「愛と任侠の間で」
(大神×かえで)
作:シーマン様



「櫻花組、バンザ〜イ!!」

銀座界隈を統べるギャングの櫻花組から莫大な借金を抱えた父親のせいで、娘の私は櫻花組組長・米田一基のもとへ嫁ぐことになった。

「姐さんの刺青の儀式はいつにしやしょう?」

「まぁそう焦るな。まだこの世界に飛び込んで間もねぇんだ。もう少し慣れてからでいいだろ」


任侠の世界など右も左もわからない私を米田さんは大切にしてくれる。

はじめはもっと怖い世界かと思ってた。けど、組の皆は極道の妻となった私を慕ってくれる。

だけど、いつ起こるかわからない組同士の抗争や銃撃戦は怖い。毎日が死と隣り合わせで、不安でいっぱいだった。娘を金で売った父を恨み、自分の運命を呪っていた。

けど、今の私の居場所はここしかない。どんなに辛くても私はこの組にこれからの人生を捧げなければならないのだ…。

しかし、ある男の存在を知ってから私の人生に徐々に光がさし始めた。

「自分は櫻花組若頭・大神一郎と申します。以後、お見知りおきのほどを」

櫻花組若頭であり、いずれは組長の座を継ぐと言われている大神くん。米田さんから最も信頼され、舎弟たちからも一目置かれた存在の青年…。

そんな彼に私は一目会った時から惹かれた。もちろん、夫である組長や他の舎弟には内緒で…。

「姐さんはいつもどこか顔色が優れませんね。けど、ここは思うほど悪い場所ではないでしょう?まぁ、心配しなくともいずれ慣れますよ」

不思議な人だ。大神くんは組の人とは思えないほどの好成年で、他の組員のように強面でもない。いつも私に優しく微笑んでくれる。彼と一緒にいると、心細さも消えるような気がした。

「おめでとうございやす。これでしばらくは櫻花組も安泰ですねぇ」

櫻花組と親交があるダンディ団のボス・団耕助という方が米田組長を訪れた。二人は子供時代からの親友だという。

不思議なものだ。任侠の世界にもそんな温かい繋がりがあったなんて…。

「いつも気が張っていて疲れているだろう?ゆっくり休みな」

米田組長は決して私を抱こうとしない。父に捨てられた私への憐れみなのだろうか…?妻なのに務めを果たさなくていいのだろうか?

「あの…、どうして…?」

「前妻が不妊症だったものでな、俺には子供がいねぇんだ。だからよ、かえで。お前さんは俺にとって娘みたいなものなんだ。初夜は好きな男ができた時のためにとっておけ。ハハハハ…」


妻としてでなく、娘として私を見てくれている…。

米田さんに頭をなでられて私は泣いた。実の父には感じられなかった温かさが米田さんから伝わった。私も米田さんを本物の父のように敬い、組のために尽力しようと誓った。

しばらくして、私が組での生活に慣れてきたある日、米田さんがしばらく警察に厄介になることになった。他の組との抗争中に誤って一般人を巻き添えにしてしまい、死なせてしまったのだ。

「すまねぇな。このままズラかったんじゃ仁義の名が廃るからよ」

米田さんは申しわけなさそうに私たちに頭を下げた。そして、私たちに心配かけまいと明るく努めて、今回の事件は自分の責任だと言って、刑務所に入所していった。

刑期を終える間、組長の米田さんは若頭の大神くんに組のことをひととおり任せることにした。

空席の米田組長の席を見ながら、私と大神くんは酒を酌み交わした。

「大変なことになっちゃったわね…」

「この世界では人が死ぬなんてよくあることですよ。ただ、今回は運悪く一般人を死なせちまった…。故意にではないとはいえ、組長はしばらく戻ってこられないと思います…。姐さんにも申しわけないことをしました。嫁がれて早々、こんなことになってしまい…」


