武道館ライブ2〜帝都・巴里・紐育〜開催&サクラ大戦15周年記念・連続長編小説
「1年花組 藤枝先生」
第1話「運命の出逢い」
「――そっちに行ったわよ、かえで!」
「了解!」
シュバ…ッ!乾いた風を静かに切り裂く音が深夜の東京に木霊した。
「キエエエエッ!!」
体に傷を付けられ、星一つ見えない真っ暗な夜空に向かって、化け物が咆哮した。大きな翼が生え、鋭い牙を生やした異形の化け物。その体色はほとんど暗闇に紛れてしまえるほど暗いものだ。
その化け物の後を2人の美女がビルの屋上を身軽に跳ね回りながら追っていた。かえでと呼ばれる日本人の女性ともう一人、長い金髪をなびかせたアメリカ人らしき女性だ。
「ラチェット、後ろ…!」
ラチェットと呼ばれる金髪の女性に向かって、化け物が滑空してきた。不気味な咆哮と共に巻き起こる突風に、ラチェットの華奢な体が舞い上がる。
「きゃああああ…!!」
「〜〜ラチェット…っ!!」
空中に投げ出されたラチェットを追って、かえでもビルから飛び降り、必死に手を伸ばした。
「〜〜かえで…っ!!」
ラチェットもかえでに手を伸ばし、見事、2人は互いの腕を掴み合った。そんな美女達を食い殺そうと、化け物が大きな口を開けて迫ってきた。
「甘いわ…!」
ラチェットは懐に隠し持っていたナイフを投げ、化け物の両目に突き刺した。
「ギエエエエエッ!!」
視界を遮られ、化け物は辛そうに叫び、下降し始めた。
「頼んだわよ…っ!!」
自分の真上で落下しているかえでをラチェットはふりこの原理で化け物に向かって飛ばした。かえでは夜空を舞い、高層ビルの窓を足でけりながら空中を器用に移動して化け物の背中に飛び乗った。
「ふふっ、これで終わりよ…!」
かえでは一瞬、聖母のように慈悲深く微笑むと、すぐに剣で化け物の頭を突き刺した。
「ギャアアアアア…!!」
弱点を突かれ、化け物は悶えながら墜落するスピードを速めた。
「かえで…!」
命綱を腰に巻きつけたラチェットが今度は逆にかえでに手を差し伸べた。かえでは墜落する化け物の背中から飛び降り、タイミング良くラチェットの腕を掴んだ。
その数秒後、化け物は地面に激突し、砂埃が舞い上がった。路上駐車してあった車をぺしゃんこにし、化け物はぴくりとも動かなくなっていた。
彼女達の華麗な活躍をモニターで見ていたアメリカ人の男性は立ち上がって拍手した。
「ブラボ〜!ワンダホ〜!!いやぁ、さすがは米田学園長直々の推薦を受けただけはあるねぇ〜!」
戦いを一部始終見ていたらしき陽気な男性の声が、命綱のワイヤーを巻き上げてビルの屋上に舞い戻ったかえでとラチェットの耳に付いたイヤホンから聞こえてきた。
「ふふっ、サニーサイドオーナー兼理事長様からお褒めの言葉を頂けるなんて光栄ですわ」
「いやはや、美人なだけじゃなく、素晴らしい戦闘能力とチームワークだ!君達の力を是非、我が学園で役立ててもらいたいよ」
「…ということは?」
「2人とも合格だ。4月からうちの学園で教師として赴任してもらう。なぁに、学園物に美人教師はつきものだからね」
通信機を隔てての報せに、かえでとラチェットは嬉しそうにハイタッチし合った。
★ ★
21世紀の東京。面積は小さいが、大都会として高層ビルが立ち並び、朝から晩までたくさんの人が往来する都市だ。もうすぐ冬の雪解けが始まるこの時期、毎年多くの人が夢を叶える為、この都市に集まって新生活をスタートさせる。
欲望の街・東京。そんな都市には自然と魔が集まる。そんな人間の負の感情が具現化したものが先程の化け物『降魔』だ。
嫉妬・怒り・憎しみ・悲しみからなる犯罪、イジメ、自殺、家庭崩壊などの問題が深刻化し、降魔の数が急激に増加してきている。それは社会問題になるほどで、20年ほど前までなら自衛隊の部隊で始末されてきていたが、彼らだけでは対処しきれなくなってきた。人間が都市に住み続ける限り、負の感情はなくならない。
そこで、降魔を専門に討伐する技術と知識を教える学校がこの4月から新たに開校することになった。私立・太正浪漫学園がそれである。
「――今、世界中で繁栄都市に降魔が出現して人々を襲う事件が多発しているのは知ってるな?そこで、我が日本にも世界中から能力者を集めた対降魔部隊が新たに防衛省に設けられることになった。その部隊の精鋭達を育て上げるのが、我が太正浪漫学園である。お前達には来月からこの学園の1年生の担任を受け持ってもらうこととなった」
太正浪漫学園の学園長・米田は新米教師であるかえでとラチェット2人に軍人口調で告げた。元自衛隊の陸軍中将だけあって、軍人言葉がなかなか抜けないようである。
「お任せ下さい、米田学園長」
「私達2人、粉骨砕身の覚悟で教壇に立たせて頂きますわ」
と、かえでとラチェットはタイトミニのスーツを身にまとい、凛々しく敬礼した。先日の降魔と呼ばれる化け物を協力して撃破するという最終試験を突破し、この春から教師としてこの学園に勤めることになったのである。
