「かえでさん、初めての実家ご挨拶」その3



「――あいよ、日本酒とビール5本ずつな」

と、大澤酒店のご主人は閉店時間であるにもかかわらず、店を開けて、笑顔で注文を承ってくれた。

「すみません、こんな遅くに…」

「いいってことさね!一郎ちゃん家は昔からのお得意様だからな。双葉ちゃんは今、いるんかい?」

「はい」

「はは、なら、なおさら買い込まねぇとな〜」


一郎君がご主人と話している間、私はほかのお酒も物色していた。

「〜〜かえで…っ!もうたくさん買ったんだからいいだろ?」

「うふふっ、見てるだけよ〜♪あ、これも美味しそ〜♪」

「〜〜かえでぇ…」

「おっ、もしかしてあんたかい、一郎ちゃんの嫁さんになるっていう帝都のべっぴんさんは?」

「ふふっ、そんな、べっぴんさんだなんて〜♪」

「ハハハ…!なら、俺からのご祝儀だ。この『桜吹雪』もオマケしとくよ!帝都から仕入れた銘酒だで」

「まぁ〜、ありがとうございます〜♪」

「ハハハ…!うちの店はべっぴんさんにはサービスいいんだよ。一郎ちゃんとまた来てくれよな!」

「えぇ、是非…!」

「ありがとうございます、大澤のおじさん」

「いやいや、めでてぇことじゃねぇか。ハハハ…!しっかし、これだけ買い込むとは、よっぽど人が集まってるんだなぁ…」

「〜〜え、えぇ…、まぁ…。おほほほ…」


〜〜まさか、これだけのお酒を私と双葉お義姉様の二人だけでほとんど飲み尽くすとは言えないわよね…。

「〜〜あんた、何やってるんだい…!?」

そこへ、酒屋のご主人の奥様が血相を変えて、店の奥から飛び出してきた。

「何って…、一郎ちゃんと嫁さんが酒買いたいって言うから、売ってやってんだ」

「〜〜あの化け物一族と関わるなって言ったろ…!?」

「え…?」


奥様に言われ、一郎君は眉を顰めて、瞳を伏せた。

「〜〜お前、なんてこと言うんだ…!?うちの酒をいつも買ってくれるお得意様に向かって…!!」

「それとこれとは別なんだよ…!少しでも変な酒が混じってたりでもしたら、恨みをかって、変な力で殺されちまうよ…!?」

「そ〜んなことあるわけねぇべ!?」

「まったく…、あんたは呑気なんだから…。――あんた、あの化け物一族に本当に嫁ぐつもりかい?」

「えぇ、ご心配には及びませんわ。――だって…私も化け物ですもの♪」


と、私はコートの下にぶら下げていた神剣白羽鳥を霊力で光輝かせて、奥様に見せつけた。

「〜〜ひいい〜っ!!ば、化け物ぉぉっ!!」

奥様は慌てて店の奥へ引っ込んでいった。

「〜〜すまねかったな…。嫌な思いさせちまって…」

「いえ…、慣れてますから…」

「これ、お詫びに入れとくな…。これに懲りずにまた来てくれよな」


と、ご主人はすまなそうに日本酒の小瓶を袋に追加してくれた。



酒屋を後にして、私と一郎君はさっき来た道をまた戻っていく。

「――かえで、さっきはありがとう…」

「ううん、いいのよ。……あなたの一族の力…、ここら辺では有名なの…?」

「あぁ…。霊力の高い俺達を化け物扱いして、忌み嫌う人達も少なくないよ。…けど、今に始まったことではないからさ。それに、全員が俺達を疎んじているわけじゃないよ。さっきの大澤のおじさんだって、吉村のおじさんとおばさんだって、俺達に良くしてくれているしさ」

「一郎君…」

「ごめんな…、巻き込んでしまって…」


〜〜気持ちはよくわかる…。

対降魔部隊に所属していたあやめ姉さんだって、降魔に生身の体で挑んでいたから、他の陸軍の軍人達から化け物扱いされていた…。

そして、私もあやめ姉さんと同じように高い霊力を受け継ぎ、神剣白羽鳥の継承者として、一郎君達と一緒に魔の者達と戦っている。

花組の娘達だって、もし帝都の人々に霊力の高さを知られたら、きっと同じように化け物扱いされることがあるかもしれない…。

〜〜霊力がどういうものかをわかろうともしないで、私達の人間性を見ようとしないで…、ただ不思議な力を持っているだけで…、自分達と違うからって怖れられて…。

「昔はどうして自分達だけこんな力があるのか…、姉さんに辛くあたって、悩んだ時期もあったんだ…。けど、さくら君たちと出会って、かえでと出会って…、この力を授かった意味がわかるようになった。この力は、俺が大切な仲間を…、そして、愛する人を守れるように神がくれた特別なものなんだって…」

