い夢でも見たのか?」


〜〜大神といい感じになると、あやめの夜泣きが始まってしまう…。

かえでは二度も肩透かしを食らい、頭を抱えた…。

(――ちょっと待って…。これから毎晩こうして、あやめ姉さんに邪魔され続けるってこと…!?〜〜冗談じゃないわ…っ!!)

「はいはーい、あやめ〜。パパでちゅよ〜♪」

「あい〜っ♪きゃっきゃっ♪」

「〜〜ハァ…、そんなぁ…」




あやめが生まれて、数ヶ月が経った。

副支配人&副司令業務の激務と誠一郎&あやめの面倒で、かえでは連日寝不足の状態が続き、クマができて、髪もボサボサでぐったりしていた。

支配人&司令兼花組隊長である旦那の大神も、仕事の負担を減らしてくれたり、家事や子育てを積極的に手伝ってくれてはいるが、それでも、あやめの子育ては精神的に堪えるものがある…。



「――ほんぎゃあ…!!ほんぎゃああっ!!」

「〜〜はぁ…。また起きちゃったの…?……あ〜、よしよし、良い子ねぇ…」

「俺がやるからいいよ。顔色悪いから横になってた方がいいぞ?」

「〜〜平気よ…。今、誠一郎はアイリス達が遊んでくれてるし…、あやめの世話ぐらい…」

「――ほんぎゃあ〜!!ほんぎゃあ〜!!」

「あぁ…、あやめにおっぱいあげる時間だわ…。〜〜胸がしこっちゃって痛ぁい…」

「バイ菌が入ったのかもしれないな…。俺が揉んでやるから風呂場で消毒しよう」

「〜〜びえええええ〜んっ!!」

「〜〜ダメよ…。一郎君が私に構うと、あやめが泣くんですもの…」

「ちょっとくらい大丈夫さ。放っといて、あやめにバイ菌が入ったら大変だろう?」

「〜〜あ〜っ、もうイヤっ!!頭痛いんだから泣き止ませてよぉっ!!」

「びえええええ〜ん!!びえええええええ〜ん…!!」


かえでの育児疲れがピークに達しようとしているのは誰の目から見ても明らかだ…。

大神はため息をつくと、優しく笑って、かえでの頭をポンポンと叩いた。

「気分転換にあやめを連れて上野公園に行かないか?今日は一回公演だから時間あるしさ」

「もう公園デビューさせるの…?〜〜これ以上、神経をすり減らしたくないんだけど…」

「今日はママ友抜きの家族間交流だよ。――ほら、行くぞ…!」

「あっ、一郎君…!?」




大神に連れ出され、かえでは上野公園にやって来た。

かえではベビーカーを押す大神の隣で、初夏の直射日光をしのげる木陰道を歩いていく。

「結構涼しいだろう?」

「そうね…。緑と土の匂いが心地良いわ」

「ば〜ぶぅ。きゃっきゃっ♪」

「ははは、あやめもゴキゲンだな。お外は好きか?」

「あうっ!きゃああ〜いっ♪」

「あ、菖蒲だ。――見てごらん?お前の名前の花が咲いてるぞ」

「きゃあいっ!きゃっ、あ〜うっ♪」


あやめは赤ん坊という立場を利用して、大神にべったりくっついている…。

(〜〜馬鹿ね…。私ったら赤ちゃん相手に嫉妬なんて…)

「あぁぶ…。きゃっきゃっ♪あうう…っ!」


と、あやめはいきなり、かえでの前髪をぐいっ!と引っ張った。

「〜〜痛っ!」

「きゃっきゃっ♪」

「ほら、暗い顔してるから、あやめも心配してるぞ?」

「〜〜コラッ!ママの髪を引っ張るんじゃありません!!」

「あう…っ!?〜〜ふぇ…、びえええええ〜ん…!!」


かえでが怒鳴ったので、あやめは大声で泣き出してしまった。

「赤ん坊に怒鳴ることないだろう!?〜〜可哀想に…。怯えちゃってるじゃないか…」

「〜〜何よ…!一郎君ったら、あやめ姉さんばっかり…」

「何言ってるんだ?この子が本当にあやめさんかどうかわからないだろう?娘に嫉妬してどうするんだよ?」

「〜〜そ…、そうね…。ごめんなさい…」

「…きっと育児ストレスだな。出産後は情緒不安定に陥りやすいし…。せっかく来たんだから、思い切りリフレッシュして帰ろう、な?」

「えぇ…、そうね…」

「喉乾かないかい?飲み物買ってくるよ。そこに座って待っててくれないか?」

「わかったわ」


大神が出店に向かっていくのを見送ると、かえではベビーカーを隣接させて、ベンチに座った。

「〜〜あぁう…。おぎゃああ…!おぎゃあああああ〜!!」

大神がいなくなると、途端にあやめは泣き始めた。

「〜〜泣かないでよ、姉さぁん…。私に嫌がらせしてるつもりなの…?……私があやめ姉さんの代わりに一郎君と結婚したから妬んでるんでしょ!?だから、わざとこんなことしてくるんでしょ!?〜〜はっきり言ったらどうなのっ!?」

「〜〜うぎゃあああああ…っ!!」


かえでに怖い顔で怒鳴られ、あやめの泣き声はますます激しくなった…!