「かえで、それにラチェット、あんた達には花組と星組の担任をそれぞれ務めてもらうよ。我が校の中でも特に優れた能力を持つエリート達が集うクラス、それが花組・月組・星組・風組さ。いわば、この学園の看板クラスというわけだ。いいかい?あんた達の指導次第で日本の未来が大きく変わることになるんだ。それを常に肝に銘じとくんだよ?」
「はい…!」「はい…!」
グラン・マ副校長の厳しい口調と言葉に、かえでとラチェットはやや緊張した面持ちで敬礼する。
「では、本日付で藤枝かえで、ラチェット・アルタイル両名を私立太正浪漫学園の常勤講師として認める。生徒達を立派な戦士にしてやってくれ!」
「了解!」「了解!」
かえでとラチェットは、凛々しく、そして清々しい表情で米田学園長に再び敬礼した。
★ ★
あやめとかえでが新任を命じられた日から1週間後。今日は太正浪漫学園・入試当日。
ここは大神家。この物語の主人公である大神一郎の家である。
「――父さん、母さん、いよいよこの日がやってきました。俺と新次郎をどうか見守っていて下さい…」
両親の写真が飾ってある仏壇に線香と果物を供え、大神は静かに合掌する。
「一郎〜?早くしろ。そろそろ出発するぞ〜?」
一足早く準備を終えた大神の姉・大河双葉とその息子の新次郎が玄関で待っている。
「今行くよー」
大神が立ちあがった時、リビングに飾られている写真立てが目に入った。その写真には大神と、かえでにそっくりな容姿の女性が仲むつまじく寄り添っているものだった。
「――行ってきます、あやめさん」
大神は静かに写真の中の女性に微笑み、鞄を持って玄関へと向かった。
★ ★
今年の4月からスタートする太正浪漫学園。高校でも大学でも専門学校でもない、降魔と呼ばれる化け物と戦う戦士を養成する為に設立された学園だ。
「――オッス、大神!」
「おはよう、加山」
大神は門の前で待ち合わせていた、高校時代からの親友の加山雄一と無事に合流することができた。大神と同じく、加山と新次郎も今日、太正浪漫学園の受験にやってきたのだ。
「何度見ても立派な学校ですよねぇ…!さすが防衛省が全面支援しているだけあるなぁ…!」
「ハハハ…!合格したら、俺達3人は晴れて1期生というわけだな〜!」
「ハハ…、加山は緊張というものを知らないよな」
「頑張れよ、お前ら!いくら高校から推薦されているからって、実技で戦闘人型蒸気を操作できなきゃアウトなんだからな?」
双葉も大神と新次郎の保護者として、そして、かえでとラチェットと同じく太正浪漫学園の新任講師として、3人と共にやってきた。
「わかってるよ。その為に俺達3人、今日まで猛特訓してきたんだからな」
「見ていて下さい、双葉お姉様!この加山雄一、あなたの授業を受ける為に必ず合格してみせます!そして、共にハッピーな学園ライフを――!!」
どさくさに紛れて手を握ってきた加山の頭を双葉は容赦なく木刀で殴った。
「あんたが一番心配なんだよ。可愛い女生徒に目を奪われて、失敗しないようにな?」
「OH!お姉様、そこまで俺の心配をしていてくれたなんて…!!あぁ、雄一、カンゲキ〜っ!!」
加山はたまらず、背負っていたギターをかき鳴らし出した。どうやら、双葉からの愛(?)の余韻に浸っているらしい。
「〜〜一郎叔父ぃ…、僕、昨日は緊張して眠れませんでした…。〜〜あうぅ…、試験中に寝ちゃったらどうしよう…!?」
「そんなに緊張しなくても、新次郎なら大丈夫だって。今までの模試だって、全部A判定だったんだろ?」
「そ、そうですけど…、〜〜本番では何が起こるかわかりませんし…」
「Hahaha!だ〜い丈夫だって!俺っちなんて最高でD判定だったんだからな〜!」
「〜〜お前はもっと深刻になれよ…」
「落ち着いていつもの力を出せば、大丈夫だ!新君、自分の力を信じろ」
「母さん…」
「安心しろ!いざって時は、この母が裏口入学させてやるからな〜!」
「〜〜そ、そんなの駄目ですってぇ〜…!!」
「OH!ズルいぞ、新次郎〜!――お姉さん、俺の分もお願いします!!」
「馬鹿者。冗談に決まってるだろ?」
「〜〜姉さんのは冗談に聞こえないんだよ…」
溺愛している息子の新次郎の頬に頬ずりする双葉を大神が苦笑しながら見ていると、小学生くらいの幼い女の子3人が受付の元に走っていくのが見えた。
「すみませ〜ん!ボク達も試験、受けたいんですけど」
「えへへっ、イリス・シャトーブリアンです!」
「リカ〜!リカリッタ・アリエ〜スッ!!」
「コクリコです!えっと、受験生の控え室はどこですか?」
「ね〜ね〜、ジャンポールも一緒に受けていい?」
「リカ、腹減った〜!ゴハン食えるとこってどこだ〜?」
「〜〜もう、リカぁ…!朝ご飯食べたばっかりじゃないかぁ…」
受付を済ませると、子供達3人は仲良く走っていった。
「〜〜あ、あんな小さな子達も受けるのか…」
「霊力っていう潜在能力と戦闘能力さえあれば、誰でも入学できるからな。たとえあどけない5歳児でも、還暦を過ぎた年寄りでもだ」
「〜〜うぅ…、子供には負けたくありませんよね…」
続けて、門の前に高級車3台が到着した。それぞれの車から降りてきた少女達3人は、目が合うと、互いに睨み合った。
「あ〜ら、織姫さんにグリシーヌさん、ごきげんよう」
「チャオ、すみれさん。相変わらず派手な服装デスね〜!入試に肩を露出する服を着てくるなんて、不謹慎ってカンジ〜!」