「一郎君…」

「それに、もし俺に霊力がなければ、花組の隊長にもなれなくて、かえでとも出会えなかっただろうしね」

「ふふっ、そうね。化け物一族に化け物一族の女が嫁ぐんだから問題ないわよね?」

「はは…、そうだな。――ありがとう…」


大神君は立ち止まって、ぎゅっと私を抱きしめてくれた。

「かえでと出会えて、本当によかった…」

「ふふっ、私もよ、一郎君。私、もうすぐ『大神かえで』になれるのよね…♪」

「そういえば、藤枝の家はどうするんだ?」

「そうね…。男の子が二人できたら、どちらかに継がせようかしら…。〜〜けど…」

「かえで…?」


正直、私は藤枝の家が嫌いだった。

藤枝家の次女として生まれた私は、小さい頃から霊力が高くて優秀なあやめ姉さんといつも比較されていた。

子供の頃は、おばあ様やお父様からできそこないだと言われ…、士官学校では、教官や同級生達から成績優秀なあやめ姉さんと比較され、女のくせに生意気だと男子生徒から妬まれ…。

結果を出さなければ、誰も私を認めようとしてくれなかった。

けど、チャンスだった欧州星組は失敗した…。

あやめ姉さんは対降魔部隊で活躍して、日本橋の巨大降魔を討ったと英雄扱いされていたのに…私は…。

だから、私は早く藤枝という一族から解放されたかった。

私を「藤枝あやめの妹」ではなく、「藤枝かえで」という一人の人間として見てほしかったからだ…。

けど、今後は『大神』の姓を名乗るんだと思った時、何故だかほんの少し寂しく思えた。

『藤枝』の姓は、私と姉さんを平等に愛してくれた大好きなお母様と、私の世話を一生懸命してくれたあやめ姉さんと繋がっていられる絆だと思っていたからかもしれない…。

「――どうかしたのか…?」

「え…?」


一郎君は優しく微笑むと、私の涙を指で拭ってくれた。いつの間にか、自分でも気づかずに泣いていたみたいだ…。

「ふふっ、ごめんなさいね…。昔のこと…、色々思い出しちゃって…」

一郎君は私の気持ちを察したのか、優しく抱きしめてくれた。

「俺の家に嫁いでも、かえでが藤枝家の人間ということに変わりはないだろ?」

「一郎君…」

「今度、俺も行っていいかな?かえでの実家に…」

「ふふっ、えぇ…!」


そう言うと、大神君は優しくキスをしてくれた。今日のキスは涙に濡れて、ちょっとしょっぱかった…。



「――ただいまー!」

「お帰り、かえで〜♪さぁ、もう一度、この義姉と飲み直そうではないか〜♪」

「ふふっ、えぇ…!」

「〜〜かえでも姉さんもほどほどにしておけよ…?」

「〜〜無駄だと思うよ、お兄ちゃん…」

「ねぇねぇ、一郎さんとかえでさんも母さんの長唄とお三味線、聞いて〜♪」


いくら人とは違う力があっても、化け物と呼ばれても、この一家の人達は私のかけがえのない家族だ。

一郎君達を悪く言う輩は私が許さないんだから…!