大神くんもかなりショックを受けているようだ。若頭とはいえ、年齢はまだ二十歳そこそこ。組を背負って立つには荷が重すぎる。

彼を少しでも元気づけたかった。そして、私自身も支えが欲しかった。だから、私は大神くんの肩に寄り添った。

「……姐さんじゃないわ。ちゃんと名前で…、かえでって呼んで?」

「それはできませんよ。姐さんを名前で呼んでいいのは組長だけですから」


大神くんははぐらかすように笑って、席を立った。

私の気持ちに気づかないのか、気づいていても組長を裏切れないのか…。それとも、単に私を女として見られないのか…。

私はさみしさが爆発して、行こうとした大神くんの背中を抱きしめた。

「一人にしないで…!心細いの…。組長がいない今、あなたしか頼れる人がいないんですもの…」

「姐さんは一人じゃありませんよ。組のみんながいるじゃな――」


大神くんが言い終わらないうちに、私は彼に口づけした。

「もう私には帰る家がない…。あなたさえいてくれればそれでいいの…。お願い。私を抱いて…!」

「…いけませんよ、姐さん。組長はどうしようもなかった俺を拾ってくれた恩人です。組長を裏切るなんてできやせん…」


真面目で義理堅い大神くんは私に指一本触れようとしなかった。組長の女に手を出せば大変なことになるのはわかってるけど、さみしかった…。

組長が服役中の今、組長の新妻なんてたいした肩書きにはならない。櫻花組の中で女は私だけ…。

ほとんどの舎弟は組長や組に対しての忠誠心から私を大事にしてくれるが、中には私をただの女としてしか見ない者もいる。目つきでもうわかるもの…。

他の組の者の私に対する目はもっと下品だ。長年任侠の世界に入り浸って年を取った自分の組の組長の妻より、大学を中退したばかりの若い私に狙いをつけるのは当然かもしれない。

挨拶回りで大神くんと他の組の屋敷を歩くだけで恐い。それは住まいである櫻花組の屋敷でも同じだった。廊下を歩くだけでいやらしい目で見られる恐怖が常につきまとう。

家に帰りたい…。普通の大学生活に戻りたい…。だけど、私は父に捨てられた…。借金のせいで学費なんて払えない…。

「安心してください。米田組長の代わりに俺が姐さんを守りますから…!」

私が不安な時はいつも大神君がそばにいて励ましてくれる。それだけで不思議と安心できた。

私の大神くんへの恋愛感情はますます高まっていった。私のことを愛してくれなくてもいい。こうやってそばにいてくれるだけで十分ですもの…。

ある晩、竜神会の組員たちが櫻花組の屋敷に押し入ってきた。

「姐さん、逃げてくだせぇ!…ぐはあああっ!!」

知らせに来てくれた櫻花組の舎弟が竜神会の組員にドスで刺された。

「きゃあああーっ!!」

目の前で人が殺されたので、私はたまらず目をそむけた。

「へへっ、この女か?米田組長の新しい女って」

「なかなか上玉じゃねぇか。ソープに売り飛ばせば高くつくぜぇ?」

「離して!私は組長の妻よ!?こんなことしてどうなるかわかってるんでしょうね…!?」

「妻だと?ははっ、笑わせてくれるじゃねぇか。櫻花組の組長の妻なら何で刺青をしてねぇんだ?」

「え…?」

「おいおい、まさか知らねぇとは言わねぇよな?銀座界隈のギャングはな、組を象徴する刺青のない女は妻だろうが娘だろうが素人の女と同じ扱いになるんだ。つまりナニしてもいいってことなんだよ。それが掟さ」

「そういうことだから、あんたにあんなことしてもこんなことしても俺らは文句もなーんも言われないってわけ」

「そ、そんな…」

「お前もかわいがってくれる男がいなくて毎晩寂しいだろ?安心しな。組長が出所したらちゃんと帰してやるからよ」

「い…、いや…!助けて、大神くぅぅん…っ!!」

「――組長のいない間に好き勝手暴れるたぁ、いい度胸だ」

「な、何者だ!?」

「大神くん…!」


大神くんが刀を肩にかけて、助けに来てくれた…!

「姐さんはあの米田組長の妻だぞ。うちの組長の伝説、知らねぇわけじゃねぇよなぁ?」

「へっ、知ってるとも。櫻花組と抗争中だった組を一晩でブッ潰したってやつだろ?」

「だが、そのおっかねぇ組長は今刑務所だ。おまえらだけならなーんも恐くねぇよ」

「フッ、その言葉…すぐに後悔させてやらぁ!!行くぞ!!」

「おーっ!!」


大神くんは舎弟たちを指揮して、あっというまに竜神会の組員を追い返した。

「覚えてろよ〜!!」

「はははっ、おととい来やがれってんだ!…ご無事でしたか?姐さん」

「えぇ。あなたたちのおかげでね!大神くん、みんな、ありがとう…!」

「姐さんが無事でよかったですね!若頭!」

「あぁ!みんなもご苦労だった!」


大神くんもみんなも一生懸命に私を守ってくれて、うれしかった。

そして、思ったの。私は櫻花組のみんなからこんなにも大切に思われてたんだって…。ここが私の新しい家、彼らが新しい家族なんだって…!