「〜〜フン!まぁ、仕方ありませんわ。あなた方のような頭の固い貴族なんかが私の素晴らしいお洋服のセンスなど、おわかりになるはずありませんものねぇ」
「〜〜何だと…!?そこに直れ、成金め…っ!!」
「……あれって、神崎グループのすみれお嬢様だよな…!?それにイタリアの赤い貴族とフランスのブルーメール家の末裔まで…!」
「うわぁ、あんな有名なお嬢様達まで受けるんですねぇ…!やっぱりこの学園、すごいんですよ…!」
「なんでも、彼女達はこの学園に多額の援助を行っているらしいぞ。〜〜いいよなぁ、もう入学が決まってるも同然じゃねぇか…」
「はは、だな。――俺達もそろそろ行くか?」
「おう、そうだな」
「新君〜っ!!頑張るんだぞ〜っ!!母も実技試験の手伝いすることになってるから、後で会おうな〜っ!!」
少女のようにはしゃいで手を振る双葉を他の受験生達が驚きながら見ている。その様子に新次郎は赤くなって頭を抱えた。
「〜〜母さん…、筆記試験までついてきそうな勢いだよ…」
「ハハハ…!双葉さんに愛されてるなぁ、新次郎〜!」
★ ★
太正浪漫学園の入試は、午前中の筆記と午後の実技に分かれている。
受付を済ませて、番号と名前が書いてある名札を付け、筆記試験を受ける教室に入った大神達だったが、多くの受験者がいる為、席が少し離れてしまった。
大神の席の周りに座っていたのは、無表情で無口な集団。名札を見ると、マリア・タチバナ、レニ・ミルヒシュトラーセ、九条昴と書かれている。
(〜〜な、何か重苦しい雰囲気だな…)
「…何か?」
気まずそうな大神を見かねたのか、隣の席のマリアが話しかけてきた。
「〜〜い、いや…。君達はどうしてこの学園を受けようと思ったんだい?」
「…それをあなたが知ってどうするんです?」
「〜〜いや…、それはそうなんだが…」
「…無駄なおしゃべりは体力の無駄遣いだ」
「昴は思った、精神統一の邪魔をしないでほしいと」
「〜〜す、すまない…」
会話があっけなく終わり、大神は苦笑しながら、前を向き直した。
(〜〜何で俺の周りだけこんなに無口な人ばかりなんだろう…?他の人達は皆、楽しそうなのに…)
加山と新次郎は、かすみ、由里、椿の仲良し三人娘、フランス人のメル、シー、アメリカ人のプラムと日系三世の杏里に囲まれ、とても楽しそうである。しかも、加山は、すでにかすみに色々ちょっかいを出しているようだった。
(〜〜ハァ…、仕方ない。参考書の見直しでもしておくか…)
「〜〜あれぇ…?消しゴム、どこ行っちゃったんだろ…!?」
大神の前の席に座っている黒髪のポニーテールの女の子が必死に鞄を探っている。
「どうかしたのかい?」
「あ…、〜〜あの、私、消しゴム忘れちゃったみたいで…」
素直な笑顔が可愛らしい日本人の少女。名札を見ると、真宮寺さくらと書いてある。
(――ホ…ッ、やっと普通の子、発見だ…)
「これ、使いなよ。俺、予備持ってるからさ」
「本当ですか!?わぁ、ありがとうございます…!」
「どこの学校?その制服、この辺じゃ見かけないけど…」
「あはは、そうかもしれませんね。私、仙台の女子高に通ってますから!」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ、編入希望?」
「はい!亡くなった父との約束をどうしても果たしたくて、東京に…」
そう言い、さくらは寂しそうな瞳で財布につけているお守りを見つめた。きっと、父の形見なのだろう。
「えへへっ、お友達ができてよかった…!一人で来たので、周りに誰も頼れる人がいなくて、少し寂しかったんです…。よかったら、お名前を教えて頂けませんか?」
「俺は大神一郎。3月に帝都高校を卒業するんだ」
「大神さんですか…!私は真宮寺さくらと申します。一緒に合格できるといいですね、大神さん!」
さくらが嬉しそうに自己紹介を終えた後、真面目そうな試験官の迫水が問題と解答用紙を持って入ってきた。
「それでは、筆記試験を開始します。机の上の物をしまって下さい」
「あ、始まるみたいですね。――それじゃ、また後で…!」
さくらと話せて、大神は少しリラックスできたらしく、良い調子で筆記試験を終えることができた。
★ ★
そして、昼休み。
大神、加山、新次郎は、さくらと三人娘のかすみを誘い、食堂で昼食を取ることにした。由里と椿はかすみを加山と仲良くさせようと、お節介を焼いて別行動中らしい。
「午後は実技かぁ…。〜〜ハァ…、胃が痛いです…」
「新次郎、まだそんなこと言ってるのか?男の意地を見せて、俺みたいに彼女をゲットするぐらいの意気込みで臨めよ!」
「〜〜んもう、馴れ馴れしく触らないで下さい、加山さん!」
「ハハハ!照れるなって、かすみっち〜!」
加山に肩を組まれ、照れているのか、かすみは少し迷惑そうだ…。
「〜〜わ、私…、ちゃんと名前書いたかしら…?えっと…、問15の答えって『イ』でよかったんですよね…!?」
「さくら君、終わったことを気にしていても仕方ないだろ?今は実技試験の方に頭を切り替えないと…」
「そ、そうですね…!〜〜うぅ…、でも気になっちゃうなぁ…」