宴会が終わって、酔いつぶれた双葉お義姉様はこたつの中で新次郎君の隣でいびきをかきながら寝てしまった。

「くすっ、もう…しょうがないなぁ」

と、五香さんは双葉お義姉様と新次郎君に毛布をかけてあげた。

「〜〜もう…、だから飲みすぎるなって言ったのに…」

「うふふ〜、一郎くぅ〜ん♪」


双葉お義姉様と同じようにべろべろに酔っ払った私に一郎君は肩を貸して、二階への階段を上っていく。

「ねぇ〜ん、キスして〜♪」

「はいはい、部屋に行ってからな」

「もう歩けな〜い。だっこ〜♪」

「〜〜はいはい…」


一郎君は千鳥足の私をお姫様抱っこすると、自分の部屋のベッドに横たわらせて、自分もベッドの上に乗った。

「そんなに酔っ払って…。無防備な副司令は襲っちゃうぞ〜♪」

「うふふっ、いや〜ん♪一郎君のエッチ〜♪」


一郎君は私にキスすると、私の首筋に吸いつきながら服のボタンをはずしていく。……が…、

「…かえで?」

「くー…」


私は横になった途端、眠りについてしまっていた。

「はは…、仕方ないな」

一郎君は苦笑しながらも、私の髪を撫でながら頬にキスをした。

「おやすみ、かえで。良い夢を…」



しばらく経って、私はふと目が覚めた。

私は外出着ではなく、寝間着を着ていた。きっと、私が眠っている間に一郎君が着替えさせてくれたのだろう。

その一郎君は私の背中を抱きしめて、隣で眠っていた。

〜〜私ってばあれからすぐ寝ちゃったみたいね…。一郎君に悪いことしちゃったわ…。

時計を見ると、夜中の2時を過ぎていた。

喉が渇いたわ…。お水でも飲みに行こっと…。

階段を下りていくと、縁側で星空を眺めながらお茶を飲んでいる志乃お義母様の姿が見えた。

「――三十郎さん、今日ね、一郎さんが初めてかえでさんを連れてきて下さったのよ。思った通り、とっても素敵な方だったわ。ふふっ、双葉ちゃんと五香ちゃんともすぐ仲良くなってくれたのよ」

お義母様は微笑みながら、隣に置いている三十郎お義父様の写真が入った写真立てを優しく撫でた。

「一郎さんももう結婚を考える歳になったのねぇ…。あなたが亡くなった頃は、まだあんなに小さかったのに…。いつの間にか立派になって、綺麗なお嫁さんも見つけて…。早く孫の顔が見たいわねぇ」

「お義母様…」

「あら…?――まぁ、かえでさん。ふふっ、眠れないの?」

「いえ、喉が渇いたので、お水を飲もうと…」

「あら、そうだったの。それじゃあ、ちょっと隣来て、お話しない?今、お茶を淹れてあげるから」

「あ…、すみません…。失礼します…」

「ふふっ、今ね、三十郎さんにあなたのことを話していたところなのよ。――ねぇ、三十郎さん」


ニコニコしているお義母様とは対照的に、写真の中のお義父様は厳格そうな顔で佇んでいる。

「一郎さん、優しい?」

「はい。それに、とっても頼りになりますし…」

「ふふっ、そう。いいわねぇ、かえでさん。これからもっともっと大好きな一郎さんと素敵な思い出が作れるものねぇ♪」

「ふふっ、そうですわね」

「ねぇ、一郎さんとあなた、帝都を守る為に命がけで戦っているんでしょう?」

「はい…」

「まぁ、格好良いわねぇ〜!ふふっ、息子とお嫁さんが正義の味方をしているなんて、私も鼻高々だわ。ふふっ、吉村さん達に自慢しちゃおうかしら♪」

「〜〜そ、それは控えて下さった方が…。一応、秘密部隊なので…」

「そうなの?残念だわぁ…。ふふっ、でも、一郎さんったらお父さんと同じようなお仕事を選んだのね。お父さんのこと、憧れてたものねぇ…」


口調は普段と同じだったが、お義母様の顔は少し悲しそうだった。もう戦いで大切な人を失う思いはしたくないのだろう…。

「これからも一郎さんを大切にしてあげてね。夫が亡くなってからじゃ、尽くしてあげたいと思ってもどうにもしてあげられないもの…」

「お義母様…」

「――あ、そうだわ…!私ね、かえでさんにプレゼントしたいものがあるの」


と、お義母様は鼻歌を歌いながら、タンスの引き出しをゴソゴソ探り出した。

「ふふっ、あったあった〜♪――はい、どうぞ〜」

「これは…?」

「私が三十郎さんとお見合いした時につけていた髪留めよ。ふふっ、いわば嫁入り道具の一つかしらねぇ」

「〜〜そんな大切なもの頂けませんわ…!」

「いいのよ、ずっとタンスの奥に閉まっておくのも可哀想だし、よかったらもらってあげて」

「でも、これにはお義父様との思い出が…」

「ふふっ、心配しなくても、三十郎さんとの思い出は私の胸の中にずっと残ってるわ。三十郎さんと出会えて、可愛い子供達に3人も恵まれて…。この子は今までずっと私が幸せになるように守ってくれたわ。だから今度は、かえでさん、あなたに持っていてほしいの。この子がきっと、あなたと一郎さんを幸せに導いてくれるはずだから」