「――私に刺青を入れてほしいの」

私の決意に大神くんは少し戸惑っていた。

「櫻花組では桜の刺青を入れて初めて組の者として認められるんでしょう?今日はあなたたちみんな、私を命がけで守ってくれたわ。私も極道の妻として、もっと櫻花組に尽力して、あなたたちに恩返しがしたいの」

「…いつかはそうおっしゃってもらえる日が来ると思ってました。ですが、組長がなぜ妻として迎えたあなたに刺青を入れなかったかおわかりですか?」

「……きっと、父が借金を返し終わったら私が一般人に戻れるように…でしょうね。だけど、そんなこともうどうでもいいの。私のいるべき場所を、そして本当の家族をようやく見つけられたんだから…」

「姐さん…。本当によろしいんですね?」

「えぇ。お願い、大神くん」


今日は私の体に刺青を入れる日。本当の意味で極道の妻となる日がやってきたのだ。

「失礼します」

「大神くん…?」

「儀式には代わりに自分が付き添えと組長から伝言が…。姐さんのご決断に組長も喜んでらっしゃいましたよ」


本来なら、妻となる者に刺青を入れられるのは優れた組専属の彫師、施術に付き添えるのは夫である組長だけだ。だが、今回は組長が服役中のため、若頭であって米田さんからの信頼が厚い大神くんが付添人として抜擢されたみたいだ。

「もうすぐ彫師が来ますので、着物を脱いでお待ちください」

「ちょ、ちょっと待って…!麻酔とかはないの?」

「え?ははっ、刺青するのに麻酔使うヤクザなんていませんよ。そんなに痛みませんから大丈夫ですよ。うちの組の彫師はとても腕がいいんです」

「そ、そうなの…」


私は恐る恐る着物を脱ぎ始めた。

「あ…、失礼しました…」

大神くんは気を使って背を向けてくれた。私は恥ずかしくも、さらしを取って胸を隠した。大神くんは私の裸を見ないように着物とさらしをたたんでくれた。

好きな男と部屋に二人きりで、しかも裸になってるなんて…。なんだかおかしな気分になっちゃうわ…。

「すみません…。自分が付添人なんて役不足ですよね…」

「そんなことないわ。むしろうれしいぐらいよ」

「あ…はは…。姐さんにそう言っていただけるなんて光栄です」


はにかんだ笑顔も極道の者とは思えないほどさわやかで素敵だわ。それに…ふふっ、かわいい!

「失礼します」

間もなくして、彫師が部屋に入ってきた。

「では、始めましょうか…」

彫師が下描きをもとに専門の道具を使って私の背中を彫っていく。激痛とまではいかないが、肉をえぐられているだけあって無痛とはいかない。

「俺がついてますからね」

「大神くん…」


刺青を入れている間、大神くんはずっと手を握って励ましてくれた。

痛みが走るたび、櫻花組の一員としての刻印が刻まれていく実感がわいた。最後の方は肉体的と精神的な疲労と痛みが休みなく続いたため、ほとんど失神状態だった。私は大神君に支えられて体を起こしていたという。

――何時間経っただろう…。目が覚めると夜中だった。

体を起こそうとすると、背中に痛みが走る。上半身に包帯が巻かれていた。どうやら無事に刺青を入れ終わったみたいらしい。

「消毒しておきましたから。安心してお休みください」

寝ないで見ててくれたらしく、大神くんが私の顔をのぞきこんで微笑んだ。

彫り終わって、彫師も帰ったようだ。ということは、今この部屋には私と大神くん、二人きりなのね…。

「さすがは姐さんですね。普通なら耐えられなくて何日かに分けて施術をおこなうんですけどね」

「ふふっ、大神くんがついててくれたおかげよ」


包帯を取って、背中を鏡越しに見てみた。

私の背中に美しい桜の刺青が彫られてある。まるで芸術品だった。

「よくお似合いですよ。これで姐さんも真の意味で櫻花組の一員ですね」

安心の気持ちと同時に涙があふれてきて、私は嗚咽を押し殺した。

これでもう本当に任侠の世界の人間になってしまった…。それはもう普通の世界に戻れないことの意味でもある。今日から極道の者として人生を歩んでいかなければならないのだ…。