「――お〜いっ!おばちゃん、おかわり〜!」
声の聞こえてきた方を振り向くと、そこには人だかりができていた。
その中心にいたのは、2m近くある男勝りの大女と朝見かけた子供のリカだった。その2人がラーメンをすすりながらカレーを頬張り、A定食のハンバーグを口に放り込んでいた。
「すっげぇな…!あの桐島カンナって娘…、何杯目だよ…?」
「あのリカって女の子、あんな小さい体のどこに入るの…?」
2人は最早、食堂にいる全受験生達の注目の的となっていた。
「へへっ、やるな、お前!」
「いしししっ!リカ、まだまだ食えるぞ〜!!」
カンナとリカは、どうやら大食い勝負をしているらしい。
「すごいですねぇ…!全メニュー食べ尽くしそうな勢いですよ…!私もいっぱい食べて、午後に備えないと…!!――すみませ〜ん!私も鶏の唐揚げ定食追加で!!」
「〜〜さ、さくら君、無理だって…!腹壊して受けられなくな――」
「〜〜とっ、鶏の唐揚げ…っ!?〜〜はふぅ…」
「〜〜きゃあっ!?ダ、ダイアナさん…!!」
「〜〜わひゃあ!?だ、大丈夫ですかぁっ!?」
新次郎の左隣に座っていたダイアナ・カプリスという名札を付けた受験生が気を失っていた。サラダを食べていたことから、菜食主義と思われる。
「〜〜ど、どうしましょう…!?ダイアナさんが…、ダイアナさんが…、〜〜ふぅ…」
「〜〜わひゃあ!?す、すみませ〜ん!校医さ〜ん!!」
ダイアナと一緒に昼食をとっていた北大路花火という受験生もおろおろしながら、自分も倒れてしまったので、食堂は軽いパニックに陥った。
「〜〜世の中って、色々な人がいるよなぁ…」
「そうですね…。さすが世界中から入学希望者を募っているだけはありますよね!」
★ ★
昼食を終え、大神達5人は実技試験を受ける為、体育館に移動することにした。
「それにしても、筆記ってもっと一般常識が出るかと思ってましたけど…」
「『強盗に人質を取られたら、金と人質、どちらを優先するか』とか『大きな荷物を持っているお年寄りを見つけたらどうするか』とか…。本当にヒーロー養成学校って感じの問題だったよな。へへっ、これで俺も合格間違いナシだな!かすみっちと愛の学園生活が始めるんだ〜!」
「〜〜んもう、離れて下さいっ!」
「ということは、母さんのことはもう諦めたんですね?」
「それはまた別の話さ!なんてったって、双葉お姉様はああ見えて、俺のこと気に掛けてくれてるしな。いやぁ〜、モテる男は辛いなぁ、大神〜!」
「〜〜お前はいいよな、呑気で…」
その時、さくらに長身の銀髪の女性がぶつかった。
「きゃ…っ!?」
「おっと、悪いね」
「い、いえ…。こちらこそ、すみません…!」
銀髪の女性はミステリアスに微笑んで軽く手を振り、去っていった。その女性を見て、加山が眉を顰めた。
「…む?あの人、どこかで見たような気が…」
「ハハ…!駅前でナンパした人なんじゃないのか?」
「OH!ひどいなぁ〜!『ナンパした女の顔は忘れない』、それが俺のポリシーなのに…」
「〜〜どんなポリシーですか…」
と、かすみが呆れた時だった。
「〜〜ない…!お財布がない…っ!!」
「え…っ!?」
突然、さくらが鞄を探りながら、騒ぎ始めた。
「〜〜おかしいな…。食券買った時、確かに入れたのに…」
「――思い出した…!さっきの女、ロベリア・カルリーニだよ…!!小さい頃からパリでさんざん悪事を働いてきたっていう問題児の…!!きっと、そいつに盗まれたんだ…!変装してたけど、たぶん間違いないだろう…!」
「〜〜そ、そんな奴まで受験してるんですか…!?」
「〜〜どうしよう…!?あのお財布には、お父様からもらった大切なお守りが…」
泣き出しそうなさくらを見て、大神は急いでロベリアを追いかけ始めた。
「一郎叔父…!?」
「先行っててくれ…!取り返したら、すぐ戻るから…!!」
「すぐって…、もう試験始まるぞ…!?」
懸命に追いかけていく大神を、さくらは申し訳なさそうな顔で見つめた。
★ ★
昼休みが終わるまであと10分。大神はロベリアを追い、広い校舎内を走り回っていた。
「〜〜ハァハァ…、どこ行ったんだ…!?」
校舎や学生寮だけでなく、この学園には普通の学園にはない様々な訓練用の施設が備わっている。しかも、大神はまだ生徒ではないので、どこにどんな教室や施設があるのわからない。しかも、今は多くの受験生でどこも溢れ返っている。そんな状況からロベリアを見つけるのは、絶望的と言ってもおかしくなかった。
「〜〜くそ…っ、あと10分か…」
もうそろそろ体育館に向かわなければ、実技試験を受けられなくなる…。だが、心優しい大神は、どうしてもさくらの財布、そして、さくらの父親のお守りを取り戻してあげたい気持ちでいっぱいだった。
「〜〜くっ、諦めるものか…!」
大神が再び走り出し、1階の渡り廊下に出た時だった。
ザァ…ッ!美しい桃色の桜吹雪が彼の周りを包んだ。時間にしたらほんの一瞬。だが、長く感じられた一瞬が過ぎ去り、桜吹雪がやむと、大きな桜の樹の下に1人の美しい女性が立って、花見をしているのが見えた。その女性に大神は足を止め、釘づけになった。
(――あやめ…さん…?)