「〜〜泣いてちゃわからないでしょっ!?」

「〜〜おぎゃあああ…!!おぎゃああああ…!!」

「〜〜泣くなって言ってるのがわからないの…――っ!?」


あやめをぶとうとした自分の行動にハッと我に返り、かえでは自分も泣きそうになりながら手を引っ込めた。

(〜〜私…、今…何てことを…!?……あやめ姉さんに嫉妬してるのは…私の方じゃない…)

大神の初恋の人であり、永遠の憧れの人である、あやめ…。

どんなに姉と似ていようとも、大神と結婚して子供ができようとも、自分には姉を超えることはできないんだ…。

あやめがもし生きていたら、今の自分の場所に立っていたはずだ…。

今頃、自分と同じように赤ん坊を公園に連れて行き、大神の隣で幸せそうに微笑んでいられただろうから…。

今の自分と同じように、大神の子供を何人も産んで、幸せな家庭を築けただろうから…。

でも、女の幸せは叶うことなく、あやめは逝ってしまった…。

どんなに辛く、無念だったことだろう…。

自分だって、姉に負けないくらい大神を心から愛している。

大神も姉の面影を残す自分の想いを受け入れて、愛してくれている。

だが、娘があやめの生まれ変わりかもしれないと話した時、大神はすごく嬉しそうだった…。

今も大神の中では、あやめは特別な存在として居座り続けているのだろう…。

死んだ姉にまだ敵わない…。だから…、自分の心にまた醜い感情が芽生えて……。

――ポツ…ッ!

かえでの大粒の涙があやめの柔らかい頬に落ちた。

あやめは涙をいっぱいためた大きな瞳で不思議そうに母親を見つめている。

「――ごめんね、あやめ…。生まれてきたあなたは何も悪くないのに…。〜〜本当…、悪いお母さんでごめんね…。だから、もう泣かないで…?」

「あぶぅ……。――きゃうっ、あ〜いっ♪あうあうっ」


かえでが優しく微笑むと、あやめは大喜びで、きゃっきゃっと笑った。

「ふふ、可愛い…♪」

自分にもこんなに可愛く笑ってくれるんだ…。

かえでは嬉しくなって、髪の毛が生え始めたあやめの額に優しくキスをした。

「――あやめの機嫌、直ったみたいだな」

「一郎君…!」

「はい、お茶。酒は夜になってからな」

「ふふっ、もう…。おっぱいあげてるんだから飲まないわよ」

「はは、その我慢がいつまで続くかな?」

「〜〜んもう、一郎君!?」

「はははは…」

「あぶぅ!きゃああ〜いっ♪あうあ〜」

「ふふ、パパに抱っこして欲しいんじゃない?」

「そうみたいだな。――よっと…!おっ、また大きくなったんじゃないか?」

「ふふっ、赤ちゃんの成長は早いもの。あっという間に大きくなるわ」

「はは、そうだな。今のうちからたくさん思い出を作っておかないとな…!」


あやめは大神に抱っこされながら、かえでの服をぎゅっと掴んだ。

「――ぱんぱぁ、まんまぁ」

「え…?き、聞いた…!?」

「あぁ!今、あやめがパパ、ママって…!!」

「聞き違いじゃなかったのね…!――そうよ、あやめ。あなたのパパとママでちゅよ〜♪」

「ぱんぱぁ、まんまぁ…。きゃっきゃっ♪」

「ふふふっ、また喋ったわ!あやめはおりこうさんね〜♪」

「――かえでがいい顔で笑うようになってよかったよ」

「え…?きゅ、急に何言ってるのよ…♪」


大神に微笑まれ、かえでは赤くなって目を伏せた。

「育児ノイローゼのかえでなんて、もう見たくないからさ…。これからも悩んでることがあれば、一番に俺に相談して欲しいんだ。夫として、これからも傍でずっと支えていきたいから…」

「一郎君…。ふふっ、ありがとう…♪」


大神は…、旦那様は妻である自分をちゃんと愛してくれている…。

そんな温かい気持ちが確認できて、かえではホッとした気持ちで大神に寄り添った。

「かえで…♪」

「一郎君…♪」


大神とかえでは瞳を閉じ、互いの唇をゆっくり近づけ合う…。――が…!

「――おぎゃあああ〜っ!!」

大神パパに近づいてくるかえでママにあやめは泣き叫びながら、パパの胸にギュッとしがみついた!

「〜〜ハァ…、またか…」

「…どうしてもパパを渡さないつもりね?――ふふっ、望むところよ。その勝負、ママが受けて立ってあげるわ…!」

「あうっ♪」


かえでは自信満々に、泣いているあやめの額を人差し指で小突いた。

あやめとかえでの姉妹…もとい親子バトルは本格的に幕を開けることになるのは、それから何年も先のことである…。


あとがき

ブログ「大神姉妹」に掲載していた大神×かえで小説第3弾です!まとめるのが遅くなってしまい、申し訳ありませんでした(汗)

「もしも、あやめさんが大神さんとかえでさんの娘として生まれてきたら…」というTKD様からのリクエストを基に書かせて頂きました!TKD様、ありがとうございました!

大神さんがかえでさんを呼び捨てにしてタメ口をきいていると何だか新鮮で、いつもとは違う萌えが…♪ロイド君がリフィル先生と二人きりの時だけ呼び捨てにしちゃうのと同じ萌えなのかもしれませんね!

でも、いつも描いてるなでしことひまわりがいないと何か変な感じ…。やっぱり今は子供は3人いる話を書いてる方が楽しいかな?それに、かえでママと一緒にあやめママもいた方が♪

一応話がひと段落したので、サイトの方に掲載させて頂きましたが、掲載当時、読んで下さった皆様からご好評を頂いたので…!

書くネタがなくなったら、大神パパ&かえでママ&あやめちゃんの成長記録をまた書くかもしれません。その時はまた読んでやって下さいね!


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