「…やっぱり後悔してますか?」

「ううん…。ただ…この半年、色々ありすぎて…。頭が混乱しちゃって…」


ここに嫁ぐ前、私は大学生だった。卒業したら父が経営する会社に勤める予定だった。だが、不況のあおりを受けて、父の会社は倒産した。事業を起こす際に櫻花組の幹部と繋がっていると噂では聞いたことあった。だけど、まさかその噂が本当で、しかも実の娘を担保に組から借金するなんて思いもしなかった…。

私には二才年上の姉がいる。とても優秀で、心優しい姉さんだ。母が私を産んですぐに他界してから、私を母親代わりで育ててくれた。姉さんは帝都大学の医学部を卒業して、今は優秀な外科医として今日も多くの人の命を救っていることだろう。

「――すまない…。父さんを許してくれ…」

父は私か姉のどちらかを櫻花組に借金のかたに売ろうとしていた。だから、私は自ら名乗り出た。

姉さんにはそのまま順風満帆な人生を送ってほしかったから…。

「――すぐに金を集めて迎えに行くからな!」

そう言って別れたきり、父は未だに現れずじまいだ。聞いた話によると、私を売った金で海外に逃亡したらしい。尊敬していた父に裏切られた…。姉にも迷惑をかけられないし、もう会うことはできないだろう…。

「好きでこんな世界に入ったんじゃないのに…!どうしてこんな目に…!!」

大神くんは私を後ろから強く抱きしめた。

「俺がいても嫌ですか…?かえでさん…」

「え…?」


今、初めて名前で呼んでくれた…。

後ろから回された大神くんの手を震える手でそっと重ねてみる。

「こんなこと…許されないかもしれません…。組長やみんなにそむくことでしょうから…。けど、昨晩のことで俺は思ったんです。あなたを失うのがこんなにも恐いことだったんだって…。組に入って今まで恐いもの知らずだった俺が初めて恐怖を感じたんです。それで、ようやく気づきました。俺もあなたを愛してたんだって…」

「大神くん…。――抱いて…くれる…?」

「はい。でも、指つめられる覚悟はしませんとね」

「ふふっ、あなたがいれば恐くないわ。お願い…。このままずっと抱きしめていて…」

「かえでさん…」

「愛してるわ、大神くん…」


ささやき合いながら指を絡ませ合い、私は大神くんに抱かれた。

初夜は好きな男ができた時にとっておけ、という米田組長の言葉…。もしかしたら私の大神くんへの気持ちに気づいていたのかもしれない…。

何日か経って、突然の訃報が届いた。米田組長が心臓発作で刑務所で亡くなったらしい。心臓の弱い方だと聞いていたが、死に目に会えなかった…。

『かえでは自由にしてやってくれ。何も知らずに任侠の世界に無理に入れちまったからな。馬鹿な父親のせいとはいえ、かわいそうなことをした…』

組長が前もって書いていた遺書を読んで私は号泣した。そんな私を大神くんも嗚咽を殺しながら抱きしめてくれた。

「組長の無念を晴らすためにも私が櫻花組を支えるわ」

「本当にそれでよろしいんですか?刺青を彫ったとしてもまた消せばいいんですよ?組長の遺書なら誰も文句は…」

「私、決めたのよ。大神くん、あなたと櫻花組を守っていくって」

「かえでさん…」


組長の遺書の最後にはこう書かれていた。櫻花組の組長の座を大神くんに託すと…。

「俺についてきてくださいますね?」

「えぇ。あなたと櫻花組のため、この身とこれからの人生のすべてを捧げるわ」

「かえでさん…!――俺の妻になってください」

「もちろんよ、大神くん…!」


大神くんと私が抱きしめ合うと、舎弟たちも喜んで万歳した。

「櫻花組、バンザ〜イ!!」

新しい組長になった大神くんは舎弟たちと杯を酌み交わした。

米田さん、天国から見ていてくださいね。

これから私は大神組長の妻として、そして極道の女として櫻花組を支え、大きくしていきますから…。





シーマン様から頂いた、「大神×かえで」小説です!
何だか『ぬらりひょんの孫』や『極妻シリーズ』みたいでとても格好良い作品でした!
米田さんのかえでさんを実の娘のように思いやる温かさに感動しました!
大神さんとかえでさんのタブーな一夜もドキドキで萌えました〜!!
米田さんに託された櫻花組を大神さんとかえでさんで守っていくという最後も、
本編とリンクしていて、素晴らしかったです!
シーマン様、素敵な作品をどうもありがとうございました!!

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