背格好、そして、顔と雰囲気…。髪型以外、恋人だったあやめにそっくりだった。大神の恋人であり、行方不明になってしまったあやめに…。
「――あら、そんな所で何してるの?」
大神の視線に気づいたのか、その美女・かえでは振り返って、微笑んだ。その空間だけまるで時間が止まったかのように大神はただ彼女に見惚れていた。学園のシンボルともいうべき、大きな桜の樹。その桜の精のような神秘的な雰囲気を美女は醸し出していた。
「名札をつけてるってことは、受験生ね?ふふっ、迷子になっちゃったのかしら?」
「あ、あの…」
あやめそっくりのかえでに話しかけられ、大神はしどろもどろになってしまう。今まで経験したことないほど、心臓の鼓動は高鳴り、頬も熱い。
「体育館に行きたいんでしょ?ついてきなさい。案内するわ」
「あ…、し、しかし、俺は…」
大神に歩み寄ってきたかえでは、大神の名札を見て、驚いた。
「大神…一郎…。――あなた、もしかして姉さんの…!?」
「え…?」
その時、携帯が鳴り、大神は現実に引き戻された。
「あ…、す、すみません…。――もしもし…?」
「一郎叔父、さくらさんのお財布、見つかりました!サジータ・ワインバーグさんという方がバイクで追いかけて、取り返してくれたんです!」
電話の向こうでは、同じく受験生のサジータがロベリアを学園の警備員に突き出していた。
「フフン、法を犯す者はこの私が絶対容赦しないよ!」
「…ちっ、うまくまけたと思ったのによ」
「一郎叔父も早く戻ってきて下さい!皆、もう体育館に集まってますから」
「あぁ、わかった。じゃあ、体育館でな。――あれ…?」
大神が携帯で話し終わると、すでにかえでの姿はなかった。
「誰だったんだろう…?あやめさんにやけにそっくりだったけど…。この学園の先生だろうか…?」
『――あなた、もしかして姉さんの…!?』
(……俺の名前を知って、驚いているみたいだった…。姉さんって…、もしかしてさっきの人、あやめさんの妹さんなのか…?)
その時、チャイムが学園内に鳴り響いた。
「〜〜まずい…!試験の時間だ…!!」
慌てて走っていく大神をかえでは桜の樹に腰かけて見下ろしていた。
「あの子が大神一郎…。――私と姉さんの…、運命を左右する者…」
そう呟き、かえでは手にしていたペンダントをぎゅっと握った。
★ ★
そして、体育館で実技試験が始まった。大神はギリギリで間に合い、無事に参加している。
実技試験は、光武と名づけられた戦闘人型蒸気を操作し、3Dで立体化された仮想の敵を倒し、高得点を狙うというものだ。はたから見たら、ゲーセンでありそうなゲームみたいだが、これも立派な試験なのである。
今はすみれとマリアの番で、2人とも光武を自在に操り、ゴーグル越しに見える仮想空間の敵を長刀と銃、それぞれを使って、華麗に倒していく。
「ふぅん、初めてにしてはなかなかね」
試験官のラチェットは腕を組みながら、満足そうにすみれとマリアの戦闘を眺め、チェックしている。
その横では、三つ編みに眼鏡をかけた中国人の留学生がラチェットの補佐を務めていた。
「あの娘も講師なんでしょうか…?」
「彼女は李紅蘭さん。光武開発に弱冠17歳で一役買ったということで、すでに入学が決まっているらしいぞ。なんでも、ロボット工学界の期待の星らしい」
「へぇ〜、すごい娘なんだな…!」
「でも、すごいや…!加山さんって、何でも知ってるんですね〜!」
「フッフッフ…、俺の情報網をナメるなよ?」
試験の順番を待っている大神達が喋っていた時だった。
ドッカ〜ン…!!突如、隣の部屋で同じ試験を受けていたエリカ・フォンティーヌとジェミニ・サンライズの操っていた光武が煙を吹き、爆発した。
「〜〜ケホッ、ケホッ…、エリカ、真っ黒くろすけですぅ〜…」
「〜〜ゴホッ、ゴホッ…、ごめんなさぁい…!間違って、違うボタン押しちゃったよぉ〜!」
「〜〜あぁ〜っ!!うちが徹夜して完成させた新型の試作品がぁぁぁ…!!」
紅蘭は試験監視を放り出し、慌てて出て行ってしまった。
「〜〜何だか大変なことになってるな、向こうの部屋…」
「〜〜ぼ、僕の時も爆発したら、どうしよう…!?」
「――あら、次はあなたなのね」
聞き慣れた声が聞こえたので、大神は顔を上げた。目の前に立っていたのは、昼休みに桜の樹の下にいた女性・かえでだった。
「あ、あなたは…!」
「ふふっ、大神一郎君ね?試験官の藤枝かえでよ。よろしくね」
かえでは微笑み、大神と握手を交わした。
(――藤枝……。やっぱり…)
手の温もり、そして、優し気な微笑み…。愛しのあやめの面影が今、目の前に立っている女性にある…。
「部屋に案内するわ。準備は万全かしら?」
「あ…、はい…!」
「ふふっ、そう。期待してるわね!」
前を歩くかえでの背中を大神は黙って見つめながら、一緒に歩いていく。