「お義母様…」


お義母様は微笑むと、私の髪に髪留めをつけて下さった。

「まぁ、よく似合うわ〜!さすが一郎さんの選んだ娘さんね♪」

「ふふっ、ありがとうございます…」


志乃お義母様の笑顔が亡くなった私のお母様の笑顔と重なって見えた…。もし、お母様が生きていたら、きっと娘の私にこういう風に接してくれたことだろう…。

「あらあら、どうしたの、かえでさん?」

「〜〜すみません…。う…っ、ひっく…」


両手で顔を覆って嗚咽を漏らす私をお義母様は優しく抱きしめてくれた。

「ふふっ、そんなに泣いたら綺麗なお顔が台無しよ?ほら、笑って、かえでさん。ね?」

「はい…」


一郎君の実家に行って、私は忘れかけていた母親の優しさと温かさを思い出した。

ありがとう、一郎君。私、あなたの家族の一員になれて、とっても幸せだわ…。



「――色々、お世話になりました」

翌朝、私と一郎君は荷物を持って、大神家の玄関に出た。

今日、私達は帝都の大帝国劇場に帰るのだ。

「な〜んだ、もう帰っちまうのかい?」

「あぁ。支配人と副支配人が長い間留守にしちゃ、まずいからな」

「はぁ〜、相変わらず真面目な奴らだねぇ〜」

「姉さんと新次郎も早く紐育に帰れよ?」

「〜〜あんな危ない所に帰せるかっ!!またラチェットが新君を狙ってくるだろうがっ!!」

「新ちゃん、約束通り、私も紐育についていくからね!?プチミントとかいう小娘を、これ以上加山さんの傍にいさせてたまるもんですか…っ!!」

「〜〜いや…、それは心配しなくても大丈夫だと思うんですが…」

「〜〜はぁ!?新ちゃんったら、私よりあの金髪女を応援するわけぇっ!?」

「〜〜わひゃあ!!そ、そういうつもりじゃ…!!」

「〜〜いい加減にしろよな、五香っ!!」

「五香ちゃんが行くなら、母さんも紐育行くわ〜♪」

「はは、結局最後までこの調子か…」

「ふふっ、いいじゃないの。楽しい家族で…!」


また近いうちにこの家に帰ってきたいな…。

「――またいつでもいらしてね、かえでさん」

「はい…!」

「かえでさん、妊娠したら教えてね〜♪」

「〜〜いっ、五香…っ!!」

「ふふっ、さようなら…!」




私と一郎君はお義母様達と別れ、歩いて栃木駅まで向かった。

本当はまだまだいたかったけど、お義母様達のご厚意に甘えてばかりもいられないものね…!

「――ん…?その髪留めって確か…」

「えぇ、お義母様から頂いたのよ。私達を守ってくれるお守りなんですって」

「はは、そうなのか。よく似合ってるよ、かえで♪」

「ふふっ、ありがとう、一郎君♪」


ふふっ、私も今度、あやめ姉さんみたいに髪を伸ばしてみようかな…♪

私と一郎君が駅のホームで手を繋いで寄り添い合っていると、帝都行きの列車が汽笛を鳴らしてやって来た。

また今日からいつもの毎日が始まる。

けど、今の私には帰れる家ができた。家族ができた。それだけで忙しい生活に心のゆとりを持てるようになった。

「楽しかったわね」

「あぁ、また顔見せに来ような」


一郎君は笑って、私の頭を髪留めごと撫でた。

母さん、姉さん、私、大好きな一郎君の家族になれて、新しい家族ができて、とっても幸せよ…♪

終わり


あとがき

以前、ブログ『大神姉妹』の方に掲載させて頂いた、ブログオリジナル大神×かえで小説の記念すべき第1弾です!

こちらの作品もサイトの方で掲載してほしいというリクエストを頂き、掲載させて頂きました!

ブログですでに読まれた方も、今回初めて読まれた方も、楽しんで頂けると幸いです!

今後は、ブログの小説は全編書き終わったら、こちらのサイトで掲載し直すという形式をとりたいと思いますので、見逃してしまって記事を探しづらいという方もどうぞご安心下さいませ♪

さて、この作品は「かえでさんが初めて大神さんの実家に訪問して、大神さんの家族と会う」というでかMint★様からのリクエストを基に書かせて頂きました!でかMint★様、素敵なリクエストをどうもありがとうございました!!

ブログにも書きましたが、大神さんのお母様の「大神志乃」さんと妹さんの「大神五香」ちゃんというオリジナルキャラを出してみました♪

志乃さんはおっとりの天然ママ、五香ちゃんは加山さん命で、大神一族で一番のしっかり者という設定になっております。

長編小説では、大神さんの母親は亡くなったと設定してしまったのですが、直して、黒鬼会編からこの2人も登場させたいなと考えておりますので、どうぞ可愛がってやって下さいね♪

ということで、次回の小説は、大変長らくお待たせ致しました!「舞台」の長編小説・第18話(黒之巣会編の最終話)を予定しております!

それから、4月23日にサイト設立1周年を迎えるので、その記念としてサクラ大戦×他作品アニメ・ゲームのコラボ小説の連載を「中庭」でスタートさせたいと思っておりますので、どうぞお楽しみに♪


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