「行っちゃいましたね…」
「大神め、いつの間にあんな美女と知り合ってたんだ?フッ、隅に置けん奴め」
「――次は君達だな」
話しかけられ、加山と新次郎は振り返った。そこにいたのは、スーツを着たインテリ風の銀髪の美青年だった。どうやら、かえでやラチェット達と同じ、この学園の講師と思われる。
「今回、試験官を務める山崎だ。試験を始めるから、用意するように」
「あ…、はい、わかりました!」
「ちぇっ、俺達の担当は男かよ…」
加山と新次郎が入っていくのを横目で見ながら、山崎は隣の部屋で準備する大神とかえでを見つめ、怪しく口元を緩ませた。
★ ★
「――これが今回使用する光武よ。ちょっと型は古いけど、操作方法は同じだから、安心してね」
「はい…」
光武搭乗用の服に着替えた大神は、かえでをチラチラ見ながら光武に搭乗して準備する。
「どうかした?」
「……あなたは…、もしかして藤枝あやめさんの…?」
「……そうよ。あやめは私の姉さん。たった一人の身内よ…」
「やっぱり…!あやめさん、お元気ですか?去年から急に連絡が取れなくなったので、俺、心配で…」
「……さぁ?私も最近、連絡取ってないのよね…。姉さんのことだから、どこかで元気にやってるんでしょうけど…」
「え…?」
「ふふっ、あなた、あやめ姉さんの恋人なんですってね。心配なのはわかるけど、余計なこと考えてると、失敗しちゃうわよ?」
と、かえでは大神の額を指で小突いた。
あやめそっくりのかえでの顔が目の前にあるのと、指で触れられたことに大神は照れて、頬を紅潮させた。
「あやめさんにそっくりなので、驚きました。それに、嬉しかったんです。やっと俺の元に帰ってきてくれたんだって…」
「大丈夫よ。姉さんは自分の大切な人を裏切るような女じゃないわ」
「そう…ですよね…。俺が信じて待っててやらないと…駄目ですよね…」
あの日…、高校3年に進学する春のこと、大神がサプライズであやめに『高校を卒業したら結婚しよう』とプロポーズしようとした日、あやめは忽然と姿を消した。
前の日は普通に電話で話して、デートの約束をして、いつもと同じだった。それなのに当日、いつまで待ってもあやめは現れなかった。
その日以来、あやめとは連絡が取れていない。携帯に電話しても、メールしても繋がらない。彼女が住んでいたマンションの部屋も今は他の人が住んでいる。音信不通が続いて、今年の3月で丁度1年になる…。
「さぁ、お喋りはおしまいよ。そろそろ始めましょうか」
「はい。よろしくお願いします…!」
あやめを想い、大神が意気込んだ時だった。かえでのキネマトロンというポケベルのような通信機に米田学園長から連絡が入った。
『――正門前に降魔が大量に出現した。至急、職員は対処にあたってくれ…!』
「了解しました!すぐに向かいます…!!」
「何かあったんですか?」
「学園に降魔が侵入しようとしてるみたい。でも、安心して。あなた達には指一本触れさせはしないから…!」
「――うふふふっ、随分自信たっぷりねェ」
妖し気な女の声が部屋に響いた直後、床に魔法陣が出現し、中から先程の声の持ち主と思われる女性とがっしりした男が姿を現した。いや、姿は人間なのだか、何か邪悪な力が溢れているのだ。
「お前達は何者だ…!?」
「ふふっ、名乗る程の者でもないワ。そこの巫女さんの用が済んだら、すぐ帰るから安心して?」
「巫女…?」
かえでは女を睨みながら、腰から下げていた剣を鞘から抜いた。
「あらあら、あなた一人で勝てるかしら?お仲間はみ〜んな降魔退治に出ちゃってるのヨ?」
「なるほど…。あなた達が降魔を正門に呼び寄せたってわけね…」
「がはははっ!安心しろ。苦しむことなく一瞬で楽にしてやるからよぉ!」
「〜〜かえで先生…っ!」
大神は助けに行こうとするが、光武のハッチが思うように開かない。いや、正確に言えば、何か邪悪な力で外から押さえつけられているようだった。
「〜〜くっ、これは…、闇の霊力か…!?」
「あら、坊やは物知りなのネ。あなたみたいな頭の良い男、私、好きヨ」
「ケッ、水狐に気に入られたからといっていい気になるなよ?――この金剛様を相手にしたこと、地獄で後悔するがいいっ!!うおおおおおおっ!!」
金剛の全身から発せられた気に飲まれ、かえでは体の力が抜け、その場に座り込んだ。
「〜〜く…っ、体が…動かない…!?」
「がははははっ!!馬鹿めぇ!いくら巫女とはいえ、女1人に俺達が本気を出すまでもねぇ!じっくり痛めつけてから、なぶり殺してやる…!!」
「金剛、時間がないのよ?今回は言われたことだけをやって、おとなしく引き返すわよ」
「そ、そうか…。水狐がそう言うなら、仕方ないが…」
金剛は動けないかえでの両腕を掴んで、頭を床に押さえつけた。一方、水狐はアタッシュケースから妖し気な液体が入った注射器を取り出した。
「〜〜く…っ、離して…っ!」
「うふふっ、怖がらなくていいのヨ。苦しいのは最初だけだから」
「藤枝の巫女か…。クククッ、人間を降魔に転化させる器として最適だぜ」
「〜〜人間を降魔に変えるだと…!?」
「金剛!お喋りがすぎるわよ?」
「〜〜す、すまん、水狐…」
水狐は妖しく笑うと、かえでの顎を軽く押し上げた。
「うふふっ、すぐに良くなって、他のことなんか考えられなくなるわよ?」
そうかえでの耳元で囁くと、水狐はかえでの首筋に注射針を突き刺し、液体を注入した。
「〜〜くぅ…んっ、きゃああああああ…っ!!」
「〜〜かえで先生…っ!!」
「あら、やっぱり首は痛かったかしら?うふふっ」
「〜〜先生から…離れろおおおおっ!!」
大神が叫んだ直後、大神の乗っている光武が起動し、すさまじく蒸気を噴出させた。
「〜〜ば、馬鹿な…!?自力で人型蒸気を起動させただとぉっ!?」
「うおおおおおおおっ!!」
大神の乗った光武は不安定に揺れながらも、水狐と金剛との間合いを一気に詰め、装備されていた刀を振り下ろした。ガキ…ッ!!刀はあと少しで2人を捉え損ね、床に突き刺さったが、彼らを動揺させるには十分であった。
「へへっ、面白ぇ奴だ。訓練なしで機体を動かせちまうとはなぁ…!」
水狐達と同様に、かえでも驚いていた。訓練として実際に機体を動かさずにシミュレーションとして操作するだけならできる人は多いだろう。だが、初めてでここまで光武の機体を動かせる者を彼女も見たことがなかった。
「〜〜とりあえず、目的は果たせたわ…!退くわよ、金剛!」
「待て…っ!!」
逃げる2人を追いかけようとした大神だが、蒸気の過剰噴出で光武を動かせなくなってしまった。
「〜〜くそ…っ、一体何者なんだ…?」
「――くあ…っ、うんんん…っ」
苦しがっていたかえでは、やがて恍惚の表情で目を閉じ、体を痙攣させ始めた。
「〜〜かえで先生…っ!!」
大神は思い切りハッチを押し上げる。水狐と金剛がいなくなったからか、先程の邪魔な力は感じない。大神はハッチを開けると、急いでかえでに駆け寄って、抱き起こした。
「〜〜く…っ、どうすればいいんだ…!?」
「〜〜う…、だ、大丈夫よ…。ここに…解毒剤があるから…」
と、かえではおもむろにタイトスカートを捲った。彼女の太ももには透明な青い液体が入った小さな試験管がベルトで巻かれていた。
「これか…!――さぁ、早く…!飲めますか…?」
「え、えぇ…。〜〜ぐ…っ、うあああああ…っ!!」
脂汗をかきながら、かえでは苦しそうに胸を押さえて呼吸を荒くさせ、かっと目を見開いた。その瞳は血のように赤く、首筋から一筋垂れる血は逆に黒くなっていた。どちらも人間の物とは思えない色だ。おそらく、降魔化が進んできているのだろう。
「〜〜先生…っ!!かえで先生、しっかりして下さい…!!」
大神は必死に呼びかけ、小刻みに震えるかえでの手を握りしめた。
かえではほとんど意識がなくなったらしく、耳元で叫ばれているにもかかわらず、呼びかけにも応じなくなって、ぐったりしてしまった。
あやめとよく似た容姿のかえで。大神の瞳にはあやめが苦しんでいるようにも見える。だから、余計に辛い…。何としてでも助けたい…!
「〜〜く…っ、こうなったら…」
大神は試験管のキャップを外すと、解毒剤を口に含み、かえでにキス越しでその液体を飲ませた。
(〜〜頼む…!死なないでくれ…!!)
大神はぎゅっとかえでを抱きしめた。すると、かえでは奇跡的に息を吹き返し、急に空気が肺に入ってきたので、咳込んだ。
「かえで先生…!」
「大神…君…?」
ゆっくり瞳を開け、かえでは大神の顔を見上げた。すると、大神の唇が解毒剤の青色に少し染まっているのに気づいた。
「もしかして…、口移しで飲ませてくれたの…?」
「あ…、〜〜す、すみません…。この方法しか思いつかなくて…」
「そう…。ありがとう。助かったわ」
かえでは頬を紅潮させ、恥ずかしそうに、だが、嬉しそうに髪をかき上げた。
瞳の色も血の色も普通の人間と同じ色に戻った。どうやら、降魔化もリセットされたようだ。
「よかっ…――た…」
と、今度は大神が大の字になって床に倒れた。
「〜〜大神君…!?まさか…、解毒剤を口に含んだから…?〜〜しっかりして!大神君…っ!!」
かえでの声がやけに遠くに聞こえる。
(――俺…、このまま死ぬのか…?)
『――大好きよ、大神君』
薄れゆく意識の中、目の前にいるはずのないあやめが微笑んでいるように見える。
(あやめさん…。死ぬ前にもう一度会いたかった…。そして…、この手で…あなたをもう一度…抱きしめ…たかっ…た……)
死ぬ直前に思い出が走馬灯のように思い出されるのは本当らしい。あやめとの楽しかった、大切な思い出を思い出しながら、大神はそのまま深い眠りに落ちていった。
★ ★
それから、どれくらい眠り続けただろう…?
大神はある時、ふと目を覚ました。自分の家の見慣れた部屋の天井、そして、ベッド…。どうやらあの後、自宅に運ばれたらしい。
かえでは助かっただろうか…?あの後、試験はどうなったのだろう…?もしかしたら、自分は棄権扱いになって、不合格になってしまったかもしれない…。今まで眠っていた分、頭の回転がまだ鈍いが、試験の日のことが一気に思い出された。
「――お、やっと気がついたか」
すると、姉の双葉が部屋に入ってきた。そして、彼女の後に続けて入ってきたのは…。
「かっ、かえで先生…!?」
「よかった…!目を覚ましたのね…!!」
意外な人物の訪問に、大神はパジャマのままベッドから飛び起きた。
「あの解毒剤はね、巫女ではない人間にとっては猛毒なのよ。だから、もう二度と目を覚まさないんじゃないかって思ったら、すごく怖くなって…。ふふっ、でも、本当によかった…!」
「先生…」
かえでに抱きしめられ、大神は照れた。温もりも匂いも本当にあやめにそっくりだ…。
「藤枝先生はな、お前のことが心配で毎日見舞いに来てくれてたんだぞ。ちゃんと礼言えよ?」
「そうか…。俺、ずっと眠り続けてたんだな…。――ありがとうございます。ご心配をおかけして、すみませんでした…」
「ふふっ、元はと言えば私のせいですもの。こちらこそありがとう。大神君、とっても格好良かったわよ?」
「え…?そ、それほどでも…」
「フッ、そうか。お前が年上好みなのは知ってたが、藤枝先生みたいなのがタイプだったんだな〜。うんうん」
「〜〜ちっ、違うって…!」
「けど、藤枝先生はお前の担任になるんだ。あまりちょっかい出すなよ?ま、教師と生徒の禁断の愛、私的には大好物だがな〜!あはははっ!!」
「〜〜な、何言ってるんだよ…!?――ん…?でも、担任って…?」
「えぇ!ほら、見て…!今日、丁度合格発表だったのよ」
そう言いながら、かえでは大神に合格通知を開いて見せた。
「おめでとう。合格よ、大神君!」
「ほ、本当ですか…!?しかし、俺、ちゃんと実技試験を受けてないのに…」
「ふふっ、光武を機体まであんなに動かせたのはあなた一人だったしね。あの後、米田学園長に報告したら、特例として認めて下さったのよ。大神君、あなたは特待生として、私の担任する花組に在籍してもらいます。これからもよろしくね!」
「はい…!よろしくお願いします…!!」
「よかったな、一郎。あぁ、そうそう。新君と加山君も無事に合格したからな。これで4月から3人仲良く寮生活ってわけだ」
「そうか…!じゃあ、早速準備を――」
「それがね…、まだ男子寮は建設中なのよ。ほら、一般的に霊力が高いのって女子でしょ?だから、入学するのは女子だけって想定してたらしくて、女子寮しかつくってなかったらしいの」
「あ…、そうなんですか。じゃあ、しばらくは自宅から通学――」
「いいえ。今年度の男子はあなた達3人だけだから、それぞれのクラスの担任とルームシェアすることになったのよ」
「え…?ルームシェア…ってことは…!?」
「ふふっ、ご名答!月組の加山君は迫水先生と、星組の大河君はラチェット先生と、そして、花組の大神君は私と同じ部屋で一緒に生活してもらうことになったのよ」
「〜〜い…っ、いぃ〜っ!?」
「藤枝先生に変なことしてみろ?この木刀でボッコボコにしてやるからな?覚悟しておけ!」
「ふふっ、もう、双葉先生ったら。大神君となら安心して暮らしていけますわ。ね?大神君!」
かえでの眩しい笑顔を大神は直視できずに照れ笑いした。だが、その視線の先にはあやめと自分のツーショット写真が入っている写真立てがあった。
(――あやめさん…)
婚約者の妹とこうして出会えたこと、そして、これから訪れる生活も何かの運命なのだろうか…?
美人教師との共同生活。普通の男子生徒なら手放しで喜ぶだろうが、大神はあやめのことを考えると、複雑な気持ちだった。
これからどんな出会いがあり、どんなことが起きるのか…?そして、先日の謎の組織らしき男女は何者なのか…?
様々な期待と不安が混じったまま、大神の新しい生活が始まろうとしていた…。
第2話に続く
あとがき
皆様、お待たせ致しました!武道館ライブ開催&サクラ大戦15周年記念の特別連続小説がいよいよ完成しました!
その名も「1年花組 藤枝先生」!!……ありがちなタイトルで申し訳ございません(苦笑)
皆様からのリクエストが多い「学園物」をテーマに、ちょっぴり豪華に企画してみました!
最初は短編にする予定だったので、戦わない普通の学園物を書いていたんですが、何だかサクラ大戦の要素が薄くなってしまったので、急遽これに書き直しました。
お気づきになられた方も多いと思いますが、太正浪漫学園譚の設定も少し入ってます!
(そういえば、太正浪漫学園譚、最近サイトの方が更新されませんが、どうしちゃったんでしょうか…!?楽しみにしてるのに…、中止になっちゃったらショックだなぁ…(泣)
でも、せっかく書いて完成させた短編を完全になくしちゃうのももったいないかなと思うので、そちらの方も近いうちにアップさせたいと思っています!
さて、記念すべき第1話ですが、皆様、いかがでしたでしょうか?
初のサクラ大戦オールスターでお送りしました!出してないキャラっていませんよね…!?もし、誰か抜けてましたら、ご指摘下さるとありがたいです…!!(笑)
由里・椿、メル&シー、ワンペア、敵キャラ、その他の脇役キャラも順番に出していきますので、楽しみに待っていて下さいね!
でも、メインはやっぱり「大神×あやめ」「大神×かえで」なので、これから大神とかえでがどうやって距離を縮めていくのか、そして、大神とあやめはどんな再会を果たすのか、そして、ちょっぴりセクシーなラブシーンなど、色々お楽しみ満載でお送りしたいと思っておりますので、ご期待下さいね!
こちらの連続小説の方も色々リクエストを下さると嬉しいです!アイディアが乏しい私にとって、皆様からのリクエストは小説作りの時に色々と参考になるので、いつもすごく助かっているんですよ!
……それにしても、金剛のキャラがちょっと違うような気が…?!(汗)すみません、次に出す時はもっと格好良く書きますね…!
話は変わりますが、前に他の短編のあとがきで私、武道館ライブの日程を「10月8日」って書いてしまったのですが、たくさんの方から「7日だよ!!」とツッコミを入れて頂きました(笑)
メールを下さった皆様、どうもありがとうございました!危うく行く日を1日間違えるとこでしたよ…!!(汗)
さて、武道館ライブまであと少し!私も「大神×かえでを愛でる会」の仲間達と一緒にかえでさん達を応援してきますね!!
皆さんも一緒にライブを楽しんで、サクラの15周年を共に祝いましょう!
次回は、かえでさんの誕生日記念短編小説をアップしたいと思っておりますので、更新日は10月21日を予定しております。
けど、先程言った学園物の短編か、他の短編ができたら、もっと早くに更新するかもしれませんので、楽しみにしていて下さいね!
「藤枝先生」の第2話の方もご期待&応援の方をよろしくお願いします!
第2話へ
「1年花組 藤枝先生」のトップへ